14 中編 (雪菜)
拓真はあたしを拒絶した。それでも拓真の事が大好きだって想いがあって、昔のようにレイちゃんと拓真の3人でいたいという思いもあたしにはあった。
どっちをの気持ちを優先して良いのかなんてあたしには分からなくて、それでも最後に残った願いをあたしは自分の力で叶えようと思った。そう
あたしは拓真のヒーローになりたい。
お祭りが終わって拓真と喧嘩をし、互いの気持ちや想いが重ならないものだとあたしは理解できた。でも、私の願いは拓真の笑顔だけで、拓真が笑っていないなんてあたしには考えられない。
拓真があたしを一人にして立ち去ってしまった時、あたしは拓真を助けたいと思った。昔あたしを助けてくれた拓真のように、あたしも拓真を助けたい。
でも、どうすれば拓真を助けることが出来る。そんな答えは簡単に出てくるもので、今の拓真が本当に苦しんでいる事。
それは、家族の問題だ。
拓真はレイちゃんを裏切って本当の自分を見せなくなった。でも、それをしなくなった代償が家族からの裏切り。
きっと拓真はこう思ってたとあたしは感じる。
自分が親友を裏切ってしまったんだ、それと同等の苦しみを自分も受けるのは当然だ。
そんな拓真は小枝樹家に裏切られてから変わってしまった。誰もが驚いてしまうくらい笑わなくなり、自分の周りにいる人たちを信じなくなった。きっと、あの時の拓真はあたしも信じてくれていなかっただろう。
それでもあたしは拓真の隣に居たいと思った。あたしを本当の意味で助けてくれた、拓真の隣に……。
独りぼっちの家の部屋であたしは思い出す。拓真があたしを助けてくれた日の事を。
その時のあたしはとても幸せだった。ずっと独りぼっちだったあたしに友達が出来たから。もうこれ以上の幸せなんかいらないって本気で思っていた。
毎日が本当に明るくなって、あたしは凄く笑うようになって、それもこれも全部、たっくんのおかげだ。
たっくんと出会ってからの毎日はとても早く過ぎていった。気がつけば二年生になって三年生になって四年生になって、この頃にはもう一人友達が増えた。
城鐘 レイ。
初めてレイちゃんと出会ったときは本当にビックリした。だって、レイちゃんはいきなりたっくんに殴りかかるし、それで怒ったったっくんもレイちゃんに殴りかかって、小学生とは思えないほどの大喧嘩。
たっくんもレイちゃんも、殴られては殴り返して、自分達が互いに立てなくなるまで殴り合ってた。あたしはそんな二人を見て泣きじゃくっていて、それでもあたしは少し思っていた。そんな二人が羨ましいって……。
結局、たっくとレイちゃんはすぐに仲良くなってそこから3人で遊ぶようになった。
そしてあたしはもっと幸せになった。心を許せる友達が二人も出来たんだ。それを幸せと言わないで何が幸せなんだ。
苛められっ子で、根暗で、いつも独りでいたあたしに光を与えてくれたのはたっくんだった。勇気がなくて、自分に自信がないあたしに前へ踏み出す事を教えてくれたのはレイちゃんだ。
本当にそれだけで良かったのに、あの男が家に来るようになってからあたしの心は再び荒んでいった。
あの男とあたしは言うが、実際はお母さんの彼氏。あたしの本当の父親はあたしが幼い頃に亡くなっていて、あたしには本当の父親の記憶はない。
それでもあたしは良かった。お母さんと二人で毎日笑いながら暮らしていけるならそれがあたしの幸せだった。でも、たっくんに出会う少し前からあの男はあたしの目の前に現れたんだ。
最初は優しかった。でも、今になって思えばそれはお母さんに好かれたいからであってあたしの為なんかじゃなかった。
そして少しずつ時間が流れるにつれて、あの男の暴力が始まった。
それでもあたしは懸命に我慢した。この男は母さんが好きな人。だからあたしは我慢できた。それに、今のあたしにはたっくもレイちゃんもいる。だから大丈夫、あたしは大丈夫。もう、独りじゃないから……。
そう、自分に言い聞かせてきた。
お母さんの幸せを壊したくない……。たっくんとレイちゃんにも心配して欲しくない……。
だからあたしは毎日笑った。誰にも自分の気持ちを気づかれないように、誰にも苦しい思いをさせないように……。でも、あの時のあたしは限界だったんだと思う。
あたしが小学四年生の時。たっくんがレイちゃんを裏切る一年前。
「はいタッチっ!! 次は雪菜が鬼な」
その時、あたしはいつもの3人で鬼ごっこをしていた。公園ではしゃぐたっくんとレイちゃん。でも、今のあたしには楽しめる余裕なんかなかった。
「おいユキー。鬼なんだからちゃんと追いかけて来いよっ!!」
レイちゃんの声。そうだ、あたしは二人に心配して欲しくないんだ。だからこそ、いつもの様に振舞わなきゃいけない。でも
「ご、ごめんね……。なんか、少し気分悪いかも……」
「大丈夫か雪菜? 少しベンチで休もうぜ」
優しい言葉をかけてくれるたっくん。そんなたっくんはあたしの手を引っ張ってベンチまで連れて行ってくれた。そんなたっくの後ろからレイちゃんはつまんなそうについてくる。
でも、これが二人の優しさで、たっくんはあたしの心配を常にしてくれている、レイちゃんだってつまんなそうな顔してるけど、あたしの後ろからは離れず、あたしを事を守るようにしてくれている。
あたしは二人に守られている……。
だから、何も言えない……。
「それでどうしたんだよ雪菜。何かあったのか?」
ベンチに座ったあたしの顔を覗き込むたっくん。その時の表情も言葉も、本当にあたしの事を心配してくれているもので……。そんなたっくんにあたしは何も出来ない。何も言えない。
「ううん……。なんでもないよ」
あたしは精一杯の笑顔を作りたっくの言葉に答える。でも、そんなあたしに嘘をレイちゃんはいつもすぐに見抜いてしまう。
「おいユキ。拓真はバカだからそれで通じるかも知れないけど、俺は騙されないぞ。何があったユキ」
たっくんとは違いレイちゃんは無表情のままあたしに言う。でも、あたしは分かってる。レイちゃんがあたしの心配をしてくれてるって事を。でも
「本当に何でもないよ。ありがとう、レイちゃん」
たっくんに向けたように、あたしはレイちゃんにも笑ってみせた。それでもレイちゃんは
「いい加減にしろよユキ。俺は別にお前の為を思って言ってるわけじゃない。お前が友達だから言ってんだっ!」
あたしの腕を強く握り、自分の気持ちを言うレイちゃん。でも、レイちゃんの掴む力が強くてあたしは我慢できなかった。
「い、いたっ」
「やめろよレイっ!! 雪菜痛がってんだろっ!!」
たっくんが間に入りレイちゃんを止めてくれた。でも、あたしの腕を掴んだレイちゃんは何かに気がついたような表情をしている。
「おいユキ。何で痛がってんだよ。俺はそんなに強くつかんでないぞ。お前……、もしかして」
その言葉を言い、レイちゃんはあたしの服を捲り上げようとしてきた。
「や、やめてレイちゃんっ!! ヤダ……、嫌あああああああああっ!!」
「何してんだよレイっ!! やめろっ!!」
あたしは精一杯抵抗した。そしてたっくんもあたしを庇おうと頑張ってくれた。それでもレイちゃんを止める事は出来なくて、あたしの服が捲られ、背中が露わになってしまった。
「なんだよ、これ」
あたしの体を見て驚くレイちゃん。そして、あたしを庇おうとしてくれていたたっくんは絶句している。
小学生の女の子の体はきっとシミなんかなくて、白くてスベスベとした肌をしていると思う。でも、あたしの体はあの男のせいでアザだらけだった……。
青く変色してしまったあたしの皮膚。こんなの見られたら、あたしは……。
「おいユキ……。どういう事だよっ!! お前、何でこんなにアザだらけなんだっ!!」
「う、うぅぅ……。ごめ、ごめんなさい……」
見られてしまったショックと自分の弱さで涙が溢れてきた。きっとたっくんもレイちゃんも怒ってる……。あたしが弱いから、あたしが何も言わなかったから……。
「誰にやられたんだっ!! どうして今まで隠してきたんだっ!! 何で俺達を頼ってくれなかったんだよっ!!」
怒号をあげるレイちゃん。でも、今のレイちゃんは怒ってるのに、とても優しい感じがしていた。だから、そんなレイちゃんの感情に当てられてしまったあたしは、今までにたっくんとレイちゃんに見せたこともないような自分を見せる。
「……そんなの、言えるわけないじゃんっ!! あたしがお母さんの彼氏に暴力受けてるなんて誰にも言えないよ……。そんな事言ったらお母さんまで悪者になっちゃう……。それに、これはあたしが我慢すれば良かった事だもん。たっくんとレイちゃんに余計な心配して欲しくなかったもんっ!!」
止められなかった。自分の気持ちを言い出してしまったあたしの感情はもうどうにも出来なかった。
「ふざけんなっ!! どうしてユキの母ちゃんが悪者になるんだよっ!! 悪いのは全部その男だろっ!!」
「お母さんはあたしを助けてくれなかったっ!!!!」
大声であたしへ抗議するレイちゃんの声よりも、更に大きな声であたしは叫んでいた。そして
「あたしがぶたれてるの、お母さんも見てた……。でもお母さんは見ない振りして、あたしを助けてくれなかった……。でもあたしはお母さんが大好き……。ねぇ、こんなあたし変かな……?」
もう涙で顔がグシャグシャだった。それでもあたしは精一杯笑う。あたしの考えが間違っていないと信じて。
そんなあたしの言葉でレイちゃんは何も言わなくなってしまった。小学生が考えられるものなんてきっと少なくて、自分の力でどうにも出来ない事だらけで、それでもレイちゃんはあたしを心配してくれた。
あたしはそれだけで十分。
「……雪菜」
あたしとレイちゃんが言い合っている最中、たっくんはずっと何も言わなかった。でも今はあたしの頭を撫でながらあたしの名前を呼ぶ。そして
「ごめんな雪菜……。ずっと傍にいたのに、俺はお前のヒーローになるって言って、絶対に助けてやるって言ったのに何も気がつけなかった……。だから何も言わなかった雪菜を俺は責める事が出来ない。だから一つだけ嘘をつかないで俺の質問に答えてくれ……」
そう言うとたっくんはあたしの頭の上から手をどけ、あたしの肩を掴んで言う。
「お前は俺にどうしてほしい……?」
今のあたしが、たっくんにして欲しいこと……?
今見た全部を忘れて欲しい。ずっとあたしの友達で居て欲しい。苦しそうな顔しないで笑っていて欲しい。ずっとあたしのヒーローで居て欲しい。毎日一緒に遊んで欲しい。
考えれば考えるほど、涙が溢れてくる。そしてあたしはたっくんにお願いする。
「助けて、たっくん……!」
今になって思えばこの時のあたしは本当に限界まできていたのだろう。自分の苦しみをもう自分ではどうにも出来ないと諦めてしまっていたのだろう。
この言葉を言う一秒前まで、あたしはたっくんに助けて欲しいなんて言おうとも思っていなかった。だって、言えばたっくんは助けてくれる。でも、それじゃたっくんが傷つくだけだったから……。
なのにあたしの口から発せられた言葉は、助けを求める言葉で、それが本当の自分の気持ちなんだと認識してしまってた。
そんなあたしの頭の上へ再び優しい手を当ててくれるたっくん。その手はゆっくりとあたしの頭を撫で、そして
「わかったよ、雪菜」
たっくんは苦しそうな笑顔をあたしに見せてくれた。でも、その笑顔を一瞬で、すぐさまたっくんの表情は鬼のような形相へと変わっていった。
そんなたっくんの手があたしから離れ、たっくんは走り出す。
「おい拓真っ!! どこに行くんだよっ!?」
「そんなの決まってんだろレイっ!! 雪菜を傷つけた奴をブッ飛ばしに行くんだっ!!!」
たっくの声はあたしの心に届き、きっとレイちゃんの心のに届いたって信じてる。そしてその言葉だけを言い、たっくんはあたし達の前から遠ざかった。
残されるあたしとレイちゃん。あたしはそのまま泣き続けて、レイちゃんはそんなあたしの傍にいるだけ。
今思えば、どうしてあたしはなき続けていたんだろう。精一杯の力を振り絞ってたっくんを追いかければよかった。それでも、今のあたしは涙を流すことしか出来なくて、たっくんが助けてくれる事が凄い嬉しかった。
そんな泣きじゃくるあたしにレイちゃんが
「もういい加減に泣き止めよユキ……。その、さっき怒鳴った事は謝るからさ……」
少し俯きながら言うレイちゃん。でもその言葉は今のあたしがどうして泣いているのかが分からないものじゃなくて、レイちゃんなりにあたしの心を和ませようとして言っている。あたしにはそれが分かる。
だから、あたしも
「じゃぁ、どうしてレイちゃんはたっくんと一緒に行かなかったの……?」
いつも苛められてるレイちゃんにお返しがしたかった。この時のあたしはそんな些細な思いで言った。
「そりゃ、俺だって拓真と一緒に行ってその男をぶん殴りたいよ……。でも、走り出す拓真に言われたような気がしたんだ。ユキを頼むって……」
拳を強く握り、レイちゃんは話し続けた。
「あんな拓真初めて見たよ……。拓真がいつも言ってるヒーローになりたいって冗談にしか聞こえなかった。でも、拓真の気持ちはいつでも本気で、そんな拓真に俺も助けられてたんだって思った。だから、そんな拓真が俺にユキを頼むって思ってくれたんだ。なら今の俺に出来る事は、ユキを守ることなんだ」
俯いていたレイちゃんは、悲しみを消し去ってあたしを強く見ながら言った。その瞳には決意が込められているような気がした。だが
「それに今の拓真を見てもう一つ思ったんだ……。俺はとても子供で、何も分かってなくて、自分の事ばっか考える最低な奴で、拓真には到底敵わないんだって思えた……」
レイちゃんの強い意志は再び苦しみへと変わっていき、自分の無力さを噛み締めるようにレイちゃんは言った。そしてレイちゃんは
「やっぱり拓真は、本物の━━」
あたしはそんなレイちゃんを慰める事すら出来なかった。今のあたしは苦しんでいて悲しんでいて、自分の事でいっぱいいっぱいだったあたしは、レイちゃんの本当の気持ちに気がつくことが出来なかった。
そして、事件は起こる。
あたしの為に走りだしたたっくんの様子を見に行ったあたしとレイちゃんは騒然とした。
あたしの家の扉を開けたとき、たっくんはあの男と殴り合っていて、子供のたっくんはボロボロで、そしてお母さんの泣き叫ぶ声が聞こえた。
その光景を垣間見たときあたしは思う。たっくんを止めておけばよかった。
レイちゃんは何も言わなくて、たっくんの言葉だけがあたしの頭の中に残り続けている。
「……それでも、それでもっ!! 俺は雪菜のヒーローでい続けるっ!!!!」
たっくの言葉は記憶にある。でも、その時何が起こっているのかは全然理解できなくて。たっくの言葉が嬉しいと思う反面、どうしてそこまであたしの事を考えられるのか疑問に思った。
結局、お母さんが警察に連絡してこの件は終わった。
でも、あの男が捕まることはなくて、たっくんも咎められるような事はなっかた。なにか特別な力が使われたようにあたしは思った。でも、その真実はあたしには分からない……。
過去の記憶を思い出しながらあたしは拓真の家へ向っている。
あの事件が起こってから、お母さんはあの男と別れ、あたしの事を本当に愛してくれた。
お母さんには凄く謝られた。
『ごめんね……。本当にごめんね雪菜……』『お母さんが弱かったから、雪菜を苦しめてた……。でも、もう雪菜を悲しませたりしないからね』
あたしを抱きしめながら言うお母さんの姿を今でも覚えてる。その時のお母さんの温もりはとて優しかった。これで本当にあたしの気持ちは報われるんだって思えた。本当の意味であたしには家族が出来たんだ。
でも、拓真は違う。孤児だった拓真はずっと家族に憧れを抱いていた。その憧れは現実になって、拓真は幸せだって昔言ってた。誰にも負けないくらいのキラキラとした笑顔で……。
そんな拓真はもういなくなってしまって、家族に憧れていた少年は自分のせいで家族を壊してしまったと嘆いた。でもそうじゃない。拓真が壊したんじゃない。
もし、拓真が言ったとおり壊れてしまったとしたら、今度はあたしが拓真に家族を取り戻させる。もう、あたしにはそれくらいしか出来ないから……。
歩みの速度が上がる。早く助けたい、今すぐにでも拓真を助けたい。
そんな想いが頂点へと達したとき、あたしは拓真の家の前に立っていた。そして
ピーンポーンッ
インターフォンを押す。
ガチャッ
「はーい、どちら様? ってユキちゃんじゃん。どうしたの急に」
玄関から出てきたルリちゃんは驚いた様子を浮かべていた。それもそうだろう、あたしが夜に拓真の家に来る事自体が珍しいのだ。
「拓真いる?」
「お兄ちゃんは今日出かけてていないけど」
拓真がいないのは予想外だった。でも、拓真がいない方が話しがすんなりといくかもしれない。それに、今は何だか拓真に会いたくない気持ちもあった。
「そっか。おじさんとおばさんはいる?」
「う、うん。お母さんとお父さんならいるけど……。つか、なんか今日のユキちゃん変じゃない?」
困惑をしているルリちゃん。きっと今のあたしがこれから何かをやろうとしている事に気がついたんだ。それに、今のあたしは少し緊張している。それが表情に出ていたのかもしれない。
「大丈夫だよルリちゃん。あたしは何も変わってない……。だから少し上がらせてもらうね」
「え、ちょ、ユキちゃん!?」
今日のあたしは拓真に用事があって来たわけじゃない。今日のあたしはおじさんとおばさんに話があって来てる。これが拓真に知れたら怒られるのかな……。
あたしはルリちゃんを置き去りにして小枝樹家に上がりこんだ。そしておじさんとおばさんがいるリビングへ向う。
「こんばんわ、おじさんおばさん」
「あら雪菜ちゃん久し振り。でもどうしたの? 今日はあの子いないわよ?」
リビングで寛いでいたおばさんが言う。そして、おばさんが言い放った『あの子』その言葉があたしには不愉快に感じた。
「ううん。今日は拓真に用があって来たわけじゃないの。今日は、おじさんとおばさんに話があってきたんだ」
「私達に? いったい何の話?」
リビングに入った時のあたしはきっと笑顔を作っていただろう。でも、もうそんな必要もない。
あたしは笑顔をやめ、真面目な表情で
「6年前の話だよ」
あたしの言葉を聞いた瞬間に室内の空気が一瞬で変わった。この家の人達は6年前の話をしたがらないだろう。だって、まだ小学生だった拓真を自分達で傷つけ、拓真を心を追いやった事件なのだから。
するとおじさんがあたしの前まで来て
「雪菜ちゃん。その話は君には関係ない事だよ」
冷静に大人な対応をしてくるおじさんは、あたしを少し睨みつけるように言った。でも
「関係なくない……。あたしは拓真に助けてもらった。おじさんだって知ってるでしょ!? だから今度はあたしが拓真を助ける番なんだっ!!」
大声を出し、あたしはおじさんを睨み返した。
「確かにあの子は雪菜ちゃんを結果的に助けたのかもしれない。それでも僕はあの時思ったよ。よその家庭の事情に首を突っ込むことは良くない事だと。これが僕の答えだ。だから、もう帰りなさい」
おじさんはあたしが余計な事をしてるって言いたいんだ。そんなの分かってる……。でも、それ行為が誰を救うときだってある。それに、おじさんも拓真の事……。
「そうだよね。拓真は結果的にあたしを助けられただけで、もっと他の道もあったかもしれない。おじさんが言ってる事は間違ってないよ……。ならどうして、6年間も拓真を独りぼっちにしたの……? あたしがここに来る前にどうにか出来たんじゃないの……? それに、どうしておじさんもおばさんも、拓真を『あの子』って呼ぶの……? おかしいよ、おかしいよっ!!!」
感情が止められない。今の自分を制御しきれない……。
「確かに今のあたしは余計な事をしてるよ。拓真にお願いされたわけじゃないのに、怒鳴り込んでるイカレタ女だよ。でも、おじさんだって拓真を助けられてないじゃんっ!! おじさんとおばさんにとって拓真はもう、自分達の子供じゃないの……? 小枝樹 拓真じゃないのっ!?」
「分かったような口をきくなっ!!!!!」
あたしの声よりも大きな声で叫ぶおじさん。そして
「さっきから聞いていれば偉そうな事を言ってくれる。6年前の件で小枝樹家がどれ程苦しんだのも知らないで、小娘が分かったような事を言うなっ!!」
あたしを睨みつけるおじさんの手は少し震えていた。でも、おじさんの言葉を聞いて、分かっていないのはソッチだって思った。だから
「……分かってない? あは、あはははははははははっ!!」
おかしかった、あたしが拓真を分かってない。あたしが小枝樹家を分かってない。確かにそうだよ、おじさんの気持ちなんか何も考えてなかったよ。でも、傷つけた人が苦しむのは当然のことだ。だから、あたしは
「分かってないのはおじさんだよ。だから教えてあげるね、あの事件があった後、拓真があたしに言ってた事」
そう、拓真は本当に優しい人で、何もかもを自分独りで背負ってしまう人だ。だから、拓真が言ってた事をちゃんと伝えなきゃいけない。全てを伝えなきゃ、壊れたものは元に戻らないから。
「拓真はあたしに言ってたよ。『俺のせいで父さんと母さんがおかしくなった』『俺が小枝樹家を壊した』『俺は小枝樹家に来るべきじゃなかった』『俺なんか生まれてこなきゃよかった』拓真はずっと自分を責めてた。一番苦しいのは自分なのに、拓真はずっと自分の家族を心配してたっ!!」
過去の情景を思い出し、あたしは涙を流していた。でもきっとそれだけじゃない。あたしは拓真の苦しみで涙を流したいと思ったから……。
「始めて見たよ……。あんなに拓真が弱々しくなってるの。拓真はずっとあたしのヒーローで、拓真はいつもあたしを守ってくれてて……。なのに、泣きそう出しそうな顔で、拓真はあたしに言ったんだよ……? それに拓真はこうも言ってた」
きっとこれが本当の拓真の気持ち。
「俺は大好きな家族も守れない弱い人間だ」
涙が沢山流れてきた。拓真は全然泣かなかったから、あたしが変わりに涙を流す。
あたしの言葉を聞いたおじさんは何も言わなくなった。そしておばさんは涙を流しながら蹲った。そんな中、ルリちゃんが
「ねぇ、お父さんもお母さんも、ちゃんとお兄ちゃんに謝ろっ? あたしずっとお兄ちゃんに謝りたかった。お兄ちゃんはお兄ちゃんなのに、変ってくお兄ちゃんにあたしは何も言えなかった……。でも、最近のお兄ちゃんは昔みたいにあたしとも仲良くしてくれるようになった。だから、お父さんお母さん」
ルリちゃんの瞳に堪った涙が一筋零れ落ちた。そして
「あたし達は四人で家族なんだよ」
ルリちゃんの言葉を聞いたおじさんは崩れ落ち、項垂れながら言う。
「あの日、全部僕のせいだった……。僕達を喜ばす為に拓真が頑張っているのを知っていたのに、僕は父親失格だ……」
嘘偽りのない本当のおじさんの言葉。やっぱりそうだった。この家族は時間を空けすぎてしまって謝るタイミングを逃していただけだ。本当に拓真の優しさはおじさん似なんだな。
昔からおじさんは優しかった。悪戯ばかりしているあたし達をいつも笑って見守ってくれていた。だからきっと、拓真と同じでおじさんも自分の中に苦しいを秘めこんじゃうタイプだって思ってた。だから━━
「大丈夫だよおじさん。拓真は最初から怒ってなんかないもん。だからちゃんと今の拓真の言葉を聞いてあげて、そして今の自分の気持ちを言ってあげて」
あたしは涙を拭い、おじさんに笑った。これで拓真のヒーローになれるかな。あたしは大好きな小枝樹家を、大好きな拓真を救えたかな。
「おじさん、ちゃんと拓真と正面からぶつかって。おばさん、ちゃんと拓真を見守ってあげて。ルリちゃん、拓真をよろしくね。それじゃ、あたしは行くね」
そう言ってあたしは小枝樹家から出て行った。
外に出ると夏の夜特有のモヤっとした生暖かい風があたしを包み込んだ。空を見上げても雲がかかっていて星が見えない。
でも、こんな中途半端で曖昧な状況もあたしらしいのかもしれない。
夜の静かな道を歩いていると昔の事を本当に思い出す。
ずっと独りぼっちで、拓真と出会って、レイちゃんとも出会って、お母さんと仲直りして、拓真がレイちゃんを裏切って、拓真が家族に裏切られて、拓真が心を閉ざして、あたしは拓真の隣にいて……。
こんな風にあたしの人生はずっと拓真が居るんだって思ってた。でも、それじゃ拓真に悪いよね。
夏祭りの日に、あたしと拓真は初めて本気で喧嘩した。自分達の心の中にあった気持ちをぶちまけて結果、あたし達は分かりあえなかった……。だから、これで良かったんだ。
分かり合えなかったとしても、あたしの拓真が大好きだっていう気持ちは変らない。つか、喧嘩した後の方がもっともっと拓真が大好きだって思えた。
独りぼっちのあたしに手を差し伸べてくれたからじゃない。苦しい思いをしていたあたしを助けてくれたからじゃない。
拓真はあたしのヒーローで、本当にあたしの
大好きな人。
━━だから、もう大丈夫だよね。あたしがいなくても拓真は大丈夫だよね……。