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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第三部 夏休み 求メラレル選択
35/134

12 後編 (拓真)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 祭りの賑やかな音。楽しむ人たちの声。


こんなにも賑やかで楽しい夜を、たった一声で絶望へと変えた。


「……雪菜がいなくなった!?」


アン子が血相を変えルリの言葉に反応した。そんな、酔っ払っているアン子は動揺しルリをつめる様に問いただす。


「どこでいなくなったんだっ! 雪菜は今どこにいるんだっ!!」


ルリの肩を掴み大きな声を上げるアン子。そんなアン子を見て、ルリもどうしたらいいのか分からない表情をしている。


この場の雰囲気が俺は嫌になった。これはあからさまに雪菜が意図的にやった事だと俺は分かってしまったからだ。


だからこそ、アン子が動揺するくらい心配して、ルリも自分のせいで雪菜がいなくなってると思ってる。


バカ雪菜……。


「アン子、取りあえず落ち着けよ」


「落ち着いていられるかっ!! 雪菜がいなくなったんだぞ!? どうしてお前はそんなに落ち着いていられるんだっ!!」


アン子の言い分は尤もだ。確かに普段から雪菜が失踪しない限り、俺もアン子と同じように動揺していただろう。つか、今回の件は俺への当て付けだ……。


「大丈夫だよ。雪菜の居場所は見当がついてる。これから俺が雪菜を迎えに行くから、お前らはここにいろ」


酒のせいで半狂乱になっているアン子を連れて行くわけにはいかない。これからきっと俺と雪菜は言い争いになる。そんな未来が想像できるからこそ、アン子にはここに残ってもらうしかない。


「おいルリ。アン子を頼んだぞ」


俺は一言ルリに言うと雪菜が待ってる場所へと歩き出した。






 祭りが行われている広場から少し離れた場所。明りもなく、こんな夜にこの場所に来る奴なんかいないと想定されての事だろう。


実際問題、発情したカップルとかは使っているみたいだけど、今の俺はあの日のように雪菜を見つけ出さなきゃいけない。


もし途中で卑猥なカップルに遭遇したら全部雪菜のせいにしてやる。


そんなくだらない事を考えながら、俺は階段を上る。昔はこの階段を全力で走って雪菜の所まで行ったな。本気で心配して、レイと二人で無我夢中で駆け上がった……。


雪菜がこの祭りに俺を誘った時から違和感を感じてたんだ。どうして今になって俺を誘ったのか……。


でも、そんな事は考えれば直ぐにでも分かるような事で、きっと雪菜は俺をあの日に戻そうとしているんだ。あの日、この場所で俺と雪菜とレイの三人がいた事を思い出させるために……。


雪菜はバカだが、こういう事だけはいつも俺とレイを驚かせていた。だからこそ、今の雪菜を俺は許せない……。


階段を一歩ずつゆっくりと上る俺は、上にいくにつれて雪菜への怒りを感じていた。そして


「やっぱりここにいたのかよ雪菜」


階段を上り終わり、少しひらけたその場所には綺麗な浴衣を着た俺の幼馴染が立っていた。


「ははは、やっぱり拓真にはすぐ見つかっちゃうね」


俺の方へと振り向いた雪菜は、笑いながら俺へ言う。でも、その笑顔は少し疲れていて、俺の知っている雪菜の笑顔ではなかった。


「すぐ見つかっちゃうね、っじゃねー。ルリとアン子がすげー心配してたぞ」


雪菜が失踪し、心配をしていたルリとアン子の事を俺は話した。


「そっかそっか。あたし心配されちゃったんだ」


「おい雪菜。あんまりふざけると、さすがに俺も怒るぞ」


俺は睨むように雪菜へ言った。だが、そんな俺を見ても雪菜の笑顔は崩れず


「ねぇ拓真。何であたしがここに来たかわかる?」


疲れた笑顔のまま、雪菜は俺へ問う。


「そんなの、俺への嫌がらせだろ。いや違う……。ここに来れば俺が昔のように戻るって思ったからだ」


雪菜が意図的に俺をここへ呼んだのは明白だ。そして、雪菜は俺に昔の光景を、俺らが3人でいられた情景を見せたかったんだ……。


でも俺はもうレイ戻らないと理解している。昔のようにレイと雪菜と3人で笑い合える未来なんかないのだと分かっているんだ……。だからこそ、今の雪菜をどうにかしなきゃいけない。過去にとらわれ続けるのは良くないんだ……。


だが、俺が想像していた言葉じゃない事を雪菜は言う。


「全然違うよ。確かにね、ここに拓真を連れてくれば何か変わるって思ってた。でも、そんな簡単には拓真の傷は癒せないし消えない。だから、あたしはここにお願いしにきたの」


お願い……?


「ここの神様は縁結びの神様って前に拓真が言った。だから、あたしはお願いするの……」


俺に背を向けた雪菜は手の平を合わせ目を閉じた。そして


「どうか、拓真とレイちゃんの縁をもう一度結んでください」


雪菜の言葉を聞いて俺は動揺していた。


だって、俺とレイの関係はもうどうしようもないのに……、それでも雪菜は俺とレイの事を考えていて、ずっとずっと昔の俺等に戻ろうとしている……。だけど


「……無理だ」


小さな声で俺は言った。


「どうか、拓真とレイちゃんを仲直りさせてください」


「……無理なんだよ」


「どうか、拓真とレイちゃんを親友に戻してください」


もうやめてくれ……。どんなに足掻いても、どんなに後悔しても、もうレイは……!!


「無理だって言ってんだろっ!!!!」


俺の声が響き渡り、やっと雪菜も冷静に━━


「無理なんかじゃないっ!! 拓真とレイちゃんは絶対に元の関係に戻れるっ!!」


雪……菜……?


「拓真とレイちゃんじゃなきゃダメなのっ!! あたしは3人じゃなきゃダメなのっ!!! どうして戻れないとか言うの……? どうして諦めちゃうの……? 酷いよ拓真……、酷いよ……」


叫び、感情的になる雪菜の瞳からポロポロと涙が零れ落ちる。ずっと我慢してきた気持ちを吐き出す雪菜を、俺は受け止められる自信がない……。


それでも俺は、今の自分の気持ちをちゃんと雪菜に伝えなきゃいけないんだ。


「俺だって……、本当はレイに戻ってきて欲しいって思ってるよ。昔のように3人でバカしたいって思ってるよ……。でも、それじゃダメなんだ。俺がちゃんと全部を受け入れて、俺がレイと同等に苦しんで……。そうじゃないと、俺はレイにどんな顔したらいいか分からないんだよ……」


スラスラと言葉が出た。レイの事を雪菜と話したのは初めてだった為か、互いにずっと溜め込んできたものがあったっていうことだ。


「自分がいけない事をしたって分かってる……。そのせいで小枝樹家をおかしくしたのも認識してる……。あの日からずっと独りだと思ってた。でも今の俺らには新しい友達がいる。アイツ等といれば俺はまた昔みたいに戻れるかもしれない……。雪菜に寂しい思いや辛い思いをさせた事は謝る。だからもう、レイがいた昔じゃなくて、レイのいない今を生きなきゃいけないんだよ」


こんな事、雪菜には言いたくなかった。でもここで言わなかったとしても、いずれ言わなきゃいけない時が来ていたと思う。今の俺にはこれが精一杯だ。これで雪菜に嫌われたならそれを受け止めるだけ……。


「何が今だよ……」


「……雪菜?」


「結局拓真は、あたしとレイちゃんじゃなくて……。夏蓮ちゃんを選びたいだけでしょっ!!!」


雪菜の言っている事が理解できなかった。どうして今、一之瀬の名前が出てくるんだ……?


「何言ってんだ雪菜。どうして一之瀬が出てくる。一之瀬は何も関係ないだろ……?」


「関係なくなんかないっ!!! 拓真が変になったのは全部夏蓮ちゃんと出会ってからだもんっ!! 夏蓮ちゃんと一緒にいたから拓真はおかしくなったんだっ!!」


「確かに一之瀬と出会ってから色々と考えが変わった部分もある。でも、それは俺が一之瀬から、他の皆から教わったんだっ!! 逃げてるだけじゃダメだって教わったんだよっ!! 雪菜こそどうしたんだ、どうしてそんなに一之瀬を目の敵にする!? おかしいのは今のお前の方だろっ!」


俺の言葉で静寂になる。風の音が耳を痛め、擦れ合う木々の葉の音がざわついた空間を作る。明りは月と星の明りだけで、少し離れている雪菜の表情が認識しづらかった。だから俺は言葉を続けた。


「雪菜だって皆と楽しそうにしてたじゃないか。一之瀬とも仲良くなってて、俺は安心したんだぞ。俺とレイにしか懐かなかったお前が、沢山の人達の輪の中にいるのが嬉しかったんだぞ。お前が笑ってるのが、本当に嬉か━━」


「笑ってなんかない」


ハッキリと聞こえる雪菜の声。俺が想像していた言葉ではなく、正反対の言葉が聞こえた。そして


「レイちゃんがいなくなって、拓真が塞ぎこんでから今の今まであたしは……。心から笑った事なんてないよ」


雪菜の言葉で、俺の頭の中は真っ白になってしまった。だって、雪菜は笑ってた、本当に楽しそうに笑ってた。でもそれが……。


「きっと拓真は何も気がついてないって分かってた。それでもあたしは拓真の隣で笑ってなきゃいけない。苦しんでる拓真の隣であたしが苦しんじゃいけない。だから、ここが最後の希望だった」


境内の方へと体の向きを変え、雪菜は更に話す。


「ここで神様にお願いして、拓真に本当のあたしの気持ちを知ってもらって……。そうすれば叶うような気がした……。でもそれは叶わなくて、あたしの独り善がりだった。本当に、もう昔の拓真はいないってわかったから……。あたしだけのヒーローはもう、いないって」


今の俺には雪菜がどんな表情をしているのかも、雪菜が何を考えているのかも分からない。俺はもう雪菜のヒーローじゃない真実だけが、俺の胸を苦しめた。


「さっき拓真は言ったよね。皆が教えてくれたって……。きっと今の拓真は本当に皆の事が好きなんだって分かる。でも、それなら何で……。拓真の真実を皆に話さないの……?」


俺の真実……。俺が皆に黙っている本当の俺。


「……言えるわけねぇだろ」


「どうしてよっ!? 大切な友達なんでしょ!? 自分の事を何も話さないのにそれで友達だって言えるの!?」


雪菜の言い分は尤もだった。俺は何も言っていない……。確かに佐々路には俺の真実を話したけど、それのせいで俺がどんな風になったのかまでは話していない……。


何も言い返せない俺に雪菜は更に言葉を紡ぐ


「自分達の事をなにも話さないで、中途半端に友達ゴッコをしてるのが拓真が望んだ事なの!? それが拓真の━━」


「俺はっ!!!!!」


雪菜の言葉を遮る。そして俺は、言い訳のような言葉を、思いを雪菜に伝える。


「俺は、確かに皆に隠し事をしてる……。それが悪い事だって分かってる……。でも、俺が真実を言えば、またレイのように傷つく奴がいるかもしれない。俺はそれが怖いんだ……、怖いんだよっ……!」


自分の言い分が自分勝手なものだって分かってる。それでも、レイを傷付けたときの情景が頭から離れない……。


「俺が怖がっちゃいけないのか……? 雪菜は、真実を皆に言って俺が独りになっても良いって思ってるのか……? 俺がまた塞ぎこんで、誰も寄せ付けなくなっても良いって言うのかよ……」


俺はもう誰にも傷ついて欲しくない……。雪菜にだって傷ついて欲しくない。でもそれ以上に、俺はもう独りになりたくない……。


「なんでよ……。どうして……。何で拓真はあたしを頼ってくれないのっ!?」


雪菜の言葉で、俺の感情の箍が外れた。


「頼れるわけねぇだろっ!! お前は俺なんかよりもずっと苦しんでた、俺が雪菜を支えなきゃいけないって思ってたっ!! そんなお前にどうやって頼ればよかったんだよっ!!」


「あたしはずっと待ってたっ!! 拓真があたしに頼ってくれるのを待ってたっ!! なのに拓真は……、ずっと傍にいたあたしじゃなくて、夏蓮ちゃんを選んだんだっ!!」


「ふざけんなっ!!!!」


俺の怒号が響き渡った。祭りの音がなかったら、きっと下のほうまで響いていただろう。自分でも分かってしまうくらいの大きな声を俺は上げていた。


だが、感情の箍が外れた今の俺は、そんな自分の冷静に戒めることは出来なかった。


「選ぶってなんだよっ!! 俺がいつ一之瀬を選んだんだよっ!! 俺は一之瀬の心の傷に触れた、だから一之瀬を助けたいって思ったっ!! そんな俺と一之瀬を見て変な噂をしてくる奴もいたよ……。でも雪菜は、雪菜だけは俺の事を分かってくれてるって信じてたっ!!」


走って階段を上ってきたわけじゃないのに息が上がる。


昔、ここに来た俺とレイと雪菜は最後には笑ってた。でも、もう俺は笑えない……。


「自分だけが信じてたみたいな事言って、あたしだって拓真を信じてたよ!? なのに拓真はレイちゃんを忘れようとして、新しい友達を作って、新しい自分の居場所をつくったっ!! ずっと傍にいたあたしを見ようともしないでっ!!」


一瞬の間をおき、雪菜が再び話し出す。


「あたしだって楽しかったよ……? 楽しもうって思ったよ……? でも、どんなに頑張っても拓真とレイちゃんの3人でいる時以上に楽しめなかったっ!! だからいらない……。あたしは拓真とレイちゃん以外はいらないっ!!」


いらない……!!


ドクンッ


雪菜の言葉で俺の心臓が跳ね上がった。この感覚は何度か味わったことのある感覚で、俺はこれのせいで肉体的に苦しめられた。


発作だ。


でもここで俺が発作で倒れれば雪菜には罪悪感が生まれる。現状でどんなに喧嘩をしていても、互いの意見が合わなくても、俺は雪菜にそんな思いをさせちゃいけない。


俺は自分の胸を強く掴み


「雪菜の、言いたい事は分かった。もういい、俺は帰る」


大丈夫だ。牧下の時のような強い発作じゃない。少しの痛みと苦しみを我慢すればすぐに良くなる。


俺は雪菜に言って、来た道を引き返そうとする。長くて暗い階段を下りようと……。


「……また逃げるの?」


雪菜の声が聞こえた。俺は逃がさない為に言っている言葉であろう。でも、そんな事を言っているという事は、俺が発作を起こした事を雪菜は気がついていない。


俺はそのまま雪菜の声が聞こえないフリをしながら歩みを進める。


「……逃げないでよ拓真っ!!」


苦しくて雪菜が何を言っているのか認識出来なかった。それでも俺はこんな姿を雪菜に見せちゃいけない。


「あたしを、独りにしないでよ……」








「はぁ……、はぁ……、はぁ……」


雪菜を残し俺は階段を下っていた。自分の胸を押さえながら、その苦しみに耐えながら俺は一歩ずつ歩みを進める。


そんな俺は我に返ったのか、雪菜と本気で喧嘩なんかした事がないのだと思った。


俺と雪菜は小さないざこざが合っても、こんなに互いの感情をぶつけ合う喧嘩はした事がない。喧嘩をしても、している最中にどちらが悪いのか分かってしまうせいだ。


でも今回の喧嘩は違った。互いが自分の意見を曲げなかった。いや、曲げる事が出来なかったが正しいか……。


雪菜の言い分は分かる。でも、俺はこのままでいるのが嫌なんだ……。もう、誰かに心配をかけたりするのが苦しいんだ……。


だからこそ過去を、レイの事を受け止めなきゃいけない。


忘れたいわけじゃない、忘れちゃいけないから受け止めるんだ。レイを裏切った事を全部……。


つか、それにしてもなかなか発作が治まらねーな……。全然空気が吸えないせいで、なかなか歩く事も出来ない。ましてや下りの階段なんて、神様が罪深い俺に罰を与えているようにしか思えない。


本当に、俺は全然ダメだな……。


「ここにいたのか拓真」


階段をゆっくりと下りている俺の目の前にアン子が現れた。そんなアン子を認識すると同時に、俺が発作を起こしている事がバレない様に、俺は息を整えた。


「なんだよアン子、それにルリまで……。あの場所で待ってろって言っただろ」


雪菜と言い合い、発作まで起こしてしまった俺は疲れた声でしか話せなかった。それでもバレないように気丈に振舞った。


「おい拓真。上で何があったんだ」


心配した声音で言うアン子。やっぱりアン子は空気も読まずに俺の異変に気づき、上で俺と雪菜に何かがあったとわかってしまう。それがアン子の良い所でもあるし、悪い所でもある。


「別になんもねーよ。ただ昔話をしただけだ」


「ならどうして、拓真はそんなに苦しそうなんだ。お、お前まさか……!?」


やべー。本格的に俺の発作に気がつきやがった。俺とアン子の会話をルリはオドオドしながら聞いてるし、アン子はもう気がついたみたいだし。はぁ……。


「俺の事はいいから、雪菜の所に行ってやってくれ」


俺は何度逃げればいいんだ……。雪菜からも逃げて、アン子からも逃げて……、レイからも逃げて、きっと一之瀬からも逃げるんだろうな……。


「でも拓真、お前は━━」


「いいからっ!! 俺は大丈夫だから。これ以上、雪菜を独りにしないでやってくれよ」


俺はアン子の肩を叩き、発作で苦しいながらも微笑んだ。そんな俺はアン子の返事も聞かずに、再び階段を下り始めた。







 帰り道。


俺は今自分が独りなのだと感じていた。


祭りを楽しんでいる人達の中を縫うように歩いている自分を想像して惨めに思った。


やっぱり祭りになんか来なきゃ良かったんだ。タイミングよく昔の事なんか思い出したから、もう大丈夫とか本気で思ってた……。雪菜に誘われて嬉しかったし、今の自分を肯定する良いチャンスだった。


でも、結果は散々で……。寧ろ後悔だってしてる。傷つき傷付けあうのが人間だなんて、どうして先人はこんなにも悲しくて辛い現実を俺等に残したんだ……。


誰にも傷ついて欲しくないって思ってる俺はどうすればいいんだよ……。そんな俺はずっと独りで、もうどうしようも出来ないのだと理解した。


不思議なくらい綺麗な明り、不思議なくらい楽しげな声。でも、心のどこかで俺が叫んでる。


『もう戻れない』『戻る意味なんか無い』『何も感じたくない』『何も見たくない』


そんな時、幻覚だって分かっていたけど、薄っすらと一年前の俺が目の前にいた。


「もう苦しみたくないから全てを拒絶したのに、どうしてお前はまたヒーローになろうとする」


確かに俺は全てを拒絶した。でも、そんな俺にもまた友達が出来たんだっ!! 俺を必要としてくれる奴等が出来たんだっ!!


「なのにお前はそんな友人達に自分の全てを話してはいない。それは自分の心を委ねる覚悟が出来ていないからだ」


うるさい……。


「お前がそうやって中途半端な行動をしているから、雪菜は苦しいんじゃないのか」


うるさい……。


「全てを自分の責任にするのは俺も肯定する。だからこそもう一度、俺のように全てを拒絶しろ。何も受け入れず、孤独になれ。それがお前の救われる道だ」


俺の……、救われる道……。


「そして最後に言わせてもらう。お前はヒーローになんかなれない。それはお前が一番よく分かっている事だろ。何故なら俺等はヒーローではなく━━」


それ以上言うなああああああああああああああっ!!!!


違う、違う、違うっ!!! 俺はヒーローになりたいんだ。昔みたいに雪菜を救えるヒーローに……!! そして俺は一之瀬の願いだって叶える……!!


だから俺は……、俺は━━











 拓真がいなくなってしまった。あたしは独りぼっちになってしまった。


どうしてこんな事になっちゃったんだろう……。あたしはただ昔みたいに3人でいたいって本気で思っただけなのに……。


全然上手くいかないし、全然お願い事だって叶わない……。どうしてあたしは拓真みたいに何でも出来る人間に生まれなかったの……? どうしていつも守られてばかりなの……?


「雪菜っ!! 大丈夫……か……?」


あたしはその声の人の方へと顔を上げる。


「アンちゃんか……」


何でだろう。さっきまで喧嘩してたのに、拓真が来てくれたって期待しちゃった……。そうだよね、あたしが拓真を傷付けたんだよね……。だから、戻ってきてくれるわけないよね……。


「ユキちゃん……」


「あれ、どうしたのルリちゃん? 今のあたしの顔、そんなに酷い?」


心配そうに見てくるルリちゃんに、今のあたしが出来る最大限の気遣い。そんなあたしにアンちゃんが


「酷いものだぞ。土と涙でグシャグシャだ。それで、拓真と何を話したんだ」


あたしの事を心配してくれているアンちゃんの顔を近くで見ると、アンちゃんも涙で顔が汚れてた。浴衣だって土で泥だらけになってるし。どうしてアンちゃんは、いつもあたしの事を……。


「レイちゃんの話を拓真とした。でもダメだった……。あたしとレイちゃんと拓真は、もう元に戻らないって……。う、うぅ……」


何だが沢山流れてきた。地面に手を付いて自分の涙が零れ落ちるのが見えた。


これ以上、拓真にあたしは何もしてあげられない。あたしは拓真のヒーローにはなれない……。そんな事を考えているだけで、涙が溢れる……。


何も出来ない自分が悔しくて、何も出来ない自分が憎くて……。


あたしが拓真に出来る事ってなによ……。あたしだって拓真を救いたいんだよっ!!!


あたしに出来ること、あたしに出来ること、あたしに出来ること、あたしに出来ること、あたしに出来ること……。


そうだ……。


まだ、あたしに出来る事がある。でも、また拓真は怒るんだろうな……。どうして余計な事したんだって怒るんだろうな……。


でも、あたしが拓真を救わなきゃ。ううん違う。


あたしは拓真を救いたい。











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