11 後編 (拓真)
翌日。
俺は春桜さんとの約束の為、駅前で待っている。俺が考えた作戦はきっと完璧だ。まぁ、色々と不安要素もあろのだが……。
それでも、皆には事前に連絡もしたし、きっとうまくいく。一之瀬の思いは絶対に俺が無駄にしない。
アイツは楽しい高校生活を送りたいんだ、皆と卒業させるって俺は約束したんだ。それに、きっと春桜さんも苦しんでる……。
だから俺は、春桜さんも助ける。
「すまない、待たせたな」
俺に声をかけてきた一人の幼女……、いや少女。その少女は見た目とは裏腹に大人びた服を着ていた。
幼い少女が着ているような服装ではなく、動きやすくする為のジーンズ、そのジーンズに被さるように着られている白のワンピース。体格こそ幼いが、品のある大人の女性を感じさせるものだった。
俺はそんな少女に、
「全然待ってませんよ。それにしても、服装が変わるだけで春桜さんも大人の女性に━━」
「昨日会ったときは大人に見えなかったような口ぶりだな」
俺の言葉を遮って言う春桜さん。というか、俺が最後まで言っていないのに言おうとしていた事が分かってしまう事が怖い。きっと色々な人に言われ続けてきてるんだな。
「まぁいい。それで、私が知らない夏蓮はどこにいる」
昨日、俺が言った事をすぐにでも確認しようとする春桜さん。言いながら回りをキョロキョロと見渡している。
「いやいや、それはまだ早いですって……。取りあえず今日一日、俺と遊びましょ」
俺は笑顔を見せ、春桜さんをエスコートする為に手を出した。
「な、何を言っているっ!! 今日は私の知らない夏蓮を見るために━━」
「分かってますよ。でも、お楽しみは最後まで残しておいたほうがいいでしょ」
俺はそう言うと、春桜さんの手を無理矢理掴んで歩き出す。
「さて、どこに行きましょうか」
「ちょ、お、おい。拓真、私は……」
春桜さんが何かを言おうとしていたが、そんなのお構い無しに俺は今日という一日を楽しみ始めた。
この間のようなレジャー施設に来ているわけではないので、普通に買い物をしています。
まぁ、春桜さんも一之瀬財閥の令嬢さんなので一般人が買うような物を見て楽しいのかどうか不安にはなるけど……。それでも俺は精一杯のエスコートをする。
「春桜さんには、こういう服も似合うかもしれませんね」
服屋の前で止まり、ガラス越しにマネキンが着ている服を俺は指差しながら言った。
薄い桃色のワンピース。少し幼い感じがある服だが、春桜さんが着ればかなり似合うと思う。菊冬もワンピースを着ていたが、その雰囲気とはまた違ったものを春桜さんは醸し出してくれるだろう。
一人浮かれる俺に、春桜さんは冷静に、
「おい拓真。何を考えての行動かは知らないが、私はこういう俗物的な物に興味はない。自分の服は全て従者に任せている。私にはこのような場所を興じれる程、普通の生活を送ってはいない」
寂しそうな表情を見せる春桜さん。ガラス越しに映るその表情を自分でも見つめていた。
「なら……」
俺は春桜さんを見つめ、
「なら、今日は楽しみましょう。その、一之瀬財閥とかそういうの抜きにして」
そう言い、俺は春桜さんの手を握り引っ張った。
「お、おい拓真っ!!」
それから色々な事を春桜さんとした。
服屋に入り色々と試着をし、ファストフードで昼食をとり、ゲーセンに行ってユーフォーキャッチャーをして、その辺にいるごくごく自然な人たち同様楽しんだ。
常に不機嫌そうな表情をしている春桜さん。でも、時々見せる無邪気な笑顔が一之瀬を思い出させた。
やっぱり姉妹なのだと、俺は微笑みながら春桜さんを見守っていた。
そして夕方になり、
「今日はとても楽しかったぞ拓真。久し振りに、いや初めてこんなに楽しい時間を得た気分だ」
俺と春桜さんは、休憩がてらモール内にあるベンチに座っていた。
夏の風が俺と春桜さんの体温を冷ますように、とても涼しく吹いた。そんな風で靡いた髪を抑え、春桜さんは微笑んでいた。そして、
「本当に今日はあろがとうな。拓真は私に気を使ってこのようなことをしたのであろう。そのおかげで、肩にのしかかっていた重荷も少しは和らいだ」
目を細め優しい笑顔で言う春桜さんは、どこか寂しそうな表情をしているような気がした。
「なぁ拓真、私はな、夏蓮を苦しめているんだ……」
笑顔がなくなり、オレンジ色に輝く太陽に照らされ、春桜さんは話し出す。
「貴様に、拓真にどうして夏蓮が頼るのか知りたかった。本当は私の知らない夏蓮なんてどうでもよかったのだ……」
セミの鳴き声が強くなったのを感じた。静かな場所じゃないのに、田舎の神社で話をしているように、セミの鳴き声、風の音、静けさの中にある自然を、俺は感じていた。
「私が不甲斐無いばかりに夏蓮を苦しめることになった……。って、これは前にも言ったよな」
苦笑する春桜さんはとても苦しそうで、何をすれば良いのかと自分の中で思考を巡らせていた。
「本当に、夏蓮は秋が大好きだったんだ。「大人になったらお兄ちゃんのお嫁さんになる」とか言って、凄く可愛らしかったんだぞ」
俺は見てくる春桜さんの瞳は、過去の情景を映していた、今の春桜さんの頭の中はきっと楽しかった思い出で埋め尽くされているのであろう。
「そんなどこにでもいるような娘が、人形へと変わっていく様を私は垣間見た……。秋を看取ったのは夏蓮だった。そして、死の間際に秋が夏蓮に何かを言ったのは分かっている。だが、その内容はきっと父様しか知らない……」
一之瀬の兄さんが最期に言った事……。
『夏蓮、僕のようにならなくていい。夏蓮はもっと自由に、自分でいれば良いんだ』
俺は知っている。一之瀬秋が一之瀬に言った最期の言葉を……。
「春桜さん……。こんな話をしている時に不謹慎だとは思いますが、どうしてお兄さんは亡くなってしまったんですか……?」
知りたかった。どうして一之瀬秋が死ななくてはならなかったのか。どうして、一之瀬がこんなにも兄を思い続けているのか……。
憧れだけで、自分の人生をかけてまで事を成そうなんて誰も思わない。そんな疑念があるからこそ、俺は真実を知りたい。
「そうだな。貴様には知る権利があるかもしれない。だが、私も他の者に話を聞いただけで、どこまで真実かは分からんぞ。それでも聞くか」
俺は小さく頷いた。
「……ふぅ。秋は、夏蓮を守って死んだんだ」
お兄さんが、一之瀬を守った……!?
「秋と夏蓮は別々の家で日々を過ごしていた。秋は一之瀬財閥の次期当主、能力を高める為に私達とは違う場所で生活をしていた。そして、秋が死んでしまったその日、秋と夏蓮は久し振りに出かけていたのだ」
思い出したくない過去を話し、表情が曇る春桜さん。それでも、俺は一之瀬の過去をちゃんと知りたい。そんな俺は黙って春桜さんの話を聞く。
「あれは確か夏蓮が11歳の時だった。その時の秋は16歳で、今の貴様達と同じだな。家を出る時の夏蓮の笑顔は今でも忘れないよ。でも、運命というものはとても残酷で、車に轢かれそうになった夏蓮を秋が救ったんだ……」
そんな経緯があったのか……。だから、一之瀬はあんなにもお兄さんの思いを叶えようと……。
「それから夏蓮は毎日のように泣いていた。自分の部屋に閉じこもり、皆に心配をかけまいと、独り泣いていたのだ……。私には、そんな夏蓮を抱きしめてやる事すら出来なかった……」
唇を噛み締め、眉間に皺を寄せ、自分の無力さを嘆く春桜さん。そんな春桜さんの悔しさが、苦しさが、俺にも少し分かるような気がした……。
「だからこそ、私は努力をした。いなくなってしまった秋の分まで、長女である私が妹達を支えなければならないと……。だが……、父様は私ではなく夏蓮を選んだ……!」
悲しい感情が怒りに変わっていく春桜さん。小さな自分の掌を強く握り、その日の情景を見ているような表情をしていた。
「私は、父様に抗議をしに行った……」
怒りが満ち溢れていた。自分の無力さが招いてしまった事だと頭の中では理解が出来ている。だが、それでも私は許す事が出来ない。
バタンッ
勢いよく開けられる大きな扉。自分で開けておいてなんだが、今にも扉を壊してしまいそうな勢いだった。
「どうした騒々しい」
自室のソファーに腰掛けている男。名は、一之瀬樹。私の父様。
四人の子供がいるとは思えないような若さが残る見た目。髪の毛は綺麗にセットさせていて、高級なスーツを身にまとっている。
私はそんな父様に、
「何故です父様っ!! 何故、私ではなく夏蓮を選んだのですかっ!?」
室内に響き渡る自分の声。その声は震えていて、今自分が何をしているのか、分からなくなってしまっている。それでも、私がここに来たのは夏蓮を守る為なんだ……。
「自分が選ばれなかった事がそんなにも嫌だったのか」
父様はテーブルに置いてある紅茶を啜り、私を見ずに言った。そして更に、
「もしもそのような戯言を言いに来たのであれば、早く出て行きなさい。私にはまだ仕事が残っている」
無感情に言い放たれる言葉。テーブルに置いてあった書類を手に取り、片手で持つティーカップを置く。カチャリとカップの音が部屋に響き、その品のある音とは正反対に私は怒号を上げた。
「私は自分が選ばれなかった事を嘆いているのではありませんっ!! ただ……、何故幼い夏蓮をお選びになったのか……。夏蓮はまだ、秋兄様の傷が癒えていないのですよ!?」
私に興味も見せなかった父様は、持っていた書類をテーブルに置き、何の感情もこもっていない表情で私を見た。そして、
「そんなの決まっているであろう。夏蓮は、秋と同様に天才だからだ」
天……才……?
確かに私には秀でたものがなかった。だが夏蓮にはそれがある……。でも、夏蓮はまだ小学生で、私が一之瀬財閥を……、違う、妹達を守っていかなきゃいけないんだ……。一之瀬財閥という悪魔から……。
「長男である秋が天才として現世に生を受けた事はとても喜ばしい事だった。一之瀬家の繁栄には誰よりも才のある存在が必要だったからな。だが、そんな秋は自分の妹を犠牲に出来なかった」
淡々と話す父様。犠牲という言葉に怒りをおぼえた。当然だ、家族なんだ、妹なんだ、それを犠牲にしてまで何かを成し遂げようとする人間はクズだ。兄は、秋は……、最期まで一之瀬財閥の人形ではなく、一人の人間として生をまっとうしたのだ。それを……!!
怒りを抑えるので精一杯だった。今の私は父様を睨んでいる、だが父様にとっては些細な事で、そんな私の事なんかには興味すらなかった。
「秋が一之瀬財閥を継いでくれれば、一之瀬財閥は安泰だったのにな。でもしょうがない、死んでしまった者に未練がましく縋るより、目の前にある可能性を利用した方が賢い。だから、夏蓮を選んだのだよ」
「ふざけないで下さいっ!!!」
もう、怒りを抑える事が出来なかった……。
「夏蓮が今どんな気持ちでいるか、父様は理解しておられるのですかっ!? 誰にも心配をかけまいと部屋で独り泣いている夏蓮を、父様は御存知でしたかっ!? どんなに天才だとしても、夏蓮だって人間です。そんな娘の悲しみを支えてあげるのが家族なのではないのですかっ!!」
「それは傲慢だよ、春桜」
感情的になる私に、父様は一蹴した。
「な、何が傲慢だと仰るのですか……?」
「春桜は夏蓮の事を理解しているような口ぶりだ。確かに、私なんかよりも夏蓮の事を理解しているも否めない。だが、春桜に頼ってきたのか? 何故、夏蓮が独りで部屋で泣いている、頼りになる春桜に泣き縋れば良いじゃないか、なのに夏蓮はそれをしない。それがどういう事か春桜は理解できるか?」
そうだ……、どうして夏蓮は私を頼ってくれないのだ。私が情けない姉だからか、私が夏蓮のように天才じゃないからなのか。それとも、
夏蓮には私が必要ない……。
「その表情から察するに、やっと理解したようだな。夏蓮は他人に頼らないのではない、頼る必要性が無いものだと理解しているのだ。それもそうだろう、夏蓮は天才、それ以外の他人は皆、凡人なのだからな」
父様の言葉で、頭の中が真っ白になりそうだった。自分が今までしてきた事が全て無に帰す感覚に陥った。いつも妹達の心配をし、時には怒り、時には笑い。でも、夏蓮は私を必要としていない……。
「春桜も私と同じなのだよ。自分の想像している理想の妹を作り上げ、それを夏蓮に強要しようとしていた。そしてその理想が叶わなくなれば自分を責任の外に置き、立場が上の私に噛み付く。それが理想の妹が求めている事だと信じ、自分に陶酔しているだけなのだよ」
何も言い返せなかった。自分が自分に陶酔しているわけではない。でも、夏蓮が私を必要としていないという事実が今の私の思考を停止させた。
「これで話はおしまいだ。一之瀬財閥の時期当主には夏蓮になってもらう。だから、そんな夏蓮をちゃんと補佐するのだぞ、春桜」
春桜さんの話が終わる。俯き、自分を責め続ける春桜さん。俺は、どうすれば……。
「すまないな拓真。楽しい一日にしようとしてくれていたのに、私のせいで台無しになってしまった……」
俺にこれ以上心配をかけまいと無理矢理に笑顔を作る春桜さん。でも、今一番苦しんでるのは春桜さんだ。それに、一之瀬樹の考えはメチャクチャだ。人を人とも思わない無情な人間だ。でも、メチャクチャなのは父親だけじゃない……。
「おかしいですよ……」
「……拓真?」
「菊冬も春桜さんも一之瀬もみんなおかしいですよっ!! どうして素直にならないんですかっ、どうしてあんた等姉妹は全部自分のせいにしようとしてるんですかっ!!!」
夕方の街中で大声を俺は上げる。誰かに見られているかもしれない、でも今の俺にはそんな事はどうでも良かった。
「そうやって自分が悪い自分が悪いって決め付けて、これ以上傷つきたくないから逃げ出して、その結果誰も笑ってないじゃないですかっ!!」
「……貴様に何がわかるっ!! 夏蓮にとって私は必要の無い人間なんだぞっ!! 大切な者から必要とされなくなった私の気持ちが貴様如きに分かる筈もないだろうっ!!」
あぁ……。本当に俺をムカつかせるのが得意な人なんだな。つか、一之瀬家の三姉妹は俺を怒らせることしか言わないのか。
「……わかりますよ」
「何が分かるって━━」
「俺は、大切な親友にも大好きな家族にも、俺の目の前でハッキリといらないって言われたから……」
俺の言葉を聞いて愕然とする春桜さん。それもそうだろう、こんな事本当は言うつもりなんかなかったから……。だからこそ、俺は言わなきゃいけないんだ。
「ハッキリと目の前で言われた俺とは違って、春桜さんのは想像でしかない。つか、一之瀬がどうして独りで泣いてたかなんて俺でも想像がつく」
「か、夏蓮は誰にも心配かけないために、いや違う、誰も信用していないから、自分の弱さを見せられるような人がいなかったから━━」
「んなの全然違いますよ」
春桜さんは動揺し、俺を見る瞳が少し恐怖が混ざっているように俺は感じた。
「どうして一之瀬が独りで泣いていたか。そんなの簡単な事じゃないですか。一之瀬はお兄さんを看取った唯一の人だ。そんな一之瀬を心配してる奴なんか沢山いる。自分の姉だってそうだと思っていた。なら、自分が姉に甘えて泣いてみろ、自分が大好きな姉はいったいどう泣けばいい」
少し早口で話し一瞬の間隔あける。それは俺は空気を吸い、再び言葉を紡ぐ為の刹那の時間。
「きっと一之瀬はこう考えた。長男が死んで、次に大変になるのは長女の春桜さんだと。大切な姉に心配はかけられない、迷惑はかけたくない。それだけじゃない、苦しいのは自分だけじゃないってアイツなら思える筈だ……」
そう、俺が知っている一之瀬夏蓮はとてもわがままで、寂しがり屋で強がりで、本当に天才なのか疑ってしまうほど幼稚な部分だってある。そんな一之瀬は自分の事しか考えていないなんて言うけど、アイツはいつだって大切な人たちの事を一番に考えているんだ。
「なら……」
春桜さんは立ち上がり、俺の目の前で、
「なら私はどうすれば良いのよっ!! どうすればよかったのよっ!!」
小さい身体の春桜さん。本当に成人してるとは思えないほど華奢で幼稚な体躯。そんな春桜さんは小さな手を強く握り、自分の精一杯の力で俺の体を叩く。涙を沢山流しながら……。
「どうすれば良いかなんて、そんなの簡単ですよ」
だから、俺はこの人も救いたいと思った。一之瀬の大切なお姉さんを。
「春桜さんの知らない、一之瀬を知りましょ」
微笑む俺を見る春桜さんの表情を堅く、それが何故なのか俺には分からない。だが、それでも俺は春桜さんに今の一之瀬を知ってもらいたくて、その小さな手を握った。
「い、嫌だ……。い、行きたくない……」
「……春桜さん?」
俺が握る春桜さんの手は震えていて、強張る表情は恐怖を滲ませていた。まだ少し明るい雑踏の中、俺と春桜さんの場所だけが特別に感じた。
「ダメだ、私には……、夏蓮を知る権利なんか無い……。いや、違う……、怖いんだ、本当の夏蓮を知ってしまったら、私は……」
「大丈夫ですよ」
俺は強く春桜さんの手を握る。
「拓真……?」
「絶対に大丈夫です。きっと本当の一之瀬を、今の一之瀬を知ったら、今まで自分が思い悩んでいた事が馬鹿らしく思えますよ。だから、いきましょ」
俺は春桜さんの有無を聞かずに歩き出す。
「……この感覚」
歩きながら、小さく春桜さんが何かを言ったのが聞こえた。
住宅街から離れた場所を、俺と春桜さんは歩いています。少し傾斜のキツイ坂道、ここに来るまでの間で太陽は沈み、今の俺と春桜さんを照らしているのは無機質な街灯。
白色に光る電灯が主流だが、ここの街灯はオレンジ色に輝いていて、暖色系の色のおかげかはたまた夏の暑さなのか、少し温かい気持ちになれる。
春桜さんの手をとって歩き出してから俺達は何も話さなかった。それでも俺はあの景色だけは春桜さんに見てもらいたくて、きっとそこには春桜さんの心を救うことの出来る景色があるから……。
もう少し、もう少し上がればその景色が見える。俺が春桜さんに見て欲しい、本当の景色が
「ここですよ」
「ここ、が……」
そこは高台にある公園。俺らの町が一望できるスポット。まぁ公園と言っても、少し開けている場所があり、その敷地内にはベンチが何個かあるくらいで、後は崖になっている場所から落ちないように手すりがあるだけの、殺風景な公園だ。
それでもここから見える景色はとても綺麗なんだ。
街を彩る街灯が輝いて見えて、そこに宝石か何かが落ちているみたいで。そして空を見上げれば、高台のおかげか空が近く星達が煌いている。
「これが、拓真が見せたいものか……?」
春桜さんは俯き、そして、
「本当の、今の夏蓮はどこにいるっ! こんな景色、腐るほど見てきたっ! 貴様は私に嘘を━━」
「崖の下のほうを見てください」
俺の言葉を聞いて、小走りに手すりの方へと行く春桜さん。そして、春桜さんが見た景色は、
「やっぱり手持ち花火も面白いねー」
俺の幼馴染。
「ほら夏蓮も花火持ちなよ」
クラスの女子A。
「俺、女の子と夏休みに花火するの初めてだわ」
友人A。
「あ、牧下さん。そのにある花火取って貰っていいかな?
イケメン王子。
「おい、一之瀬の妹っ!! 流石に二刀流は危ないだろっ!!」
親友の木偶の坊。
「わ、私は、火の係りを、す、するね」
現世に降り立ったマイエンジェル。
「すごい綺麗だね、夏蓮姉様っ!!」
自分の妹のように思える、金髪ツインテールの少女。
「ちょ、少しはしゃぎすぎよっ!!」
そして、一之瀬夏蓮。
春桜さんが見ている景色は、俺の友人達が楽しく花火をしている風景だった。これは俺が仕組んだもので、初めからここで皆に花火をして欲しいと頼んでいた。もちろん一之瀬には秘密だが。
そんな景色を眺めている春桜さんに近づいて俺は言う。
「どうですか。今までに見たことも無い景色でしょ?」
俺は死角で皆からは見えない場所に立ち春桜さんに言う。どうして皆に見えない場所にいるのか、それは簡単な事だ。
今回の件は確かに一之瀬以外の皆に話した。でも、春桜さんを説得する為とは言っていない。あくまでも、一之瀬を誘って皆で花火をしてくれとしか俺は言っていないのだ。
それでも、春桜さんはその景色を見続けている。
「拓真は知っていたのだな……」
手すりを強く握り、春桜さんは俺に向って、
「夏蓮が、あのような笑顔を見せることを……」
「はい、知ってましたよ。だから春桜さんに見せたかった……。今の一之瀬を」
俺は春桜さんを見つめた。その視線に答えるかのように、春桜さんも俺を見つめてくる。そして、
「私は、本当に何も知らなかったのだな……。夏蓮のあんな笑顔、久し振りに見た……。あの場所に居るのが夏蓮の友達で、皆笑っている……。私は夏蓮に、あのような笑顔を与えられなかった。だが、あそこにいる者達は夏蓮を笑顔に出来る……」
俺に訴えかけるように言う春桜さん。その言葉を言っているのが、春桜さんが自分を否定している言葉だと俺は感じた。
「俺は春桜さんに一之瀬は弱くないって言いました。でも、一之瀬は弱かった、弱かったからこそ皆を頼った……。初めは俺に頼ってきました。そんな一之瀬が俺になんて言ったとおもいます?」
俺は簡易的な質問を春桜さんに言う。その答えが返ってこないことも知っていた。だから俺は、数秒の間を置いて答えを言う。
「私は天才である自分が嫌いなの。一之瀬は俺にそう言ったんです」
あの時、春の始まりにおれが一之瀬と出会ったB棟三階右端の教室で言われた事を、俺は春桜さんに言う。
「初めは俺みたいな凡人をからかっているものだと思いました。でも、一之瀬の表情は真剣で、そんな一之瀬に負けて、俺は一之瀬と契約を結びました」
契約の内容は話せない。俺と一之瀬の約束だから……。
「そして、俺は等身大の一之瀬を一学期という短い期間に見ました。きっとそれは、春桜さんが見てきたものより遥かに劣るでしょう。でも、今の一之瀬の全部だと、俺は思いました」
何度も喧嘩した。それでも俺は一之瀬の傍に居たいと思えた。きっと一之瀬もそう思ってくれているだろう。そうじゃなきゃ、一之瀬が俺といるメリットない。
「だから、本当の一之瀬を春桜さんもちゃんと見てください。そしてもう一度、一之瀬を好きになってください」
これが今の俺の全てだ。菊冬の件も、春桜さんの件も、本当に一之瀬家の三姉妹が思い込み過ぎたものだ。互いが互いを守ろうとして、その結果すれ違ってしまっただけだ。
「だからさ、春桜さんも笑ってくださいよ。今日見た春桜さんの笑顔はとても素敵でしたよ」
俺が今日に抱いた気持ち。春桜さんの笑顔が素敵だと思った俺は、確かにいた。
「……はぁ。私は拓真に疑問を抱いていた。どうして夏蓮が、菊冬が、拓真に自分の心を曝け出すのか……。だが、それも今日拓真を見て分かったよ」
微笑む春桜さん。そして、
「貴様は、秋兄様に似ているんだ……」
悲しみを帯びた表情にも、喜びを帯びた表情に感じとれる春桜さんの笑顔を、今の俺には理解出来る事が出来ないでいた。
「今日、拓真と遊んでいて何か違和感を感じた。でも、それは拓真が秋に似ていたからだ。貴様は、秋の様に優しい、そして秋の様に繊細だ」
俺が一之瀬のお兄さんに似ている……? そんなのはおかしな話だ。俺は一之瀬の……、秋さんのような天才じゃない……。
「そんな貴様にお願いがある」
春桜さんが見せる真剣な眼差し、俺はその表情を見て生唾を飲み込んだ。
「これからも、夏蓮を頼む……」
そう言うと、春桜さんは深々と頭を下げた。
そんな春桜さんの期待に俺は応えることなんて出来ない。だって俺は……。
「……俺も、他の皆も一之瀬と関わっても良いんですか?」
「あぁ、大丈夫だ。私は貴様に大切な事を教わった。いや、貴様だけではないあの場所にいる者達にもだ」
そう言いながら一之瀬達の方を眺める春桜さん。眺めている表情は、とても優しくて、今日俺が見ていた春桜さんの笑顔の中で一番輝いて見えた。
「分かりました。俺が、一之瀬の願いを絶対に叶えて見せます」
「頼んだぞ……」
きっと、今のは嘘をついている。俺が一之瀬の長願いを叶えるなんて……。春桜さんに頼まれるほど、そんなに俺は強くない……。
それでも、春桜さんお笑顔も守りたい。俺のわがままが、誰かを苦しめる事になるなんて、
今の俺は考えもしなかった……。