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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第三部 夏休み 求メラレル選択
31/134

11 中偏 (拓真)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は今、イッチーシーというテーマパークに来ています。


イッチーシーとは、プールをメインにした施設。普通のプールとは違い、遊園地にあるような乗り物が多数あり、水着で遊べる遊園地といえば分かりやすいかもしれない。


何故、俺がイッチーシーに居るのか。それは雪菜とルリに連れてこられたからだ。行くまでの経は、家のエアコンが壊れたという事があったくらいかな。


エアコンが壊れてしまった現実で、俺の部屋は蒸し風呂状態に陥り、涼しい場所を求めて朦朧とする意識のんか、俺はこの場所に連れて来られた。


初めは雪菜とルリが楽しく遊んでいるのを見ていたのだが、偶然にも俺の友人達もイッチーシーに来ていたのだ。


そんな友人達とも合流し、楽しく遊んでいる最中、俺の目の前に一人の少女が現れる。その少女の名は、


一之瀬菊冬。天才少女、一之瀬夏蓮の妹で、俺とは少し関わった人物だ。俺はそんな菊冬を目の前にして動揺している。


そして、俺は菊冬に問う。


「みんなを一之瀬が誘ったって事は、一之瀬もいるのか……?」


何故だか恐怖を感じていた。どうしてこの俺が天才少女に恐怖を感じているのか、そんなもの俺でもよく分からないよ。


それでも俺は、何となく今一之瀬に会ったら心と体を乖離させられてしまうような気がしていた。


「姉様は今、イッチーシーのを任せてる人と会っているわ。今日ここに来たのは視察も兼ねているから、姉様は遊びできたのではなく仕事で来ているのよ」


菊冬の言葉を聞いて少し安心した。仕事で来ている一之瀬は、きっとここには来ない。イッチーシーを任せている代表さんと会っているのなら、現場には来ないであろう。


俺は少し安心感を抱き、胸を撫で下ろした。


「一之瀬がここにいる理由は分かった。他の皆も、普通の客としてイッチーシーで遊び、客のリアルな感想を聞きたいが為に誘われているのも分かった。でも、どうして菊冬もここにいるんだ」


俺はここに何故、菊冬がいるのかが疑問になった。だって一之瀬が視察でお偉いさんと会っているのに、菊冬は水着を着用し普通に遊ぼうとしている。


「わ、私は姉様の付き添いで来ただけっ!! 話し合いをしている時は遊んでなさいって姉様に言われたのよっ!!」


「わかった。一之瀬にそう言われて遊ぶ準備をし、楽しい一日を過ごそうとしているの良く分かった。だけど、菊冬ってもしかして泳げないのか?」


俺の菊冬が持っている可愛らしい模様の浮き輪が気になった。確かに海で泳げる人が持っているのは分かる、だがプールは中学生が溺れるほど深くはない。


「というか、もしかして菊冬は泳げないのか……?」


「ば、ば、バカな事言ってんじゃないわよっ!! わ、私は別に、泳げないなんてこと……///」


菊冬さんって本当に分かりやすいな。もう、誰がどう見ても泳げない事がわかってしまう。でも、菊冬は頑張ってそれを隠そうとしているんだ。一之瀬家の三女として……。


「わかったよ。菊冬は本当に泳げないんだな」


俺は無慈悲にも、菊冬の心を抉った。だって、俺には一之瀬家とかどうでも良いし、泳げないもんは泳げないし。


「ば、だから私は泳げ━━」


「いいよ、俺が泳ぎ方教えてやるよ」


まぁ菊冬は妹みたいなものだ。兄貴として泳げない妹を放っておくこともできない。ましてや一之瀬家の三女だ、泳げないなんて恥にしかならないであろう。


これも人助けと思って頑張るしかないな。


「小枝樹くーんっ!!」


本当に何故このイケメンは俺をこんなにも敬愛しているのであろうか……。というか、プールサイドは走ってはいけませんよ。


「ねぇねぇ、僕にも泳ぎを教えてよっ!! 僕ね、全然泳げないんだ……。でも小枝樹くんに教えてもらったらすぐに泳げ━━」


「いい加減にしろ神沢……!! 何度も何度も言ってるが、俺は男子と絡み合う趣味はないっ!!!」


「もう、小枝樹くんのいけず」


ようやく俺は理解した。殺意というものがこんなにも禍々しく憎悪に満ち溢れているものだと。


「取り敢えず、俺は菊冬に泳ぎを教える。だから神沢はみんなと遊んでてくれ」


「でもさ、菊冬ちゃんだっけ? 泳げないにしてもみんなと遊びながら少しずつ水に慣れた方が良いんじゃないかな?」


神沢のくせに正論を言いやがった……。確かに、泳げるようになる為に練習をするよりも、楽しく遊びながら少しずつ泳げるようになった方が菊冬も楽しいかもしれない。


「って神沢が言ってるけど、どうする菊冬?」


俺は菊冬に問いかける。その問いを聞いた菊冬は頬を少し赤く染め上げ俯き、


「あ、あんた達がそうしたいなら、わ、私は吝かではないというか……」


本当に相変わらず素直じゃないな。


「よし、なら皆で遊ぶかっ!!」


俺はそう言うと、菊冬の手を取り走り出す。あ、そうそう、プールサイドは走ってはいけませんからね。






 「おりゃぁっ!! 必殺、コートの中では一人きりアッタクッ!!」


「ば、やめろ雪菜っ!! あ、あぁぁぁ!!」


バッシャーンッ


「ははははは、拓真弱すぎだろっ!!」


俺等はプールの中でビーチバレーをしています。普通に楽しいのだが、何故みんな俺を集中的に攻撃してくるんですかね。


「プハッ!! おいお前ら、菊冬の泳ぎの練習はどうなったんだよっ!!」


俺は水中から脱出し、片手で顔の水を拭いながら言う。


「いやー、ほら、菊冬ちゃんはルリちゃんと戦闘態勢に入ってるし、寧ろもう戦い始めてるし」


雪菜がプカプカと浮いているビーチボールを手に取り、俺らとは少し離れた場所にいる菊冬とルリを指差した。


その光景は、


「だから、お兄ちゃんはあたしのお兄ちゃんなのっ!!」


「何言ってんの!? 拓真は私の兄様だからっ!!」


………………。


あいつ等はいったいどんな喧嘩をしているんだ……。


普通に考えたら俺はルリの兄貴だ、だが菊冬の事も妹みたいに思っている。でも菊冬は本当の妹ではない。そうなるとすると、ルリとも血が繋がっていないから本当の妹ではなく、義理の妹になるわけだ。


待てよ、義理の妹だとしても俺とルリは幼少期から一緒にいるわけで、本当の兄妹のように育てられたわけですよ。そうなると、俺はルリの兄貴だが菊冬の兄貴ではない。


つか、そんな事どうでもいいわ……。


「おいおい、二人とも喧嘩はよせよ」


俺は何も考えずに二人の喧嘩を止めに行く。だが、これが死への片道列車とは今の俺は知るよしもなかった。





 「二人ともいい加減にしろ」


俺は睨み合い、すぐにでも取っ組み合いを始めそうな二人の方を掴んだ。


「お兄ちゃん……」


「拓真……」


「取りあえず冷静になれ。お前らが何で喧嘩をしてるかは知らないけど、とにかく落ち着け」


俺は二人の説得を試みた。まぁ、どうして喧嘩しているのかはしっているけど、それを言ったら何か、俺が恥ずかしい……。


そんな俺の言葉を聞いた二人はおとなしくなり、喧嘩をやめてくれた。


「今日は楽しく遊ぶ為に来たんだろ? だから喧嘩なんか━━」


ガシッ ガシッ


何故か俺は菊冬とルリに腕を掴めれる。


東~小枝樹ルリ~ 西~一之瀬菊冬~ 見合って見合って、はっけよーい、のこったっ!!


「いだだだだだだだああああああああああああっ!!!!! 菊冬もルリも俺の腕を引っ張るなっ!!」


俺は左右から腕を引かれてます。それはもう、もの凄い勢いで。


「だから、お兄ちゃんはあたしのなのっ!!」


「拓真兄様は私のなんだからっ!!」


神様、お願いします。どうかこの凡人を助けてください……。このままじゃ腕が、もう腕が……。


「よーし、小枝樹くんを助ける作戦を実行しようっ!!」


こ、この声は神沢。ようやく俺にいやらしい絡みをするのではなく、この俺を助けようという思考になってくれたか。俺は嬉しいぞっ!!


「小枝樹くーんっ!!」


バッシャーンッ


あれ……? 確かに俺の腕は痛みから解放された。だけど、何で俺はこんなにも息苦しさを感じているんだ……?


といあえず息をしてみよう。うん、水が口の中に入ってくるね。という事は、俺は今覚えているんじゃないか……?


でも待て、ここはプールだ。俺は別に泳げないわけじゃない、だとすればこんな浅い場所で溺れるわけがない。


「なんだ神沢、楽しそうな事してんなっ!」


「俺達もまぜろよっ!」


なんだ? 遠くから翔悟と崎本の声がしたな。それも、なんだか嫌なニュアンスの言葉を発していた。その言葉と同時に俺の体は重みを感じた。


あぁ、間違いない……。あいつ等がのしかかってきてる。


「ば、お前ら、や、やめ……」


ヤバイ、空気を上手く吸えない……。このままじゃ本当に溺れてしまう。


俺は腕をバシャバシャと動かしながら必死に助けを求める。だが、普通の高校生はこんな状況が楽しいのであろう。どんなに俺が苦しんでいても、お構いなしな笑顔だった。


よし、ならば作戦を変える。確か菊冬が浮き輪を持っていた。俺はそれに縋るしかない。というか、それしか助かる見込みがない。


どうにかこうにか水中で目を開け、残り少なに酸素を駆使しながら俺は菊冬の浮き輪を探した。


だが、酸素が少ないせいか視界がかなりぼやける。このままじゃ本当に死ぬ。俺は最後の力を振り絞り浮き輪らしきものに掴まった。


それに掴まったと同時に、俺は水中から体を出す。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


本当に死ぬかと思った。良い子のみんなは冗談でもこんな事しちゃいけないぞ。


「た、拓真兄様……///」


「悪い菊冬。お前の浮き輪のおかげで助かった。」


俺は必至に掴まった浮き輪を放さず、菊冬にお礼を言う。だが待て、なんだろうこの浮き輪、すげーやわらかいぞ。


「お兄ちゃん最低」


「僕も、小枝樹くんがそんなに見境がないなんて思わなかったよ」


ルリと神沢がとても冷たい目で俺を見えている。寧ろ、犯罪者を見ているような、はたまた変態を見ているような。というか、どうしてそんなにも諦めてしまった瞳で俺を見ているんですかね。


「た、た、た、拓真兄様……///」


「あ、ごめんごめん。そろそろ浮き輪を返さない……と……」


俺はルリと神沢から視線を変え、菊冬の方へと向いた。その瞬間、俺は何故、ルリと神沢に冷たい視線を浴びせられているか理解する。そう、


プニプニ


俺は浮き輪ではなく、菊冬の胸に掴まっていました。というか、鷲掴みにしています……。


「す、すまん菊冬っ!! ワザとじゃないんだっ!!」


「だ、大丈夫……/// 拓真になら触ってもらっても大丈夫だから……。って私はいったいに何を言ってるの……!?」


俺の手が菊冬から離れ、菊冬は頬を赤らめながら胸の部分を両手で隠し言った。


自分自身もかなりテンパッてるが、菊冬も俺と一緒で動揺しているようだった。みんなの目線がキツイのはよく分かってる。実際問題、弁解すればどうにかなると俺は思っている。


だって、こんな状況になったのも、ふざけた神沢と翔悟と崎本のせいだ。あいつ等は後でたっぷりと仕置きしてやらないとな。


だが、次の瞬間に俺の処刑が始まるという事を今は誰も知らないでいた。


「おい貴様。私の可愛い妹に、よくも破廉恥な行為をしてくれたな」


なんだか嫌な予感がした。このタイミングで、菊冬の姉を名乗るドスの利いた声音で話す人。その声は俺の後方から聞こえてきているのですが、振り向きたくない……。


振り向けば確実に俺は海の藻屑に、いやプールの塩素剤になるであろう。でも、振り向かなきゃ事が進まないわけで……。


予想している、悪魔大元帥さんとエンカウントする為に、肩を撫で下ろしながら俺は振り向く。


………………。


「ってアンタ誰だよっ!!!」


そこには見知らぬ幼女が立っていた。


身長は牧下と大差がないほど小さく体躯も似ている。切れ長な瞳がどことなく一之瀬の雰囲気を感じされたが、今の状況では睨んでいるようにしか見えなかった。


薄い桜のような桃色のセミロングな髪。ここはプールというのに水着の着用もしていない。


もしかしたら迷子という可能性を考えたが、胸の前で腕を組み堂々と立っている姿を見てその選択肢は消しました。というか、菊冬の事を妹って言ってたよな……。えっ……?


「は、春桜はるお姉様!? お仕事はもう大丈夫なのでしょうか?」


「あぁ大丈夫だ。仕事なんて夏蓮一人で十分なんだ。そんな面倒くさい事など放っておいて現場の視察をしようと赴いてみれば、この塩素剤が菊冬に破廉恥な事をしているではないか」


あ、結局俺は塩素剤になるのね……。まぁ、何となく分かっていたけど……。というか、本当にこのちっちゃいのはなんなんだよ……。





 菊冬の姉だと名乗る幼女に俺は連行され、そんな可愛そうな俺を友人達はそっちのけで遊んでいた。


マジであいつ等、後で殺る……。


それはいいとして、この幼女は本当に菊冬のお姉さんだった。


一之瀬 春桜はるお。天才少女、一之瀬夏蓮と菊冬の姉で、現在大学生らしい。この体躯で大学生なんて、普通の奴だったら飛び級か何かと間違えるぞ本当に。


もしかしてこの人も天才なのか? でも待てよ、確か一之瀬が言っていたのは、姉と妹は普通だって言っていたな。自分が天才だったから次期当主だって。


それでも春桜さんだって普通に凄い人だぞ。大学は日本で一番凄いと言われている大学だし、もともとイッチーシーの仕事を任されていたのは一之瀬じゃなく春桜さんだったらしい。


何でも、一之瀬財閥に関わる仕事は結構こなしてきているらしく、今回はたまたま一之瀬が夏休みという事もあり春桜さん監修の元、一之瀬が仕事をしていたということだ。


そんな脳内説明をしている俺の現状なのですが……。


「貴様はどういうつもりで菊冬に破廉恥な行為をしたのだ」


はい、春桜さんに説教されています……。


「いや……、その……。あれは事故でありまして、決して邪な想いがあったわけではなく、菊冬さんの浮き輪に掴まろうとしたら、あの結果に……」


「ほう、さぞ菊冬の浮き輪は柔らかかったであろうな」


「いやー、あんなに柔らかいものだとは思っても━━」


「貴様、殺すぞ?」


「す、すみません……」


楽しい夏休みを満喫する予定だったのに、家のエアコンは壊れ、大衆の面前で説教をされなくてはならない。まぁ菊冬に対しては確かに俺がいけないんだと思うけど……。


それにしても春桜さんの体躯と気迫のギャップが凄すぎる。一之瀬が悪魔大元帥なら、春桜さんは阿修羅だ。


長女、次女とただの化物なのに、どうして三女はツンデレになってしまったのでしょうか。俺にはさっぱり分かりません。


「まぁ良い。あれが事故だったという事くらい見れば誰でも分かる」


あれー? 見れば誰でも分かるのに、何で俺は怒られていたんだろうー? その辺を詳しく聞きたいな。でも、俺にそんな事を言える勇気なんかありません。


「お許し有難う御座います」


俺は今まで生きてきた中での最上級のお礼をした。こんなにも綺麗に人は頭を下げられるものなのだと自分で感心してしまったよ。


「そんな事よりも、貴様が小枝樹拓真だよな」


「え、あ、はい。そうですけど」


「そうか。なら少し話したい事があるからついて来い」


そう言うと、春桜さんは別室へと続く道の方へ歩き出した。そんな姿を見ている俺は、みんなを残したまま春桜さんの後を追った。






 更衣室やシャワールームの扉の前を通り過ぎ、関係者以外立ち入り禁止と書かれて部屋の扉を春桜さんは開く。


「ここで話をする。入れ」


俺は言われるがまま部屋の中へと入っていった。


入った部屋は、何かの会議室のような少し広い感じの部屋になっていて、長い机とパイプ椅子が並んでいる。水着のまま来てしまった俺は、椅子を汚すのもどうかと思い、立ったまま春桜さんの言葉を待った。


「何をそんな所で突っ立っている、普通に座ってもらって構わない」


先ほどまで幼女にしか見えなかった春桜さん。だが、場所を変えただけで、その言葉遣いや態度が出来る大人に見えてしまう。


本当にこの人、年上なんだな。


俺は春桜さんに言われた通り、椅子に腰を下ろす。これから何を話されるのか、少しの不安を抱きながら。


「話というのは他でもない、夏蓮の事だ」


やっぱり一之瀬関係の話しですか。もう一之瀬との事を聞かれるのは慣れっこですよ。どうぞ、何でも好きなだけ聞いてください。


「単刀直入に言う。夏蓮と関わるのをやめろ」


一之瀬と、関わるのをやめろ……?


「どういうことですか……?」


「なんだ、貴様は日本語も理解出来ない程の阿呆なのか?」


「俺が言いたいのはそういう事じゃなくて、何で一之瀬と関わるのをやめなきゃいけないかって事です」


一学期の間、確かに色々あった。楽しい事もあったし苦しいこともあった、喧嘩だってしたし、互いに分かり合おうと頑張ってもきた。


そんな一之瀬と夏休みを楽しもうって俺も思った。他の皆だって一之瀬と思い出を作りたいって思ってる。納得がいく説明をしてもらわない限り、俺も絶対に引かない。


「わかった。貴様、小枝樹拓真にも分かりやすく説明してやろう」


春桜さんの雰囲気が少し変わったように感じた。


「小枝樹拓真。面倒だ、拓真と呼ばせてもらう。拓真が夏蓮からどのように話を聞いているかは私は分かっていない、まずは夏蓮からどこまで話を聞いているのか教えてくれ」


俺は一之瀬の家庭の事やお兄さんの事を春桜さんに話した。


「そうか。夏蓮がそこまでの事他人に話すとは思っていなかった。だとすれば、やはり拓真は夏蓮と関わるのもやめるべきだな」


「だから、何でそうなるんですか!!」


「兄が死んだのは知っているな。夏蓮はしゅうが逝ってから誰にも心を開かなくなったのだ」


睨むような目つきをしていた春桜さんの瞳が細くなり、遠くを見るような、過去を思う出すような表情へと変わっていった。


「秋が死んだ後、夏蓮は本当に変わったよ。生きているのか死んでいるのか分からない程、機械的に自分の才を高めていった。来る日も来る日も勉強に鍛錬、ありとあらゆるものを極めていった。そんな夏蓮は、天才少女と呼ばれるようになった」


春桜さんの表情は苦しそうで、何故俺にこんな話をしているのか理解が出来ないでいた。


「そんな夏蓮が父様に反抗し、今の高校に入学したときは本当に驚いた。今まで反抗なんかしてこなかった夏蓮が、頑なにあの高校に入学すると言って聞かなかったからな。その理由は分からないが、拓真がその理由を知り夏蓮に加担している事は何となく分かっている」


さすがは一之瀬の姉。少し話しただけで俺と一之瀬の関係性の芯に近づいている。だけど、今話してもらった内容じゃ、一之瀬と関わるのをやめる決定打はない。


「すみません春桜さん。今のままじゃ、俺が一之瀬との関係を断ち切るまでの内容には思えません」


俺の言葉を聞いた春桜さんは、一つ息を吐き、


「そうだな、今のままじゃたんなる昔話に過ぎん。だがよく聞いておけよ拓真、私の推測が正しいなら夏蓮はお前に依存している」


依存……? どうして一之瀬が俺に依存するんだ。もし仮に一之瀬が俺に依存したとしよう。でもそれの何が悪いって……!!


「その顔から察するに、夏蓮が拓真に依存したらどうなるか分かったようだな」


「た、確かに一之瀬が俺に依存しているという仮説が正しかったら、アイツはこのまま一之瀬財閥から逃げ出すかもしれない……」


俺の考えはこうだ。俺に依存した一之瀬は俺から離れられなくなり、一之瀬財閥だけじゃなく大好きなお兄さんの気持ちまでも裏切りだめになる。それだけじゃない、一之瀬財閥の令嬢だ、どんな人間に狙われるかわかったもんじゃない……。


「貴様は、そんな夏蓮をずっと守っていくことが出来るのか」


春桜さんの言葉が俺の心に突き刺さる。それでも、俺は春桜さんが言っている事が間違いだと思った。


「一之瀬は、そんなに弱くない……」


小さな声で俺は呟いた。


「なんだと……?」


春桜さんの声音は低く、女性の声とは思えないほどの迫力だった。でも俺は言わなきゃいけない……。確かに今の春桜さんは怖いけど、それでも俺の気持ちを、俺の想いを伝えなきゃいけない。


「一之瀬は……、一之瀬はそんなに弱くないっ!!!」


バタンッ


その瞬間、春桜さんの近くにあるパイプ椅子が倒れる。故意的に春桜さんが倒したのは明確だった。そして次の瞬間、


「てめぇめたいな……、てめぇみたいな何も知らねぇクソ餓鬼が一番ムカつくんだよっ!!!」


春桜さんの怒号が響き渡る。


「何が夏蓮は弱くないだ、アイツは私達三姉妹の中で一番弱いんだよっ!!! それでも天才じゃなきゃいけなかったんだ、夏蓮は私が不甲斐無いばかりに、一之瀬財閥の人形になったんだよっ!!!!」


人形……? なんだよ、それ……。


「夏蓮のことを何も知らない凡人風情が、分かったような口きくんじゃねぇよっ!!」


そうだ、俺は凡人なんだ。誰の気持ちも分からない、誰の苦しみも分かってやれない、最低な凡人。でも、


「凡人風情だと……? あぁ、確かに俺は凡人だよ。本当の意味で一之瀬の事なんかわかんねぇよ……。でも、俺は凡人だから━━」


俺は春桜さんを睨んだ。そして、


「凡人だから分かろうと努力すんだろっ!!! 今でも全然一之瀬のことなんかわかんねぇよっ!! 俺が正しいなんて言えねぇよっ!! でも、俺は春桜さんが知らない一之瀬を知ってる」


「私の知らない、夏蓮だと……?」


俺は辛いと想っている人、悲しい気持ちを感じている人、いや違うどんな人でも救いたい。俺の手が届く場所なら。


「はい、知ってますよ。春桜さんじゃ知らない一之瀬を」


「貴様如きが知っている夏蓮など、私が知らない筈が━━」


「それでも、知っているんですよ」


俺は春桜さんの言葉を遮り言う。微笑みながら、俺の知ってる一之瀬を頭の中で浮かべながら。


「ならそれを証明してもらおう。明日、私の知らない夏蓮を見せてもらおうではないか」


はぁ……。なんで俺はこんなにも面倒な事に遭遇してしまうのですかね。まぁでも、


「分かりました。明日、春桜さんが知らない一之瀬を見せますよ。で、それが全部終わったときに、一之瀬と関わって良いかダメか言ってください。でわ」


俺は一礼し、部屋から出た。扉を閉めるときに聞こえた春桜さんの最後の言葉、


「本当に、歯に衣着せぬ男だな。小枝樹拓真は」







 そんな事件、というか出来事があり俺は普通に帰宅しています。


皆とわかれ、今は雪菜とルリと俺の3人で歩いています。


「途中で菊冬ちゃんのお姉ちゃんとどっか行ったけど、あれってやっぱり処刑だったの?」


うん、おかしいな。どうして俺の死がすぐさま脳裏に浮かぶのでしょうか雪菜嬢は。


「確かに、お兄ちゃん死んでなくて良かったよ」


笑顔で俺の生存を喜んでくれるのは確かに嬉しいよ。でも、心配していたなら助けに来ても良かったんじゃないですかねルリさん。


「本当にお前らは人事だよな」


今日の出来事を話しながら、楽しく3人で帰宅している俺等。そんな話をしていると俺の家の前まで着いてしまった。


「おいルリ。俺は雪菜を送ってくるから先に家にいろ」


「はーい。わっかりまーしーたー」


意味不明な了承を告げる言葉の発音。それでもルリは普通に家の中へと入っていき、俺は兄として一安心ですよ。


「じゃ、行くか雪菜」


「うんっ!」


雪菜の家まで歩いて数分の距離。俺と雪菜は何も話さず、ただただ沈黙が続いた。


だが、雪菜の家に差し掛かったとき、雪菜の口が開いた。


「ねぇ拓真、次は誰のヒーローになろうとしてるの?」


思いもよらぬ雪菜の言葉に俺は少し動揺した。


「ど、どうしてお前は俺のことが分かっちゃうのかな……」


嘘をつくのも、誤魔化すのも意味がないと思った俺は、雪菜の言葉を受け入れた。


「ふっふーん。あたしには拓真の事だったら何でも分かりますよアンテナがついているんだよ。まぁだから━━」


笑っていた雪菜の表情が一瞬寂しげに見えた。だが、


「何をしようとしてるかは聞かない。でも、あんまり無理はしないでね」


微笑む雪菜が俺の傍にいた。


「ありがとな雪菜。大丈夫、無理なんかしねーよ。もしダメになりそうになったら、今度は素直に雪菜に頼るから」


「……拓真」


きっと俺は少し変わった。高校二年の一学期という短い期間の間で。でもその変化は俺にとって良い事で、独りじゃないって思えるようになったから。


「もう、ここでいいよ拓真」


そう言うと雪菜は走って帰路につく。そんな雪菜の後姿を見て俺は思う。


明日は何が何でも春桜さんに今の一之瀬を見せてあげたい。一之瀬だって変わったんだ、俺と一緒に変われたんだ。


でも、もしかしたら一之瀬も俺も、昔に戻っているだけなのかもしれない。それでも、春桜さんの勘違いしている部分を俺は伝えたい。誰だって幸せになる権利があるから……。


そうして俺は、明日の作戦を皆に伝えたのだった。
















 












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