11 前編 (拓真)
どうも、さかなです。
今回で第三部突入です。第三部は夏休み篇になります。
高校生達の夏休み、波乱が起こるようなきがします。
では、お楽しみ下さい。
ミーンッミーンッミーンッ
うるさい蝉の鳴き声、照り付ける太陽、身体に張り付いて離れない湿気。
俺は一人、朝から暑さに体力を奪われ、ベッドでダウンしています。
現代科学が作り上げた夏を乗り切る為のアイテム。冷たい空気を精製してくれるその機械は今の世の中、なくてはならないものだ。
こう言ってはいけないかもしれないが、確かに所得の低い人たちは、人間の英知が作り上げた機械を思う存分使う事は出来ないかもしれない。
だが、この凡人、小枝樹拓真が住んでいる家は思う存分使っても大丈夫な家だ。
「暑い……」
俺は自分の部屋の天井角を見る。
確かにそこには、人類が生み出した英知が設置されている。なのに……
「どうして壊れてるんだあああああああああああっ!!!!」
暑い、暑すぎるっ!! クーラーが使えないだけでどうしてここまで世界は暑くなれるんだっ!! つーか……。
俺は部屋の窓を開け、今の自分の心境を全力で叫ぶ、
「さっきからうるぇんだよ蝉がああああああああああっ!!!」
暑さのあまり、俺の怒りは虫へと向けられてしまった。こんなにも自分がおかしくなってしまうくらいの暑さなのだ。
数日前まで雨が降っていたのにもかかわらず、雨が止み晴天になればなったでこの暑さ。
本当に、人間が自然に打ち勝つ時は決して訪れる事はないのだと、今の俺は身にしみて感じていた。
ドタドタドタドタッ
家の階段を勢いよく上る音が聞こえた。
その音を聞いて、俺は少し嫌な感じにおそわれる。なんだか、面倒くさい事が起こるんじゃないかと勘ぐってしまった。
バタンッ
「よし拓真っ!! プールに行こうっ!!」
「人の部屋に入るやいなや、お前はいったい何を言ってるんだ雪菜」
白林雪菜。俺の幼馴染の女の子だ。幼少期から一緒にいるせいか、妹のように俺は雪菜を見ている。
学校の連中からは、俺と雪菜が付き合っていると言われたり、雪菜が幼馴染で羨ましいと言われたりしていた。
男子から見た雪菜はとても可愛いらしい、女子の間でも可愛いと評判だ。だが、俺にはワガママで肉まんを年がら年中頬張っているバカにしか見えない。
人の部屋をノックもせずにいきなり入り、そして何の脈絡もない事言い出す時点でバカ丸出しだ。
それでも雪菜は負けじと俺に食い下がってくる。
「でもでも、今日は凄く暑いし、最近オープンしたアミューズメントがあるし、やっぱり女の子は新しいものに食いついてしまう生き物なのだよ。なので、そのプールに行きましょう」
雪菜は何故こんなにも堂々と意味不明な事が言えるのでしょうか。10年くらい一緒にいるけど、さっぱり分かりません。
「確かにプールに行くのは良いかも知れないけど、お前少しでもいいから宿題したか?」
「……ギクッ!!」
雪菜嬢……、お願いだから俺の前以外で擬音を口に出して言うのはやめてくださいね……。
「その顔、お前なにもやってないだろ」
「そ、そういう拓真だってどうせ何もやってないんでしょっ!!」
「あー俺か? 数学なら終わらせたぞ」
俺の言葉を聞いた雪菜は硬直した。だが、その硬直も一瞬で、直ぐに床に手をつけ項垂れてしまった。
「拓真の、裏切り者……」
裏切り者って……。もう意味分からない事を言うのはやめてもらいたい。それじゃなくても暑いのに、雪菜の相手をしているともっと暑くなってしまう。
「あれ? ユキちゃん来てたの?」
俺の部屋の前を妹が通りかかる。
小枝樹ルリ。俺の妹で、まぁ血は繋がっていないのだけど……。それでも俺の妹だ。つか俺がこの家に来たのは6歳の時だから、普通に妹としてしか見えないな。
中学三年生のわりには、大人びた体躯をしていて、家に遊びに来た崎本が色々と聞いてきてたな。
髪の毛の長さは雪菜とあまり変わらず肩くらいまで伸びている。少し茶色な髪色は髪の毛が細いせいで光の加減で見えてしまう。そんなルリに、
「ルリちゃん……」
「ど、どうしたのユキちゃん!? 涙目だけどお兄ちゃんに何かされた?」
「うぅぅ……。拓真がね、宿題がね、数学がね……」
「ごめんユキちゃん……。何言ってるか分かんないや……」
泣きながらルリに縋る雪菜。だが、流石のルリでも今の雪菜の言語を理解できなかったみたいだ。
そんな雪菜をよそに、ルリは冷静に俺に言う。
「あ、そうだお兄ちゃん。クーラーの修理明日じゃないと来れないって」
………………。
なん……だと……。人類が作り上げた英知が明日じゃないと直らないだって……!?
俺の額から一筋の雫が流れた。だが、その水分は英知が直らないと聞いた途端、更に流れだす。暑さをしのげないという現実が、俺の体内から水分を放出し俺の身体を冷やそうとしている。
生きる為に俺の本能が涼を求めている証拠だ。俺はこのとき、ある妙案を思いつく。
涼しい風を作り出す機械がないのなら、自然の力に頼るのが人間だ。
俺はすぐさま窓を開けた。そして、
ミーンッミーンッミーンッ
窓を開けても微風すら感じない、挙句の果てにはさっき怒りを向けた虫に鳴かれるしまつ……。そして、無力な人間をこれでもかと言わんばかりに照り付ける太陽。
俺はベッドに倒れこみ、
「……俺は、何て無力な人間なんだ」
全てに絶望し、世界が真っ白になってしまった……。
「ちょ、二人とも大丈夫……?」
「……ルリちゃん。あたしが逝く前にこれを……」
雪菜は自分の手に持っていた一枚の紙切れをルリへと手渡す。
「こ、これは……!! 最近この辺にオープンしたイッチーシーの割引券……!? ど、どうしてユキちゃんがこれを……?」
「たまたま、仲良くしている新聞屋さんのお姉さんからもらったの……。親しい友達と行きな、って……」
雪菜はルリに抱きかかえられながら静かに瞳を閉じた……。人間の生とはとても儚く、一輪の花のように短いものだ。
そんな雪菜を看取ったルリは、
「ユ、ユキちゃあああああああああああああああんっ!!!」
部屋中を、いや家中を、もしかしたらご近所に聞こえてしまうくらいの大きな声で叫ぶルリ。その声を聞いて俺は素直にこう思った。
うるせぇ……。
「しっかりしてユキちゃんっ!! あたし達の夏は始まったばっかりなんだよ!! こんな所で……、ユキちゃん、ユキちゃん……!!」
いつからルリはこんなにもノリが良い妹になってしまったんだ。
「あ、あたしの事は気にしないでルリちゃん……。あたしは、凄く、幸せ、だったから……」
この幼馴染も、本当に悪ノリが好きなんですね。二人の姿を見ていて、俺は怒りしか湧きませんでした。
「……おい。おまえら」
俺はベッドから起き上がり、雪菜とルリの所までいく。俺の今の状況を理解したのか、雪菜とルリは互いの身体を抱きしめあいながら震えだした。
「ちょ、拓真、冗談だよ。暑くてどうかしてたみたい……」
「そ、そうだよお兄ちゃん……。あたし達はお兄ちゃんをからかうつもりなんか、これっぽちもなかったんだよ……」
今の俺はとても冷静だ。暑さのあまり頭がおかしくなると思っていたが、こんなにも自分をイラつかせる存在が目の前にいると、暑さも忘れ頭の中がクリアになるとは思ってもみなかった。
頭の中がクリアになり俺は怯える雪菜とルリへ言う。
「……お前ら」
「「……ひっ」」
「そこで正座しろおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
数十分間、俺は雪菜とルリに説教をしています。
「本当にお前らは、すぐに勉強もしないで遊びをしたがる。別に勉強だけをしてれば良いなんて言わない、だけど遊びだけをしてれば良いとも俺は言わないからな」
正座をし、雪菜とルリは俺の話を聞く。膝の上に手を置いて小さくなっている二人を見て、俺は少し良い過ぎたと思ってしまった。
「まぁだから、ちゃんとやるべき事をやってれば俺は何も言わないよ。でも、お前達はやるべき事を何もやってないだろ?」
俺は説教を続ける。だが、本当に暑い……。
「このまま堕落して、夏休みの最後に苦しむのはお前達なんだぞ? それにルリは受験だろ。ちゃんと勉強しないちダメだ」
雪菜とルリを見ているのに、どうしてか二重に見える。雪菜とルリにそっくりな奴なんかいたっけ……?
ふらっ
「た、拓真大丈夫!?」
暑さのあまりよろけてしまった。それにしても暑い……。
「大丈夫だ。ただ、暑いだけだ。これ以上暑くなりたくないから、あまり怒らせないでくれ」
高い気温が俺の体力を奪っていく。ハッキリとしない意識の中、雪菜が俺に言う。
「拓真も暑くて辛いよね……。あたしだって辛いし、ルリちゃんだって辛いんだよ……。だからさ、プールに行こっ……? イッチーシーに皆で行こっ……?」
俺は今の今まで何をしていたんだ。確か、クーラーが壊れて修理屋は明日じゃなきゃ来れなくて、勉強をしなきゃで、プールに行かなきゃで……。
「そ、そうだな……。暑いしプールにでも行くか」
そして俺は今、イッチーシーにいます。
イッチーシーとは、プールをメインにした遊園地みたいなものだ。波のプール、流れるプールはもちろんの事、充実したウォータースライダーに水着のまま乗れるジェットコースター。他にも色々な乗り物がある。
そして屋内にある施設だからこそ、夏でも冬でも楽しめるのだ。
「ほら、拓真も楽しもうよっ!!」
「そうだよお兄ちゃん。せっかく来たんだから楽しまなきゃっ!!」
雪菜とルリが楽しそうに水を掛け合っている。
というか、何年ぶりかにちゃんと女子の水着姿を見てる俺は、どうして良いか分からなくなっている。
純白のビキニを着ている雪菜。活発に見える雪菜が着るからこそ、その清純さを生かしきれている。大胆すぎず、でも大人な魅力を醸し出すことのできる良いチョイスだ。
そして、ルリの水着は一見、中学生が着るには大人すぎるであろうビキニ。だが、下半身をパレオで隠しているためか、はたまたルリの体系が中学生には見えないからなのか、赤の水着に淡いオレンジのパレオが大人な雰囲気を作り上げている。
そして俺の水着は……。
誰得なのか分からないので省略しよう。
「もぉ、ルリちゃん冷たいよー」
「えへへ、ユキちゃんに攻撃だぁ」
女子が水辺でワッキャウフフしています。砂浜の雰囲気を出す場所で、水を掛け合う二人。
はぁ……。これが幼馴染と妹じゃなければ、俺も楽しめたのかもしれないな……。それもこれも、全ては家のクーラーが壊れたのがいけない。
「あー、牧下とか佐々路とか一之瀬だったらな……」
「ん? 呼んだ小枝樹?」
俺は声が聞こえた方へと振り返る。
「さ、佐々路!?」
俺に声をかけてきたのは佐々路楓。清潔感のある淡い青色のビキニを着、その上から夏用の薄手のパーカーを羽織っている。いつものように毛先が外側へ跳ねている。だが、驚いたのは普段では分からなかった胸の大きさだ。
佐々路って結構、その、あるんだな。
おいおいおいおい、俺は何を考えているんだ。最低だ不純だっ!!
「ちょ、ちょっと……。あんまりジロジロ見ないでよ……///」
「わ、わるい……///」
俺の目線が露骨だったせいか、佐々路は自分の胸を両手で隠し、頬を赤らめながら言った。
どうにも、佐々路とは夏休み前の事を思い出して、女の子として見てしまう瞬間がある。本当に俺も思春期なんだと実感しますよ。
「お、拓真も来てたのか」
俺が佐々路に見惚れている、もとい、会話をしている所に俺の見知った木偶の坊が近づいてきた。
「どうして翔悟もいるんだよ」
「ん? 俺と佐々路以外もみんな来てるぞ?」
みんな来てる? 俺は翔悟の言葉を聞いて、翔悟よりも後ろから来る奴等に目がいった。
そこには、神沢と崎本、そして何より天使牧下様が降臨なされた。
「や、やっぱり……。わ、私だけ、なんか、み、水着間違えてるよぉ……」
涙目で登場する牧下。だが、俺はそんな牧下の姿を目視した瞬間に神々しい光が見えたような気がした。だって、だって着てる水着が、
スク水なんですもの。
誰だ、誰が天使牧下にあんな物を着させたああああああああっ!!
俺は犯人の目星をつけ、そいつ等のほうへと振り向く。まぁ犯人なんて神沢と佐々路しかいないんですけどね。
そんな二人は俺と目が合い、満面の笑みで親指を立てた。その姿を見た俺は、神沢と佐々路の近くへと行き、
「グッジョブだ」
感謝の気持ちを伝えた。
ここで説明しておくが、神沢司は俺の友人でイケメンだ。というか、これ以上説明するのも面倒くさいのでこれで神沢終わり。
次に、門倉翔悟。コイツは俺の親友でバスケ部部長だ。身長が高く筋肉もあるため、普通に水着姿がさまになっている。何だか、男子の説明をしているとソッチの人と勘違いされそうだな……。
なので、崎本隆治の説明をぱっぱと済ませます。はい、崎本くんも俺の友人で、俺以上に凡人です。終わり。
「おい小枝樹、何か最近俺に対して少し冷たくないか?」
「何言ってんだよ崎本。俺はいつだって優しいよ」
さて、我等が天使牧下。牧下優姫。今日の彼女は一味違う。その小さな身体を覆うスク水、そして水着の濃い紺色で際立つ髪。透き通るような黒なので、遠くから見たら青色に見える。そんな髪を馬の尻尾に結び、揺らす。
そんな牧下はプールに来ていても眼鏡を外さない分かっている人だ。
俺はテーブル席に座り皆を眺めている。初めはどうなるかと思ったが、今思えば本当に来てよかった。
たまにはクーラー壊れても良いね。
「ごめんね小枝樹、あたしの荷物見てもらっちゃってて」
「大丈夫だよ佐々路」
「小枝樹は遊ばないの?」
席に座り佐々路が話す。俺はそんな佐々路に、
「まぁ俺はここに涼みに来ただけだからな。別に遊ばなくてもいいや。それよりも、牧下にスク水を着させたのはナイスだったぞ佐々路」
俺は佐々路に親指を立て、素晴らしい働きだと褒め称えた。その時、
「小枝樹くーんっ!!」
ガタガタッバタンッ
俺の名前を呼びながら走って来た人物に押し倒される。一応言っておくが、プールで走るのは危険なので良い子はマネしないでね。
「もう小枝樹くんっ!! どうしてみんなと遊ばないの? これじゃまるで、引率している先生だよっ!! あ、でも僕は小枝樹先生でもいいけどね」
「おい神沢。良いから俺の体の上から今すぐどけ。俺にはお前のような男子と絡み合う趣味はない」
「そんなに恥ずかしがらないでも大丈夫だよ。てか、あっちの奥のほうが洞窟みたいになってるから、はぁ、小枝樹くん、はぁ、一緒に行こう」
もうこのイケメン怖いよっ!! たまに本物かどうか普通に疑うよ……。
「すみません。それだけは勘弁してください……。というか、佐々路さん助けてください……」
「あ、ごめんごめん。何か楽しそうだったから止めない方がいいのかと思って」
いいわけねぇだろおおおおおおおおおおっ!!
「でもさ小枝樹くん、本当に遊ばないでいいの? みんなも待ってるよ」
「分かった分かった。もう少ししたら行くから、神沢も遊んでろ」
どうにもこうにも、俺がみんなといる時は兄貴みたいになってしまう。まぁ妹がいるからなのかもしれないが、どうしても見守る側になってしまう。
自分も本当はみんなと遊びたい。いや、この空間を味わえればそれで満足。どっちの意思が俺の本当だか全然わかんないや。
本当の自分、本当の気持ち、本当に俺がやりたいこと……。
「小枝樹どうしたの……? 気分でも悪い?」
心配そうに俺を見て言う佐々路。最近の俺は、感情や気持ちが表情に出すぎているような気がする。
「あ、悪い。少し考え事してた。心配してくれて、ありがとな」
「べ、別に心配なんかしてないけど……!? つか、もうあたしもみんなの所に戻るからねっ」
佐々路が戻り、俺はまた一人になった。
別に寂しいとかそんな風には思っていない。雪菜もルリも楽しそうだし、偶然会った皆も楽しそうだ。自分があの場所にいないという現実が、不思議に思えた。
俺は本当にみんなと上手くいっているのか。本当に、俺は友人としてみてもらっているのか。もしかして、俺はこの場所にはいないんじゃないか。
テーブルに頬杖をつき、俺は皆を見ていた。
夏休みが始まってまだ数日。こんなに早くみんなと遊ぶ機会があるとは思ってもみなかった。俺も、あの場所にいたい。
だが、俺の脳裏には過去の情景が広がっていて、その記憶が今の俺を畏縮させる。昔の夏休み、俺は
「おーい雪菜っ!! セミ取ったぞっ!!」
「やめてセミ怖いから近づかないでっ!!」
小学生の低学年。俺は雪菜と、そしてもう一人の幼馴染と楽しく夏を満喫していた。
「もうっ!! レイちゃん拓真をどうにかしてっ!!」
何もかもが眩しくて、新鮮で、楽しくて……。俺は雪菜達とずっと一緒にいたいって思ってた。こんなくだらない風景が永遠に続くって思ってたんだ。
「もう、ユキもいい加減セミくらい慣れなよ」
「無理っ!! あれだけは無理っ!! だって引っくり返すとウニョウニョしてるんだよ……。レイちゃんと拓真が平気なほうがおかしいっ!!」
毎日のように遊んでいた。虫も取ったし、川でも遊んだな。勉強なんかそっちのけで、暗くなるまで3人で遊んだ。
確かあれは、夏休みがもう少しで終わる涼しい風が吹いていた夕方だったな。
「ねぇ、ユキは拓真の事が好きなの?」
「な、い、いきなりどうしたのレイちゃんっ///」
その時の雪菜は顔を真っ赤にさせながら動揺してた。まぁ俺も、
「何言ってんだよレイっ!! そう言う話は俺が居ない所でしてくれよ……///」
幼いながらも恥ずかしかった。歳的にも女子を少し意識する歳だったんだって、今になって思う。
そして、この日を境に俺は雪菜を意識するようになった。色々な雪菜を見た、笑ってる雪菜も怒ってる雪菜も、泣いてる雪菜も。そんな雪菜を見て俺が抱いた感情は、守りたいだった。
雪菜のヒーローでありたい。雪菜の笑顔を守ってあげたい。俺が感じるものはこれだけで、恋愛感情なんか全くなかった。
今でも、雪菜は俺の大切な家族で、アイツの笑顔を守る為ならなんだってする。
でも、俺が自ら3人の関係を壊したんだ。楽しかった、居心地が良かったあの場所を、俺が壊した……。そんな俺に雪菜の笑顔を守る資格なんかない……。ヒーローになんか、きっと戻れないんだ。
『拓真なんか消えちゃえよ』
レイの言葉が脳裏を巡る。親友を裏切って、自分を否定して、独りになって……。でも今の俺には、こんな俺を友達だと言ってくれる奴等がいる。こんな俺を本気で心配してくれる奴等がいる。
だけど、たまに思うんだ。俺は本当にここにいるのかって……。
「あれ? 拓真じゃん」
俺に声をかけてくる女の子。オレンジ色と白色の水着、その水着にはフリルがついていて幼さを演出している。だが、そんな水着の幼さとは裏腹に、とても大人びたスタイルをしている女の子。
「ん? 菊冬か?」
「何で拓真がこんな所にいるの?」
一之瀬菊冬。一之瀬の妹で、俺とはちょっとした知り合いだ。それにしても、前に会った時も思ったが、本当に菊冬は中学生なのか。
綺麗な金髪を二つに結んでいて、白くて細い身体。だが、細いのに出るところは出ている。マジ中学生に見えない。
「何でいるって、俺だってプールに遊びにくるわっ!! 菊冬こそ、お嬢様なのにどうしてこんな所にいるんだよ」
「はぁ!? あんた本気でそれ言ってんの!?」
なぜ俺の質問に菊冬が疑問を抱いているのか皆目見当がつかなかった。
「あんたね、イッチーシーは一之瀬財閥が経営してるの。私はその視察。つか、あそこで遊んでる人たちも夏蓮姉様に誘われた人たちよ」
ん? 雪菜とルリは俺と一緒に来ている。だが佐々路、牧下、神沢、翔悟、崎本は偶然ここで会った。という事は佐々路、牧下、神沢、翔悟、崎本は一之瀬に誘われていて、俺は誘われていない……。
ちくしょう……、少し寂しくなっちゃったじゃんぇか……。つか待て、イッチーシーは一之瀬財閥が経営している……。
俺はこの大きな建物を隅から隅まで見渡した。そして
「嘘だろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」
俺の叫び声が施設内に響き渡った。