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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第一部 一学期 春ノ始マリ
3/134

2 前編 (拓真)

 

 

 

 

 ダムッダムッダムッ

 体育館の中、ボールが弾かれる音。

 俺は今そんな状況の中で奮闘していた。


「あと10秒!!」


 コートの外からバスケ部マネージャーの声が聞こえた。それは俺と同じチームの人間全員に聞こえてたみたいで、その全員が焦りを感じていた。

 その時だ


「拓真っ!!」


 ボールを持っていた同じチームの奴の声。それと同時に送られてくるバスケットボール。俺はそのボールを捕球した。


「時間が無い。打て拓真っ!!」


 そいつの声が体育館中に響き渡る。何でこのタイミングで俺にパスをするかな。

 チームメイトから貰ったボール。そして響き渡るそいつの声に応援。俺はその声が導くままボールを━━

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 それは一之瀬夏蓮いちのせかれんと契約を交わした次の日の事だった。

 いつもの様に学校に来て、いつもの様に授業を受け、いつもの様な放課後を過ごす。そんな俺にとって当たり前な毎日を今日も想像していた。だがしかし


「おはよう。小枝樹君」


 俺が教室に入るやいなや美しい女子が挨拶してくるではありませんか。綺麗な長い黒髪を揺らし、その誰もが見惚れてしまう切れ長な瞳。そして女神のような微笑は俺には違和感だらけにしか見えてませんでした。そんな彼女の名前は


 一之瀬 夏蓮といいます。


 つか何でこいつは俺に挨拶なんかしてきたんだ? だって昨日まで朝俺が登校してきて教室に入ってきても挨拶なんか一切された事がないんですよ。何? 昨日の事で仲良くなったとでも思ってるのか? もし本当に仲良くなったと思っているのならこいつは馬鹿なのかもしれない。


 俺は一之瀬の挨拶を無視し自分の席へと向かった。

 自分の席に着いた俺は鞄を置き、一時限目の準備をし始める。そんな中、俺の方へと歩いてくる一人の女子がいた。その女子は俺の机の前で止まり


「ねぇ。何で挨拶したのに無視するの?」


 はい、そうですよ。俺の大嫌いな一之瀬が絡んできたんですよ。何でこいついはこうも馴れ馴れしい奴なんだ。そして何を可愛い子ぶって高い声を出しているんだ。本当に仲良くなったと思っているのか?

 俺は目の前まで来て挨拶を無視した事を言及する一之瀬を一度見てから更に無視してやった。その瞬間俺は何かに引っ張られる感覚に陥った。


「ねぇ、小枝樹さえきくん。無視した事は許してあげる。でもね、昨日の事を誰かに言ったら……分かるわよね。」


 何かに引っ張られる感覚。それは感覚ではなく、現実で一之瀬に制服のネクタイを引っ張られていたのだ。それだけでは無く、一之瀬は脅迫を混ぜた曖昧なニュアンスで俺に笑いかけていた。

 こいつこえー。何が天才だよ。こいつ普通こえーよ。仲良くなったと思ってなんかいない、こいつは俺をただ監視しているだけだ。


 そりゃそうだよな。天才少女なんて思われている一之瀬だ。俺とあんな契約した事が他人にばれたら、自分で築き上げてきたものが全て壊れてしまう。それがきっと怖いんだろう。

 でも待てよ。それが怖いというのなら、それが俺にとっての切り札にもなるんじゃないか。そうだ。俺だけが何か損したような契約だ。でもこれで俺が少しでも優位に立てるかもしれない。


「小枝樹君。貴方が何を考えているか分からないけど。別に私と貴方の契約が公になる事を恐れている訳じゃないの。今後の状況に影響が出るのを防ぎたいだけ。寧ろ貴方が私との関係を公にする前に貴方を消す事は容易い事よ」


 何でかな? 何で一之瀬さんの目が据わってしまっているのかな? ヤンデレですか、つか普通に病んでる人ですか。言ってる事がこえーよ。下手な事をすれば俺はこの世界から抹消されてしまいますよ。

 そんな一之瀬に


「……はい。分かりました……」


 従順になるしかないへタレな僕がいました。。というか早くネクタイを放して下さい。とても苦しいです。何か復讐めいた事をする前に今にも死んでしまいそうですよ。

 潤んで今にも泣き出してしまいそうな瞳をしている俺のネクタイを乱暴に放す一之瀬。良心がある人間なら当たり前の行動だ。俺はそれを狙って無理やり涙を搾り出したのだ。この迫真の演技、一之瀬風情に見破れるわけ


「素人の演技にしては上々ね。普通の人間なら騙せても私は騙されませんからね」


 見破られていた……。つーか何でニコッて笑ったの? 脅してるの……? 脅迫してるの!? もう完全にガクブルものですよ。

 あー久しぶりに、いや人生で初めてアン子より怖いと思った女子に出会ったよ。女子? アン子が女子? 待て、これ以上考えてしまったらめんどくさい事が起こるような気がするのでやめておこう。


 一之瀬はそう言うと満足したかのようにさっきまで一緒にいた女子グループの所まで戻っていった。

 悪魔大元帥から開放された俺は安堵の表情を浮かべていた。だが悪魔大元帥との交流を見られてしまっていた俺は平和を重んじる民により拘束されることになった。


「おい小枝樹。何で一之瀬さんと仲よさそうにしてたんだ」


 おい友人A。お前の脳みそはいったいどういう風に君の見ている情景を構成しているのですか。俺は今さっき悪魔大元帥こと一之瀬夏蓮に脅されていたんですよ? つか昨日の放課後に、状況を全然把握していないまま変な契約まで結ばされたんですよ?

 詐欺に遭った被害者ですよこっちは。あの契約って法的にはどうなんだ?間違いなく違法のような気がするぞ。

 でも今の俺は冷静だ。一之瀬を下手に刺激してお花畑を見るのだけは御免だ。そんな事よりも、目の前にいるこの馬鹿をどうにかしないと話が進まない。こいつの絡みが一番面倒なのかもしれない。


「仲良さそうって、普通に挨拶してきただけだろ?」


「でもいきなり距離が縮まりすぎじゃね?」


 友人Aの分際で鋭い所を突いてくるじゃないか。なんかもう誤魔化すのが面倒になってきた。でも本当の事を言うと俺はこの世界から消える。なら選択肢は一つだけだ。

 俺は友人Aの言葉を無視し、座っていた椅子から腰を上げた。そして一之瀬がいる女子グループの所まで行き


「おい一之瀬。昼休みに話があるから時間空けとけ」


 いきなりの事で女子達は困惑する。だが一之瀬だけは至って冷静だった。


「奇遇ね。私も話したい事があったから時間を空けておいて欲しかったの」


 話? なんか嫌な予感がする。神様お願いです。どうかこの予感が当たらないようにしてください。

 あれ? これって何のフラグ?

 俺は一之瀬の言葉に「わかった」と頷き自分の席に戻った。だが俺の選択肢は間違っていて、今の状況を何も解決していないのだと実感する事になる。


「やっぱり一之瀬さんと仲良いじゃんかー。なぁなぁどうやって仲良くなったんだよ」


 忘れてたあああああ。たかが数分で完全に忘れてたああああああ。

 つか俺がした事って完全に裏目に出てないか? 何で話しかけに行った俺。普通に考えれば分かるだろ。なんで朝からこんなにテンパらなきゃいけないんだよ。

 頼む。誰でも良い。誰かいたいけな俺を助けてくれ……。


「たーくまああああああああああ」


 確かに俺は助けてくれと言った。誰でも良いとも言った。でも何でそれがお前なんだよ。

 スカートの丈は少し短く、髪の毛の色は明るい茶色、身長は少し小柄だが決して幼女に分類される事はないだろう。いつも明るく元気な女の子。そうそんな君の名前は


「お前は呼んでないぞ雪菜」


 魔法少女、白林雪菜嬢である。

 という冗談はどうでもいいとして、何で俺が助けを求めた時にお前が来るんだよ。もっとましな奴………。あ、俺って助けてもらえるほど仲良くしている奴いなかったわ。

 でも俺はぼっちではないからな。これ大切。

 そんな走って俺に近寄って来る雪菜が


「なんでよおおお……!! なんで一緒に登校してくれなかったのおおおお……」


 泣いていた。

 俺はこの馬鹿の相手をしなくてはならないのか。否!! 相手にする必要性は皆無だ。だって


「俺はお前を迎えに行ったぞ。でもいつもの様に寝坊はしているし、挙げ句の果てには寝坊した分際で朝飯食いだす始末。んなもん措いて行くに決まってんだろ」


 俺と雪菜は幼馴染。家が近所で昔から一緒に学校は登校していた。だけどこいつは年々、遅刻ギリギリの時間まで睡眠をとる怠惰という罪を覚えてしまったのだ。

 俺は何度も雪菜の説得を何度も試みた。それはもう、自分が学校に遅刻しようが、雨の日だろうが、雪の日だろうが。それは本当に壮絶かつ悲惨な戦いを繰る返し続けてきたわけですよ。

 まぁ皆さんにもそんな状況をしっかりと把握してもらいましょう。


 説得→雪菜「まだ眠い」説得→雪菜「あと少し」説得→雪菜「あと五分だから」説得→雪菜「私を止められる者はいないのだー」説得→雪菜「布団、うん布団だね」

 無理ゲーにも程があるだろおおおおお!!!


 やべぇ……。少し熱くなってしまったようだ。冷静になれ俺。

 強く言った俺に雪菜は更に泣き出していた。


「だってえええ……。ご飯食べなきゃお腹空いちゃうもおおおん……」


「だったらもっと早く起きれば良いだろ?」


「だってえええ……。いっぱい寝なきゃ一日頑張れないもおおおん……」


 やっぱり無理ゲーだ。よし諦めよう。つかこれ以上泣いてる雪菜を見ていたくない。

 俺は自分の鞄の中に手を入れて雪菜用のあるアイテムを取り出した。それは


「ほら。これやるから泣き止めよ」


 なんか説明するのが面倒だから簡単に言う。棒状でチョコが塗ってある11月11日に崇拝されるあれだ。


「うぅぅぅ……。美味しいぃぃぃ……」


 泣くか食うかどっちかにしなさい馬鹿雪菜。でも、何だかこの光景が微笑ましいというか、癒されるというか。気がついた時には優しく微笑んでしまっている俺がいた。


「やっぱり小枝樹と白林さんは仲良いよな」


 はい出て来ましたよ友人A。つか何でこいつはモブキャラなのにこんなにも出番が多いんですか。

 俺はお菓子を食べている雪菜の目元の涙をハンカチで拭いながら友人Aを見た。だが今日の友人Aは昨日とは違い


「何か小枝樹が昨日言ってた事が今の状況を見て分かったような気がするよ」


 あれ? 俺が雪菜に優しくしていても何も言及が無い。昨日まで「いーなーいーなー」と無駄に羨ましがっていたのに何が起こったんだ?

 俺は友人Aの言葉が理解できず、疑問の表情を浮かべ友人Aを見る。すると友人Aはそれに察してくれたのか


「だって今の光景って男と女ってよりも、泣いる妹をあやしてる兄。それに甘える妹だろ」


 その瞬間、雪菜の涙を拭いていた俺の手は止まった。そして天からの神々しい光を浴びていた。

 あの天井に見えるのは何だ? あ、あれは天使だ。


 きっと俺の想いが、願いが友人Aに届いた証なんだ。よく言ってくれたぞ友人A。そうだ、俺と雪菜は兄妹みたいなもんなんだ。

 やっと、やっと、俺の思いが報われた。神様、貴方は本当に存在してくれていたのですね。こんな凡人な俺を見放さず、ずっと見守っていてくれたんですね。

 俺の喜びは最上まで昇りつめていた。


「でも一之瀬さんと仲良くしてたのはやっぱり羨ましいよな」


…………………。


 友人Aよ。

 てめぇは何にも分かってねぇなあああああああ!! 雪菜との事が理解してくれた事には感謝してるよ。でもな一之瀬との関係は半ば強引に、なし崩しになっちまったんだよ。

 まぁ俺が諦めたのがいけないのかも知れないけど……。でもお前は勘違いし過ぎなんですよ。


 おい。ちょっと待て、こんな感じのくだりを雪菜が来る前にしていたのは気のせいですか。

 友人A。お前さんはとことん男女関係が気になる思春期野朗なんですね。

 つーか俺の平凡な高校生活はどこにいったああああああああ!! 雪菜だけじゃなく一之瀬まで俺と絡むって事は、もう男子の友達できねぇんじゃね?


 一之瀬と二人で歩いているだけで『あれが一之瀬さんの彼氏?マジないわ』とか『何であんな平凡な野朗が一之瀬さんの隣歩いてんだよ』なんて言われるのは絶対に嫌だああああああ!!

 一年という長い時間を使って、俺と雪菜が幼馴染という事を皆にやっと定着させたのに、一之瀬夏蓮め……。

 いや待て。ここで憎しみを覚えるのは友人Aだ。友人Aよ、この恨み何倍返しでやってやろうか。


「何々?拓真、一之瀬さんと仲良しになったの?」


 雪菜さん。ここで君が出てくると話がややこしい事になるかもしれないからやめてもらいたい。


「そうなんだよ。さっき白林さんが来る前に昼休みの約束してんの」


 覚えておけよ友人A。お前には今度、安らかな死を与えてやろう。

 そんな友人Aの言葉を聞いた雪菜は


「ふーん、そうなんだ。でも拓真に友達が出来るのは良い事だ。だからあんまりからかわないであげてよ? ハムッ」


 お菓子を食べながら友人Aに言う雪菜。長年一緒にいるが雪菜の言葉の意味が、意図が全く俺には分からなかった。

 予想は少しむくれながら『なんだよーお昼ご飯奢ってもらおうと思ったのにー』と言ってくると仮定していた。


 そんな雪菜がいつもの雪菜に見えなかった。何か隠しているのか? でも雪菜は嘘をつくのが、隠し事をするのが昔から苦手だ。

 俺やアン子にかかれば一瞬で見破れる。そんな俺でも、意図が分からない。

 ならきっと本心で言っているんだろう。そうとしか思えない。

 そんな事を考えているうちに始業のチャイムが鳴り響き俺は微かな疑問を頭に残したまま自分の席へと座った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 昼休み

 午前の授業を終える鐘の音と共に慌ただしくなる教室。周囲からは「やっとお昼だ」とか「あーお腹空いたー」など色々な言葉が飛び交っていた。

 確かに昼になれば俺も腹は減る。でも俺は、朝の雪菜の言葉がずっと引っかかっていた。


 俺にも分からない雪菜の心境。人間だからしょうがないと思ってしまえば楽になるのかもしれない。そこまで思考がいくのにもかかわらず俺の頭の中ではグルグルと雪菜の言葉が巡る。

 あんな事を雪菜が言ったのはきっと初めてだ。前までの雪菜はもっと嫉妬深いというか、俺を独占しようとする感じがあった。

 寧ろ朝のあの言葉には外向的になった俺を肯定している感覚にも捉えられる。雪菜にいったい何があったんだ。

 授業が終わったのにも関わらず、俺は机の上の教材やノートを片付ける事もしないでそんな事を考えていた。


「おーい。小枝樹くん」


 いや待て。もしかして雪菜は体調が悪かったんじゃないか? でも雪菜が体調を崩している所を俺は数年見ていない。あいつは元気だけが取り柄だからな、うん。


「ねぇ。小枝樹くんってば」


 だとしたらいったい何が残っている? 考えられる可能性を全て導き出すんだ俺。真実はいつも一つって小学生探偵が言ってた。

 その時


「ちょっと貴方、いい加減にしなさいよ」


 なにやら首が絞まる感覚と、強く前に引っ張られる感覚に陥った。これはなんだか朝にも同じような感覚になったな、あれは確か


「私を一日に二回も無視するなんて良い度胸じゃない小枝樹くん」


 おー。目の前に悪魔大元帥様が見えるのは俺が死んでしまったからかな? でも俺だって男の子なんだぞ、ヒーローに憧れてる男の子なんだぞ。


 …………………。


 数秒、悪魔大元帥の目を睨んだが、怖すぎて背けちゃった。てへぺろ。


「何で目を逸らすのかしら」


 駄目だ。完全に御立腹だ。完全にデッドフラグ立ったわ。それでも俺は最後の抵抗を見せてやる。


「ま、待て一之瀬。少し考え事をしてたんだ。朝みたいに故意的に無視したわけじゃない」


「……そう。朝は故意的に無視したのね」


 やべぇ。もしかして俺、余計な事まで言っちゃった?


「いいからさっさと来なさい!!!」


「はいいいいいい」


 俺は一之瀬に首根っこを掴まれ、引きずられながら教室を出る羽目になった。


「ちょ、痛いって、痛いってえええええ」


「問答無用よ」


 もう俺とは対話してくれない域までいってしまった。あーこの後きっと俺は処刑されるんだ。ここで辞世の句

 もう少し~優しく殺して~大元帥。 小枝樹 拓真。

 ってこんな事を考えてる俺は馬鹿ですか。あ、馬鹿だった……。

 右手に俺、左手に何故か鞄を持った一之瀬に俺は連行された。


「本当に仲良くなったんだ……」


 教室から出終わる時に雪菜の声が聞こえたような気がした。

 

 

 ◆

 

 

 俺は一之瀬に引きずられるままB棟のいつもの教室の前に連れていかれた。無抵抗の俺は体の力を抜き時代の流れに逆らわず、身を委ねズルズルとされていました。

 何か客観的に自分の姿を想像すると惨めに思えてしまうのは、俺の心が弱いからでしょうか。

 そして俺は流されるがままB棟三階端っこの教室内へと投げ飛ばされた。


「……っ。いてーなー」


 思った事をそのまま口にする俺。そんな俺を虫けらのように睨んでいる一之瀬。

 怖い。怖すぎる。何でこんな女が人気あるんだ。何でこんな女が天才なんだああああああ!!

 心の叫びは自分自身の中で虚しく響き渡っていた。

 というか投げ飛ばさないでくださいよ一之瀬さん。俺だって人間なんですよ。ちゃんと人権がある存在なんですよ。

 投げ飛ばされた俺は、立ち上がる事もせず尻餅を付きながら一之瀬を見ていた。


「何で立たないの?」


 あれ? さっきまでと違って優しい。声色も表情も今さっき男子を投げ飛ばして睨んでいた女子とは思えない。これは何か裏があるのか?裏があったとしたら怖い……。


「いや、普通に引きずられた後に投げ飛ばされたら誰だって唖然とするだろ」


「確かにそうね」


 俺の言葉を聞き、一之瀬は「うんうん」と頷きながら返答した。

 なんだかこのまま床に座ってても間抜けなので、俺は一之瀬の言った通りに立ち上がる。立ち上がった際に尻に付いた埃を軽く叩き落し、俺は一之瀬を見た。


「それで話って何かしら?」


 そうだ。俺は朝こいつに話があるから昼休みに約束したんだった。つかまだ尻が痛い。


「そうそう。朝のあれやめてもらいたい」


 まだ少し痛んでいる尻を撫でながら俺は一之瀬に言う。


「朝のあれとは?」


「だから、あんまり仲良くなかったのに昨日の件があったからって馴れ馴れしくするなって事」


 朝のあれに疑問を持つのはいい。確かに俺は曖昧な表現で言ってしまった。それでは伝わるものも伝わらない。だから一之瀬が疑問に思うのも致し方無い。


「何で馴れ馴れしくする事が駄目なの?」


 こいつは何でこうも俺の意図に気がついてくれないんですか。一から十まで言わないと理解できない一之瀬さんではないでしょう。


「はっきり言うが、周りの目が気になる。友人に面倒な質問をされる。あまり誰かに一之瀬との関係を詮索されたくない。いちいち誤魔化すのが面倒だ。お前だって誰かに詮索されて俺がお前との関係を言っちゃったらまずいんだろ?」


 淡々と嘆息気味に言う俺に、一之瀬は


「周りの目なんか気にしなければ良い。友人の面倒な質問は軽やかに受け流せば良い。誤魔化さないでそこは口を噤めば良い。あなたが周りに私との関係を吐露した場合、貴方をこの世界から消すだけだから何も問題は無いわ」


 無茶苦茶だ。全て自分の良いように解決しろって言ってる。つか最後に至っては俺が消滅する。問題無いじゃねーよ。問題しかねーよ。お前はどこの殺し屋だ。

 だからこそ俺の一番使いこなしてきているスキルが役にたつ。


「わかった。もう大丈夫です」


 スキル『諦める』

 俺の高校生活を返してくれ!! 何でこんな天才少女に蹂躙されるルートなんですか。もっと平和的なルートはなかったの? 俺はどこで選択肢を見誤ったあああああ!!

 肩を落とし項垂れている俺はヨタヨタと教室から出ようとしていた。だが


「ちょっと。いったいどこへ行くの」


「どこって、話し終わったから昼飯食いに食堂だよ」


 もう力が入りません。今の俺の表情はきっとリストラされたサラリーマン。今の現実を受け入れられずに路頭に迷ったいたいけなクズ人間。そうだよ、全部諦めた俺が悪いんだよ。もうどうにでもなれよ。

 完全に自暴自棄になりかけている俺。そんな俺に一之瀬が追い討ちをかける。


「待って。まだ小枝樹くんの話を聞いただけで、私の話をしていないわ」


 貴様は俺からノーマル高校生活を奪っておきながら、それでは飽き足らず更に今日の昼食まで奪うつもりなんですか。鬼畜だよ……。鬼畜だよおおおおおおお!!

 泣くぞ。さすがの俺でも泣くぞ。もうどうにでもなれって思ったよ?でも昼飯くらいは食わせてくれよ……。


「でも、お昼を食べてないなら丁度良いわ」


 元気がなくなっている俺とは正反対に、一之瀬は教室にある机を並べ始めた。

 早く話を終えて食堂に行きたいと思っているのにこいつはいったい何をしている。まさか嫌がらせか?嫌がらせなんですかあああああ!!

 そんな事を考えながら俺は一之瀬の行動を見ていた。


 二つの机を向かい合わせに並べ、そして鞄から何かを包んだピンク色の物を取り出していた。そのピンク色の布地の結び目をほどき、そこに現れたのは

 弁当だった。

 やっぱりこいつは嫌がらせをしている。飯を食いたい俺の眼前で自分の弁当を広げやがった。何が丁度良いだ。腹を空かしている少年を目の前に自分だけ胃袋を満たす。どれだけドSなんですか。

 俺には未来が見えるよ。


 涎を垂らし、物欲しそうに弁当を見ている俺に『これが欲しいの?でも貴方のような使えないゴミ虫にはこれがお似合いよ』とか言ってプラスティックの楊枝を地面に投げ飛ばし、俺は腹が減っているあまりにその楊枝を拾い、ペロペロと舐めまわす。

 そしてそんな俺を見ながら『おほほほほ。ほら早く飲み込みなさいよ。貴方の大好きな無機物なのだから』とか言われて調教される様が見える。


「何やっているの?早くこっちに来なさいよ」


 来た来た来た来た来たあああああああああ!! 一之瀬、お前の本性を垣間見る瞬間がついに訪れた。これを使ってこの意味の無い契約を俺は、


「貴方の分のお弁当も作ってきたから一緒に食べましょう」


 ………………。


 何か、一之瀬さんが天使に見える。マジ夏蓮ちゃん天使。とか言ってる場合じゃない。

 何なんだ、いったい何なんだ。

 一之瀬が俺に弁当? 絶対に何か裏があるだろ。警戒しろ、極限まで警戒するんだ俺。


「……もしかして、お弁当とか迷惑だったかしら……?」


 何でこんな時にそんな可愛い感じに上目遣い!? 誘ってんの? 俺を誘っているんですか一之瀬さん。

 それじゃなくても君はとても可愛いんだから。俺は大嫌いだけど。そんな簡単に男子に弁当なんか作ってきてはいけませんよ。他人が見たらなにか良からぬ事を想像してしまいますからね。

 俺が教室の扉の前で悶え苦しんでいる中、一之瀬は俺の返答を待っていた。その可愛らしい表情で。

 そんな一之瀬を見てしまったらもう断れる雰囲気ではありません。べ、別に女子の手作り弁当が食べたいとかそういうのじゃないからね。


「しゃーねーな。せっかく作ってきてくれてんだから食べるよ」


 強がってませんよ? 別に俺はツンデレじゃありませんよ。

 俺はトコトコと一之瀬が準備してくれた机まで歩いていく。そして椅子に座り、俺の目の前には一之瀬が作った弁当がある。

 なんとも良い光景なんだ。弁当箱は女子用の小さめな物で、男の俺では腹が満たされない確立が高い。でも俺はそんな事は気にしない。だって女子の手作り弁当なのだから。


「開けてもいいか?」


 弁当を開けるのに何故か俺は一之瀬の許可を求めた。


「……いいわよ」


 俺は一之瀬の許可が下りたと同時に弁当箱を開いた。そこには

 弁当箱の三分の二を占めるご飯、そのご飯にはふりかけがまぶしてあり殺風景な白ご飯ではなかった。そしてその隣を占めているおかず達。お弁当には欠かせないシンプルな卵焼き、そして唐揚げ。茶色だけの色合いではなくプチトマトの赤、レタスの緑。色合いも申し分ない。


 そして極めつけは……。タコさんウインナーだ。一之瀬め、こやつかなりの女子力だ。男の心を掴む完全なるセオリーがこいつの頭の中では構成されているというのか。

 こいつ……化け物か……!?

 自然と箸を持っている手が震えているのを感じた。俺は一之瀬に恐怖しているのか、否、弁当のクオリティの高さに驚愕しているのだ。

 でも一之瀬は天才だ。これくらい出来て当たり前なのだろう。


「……その。誰かにお弁当を作ったのは初めてだから、味は保証できないわよ」


 誰かに弁当を作るのが初めてだと……!? それじゃ俺に作るのが初めてって言っているようなものだろ。これも一之瀬の作戦なのか?


「冗談はよせよ。家族とかに弁当くらい作った事あるだろ?」


「みんなお弁当は雇っている料理人に作らせてるわ。私は個人的に自分の分だけ作るだけで、誰かに作ったのは初めてよ」


 おいおいおいおいおい!! マジか! マジでか!!

 いったいなんですかこの超展開は。つか絶対にモテる一之瀬が今まで男子にお弁当を作った事が無い事実にビックリだよ。

 俺は一之瀬の言葉を聞いて少し躊躇った。


「なら初めてという事にしよう。でも初めて作るのが俺で良かったのか?」


 どれだけ俺はチキン野朗なんですか。いいじゃん。もう初めてって言ってるんだからいいじゃん。

 確認するかのように質問する俺に一之瀬は少し間をおいて


「……だって。昨日の事はきっと迷惑に感じていると思ったし、何かで感謝を伝えなきゃって思ったから……」


 一之瀬さん。もう勘弁してください。あんたはどれだけ人気投票一位を狙っているんですか。

 人気投票一位を狙っているかどうかは分からないが、今俺がしなきゃいけない事は分かる。


「一之瀬の言い分は良く分かった。だから、いただきます」


 これで天才美少女なのに料理だけは出来ませんでしたオチはやめてくれよ

 意を決した俺は一之瀬の弁当を口へ運んだ。

 ハムッハムッ。モグモグ。


 ………。


「……うまい」


 ガツガツガツガツッ


「うん。美味いよ一之瀬!!」


 腹が減っているからかもしれない。こんなに美味い弁当を食べたのは初めてだ。

 塩加減、出汁の割合、火加減全てに申し分なし。冷えているのにもかかわらず、米も美味い。何もかもが申し分ない。

 俺の手は止まる事も覚えず、そのまま一之瀬の弁当を口へと運び続けている。そんな俺も見てなのか一之瀬は


「……美味しいって思ってくれたのなら幸いだわ」


 一之瀬は俯き少しモジモジとしている。

 なんだ、こいつは恥ずかしがっているの? でも一之瀬が恥ずかしがる理由が俺にはさっぱり分からない。

 そんな事を考えているのにもかかわらず、俺は腹が減っているのと美味すぎる弁当に魅了されすぎて手の動きを止める事が出来なくなっていた。

 ガツガツガツガツッ

 そして


「いやー。マジで美味かったわ。ご馳走様」


 あまりの美味さに、そして量の少なさに俺はものの数分で完食してしまった。


「はい。どうぞ」


 弁当を食べ終わった俺に一之瀬は水筒の飲み物を差し出してきた。

 水筒のコップからは少し湯気が立ち良い香りが食後の俺を和ませる。


「サンキュ」


 俺は一之瀬に出された飲み物を飲み


「紅茶か? すげー良い香りがするな」


「今日のお弁当に合わせたハーブティーよ。気に入ってくれたのなら良かったわ」


 温かい飲み物なのにも関わらず、とても清涼感があるというか、食で満たされた胃を落ち着かせてくれる紅茶だ。

 というか、何で一之瀬はこんなにも俺に優しくしてくれんだ。裏があるとは思うが、今はそんな事どうでもいいと思っている。だが疑問に思っている事はもう一つあった。


「てっきり一之瀬が持ってくる弁当は重箱三段重ねとかかと思ってたら、こんな可愛らしい弁当箱だから少し驚いたよ」


 一之瀬 夏蓮は財閥のお金持ち。こんな普通の女子が使っていそうな弁当箱を見たら疑問に思うのは当然の事だろう。


「確かに姉や妹はたまに雇っている料理人に重箱で作らせているみたいだわ。でも私は自分で作るって決めたからやっているだけ。なるべく普通の人になりたいのよ」


 そう言うと一之瀬は感情の無い瞳のまま、何かを思い出しているかのように黙々と弁当を口へ運んでいた。


「これでもお弁当だけじゃなくて、自分の洗濯物や部屋の掃除、朝ご飯に晩ご飯。全部自分でやっているわ。お嬢様なのに見直したでしょ」


 一瞬見せた無感情の表情とは一変し、一之瀬は子供のような無邪気な笑みを見せた。無理をして笑っていると感じた。

 何故だか俺はそんな無理をしている一之瀬を見ていたくないと思ってしまった。


「飯も食って一段落したし、それで一之瀬の話ってなんなんだ?」


 一之瀬から渡された水筒のコップを机に置き、俺は椅子の背もたれにもたれながら一之瀬へ質問した。

 俺とは違いゆっくりと昼食をとる一之瀬は持っている箸を置き、ハンカチで口元を拭いた。


「そうね。そろそろ時間的にも話した方がいいわね。私が話したかった事は、今日、小枝樹くんに会ってもらいたい人がいるって事よ」


 俺に会わせたい人? それが何か俺達の関係に関わっているのか?

 一之瀬の言葉に疑問はあったがそのまま続けて話させる事にした。


「会ってもらいたいのはバスケ部のマネージャー。うちの学校の一年生、細川キリカさんよ」


 バスケ部? マネージャー? 何でそんな奴が俺に会いたいんだ。細川キリカなんて女子、俺は全く知らないぞ。

 疑問が最上級まで達した俺は


「おいおい。何で俺がバスケ部のマネージャーと会うんだ? つかそいつは何で俺を知ってるんだ?」


「あら。彼女は小枝樹くんの事を知らないわよ」


 こいつはいったい何を言っているんだ。俺の事を知らない奴が何で俺に会いたい。いや待て。一之瀬は『会ってもらいたい人がいる』とは言ったが『俺に会いたい人』とは一切言っていない。


「待て一之瀬。もしかしてそのバスケ部のマネージャーと会うのは昨日交わした契約と何か関係があるのか?」


 生唾を飲み、緊張と不安にさいなまれる。そして


「そう。私がいつもやっている部活のピンチヒッターを小枝樹くんにやってもらうのよ」


 嫌な予感が的中しました。つか一之瀬の才能が無いものを探すのが契約のはずだ。何で俺に……。


「待て待て。一之瀬の才能が無い物を見つけるのが契約のはずだ。何で俺がバスケ部のピンチヒッターなんかやらなきゃならない」


 頭の中で考えている事と言っている事が一緒なのは俺が本当に馬鹿だからだ。自分でも納得してしまうほどに。


「小枝樹くんは『待て』が多いわね。でも私は待たないわ。昨日も言ったけど、私には時間が無いの。そして契約は『私の才能が無い物を探す』だけじゃなくて『貴方の才能がある物も探す』までが契約よ」


 とんだ誤算だ。昨日あれほど拒絶した俺の事まで契約に入っていやがる。俺の才能なんて本当にどうでもいい事なのに……。


「俺は別に才能なんか見つからなくていい。昨日もそう言っただろ。お前の才能が無い物を探すのはいいとしても、俺の事になるなら話しは別だ。俺はその一年生と会う必要を感じない」


 きっぱりと言ってやった。今度こそ一之瀬 夏蓮だって諦めるだろう。

 一之瀬は水筒の飲み物を飲み一息ついた。そして


「なら。今回の件は私の才能が無い物を突き止める為に必要な事って言ったら小枝樹くんは協力してくれるっていう事よね」


 諦めもしないし、無理やりやらせる為に言葉を選んできやがった。やっぱりこいつは天才だ。

 もう凡人の俺には為す術がありませんよ。


「なんか言葉に引っかかるが、お前が言っている事は正しい。お前の為になるなら俺は契約上やらなきゃならないからな。しょうがないから会ってやるよ」


 俺は少し嘆息気味に返答した。本当に諦めるのが得意な僕です。だから人と関わるのは嫌いなんだ。

 でも『一之瀬のいう事を聞くか』『抗議を続け一之瀬に諦めてもらう』の選択肢なら俺は前者になるだろう。だってそっちの方が面倒じゃなさそうだし。

 俺の言葉を聞いた一之瀬はホッと胸を下ろた。そして安心したのかすぐさま昼食に戻る一之瀬。

 パクパクと食べる一之瀬を見ながら俺は席を立つ。


「じゃあ、俺はもう教室に戻るわ」


 そんな俺を見て、慌てて飲み物で口の中の物を流し込む一之瀬。こいつは本当にお嬢様なのかと疑問に思ってしまった。


「……っ。細川キリカさんに会うのは今日の放課後よ。忘れないでね」


 おいおい出て行く寸前に大事な事言うなよ。拒否れないだろ。


「あー分かった分かった。放課後また声掛けてくれ。あと」


 俺は教室を出る瞬間に足を止め


「弁当本当に美味かった。また機会があったら作ってきてくれよ」


 俺の言葉に目を見開く一之瀬。刹那、時間が止まったかのようになったが


「分かったわ。また機会があったらね」


 微笑みながら意味深に言う一之瀬。だから俺も負けじと


「今度は重箱で頼むわ」


 そう笑い、俺はB棟三階端っこの教室から、自分の教室へと戻っていった。







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