9 中偏 (拓真)
午後の授業は集中できなかった。俺の過去を、俺の真実の何かを知ってしまっている一之瀬の事が気になったからだ。
時間の進みも遅く、教師の声は遠くから聞こえているような感覚、時計の秒針を見ても一分がとても長く感じた。
教科書は広げている、ノートだって開いている、シャーペンも手に持っている。だけど、それは形でしかなく授業を受けている実感は湧かなかった。
そんな長く感じていた時間も終わり、全ての授業は終わった。
HRも終わり、後は帰るだけの時間になる。俺は鞄に自分の荷物を入れ、教室から出ようとしていた。その時
「はぁはぁ……。良かった、まだ帰ってなかったな拓真」
俺の目の前に一人の木偶の坊が現れた。息を切らしながら何やら慌てている様子な木偶の坊。俺はそんな木偶に
「騒々しいな、何をそんなに慌ててるんだよ翔悟」
門倉翔悟。俺の親友で現バスケ部部長の爽やかスポーツマンだ。そんな爽やか木偶の坊は俺の教室に入ってきて、俺の目の前で大きな声で叫んだ。
「勉強会をしよう拓真っ!!」
………………。
勉強会?この男はいったい何を言い出しているんだ。確かに翔悟は期末テストの勉強を殆どしていない雰囲気を昼休みに醸し出していた。
だが、俺はその時に断ったんだ。俺は誰かに勉強を教えられるほど成績は良くないと。なのに翔悟は、諦められなかったのか再び俺の前で同じような事を言い出した。
「……はぁ。なぁ翔悟、今からでも遅くないから、ちゃんと家に帰って勉強しな━━」
「「その考え良いねっ!!!」」
数人の男女だ翔悟の言葉に反応し、俺の身体を雪崩のような人間達が襲った。
「ナイスなアイディアだよ門倉くんっ!!」
床に押し倒されてしまった俺の耳にイケメン王子の声が聞こえる。
「確かにその考えはなかなか思いつくものじゃないっ!!」
俺と同様、凡人で何も特徴が無いのが特徴な崎本隆治の声も聞こえてきました。
「言わば、あたし達は同胞だよ、仲間なんだよっ!!仲間の奇策が運命すらも変えるんだよっ!!」
情けない事に、ただ勉強を疎かにしてきた連中の中に俺の幼馴染を居ました。本当に悲しいですよ。
俺はこの連中に関わりたくないと思ってしまったわけで、このまま自然災害が過ぎ去るのを床で堪えましょう。俺に出来る事なんてそのくらいだ。
「ちょっと小枝樹。いつまで床に寝転んでんの?あ、もしかして、あたしのパンツ見たいとか?」
勉強会が行われる事を前提としテンションをこれでもかと言わんばかりに上げているバカ共を見ながら、一人の女子生徒が俺に話しかけてくる。
「なんだよ佐々路、邪魔しないでくれ。俺は今現実から逃げようと、この時系列から逃亡しようと努力してんだ」
同じクラスで、最近仲良くなった佐々路楓が俺を見下しながら言う。今俺が言っている見下すは、俺の存在自体を下に見ているのではなく、物理的に床に転がってる俺を立った状態で見ている事をさす。
女子の平均的な身長で、体系は太くも無く細くも無い。良い感じに付いた肉感は男子高校生の心を鷲掴みにするだろう。体躯は普通だが、可愛くないわけじゃなく、この学校には天才美少女の一之瀬がいるから影に隠れてしまうんだろう。
そんな佐々路に俺は
「つーか、本当にあと少し動けばパンツ見えるぞ。まぁ佐々路が見せても良いって本気で思ってんなら見るが」
「ちょ、ちょっとっ///何本当に見ようとしてんのよっ!!」
ゲシゲシッ
「おいおいおいおい、コラコラコラコラッ!!人の顔を踏みつけるのはやめなさいっ!!普通に痛いから、つかそっちの方が見えそうだからっ!!」
暴力を振るう佐々路さんへ抗議をするいたいけな俺。今の状況だけを見たら、いったいどんな誤解を招くのだろう。そんな心配をしているうちに、佐々路さんの踏み付けが終わった。
「……もう、本当に小枝樹は変態だね。まぁあたしがいけない所もあったけど……」
悪いと思っているのならちゃんと謝りなさいよ。俺は君に足蹴にされているんですよ。何も悪い事してないのに、してないのに……。
「踏んだ事は悪かった……。でも今の奴等の状況は逃避してもどうにもならないと思うよ?」
物理的に俺を傷付けるだけじゃ足りず、精神的にも俺を絶望へと貶めるんですかアンタはっ!!痛いよ……、顔が痛いよ……。
「だから、踏んだ謝罪も兼ねてあたしがどうにかしてあげる」
………………。
俺の願いが神へ届いた。祈れば、願いが叶うってこの事を言うんだな。
そんな俺は床に触れていた身体を起こし、佐々路の様子を伺った。
「ちょっとちょっと。アンタ達盛り上がってるのは良いけど、誰に勉強教えてもらうの?」
手を取り、涙を流しながら喜んでいる翔悟、神沢、崎本、雪菜に痛恨の一撃をかます佐々路。きっと同じ事を俺が言っても回避されているだろう。だが、佐々路ならこの一撃で完全に奴等を沈黙させられる。
「ねぇねぇ楓ちゃん。楓ちゃんは最後のテスト学年何位だった?」
カウンターをかましている素振は見えないが、雪菜は佐々路の攻撃をスラリとかわした。
「あ、あたし!?最後のテストでは、確か50位以内には入って━━」
「門倉隊長見つけましたっ!!あたし達の救世主を見つけましたっ!!」
佐々路の言葉を遮りながら、雪菜は翔悟へと報告する。俺はそんな状況を見て、佐々路が詰んだ事が分かってしまった。
そして雪菜の言葉を聞いたバカ共達は、佐々路の前で正座した。これから何が起こるかは何となく予想が付くのだが……。
「「私達に勉強を教えてくださいっ!!」
まぁ、なんだろうね。外国の人達はこの光景を日本人の文化かなにかと思ってるみたいだけど、俺はこの短い人生の中、ここまで綺麗な光景を見るのは初めてだよ。うん、土下座ね。
「ちょ、ちょ、ちょっとアンタ達何やってんのよっ!?」
驚き、慌てふためく佐々路。まぁ、そうなるだろうな、佐々路は知らない、コイツ等は本物のバカだという事を。
「あたし達の前に神が舞い降りた、佐々路楓は神を宿すものだ」
端から見ていても完全に宗教じみてる。というか、ここにいるバカ共は完全に佐々路信者に成り果てていた。本当に心から思う、俺がどうにかしようと頑張らなくてよかったと。
佐々路は逃げるように教室の端まで寄っていった。そりゃ、目が据わってしまっている奴等に詰め寄られたら誰だって後退りしてしまう。そんな佐々路の視界にある人物がはいる。
「ま、マッキー。た、助けて……」
佐々路の視界に入った小さく天使的な存在の人物。
牧下優姫。小柄な体躯でとても可憐な少女。長い髪を馬の尻尾に見立て結んでいるその姿さえご神々しい。というか、本当に牧下が俺と同い年なのか未だに疑問に思っている。
だけど待て、牧下は眼鏡をかけている。目が悪いのは百も承知だが、俺の偏見の中で眼鏡をかけている奴は頭が良いと思っている。もしかして
「か、楓ちゃん……!!ど、どうしたの……!?そ、それに、み、みんなも」
あんなにも騒がしく教室内で即興劇を繰り広げていたのに、牧下は全く見ていなかった素振をみせる。まぁ普通に考えたら、こんなバカ共と関わりたいと思うほうが不思議だ。
牧下は何も悪くない。悪いのは、今の世界が不浄な事だ。天使はこんな汚い空気だけじゃ生きていけないんだぞ、もっと清浄な空気を吸わなきゃ死んでしまうんだぞ。
「……ねぇマッキー最期に聞かせて……。マッキーのテストの順位は何位だったの……?」
「え、わ、私は……。14位だったよ……」
牧下優姫の言葉でこの空間の時が止まった。誰もが何かを求める世界、誰もが自分に無いものを求めてしまう世界。そして、今この教室で頭を垂れている奴等が欲しいもの、それは頭の良い人間だ。
うちの学年は全部で300人弱いる。その人数の中、上から数えて14番目なのだから、これは普通に凄い事だ。ついでに言っておくが、一番は一之瀬さんね。
そして時が動く
「か、か、神が二人も降臨なされた……。どうか、どうかこんなあたし達に御慈悲をっ!!」
床に頭を擦り付けながら願うバカ共。そんなバカを見ながら戸惑い、オドオドとしている牧下。そんな時、少し微笑んだ佐々路と俺は一瞬目があった。
「皆の者よく聞きなさい。あたし達はあなた達に勉強を教えましょう。だがしかし、勉強をするにあたって場所がありません。したがって、あたしはある場所を提案したい」
何故か嫌な予感がした。佐々路の微笑みは完全に俺までも巻き込もうと策略している悪の笑いだった。本当にあの女は魔女なのかもしれない。
「その場所とは━━」
休日の昼。俺は自分の時間を有意義に過ごす。もう少しで一学期の期末試験だが、焦って勉強するほどサボってはない。なので、俺は自室で読書を楽しんでいる。
そんな俺は読んでいる小説の言葉が気になった。「嘘だって、信じたかった……。」なんでだか、俺はこのフレーズを気にした。
どうしてなのかは分からない。だけど、何となく気になったんだ。いつかの未来で俺はこんな台詞を言うのかもしれない。
ピーンポーンッ
うちのチャイムが鳴る。誰かが来たみたいだ。だがまぁ、妹のルリが何とかするだろう。今日は日曜日だが両親は仕事でいない。したがってルリがどうにかすると俺は思った。だが
「お兄ちゃーん。ちょっと手が離せないから出てー」
……はぁ。こんな時に限って面倒くさい。
俺は重い腰を上げ、玄関まで下りた。そして自分の家の扉を開けて俺はこう思った。嘘だって、信じたかった……。こんなに早く使うとは思わなかったよ……。
「やっほー小枝樹。皆で来たよっ!!」
「……何しに来た、どうして来た」
そこには、学校で顔を合わせる面々が揃っていた。
佐々路、翔悟、雪菜、神沢、牧下、崎本、そして
「……一之瀬」
一番後ろに隠れるようにいた一之瀬。少し俯きながら、自分が場違いだといわんばかりの雰囲気を醸し出していた。
「夏蓮も誘ったら行くって言うから連れて来た」
佐々路が笑顔で言う。悪気が無いのが分かるからこそ、責める言葉を俺は言えない。そして俺は一つ溜息を吐き
「取り敢えず、こんな所にいても埒があかないから、上がってくれ」
俺は玄関の扉を大きく開き、そこにいる皆を招きいれた。すると
「お兄ちゃんが、ユキちゃん以外の友達を連れて来た……」
玄関の直ぐ傍には妹のルリがいた。
茶色に染められた明るいセミロングの髪、中学生に見えないほど大人びた体躯、だが少し小さい身長がまだまだ子供なのだと表している。
そんなルリは驚いた様子で俺達を見ていた。すると
「ルリちゃああああああんっ!!」
「ちょ、ユキちゃん!?」
「この子はもう、めんこくなって」
雪菜はルリへ抱きつくと、動物が大好きで直ぐによしよしするオジサンと同じようになっていた。そんな光景を見るのは久し振りだ。昔はよく見ていた光景だったが、色々あって雪菜が家に来なくなった。
まぁ思春期になれば男子の家に来なくなりますよね。
「雪菜、取り敢えず今はその辺にしておきなさい。ルリ、皆に自己紹介してあげてくれ」
「はいはーい。皆さん初めまして、小枝樹拓真の妹のルリです。いつもお兄ちゃんがお世話になってます」
ルリはお辞儀をし自己紹介を終える。すると
「おい、小枝樹。お前、こんなに可愛い妹がいたのか……?」
はいはい出ましたよ崎本くん。この思春期野朗は本当にいつもいつも異性に直ぐ反応をする。まぁ適当にあしらいますか。
「あー、可愛いかどうかは分からんが、妹はいる。つか、皆も早く中入れよ」
俺は崎本を適当にあしらい、玄関でつっかえてしまっている皆を中へと誘導した。
「奥に居間があるから皆そこに行っててくれ。おいルリ、お茶入れるの手伝え」
「わかったよー」
「あたしも手伝うよ」
「悪いな雪菜」
皆に居間の場所を教え、俺と雪菜とルリはキッチンへと行こうとした。その時
「ねぇ、小枝樹くん」
「ん?どうした一之瀬?」
不意に一之瀬に呼び止められた。
「あの子が小枝樹くんの妹さんなのよね」
「そうだけど?」
「……そう」
それだけ聞くと一之瀬は居間の方へと向っていった。
少し表情を曇らせていた一之瀬。今の俺にはその真意が分からなかった。
勉強会は思っていた通り捗らなかった。
「あなた達は何度同じ事を教えれば覚えてくれるの」
天才少女が激怒する。腰に手をあて、仁王立ちで怒る一之瀬。そんな一之瀬を見てブルブルと震えるバカ4人。
そんな微笑ましい光景を俺は本を読みながら見ている。すると、悪魔大元帥さんの怒りが俺にも降りかかった。
「小枝樹くんも小枝樹くんよ。どうして貴方だけ読書を楽しんでいるのかしら」
「お、落ち着け一之瀬……。勉強を教える組の中で俺は一番成績が良くない、だが赤点をとる程悪いわけでもない。俺の成績は普通だ。勉強を誰かに教えられるほど頭はよくない。というか、俺はその節を翔悟に伝えた。俺の家で勉強をする羽目になったのは佐々路のせいだ」
これは責任転嫁ではない。どう考えてもバカ共が悪いか、俺の家で勉強会を開くと言った佐々路が悪いか、誘われてのこのこと浅はかにも来てしまった一之瀬が悪い。
「それでも皆で勉強をしている中、貴方が読書をしていたら皆の集中が途切れてしまうわ」
一之瀬が言っている事は尤もな意見だった。確かに俺がここで一人読書をしているだけで、ここにいるバカ共は勉強をしなくなる可能性が高い。
そんな一之瀬の意見を考慮した上で俺は仕方なく本を閉じる。
「わかったよ……。だったら、俺がバカにどう勉強を教えれば良いか教えてやる。まぁ雪菜だけの事だけどな。それを見て、自分で工夫して他の奴に勉強を教えてくれ」
俺はそう言うと、雪菜の隣まで近づいた。
「拓真……。助けて……」
涙目で訴えかけてくる雪菜。だが、俺はそんな雪菜を見慣れているわけで
「お前が勉強を疎かにしたのが悪い。つか、テストで赤点なんか取ってみろ……、分かるよな」
座っている雪菜を立ったまま俺は見下し、冷たい瞳で言う。
「ひ、ひぃー、わ、分かったよぉ……。勉強ちゃんとするよぉ……」
さっきまで全く動いていなかった雪菜の手が、物凄い速さで動きだす。勉強はしたくないけど俺に怒られるのも嫌という事だろう。俺に怒られるくらいだったら勉強をする。それが雪菜だ。
「そんな事を言うだけで覚えられたら誰も苦労なんかしないわ」
一之瀬が言う。まぁこんな風に言われてちゃんと覚えられるのは雪菜くらいだろう。俺はその証明をしてみせる。
「おい雪菜。「大業三年,其の王多利思比孤,使を遣して朝貢す」この大業三年は西暦何年だ」
「607年」
「正解だ。そしたら「大業三年,其の王多利思比孤,使を遣して朝貢す」この使とは誰の事をさす」
「小野妹子」
その場にいる全員が驚いている。まぁ驚くのも無理は無い、本当に雪菜はバカだが、本気を出して暗記し始めたら簡単に答えを出す。
俺は驚いている一之瀬の方を見て
「な。出来ただろ」
「で、出来ただろって……。これじゃその場しのぎの暗記でしかないじゃないっ!!」
「それで良いんだよ。雪菜は勉強が嫌いだ、だけど少し努力さえすれば普通に進学だって出来るくらいの暗記力を持ってる。まぁレベルの高い大学は無理でも、普通より少し上の大学なら受かるだろうな」
忙しく勉強をしている雪菜をよそに、俺は一之瀬を説得していた。というか、一之瀬は雪菜の事を殆ど知らない。最近仲良くなったみたいだけど、それでも分からない所は沢山あるだろう。
だからこそ、俺は雪菜の扱い方を一之瀬に教えたのだ。これで一之瀬が雪菜の扱い方を理解してくれれば、俺は雪菜の面倒を見なくてすむ。
これぞ計画犯罪だ。
「ぼ、僕はそんな教えられ方嫌だ……。牧下さん、僕にはもっと優しく教えてください……」
イケメンという生物は本当に軟弱な生き物である。頭がよろしくないのはさて置き、天使に願いを押し付けるなんて言語道断だ。
「か、神沢くんも、が、がんばろ。で、でも、み、皆が言ってた通り、か、神沢くんは顔だけなんだね」
痛恨の一撃、いや牧下が天子だから改心の一撃だ。
「グハッ!!」
その場で神沢は沈黙した。というか、気を失うのはしょうがない。俺だって牧下に言われた昏倒する。だけど、今は勉強会であって、勉強をしなくてはいけない時間な訳で、というかコイツ等が来たから俺の時間が無くなってしまっている訳で……。
「……お前ら。ちゃんと勉強しろおおおおおおおおおっ!!!!」
気がついた時、俺は自分の気持ちを大声で吐露していた。つか、本当に、最近良い事ないな……。
「おい拓真、オチに行く前に俺も弄ってくれよっ!!」
「そうよっ!!あたしだって名前は出たけど、完全に弄ってもらってないんですけどっ!!」
翔悟……。佐々路……。本当にごめんな……、俺の配慮が至らなかったから、苦しい思いをさせてしまったな。
「お前ら、後日個人的に説教をする。覚悟しておけよ」
青褪めた表情を浮かべる翔悟と佐々路がそこにはいた。
勉強会が終わり、皆が帰っていった後、俺は一人で今日出来なかった自分の時間という物を有意義に過ごしていた。
慌ただしく騒がしく、そんなリアルを満喫している奴等の空間にいて、俺は普通に楽しいと思ってしまった。
何がある訳でもない普通の日常。友達と勉強をして、話して、笑って……。俺が求めていた普通の日常だ。
俺は自分の部屋で読書をしながら今日の事を思い出していた。
不思議と、あの空間が嫌いではなかった。最初は面倒くさいと思っていたが、それでも起こってしまえば楽しい。皆が繋がっていて、楽しいを共有しあえる。
そんな当たり前が、俺には特別で……。ふと笑みがこぼれてしまう。
自室で一人笑っている男子。端から見たら本当に危ない奴なんだろうな。でも、こんなに楽しかったのは本当に久し振りだったんだ。心がとても軽くなった。
「これだったら、また勉強会をしてもいいかな」
俺は読んでいた本を置き、ベッドの横の窓を開け、夜風を感じながら呟いた。その時
ピーンポーンッ
誰かが来た。まぁ、ルリがいるし適当に出てくれるだろう。俺はデジャヴ的行動をとっていた。すると
「お兄ちゃーん。ちょっと手が離せないから出てー」
朝と同じじゃないか……。それでも、手が離せないのならしょうがない。
俺は自分の部屋から出て玄関に向った。そして玄関の扉を開ける。そこに居たのは
「……一之瀬?」
訪問者は、帰ったはずの一之瀬だった。
「どうした?何か忘れ物でもしたか?」
俺の質問に一之瀬は首を小さく横に振った。そして
「小枝樹くん……。話したい事があるの」
真剣な一之瀬の表情。そんな言葉は聞いた俺は、一之瀬の話しに耳を傾けた。