9 前編 (拓真)
どうも、さかなです。
今回で第九章になりました。
頑張って書きましたので、読んでもらえたら嬉しいです。
でわ、第九章お楽しみ下さい。
太陽の暑さが少しずつ身に染み付いてきている今日この頃。暑さを少しでも和らげる為に教室の窓は開けられ、微風ながらも心地よい風が教室内へ入ってくる。
今の授業は数学で、うちの担任であり俺の幼馴染みたいな存在の如月杏子先生の授業です。
なのに、今黒板の前に立っているのはこの学校で唯一の天才少女で
「では次に、各種目の選手を選んでいきます」
数学の授業とは全く関係のない話をしている。選手、種目、そう今俺達が話し合っているのは体育祭の事です。
「みなさん話をちゃんと聞いてください。今は勉強をしている時ではなく、体育祭の事を話し合う時間です」
天才少女は一生懸命勉強をしている生徒を叱る。そして、今やるべき事を言い、その生徒達を睨んでいた。普段なら勉強なんか全然していない生徒が、体育祭という一大イベントの話合いに参加せず、勉強をしているのには訳がある。
何を隠そう、うちの学校は特殊な制度がある学校で、まぁ特殊なのかは分からないが……。一学期に行われる最大のイベント体育祭と期末試験がほぼ同時期に行われるのだ。
何でも、期末試験が終わってからの夏休みではなく、体育祭というイベントを楽しんだ後、夏休みを生徒に送って欲しいという学校側の意思で、こんな鬼畜な状況を作り出している。
去年、俺が一年の時、このシステムについていけない生徒が多すぎた為、体育祭を楽しんでいる生徒は僅かだった。だが、先輩達はもう慣れているのか、凄い楽しみようだったのを覚えている。
うちの学校は中間試験が無い為、期末試験を落とす事は大変な事を意味している。だが、その制度がある為か、教師の授業はとても分かりやすいし、テストに出る所は何度も重要に教えてくれる。
なので、普通に授業を受けていれば赤点を取る事は殆どない。それでも毎日を無駄に楽しいで埋め尽くそうとしているアホな連中は、この時期に大変な思いをするわけで
「待ってよ夏蓮ちゃん。これは戦いなんだよ、いわば戦争なんだよっ!あたし達はここで頑張らないと、進級できないかもしれないんだよっ!!というか、夏休みがなくなっちゃうかも知れないんだよっ!!」
自席から立ち上がり、勉強を一生懸命している生徒の気持ちを代弁する女子生徒。その生徒が俺に関係の無い人物なら何も思わないのだが、その生徒は俺と関係が深く、というか幼馴染な訳であって、コイツがバカなのは俺の監督不行きな訳で……。
「……おい雪菜。お前、帰ったら勉強というものがどれ程大切なものなのか教授してやるから覚悟しておけよ」
「……なんでよ拓真ぁ。拓真はあたしの味方じゃないの……?」
泣きそうな表情で俺を見るコイツは、白林雪菜。俺の幼馴染で腐れ縁の女の子。背格好は女子の平均的な身長をしていて、よく食べるのに太っている訳でもない。俺等のようの男子高校生の欲求を満たすには出来すぎている容姿だ。
周囲の連中からは「かわいい」だのよく言われている。そんな雪菜と幼馴染なだけで俺は酷い目によくあっている。まぁ今はその内容の割愛しよう。
「……てか、なんか夏蓮ちゃんも怖いし……」
雪菜は教室前方に立ち、体育祭の話をしている一之瀬夏蓮を見て怯えた。
それもそうだろう。今俺等の目の前にいるのは天才で美少女の一之瀬さんの筈なのに、俺ですら少し恐怖を感じていた。
綺麗で長い黒髪、しなやかな体躯。その辺の見たらモデルか何かと間違えてしまうだろう。そして整った顔、綺麗で切れ長な瞳。そんな美少女の瞳は、今にも目の前にいる雪菜を食ってしまうんじゃないかと思えるくらい、教室中の奴等を睨んでいる。
俺はそんな一之瀬の表情に若干慣れていた。他にもそんな一之瀬を知っている奴がいる。そいつは何も考えずにあくびをしていた。
だけど、今の俺は一之瀬と少し気まずい仲になってしまっていて、今のこの状況で俺は一之瀬を見る事が出来なかった。だが
「というか、拓真も夏蓮ちゃんも何で勉強しないで大丈夫なの?」
このバカ雪菜は、本当に……。
「お前が勉強してなかったからだろっ!!」「貴方が勉強していなかったからでしょっ!!」
俺と一之瀬は同時に雪菜を攻め立てた。今は変に波風を立てたくないのに、どうしてこんな所で俺は一之瀬とシンクロするんだよ……。つか、一之瀬と雪菜はいつファーストネームで呼び合うような仲になったんだ。
そんな俺と一之瀬は、同時に言葉を発してとうとう目が合ってしまった。それでも、合わせていたのはほんの一瞬で、直ぐに俺等は目を逸らした。
ヤバイ気まず過ぎる……。どうしよう、どうしよう……。
「はいはい。一之瀬さんも小枝樹くんもその辺にしとこうよ。ほら、白林さんもブルブル震えてまるで子猫のようになってるよ」
ナイスタイミングだイケメン王子。この学年で一番イケメンな彼は神沢司。
誰もがイケメンだと認めたくなってしまうくらい整った顔をしている。身長は男子平均の俺よりも少し高い、だが線の細い体躯なので、王子と呼ぶに相応しい存在だ。だが
「だからさ、今はこのイケメンの僕の顔に免じて落ち着こうよ」
コイツは本物のバカなんだ。ナイスタイミングだったのは良かった、だが俺の怒りを買うような発言はやめてもらいたい。
「ね、一之瀬さん小枝樹くん」
「お前は少し黙ってろっ!!」「貴方は少し黙ってなさいっ!!」
………………。
何でだよおおおおおおおおおおおっ!!おかしいだろ、おかしいだろおおおおおおおおおおおっ!!
どうして一之瀬まで俺と同じ事を言うんだよ、何でどこまでシンクロすれば気が済むんだよおおおおおおおおおっ!!!
ダメだ収拾がつかない。このままだと俺と一之瀬はもう一度シンクロするような気がする……。どうにかしなきゃいけないのに、バカ1号バカ2号は既に沈黙している。
他のクラスの連中も俺と一之瀬のシンクロ率をザワザワと話し始めている。ヤバイよ、このままじゃ悪魔大元帥さんが教室ごと破壊しかねないよ。
だが待てよ。俺はだってまだやれる事がある。そうだ、祈ろう。神へ祈りを捧げるんだ、この無情で不浄な世界をきっと投げ出してなんかいない。今は、そう信じるだけだ。
キーンコーンカーンコーンッ
………………。
マジかっ!本当に祈りが通じたよっ!!信じるものは救われるとはまさにこの事だ。
「はいはい、そこまでだ。取り敢えずはまだ時間がある。お前ら、期日までにちゃんと決めなきゃ、分かってるよな」
今の今まで教室の端っこで俺らの事を見ていた数学教師が、最後にいたいけな生徒達を脅してきました。そんな先生に、俺らは何も言い返せず、教室から出て行く姿を見送ることしか出来ませんでした。
授業が終わると、一之瀬は何事も無かったかのように自分の席へと座った。そして緊張感の中に居続けた生徒達は安堵の表情を見せる。
息苦しかった空間が少しずつ和やかになるのが分かった。だが、気が緩むと同時に一之瀬に対する罵倒が聞こえた。
一之瀬に聞こえるか聞こえないかの声。だがそれは確実に教室内の生徒達が聞こえる声量で言っていた。
『自分が何でも出来るからって押し付けないで欲しい』『どれだけ自分を特別だと思ってるの』
その他にも色々な言葉を俺は聞いた。ハッキリ言って苛々した。今一之瀬が勉強をしないで済んでいるのは普段からやっているからだ。確かに一之瀬は天才で何でも出来るかもしれない、だけどそれはちゃんと「やっている」からであって、やってない奴等に文句を言う資格なんかない。
俺は怒りを抑える為に、強く拳を握っていた。
「落ち着きなよ小枝樹」
俺の肩に手を置き、今の俺の怒りを納めようとしてくれる女子生徒がいた。
「……佐々路」
佐々路楓。体躯はあまり雪菜と変わらず、肩まで伸びた髪の毛の毛先が外側に跳ねている。美少女と言ったら過大評価だろう、それでも普通に可愛い女の子。
自分を魔女と言い、何もかもを信じれなくなった奴で、だからこそ俺は佐々路に俺の『真実』を言った。
そんな事があってか、今じゃ結構仲が良い。そして、俺の心情に直ぐ反応して、止めてくれる。
「夏蓮はちゃんと分かってるよ。自分が特別なのも、だからこそ他人から疎まれる事も」
一之瀬を利用してると俺に言った佐々路は変わった。利用価値がある存在に、こんなに優しい気持ちや自分が何も出来ないでいる歯痒さを表情に出せてる佐々路は、やっぱり魔女なんかじゃない。
本当に、一之瀬夏蓮の親友の佐々路楓なんだ。
「分かってるよ。今の俺じゃ、きっと一之瀬を支えてやれない……。だから、ありがとな」
俺は佐々路に笑顔を見せ、お礼を言う。
「な、何お礼なんかしてんの……///あたしは別に小枝樹がここで暴れるかと思って止めただけだから……///」
「暴れるって……。俺はそんなに暴君じゃないぞ。それでも、俺の事に気を使ってくれたから礼を言ってるだけだ」
俺から顔を逸らしている佐々路に、俺は自分の気持ちを言う。
「本当に……。小枝樹はバカだよ……///」
そう言い佐々路は行動不能になってしまった雪菜の所へと行った。そんな中でも一之瀬の罵倒は止まなかった。
だけど、今の俺が怒った所で何も解決にはならない。天才という肩書きを背負う覚悟を決めた一之瀬を、俺は素直に羨ましいと思っていた。
昼休み。
俺は翔悟のクラスへ足を運んでいた。
本来、俺は自分の教室で昼食をとるかB棟三階右端の教室でとる。だが今の状況でB棟三階右端の教室で昼食をとる事は出来ないし、そして数学の授業以来、俺は少しあの教室にいたくないと思ってしまっていた。
「おーい翔悟」
俺は翔悟の教室へ着き、廊下から翔悟を呼んだ。
「おー拓真か。どうしたんだ?」
「いや、なんか暇だったから。木偶の坊を見たくなった」
「……お前、相変わらず俺には酷いな」
苦笑いを浮かべながら俺へと近づいてくる翔悟。
門倉翔悟。身長が180を超えるデカイ奴で体格も良い。なのに爽やかな見た目を持っているのでそんなに暑苦しいわけでもない。そんな翔悟はバスケ部の部長だ。
廃部寸前だったバスケ部を立て直す為に今は頑張っている木偶の坊だ。
「まぁ良いじゃんか」
「よくねーよっ!!もう少し俺にも優しくしてくれっ!!」
嘆く翔悟を無視しながら、俺は話し出す。
「なんか自分のクラスに居辛くてさ、だからこうやって親友のお前に会いに来たんだ」
「……本当に、お前は俺を無視するのが好きだな……」
項垂れる翔悟。そんな翔悟に、今は禁句な言葉を俺は言う。
「つかお前、期末は大丈夫なのか?」
俺の言葉を聞いた翔悟の時間が止まってしまった。瞬きもせずに俺を見続ける翔悟。
俺はそんな翔悟の肩を叩き
「もう何も言うな。お前の気持ちは良くわかったよ」
そう言い俺は翔悟の前から去ろうとした。だが、翔悟に背を向け歩き出そうとしても体が動かない。正確に言えば、片方の腕を力強いなにかに掴まれて歩き出せない状態だ。
そんなひ弱な凡人な俺は、俺の腕を掴んでいる本人を見ずに
「離せ翔悟」
冷たく言い放った。だがそれでも翔悟は俺の腕を離さない、諦めた俺は翔悟の方へと振り向いた。
「頼む拓真……。俺に勉強を教えてくれ」
翔悟の表情は真剣そのもので、俺はそんな翔悟を放っておけないと思ってしまった。だけど、翔悟が思っているより俺も頭は良くない。だから
「待て翔悟、俺だってそんなに頭は良くない。赤点は取らないけど、それでも誰かに勉強を教えられる程成績は良くないぞ」
「なら、一年三学期の期末の順位はどの辺だったんだよ」
俺の言葉が信じられないのか、翔悟は一年の時のテスト順位を聞いてきた。
普通なら成績表の事を聞いてくるのが妥当なのだが、うちの学校の更に鬼畜なシステムで、毎回テストが終わると各学年の教室に自分達の学年全生徒の順位表が張り出される。
流石に点数は上位の奴らのしか書かないが、それでも自分の順位が露わにされる恐怖を俺達生徒は感じざるおえない。
だがまぁ勉強をしていなかった奴が悪い訳で、この制度自体はあまり不評という訳でもない。
寧ろ自分の位置がハッキリするぶん、生徒達の向上心を煽っているので、順位が下位の奴等でも、その辺のバカ高の奴等よりも頭は良い。結局の所、普通に勉強をしていれば今の時期に焦る事はないわけです。
そして話しは戻しますが、一年の時の順位でしたね。
「三学期の順位は確か、真ん中だったな」
凡人な俺には嬉しい限りな順位ですね。真ん中、なんとも良い響きな言葉でしょう。この凡人過ぎる俺を想定して造られた言葉に思える。
俺の言葉を聞いた翔悟は更に言う。
「真ん中って、真ん中より上だったのか?それとも下だったのか?」
「だから、真ん中だよ」
翔悟は俺の言っている事が理解出来ないのか、頭の上に疑問符を浮かべている。そんな翔悟に俺は分かりやすく説明した。
「だから、俺の順位は真ん中。本当にど真ん中なんだ。うちの学年での真ん中。凡人な俺に相応しい順位だろ」
点差は分からないが、俺と同位の奴はいなかった。それも、一学期も二学期もだ。きっと凡人を愛する神様が俺を導いてくれたんだ。俺はどこぞの赤い人とは違い導いてくれなんて言わない、だからこそ俺は導かれたんだ。
「それでも俺より頭が良い事には変わらないんだよな」
「だから、俺は教えられる程の学力は無いんだよ。お前もしつこい奴だな」
「拓真……。お前は俺を見捨てるのか……?楽しい夏休みを俺と過ごしたくないのか……?」
昔にあったな、某CMで流れたチワワ。あんな可愛いチワワに見つめられたら俺だって心揺さぶられるよ。だけど、今俺の目の前にいるのはただの筋肉な訳で
「悪いな翔悟……。世の中とは不浄なものなのだよ……」
俺はそう言い、翔悟を置いて立ち去った。遠くから聞こえる翔悟の叫びを聞きながら……。
俺だって辛い、俺だって辛いんだよ翔悟……。昼休みに行く当ても無く友人の所へと行ったら、最終的に木偶の坊で筋肉な奴のチワワ姿を見たのが辛すぎる……。つか、気持ち悪すぎるんだよ……。
青春漫画の一コマのような状況だが、俺と翔悟の心情はまったくと言って良いほど噛み合って無く、とうかただただ勉強をしてこなかった翔悟が、救いを求めた愚かなシーンに過ぎない。
簡単に言わせてもらえば、そんなに感動できるシーンではないという事です。
そして俺は行く宛をなくし、校内を彷徨っています。最近じゃどこに居ても『神沢×小枝樹』を女子が噂するようになった。だからこそ、俺の居場所は限られてしまう。
誰も居ないような場所を探すのだが、なかなか見つからない。女子が居ない所を探すだけじゃなく、男子も居ない所がベストだ。
なので、俺が行きたい場所は本当に誰も居ない場所なのだ。そんな場所、思い付くのあの場所だけで
俺は無意識のうちにB棟三階右端の教室へと来てしまっていた。一之瀬がいないと開かない扉。アイツがアン子にちゃんと鍵を返してさえいればこんな事にはなっていないのに……。
そこまで思考出来ているのに、俺は無意識のうちに扉を開けようとしていた。すると
ガラッ
B棟三階右端の教室の扉が開く。俺はそのまま勢いに任せて扉を開けた。扉が開くという事はアイツがいる訳で
急に開いた扉を驚いた表情で見る美少女が教室の中にはいた。
その美少女は俺が大嫌いな天才で、現在進行形で俺と険悪な仲になっている天才で、そんな天才少女は俺の心に居場所にいる。
「……小枝樹くん」
長くて綺麗な黒髪を揺らし、整った顔を不安げな表情にして俺を見つめる天才少女。この場所で会うのが遥か昔のように俺は感じていた。
「……一之瀬」
俺は彼女の名前を呼び、だけどそこから先の言葉が浮かばなかった。何も言えない、今の俺には一之瀬に何かを伝える事は出来ない……。
俺が一之瀬を傷付けたんだ、俺が一之瀬と菊冬の関係を完全に壊したんだ……。一之瀬の顔を見て思い出す、自分がどれだけ、人を傷付けてきた事実を。
「入らないの……?」
廊下に居続ける俺に一之瀬は言う。
「そ、そうだな」
俺は一之瀬の言葉を聞き、教室内へと入っていった。扉を閉め、俺と一之瀬しかいない世界を俺は無意識に作る。
自分で自分を苦しめるために、一之瀬に罵倒され自分の罪を戒める為に。だけども、それを他人に聞かれたくないという俺の気持ちが働き、扉を閉め二人だけの空間にしたんだ。
教室内へと俺が入っても何も話そうとしない一之瀬。静まり返る室内、窓を開けていないせいか少し蒸し暑いと感じた。自分が流す緊張の汗で湿度を上げてしまっていると錯覚するくらいに。
何分経ったか分からない、もしかしたら数秒しか経っていないのかもしれない……。そんな疑問を浮かべながら俺は一之瀬の言葉を待った。
「……ごめんなさい、小枝樹くん」
時を動かすかのように一之瀬は話し出した。
「ずっと小枝樹くんに謝りたかった……。私は貴方を苦しめてしまったから……。自分の幼すぎる自己中心的な思考で、私は小枝樹くんを傷付けた……」
いきなりの謝罪。俺は動揺を隠し切れなかった。
「ど、どうして一之瀬が謝るんだよ。一之瀬を苦しめたのは俺だ、一之瀬だけじゃない菊冬も俺は苦しめた……」
昼食をとっている楽しい声、昼休みに遊んでいる生徒達の笑い声。俺に聞こえる声だ、きっと一之瀬にも聞こえている。
なのに俺と一之瀬は、そんな楽しい雰囲気にはなれず、自分達の過ちを吐露しあった。
「違うのよ、それは違うの……。私が菊冬を受け入れきれなかった……。あの子を傷付けたくないから遠ざけたのに、その行動で私が菊冬を傷付けたの……。小枝樹くんが何もしなかったとしても、遅かれ早かれ私は菊冬に同じ事を言っていたわ……」
唇を噛み締め、少し前に起こってしまった現実を後悔している一之瀬。
「何言ってんだよ……。俺があの状況を仕組んだんだっ!!俺が菊冬を煽らなきゃ、菊冬はきっと未だに何も言ってなかったって思う……。大丈夫だと思ったんだ、きっと家族だったら最後には笑い合えるって思ったんだ……。全部、そんな浅はかな事を夢見た俺のせいなんだよ……」
何も言い返さない一之瀬。だがその表情は先ほどとは違い、自分の過ちを後悔しているのではないく、目の前にいる俺の苦しみを理解しているような表情だった。
「だからさ一之瀬。もう一回、菊冬と話してくれよ……。アイツは一之瀬の事を本当に想ってるんだ……。ただ、一之瀬に笑っていて欲しいだけなんだよ……。だから━━」
「もうやめてよっ!!!!」
俺の言葉を遮り、大声で怒鳴る一之瀬。そして
「どうして……!?どうしていつも小枝樹くんは他人の事ばかり考えてるの……!?自分の事は後回しにして、いつも誰かの幸せを考えてる……。菊冬の事だってそう、聡明な貴方ならこういう結果を予想しているはずよ、だけどそれでも貴方は私と菊冬を救おうとした……。ねぇ、どうしてそこまで自分を苦しめるの……?」
今にも泣き出してしまいそうな表情で、一之瀬は言った。
自分を苦しめる……。そっか、俺は自分を苦しめてたんだ。過去の過ちを償いたくて、俺はずっと自分を苦しめ続けるしか存在意義を見つけられなかったんだ……。
分かっていた。それが今の俺なんだって、分かっていたんだ。一之瀬に言われなくたって分かっていた。ただ、そうじゃないって思いたかったんだ。
俺は本当に誰かの幸せを願っていて、誰かに笑顔を分け与えたくて……。だけど本当はそうじゃなかった。俺は自分の苦しみを他人に押し付けていただけなんだ……。
「……それが償いだからだよ。俺の、為すべき事なんだよ……」
嘘でも笑顔は作れなかった。苦しかったから、一之瀬にこんな事を言うのが辛かったから……。
「為すべき事……?ふざけるのもいい加減にしてっ!!!貴方の為すべき事は、私の才能が無いものを探すことでしょ……!?今の貴方は、私の隣にいなくてはならない小枝樹拓真でしょっ!!!!」
大声を出したせいか、一之瀬の息は荒くなっている。
そんな一之瀬はいつもの冷静な一之瀬ではなかった。自分の感情を抑えず、本当の言葉で、心で、俺の存在意義を見出してくれた。自然と頬を涙が伝った……。
「私は貴方を否定しないっ!!私は貴方を肯定するっ!!私は……私は……。苦しんでいる貴方を見たくないの……。我侭だって分かってる……、それでも貴方の苦しみを知りたい……!!貴方の口から聞きたい……」
俺は何も言えなかった。こんなにも俺の事を考えてくれている一之瀬に、俺は何も言えない……。
「本当は言うつもりはなかったわ。だけど、小枝樹くんに隠してるのは辛いから……。私が知ってしまった小枝樹くんの『真実』を言うわ」
……俺の真実?誰から聞いたんだ、雪菜か?それとも、あの紳士執事の後藤とか言う奴か?
不安を抱いている俺。一之瀬が言おうとしている俺の真実を聞くのが怖くなった……。だって、俺が佐々路に言った事を一之瀬が知っていたら、この関係はなくなるから……。
「小枝樹くんの『真実』それは━━」
キーンコーンカーンコーンッ
昼休みが終わる鐘の音が響いた。
その音が響き、一之瀬は話すのを止め。
「早くしないと次の授業に遅れるわ」
そう言い一之瀬は教室から出ようとした。だけど、俺はまだ一之瀬が知っている俺の『真実』を聞いてない。
「待てよ一之瀬。俺の真実って、何を誰から聞いたんだよっ!」
俺の俺は一之瀬には届かず、何も言わずに、一之瀬は俺の事を置いていった。そんな俺は何も考えられずに、次の授業なんかどうでも良いと思えてしまうくらい、恐怖を感じていた……。