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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第二部 一学期 晴レノチ雨
21/134

8 前編 (拓真)

どうも、さかなです。


今回で第八章になりました。話しはまだまだ続きますので、御愛読してもらえたら幸いです。


夕暮れ時の校舎、誰もいない教室、近くにいる女子のせいか仄かに漂う甘い香り。部活をしている生徒の声は活動を終わらせる言葉で、時計を見れば下校時間が迫っていた。


女子生徒と二人きりの教室、普通の男子高校生は胸がドキドキと高鳴り、緊張のあまり脈絡の無い会話をしてしまうんだろう。


だけど、今の俺の表情は険しくて、何かを期待している男子高校生にはなれなかった。


「私は……。私は夏蓮を利用しただけなの」


俺の目の前にいる女子生徒は、親友の名前を挙げ悲しい表情で声色で言った。そして俺は親友を裏切る女子生徒の瞬間を見たんだ……。








 いつもの日常、いつもの毎日。俺が過ごしている日々は平凡で何も特別な事はない。だけど、そんな俺の平凡な日常からなくなってしまったものがある。それは


天才少女だ。


我侭でプライドが高く押し付けがましくて、それでも寂しがり屋で泣き虫の天才少女。


いつの間にか、非日常だった天才少女との関わりも今では日常で、彼女がいないと物寂しい。天才少女といる日々が俺の当たり前になっていて、独りでいるのが平気だった俺は、いなくなった。


誰かといたい。誰でも良いわけじゃない。俺は一之瀬いちのせとあの場所に戻りたい……。


だけど、俺と一之瀬の間に出来た溝は深く、今の俺にはどうしようも出来ないでいた。


「何朝から暗い顔してんだよ小枝樹っ!」


俺の背中を勢い良く叩きながら話しかけてくる一人の女子生徒。


クラスメイトのその女子は、身長は平均的でスタイルも悪くは無い。癖毛なのか肩まで伸びている髪の毛先は外側へと跳ねている。明るく元気がいい笑顔を俺に向けるその人物は


佐々ささみちかえで


一之瀬の親友だと言っている佐々路は、俺が一之瀬と関わりを持ってから何かと俺に構ってくるお節介な女だ。それでも、明るい性格の佐々路には元気をもらったりしている。


何かとお節介だけど憎めない存在、俺が佐々路に抱いた気持ちはそんな感じだ。


「いてーから背中を叩くのは止めなさい」


まるで父親のように佐々路に言う俺。そして援護射撃が来た


「そうだぞ楓、小枝樹を虐めるのはやめろ」


俺の援護部隊、崎本さきもと隆治りゅうじ


もうこの男は説明をするのが面倒になってしまうくらい普通な男子高校生だ。特徴が無いのが特徴で、普通すぎてどう説明したらいいか分からない。


「うっさいわね隆治。つか何で小枝樹を庇って、あたしを援護しないの。幼馴染なのに酷いっ!!」


「お前の泣き真似には騙されないからな。小枝樹も気を付けろよ、楓は魔女だからな」


崎本の気をつけろの意味が分かったような気がした。確かに何も言われなければ、俺は佐々路が本当に泣いているんじゃないかと思っていた。


だけど、幼馴染でも魔女呼ばわりは酷い気がする。


「まぁ、隆治の事はほっといて。ねぇ小枝樹、アンタと神沢がデキてるって本当?」


この女はいったい朝から何を言っているんですかねっ!


「この際だからハッキリ言っておくが俺と神沢は━━」


「どっちが受けでどっちが攻め?あたし的には、小枝樹受けの神沢攻めなんだよね」


「だから俺の話を聞きなさ……」


俺はその時、クラス全体から異様な気配を感じた。この俺に向けられる多人数の視線、飢えた獣に睨まれているような感覚に陥った。俺は一筋の汗を額から流し、生唾をゴクリッと飲み込んだ。


まるでホラー映画の幽霊が後ろに立っている状況のようだ。そんな俺は意を決してクラス全体を眺めた。そして俺が見たものは


ギラギラと輝く女子達の視線だった。寧ろ皆の目は赤く、何かに取り憑かれてしまっているように見えた。そんな女子達は小さな声で口々に「攻め」「受け」と呪文のように言っている。


怖い、怖すぎる……。このままじゃ俺は女子達に狩られる。その恐怖から脱出する為に俺は神沢かんざわつかさへ助けを求めた。


今の俺の気持ちが分かるのは神沢しかいない。俺は神沢へと目を向けた、すると神沢も俺の方を向いていて、目と目が合う。


この学年一イケメンの神沢は、整った顔と綺麗で細い金髪が特徴、身長は平均よりやや高めだが線の細い体躯をしているので、神沢を表現する言葉は王子だ。


そんな俺と目が合った神沢の顔は少し赤くなり


「ぽっ////」


「ぽっ、じゃねーよっ!!!つか今、完全に口で言ったよなっ!?」


「ご、ごめんね小枝樹くん……。僕達の関係は、秘密だったよね……」


………………。


静まりかえる教室。本当にびっくりするくらいの静寂だ、空気の音が聞こえてしまうような錯覚に陥ってしまうくらいに。そして静寂は破られる。


「「キャーッ!!!」」


歓喜の声を上げる女子。この時俺は悟った、もう卒業まで俺と神沢の噂が消えることはない。何だか涙が出そうです。つか俺はこの神沢司をどう処刑するかを考えよう。


「やっぱり小枝樹と神沢はデキでたか」


腕を胸の前で組み「うんうん」と頷く佐々路。その姿を見た俺は


「……もう、どうにでもなれよ」


諦めることしか出来ないでいた。







 放課後。


俺はB棟三階右端の教室に行くか悩んでいた。行っても一之瀬がいなければ意味がない。というか入る事すら俺には許されない。


一之瀬と話さなくなって長いような気がした。俺はA棟とB棟を繋ぐ渡り廊下で一人そんな事を思う。少しずつ夏に近づいていき、日が落ちるのが遅くなる。


緑の香りを感じた時、俺はふとある場所を思いついた。


「たまには行ってみるか」


そう一人で呟き俺はB棟裏の誰も行かない花壇を目指し歩き始めた。



 昇降口で靴を履き、ゆっくりと歩く。ある女子生徒がいると核心を持ちながら、俺はゆっくりとB棟裏へ向った。


生徒達の声が次第に消えていき、静かで落ち着くB棟の曲がり角を曲がる。そしてそこに居たのは


「やっぱり、牧下がいた」


「さ、小枝樹くん。ど、どうしたの?」


「いや、たまには牧下の花が見たくなってな」


牧下まきした優姫ゆうき。俺と同じクラスの女子生徒。見た目は高校生に見えないほど小さく、儚げな少女だ。髪は長く透き通るような黒で、一瞬青色に見えてしまうほどの透明感。その長い髪を一つに結んでいて、馬の尻尾を作り上げている。そして大きな黒縁メガネが彼女の儚さ感をさらに醸し出している。


そんな牧下は花壇の前で座り、目の前の花を眺めている。


「さ、小枝樹くんが、き、来てくれたから、み、みんなも喜んでる」


優しい瞳で、優しい微笑みで、花壇の花を見る牧下。本当に牧下は天使だ、不浄な世界に舞い降りた天使。でも


「本当に笑うようになったな牧下は」


すっと独りぼっちだった牧下。性格が損したのか、他人との距離をつかめず、ずっと孤独に耐えた女の子。


B棟三階右端の教室に来た時は、俺と一之瀬を頼って、本気で友達を探しに来ていた。自分に自信がなくて、自分は必要じゃないって勝手に思い込んでいた牧下。


そんな牧下が今では本当に笑うようになった。クラスでも色々は奴と絡むようになった。俺はそれが嬉しい。


「う、うん。ぜ、全部、さ、小枝樹くんと、み、皆のおかげ」


「俺等は何もしてないよ、ただ牧下と友達になりたかっただけだ。だからもう自分は必要ないとか思うなよ」


「も、もう思わないよ。わ、私皆の事大好きだから、だ、だから思わないよ」


著しく成長を見せる牧下。そんな牧下が少し羨ましかった。何も変わらない俺、他者を傷付ける事しか出来ない俺、一之瀬を苦しめた俺。


そんな風に思いながら、俺も牧下の隣にしゃがみ、小さくて綺麗な花を眺めた。目の前に咲いている花はとても小さいのに、一生懸命咲いていて、時折吹く強い風にも負けないで精一杯生きている。


花の良い香りが俺の鼻を刺激した。


「ど、どうしたの、さ、小枝樹くん」


牧下の突然の言葉で俺は動揺した。


「どうしたって、なにがだよ」


「な、なんか辛そうな、か、顔してたから……」


今の俺の顔は辛そうにしてるのか……。鏡で見たいよ、つまんない俺の顔を……。


「大丈夫だよ。心配してくれてありがとな。よし、帰るか。どうだ牧下、途中まで一緒に帰るか?」


心配してくれている牧下の曇る表情を俺は見ていたくなかった。俺の事なんかで苦しい思いはして欲しくない。俺みたいな凡人の為に……。


「う、うん。い、一緒に帰ろっか」


そう言い牧下は笑った。俺の事を気にかけながら、それでも笑ってくれた。なのに今の俺には何もしてやれない。


そんな事を考えながら、俺と牧下は校門に着く。そこで事件が起こる。


「あれー?小枝樹とマッキーじゃん。今帰り?」


校門で俺と牧下に話しかけてきたのは佐々路だった。誰かを待っているのか、何をしているのか分からない。


「あぁ、俺等は今帰りだ。つか、こんな所で何やってんだよ佐々路━━」


「ハァ……ハァ……ハァ……」


俺が佐々路の言葉に返答している途中で、佐々路の息は荒くなり、牧下を見ていた。


「やっぱり、マッキーのそのロリ体系……。堪りませんなぁ!!」


そう言い牧下に飛びつく佐々路。後ろから牧下を抱きしめ、身体中の匂いを嗅いでいた。


「本当にマッキーはけしからんっ!!このナイチチがまたもうっ!!」


「や、やめて、か、楓ちゃん……////」


匂いを嗅いでいたと思ったら、今度は牧下の体を弄り始めた。牧下の顔は見る見るうちに赤くなり、それはもう、それはもう、グッジョブだ佐々路っ!!


「ハァ……、お、おじさんと楽しいことしようねマッキー。デュフフフフ」


「あ、あぁ、だ、ダメ……。さ、小枝樹くんも、い、いるんだよ」


「良いではないか、良いではないか」


抵抗も虚しく、牧下は佐々路に陵辱されていく。だがその時


「た、た、助けて、さ、小枝樹くん……」


瞳に涙を溜め込みながら、俺に助けを求める牧下。そうだ、俺は天使牧下の騎士。だが、いやらしい事をされて嫌がっている牧下も可愛いな……。いや、違う違う違う。煩悩を捨て去れ俺っ!!


俺はロリじゃない……、俺はロリじゃない……、俺はロリじゃない……、俺はロリじゃない……、俺はロリじゃない……、俺はロリじゃない……、俺はロリじゃないっ!!!


「牧下が嫌がってるか、もうその辺にしておけ佐々路」


「小枝樹が言うなら今日はこのくらいにしておこう」


俺の一言で解放される牧下。開放された瞬間にペタリと地面に座り込み、乱れた衣服を直し始める。そんな姿の牧下も本当に可愛い。




ピンポンパンポーンッ


ここで重要なお話しをさせて頂きます。物語の主人公、小枝樹拓真は決してロリ○ンでは御座いません。時折、御見苦しい思考を垣間見る事になりますが、犯罪者予備軍では御座いませんのであしからず。


この物語に出てくる人物は皆成人を迎えており、未成年者の出演はしておりません。




何だか、今俺は誰かにバカにされたような気がするぞ。まぁいいか。


「それで何してたんだよ佐々路」


俺は事件は起こる前の話に戻した。


「ん?あーまぁ色々ね。小枝樹とマッキーが帰るんだったらあたしも帰ろうかな」


口を濁す佐々路。俺も深く詮索はせずに、佐々路も一緒に帰ることになった。








 帰り道。


少し歩いた所で牧下は「買い物がある」と言って別れた。そして今、俺は佐々路と二人でいる。


今思えば、こういう風に佐々路と二人になるのは初めてだ。特に特別な感情が出てくるわけではないが、女子と二人で帰るのは少し緊張する。


「それでさ、本当に小枝樹は神沢と付き合ってんの?」


こんな事を言われなければ、本当に緊張していたのに、このバカ女は朝の事をまた俺に聞いてきた。


「だから、そんな事実はありません。神沢のあのノリには困ってるんだ。アイツがあんな態度をとるから、クラスだけじゃなくて他の奴等にまで変な目で見られる。それもこれも、神沢がイケメンで有名だからだ」


俺は少し愚痴を混ぜながら佐々路の質問を否定した。すると


「いやいや、イケメンで有名なのは神沢だけじゃないから」


「他にもそんなイケメンさんがいるのか?」


「アンタ……。自覚ないのがおかしいわ。小枝樹も結構イケメンで有名なの、多分あんまり小枝樹に言い寄ってくる女子がいないのは雪菜がいるからだよ」


……ん?なんだか聞いた事がある話だぞ。確かあれは、神沢ストーカー事件の時だ。俺がイケメンの神沢を冷たくあしらったら、俺も人気があるとか言い出したんだ。


「もしかして、本当に俺って人気があるの……?」


「やっぱり、自覚してなかったか……。一年の時はクールな感じでミステリアス感があるカッコいい人って言われてて、だけど少し経ったら普通に話したりしてくれる奴になった小枝樹はかなり人気あがったよ」


佐々路が言っているように、完全に俺は自覚していない。というか、何で俺が人気あるんだ。だったら翔悟とか見たいに爽やかスポーツマンの方がいいだろう。


「まぁでも、さっきも言ったけど、雪菜がいるから誰も言い寄らないの」


「前に聞いた時も雪菜の名前が出たけど、何で雪菜が出てくるんだ?」


「アンタね……。雪菜は、うちらの学年で夏蓮の次に人気がある女子だよ。そんな学年で人気が高い男子と女子がいつも一緒にいれば、誰も言い寄らなくなるでしょ」


確かに雪菜はモテるが、そこまでとは知らなかった……。あんなバカが、モテるなんて、世の中どうかしてる。


「つか待て待て、話を戻すけど俺はカッコよくないぞ。人気がある意味がやっぱり分からん」


「小枝樹はあたしから見ても普通にカッコいいと思うよ。他の奴等みたいにモテる為に気取ったりしてない所もポイント高いね。そんな小枝樹と神沢がイチャイチャしてれば、女子はもう大変よ」


そこで神沢と俺の話しに戻るわけですね。まぁそんな風に評価されてたのはどうでも良いとして、神沢との件をどうにかしなければ……。どう神沢を処刑するか考えなくては……。


「本当に、小枝樹と雪菜みたいなイケメンと美少女の幼馴染は羨ましいよ。あたしの幼馴染なんか隆治だからね」


冗談交じりに言う佐々路の表情が一瞬、悲しげな表情に見えた。


「まぁ、そんな事はどうでも良いけど、ここからが本題ね」


「おいおい、俺と神沢の件をどうでもいいと言うのはやめてくれ」


俺の心からの願いだった。本当にこれ以上、神沢との関係が変に噂されるのだけは勘弁したい。そして、どう神沢を処刑するかを考えなければ……。


「はいはい分かった分かった。それであたしが今日、校門で待ってたのは小枝樹なの」


いきなり真剣な表情になり、冗談なんて一切ない雰囲気を作り出す佐々路。


「は?何で佐々路が俺を待つんだよ」


「夏蓮との事を聞きたくて」


そういう事か。佐々路は一之瀬の親友で、俺と一之瀬が何で今の状況になってしまったのかを知りたいわけか。本当に、友達思いなことで。だからこそ、俺は俺の気持ちを言う。


「佐々路には関係ない」


冷たい表情を作り、佐々路を威嚇しながら言う俺。そんな俺に佐々路は


「ふぅん、一年の初めの頃もそんな顔してたね。それが小枝樹の本性なんだ」


本性。この女は何を言っているんだ。確かに俺は一年の時、こんな風に全てを忌み嫌い拒絶する表情をしていたかもしれない。だけど


「本性ね……。これが本性ならそれの方が楽だな。ハッキリ言っとくけど、お前に俺を理解できるとは思えないし、これが本性でもない」


「だったら最近の小枝樹が本性なの」


「それもまた違うな。どれもこれも偽者で今じゃ、本当の自分がどれなのかも分からないよ」


冷たい表情を変える事無く、俺は佐々路を嘲笑った。この女が何を知りたいのか分からないけど、もし今の俺と一之瀬の事だったらこの女には関係がない。


「そっか。でも、あたしにも関係してる。だって夏蓮はあたしの親友だから」


「だったら一之瀬に聞けば良いだろ」


「夏蓮は何も教えてくれなかった……。だから小枝樹に聞いてるの」


「それだったらさっき俺が言った言葉が適応される。佐々路には関係ない」


完全に論破される佐々路を俺は何も感じずに見続ける。そう、何も感じないんだ。俺は他者を拒絶すれば何も感じない冷徹な人間。なのに、何で一之瀬だけ……。


「なら、言わせてもらうけど、夏蓮は小枝樹と関わるようになってから変わった。表面上だけだった優しさがなくなって、他人に優しくなった。友達の作り方も分からなかった夏蓮が、今じゃ本当に慕っている人が増えた。全部、小枝樹と関わってからなんだよ」


「その内容は論点がずれてる。俺は感情に訴えかけられたとしても、自分の意見は変えない。俺はそんなに優しい人間じゃないから」


そうだ。俺はこんな人間だったじゃないか。誰かに優しくしても、誰かを助けても、俺にはなにも無い。本当に冷たい人間なんだな俺は……。


「……わかった。もうこれ以上詮索するのはやめるよ。という事で、携帯の番号を交換しよう小枝樹」


テンションの切り替えが早すぎて、俺はついていけず口をあんぐりと開いて、アホのような表情をしてしまっていた。


「はいはい、何アホ面してんの。さっさと携帯出す」


俺は言われるがままポケットから携帯を取り出す。そして


「よし、これで小枝樹の連絡先ゲット。アンタの携帯にもあたしの番号入れといたから」


あまりにも不自然な佐々路の態度。何か意図があるのか、それとも何も考えていないのか、俺は少し佐々路の言動を勘ぐってしまっていた。


「んじゃ、あたしはこっちだから。また明日ね」


「おい佐々路」


俺の言葉で振り返る佐々路。


「なんつーか、その……。本性とかってさ、きっと自分じゃ全然分からないのに、案外他人が分かってる時とかってあると思うんだ。だから━━」


「アンタ何が言いたいの?」


「いや、俺にもよくわかんねーけど。その、佐々路が思ってるよりも、お前の事考えてる奴は近くにいると思う」


何で俺はこんな事を言っているんだろう。自分でも全く分からない。だけど、今の佐々路には言っておきたくて、俺は口を開く。


「お前が一之瀬の事考えてるのは本当に伝わった。親友って大切な存在なんだって、本当に実感できた。だから佐々路は一之瀬の━━」


「わかったような事言わないでよっ!!」


街中に響き渡る佐々路の声。震えていた、声も身体も。だがその震えは一瞬で、ずっと視界に入れていなきゃ分からないくらいの刹那だった。


「さっき小枝樹は言ったよね「お前に俺を理解できるとは思えない」って、だからあたしも同じ事言う」


力強く、自分の思いを吐露する佐々路は、一瞬間を置いて悲しいげな表情を俺に見せつけながら


「小枝樹には、あたしの事なんか何も分からないんだよ」


いつも元気で、色々な奴等と楽しく笑っている佐々路。俺はそんな佐々路が羨ましかった。誰にでも笑顔でいれて、皆の心を癒すことが出来て、俺が見ていた佐々路は笑顔が可愛い女の子。


誰彼無しにお節介で、余計な事ばっかしてきて、それでも憎めなくて……。


そんな彼女の一筋の涙を俺は見てしまった。







 佐々路はいなくなり、俺はその場で立ち尽くしていた。自分の考えの浅はかさと、佐々路を理解して上げられなかった後悔が混ざったグチャグチャな感情が俺の中で暴れている。


雑踏の賑やかな音、楽しそうに笑っている人々。きっと何も考えないで、いつもみたいに一人で帰っていれば、俺も周りを歩いている奴等同様に笑えていたのかもしれない。


何もかもが遅すぎて、俺はまた誰かを傷付けて……。一之瀬とあの場所で出会ってから、他人の事ばっか考えているような気がする。


どうにかしたい、あの涙を俺はどうにかしたい。苦しい思いなんかしなくて良いんだ。こんな時、一之瀬が俺の隣にいてくれたら、なんて言うんだろう。


きっと「なに楓を、私の親友を泣かせるような事をしているの」って怒ってくるんだろうな。「確かに貴方が言っている事も間違いではないわ。でもね、今の場面で言う言葉じゃないわ」とか、そんな風に言われるんだろうな。


俺の頭の中では一之瀬があの場所で、B棟三階右端の教室で怒っている姿があって、そんな光景が今じゃもう懐かしいとさえ思える。


なんで、どうして。お前は今の、こんなにも弱ってしまった俺の隣にいないんだよ……。俺はお前が必要だって言ったよな……。なのに、なんで……。


俺の心は限界寸前で、そんな俺の胸にあった言葉を俺は無意識に口に出してしまった。


「……一之瀬」


どんなに後悔してもあの日、菊冬とデートした日には戻らなくて、菊冬と一之瀬が言い合った日には戻らなくて、一之瀬と菊冬から俺が逃げたあの日には戻らなくて……。


だからこそ、菊冬も一之瀬も傷付けた俺が今、ここに存在していて、苦しんでいる。それが現実で、何かをしようとしても、誰かを助けたくても俺にはもうそんな事は出来ない。


昔、雪菜を助けたときのヒーローのたっくんはもういない。


弱々しい自分を嫌いになる事しか出来ない凡人。一年前のあの場所で凡人になりたいって思っていたのに、今は凡人でいる自分が憎くてしょうがなかった……。


そして俺はもう一度呟いた。


「……一之瀬」













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