7 後編 (拓真)
「はぁ……、はぁ……、はぁ……」
夕方に近づいていく時間。太陽はその熱を少しずつ弱めていき、青く染まっていた空が橙色になりゆっくりと夜の帳が迫ってくる。
運動部でもないのに俺は息を切らしながらポタポタと汗を流している。何故このような事になってしまったのだろう。
俺は自分が仕出かしてしまった現実を後悔していた。
「なぁ小枝樹……。本当に俺の才能があるものの手がかりって見つかるのか……?」
一人の男子生徒が俺に言う。身長は俺と殆ど変わらず平均、髪の毛は短髪で普通の高校生のように見えた。特徴が無いのが特徴のこの人物を、初め俺は俺と同類の凡人なのかと思った。
だが、それは俺の浅はか過ぎる想像でしかなかった。
「おい崎本。お前は俺に言ったよな『俺って普通』って。けどこの数日間、お前の才能があるものの手がかりを探すのに色々な部活を回って思ったよ……」
俺は目の前にいる男子生徒、崎本隆治に向って言い放つ。
「お前は普通じゃない……、お前は普通以下だっ!!!!」
えぇ、ビックリするぐらい崎本は普通以下でしたよ。勉強は駄目、運動は並、見た目だって普通くらいで何もない。
色々な部活に迷惑をかけるだけかけて、挙句の果てには俺が他生徒に怒られる。確かに俺はこいつの依頼を受けたよ。
何とかしてあげたいと思ったよ。だけど、こんなにも何も出来ないんじゃ手がかりどころか、完全に詰んだ状態からのスタートだったよ。
俺はどこで目測を誤った、つか何で俺がこんなにも汗を流し疲れ果てているのにコイツは息一つ乱してない。本当にコイツは手がかりを探す気があるのか。
いや、探すと言い出したのは俺だ……。いつもなら上手くいっていたのに、何でこんなに上手くいかないんだ。
「……やっぱり俺って普通以下なのか。普通にもなれない駄目人間だったんだな……。ははは、あははははは……」
虚ろな目で遠くを見ながら言うのはやめろおおおおおおおおおっ!!やばいやばい、俺が諦めたらコイツも絶対に諦める。俺がどうにかしなければ、俺がどうにかしなければ。その時
「あれ?小枝樹せんぱいじゃないですか。こんな所で何してるんですか?」
俺と崎本の前に現れる一人の女子生徒。身長は小さくちんまりしている感じで、スポーティーな短い髪は元気な女の子をそのまま体現していた。
小さい身長な割りに出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる体躯。美少女と言ってしまったらお世辞になるので俺は言わない。
「細川、良いところに来た」
細川キリカ。うちの学校の一年生で廃部になりかけているバスケ部のマネージャーだ。廃部になりかけているというのは、今のバスケ部は部員が足りていない、普通ならその時点で廃部になるシステムなのだが、部員を探す猶予をもらったバスケ部は二学期初めまでは活動を許されている。
この件は俺も関わっていて、俺が初めて受けた依頼だ。そんな一件があり、俺はこの後輩と仲良くさせてもらっている。
春先に出会ったこの後輩を一言で言うのなら、バカだ。
「はいタッチ」
俺は何も知らない細川の肩へタッチした。
「えっ!?タッチって、えっ!?なんですか!?えっ、鬼ごっこ!?」
何で鬼ごっこという発想が浮かぶかな。まぁ小学生の時は確かによくやってたけど……、そしていきなりタッチされたら、もしかしたら俺も鬼ごっこと間違っていたかもしれない……。
「すまん細川……、これは鬼ごっこじゃないんだ……。本当に、すまん……」
「え、いや、何で急に落ち込んでいるんですか?というか今のこの状況はなんなんですか?」
慌てふためく細川。俺はもう何だか自分が情けなくて、もう、何だかもう……。
「つか、この可愛い後輩ちゃんは誰なんだよ、小枝樹」
はははははははは、本物のバカは細川じゃなくて崎本くんだったのをすっかり忘れていましたよ。
「おぉ、小枝樹せんぱい。このあたしを可愛いと褒め称えているこのせんぱいはいったい誰ですか」
………………。
どいつもコイツもバカばっかだなああああああああああああっ!!なんか真剣に考えてる俺がコイツ等よりもバカに思えてきた。
全てが面倒くさくなってしまった俺は、崎本に細川を紹介し、細川に崎本を紹介し、そして今俺が陥っている状況を細川に説明した。
「ふむふむ。なら、また依頼を頼まれたんですね。なのに、何で一之瀬せんぱいはいないんですか?」
辺りをキョロキョロと見渡し一之瀬を探す細川。
「いや、その。今回の件、一之瀬は知らないんだ。俺が一人で請け負った依頼なんだよ」
「どうして一之瀬せんぱいは知らないんですか?」
「それは……」
俺は細川に今の俺と一之瀬の状況を話すか迷った。菊冬の事を隠したまま話しても、きっと伝わらない。だけど、全てを話しても何も変わらない。
細川の質問を俺は有耶無耶にしようとした。だけど
「まぁ、それは今はいいでしょう。えっと崎本せんぱいの『才能があるものの手がかりを探す』が今回の依頼でしたよね?」
気遣ってくれたのか、それとも本当に今はいいと思ったのか、細川の真意を俺には分からなかったが、今は救われた。
「それでここ数日間で回った部活が、テニス部に陸上部、演劇部に料理部、オカルト研究部に文芸部。あとは、何でしたっけ?」
細川の言った部活に俺は補足する。
「バドミントン部、弓道部、剣道部、多分このくらいだったと思う」
「どうして運動部は王道の野球とサッカーを抜かしたんですか?」
「なるべく個人で出来るスポーツを選んだ。野球やサッカーは人数が多いスポーツだから、短時間で才能があるのか無いのかを見極めるのには向かない。つっても運動系は一月くらいやらせないと本当は分からないんだけどな」
俺は苦笑しながら細川に言う。そんな俺の言葉を聞いた細川は腕を胸の前で組み「んー」と唸りながら何かを考え始めた。
真剣な表情の細川を見るのは二回目だ。初めては俺と一之瀬に依頼をしに来た時、泣きながら助けを求めてきた時だ。それが今じゃ逆の立場になっていて、俺が細川に助力を求める形になっている。
「ならバスケ部に来てみませんか?多分、翔悟くんに言えば歓迎してくれると思いますよ」
バスケ部か……。個人競技じゃないバスケやバレーも除外していたとはもう言えないな。それに
「もしかしてあわよくば崎本を入部させようとかいやらしい考えをしてるんじゃないか」
「な、な、な、何を言ってるんですか小枝樹せんぱいっ!!私は好意で言ってるんですよ、そんな取り敢えず崎本せんぱいを連れてってワイワイ楽しんだ後、入部届けにサインさせようなんて一切考えてませんっ!!」
全部言っちゃってるよこの後輩は……。何でこんなにバカばっかなんだ。もう本当に嫌になっちゃうよ……。
慌てるように細川は手を振る。俺はそんな細川を何も言わずに観察する事にした。すると一分経たないうちに
「……ごめんなさい。あわよくば入部させようと少し思いました」
「まぁまぁ小枝樹いいじゃん。結局、入部するかしないかは俺が決める事だし、キリカちゃんは何も悪くないよ」
落ち込んでしまった細川を見かねたのか、崎本は細川を庇うような発言をする。だけど、俺が一番気になるのは崎本が細川を「キリカちゃん」と呼んだ事だった。
何故、会ってからまだ数十分しか経っていないのにそんなに馴れ馴れしく出来るんだ。理解しがたい言動だ。
「有難うございます、崎本せんぱい……」
「大丈夫だよ、悪いのは小枝樹でキリカちゃんじゃないから」
涙目で俺を言う細川に、何かよく分からないが崎本は少し格好をつけ俺を悪者に仕立て上げた。今俺が二人に対して抱いている感情はこうだった
なんか、コイツ等むかつく。
なので、反撃を開始したいと思います。作戦名『羞恥と悲しみの狭間』
「はいはい、分かったよ。俺が悪者でいいよ。なら今日はもう時間も無いし、明日の放課後にバスケ部に行くと言う事で。あと気になった事があるんだけどさ、細川はいつから翔悟の事を名前で呼ぶようになったんだ?」
「えっ!?い、いや最初から呼んでたと思いますよー」
「なに言ってんだよ。俺が初めて細川に会った時は翔悟の事を「門倉せんぱい」って呼んでたぞ。でも今は「翔悟くん」になっている。先輩という言葉すら飛び越えて、くん呼びになっている。これは何だか怪しいですねー」
第一フェイズ、それは細川の安易な発言を軸に、現在の翔悟との関係性を問うもの。これにより、細川に羞恥心が生まれると俺は予想した。案の定、見る見るうちに顔が赤くなっていく。
「ど、どういう事だよ小枝樹……」
そのまま第二フェイズに移行され崎本に不安がよぎる。思春期真っ只中の男、崎本 隆治はもてたいと思う普通の男子高校生だ。そんな崎本は、先ほど細川を庇った際少し格好をつけるという行動に出た。それは細川へ好印象を残そうという考えたからきたもの。
だとすれば翔悟と細川が深い関係なのかもしれないと思わせるニュアンスの言葉を使えば、崎本は当然俺に質問をしてくるであろうと俺は予測した。そこで俺はすかさずこう言う。
「いや、俺も前々から思ってたんだけどさ、もしかして細川と翔悟って本当に付き合ってんの?」
俺の言葉を聞いた崎本は愕然としている。だがそんな崎本をよそに細川は
「な、な、な、何言ってるんですかっ////あ、あたしと翔悟くんが付き合うなんて、ど、どうしたらそんな発想が出てくるんですかっ////」
第三フェイズはただ待つだけ。時間が来れば作戦は全て完遂される。俺の完璧なまでの作戦に穴などない。
「というか、翔悟くんって呼び出したのは確かに最近ですけど……、他意はないんです、そ、その、翔悟くんがす、好きとかそう言うんじゃないんですっ!!」
細川の言葉を右から左に流し、俺は崎本の様子を見た。俺が見た崎本は、愕然とし俯きながら何か呪文を唱えている。耳をすまして聞いてみると
「キリカちゃんには彼氏がいる……、彼氏……、彼氏……」
コイツこえーよ。本気で病んでる人だよ。まぁでもここまでくれば後は、5、4、3、2、1……
「もう、絶対にバスケ部なんか行かないんだからねえええええええええっ!!」
そう言い崎本は泣きながら走り去っていく。その姿は漫画で描かれるような片腕を目元に押さえつけ走り去る描写そのものだった。
俺の戦いは終わった……。復讐の先には何も残らないというが、本当にこんなにも虚しいものなんだな……。ふっ
『羞恥と悲しみの狭間』 完。
「変な誤解をしたまま走り去るのはやめてくださいよ、崎本せんぱああああああああああいっ!!」
響きわたる細川の声。だがその声が崎本に届くことは無かった。
「もう、どうしてくれるんですか小枝樹せんぱいっ!!」
「悪い悪い、少しからかい過ぎた。アイツは俺がどうにかして明日連れてくから、翔悟には伝えておいてくれ」
俺は笑いながら言う。冗談だと細川も分かっている見たいで、本気にしたのは崎本だけかもしれない。
「んじゃ、また明日な」
そう言い俺は帰ろうとした。だが
「あの小枝樹せんぱい。さっきあたしが言ってた事、翔悟くんには内緒にしておいてもらっていいですか……?」
「心配すんなよ。俺が言う必要が無いものは言わない。つかさっき言ってた事が嘘でも、態度でバレバレだから、伝えたいなら自分で言えよー」
俺はそれだけ言うと振り向かずそのまま帰っていった。
次の日。
放課後を向える前に俺の心は壊れてしまいそうだった。
菊冬の件があって以来、一之瀬との間には溝が出来ている。それでも、朝登校して教室で顔を合わせた時に俺が挨拶をすれば、素っ気無くても必ず返事が返ってきていた。
なのに今日の朝は違っていた。俺が挨拶をして一之瀬は俺の方へ振り向く、いつもなら少し冷たい表情を浮かべながら「おはよう」と言ってくるのに、その時の一之瀬の表情は驚きと悲しみが混ざったような顔だった。
俺の事を数秒見た後に、一之瀬は何も言わずに俺の前から逃げるように教室を出た。そんな一之瀬の後姿を見ながら俺は後悔していた。
なんで俺は余計な事をしたんだ……。菊冬だけじゃない、一之瀬にも迷惑をかけて……。
だけど俺はあの時「悪者」になる事を決意していた。後悔なんか出来る立場じゃないんだ……。
放課後の昇降口、崎本を待っている俺は今日一日一之瀬の事だけを考えている。今、この瞬間も。だけど今の俺には崎本の依頼がある。それに集中しなきゃいけない。
「悪い小枝樹、待ったか?」
「あぁ、崎本」
「ん?なんか顔色悪いぞ?」
切り替えろ、切り替えるんだよ俺。今は目の前の事に集中しろ。
「大丈夫だ。それにしてもよく逃げずに来たな崎本」
「待ってくれ……、本当にバスケ部に行くのか……?」
「お前がどんなに嫌がっても俺は連れてくぞ。なんならロープで縛っていくか」
俺は鞄の中から極太ロープを取り出し、それを崎本の目の前でピンッと突っ張らせて見せた。それはもう、とてもとても悪い顔で。
「い、行きますから、それだけは勘弁してください……」
涙を流しながらロープを拒絶する崎本を連れ、俺はバスケ部が練習している体育館へ向った。
ガラガラガラ
体育館の扉を俺は開ける。開けた瞬間に体育館の独特な匂いが俺の鼻は刺激した。バスケ部以外にも他の部活が練習をしていて、大きな掛け声とシューズが床を擦るキュッキュッという音が聞こえる。
そんな体育館の奥の方で練習をしている翔悟の姿が見えた。
門倉翔悟。身長180を超えるデカ物で、体格もいい。短くて黒い髪はいかにもスポーツマンだと強調していて、それでも暑苦しくない性格。爽やかスポーツマンとはきっと翔悟の為の言葉であろう。
こういう風に言うと少し気恥ずかしいが、翔悟は俺の親友だ。
俺と崎本は体育館に入り、翔悟達のもとへと向う。
「あ、翔悟くん。小枝樹せんぱい達来たよ」
ちんまり細川が俺と崎本に気がつき、翔悟と他の部員は練習を一時中断した。
「よお拓真、キリカから話は聞いてる。そいつが依頼者の崎本か」
そう言うと翔悟は崎本の前まで来て、右手を出し
「はじめまして、俺は門倉翔悟だ。何度か拓真のクラスに遊びに行ってるから互いに見た事はある感じだな」
爽やかな笑顔で翔悟は自己紹介をした。それに対して崎本がとった行動は
「……参りましたっ!!」
土下座だった。とても綺麗な土下座だ、俺はこんなにも美しい土下座を見たのは初めてだ。何故だ、何故負けを認めている崎本から神々しい光が見えるんだ。
感極まった俺は鞄からある物を取り出して、今にも泣き出してしまいそうな顔で崎本に近づいた。
「……崎本、お前」
「いいんだ小枝樹。これは完全に俺の負け━━」
「さっさとその意味わかんない土下座をやめないと……、これ以上は言わなくても分かるよな」
俺は昇降口で出した極太ロープをもう一度出し、崎本の前でそのロープをピンッと突っ張らした。それはもう、表情と感情が噛み合わない笑顔で。
完全に怖がってしまっている崎本、つか何で翔悟の後ろに細川が隠れるんだ。そんなに怖くないだろ。
「おい拓真。今のお前、結構怖いぞ」
あれ?おかしいな。何かバスケ部以外の人達も何でだか俺を見て怖がっているな。さっきまで元気な掛け声が聞こえていたのに、なんだこの静けさは。
完全に俺のせいですね。うん、もうどうしようこの空気。
「ゴホンッ、取り敢えず崎本は他の部員達と練習してろ。俺は翔悟と話しがあるから」
「そ、そうだな。取り敢えず皆は崎本と一緒に練習しててくれ。あと、キリカはコーチを頼む。今日のメニューはこれだから」
流石俺の親友だ。俺に合わせて止まった時間を動かしてくれた。
翔悟の言葉を皮切りに、皆は練習に入っていった。
翔悟に話しがあると言って俺は翔悟をここにいさせている。それでも俺は練習が始まってから一言も話してはいなかった。
何度か翔悟に「話しってなんだよ」と言われたが、俺はその度「取り敢えず崎本をを見てろ」それだけ言って黙った。
そして練習が始まって数十分後、俺は口を開く。
「翔悟は崎本をどう思う」
「どう思うって何がだよ」
「バスケの才能が有るか無いかだよ」
俺の予想が正しいなら、翔悟きっと俺が今思っている事と同じ事を言う。
「あー、うん。まぁ、今日しか見てないからあまり言いたくないが、才能は無いと思う」
やっぱりな。今までの部活の奴等にも聞いてきた質問。皆口を揃えて「才能は無い」と言っていた。どうにかして『才能がある物の手がかり』を見つけてやりたかったけど、これ以上やっても無意味だ。
翔悟の言葉でハッキリと分かった。アイツには、崎本には何に対しても才能は無い。どう足掻いてもこれ以上は無理だ。
「なぁ拓真、どうして一之瀬に相談しないんだ。一之瀬に相談したら今回の依頼も━━」
「これは俺が一人で請け負った依頼だ。一之瀬は関係ない」
俺は翔悟を睨みながら言った。何も翔悟は悪くないのに、俺は自分の無力さで抱いている怒りを翔悟に向けるしかなかった。
「どうしたんだよ拓真。一之瀬と何があったんだよ」
どんなに強く睨んでも、どんなに強く拒絶してもコイツは、翔悟はそんな壁をものともせずに、優しく俺を支えてくれる奴だった。だけど俺は
「……わるい。今は言いたくない」
最低だ、人の優しさを簡単に踏み躙る最低な奴だ。そんな俺に翔悟は
「わかったよ、拓真が言いたくないならそれでいい。だけど、あんま一人で抱え込むなよ。本気で辛くなったら俺をちゃんと頼ってくれよ」
笑顔を見せる翔悟に俺は何も言い返せなかった……。
帰り道。
俺は崎本と一緒に帰宅していた。何も出来なかった事を後悔しながら、重い足を動かしていた。
俺の中で今回の依頼はもう、どうしようも出来ないと決定付けてしまっている。それをどう崎本に言えばいいのか、俺は悩んでいた。
「悪いな小枝樹。今日もなんの成果も無くて。やっぱり俺には才能なんかないのかなー、いっその事このまま普通を受け入れるのも悪くないかもしれない」
諦めるなと檄を飛ばしてやりたい。だけど今の俺にそんな言葉を言う資格なんか無い。だって崎本よりも先に俺が諦めたから……。
コイツよりよっぽど俺の方が普通以下だ……。
「なぁ小枝樹。お前は神様って信じるか?」
不意に言われる意味深長な言葉。俺は何も言い返せなかった。だけど崎本はその話を続ける。
「俺は信じてるんだよね。神様ってさ全ての人に平等だって言うじゃん?それが本当に信じられるんだ」
「何言ってんだよ。平等だったらお前にも才能があっていいはずだろ」
感情的になりそうだった。だって、崎本が言っている事とやっている事は矛盾してて、俺には全く理解が出来なかった。
「確かにあってもいいかもね。それでも、俺には友達がいる。友達がいなくて苦しくて寂しくて辛い思いをしている奴もいる。だけどそいつ等にはきっと、俺に無い才能があるんだ。それって平等だろ」
崎本は笑った。今、一番辛いのは崎本のはずなのに、コイツは本気で心から笑ってる。どうして、どうしてそんな笑顔になれるんだよ……。
「数日間、小枝樹に頼って俺の『才能がある物の手がかり』を探して嬉しくなったんだ。俺に才能は無いけど、こんなにも俺の事で本気で悩んで本気でどうにかしようとしてくれてる、友達がいるんだって」
友達……。コイツもこんな俺を友達だって言ってくれる。何で、何でだよ……。
「俺は崎本を苦しめたんだぞ、良いような言葉を使って崎本に期待させて、俺はお前を苦しめたんだぞ……」
「何言ってんの小枝樹。色々な部活まわって俺に才能が無いって分かった時毎回苦しんでたのは、俺より小枝樹だろ。俺はさ、途中からそんな小枝樹を見てる方が辛かったよ。それに━━」
崎本は一瞬間をあけた
「期待せずに頼れって言ったのは小枝樹で、俺はそんな友達の小枝樹に甘えただけだ」
「……崎本」
「だからさ、そんな顔すんなよ。これからも俺は普通を愛する戦士隆治として生きてく事に決めたからさっ!」
俺が救いたいと思った奴は、本当は自分の答えを知っていて、それでも諦めたくなくてB棟三階右端の教室の噂を聞きやってきた。
そんな奴をに俺は優しくしてもらって、どうにかしたいと思って、それでも結局上手くいかなくて……。なのに何でだろう、コイツといると自然に笑顔になる。
自然に笑顔……。
「おい崎本。お前の才能見つけたぞ」
「マジでっ!?なになにっ!?」
「お前は苦しいと思っている人間に笑顔を分け与えれる才能があるかもしれない」
きっとそんな分類のものなんかない。あくまで個人が感じる感覚で、誰かに評価されるものじゃない。それでも俺はそれがコイツの、崎本の才能だと信じたかったんだ。
「おい小枝樹……。その才能ってかなりいい感じじゃないかっ!?」
「あんまり調子に乗るなよ」
俺は今日三回目のロープを出した。
私は後悔をしていた。雪菜さんから聞いた小枝樹くんの真実で。
何もかも自分のいけないのだと、今の私は思っている。どうしようもなかった、自分の感情を小枝樹くんの前では抑えられなかった。
何で、どうして。私はそんな人間じゃない。もっと冷酷で、他人を道具のように扱って捨てて……。心なんか一之瀬財閥の当主にはいらない。なのになんで、こんなに苦しいの……。
「……小枝樹くん」
どうも、さかなです。
第七章がやっと書き終わりました。
今回初めて、夏蓮サイドを書いてみましたがいかがだったでしょうか。
本当の全て拓真目線での物語を予定していたのですが、夏蓮目線を入れる事で更に面白くなるんじゃないかという浅はかな思いで書いてしまいました。
きっと夏蓮の心境が分かれば、色々楽しい展開を期待できるかと思ったのです。
そんな所で、今回も『天才少女と凡人な俺。』を読んで頂き有難う御座いました。
次章も読んで頂けたら幸いです。
でわ、さかなでした。