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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第一部 一学期 春ノ始マリ
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1 後編 (拓真)

  

 

 

 それから一年過ぎ、今という現在を生きる俺はというと。


「あの場所に行けって言ったのはアン子だろ? それで俺は少しは変われたつもりだ。アン子には感謝もしてる。なのにあの時の約束を破るなんて今更だろ!」


 今までの俺とは違い真剣に抗議していた。それほどあの場所に誰かが立ち入るのが嫌なんだ。雪菜ならまだ良い。だけどアン子の口ぶりからすると絶対に雪菜に貸したわけではない。

 長い付き合いだ。表情、声色、態度。その辺の感じでなんとなくだが分かる。アン子が俺の考えていたことが分かってしまうように。


 つーか今更だが、職員室にアン子と俺以外がいないのは俺が如月先生をアン子って簡単に呼べるようにだったのかも知れない。なんという意味の無い心遣い。

 それでもアン子は俺が欲しい言葉を言ってはくれなかった。


「あの時の約束ね……。まず、約束した覚えはない。私が言ったのは『今の所あんた以外に貸すつもりはない』だ」


 真剣に抗議している俺の姿に当てられたのか、アン子は冗談という性質を捨て睨みつける様に過去の言葉を繰り返した。

 俺はその瞳が本気で言っているのだと理解する。アン子の言葉で何も言い返せなくなってしまった。


 だってそうだろ。俺が記憶を自分の良いように改ざんしていただけなのだから……。

 それでも……


「それでも。駄目なんだ……。あの場所は……」


「あーもうめんどくせぇなー」


 アン子がイラつきながら髪の毛を無造作に掻きはじめた。言葉でも態度でも本当にイライラしているのが分かる。だけど俺は何でアン子がそんな態度をとっているのか全然分からなかった。

 鳩が豆鉄砲を撃たれたかのようになってしまっている俺にアン子は続けた


「あの時、私は拓真が変わってもらえればって思ったの。でもあんたは一年経っても殆ど変わらない。つか変わるどころか変に吹っ切れてる。だからあんたが変われるかもしれない奴に鍵を渡した。てか、鍵を要求してきたのはそいつからだからね」


 めんどくさそうに言うアン子。俺の事を思ってした事だったんだ。でもまて、要求したのはそいつから? アン子が意図的にそいつに渡したわけじゃない。偶然にもそいつがアン子に要求したからこそ起こった出来事。

 あの教室に出入りしているのは俺とアン子だけだ。でもそいつはアン子ではなく、教室の鍵を要求した。ならそいつは俺に用件があるのではないか?


「なぁアン子。アン子は俺がそいつに会ったら本気で変われるって思ってるのか」


 俺の声色は淡々としていた。冷静に、何の感情も無く、ただただアン子の真意を確認したかった。


「あぁ。もしかしたらあいつなら拓真を変えられるのかもしれない。そう思ったのは事実だ」


 睨んでいた表情が一変し、今のアン子は悲しみに囚われてしまったように眉間に皺を寄せている。

 俺は少し、そんなアン子を見たくないと思ってしまった。だから


「そっかそっか。アン子はそんな事まで考えてくれてたのか。ならアン子から、いやこの俺からあの場所の鍵を奪った張本人を特定して、つか行けば会えるんだよな……。まぁとにかく俺はそいつから鍵を奪い返す」


 シリアスモードから移行し、いつものふざけた俺に戻る。今の俺はこっちの方が楽ですな。

 いきなり明るくなった俺に虚を衝かれたのかアン子は目を見開いて俺を見ていた。


「なにアホ面してんだよ」


 そう言い笑いながら俺は職員室から出ようとした。

 扉を開け、鞄を肩に掛けて、何事も無かったかのように俺は振舞った。だが


「おい拓真! お前は……」


 デスクの椅子から勢いよく立ち上がるアン子は俺に何かを言おうとして躊躇した。だから俺はこう答えた。


「なぁアン子。俺は変わったよ。だからもう昔の事は忘れろよ」


 振り向かず、俺は廊下の方へと体を向けながらアン子に言う。きっと何が言いたいのかアン子ならちゃんと分かってくれる筈だ。

 その場で一瞬止まり、アン子が何も言い返して来ないのを確認して、俺は職員室から出て行った。

 

 

 ◆

 

 

 職員室を出た俺はいつものあの場所へと足を急がせていた。


 誰が待っているのかは分からない。何故、あの場所の鍵をアン子から受け取ったのかも分からない。それでも俺は確かめなくてはならない。俺に用件のある人物を。

 もしかしたら俺は何か期待しているのかもしれない。だってそうだろ、完全に俺個人に用件がある人物だぞ。それがもし女子なら告白とかあるかもしれないじゃないか。


 なんとなく浮き足立っているのがわかる。でも待て。相手が女子ならそういう結果が万に一でもある。でももし俺に用件があるのが男子なら、俺は二秒で殺害決定だ。

 待て待て。今の俺は少しばかり動揺しているのか。アン子と話しをして何だか感情の部分が安定しない。これが情緒不安定というものなのですか。いや違うか。

 言いたい事は山ほどある。でも本人を目の前にして俺は言葉を紡ぐ事が出来るのであろうか。


 一歩、また一歩とあの場所に近づけば近づくほど不安が俺の脳裏に姿を現す。鼓動は早くなり、それと反比例するかのように俺の足は重くなる。

 あの場所に行きたいのに、行きたくない。結局俺はA棟とB棟の間の渡り廊下で足を止めてしまった。


 行ってどうなる。会ってどうなる。あの場所がなくなったとしても一年前の俺に戻るだけだ。

 皮肉で後ろ向きな俺の思考が今の俺に囁いてくる。

 何も失わない。いや失うのはあの場所だけだ。俺は変わった、前の俺とは違う。あの場所が無くても……、俺は生きていける……。


 色々な思考が巡り、嫌な部分の俺が俺に語りかけ、それで俺の答えはまとまった。

 立ち止まってしまったいた俺は走り出していた。

 誰に何を言われようと、自分の嫌な考えが俺を否定しようと、俺にはあの場所が必要なんだ!!

 

 

 ◆

 

 

 ガラガラッ


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 無我夢中で走った俺は何も考えずにあの場所の扉を開いていた。

 走って疲れたのかその息を整えるのに少し時間がかかる。でも俺の心臓の鼓動は息が整ってもその脈の速さを変える事無く打ち続けていた。

 どうやっても心臓の鼓動が戻らない事を理解した俺は、その重たく見る事を拒否し続ける瞳を教室の中へと向けた。そこには


 美しく長い黒髪。スタイルは良くモデルか何かと勘違いしてしまう程の曲線美。アン子と話していたせいか、太陽が少し沈み綺麗な夕日に照らされる美しい情景。窓を開けているのかその綺麗な黒髪は風に靡きその少女の儚さを演出していた。

 そんな後ろ姿の少女を見ている俺。誰なのを判別する能力さえ奪われてしまっていた。いやこれは時間が止まってしまったと言っても過言ではないだろう。そのくらい俺はこの彼女に魅せられてしまったのだ。

 だがその彼女が振り向いた瞬間に俺の心は絶望へと変わる。


「やっぱりこの教室へ出入りしてたのは小枝樹君だったのね」


 綺麗で透き通るような声。誰もがこんな女子に話しかけて欲しいと思っているだろう。この声の見た目がこの女じゃなきゃ俺でもそう思っていた。

 言葉を発し、振り向いた彼女に俺は


「何で……。何でお前がここにいるんだよ。一之瀬 夏蓮」


 そう、俺が心を許した場所、癒される場所に俺の大嫌いな一之瀬夏蓮がいたのだ。

 俺は自分の世界を汚させたと思い、憎しみが増大していく。


 きっと今の俺は敵意剥き出しのまま一之瀬を睨んでいるだろう。自分でも分かるくらい顔に力が入っている。

 俺の言葉を聞いた瞬間から一之瀬は何も言おうとしない。何でだ? だって俺に用件があったんだろう。つかこの教室に出入りしている生徒が俺だと半分くらいは分かっていた口ぶりだった。


 なのに何で一之瀬は何も話そうとしない。俺が威嚇しすぎたのか? いや、こんな事で尻込むような女じゃないだろう。何かを企んでいる。俺は直感でそう思った。


「何でここいるかって小枝樹君は言ったわね。それはね━━」


 少しの沈黙の後、一之瀬はうっすらと笑みを浮かべながら言い出した。


「あなたと契約する為にいたのよ」


 真剣な表情で、何にも邪な考えが無いかのように、純粋に発せられた言葉。

 だが待て、俺は今の今まで本当に真剣だったんだ。自分の居場所がなくなるんじゃないかって、心地よく心を癒せる場所が他人に取られてしまうんじゃないかって。


 なのに……なのに……。

 この女はあろうことか厨二的発言をしてきましたよ。もう本当に僕はビックリ仰天ですよ。


 何で? 何で? 何でこの学校……いやこの国をあげた天才さんが意味不明な事を言ってらっしゃるのですか。俺が馬鹿すぎるのか?こいつが、一之瀬 夏蓮が天才過ぎるのか?

 あぁ!! もうおお!! 俺が考えすぎてたって言いたいのですか神様あああああああああ!!


 つかそんな脳内ツッコミはどうでもいいよ。今の状況をどうやって打開するかが問題だ。


「ちょっと待て。契約? 一之瀬さんは何を言っているのですか?」


 本当に素晴らしいくらい打開策が見つけられなかった僕がいます。あぁ才能が無い自分が悔しいです。


「契約というのは少し語弊が生じる言い方だったわね」


 俺の言葉に返してきた一之瀬は一度間を取り「ごほんっ」と咳払いをしてから


「私には貴方小枝樹さえき 拓真たくまが必要なのよ」


 ………。


 この女全然分かってねえええええ!! 確かにマジレスした俺も悪かったよ。だって何も思いつかなかったんだもん!! それでもあんたはマジレスにマジレスで返しますかああああ!!

 もうお手上げです。煮るなり焼くなり好きにしてくださいよ……。

 それでも俺はこの茶番に付き合わなければいけないわけで


「あの一之瀬 夏蓮が俺みたいな奴を必要? 冗談にしては笑えな過ぎるよ」


 こうなったら俺も真面目に会話をしよう。それが今一番大事な事だ。


「クラスでも人気で……いや、この学校で人気かな。一之瀬は天才で何をやってもこなしてしまう。誰もが憧れる素敵な人間だろう?そんな何もかも持っている天才さんが俺みたいな凡人捉まえて何の冗談ですか。もしかして女子の間とかで流行ってるの?」


 真面目に答えようとするとどうしても私的な感情が出てきてしまう。嫌味を含んだ物言い。自分でも嫌悪してしまうくらい最低な言い方だ。


 そんな俺を表情一つ変えずに見ている一之瀬。冷静なその瞳を直視しきれない俺がいる。目線を逸らし窓の外に輝く夕日を見ていた。

 またも沈黙だ訪れる。つか何か言えよ。俺が嫌味言ってるんだぞ。さっさと俺をけなして見下し軽蔑しろよ。それの方がこの沈黙よりいくらかマシだ……。


「女子の間で流行っているものではないわ」


 一之瀬の声が教室内に響く。俺はその声が聞こえた事で目線を夕日から一之瀬に戻すことが出来た。


 だが俺が目線を戻した時には冷静で表情一つ変えない一之瀬ではなく、俯き自分の右手で左腕の二の腕を掴み悲しい表情をしている一之瀬だった。

 そんな一之瀬を見たのが初めてだった俺は、あまりにも普段とは違いすぎて何を言っていいのか、どうすればいいのか分からなくなっていた。それでも一之瀬は


「これは私個人の問題なの。貴方をおとしめようとか、からかおうとかそんな気持ちは一切無いわ」


 悲しみが帯びた表情から一変、一之瀬は強い瞳で俺は見て言った。その瞳で一之瀬が本気で何かを伝えようとしているものだと、鈍感な俺でも気がついた。

 彼女は……一之瀬は一大決心をして俺に会いに来たんだ。言葉にも声にも表情にも一切の曇りが無い。やっぱり天才は違うな……。


 妬ましい気持ちと同時に自分にはやはり何も無いのだと実感してしまった。

 純粋な表情の一之瀬、それと相反するかのように嫉妬をしている俺。だからこそ俺は


「それで、その契約っていうのはいったい何なんだ?」


 その真実を知りたいと思った。

 俺みたいな凡人に、俺みたいな何も持っていない人間に、全てを持っている何もかもを所有している存在が何を求めているのかを。

 淡々と冷静に俺は質問した。俺の心臓の鼓動は早さを増していく。ドクンッドクンッと自分の鼓動が感じられるほどに。


「私はね小枝樹君」


 俺の方を向いていた一之瀬は話し出したと同時に窓の方へと向きを変えた。そして開いている窓の手すりに両手を置き


「私は、天才である自分が嫌いなの」


 俺に背を向けたまま、一之瀬は言った。その言葉を理解するまでに俺は時間がかかった。

 天才である自分が嫌い? 何を言っているんだこの女は。誰もが欲しがるものだぞ?それが無かっただけでこの世界のどれだけの人達が自分の理想を捨ててきたと思っているんだ、絶望したと思っているんだ。


「私は自分に才能が無いものを探したいの。だから━━」


「ふざけんなよ」


 俺は一之瀬の言葉を遮り怒りが爆発してしまった。


「ふざけんなっ!! 天才な自分が嫌い? それであれか、凡人な俺に一之瀬の才能が無いものを一緒に探せってか!? だったらそんなもん俺じゃなくたって良かっただろ。何もかも持っているのに俺からこの場所まで奪わないでくれよ!!」


歯止めが利かなくなる感情。俺の心が具現化したように言葉に重さがのる。一瞬、誰かに聞こえてしまったのではないかと心配したが、それは大丈夫だった。こんなB棟の端っこで騒いだとしてもほんの僅かなら誰も気にしないだろう。

 今ここにいるのは俺と一之瀬だけ。そして俺はこの一之瀬 夏蓮という女が大嫌いだ。だったらこのまま感情的になりましょう。


「俺は入学当初からお前が大嫌いだったんだ。何もかも持ってる、何をやってもこなせる、成績は学年トップ、見た目だってこの学校で一番なのかもしれない。周りからは期待されて、期待されたらされたでそれに答えるだけの実力がある。だから、だから俺は、天才が大嫌いなんだっ!!!!」


 言い終わり、俺の息は少し上がっている。一之瀬を睨みながら俺は息を整えていた。

 あれ? こんなに感情を露にしたのっていつが最後だっけ?


「妬まれたり恨まれたりしてもしょうがないわよね……。私が言っている事がどんなに我侭な事なのかも重々承知しているわ。だけどどうにかしたいの、私にはもう時間が無いの……。だからお願い、私に力を貸して」


 そう言い真剣な瞳で、強い瞳で俺を見つめてくる一之瀬。

 俺はそんな一之瀬に何も答えられないでいる。俺にはそんな期待が重すぎた。

 鋭く一之瀬を睨んでいた俺は、いつの間にか顔に力を入れる事を忘れていた。


「きっと小枝樹君なら私を変えてくれるって思ったの。天才じゃない、一人の人間に、だから━━」


「何で俺なんだよ」


 一之瀬の言葉を遮り、罪悪感が混ざった声色で、少しの恐怖を抑え込みながら俺は一之瀬に質問を投げかけた。すると一之瀬は


「……なんでだろう。なんとなく小枝樹君は才能に憧れていると思ったから。ううん違う。小枝樹君は私と反対に才能が欲しいと思ってる。だからこの人しかいないって思ったの」


 自分の言葉を遮られた事を全く気にする様子もなく感慨深く言う一之瀬。

 つかここまできて最終的には憶測ですか。話した事はあっても深い間柄じゃ無いのによくそんな憶測立てれますね。やっぱりこいつは天才だ。


「待て待て。俺は別に才能が欲しいなんて微塵も思ってないぞ」


 シリアスモードが一転し俺はいつもの俺に戻る。これだけ馬鹿げた事を言われればシリアスだった気持ちも治まるものですよ。

 普段の俺に戻り、俺は更に一之瀬に言う。


「つか一之瀬が言っている事は憶測に過ぎないだろ? それで今俺が才能を求めていないって言ったんだ、契約なんてものが成立しないのも頭の良い一之瀬なら分かるだろ?」


 一之瀬の意味不明な考えを正すように、俺の意見を何とか肯定させるように、この契約を破棄させるために俺は説得を試みた。

 だが一之瀬の反応は俺が想像していたそれとは全く違っていた。


「本当に才能が欲しくないって思ってるの」


 窓際にいた一之瀬はそう言いながら俺の方へと歩き出し少しずつ距離を詰めてくる。

 後ずさりしてしまっている俺はヘタレなのでしょうか。いや真面目な顔しながら寄られたら誰でも後ずさりするよね。

 そして壁際まで追い込まれてしまった俺に一之瀬は


「私には貴方が才能を欲しているように見えるけど」


 零距離で言うのはやめてもらいたい……。

 さすがに大嫌いだとしても、一之瀬、あんたは美人なんだ。俺みたいな綺麗な女性に耐性がない男は何も出来なくなってしまいますよ。


 そんな邪な考えを浮かべている俺とは相反して、一之瀬の表情は真剣そのものだった。

 あーもう。いい加減な考えはよそう。真面目に話してきている人間に適当な態度はよくない。


「いや、だから俺は才能なんか欲しくないって。俺が欲しいのは今一之瀬が持ってる、この教室の鍵だけだ」


 そうだ。俺は一之瀬という女のせいで本来のやるべき事を忘れていた。俺はこの教室の鍵を奪還しに来たんだ。俺は何でこんな最重要任務を忘れていたんだ。

 こいつとの契約なんてどうでもいい。こいつの願いなんてどうでもいい。俺が欲しいのは才能なんかじゃなくて鍵だ。

 鍵さえ返ってくれば


「そっか。鍵を返して欲しいんだ。でも返してあげないわよ」


 って返してくれないんですか天才さん。


「待て。ここの鍵は俺のものじゃない。何でアン子……如月先生が一之瀬に鍵を貸したか分からないけど、とにかく俺は鍵を返して欲しいだけなんだ」


 何か言い訳にもなってないし、何を言いたいか自分でも良く分からなくなってきてる。そんな俺に一之瀬は


「でも返さない。というか如月先生には私がこの鍵を所有する事を認めてもらったしね」


 認めてもらった………? あの馬鹿アン子め……!! 何で買収された?金か? アン子なら簡単に靡きそうだ……。

 そんな事実を突きつけられてしまったら、俺にはもう何も対応する術が無い。なんだかめんどくさくなってきたし諦めるか。


「ならもういい。俺は鍵を諦める。鍵がなくなったなら俺はこの教室に来れなくなるが、それも良い切っ掛けなんだろうよ」


 俺はそう言い悪戯に鍵をチラつかせる一之瀬に無表情で言う。

 そして俺は目の前にいる一之瀬の手をはたき、そのまま教室から出て行こうとした。すると


「待ってっ!!!!」


 一之瀬の大きな叫びが響き渡る。俺はその声に驚き一之瀬の方へ振り向いた。


「からかったのは悪かったと思ってる。鍵も返す、もし不快だったなら謝る。だから……、だから……、私の力になって」


 こいつの本心が読めない。何を考えている? 情緒不安定なのか? とにかく俺はこいつと関わりたくない。それだけだ


「お願い……。私はもう、天才でいるのが嫌なの………」


 その言葉を聞いた俺の心臓が一瞬『ドキリッ』と大きく動いた。


「天才でいるのが嫌……か」


 教室から出て行こうとしていた俺は一之瀬の方へともう一度振り返り


「わかったよ。俺の負けだ。その契約ってやつをしてやるよ」


 俺の言葉を聞いた一之瀬は俯いていた顔を上げ


「本当……?」


 何で今更聞く。あんたが無理やりにでもしようとした契約だろ。だが俺も何で良いとか言ったんだろ。「天才でいるのが嫌……」一之瀬が言ったこの言葉が俺の脳裏を回り続けていた。


「あぁ。本当だよ。だけど覚えておけ。俺は才能が欲しいわけじゃない。そしてお前の事は大嫌いだ」


 俺が言っている時の一之瀬の目は少し赤くなっているような気がした。だが


「ふふふ。そんな事言って本当は私みたいな天才になりたいくせに」


 いきなり笑顔になった一之瀬は小悪魔みたいに俺を茶化してきた。つか一之瀬ってこんな感じにふざけてみたりする奴だったんだな。


「天才なんかなりたくねーよ。めんどくせぇ」


 俺はいつの間にか一之瀬のペースに合わせてしまっていた。なんでだろう。俺はこいつが大嫌いなのに、今日こんな形で関わる前よりも不快な感じがしなくなっている。

 だけど一之瀬が俺の心を読めるわけでもなく


「本当に? 一年生の時から結構視線感じてたんだけどなぁ」


 あーこいつめんどくせぇ。

 綺麗な夕日が差し込む教室で、天才少女と凡人な俺がいる。


 今日ここで起こった出来事はもしかしたら俺を本当に変えてくれるのかもしれない。大嫌いだったのに、今は前よりこの天才を嫌っていない俺がいた。

 きっとこんな感じに俺の事を簡単にこいつは変えてくれるのかもしれないと、俺は少し期待していた。


 でも期待するのはよそう。期待はするのも、されるのも誰かを傷つけるだけだから。

 一之瀬は何か俺に期待しているみたいだけど、俺には関係ない。俺は俺らしくこのまま高校生活を過ごしていくだけだ。

 でも明日からは少し違う景色が見えるのかもしれないな。









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