7 前編 (拓真)
どうも、さかなです。
今回で第七章が始まります。
どうしてもシリアスで鬱展開になりそうですが、頑張って楽しい話を書きたいと思っていますので宜しくお願いします。
では、第七章をお楽しみ下さい。
俺は後悔していた。自分の不甲斐無さ、無力さ。そんな後悔を、俺は何度も繰り返していた。
変われると思っていた戻れると思っていた。だけどそれは全て夢物語で、俺は再び他人を傷付けた。その涙も拭えず、俺には泣く資格もなくて、本当なら後悔だってする権利なんかない。
どうすればいいと何度も悩み、その度に自分で出した結論を実行した。それでも何も変わらなくて、俺は色々な人を傷付ける。
暖かい朝の空気、俺の気持ちとは正反対に晴れ渡る空。学校に行く途中の道で、今の俺は何をしたらいいのかと考える。
「待ってよおおおお、拓真ああああ」
本当に何故この馬鹿は、俺が真剣に考え事をしている時に限ってアホみたいに登場するんですかね。
「お前が寝坊したのが悪いんだぞ、雪菜」
白林雪菜。俺の幼馴染で結局同じ高校にまで通う羽目になってしまった女の子。
身長は俺よりも低くて少し小柄に見えるが、幼い感じは無く男子高校生の目の保養には最適な基準をしている。少し明るめの茶色に染められた髪、だが不良に見られる訳でもなく健康そうで無邪気な雰囲気を持った女の子だ。
そんな雪菜と幼馴染の俺は本当に苦労しているのですよ。雪菜が幼馴染なだけで学校の男子生徒からは睨まれ、俺と雪菜が付き合っているという噂まで流れ、挙句の果てには俺が雪菜の着替えを覗いた変態にまでされてしまった。
まぁ、見たのは事実なんだけどね。でもあれは不可抗力だ、計画的に覗いたなんて事は絶対にない。だが俺がどんなに弁解しても誰も分かってはくれなかった……。
それでもまぁ、雪菜は俺にとって大切な奴で、こういう風に笑っている雪菜を見ると安心する俺も居るのだ。
「うぅぅぅぅ……、拓真の意地悪ううう」
全然笑ってない……、つかなんか泣いてるし……。本当にこいつはもう……。
「はいはい泣かないの。君がここで泣いていると変な誤解を招く事になるから、これ以上俺の評判を下げないでくださいよ」
そう言い、俺は雪菜の滝のように流れる涙をハンカチで拭いた。
雪菜が俺に追いついたのはもう学校の前だったせいか、俺は他の生徒の視線が気になる。雪菜の涙を拭いながら、俺は回りに目を向けた。
………………。
やはり皆、ヒソヒソと俺を見ながら何か話してるよ。何で俺は雪菜と居るだけでこんなにも精神的に追い詰められてしまうんですか。そういう星の下に生まれてしまったんですかっ!?
俺は一つ溜息を吐き、雪菜の涙を拭いていたハンカチをポケットにしまい、肩を落としトボトボと歩き出す。
「ねぇ拓真。何でそんなに落ち込んでるの?」
本当に無邪気な質問だ。先ほどまで泣いていた人間には到底思えないですよ。そんな雪菜に俺は乾いた笑いを見せ、そのまま校舎へと入っていった。
「ちょ、待ってよ拓真」
俺は何も考える事無く教室へ辿り着く。だけどいつまでも落ち込んではいられない、俺は少し気合を入れ教室内へと入っていく。
「おはよう」
クラスの連中に挨拶をした。そんな俺に真っ先に絡んでくるのはイケメン王子様で
「おはよう小枝樹くん、それに白林さんもおはよう」
「おはようー神沢くん」
神沢からの挨拶を返す雪菜。いつもと変わらない光景、普段どおりの朝の光景だ。
「おはよう一之瀬」
普段どおり挨拶を俺はする。だが、振り向いた一之瀬は俺の顔を見て、一瞬の間を置いた後
「おはよう小枝樹くん」
言葉だけならいつもと変わらない。だけど、あからさまに冷たくなっている一之瀬の態度。あの日の夜から、一之瀬の態度はずっとこんな感じだ。
本当に俺との距離を取ろうとしている。そんな一之瀬に俺は何も言えなくて……。一之瀬と顔を合わせる度に胸が苦しくなった。
バシッ
「おはよう小枝樹っ!!」
俺は背中に痛みを感じた。手の平か何かで叩かれる俺の背中に少しずつ痛みが広がった。
「いってーな、佐々路」
「何を朝から暗い顔してんだよっ!!」
バシバシッ
「だから、いてーんだよっ!!」
「何か最近、小枝樹と夏蓮が変だからさ。何かあったの?」
佐々路楓。俺と同じクラスの女子で、一之瀬夏蓮の親友らしい。身長は雪菜とあまり変わりは無く俺よりも少し小さい。髪は肩位まで伸びていて、癖毛なのか髪先が表に向って跳ねている。
本人が気にしていない所を見ると、寝癖とかではないらしい。どんな奴とも仲良く出来る元気な女だ。
そんな佐々路に
「……いや、別に何も無い」
俺は冷たく言った。せっかく心配してくれているのに、本当に俺は最低な人間だ。そんな心の中で自分を卑下する俺に佐々路は
「そっか。何か、夏蓮に聞いても小枝樹と同じ事言うんだよね。『なんでもないわ』ってクールにさ」
なんでもない、か。佐々路が言っている事が本当なら、あいつにとってこの間の出来事は本当になんでもない事なんだ。
「まぁいいわ。落ち込んでるのはいいけど、度を超えるとただウザイだけだから気をつけなよ。じゃ、私は雪菜に事情聴取でもしてくるかな」
「雪菜に聞いても何も知らないぞ」
「小枝樹と夏蓮の事じゃないわよ、小枝樹の事だけ聞きにいくの。アンタの事なら雪菜に聞くのが一番早いのよ」
そう言って佐々路は雪菜の所へと行った。そして一人になった俺は、机に鞄を置いて席に座った。
「小枝樹、大丈夫だったか?」
そんな俺の前に現れた一人の男子生徒。背格好は凡人な俺とあまり変わらず、敵対視してしまう位の普通さかげん。髪の毛は短髪で、何も特徴が無いのが特徴のような、どこからどう見ても普通という評価をせざるを得ない。
そんな奴の名は……、友人Aだ。
なんなんだ、久し振りに見た気がするぞ。というか久し振りに登場している気がする。そんな事よりも何故こいつは、こんなにも普通なんだ。
今の今まで物思いにふけていた俺が、一瞬でこのノーマル高校生の事しか考えられなくなってしまっていた。だって俺とキャラ被ってんだぞ?
いや待て、こいつはどんなに頑張ったって友人Aで完全にモブキャラだ。よし、冷静になったぞ。
こいつはモブキャラ、こいつはモブキャラ、こいつはモブキャラ、こいつはモブキャラ。
「なにがだよ?」
「いや、楓に絡まれてたから。少し心配したんだよ」
そうだったああああああ、友人Aと佐々路は何か知んないけどファーストネームで呼び合う程の仲だったああああああ。これはあれか、どうにかこうにか友人Aの名前を聞き出して、メインキャラへと昇格させなくてはならないイベントなんですか。
そうなると、完全に俺と友人Aのキャラが被る……。凡人が二人も居ていいんですか。
だが待てよ。ここで名前を聞いても教室内で登場するだけだから、本編にはなにも影響は無い。俺が少しキャラ被りを我慢すれば、何も無く事を進める事が出来る。
「つか、佐々路の事を楓って呼んでるけど、どんな関係?」
「あーそっか。小枝樹は知らないよな。佐々路楓とこの俺、崎本隆治は幼馴染なんですよ」
なんとも簡単に自分の名前を言ってくれたな。こんなに簡単に事が運ぶとなんだか少し怖いですよ。つか待て、え……?
「幼馴染っ!?」
「そうだよ。だから白林さんと小枝樹の関係が変だって前に言ったんだ」
確かに友人A、ゴホンッ、崎本は前に言ってたな『幼馴染ってこの歳まで仲良くいられもんなのか?なんだかギャルゲみたいだな』って。
「俺も白林さんみたいな可愛い幼馴染が欲しかったよ」
本当に思春期野朗ですよ崎本くん。まぁこんなくだらない会話をするのもたまには良いのかもしれない。
「いやいや、佐々路だって普通に可愛いじゃんか。雪菜はあれだぞ、バカだぞ」
「馬鹿でも白林さんは愛らしいから良いんだよ。楓なんかあれだぞ、アホだぞ」
凡人二人でなに幼馴染トークに花を咲かせてんだあああああああああっ!!だけど何故だろう、今になって崎本に親近感を抱いている俺がいる。
「「はははははっ」」
そんな俺等は二人で笑った。なんだかんだ言ってもこんな風に分かり合えるのは良い。分かり合えるのは……。
「なんか小枝樹の事、少し誤解してたかもしんないわ」
「なんだよ、藪から棒に」
「だってさ、小枝樹ってみんなと一緒に居るのに、何だか一人でいるような気がしてたからさ。こんな風に馬鹿な話で一緒に笑ったの初めてのような気がする」
崎本から見た俺は、そんな風に映っていたのか……。どんなに繕ってても、分かる奴には分かっちまうんだな……。
つか、こんな良い奴を友人Aくらいにしか認識してなかった俺は人を見る目が無いのだと痛感した。
「だから本当に小枝樹は変わったって思うよ」
変わったか……。俺が変われたのは天才少女のおかげだ。一之瀬が俺の目の前に現れなければ、俺は今でも他人を拒絶し続ける馬鹿な凡人だった。
「ありがとな、崎本」
「ん?何て言った?」
「お前はバカな奴だって言ったんだよ」
動きが変わった川の流れのように、今の俺は少しずつだけど変わっていってるのかもしれない。だけど、それが原因で菊冬を俺は傷付けた。
何も出来なかった。あんなに頑張っている人間を、どうして神様は助けてくれないんだろう。何でこんな俺が今、笑っているんだろう。
神への信仰心なんか無いのに、今だけはそんな神様を頼ろうとしている愚かな俺がいた。
放課後。俺はあの日の夜に一之瀬と言い合ってから、B棟三階右端の教室に行っていなかった。なんだか気まずくて、一之瀬の顔を見ると辛くなったから。俺は自らの意思で、あの場所を避けていた。
だけど、逃げ続けても何も解決しない。俺は意を決し、B棟三階右端の教室へと足を運んだ。
いつもなら、こんな静寂が好きだったのに。今は少しでも誰かの声が聞こえているほうが落ち着く。本当に自分が弱い人間だと再認識するよ。
階段を上るカツカツという足音が響く。何度も来ている場所なのに、今は始めてきた時と同じように心臓が跳ね上がっていた。
だが、始めて来た時と違うのは……。あの時の高揚感は今は無い、だけどあの時と同じように期待感だけが存在し、俺は一之瀬がいると信じていた。
自分が期待されるのは嫌なのに、結局俺は一之瀬には期待してる。それがどれだけ相手を苦しめるのかを分かっているのに……。それでも一之瀬が居るような気がしてならない。
B棟の最後の階段を上り終え、俺は右端の教室へと向う。
何でこんなに緊張しているんだ。一之瀬が居たらいつもの様に挨拶をすればいい。そしたら一之瀬だって『数日ここに来なかった理由をちゃんと説明して頂戴』とか言ってくるんだ。
そしていつもの様に俺の言い訳が始まって、最後には一之瀬が溜息をつく。その流れが終わればいつもの様に、個人的な時間を二人で過ごすんだ。
それでも、あの日の事を聞かれたら俺は何て答えれば良い……。言い訳を並べてもきっと一之瀬は許してくれない……。
菊冬の事も俺は何て説明したらいい。あの日の夜、俺が感情的になって言ってしまった言葉の意味を、俺はどう一之瀬に伝えればいいんだ……。
俺の足は重くなった。
なんだか少し前にもこんな感じになった時があったな。確かあれは、そうそう一之瀬に自分の事を全部話そうって決意した時だ。
あれだけ意気込んで決意したのに、結局俺は全てを話せなかったへタレ野朗だった。今回もそういう事になってしまう未来を想像して、俺はまたヘタレになっている。
だけど、それじゃ駄目なんだ。何も解決しない、何も分かり合えない。
俺はB棟三階右端の教室の扉に手をかけた。そして
ガタッ
その扉は開かなかった。
……そう、だよな。居るわけないよな、一之瀬が居るわけなかったんだよ……。
俺は扉に背を預け、その場に座り込んだ。
何で期待したんだよ、俺が一番嫌いな事なのに……。天才少女の一之瀬夏蓮だったら俺の願いを叶えてくれるとでも思ったのか。
本当に思ったとするならば、俺はただのアホだ。自分がされたくない事を他人に押し付けて、自分ではどうしようない事を他人に頼んで……。俺はいったい何をそんなに一之瀬に期待してたんだ……。
そして……。
何で一之瀬が居なかった現実を垣間見て、俺はこんなにも苦しんでいるんだ……。
この結果が分からなかった訳じゃない。ただ、こうなる現実から目を背けていただけだ。良いように良いように考えていても、この未来が脳裏を掠めていた。
「……一之瀬」
自分の不甲斐無さに、自分の弱さに俺は怒りをおばえる。何度も何度も繰り返される込み上げてくる怒り、その中でも今の怒りは群を抜いているような気がした。
いっその事、一之瀬とここで出会う前までの時間に戻したいと思った。何で俺は今、こんなにも苦しんでいる。どうして、一之瀬のいない現実で苦しんでいる……。
わからない……。
遠くから聞こえてくる部活動に青春をかけている者達の声。それに混じって下の階から聞こえてくる生徒達の笑い声。
そんな声が、今の俺を馬鹿にしているように聞こえて、本当に何もかもどうでもよくなってしまった。
自分がしでかした事だ、菊冬の件も俺が無力だからあんな結果になった。いや、違う。そもそも俺はあの結果を予想してたじゃないか。分かりきっていた事じゃないか……。
それを実行して、俺が笑っていられるなんて図々しいにも程がある。
これで良かったんだ、俺も傷ついてそれでよかったんだ。苦しんでいるは俺だけじゃない、みんな苦しんでる。だからこれで良かったんだ……。
そんな何もかもを諦めてしまって虚ろな目をしている俺の耳に、ここへ近づいてくる足音が聞こえた。
カツカツと少しずつこの教室に近づいてくる。もしかして
「……一之瀬?」
俺はまた期待した。どうしても一之瀬と話したいから、一之瀬とこの教室でもう一度過ごしたいから……。そんな俺の期待はどんどん大きくなった。
「あれ?何で小枝樹がここに居るんだ?」
現れたのは男子生徒だった。
俺と背格は似ていて、短髪の髪、特徴が無いのが特徴のように思えてしまえる男子生徒。この男子生徒に抱いた感想は、俺と一緒で凡人だ。
何もかも普通としか言いようのない目の前にいる男子生徒は、俺がここにいる現状を不思議に思っている表情をしていた。
「なんでって、お前こそ何でここに来たんだ崎本」
質問を質問で返す俺。何故ここに居るのかを話したくなかったから……。こいつに話しても何も解決しない。だから話さない。
「いやー俺はさ、このB棟三階右端の教室に来れば何でも悩みを解決してくれるって噂を聞いてさ」
そんな噂、いったい誰が流したんだか。まぁ誰が流しても俺には関係ない。一之瀬がいない今、依頼なんて俺はするつもりも無い。
一之瀬が居れば喜んで食いつくんだろうな。依頼依頼ってすげー言ってたもんな。
「なんだよその噂。そんなのただの噂だろ」
「またまたー。小枝樹も俺と同じように悩みを解決してもらいに来たんじゃないのー」
ここまで馬鹿だと笑えてくるよ。何が悩みを解決だよ、だったら今の俺の悩みを解決して欲しいくらいだよ。
悩みを解決して欲しくてここ来た筈の崎本は何故か笑っている。本当に悩みが無い人間には思えない。だから、俺は少し崎本のその悩みというものが気になった。
「つか悩みってなんなんだよ」
「まぁ小枝樹になら話してもいっか」
そう言い俺の隣に座り込んだ崎本。
「俺ってさ、ビックリするぐらい普通だって思わない?俺でもそう思ってるから、きっと他の奴もそう思ってるんだと思う」
こいつ、自分が普通だって認識してたのか。なのにいつもあんなにアホな感じで振舞って、いったい何がしたかったんだよ。
「だからさ、他のやつに負けないように頑張って明るく振舞ったり、バカな事やったりしててさ。それでも成績は上がらないし、何か得意な物とか全然見つからないし、本当にそんな自分が嫌になったんだよ」
明るく話してはいるが崎本の表情がほんの少し曇ったのが分かった。
「そんな時に良い噂を耳にした。このB棟三階右端の教室に行けばどんな悩みでも解決してくれるって。だけど、小枝樹がここに座ってるって事は本当にただの噂だったんだな」
残念そうに俯き笑う崎本。そのまま凡人でいいじゃん、それは恵まれた才能だよ。だけど本人はそれじゃ嫌なわけか。本当に人間ってのは無いものねだりなんだな。
俺も一緒か……。
「それで崎本の願いはなんなんだよ」
「ん?まぁだから、俺にも何かあるんじゃないのかなって、自分の中にある真の力みたいな?そういう物の手がかりでも良いから欲しかったんだ」
「それってさ、自分の才能を探して欲しいって事か」
「そうそう、そんな感じ」
一之瀬が俺に無理矢理押し付けた契約の一つと一緒じゃないか。俺の才能があるものを探す、本当に馬鹿げてる。
「それで小枝樹は何でここに居たんだ?」
自分の話が終わるやいなや、崎本は先ほどの質問を繰り返し俺に問う。まぁ、こいつなら少し話してやるか。
「お前とは違うけど、この教室に用事があったのは本当だ。だけどそれも叶わなかった。だから俺は一人ここで黄昏ていたわけ」
崎本に話す意味なんか無い。それでも少し話せば楽になれると思っている自分が居たんだ。
「でもさ、黄昏てても何も変わらないんだよね。結局、今の現状から逃げて、何も考えないようにして、最後にはきっと何も感じなくなるって思ってるんだ」
これは懺悔なのか、はたまた自分に言い訳しているのか、今の俺には何も分からない。
「だから俺と同じようにここで悩みを解決してもらおうと思ったのか」
瞳を大きく見開き、口をあんぐりしている俺。
こいつは何を言っているんだ、本当に俺の話をちゃんと聞いていたのか、つか一番最初に言ったよなお前とは違うって。
本当にバカな奴だ。なんだか崎本を見ていると元気が出てくるような気がした。
「小枝樹、悩みがあるなら俺が聞くぞ」
真剣な表情で言う崎本を見て俺は確信した、本物だ、本物の馬鹿だ。だけど、なんかさ、少し救われたよ。
「……ははは。あははははははっはははっ!!お前って本当に馬鹿だなっ!」
俺は腹を抱えながら笑った。廊下に転げて、それはもう笑った。開放感を感じて、今の心にの中のモヤモヤが全部外に吐き出せれる感覚だった。
「おまっ、小枝樹っ!!俺は真剣に言ってんだぞっ!!」
「あはははははははっ!!し、真剣に言ってるから面白いんだろっ!!」
面白過ぎて上手く話せない、決して馬鹿にしている訳じゃない、本当になんだか笑えてくる。
怒っている崎本の姿を見ているだけで笑えてくる。色々深く考えていた俺がアホみたいで、目の前にいる崎本が本当に羨ましく思えて、だけど今は
「だ、駄目だ。お前、マジで、あははははははははははははははっ!!!」
また俺は他人に救われた。それ俺は嫌じゃないんだ、だから俺も何かしてあげたいって思えるから。
笑い転げていた俺はやっと笑い止んだ。
「本当に小枝樹は失礼な奴だな。だけど、それだけ笑えばなんか楽になるだろ」
「楽になるどころか、笑って死ぬかと思ったよ」
俺は笑いすぎて流れてきていた涙を指先で拭い、崎本を馬鹿にしていた。
「だけど、本当に気持ちの部分は楽になった、ありがとな」
「別に礼なんかいいよ」
感謝されて恥ずかしかったのか、崎本は顔を背けて反発する。なんか、少し前みたいな楽しい時間に戻ったような気がした。俺が大切にしたいと思った、あの空間を。
「崎本、お前、ここに悩みを解決して欲しくてきたんだろ?」
俺はさっき話していた崎本の話をぶり返した。
「そうだけどさ、でもそれは噂話だったわけで、俺は無駄足だったわけだよ」
「無駄足じゃねーよ。もともと、ここの教室を個人的に使ってたのは俺だ。だけど、一之瀬がここに来て占拠された。そして一之瀬が前からやってた何でも屋みたいな事を、俺と一之瀬がしてたんだ。そしたらそんな噂が立ったみたいだな」
全てを話さず、それでも嘘は言わず、曖昧な言葉で崎本に伝える。
「それって、小枝樹が悩みを解決してくれるのか?」
「いや、俺は別に好き好んでやってた訳じゃない。ただ、一之瀬に強制的に付き合わされてただけだ」
「なら、一之瀬さんがいないと駄目なのか……」
残念がる崎本。だけど今の俺は崎本に何かお礼がしたいと思っている。だから
「上手くいくかはわからないけど、俺で良ければその依頼引き受けるぞ。崎本の『才能がある物の手がかりを見つける』これが依頼内容でいいか」
「で、でも天才少女の一之瀬さんがいないと━━」
「ばーか、最近の依頼は殆ど俺が解決してきてんだ。一之瀬なんかテンションを上げるだけ上げて、全然役になんか立ってない」
真実を言う俺の言葉を全く信じてない表情を浮かべる崎本。それでも俺は嘘を言っていないので、自信満々に崎本を見ていた。
「本当に小枝樹が俺の悩みを解決してくれるのか……?」
「さっきも言ったけど、上手くいくかはわからない。それでも俺は全力を尽くす、だからあまり俺に期待しないで頼ってくれ」
今でも期待されるのは苦手だ。この間の紳士執事が俺に期待した時の情景が思い出されて、菊冬の悲しみが込められたメールを思い出す。
だけど、崎本は俺を元気にしてくれた。くだらない事で笑わせてくれた。だからどうにかしたいって思ったんだ。
「……わかった。俺は小枝樹にお願いする、俺の才能がある物の手がかりを見つけて欲しい」
「その依頼確かに受けた」
真剣に言う崎本に、俺は少し微笑を浮かべ答えた。この依頼が終わったらちゃんと菊冬に連絡して、もう一度一之瀬との事をどうにかしよう。
もう逃げたくない。だから、絶対に今回の依頼を完遂させる。
なんで久し振りの依頼なのに、俺の隣には一之瀬が居ないんだろうな。それが少し悔しくて、だけど今は目の前の依頼に集中しなきゃいけない。
邪念を振りほどいて、俺は一人、依頼の解決を始めた。