6 中偏 (拓真)
日曜日の午前十時、空は晴天で気温も過ごしやすい、休日の人達が多いのか、こんな朝早くでも私服で歩いている人が多い。
こんなにも良い天気なら外に出たくなるもの分かる気がする。少しずつ夏に近づく陽気が、時間は止まっていなく常に進んでいるのだと俺に言っているような気がした。
そんな俺は清々しい休日を悪魔大元帥の妹さんに奪われてしまう、悲しい凡人です。
拒否する事も出来ないような雰囲気を纏っていますよ。
そんな少女名前を聞いて、驚く俺は本当に何も出来ない凡人だと改めて認識しました。
「……それで、その、一之瀬菊冬さん。この俺はいったいどうすれば良いのでしょうか」
丁寧な言葉遣いをした事に対しての言及は承っておりません。そしてこの俺、小枝樹拓真への誹謗、中傷も受け付けていませんのでご了承お願い致します。
ぺこりっ
だって何も出来ないもん。力を使って俺を消すって一之瀬財閥の力を使うんでしょ?だったらもう俺には何も出来ないじゃん。
つーか、どれだけ一之瀬家はチートな存在なんだ。というか何で俺は一之瀬の妹に目をつけられたんだ。
疑問が疑問を呼び、俺の頭の中はテンテコマイですよ。そんな風に考えても仕方がないと思えるくらい、俺の目の前にいる一之瀬菊冬の存在感は相当なものだった。
「アンタのせいで姉様は変わってしまった。私はそんなアンタを見定める権利がある、このまま姉様の近くに居ても良い存在なのか。だから今日一日、私に付き合ってもらうわ」
こいつ、完全にシスコンだ……。というか今日一日付き合うって……。
「それって、俺とデートしたいって事か?」
「やりなさい後藤」
一之瀬菊冬の一言で、俺の目の前に紳士的な初老の男が現れる。
その男は執事服を纏い、短い白髪をオールバックに整え、とてもにこやかに現れる。だがそんな紳士執事さんは俺の会釈をし
「承知しました。では小枝樹様、失礼致します」
ドスッ
さっきも同じような痛みを俺は感じたな。誰にやられたのか分からなかったが、きっとこの紳士執事さんにさっきもやられたんだ。
というかだったら何で姿が見えなかったんだ……?だが、今はそんな事を考えている余裕が俺には無いんですよ。だって
「……グハッ」
物凄い痛みを腹部に感じています。もう立てません……。つーか何で最近の俺はこんなにも腹部を殴られる回数が高いんだ。なんかもう、どうでも良くなって来ちゃったよ。
「もう一度言うわ小枝樹 拓真。今日一日、私に付き合いなさい」
これって「いいえ」を選択し続けると、紳士執事さんに殴られて一之瀬菊冬の台詞に戻るループ的なやつですよね。
もう俺には「はい」を選択するしか残ってないんですよね。二択の筈なのに一択なんですよね。面白半分で「いいえ」を選択しても良いけど、これはゲームじゃなくて現実なので、俺の命が危険にさらされてしまう。
だからこそ、ここで俺のスキル「諦める」が使えるのではないか。本当にいいスキルを俺は会得したよ。
「……わかりました。今日一日、付き合う事にします」
「分かれば良いのよ、分かれば」
一之瀬菊冬は満足気に微笑み、膝を着いて腹部を押さえる俺に手を差し伸ばしたのだった。
そんなこんなで今の俺は一之瀬妹と休日の街で、二人で買い物をしています。
本当に一之瀬も一之瀬妹も我が強い。見た目はそんなに似ていないのに、こんなにも中身が似ているなんて、姉妹って素晴らしい。
というか、さっきの紳士執事さんは姿を消した。まぁどっかからきっと見ているのだと思いますけどね。
「それで、どこに行くんだ?」
俺は一之瀬妹へと普通に質問を投げかけた。
「はぁ!?アンタ男ならレディをエスコートする事くらい出来なさいよっ!!本当に使えないゴミ虫ね」
………………。
本当によく似ている姉妹です。というか妹の方がもっとキツイです。きっと俺は今日が終わる時精神が完全に崩壊してしまうくらい、今日一日で罵倒されまくるのでしょう。
もう一之瀬家怖い。
「ははは。ならどうするか、あんまり俺は外に出かけないから、どこに行って良いか分からないんですけど……」
乾いた笑いをし、俺は怒られる事を覚悟した上で一之瀬妹に自分の知識の無さを露呈した。
「なら良いわ。別に今日は、買い物をしに来たんじゃなくて、アンタを見定める為に来たんだから。その辺を適当にウインドーショッピングでもするわよ」
そう言うと一之瀬妹は前を向いて歩き出した。なんだかその後ろ姿が俺には寂しげに見えた。というか見定めるんだったら俺の前じゃなくて横か後ろを歩けよ。
「おいおい、もう少しゆっくり歩こうぜ」
「アンタの歩く速度が遅いだけでしょ」
何を言っても否定されてしまう。これが一之瀬妹。だがこんな性格に難がある女子でも見た目は一之瀬同様綺麗な訳で、すれ違う男性は一之瀬妹をチラチラと見ていた。
そんな女子と歩いている俺は、睨まれる事必至な訳ですよ。というか、何で俺を睨む。俺は一人で休日を楽しみたいんだよ。睨むくらいだったら俺と今の状況を変わってくれ。
俺の願いは叶うことはなく、一之瀬妹に翻弄される一日が始まる。
「ねぇ、これ可愛くない?」
俺が項垂れていると、雑貨屋の前で足を止めた一之瀬妹。その手には何だか良く分からないキャラクターのキーホルダーが持たれていた。
なんだか良く分からないそれを、どうにかこうにか形容するのならば、何かモジャモジャとした物体だ。
「……お前、どういうセンスしてるんだ」
「はぁ……。やっぱりアンタみたいな冴えない下等生命体には私の抱く美が分からないのね」
もう貶される事にはなれました。どんなにこの凡人が足掻いた所で、現状が打破される事はありません。なので俺は一之瀬妹を虐める方向で対応することに決めました。
「いやいや、どう見たって気持ち悪いだろ。お前、本当にセンスないな」
俺は嘲笑うように一之瀬妹を見下した。というか本当にそのキーホルダーのキャラクターは気持ち悪い。こんなのを可愛いと言うのは一之瀬妹くらい━━
「ねぇねぇ、このキーホルダー可愛くないっ?」
俺と一之瀬妹の横でキャッキャウフフと騒いでいる女子。そしてその手に持たれているのは、一之瀬妹が現在進行形で持っている物と同じ物で
「ほら見なさいっ!!やっぱりこれの可愛さが分からないのは下等生命体であるアンタだけなのよっ!!」
……何故だ。何故このモジャモジャで存在理由が不確かな物体を可愛いと言う奴が居るんだ。どの角度から見てもこれの可愛さを俺は理解出来ない。
「アンタの方がセンス無いんじゃないのかしら」
笑いながら俺を見下す一之瀬妹。その勝ち誇った表情が本当に憎たらしい。これも全部、あの天才少女のせいだ。俺は今日の出来事全てをあの天才のせいにしてやる。
だけど、何だかんだ楽しんでいる一之瀬妹を見て、少し安心した気がした。もっと色々観察されるのかと思ってたからな。
だが俺の予想していた未来は外れ、普通に遊びに来ているだけの現状になっていた。それでもあのモジャモジャだけは可愛くない。
俺と一之瀬妹は雑貨屋から離れた。それでもずっと一之瀬妹は俺を「センスない」と罵倒し続けている。そんな時に俺は少しの疑問が頭をよぎった。
「なぁ一之瀬妹。お前って何歳なんだ?」
そう、一之瀬妹の年齢が俺は気になった。だって普通に大人っぽい見た目をしている、だけど一之瀬の妹ならば俺よりも歳は下だ。
「アンタって本当にデリカシーとかないのね。普通は女子の歳なんか聞かないわよ」
まぁそうですよね。確かに今の俺の質問はデリカシーが無かった。
「悪い。なんだが大人っぽくて普通に綺麗だからさ、俺より年下に見えなくてな。あー年下に見えないって言うのは良い意味でだぞ」
「何綺麗とか言ってんの、私なんかよりも夏蓮姉様の方が数千倍美しいわっ!!」
歩く事を止めてまでも一之瀬妹は一之瀬の美しさを語っている。つーか本当にシスコン過ぎるだろ。
だけど本当に夏蓮姉様が大好きなんだな。一之瀬には良い家族が居るじゃんか。まぁ父親はどうなのか分からないけどな。
俺は少し表情を曇らせた。こんなにも思ってくれている家族がいる一之瀬に嫉妬したのかもしれない。
「どうしたのよ」
そんな俺に気がついたのか、一之瀬妹が心配そうに俺を見た。
「あ、なんでもないよ」
「中三だから」
「はい?」
「だから、私は中学三年生っ!!アンタが知りたいって言ったんでしょっ!!」
顔を少し赤く染めながら一之瀬妹は言う。何だかんだ素直なところも一之瀬に似てるんだな。つか……
「お前まだ中学生なのかっ!?てっきりもう高校生かと思った」
最近の中学生の成長は凄いですね。俺の妹のルリも中学生には見えない体躯をしているかなら。別に俺は妹をいやらしい目で見ている訳ではないですからね。兄として、妹の成長を喜んでいるだけですからね。
「もうそんな事はどうでも良いのよっ!!今の私はお腹が空いたの、お昼ご飯にするわよ」
一之瀬妹の言葉を聞いて俺は時計を見た。時刻は一時手前だった。
もうそんなに時間が経ったのか、俺の記憶の中には気持ちの悪いモジャモジャを見ている記憶しかなんだけどな。時間の流れというのも本当に不思議だ。
昼飯にすると言って一之瀬妹が選んだ店は。
「マジか」
俺は言葉を失う。やっぱり一之瀬財閥の娘なだけある。本当に金持ちの考えている思考は分からないですよ。お昼ですよ、楽しい楽しいお昼ご飯ですよ。
「おい一之瀬妹。本当にここで良いのか?」
「ここがいいのよ」
その店とは、世界的に有名なファストフードのお店。所謂、ジャンクフードですね。
俺は全然大丈夫ですよ。庶民ですから、食べなれてますから。もっとこう高級なフレンチの店とかに連れて行かれるのだと思ってた。というか、それの方が自然な感じがした。
こんなんもあっさりとファストフード店に入るから、何かの間違いかと思ったけど。一之瀬妹がここが良いというのなら、間違いじゃないのだろう。
そんな俺等は店内ではなく、商品をテイクアウトして外で食べる事にした。天気が良いからジャンクフードでもきっと美味しく感じれるだろう。
そして俺と一之瀬妹は駅前にある噴水の縁のベンチに腰を下ろし昼食をとり始めた。
「これこれ、これが本当に美味しいのよ」
一之瀬に似た大きく切れ長な瞳をキラキラと輝かせながら一之瀬妹はバーガーを頬張っている。そんな一之瀬妹の姿を見て、本当に俺は見定めているのか疑問に思ってしまう。
「おいおい、そんなに急いで食べるなよ」
俺は一之瀬妹の口元に付いていたケチャップを紙ナプキンで拭い取った。
「ちょ、そんな事しなくても自分でできるわよっ!!」
「はいはい。わかりましたよ」
子供といる親。今の俺はそんな風に表現してもおかしくないくらい、一之瀬妹に世話を焼いていた。
「つかさ、本当に俺は見定めてるのか?なんか、普通に楽しんでいるように見えるんだけど」
俺は飲み物を飲みながら、一之瀬妹への今日の疑問を言った。すると一之瀬妹は食事を取っている手を止め
「見定めてるわよ。でも楽しく無いって言ったらきっと嘘になる。夏蓮姉様もそんなアンタだから一緒に居るのかも知れないわね」
さっきまで嬉しそうにバーガーを頬張っていた少女の表情が変わった。寂しそうなその顔は何か言いたげな表情で、だけどそれを口に出来ない自分を責めているような感じがした。
「合格よ。アンタは夏蓮姉様の近くに居てもいいわ」
「合格とか言ってる割には、何でそんなに辛そうなんだよ」
誰から見ても分かるくらい、今の一之瀬妹は辛そうにしている。理由は俺には分からないけど、何となくそんな顔を見たくなかった。
「本当はこんな事、アンタに言う事じゃないって分かってるんだけど……。夏蓮姉様は変わってしまったの」
一之瀬妹はその重たくなった口を開きだした。そして、自分が抱えている事を俺に吐露し始めた。
「夏蓮姉様はある日を境に心から笑わなくなってしまった。兄様が死んでしまった時から……」
兄様。少し前に一之瀬が言ってた兄さんの事だな。
「私はね、兄様を殆ど知らないの。私が小さい時にはもう、兄様は一之瀬家を継ぐ為に他の場所に住んでいたから。だけど夏蓮姉様は違う。兄様が死んだ時、大声を上げて泣いている夏蓮姉様を今でも私は覚えているわ」
淡々と話す一之瀬妹。俺には話を聞くことしか出来ない。
「だからアンタと一緒に居る夏蓮姉様を見た時には本当に驚いたわ。昔みたいに楽しそうに笑ってる夏蓮姉様が居て、きっと私はそんな笑顔を独り占めしてるアンタに嫉妬したんだと思う。でもね、夏蓮姉様が笑ってた理由が今なら少しわかる……。きっと兄様が生きてたら、こんな風に買い物とかしてたのかなーってそんな風に感じた」
一之瀬妹は俯いてしまった。本当に兄様にもしも俺が会えるなら、本気で説教をしているな。だけど、そんな事は出来ない。
今俺の横で悲しんでいる少女を笑顔にする事も出来ない俺が、説教なんておこがましい。最近の俺は何でこんなにも他人の事を考えてしまうんだ。
「はいはい、辛気臭い話しはこれでおしまい。だからさ、これから言う事は私の個人的なワガママなんだけど……」
「なんだよ」
「……今日、今日一日だけで良いから、私の兄様でいて」
眉間に皺を寄せ、頬を赤く染める一之瀬妹。そんな美少女に俺は上目遣いで言われる。
これはいったい、何のプレーなんでしょうか。さっきまで真剣な話をしていたのにも関わらず、何でいきなり俺が兄様なんだ。
つか一之瀬家の娘さんはみんな、突拍子もない事いう一族なのですかね。それでも俺はこんな恥ずかしい事を真剣に言っている一之瀬妹に負け
「はいはい、わかったよ。今日一日、兄様で居ればいいのね」
もう展開についていけません。いや待てよ。一之瀬妹は金髪ツインテールのツンデレのデフォな少女だ。と言う事は
デレたのか……?
いやいやいやいや、早いでしょ。デレるの早いでしょ。今日会ったばっかりだぞ、それでいて今日デレるとか、どんだけイージーなルートだよ。ツン時期が短すぎるだろっ!!
「……ありがと。じゃあここからは気兼ねなく普通に遊びましょ」
そう言い一之瀬妹は俺の手を取り急かすように引っ張った。その時はもう笑顔で、その笑顔が本物か偽者か今の俺には分からなかった。
昼飯を食った後、俺と一之瀬妹は色々な所を回った。服屋にゲーセン、駅前に居た大道芸を見たり、本当に昼間での一之瀬妹とは正反対に、楽しそうにはしゃいでいる少女が居た。
素直にしていれば可愛いのに、デレたと思っていた俺は結局口調の変わらない一之瀬妹に苦しめられた。
「ちょっとここで待ってて」
「どっか行くのか?」
「女の子が待ってて言ってるんだから、そのまま待ってなさいっ!!」
そう言い一之瀬妹は走ってどこかに行ってしまった。まーあれだ、トイレだ。
俺は近くにあったベンチに腰を下ろし一之瀬妹を待つ事にした。その時
「小枝樹様」
俺はいきなりの男の声に動揺した。だってその人いきなり現れたから、どこに行っていたのか分からなかった人がいきなり木の中から現れたから。
「あ、あんたいったい何者だよ」
「私は菊冬お嬢様の執事で御座います」
執事名乗る木の中の住人は、朝に俺の腹部へ強烈な一撃をかましてくれた紳士執事だった。
「いや、執事なのはもう分かってるよ。そこじゃなくて何でいきなり消えたり現れたり出来るのかを聞いてるの」
「左様で御座いましたか。これは私愛用の忍スキルで御座います」
丁寧に言ってくれるのは嬉しいけど、そのスキルやばすぎじゃね?つか現代の執事って忍者にもなれるのか。もう一之瀬家に関わっている人間に対して疑問を持つのはやめよう。頭がついていかないから。
「忍スキルなのは分かった……。それでいきなり現れてどうしたの?一之瀬妹ならトイレに行ったぞ」
「いえ、今日は本当に菊冬お嬢様の為に有難う御座います。あのように楽しく笑っているお嬢様を見るのは久し振りでした」
いきなりのお礼に俺は少し焦った。だって俺は何もしていない、ただただ一之瀬妹のワガママに付き合っていて、普通に遊んでいるだけだ。何も感謝される事はしてない。
「そこで小枝樹様に御相談なのですが、菊冬様の御心をどうか救って欲しいのです」
おいおいおいおい。いきなり重い話になりそうだぞ。
「なに言ってんだよ。俺にそんな事出来るわけないだろ。一之瀬妹が辛いのは分かるけど、俺みたいな凡人が首を突っ込んでいい話じゃない」
「その事も重々承知しております。菊冬お嬢様は夏蓮お嬢様にただ笑っていて欲しいだけなのです。だから貴方を見定めようとした、そして貴方はそれに合格をしました。それは全て、夏蓮お嬢様が笑っていられる様に心から思っての行動」
俺は静かに紳士執事さんの話を聞く。
「ですがそれでは、菊冬お嬢様の笑顔はどこにいってしまわれるのでしょう。菊冬お嬢様が夏蓮お嬢様と笑える日はいつ訪れるのでしょう」
「そんなの俺が知るか」
「いえ、小枝樹様、貴方になら分かる筈です。家族の絆というものを失ってしまった貴方になら、今の菊冬様がどれ程お辛い思いをしているのかを」
俺は紳士執事が言った言葉を疑った。何でこの男が俺の事をそこまで知ってる。
「無礼ながら、小枝樹様の事は全て調べさせてもらいました」
「どこまで知ってる」
「はい、それはもう全てです。貴方の家族の事も貴方が何故、天才を嫌い、凡人になったその過程も全てです」
一之瀬財閥を俺は本気で甘く見ていたのかもしれない。一之瀬財閥が動けば、俺のような凡人の過去なんて簡単に洗い出されてしまうんだ。
「それで、俺を脅す訳ですか」
「脅すなんて物騒な事はしておりません。ただ、お願いをしているのです」
どう見たって脅してるだろが。本当に大人っていうのは汚いね。簡単に人を利用しようとしてくる。それで使えなくなったら捨てる、俺は使い捨ての道具じゃないんだよ。
それでも俺の過去が一之瀬にばれるのは今は避けたい。アイツにはちゃんと俺の口から全てを話したいから。
「……わかったよ、俺の負けだ。一之瀬妹と一之瀬の間にある溝をどうにかすればいいのか」
「流石は小枝樹様。全てを話さなくてもご理解が早くて助かります」
本当にこの執事は何者だよ。俺の事を調べたとか、全部これを狙ってたのか?それは少し考えすぎかもしれない。なんにせよ俺に出来る事は限られている。
頭の中でこれから俺がしなきゃいけない事を順番に整理をしていた。
「それで報酬の方なのですが」
「報酬なんかいらねぇよ。俺はあんたらみたいに人を使い捨てになんかしない、もう誰も悲しませない。あんたにお願いされなくても一之瀬妹の事は考えてた、だけどそれは一之瀬と一之瀬妹の事であって、俺が介入するのは間違ってると思ってたから、このまま今日限りにしようと考えてた」
俺は紳士執事を睨みながら言う。怒りが爆発してしまいそうになっている感情を押さえ込みながら。
「だから報酬はいらない。あと言っておくけど、あんま俺に期待すんな」
「承知いたしました。では良い御報告を御待ちしております」
そう言うと紳士執事は姿を消した。本当に何でもアリなんだなあの執事は。だけど、本当に俺が一之瀬と一之瀬妹の溝をどうにかできるのか。
自分の事も出来ていないのに、他の奴等の事なんて本当に……。そんな時
「遅くなってごめんね」
一之瀬妹が戻ってくる。俺は何があったかばれないようすぐさま笑顔に戻した。
「大丈夫だよ。遅かったって事はう━━」
ドスッ
本日三回目の腹部に走る激痛。
「アンタ、それ以上言ったら本気で殺すわよ」
「ご、ごめんなさい……」
謝る事しか出来ないいたいけな俺。本当に可愛そうな小動物ですよ。つかもう、三回目なだけあって慣れたのかあまり痛くない。というか一之瀬妹の力が弱いだけか。こいつも普通の女の子だもんな。
「遅くなったのは訳があるのよ。はい。」
言って一之瀬妹は俺に持っているクレープを手渡してきた。
「これ買ってたのか?」
「そ、そうよ。今日のお礼だから……、ありがたく食べなさいっ!!」
そうだよな。こんなに素直で良い子が俺のように家族と溝があるままいるのはいけない事だよな。ましてや姉妹だ、本当に大好きな人と距離が離れたまま何て絶対に駄目だ。
紳士執事の依頼なんか関係ない。今の俺はこいつの笑顔を守りたい。
「ありがとな。ここのクレープうまいな」
俺はもらったクレープを食べる、甘い香りが口の中に広がって、優しい気持ちになれた。
そんな俺は一之瀬妹の頭を撫でていた。
「ちょ、なんでいきなり撫でるのよっ」
「いや、なんとなくな」
「子供扱いしないでよ……////」
こいつ一之瀬と同じ事言ってやがる。本当に姉妹そろって素直じゃない。そんな素直じゃないこいつはもっと笑顔でいるべきなんだ。
「なぁ一之瀬妹、いや菊冬。お前、一之瀬に何か言いたい事があるんじゃないか」
「アンタ、何言ってんの……?」
俺の言葉を聞いた菊冬は、眉間に皺を寄せ、嬉しそうに食べていたクレープを落とした。こんなやり方、もしかしたら一之瀬も菊冬も二人とも傷ついてしまうかもしれない。
だけど、これが成功すれば俺が悪者になるだけ。だったらこれが最善の作戦だ。
俺はそんな菊冬を強く見つめていた。これから起こる未来を頭の中で予測しながら……。