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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第一部 一学期 春ノ始マリ
14/134

5 後編 (拓真)

物置のように扱われている教室。実際何に使われていたのかも分からないこの空間に天才と凡人はいた。


「遅かったって、もしかして俺の事まってた?」


俺は冗談混じりに話し出す。こうでもしないと俺の心がおかしくなってしまいそうだったからだ。


そんな俺に対して天才少女さんは眉間に皺を寄せ、怒りながら詰め寄ってきた。


「小枝樹くん。別に私は貴方を待ってはいなわ、いつもよりも来るのが遅い事を聞いただけよ」


こんな風な会話をするのは久し振りだ。というか、まだ数日しか経っていないのに久し振りに感じた。それでも俺の心臓の鼓動は早くて、冷静にいつもどうり一之瀬に接するのが精一杯だった。


「なに強がってんだよ、俺が居なくて寂しかったんだろ?」


更に冗談を言う。いつもの時間が戻って来るようで、俺は少しはしゃいでいたのかもしれない。


そして開けいる窓から冷たい風が流れ込んでくる。春の始まりは暖かい陽気と共に、冷たい風も運んでくる。よくある出会いと別れがあるように、相反するそれは俺と一之瀬の事を包み込んでいた。


「━━かったわよ……」


一之瀬が何か呟く。その声は風の音で遮られて俺には全て聞こえなかった。


「わりぃ、風の音で聞こえなかった」


「……だから、寂しかったって言ったのよっ!!」


強い瞳で俺を見ている一之瀬。その瞳は少し潤んでいて、辛そうに眉間に皺を寄せている天才少女がそこにはいた。


「私がどれだけ心配したか、小枝樹くんは分かっているのっ!?」


一之瀬は今の感情のまま、俺へと言葉を繰り返した。


「貴方が倒れた時、私はどうして良いか分からなくなって、自分のせいで小枝樹くんが倒れたって思って……。医師に現状は聞いた。それでも連絡を取ることが出来なくて、私は、私は……」


潤んでいた瞳に涙を溜める一之瀬。全て俺が悪い事は分かっていた。それでも、こんなにも一之瀬を苦しめているとは思わなかった……。


自分が侵した過ちだと思っている一之瀬を俺は


「一之瀬のせいじゃない、全部俺のせいだ……」


そう言いながら涙を流し続ける一之瀬の頭を撫でた。それしか出来ない自分の無力さを噛み締めながら。


そんな一之瀬に見えない所で、俺は唇を噛み締め強く拳を握っていた。そして俺は一之瀬に今日話そうとしていた事を言い出す。


「俺はさ、前に言ったように必要ない人間なんだ。だから、期待されるのが怖かった」


一之瀬の頭に手を置いたまま俺は話し出す。


「つかさ、俺の事を必要ないって言ったの、父さんと母さんなんだ……。その前にも俺は親友を裏切ってて、どうして良いか分からなくなった……」


俺の言葉を聞いた瞬間に一之瀬は頭にある俺の手を振りほどいて


「……家族にそんな事言われたの……?」


「あぁ。だから今の俺の家族は雪菜とアン子、如月先生なんだ」


苦しいまま俺は笑った。自分の笑顔が嫌いになってしまうような感覚になる。何もかもが虚偽であって、本当の自分なんか居ないようだった。


「こんなんでも俺だって普通の奴だったんだぞ。だけど、俺のせいで親友を傷付けて……。もう楽しい事なんてないって思ってた」


俺は自分の過去の真実を濁しながら一之瀬に話している。それが逃げなのも分かっていた。だけど、今のこの居心地の良い空間を、俺はやっぱり失いたくなかった。


許される事なら、もう一度、俺は笑っていられる居場所が欲しい……。


「だけどさ、一之瀬にここで出会って見える景色が変わったんだ。翔悟に出会えた、細川に出会えた、神沢に出会えた、牧下に出会えた。そして、一之瀬に出会えたんだ」


俺は一之瀬を見つめた。自分の気持ちを隠さないように


「それで思った。俺はもう一度、昔のように戻れるって……」


全てを言えない俺の弱さ、良いように言う俺の弱さ、一之瀬に甘えている俺の弱さ。嘘を言っている訳じゃない、それでも本当の事を俺は言えなかった。


そんな俺の言葉を聞いた一之瀬は


「貴方はもう一独りじゃないわ、そして私も独りじゃない。貴方は十分に苦しんだの、悲しい思いを背負ってきたのよ。それでも私には貴方が必要よ」


辛そうに笑って見せる一之瀬。俺の事を包み込むようなその言葉は、自分が負ってしまった罪を洗い流すようだった。


「だから私の事も小枝樹くんに聞いて欲しい」


俺はまだ全て話していない。そんな俺に一之瀬の事を聞く権利なんかない。


「まず、私が何で自分の才能がない物を探しているのか」


俺は何も言えなくて、結局全部言えなくて、一之瀬の話を聞くしかなかった。そして一之瀬は話し出す。


「私には兄さんが居たの。だけど、私が十一歳の時に亡くなったわ」


その一之瀬の言葉で俺は自分の事なんてどうでも良くなってしまった。


「私は兄さんが大好きだった。とても尊敬していたし、憧れてもいた。兄さんは一之瀬財閥の次期当主だったの。だけど死んでしまって、次の当主は姉さんではなく私だった……」


B棟三階右端の教室、そんな辺鄙な所の窓の外を見る一之瀬。遠くの何かを見ているその瞳は、少し悲しみを帯びているようだった。


「私には色々な才能があった。どんな事をやっても誰よりも出来てしまう。みんな私を天才と言ったわ。そして兄さんも天才だった、だけど姉さんには秀でた才能は無かった。だから私が次期当主に選ばれた」


さっきまでの悲しい表情とは正反対に、何も感じていないんじゃないかと疑ってしまうような、一之瀬の表情。そんな無表情でオレンジ色の空を見上げていた。


なにも無い綺麗な空を、綺麗な瞳で見上げていた。


「そして私に自由は無くなったわ。でも私は一之瀬財閥の党首になる事も自由がなくなった事も嫌ではなかった。兄さんに追いつきたい、兄さんのように何でも出来る存在になりたい。その為に私は頑張ってこれた、なのに兄さんが私に言った最後の言葉は」


オレンジ色に輝く夕日の逆境で神秘的な存在に一之瀬が見えた。そんな一之瀬は俺の方へと振り返り


『夏蓮、僕のようにならなくていい。夏蓮はもっと自由に、自分でいれば良いんだ』


「私は分からなくなった。憧れていた、尊敬していた、目指していたその人から、自分と同じようにならなくて良いと言われて、私は何もかもが分からなくなった……」


強く自分の気持ちを訴えかける一之瀬。その苦しみが分かってしまうほど、一之瀬は強く言う。


「それでも私は一之瀬財閥の次期当主なのっ!!私は天才で居なくてはいけない、私の憧れた兄さんのように天才でいなきゃいけないっ!!だけど私は、大好きな兄さんの最後の言葉を守りたいとも思ってる……」


現在存在している自分の矛盾に苦しむ一之瀬。なさなくてはいけない自分の使命と、兄を思う自分の気持ちの真ん中で板ばさみにされて苦しんでいる。


「自分が矛盾しているのは分かっているわ……。それでも、私がどうにかしなきゃ、兄さんは本当に無かった存在になってしまうわ……」


今はいない兄の姿を思い出しているように、一之瀬は悔しい気持ちと自分の無力さを嘆いているように俯いていた。


そんな一之瀬に俺は何も言えなかった。だって、俺なんかよりもずっと辛い思いをしていて、俺なんかよりもずっと苦しい日々を過ごしていたんだ。


全てを一之瀬に言えない臆病な俺が、今の一之瀬に言える事なんか何も無かった……。


「だからね、私は小枝樹 拓真を必要としたの」


一瞬、一之瀬が何を言っているのか分からなかった。その言葉には何の脈絡もなく、突然この教室に響いたからだ。


「な、何で、俺だったんだよ」


きっと今の俺は間抜けな表情をしているだろう。眉間に皺を寄せて、瞳を大きく見開き、俺は一之瀬に聞いていた。


「貴方は、私と同じような気がしたのよ。才能とか表向きとか、そういうのじゃなくて、根っこが同じような気がしたの」


辛そうな一之瀬の表情。だけどその表情には微かな希望が乗せられているような気がした。


「小枝樹くんは一年の時から私を知っていたと言ったけど、私も一年の時から貴方を知っていた」


少し微笑む一之瀬。だが俺はそんな一之瀬の言葉に疑問をおぼえた。


だってそうだろう、俺みたいな凡人を何で一年の時から一之瀬が知ってる。俺は何も目立った事はしていない。なのになんで一之瀬は俺を知ってるんだ。


「その顔、何で私が一年の時から小枝樹くんを知っているのか疑問に思っているのね」


一之瀬は少しおどけながら俺の心の声を代弁した。


「何で私が小枝樹くんを一年の時から知っていたのか、それは本当に簡単な事なの。だって、あの時から私達はずっと独りぼっちだから」


独りぼっち……。


俺は自分の中に他人を入れるのを拒絶した。それの意味が分からなくなったから。だけど、そんな状況は楽だった、楽しくなくても俺はそれで良いと思っていた。


何もかもを捨てて、新しい自分になればいい。俺はそう思っていた。だから凡人になったんだ。


なのに、今俺の目の前にいる天才少女は全てを鎖していた俺を知っていて、そんな俺を自分と同じだと言った。


悲しそうな顔で、苦しそうな顔で、俺と同じだと言った。


「私には大切な友人が出来た、色々な人たちが私に話しかけてくれる。だけど、それでも私は独りぼっちだったの。だから小枝樹くんしかいないと思った、貴方しか私の願いは叶えられないと思った……」


俺しか、一之瀬の願いを叶えられない……。


「だから私には小枝樹くんが必要なのっ!!もう、私には時間が無いから……」


時間が無い。俺はその言葉を聞いて我に返った。


「一之瀬、時間が無いってどういう事なんだよ」


まさか死ぬとか言わないよな。余命が短いとか、そんな理由だったら俺はどうすればいい。


「時間が無い、それはね」


俺は生唾を飲み込んだ。一之瀬の言葉を聞く心の準備が出来ない。それでも、俺の事なんかお構いなしに一之瀬は


「もしも、私の願いが叶わなかったら、私は来年海外の学校に転校する事になっているの。それがこの学校に通うためにお父様と交わした約束よ」


転校……。良かった、最悪の形じゃなくて、一之瀬が死ぬとかだったら俺は本当に何も出来なくなっていたよ。それでも


「転校ってどういう事だよ」


「小枝樹くんも疑問に思ったことはない?私みたいな天才が何でこんな普通の高校にいるのか」


確かに疑問に思っていた、この学校の七不思議に入ってしまうくらい、他の生徒も疑問に思っていただろう。その理由が


「私はどうしても兄さんの思いを遂げたかった。だたか無理を言って二年だけ猶予をもらったの。それまでの間に私に才能が無いもの見つけられなかったら、海外の学校に行って勉強をして、一流の大学に入り、一之瀬財閥の跡取りとして恥の無い人生を送ると」


話しの内容が大き過ぎてついていけない。俺は頭が悪いから、どうして良いか分からない。だけど


「そんなのおかしいだろ」


「……小枝樹くん?」


「そんなのおかしいだろっ!!一之瀬は努力してきたんだろ!?沢山傷ついてきたんだろ!?だったら何でそんな条件をつけられなきゃいけないっ!!一之瀬は一之瀬だっ!!」


俺は叫んでいた。何を言って良いのかも分からないまま、俺は一之瀬に自分の気持ちを叫んでいたんだ。だけど、一之瀬は俯き


「……しょがないでしょ」


「……一之瀬?」


「そんなのしょうがないでしょっ!!次期当主だった兄さんは死んでしまったのっ!!そして残された私達姉妹の中で尤も優秀だったのは私だったわっ!!姉さんよりも妹よりも私は、才能をもって……、天才として生まれてしまったからよっ!!!」


自分の中にある怒りを顕現する一之瀬。だけど、そんな事は関係なくて、俺はそんな風に言う一之瀬に怒りを覚えた。


「しょうがなくねぇだろっ!!一之瀬は一之瀬だ、他の誰でもない、この世界にたった一人だけなんだっ!!何で自分を犠牲にすんだよっ!!なんでそんなに━━」


「小枝樹くんには分からないわっ!!!!!」


今までにないくらいに、一之瀬は叫んだ。A棟にいる生徒や教師にも聞こえてしまうんじゃないかと心配になるくらいの大きな声で。それでも一之瀬の感情は止まる事を知らなくて。


「天才として生まれてしまった私の事を、凡人の貴方が分かる訳無いのよっ!!!!」


凡人。


俺がずっと求めていた存在。俺がなりたかった者。天才少女の一之瀬夏蓮に言われて、本当は嬉しいはずなのに、なんでだろう……。


胸が痛い……。


俺は一之瀬の事を何もわかってやる事が出来ない。どんなに一之瀬が傷ついても、どんなに独りぼっちになっても、俺は何も気づいてやれない……。


俺は俯いてしまった。自分の不甲斐無さを噛み締めながら。


「……っ!!ち、違うの、今のは、違うの……」


何が違うんだよ。今のは一之瀬の本心だろ。一之瀬が思っていた事なんだろ。今日まで俺はそんな風に一之瀬に見られていたんだな。だけど俺はもう違う


「大丈夫だよ。俺が一之瀬の事をわかってやれないのは本当の事だし、きっと一之瀬が何で苦しんでいるのかも俺には分からない」


俺は涙を流している一之瀬に話始める。


「俺は凡人だ。凡人のうえに本当の事を何も話せない臆病者だ。だけど俺は一之瀬の笑顔に救われたんだ。大嫌いだった天才少女さんの笑顔で救われた……。俺は俺でいて良いんだって思えたんだよっ!!全部一之瀬のおかげなんだ……」


何も言わずに俺の顔を見続けている一之瀬に俺は話し続ける。


「俺がさ、牧下と仲良くなろうよ作戦の最後で倒れた時、病院で目が覚める前の最後の景色は、一之瀬が泣きながら俺の名前を呼んでる姿だったんだ。倒れる時にもう目が覚めなければ良いって俺は思ってた、だけどあんな一之瀬の顔見たら、頑張んなきゃいけないって思った」


俺は数日前の事を思い出しながら話す。一之瀬にはどうでも良い事を俺は話続けた。


「だけど俺はこんなにも一之瀬に救われているのに、一之瀬を救えない……。本当に凡人である自分が憎いよ」


気がつけばもうオレンジ色に煌いていた夕日の殆どが世界に飲み込まれていて、暗い世界を創り上げようとしていた。明りの無い教室は、俺と一之瀬の距離を離していくようだった。


それでも冷たく気持ちい風が、熱くなった俺の身体を冷ましていく。何で二年になって、こんな春の始まりに俺は天才少女と言い合っているんだ。


無駄な時間。本来の自分に戻ればこんなにも苦しまずにすむ。俺も一之瀬も。


それでも今の俺達の感情は止まらなかった。


「どんなに頑張っても、どんだけ努力しても、俺はきっと一之瀬の気持ちは分からないっ!!生まれた環境だって、これまで起こってきた出来事だって、俺等は何もかもが違うんだっ!!」


「だったら何で私との契約を結んでくれたのっ!?無理矢理だったのに、最後には頷いてくれた……。それは私を憎んでいたから、私が天才だから、適当にあしらってやろうと思って頷いたの……?」


違う。そんなんじゃないのに……。


「何で一之瀬はそんな風に悲観的になるっ!!俺はそんな事思ってないっ!!確かに俺は天才が嫌いだ、一之瀬とここで出会う前までは一之瀬の事も本当に嫌いだった」


「だったら何で私をこんなに構うのっ!!突き放してよ……。私の事が本当に嫌いだったら突き放してくれたほうが私は救われたわっ!!!」


涙で顔をクシャクシャにして俺に訴えかける一之瀬。そんな一之瀬の言葉が俺は気にくわなかった。


「俺にはもう一之瀬が必要だからに決まってんだろっ!!!!!」


俺の声は暗くなってしまったB棟に、この教室に響き渡る。


「俺は凡人だよっ!!一之瀬は天才だよっ!!それがなんなんだよっ!!!確かに最初は一之瀬の押しに負けた感じだったよ、だけど今日まで一之瀬と一緒にいて、俺は一之瀬が必要なんだって思った……。一之瀬の見方だって変わった。本当に天才なのか疑問に思った」


もう一之瀬の表情なんか暗すぎて殆ど見えない、だから一之瀬の今の状況を俺に把握する術は何もない。それでも俺は言い続けた。


「だから今日、一之瀬の事を聞いて俺で良いのかって思ったよ……。だけどそれでも一之瀬が俺で良いって言うんだったら━━」


俺は一之瀬に近づき、一之瀬の肩を両手で持った。


「俺が一之瀬の願いを叶えてやる。一之瀬が俺を必要って言ってくれたように、俺にも一之瀬が必要なんだ。だから皆でこの学校を卒業しよ」


やっと一之瀬の顔がはっきりと見えた。俺の笑っている顔に反応し、一之瀬は大粒の涙を流し始めた。そして


「……どうして、どうして小枝樹くんはそんなに優しいの……?」


「何言ってんだよ。翔悟の件の時、一之瀬は俺を抱きしめてくれただろ、俺の心を癒してくれただろ。牧下の件の時もそうだ、最後倒れた時に俺の事を本気で心配してくれた。まぁ神沢の件の時はホームズに悩まされたけどな」


俺は一之瀬をからかう様に笑った。だけどこんな風にもう一度この場所で一之瀬と笑っていられる今を、幸福と思っている俺もいたんだ。


「一之瀬に時間が無いなら、俺がそれまでにどうにかする。一之瀬がいなくなって、辛い思いをするやつ等がいるからな」


「……小枝樹くん」


「俺だって一之瀬のおかげでもう一度親友が出来たし、友達も沢山出来た。だからさ俺、思うんだ」


俺はいつも一之瀬が見ている、何も無いB棟裏から見える景色を窓から見た。そして


「俺等はもう独りぼっちじゃないんだよ」


夕日は落ち、暗くなった世界。だけど、雲は無く空には星達が煌いていた。そして、こんな俺等を照らしてくれている真ん丸な月。


冷たい風は吹いて無く、ただただ肌に触れる少し冷たい春の始まりの空気を感じていた。









翌日。


自分達の事は話した俺と一之瀬。本当に意味で天才と凡人の差を俺は噛み締めていた。


俺は一人学校の昇降口で上履きに履き替えている。まぁ、雪菜はいつもの如く寝坊ですよ。あいつの怠惰にはついていけないよ、本当に。


そんな俺は軽くあくびをしながら自分の教室を目指している。


ふざけあっている男子生徒、何を話しているが分からないが楽しそうに笑いながら話している女子生徒。


いつもの様に見える普通の光景を横目に見ながら、俺は教室のたどり着く。


「おはよう」


俺は教室の中にいる奴らに挨拶をした。するとそれにすぐさま飛び付いてくる一人のイケメン野朗がいた。


「おはよう小枝樹くん。あれ白林さんは?」


朝から眩いばかりのイケメン笑顔をやめてくれ。俺の視力を下げたいんですかイケメンさん。


「雪菜は置いて来たよ。いつもの如く寝坊してるのに朝飯を食いだしたからな」


本当に雪菜の怠惰スキルには困ったものだ。俺がどんなに説得コマンドを駆使してもムリゲーになる。難易度ノーマルが鬼畜過ぎるんだよ。


「ははは、白林さんは本当にマイペースだね」


だからそのイケメン笑顔をやめてくれ。本当に俺の視力が下がってしまうじゃないか。というか、最近気がついたんだが俺が神沢と話していると、女子が変な目で見てくるような気がするんだ。


何故ニヤニヤしながら俺と神沢を見る。貴様等は小さい声で話しているようだが俺にはちゃんと聞こえてるんだぞ。なにが


『絶対に小枝樹くんが攻めだって』『でもでも神沢くんが小枝樹くんを攻めてるのも捨て難い』


はははははは。本当に俺は女子が怖いよ。あいつ等の頭の中を覗いてみたい反面、怖すぎて無理だ。あの頭の中で俺と神沢はどんな風になっているんだ。


だから俺は何も知らないフリをする。何も見てません、何も聞いてません。


「お、おはよう。さ、小枝樹くん」


そうそう、女子というものはこんな風に天使でなきゃいけないんだ。


「おはよう牧下」


牧下優姫。何故こんなにもミニマムでこんなにも愛らしいんだ。これぞまさに地上に降り立った天使。無垢な存在でありながら、この挙動不審さ。あぁ癒される。


一応だが言っておこう。俺は決してロリじゃない。俺は決してロリじゃない。大切な事は二回言う。


そんな朝のマッタリとしている空間に悪魔大元帥が降臨した。


「おはよう小枝樹くん。朝からイヤラシイ目で牧下さんを凝視しているみたいだけど、貴方はいつまで変態でいるつもりなの」


「い、一之瀬さん。おはようございます……」


怖い、怖すぎるよこの天才は。何で朝から悪魔大元帥の一之瀬とエンカウントしなきゃいけないんだ。俺はなんだ、不幸な人なのか。


「小枝樹くん。早急に牧下さんから離れて、自分が下等で下劣な存在だと認め、神に懺悔しなさい」


昔の俺は結構人気者だった。虐められてる奴を助けたこともあったな。なのに何で今俺は虐められているんだろう。


というか……。


イケメン王子は何故この状況を見ているのにも関わらず、俺を助けようとしないんですかねっ!?


「あー今日も牧下さんには癒されるなー」


何で俺の許可も無く牧下の頭をナデナデしてんだこのイケメンはああああああああああっ!!


「ちょ、か、神沢くん。か、髪が、く、崩れちゃうよ」


あーもう、俺は死んでも良いかもしれない。神沢に頭を捏ね繰り回された牧下が、自分の髪を直している。あー本当に俺はもう死んでもいいや。


「あ、一之瀬さん。今日も小枝樹くんは白林さんを起こしに行ったんだけど、寝坊してるのに朝食をとり始めたみたいで置いてきたらしいよ」


はっはっは。何でこのイケメンは火に油を注ぐようなマネをするんだっ!?本当は俺の事嫌いだろ、なぁ嫌いなんだろおおおおおお。


「……小枝樹くん。一度ではなく二度までも、貴方は白林さんの部屋に侵入したのね」


「ち、違うんだよ一之瀬。ゆ、雪菜を起こしに行くのは昔からの俺の役割な訳で、一之瀬が想像しているようなイヤラシイ事は一切ないんだ」


何で朝から俺は言いわけ並べているんだ。つかもう誰か助けて……。


「たあああああくまああああああああっ!!」


どうして俺が助けを求めている時にいつもお前が来るんだよ……。頼むからこれ以上戦火を広げないでくれよ。


「どうして先に行っちゃうのよおおおお」


なんだ、あれか。雪菜嬢の登校シーンは俺に泣きながら置いていった理由を聞く感じなんですね。それでも余計な事を言わない雪菜、本当に偉いぞ。


「だからいつもお前が朝飯を食いだすからだろ」


「だって……、食べないと力でないし……」


よし、これで悪魔大元帥の一之瀬からエスケープできる。今日の雪菜は本当偉い。


「ねぇ、白林さん。いつも小枝樹くんが貴女を起こしに行っているみたいだけど、本当なの」


「うん、いつも拓真が起こしに来てくれるよ。でもあたし寝相が悪いから、拓真にはいつもお見苦しい所を見せちゃってるよ」


はっはっは。火に油で済めばまだ良かった。何で火事現場にいきよいよく風を流し込むのかねこの馬鹿雪菜嬢は。つか何「てへっ」見たいに笑ってるんだこの雪菜さんは。


「……小枝樹くん。貴方は毎朝、白林さんの見苦しいあられもない姿を、その眼に焼き付けているのね」


おかしいよ、おかしいよっ!!なんだよその解釈のしかたはっ!!何で俺がこんなに変態扱いされなきゃいけない。


「おーい、拓真いるか?」


この声はっ!!本物の助けが来たみたいだ。


俺はすぐさま廊下へ出るために走り始める。


「良くこのタイミングで来てくれた翔悟。お前はただの木偶の坊じゃなかったんだな」


「は……?お前何言って━━」


俺は翔悟の言葉を聞かずにエスケープを図る。というか、ただの逃走だ。逃げなきゃ俺の命は悪魔大元帥に貪られる。


「ちょ、待ちなさい小枝樹くんっ!!」


俺は自由を手にする為に逃げる。どんな手段を使っても逃げ延びてやるんだ。こんな悪魔大元帥に負けてたまるか。だけどなんだか、こんな今の状況が俺は嫌いじゃない。


普通に楽しいと思っている俺がいた。それはこの学校に入学してから味わったことも無い幸せな感覚で、今の俺はちゃんとここにいるんだって実感できた。


こんなにも楽しい奴等がいて、そこには俺もいる。これが春の始まりの話で、俺が大切だと思える一年間の始まり。


冷たく流れていた風はいつも間にか少し温かくなってきてて、今の俺は時間を忘れて笑っていた。


長いようで短い、そんな俺の高校二年の時間が動き出した……。







ガシッ


「あだだだだだだあああああああああああっ!!」


走って逃げている俺は何者かに頭部を鷲掴みされた。その力は万力のような物凄い力で、俺は苦痛の為、叫ぶことしか出来なかった。


「拓真、廊下は走るな」


おうっ。悪魔大元帥から逃げていたら、本物の魔王とエンカウントしてしまったよ。ははは、本当に俺はついてないな。


「いだだだだだだだだだあああああああああっ!!」


「なんだ私の言葉が理解出来ないのか」


待てっ!!待てっ!!俺は痛みで言葉が出せないだけだっ!!俺は何も悪くないんだアン子っ!!!


「謝罪は無いか。なら、刑を実行するまでだ」


ほ、本当に待ってくれアン子っ!!このモノローグがお前になら分かるだろっ!!


「安らかに眠れ」


「あああああああああああああああああああああああああっ!!!!」


昏倒した俺は、これから楽しい時間が過ぎるのだと思っていた。


皆が傷つかない、そんな時間が。






はい、いかがでしたでしょうか。

今回で第一部完という事になります。

長かった……。何か普通に疲れてしまいました。夢中で書いていたので、話がちゃんとなっているのか不安でしょうがないです。


というか、誤字脱字が多い。私がこれから直していかなきゃいけない課題です。


それでも最後まで読んで頂き本当に有難うございます。


次回からは第二部をお楽しみ下さい。


では、さかなでした。

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