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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第九部 冬休み 刻マレル証
131/134

43 後編 (拓真)

 

 

 

 

 

 フワフワとした気持ちは冬の冷たい空気とは正反対に俺の体温を上昇させる。


 今日という日は一日中一之瀬と一緒にいてとても幸せだったと感じていた。さっきまで一緒にいた一之瀬の温もりも不意にされたキスの感触もまだ俺の身体は覚えている。


 意識をしていないと思いだすだけで口角が上がってしまう。それは最後にしたキスだけではない。


 昨日の夜、俺と一之瀬は繋がった。想いだけではなく物理的に身体も繋がったのだ。


 はっきり言おう。興奮しなかったといえば嘘になる。だってそうだろ。あの美少女の一之瀬夏蓮だぞ。誰もが美しいと絶賛する少女と、その、あの、色々するなんて興奮するに決まっているでしょう。


 ここで思いだしてもらいたいが、俺は天才だが思春期真っ只中の健全な男子高校生なのです。キスをするだけでも色々とテンションが上がってしまうのに、それ以上のことをするとなればもう大変ですよ。


 目を閉じるだけで昨日のことが鮮明に思いだされる。一之瀬の肌の感触も一之瀬の甘い吐息もすべて。


 だけど、どうして一之瀬はあんなこと言ったんだ。


『私に貴方の証を刻んで欲しい』


 そういう行為をしたいという気持ちは俺にだってあった。だけどそれは愛を確かめる行為であって、あんな苦しそうに言うものではない。それに証を刻むってどういうことなんだ。


 確かに一之瀬は、その、初めてだったと思う。俺だって初めてだ。何が正しくて何が間違っているのかさえ分からない。天才だって緊張もするし、どうしていいのか悩んだりだってします。


 いやいや、そんなことを考えているのではなくて、どうして一之瀬があんな言葉を使ったのかが今の論点だ。


 女性から誘わせてしまったことは俺に非がある。だけどそれだけじゃ解決しないもっと何かを含んだような雰囲気があの瞬間にはあった。そもそも証ってなんだったんだ。


 岐路の時間はあっという間で思考をしているうちに家の近くまで来ていた。というか、考えすぎていたせいか家を通り過ぎてしまった……。


 こんな些細なミスをすることで自分が本当に天才なのか疑問に思ってしまうことがありますよ。でもまぁこのさい近くの公園でもう少し考えるのもいいかもしれない。


 俺は過ぎてしまった家に戻ることなく公園へと足を進ませる。その間も色々と昨日のことやさっきまで一緒にいた一之瀬のことを考えていた。


 そして思う。俺は純粋に一之瀬のことが好きなのだと。それは再認識ではなく強く噛み締める確かに存在する俺の気持ち。B棟が無くなったってこの気持ちは変わらない。


 そう、B棟がなくなったとしても……。


「だから、さっきのは冗談だって言ってるだろ」


 公園に近づくと聞きなれた男の声が聞こえた。その声が聞こえたということは公園で考えごとができなくなってしまったという現実。


 少しばかり面倒くさいとも思ったが俺はそのまま公園に入っていく。


 大きいとは言い難い公園。俺が小さいころからよく使っていた公園。砂場があってブランコがあってベンチがある。どこにでもあるような公園。


 そんな公園のベンチには長い銀髪の少女が座していて、少女を説得するように赤毛の男子がワナワナとしている。


 登場人物がこれだけならいいものの、ブランコに目を向ければ


「やっぱりブランコ楽しいー!」


 騒いでいる女子がもう一人。


 項垂れ嘆息し俺は呆れた声音で話しかける。


「お前等、こんな時間になにやってんだ?」


 時間が遅いわけではない。だが、既に陽は沈みよい子は家に帰らなくてはいけない時間帯だ。とは言っても、ここにいる奴等は高校生だ。よい子だったとしてもまだこの時間帯くらいなら外を出歩いていても不思議はない。


 俺の声に気がついた赤毛の男子が振り向く。すると、今は俺に会いたくなかったといわんばかりの表情になり、視線を逸らしながら


「よ、よう拓真。どうしてお前がこんなところにいるんだ?」


「それはこっちの台詞。つーかさっき俺が言った。で、お前等はここでなにを━━」


 言い終える前に言葉をとめた。そしてベンチに座っている長い銀髪の少女を完全に視野に入れたとき俺は再び嘆息した。


「おいレイ。それに雪菜。もしかしてお前ら面倒くさいことしようとしてないだろうな」


「な、何でそう思うんだよ」


「そりゃ、普段から一緒にいるわけじゃない下柳がこんなところにいれば勘ぐったりもするだろ」


 長い銀髪の少女。下柳純伽。制服姿の彼女しか見たことがなかったせいか、いや冬祭りのときはドレスを着ていたな。だが今の下柳は私服だ。チェック柄のスカートに白のニット。清楚な雰囲気を醸し出す服装は下柳に似合っていると素直に思った。


 二学期の最後のほうでは色々と面倒事に巻き込まれたりもしたが、下柳は純粋に生徒会長の仕事を全うしようとしただけだ。今になってはそれもいい思い出なのだろう。


 話は戻るがどうしてここに下柳いるかだ。それに今の下柳はどこか元気がない。だが、そんな理由もすぐに分かってしまう。


「た、拓真くん……。ぐすんっ、ぐすんっ……。拓真くんだけが私のことをちゃんと覚えてくれてたよおおおおお」


 ベンチから立ち上がり大粒の涙を流しながら俺にしがみ付く下柳。普段は立派な生徒会長を演じているが、無視をされたり弄られたりするとこの生徒会長はすぐに泣く。これが本来の下柳だと断言はできないが俺の知っている下柳はこんなものだ。


 状況が掴めない俺は泣いている下柳に気がつかれないようにレイを睨む。するとレイは諦めたような表情で項垂れた。


 とりあえず下柳が落ち着くのを待って状況説明をレイにさせよう。


 俺は泣いている下柳を再びベンチに座らせそのときが来るのを待った。




 全ての話しをレイから聞き。俺の溜め息は最高潮になってます。


 ようするに何か色々あったところに下柳が登場して知らない人のフリをしたら下柳が泣いてしまったということだ。内容のなかの色々という部分はレイが白状しなかったのでよくわからない。だがそれが面倒くさい案件だということは何となく分かった。


「それで、泣いてしまった下柳をなだめるためにここまで連れてきたと」


「そうです……。なんか本当にすみません……」


 謝罪を繰り返すレイ。そんな中、雪菜嬢は


「やっぱりブランコ楽しいー!」


 もう呆れてなにも言えません。ブランコを高速で漕ぎ続ける雪菜に謝り続けるレイ、それに泣き止んではいるが目を真っ赤にした生徒会長。これをカオスと言わずして何をカオスと言うのでしょうかね神様。


 本当に公園に来たことを後悔してますよ。でもまぁ、今話しを出来るのはレイしかいないし、聞くだけ聞きましょうか。


「それでレイ、お前らは何を企んでるんだ?」


「だから、拓真にそれは言えないんだよ」


「どうして」


「そりゃ……。これ以上拓真に迷惑掛けたくないっていう親友心だよ……」


 俺に迷惑? ということは絶対に面倒くさいことをしようとしてますね。これ以上レイを問い詰めても白状しなさそうだし、ここは雪菜に聞くか。


「おーい雪菜。お前らは何しようとしてんだ?」


 俺の声がやっと聞こえたのか雪菜はブランコから下りてスタスタと俺の目の前までやってきた。そして真剣な表情で俺に言う。


「拓真には言わないよ」


「お、おいユキ」


「拓真には絶対に言わない」


 雪菜の声音は真剣なものだった。それを止めるレイもどこか気まずそうにしている。


 まぁ本気で俺には言えないことなのだろう。いつもなら簡単に相談してくるのに、どうしたものか心境の変化でもあったんですかね。


 雪菜の言葉を聞いた俺は一つ息を吐き


「さいですか。まぁ言わないなら言わないで構わないけど、あんまり人様に迷惑かけるなよ?」


 俺の言葉を聞いた雪菜とレイは意外そうな表情をしていた。驚いていると言うのが正しいのかもしれない。だが、ここにいる奴でそれを許さない奴が一人いた。


「拓真くんはそれでいいのかっ!」


 はい、そうです。下柳純伽生徒会長さんです。


「いいもなにも、言いたくないのに無理矢理聞いてもしょうがないだろ。それにコイツ等が俺を頼らないって決めたから言わないんだろ? なら親友としては何もしないし何も聞かない。コイツ等を信じてるとか恥ずかしいことは思ってない。でも、なにかあるなら助ける。それが親友で家族だ」


 どんなに離れてしまっても、同じことをしていなくても、俺等は繋がっていられる。


 一之瀬と繋がれたことで心境の変化があったのは俺のほうかもしれない。前までの俺なら怒鳴ってでも問いただしてただろう。


 そんなときふと思ってしまった。


 あぁ、俺等もちゃんと大人になろうとしているんだ。子供のままじゃいられないってどこかでしっかり考えてるんだ。この先ずっと一緒に居られるわけじゃない。


 レイには夢がある。それを叶えるためにまた離れ離れになるかもしれない。雪菜だって女の子だ。いつか結婚とかすればこういう当たり前がなくなってしまう。


 俺だって、このままじゃないって自分で思えてしまう。だからこそ、俺たちはずっと最後の一歩を進むことが出来なかったんだ。


 だけど今、雪菜はその一歩を踏み出そうとしているように思える。だから何も聞かない。


 それでも下柳は納得いかなかったみたいだ。


「拓真くんが言うことは正しいのかもしれない。だけどその内容がB棟のことだとしても君は何も聞かないというのかっ!」


「B棟ね……。つーか下柳、お前は俺を甘く見すぎてる。コイツ等が話せないなんてB棟の現状を知ってる俺ならソレだって思うだろ」


「なら何故━━」


「俺は諦めたんだよ。B棟がなくなっても俺等の絆はなくならない。神沢の受け売りだけどよ。でも本当にそうだと思いたいんだ。B棟の取り壊しに一之瀬財閥が絡んでいることも知ってるし、そのことで一之瀬が悩んでいる事も知ってる。だからさ、諦めた俺なんかよりも諦めてない雪菜たちのほうが守れるって思うんだ」


 真っ直ぐと下柳を俺は見る。眉間に皺を寄せている下柳はやはり納得していない様子だった。


 なら聞くの手っ取り早い。


「つーか、下柳はどうしてそこまで食い下がるんだよ」


「私は……、B棟三階右端の教室で君達と出会って沢山のことに気がつかせてもらった。私が未熟だったのは重々承知している。だがそれ以上にあの場所で笑っている君達が羨ましいとも思えたのだ。だからこそ生徒会長の私はどうにかしたい。君達の居場所を安易に壊させたりしたくない。でも拓真くんは何も聞かない。あろうことか雪菜くんも何も話そうとしない……。それが私にはわからないのだ」


「だから、それは説明しただろ? 諦めた俺よりも諦めてない雪菜たちのほうがどうにかできるんだよ」


「それでもっ!!」


 なんだか少しずつイライラいてきた。どうしてこの生徒会長は納得してくれない。俺がいいって言ってんだからそれで構わないだろう。


「あのな下柳。あんまり俺の幼馴染をバカにすんなよ」


 攻撃的な声音で言ってしまったことは理解している。だけど、コイツ等だって……。


「コイツ等は俺を頼らない。そう決めたんだ。それになコイツ等を信じてるわけじゃないけど、何もできませんでしたって無様な姿を見せるほど俺の幼馴染はやわじゃねーんだよ。そうだろ? レイ、雪菜」


 出来る出来ないなんてどうだっていい。だけどコイツ等にも意地がある。それを分からないなら幼馴染とか親友とか家族だなんて言わない。


 俺の言葉にレイが反応する。


「当たり前だろ。この天才野郎に負けてばかりじゃ格好がつかないからな」


「うん。あたし達は絶対にできるよ。絶対に守るよ。拓真の居場所だからとかじゃない。あの場所はあたし達の居場所だから」


「つーことなんですよ生徒会長」


 本当に自慢の幼馴染達だ。コイツ等なら本当にどうにかしてしまうんじゃないかと期待してしまう自分も確かにいる。だけどきっとそれは無理だろう。


 どんなに頑張ったところで一之瀬財閥が噛んでる案件だ。一般の高校生風情がどうにかできるなんてことはない。それは天才が関わっても同じことだ。


 やる気に満ちているレイと雪菜を見ている下柳はいまだに不安そうな表情をしている。その視線を何度も一人一人に移しては俺で止まり何かを訴えかけようとしている。だが、言葉は詰まり呑みこめずただただ眉間に皺を寄せるばかりだった。


「なにも言うことがないならこの話はこれでお終い。つーかレイに雪菜、マジで誰かに迷惑だけはかけるなよ?」


「はいはい分かってるよ。天才さん」


「あたしは肉まんが食べたいっ!! レイちゃん奢ってっ!!」


 俺の言葉に返答するレイと、もうすでに会話をする気のない雪菜。


 この公園に入ってきたとき俺は嘆息した。そしてまた俺は深く溜め息を吐いている。


「あー、雪菜が肉まん食いたいみたいだからレイよろしく」


「ちょっと待て拓真っ! どうして俺が肉まん奢ることになってんだよっ!」


「そりゃそうだろ。というか俺は下柳を送ってくる。だからお前が肉まんを買え」


 下柳がどこに住んでいるのかは知らないが、この辺に住んでないことだけは分かる。


「よーし、行くぞ下柳」


「え、ちょ、拓真くん」


「レイのことはいいよ。それに下柳は苛められた側だからレイなんてほっとけ」


 肉まん肉まんと騒いでいる雪菜を押し付け、俺は下柳と公園から出て行った。出て行く寸前にレイの叫び声が聞こえたことは、まぁどうでもいいだろう。





 足並みはバラバラ。俺が前で下柳が後ろ。だから今の下柳がどんな表情しるのかなんて俺には分からない。ただ分かるのは、俺よりも歩くのが遅いということだけだ。


 長い時間話しをしていたわけじゃない。陽が落ちてから凄く時間が経ったわけでもない。歩いていれば何人もの人とすれ違うし、どこの家だって明かりがついている。


 今の下柳は何を考えてるだろう。さっきの話しのことを考えていることくらいは何となく想像つくが、だとすれば足りなかった言葉を伝えることが今すべきことなのだと思った。


「さっきは悪かったな」


 振り向かず俺は前を向きながら言葉を紡ぐ。


「別にすげー怒ったわけじゃないんだ。ただもっとあいつ等を信じて欲しかっただけなんだ」


 俺の言葉に無言を返す下柳。だから俺は続けようとした。だが


「謝らなくていい。先ほどの話しの中で非があったのは私のほうだ。だが、それでも納得はしていない。どうして拓真くんは力を貸さない。頼られないからなんて本当に理由になるのだろうか」


「理由にはならないな。だけどさ、下柳が言ってることはB棟取り壊しの全容が見えてないから言えることだって思うよ?」


 足を止め俺は振り向いた。


「全容……?」


「そう、全容だ」


 等間隔に並ぶ人工的な光が下柳の銀色の髪を輝かせた。一瞬、眩しいと思い目を細めたが、それは本当に一瞬のこと。


 俺は下柳の隣にまで行き、再び二人で歩き出す。


「全容とはいったいなんなんだ」


「まぁ俺も全部が分かってるってわけじゃないんだけど、今回の件は一之瀬財閥が関係してる。それはレイたちから聞いたか?」


「あぁ……」


「つーことはさ、どんなに足掻いたってなにもできないってことなんだよ。前々からあがってたB棟取り壊しの案件を一之瀬財閥が簡単にクリアさせてくれるってわけだ。その話しに乗らないほうが大人としてどうかしてる」


 歩幅は下柳に合わせてる。だから歩くのが遅い。


「それでここからは俺の推測なんだけど、今回の件の標的は俺なのかもしれないってことだ。自画自賛みたいであまり言いたくないんだけどな」


「拓真くんが標的……? 待て、拓真くんとB棟取り壊しになんの関係があるっていうのだ」


 純粋な疑問。それを言われるのは予想内のことだったから動揺なんかはしない。


「まぁ正確に言えば標的は俺で、一之瀬財閥が欲しがってるのは一之瀬夏蓮。って言えば分かるかな?」


「どういう、ことだ……? 一之瀬財閥が欲しいのが夏蓮くん……? いったい君はなにを言っているのだ」


「だよな。これじゃ分からないよな。俺はさ、一之瀬財閥現当主の一之瀬樹と一回だけ会ったことがあるんだよ。なに考えてんのか全然分からなくて、底がしれない本当に怖い人だって思えた。でも一つだけ分かったことは、あの男は自分以外を駒としか考えてないってことだ」


 再び自然と俺の足が止まる。それに気がつくのが少し遅かった下柳は振り返り、俺を視野へといれた。


「どうして拓真くんはそう思うんだ……?」


「一之瀬が言ったんだ。『私のせいでごめんなさい』『守れなくてごめんなさい』って……。アイツが謝ってきたってことはB棟取り壊しの件に一之瀬は関わっていない。そして次期当主という現状でも打破できないってなれば、首謀者は一之瀬樹になる。それだけじゃない、一之瀬は何度も俺に『一之瀬財閥の歯車になればいい』とか『私は人形になる』とか言ってたんだ。それを踏まえればどうしてこのタイミングでB棟の取り壊しが決定したのか分かってくるだろ」


 あくまでも俺の予想を超えはしない。だけど間違っているとも思えない。本当は後藤と接触できれば手っ取り早いんだが、ここで後藤と接触するには危険な気がする。


「つーことで今の俺には何もできないんですよ」


「拓真くんの言ってることが本当だとすればB棟取り壊しは完全に私情ではないかっ! 大人がやっていい範疇を超えているっ!!」


 声を荒げても仕方がないことだろう。誰が聞いたっておかしな話だ。もしもそれが本当だとしたら怒りを覚えるのは俺等だけではないだろう。


「下柳のいうとおりだ。だからこそ俺はなにもできない」


「どうして拓真くんがなにもできないのだ。君は天才だろう。ならこの件の打開策だって考えられるはずだ」


「確かに俺は天才だ。だけど、ここで俺が表立って動けば一之瀬樹の思う壺だとおもわないか?」


 俺が動けば一之瀬樹は手段を変えてくる。それはただのガキがどうこうできるレベルを超えてきてだ。そうなれば本当に打つ手がなくなる。今の俺ができる最善は何もしないだ。


「それで拓真くんは雪菜くん達の意見を呑んだということなのか……?」


「そういうことです。理解が早くて助かるよ。だからこれから言うことは下柳の胸の中におさめておいて欲しい」


 真っ直ぐと下柳を見つめ、俺は深く頭を下げる。


「頼む、あいつらの力になってほしい。今の俺には表立ってなにかをすることができない。自分なりにできることはやる。だけど、今のあいつ等にはアンタの力も必要なんだ」


「拓真くん……」


「面倒ごとを押し付けているのは分かってる。だけど頼む……」


 返答がない。俺の声が届いてないことなんてないだろう。でも返答がないということは


「なぁ拓真くん。一つだけ聞いてもいいか?」


 下柳の言葉を聞いて恐る恐る頭をあげる。


「どうして君はそんなにも強いんだ。君の原動力はいったいなんなんだ」


 俺の原動力。そんなの決まってる。あいつ等が頑張っているからだ。B棟を、あの教室を本気で失いたくなって思っているからだ。埃っぽくて狭くて不必要なものばかり置いてある俺等の居場所を失いたくないって思ってるバカがいるからだ。


 だけど、今の俺はもっと単純だな。


「俺の大切な人を……、一之瀬を泣かせたからだ」


 たったそれだけ。昨日の夜、一之瀬が泣いたから。それは自分を責めて流してしまった涙だったかもしれない。でも俺には歯がゆくて悔しくて自分を責めてるだけの涙には見えなかった。あの涙を流させた元凶は一之瀬樹だ。


 俺はそれが許せない。ただ純粋に日常をおくりたいと願っているだけの女の子の想いすらも踏み躙る一之瀬樹が許せないんだ。


 天才少女の俺の彼女は俺と離れるだけで寂しくて泣いちゃうかもしれないか弱い女の子なんだぞ。今だってもしかしたら寂しくて泣いてるかもしれない。理由なんてそれだけで十分だ。


「そうか。やはり君という男は不思議だ。こんなにも心を動かされてしまう。任せておけ小枝樹拓真。この生徒会長の下柳純伽をみくびるなよ。三学期が始まり次第、学校全体の問題として学校側に申請しよう」


 俺のワガママに付き合ってくれる阿呆がまだいたとは思わなかった。でも、本当に頼りになる生徒会長様だ。


 自分が天才だとかそんなの忘れさせてくれるくらい俺の周りにいる奴等は俺を助けてくれる。だから俺も前を向けるんだ。


「ありがとな。まぁ何かあったら連絡するよ」


「あぁ。拓真くんもあまり無茶をしてはいけないぞ。今の君は守るべき大切な人がいるのだから」


 その後、俺は下柳を駅まで送った。何もなかったいえば嘘になってしまうけど、まだまだ諦めちゃいけないってことだけはちゃんと理解した。


 それにやっぱり一之瀬には泣いてなんて欲しくない。溺愛過ぎなのかは分からないが、好きすぎて頭おかしくなりそうなことだけはわかる。


 あと少しで三学期が始まる。それまでに俺にできることは全部するつもりだ。


 冬の冷たい風が俺の身体に巻きつくが、歩いていける道が照らされそんな寒さも忘れてしまっている。この道が正しいと信じて、小枝樹拓真は歩き出す。

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