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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第一部 一学期 春ノ始マリ
13/134

5 中偏 (拓真)

月明かりが雪菜を照らす。俺はベンチから立ち上がり、雪菜を見た。


なんでだろうな。今の雪菜の顔は凄く悲しそうに見えて、俺はそんな悲しそうな雪菜の表情を月明りのせいにしていた。


「それで話しってなに?」


雪菜は俺に近づきながら呼ばれた理由を俺に聞いてきた。


「いや、その……。まぁなんだ少し話しでもしてからで良いだろ」


何でここまできて俺はまた逃げるんだ。誤魔化したって先延ばしにしたって、結局は言わなきゃいけない事なのに。


「ふーん」


雪菜はそう言うと前の時みたいにブランコに乗り出した。ギーコギーコと響く音。その音がどうしてもこの間の事を思い出させる。


そんな雪菜をただ見つめる事しか今の俺には出来なくて、俺と雪菜の間に静けさが漂う。日が落ちてそんなに時間は経ってないはずなのに、もう夜が更けているような感覚になった。


だたひたすらブランコを漕いでいる雪菜。何も言わずに、俺が何かを言うのを待っているかのように、雪菜は何も言わなかった。だから


「なぁ、雪菜」


俺は重たくなった口を開き、雪菜を呼んだ。


「なーに拓真」


呼んでもブランコから降りない雪菜。俺は雪菜の隣のブランコに座って


「何でそんなに楽しそうにブランコ乗ってんだよ」


「そんなの楽しいからに決まってんじゃん」


「何がそんなに楽しいんだよ」


「んー、なんだろうね。わかんないけど、風を感じるし、それに何か色々な事を忘れさせてくれるような感じがするから……」


雪菜は空を見ながら言う。星が瞬いている夜空を見ながら、本当に遠くを見ているような瞳で、雪菜は言った。


何を今、雪菜は感じているんだろう。何で俺、こんなに雪菜が分からなくなったんだろう……。昔から一緒にいるのに、昔はもっと分かってたのに、今全然わかんない。


今の雪菜は俺を見ていてくれているのか、もしかしたら俺が一之瀬の事を話したら、雪菜は俺の前から居なくなってしまうんじゃないか、離れていってしまうんじゃないか。


そんな不安が俺の脳裏によぎった。


「っよいしょ!!」


不意に雪菜はブランコから飛び降りた。そして


「あのさ、拓真が話したい事ってこの間倒れた事でしょ?」


ブランコに座っている俺の前に立ち、雪菜は俺へ問う。そんな雪菜に俺は何も言えなくて、俯き何も言わなかった。


「なに話されても大丈夫だよ。拓真が倒れた時に傍に居たのはあたしじゃなくて、一之瀬さんだから」


「……雪菜」


俺は俯いていた顔を上げ雪菜を見つめた。


「昔から拓真が倒れる時はあたしが傍に居たのに、この間のは一之瀬さんだった。その話をアンちゃんから聞いた時思ったんだ」


雪菜は俺に背を向け、身体の後ろで手を組み、綺麗な月を見ながら


「……もう拓真はあたしを必要としてないんだって」


ドクンッ


発作が起こりそうになった。だけど、そんな事なんかどうでも良い。雪菜は俺がその言葉に敏感なのをしってる、なのになんで、雪菜はそんな事言うんだ。


苦しいのを忘れるくらい、俺は


「必要ないわけねぇだろっ!!!!」


俺は雪菜を後ろから抱きしめた。強く、強く抱きしめた。俺の胸が感じているくらい苦しく抱きしめた。


「お前はずっと俺の近くに、隣に居てくれたっ……!!俺が駄目になった時も、何も言わずに俺の事を心配してくれたっ!!どんなに俺がお前を拒絶しても、お前は……、雪菜は俺の傍に居てくれただろっ!!」


俺は必要ないと言った今の雪菜が許せなかった。いや違う、今まで何も雪菜に言ってこなかった俺が許せないんだ。


「雪菜が居なかったら、きっと今の俺はもっと酷い奴になってた。昔アイツに言われたように、簡単に人を傷付ける奴になってた。だけど雪菜が俺の隣で笑っててくれたから……、いつも俺の為に笑っててくれたから……」


雪菜を抱きしめる俺の腕が強くなった。雪菜を離したくないって思ったんだ。だが雪菜はそんな俺の想いとは裏腹に俺の腕を解いた。そして


「……なら。何で一之瀬さんとの事を何も教えてくれないの……?」


その瞳に涙を溜め込み、雪菜は今にも泣き出しそうだった。眉間に皺を寄せ、辛そうに俺を見つめた。そんな雪菜の肩を持ち


「それを言う為に呼んだんだっ!!もう雪菜に、そんな顔して欲しくねぇから……」


唖然としている雪菜をよそに俺は今回話したかった事を雪菜に言いはじめた。





「それで拓真が言いたかった事って全部……?」


俺は雪菜に今日までの事を全部言った。一之瀬の事も、翔悟の事も、細川の事も、神沢の事も、牧下の事も、そして俺が何で倒れたのかも。


「あぁ、全部だよ。俺は一之瀬と契約をした。アイツは何も知らないから、俺にそんな契約を持ち掛けたんだろう。だけど、それで戻れるかもしれないって俺は思ったんだ。そしたら倒れた。本当に俺はバカな奴だよ……」


後悔はしていない、本当に一之瀬と出会えた事はいい事だと思ってる。だけど、浅はか過ぎた俺の思考を俺は責め続けていた。


「……でも、それじゃ拓真が傷つくだけじゃんっ……!!」


再び雪菜は眉間に皺を寄せ、俺の心配をし始めた。


「それでもいいんだよ……」


「そんなの良くないっ!!!拓真はもう傷つかなくて良いんだよ……。沢山苦しんだもん、いっぱい辛かったもん……。だからもう、無理しないで良いんだよ……」


雪菜の気持ちが嬉しかった。今までの俺はこんなに優しく俺の事を思っていてくれてる雪菜を見てこなかったんだな。だから俺は


「……よくねーよ。俺はさ、アン子が信じてくれた、雪菜が大切にしてくれた昔の俺に戻りたい。苦しいかもしれない、辛いかもしれない。それでも俺はもう、雪菜に泣いて欲しくないんだ」


「……拓真」


「だけど、きっとそれには一之瀬が必要なんだ。だから……」


俺は雪菜が大切だ。今日話して、改めて思った。こんなにも俺の事を考えてくれていて、俺の心配をしてくれる雪菜は本物の俺の家族なんだ。


これで雪菜が嫌だと言ったら諦めよう。雪菜を苦しめてまで、俺は昔の自分に戻りたくはない。雪菜の笑顔が見たいから、苦しんでいて辛い雪菜なんか見たくないから。


「……わかった」


「……え?」


「だから、このまま一之瀬さんといてもいいよ。それで拓真がいいなら。だけどね、私は━━」


俺から少し離れた雪菜はさっきみたいに綺麗な月を見ながら


「今の拓真も好きだよ」


今までに見たこともないくらい、雪菜の笑顔が可愛いと思った。こんな女の子が昔からずっと俺の隣に居てくれたなんて……。


俺は今日、雪菜の認識が少し変わったような気がする。それがどんな感情なのか、今の俺は全く分かってはいなかった。







次の日。


昨夜は雪菜と話して、俺の今の気持ちと、雪菜が考えていてくれてた気持ち。それを互いに言い合えた。ガキみたいに言い合えるのは、きっと雪菜が変わらないでずっと俺の傍に居てくれたからだ。


ベッドの上で横になったまま俺はそんな事を考えていた。ふと時計を見ると、朝の八時。


………………。


八時……?


えっと、俺は確か数日前に倒れて、病院に運ばれて検査入院をして一泊二日で退院。そして体調の様子を見る為に学校を休んでいた。


だが俺の体調は見ての通り万全で、確か昨日アン子に学校行くって言ったような、言ってないような……。


まぁ、今はそんな余計な事を考えてもしょうがないですよね。現実を受け止められる強い心を養いましょう。


俺は冷静にベッドから立ち上がると


「もうこの時間じゃ遅刻ギリギリじゃねぇかああああああああああっ!!」


朝から大騒ぎの俺です。本当にみっともないです。はい。


急ぎ支度をし制服を来て、それでも顔だけは洗いたく一階の洗面所に俺は走った。


「な、な、何そんなに急いでるのお兄ちゃん」


「ば、遅刻だよっ!!つか何で起こしてくれなくったんだルリっ!!」


「いつも私より早く起きてるお兄ちゃんを、何で私が起こさなきゃいけないのよ」


確かにそうだった……。いつも俺は寝坊なんかしない、つか俺が寝坊してるって事は雪菜も……。


「あああっ!!駄目だ寝癖がまとまらねぇっ!!もういい、俺は行くっ!!お前も早く学校行けよルリ」


慌ただしく玄関へ向い、雑に靴を履く、そして今までもよりも少し軽く感じるその足を動かした。扉を開け、外に出れば


「もうっ!!遅いよ拓真っ!!」


普段とは真逆に雪菜が俺を迎えた。でも待てよ、何で遅刻ギリギリのこの時間まで雪菜は俺を待っていた。つかこいつ馬鹿だろ……。


「お前、早くいかねぇと遅刻だぞっ!!こういう時は俺を置いてさっさと行きなさいよっ!!」


「ん?だって私も拓真の家に着いたの今だよ?」


俺は完全に忘れていました。雪菜が怠惰という魔物に取り憑かれてしまっていたという事を……。俺が居ないと雪菜は遅刻魔人になってしまう。


そんな馬鹿面をしている雪菜の手を取り、俺は走り出す。


「ちょ、拓真急ぎすぎだよおお!!」


「急がないと遅刻なんだよっ!!」


変わらないと思えた。もう雪菜とはこんな風にちゃんと向き合って居られないと思ってた。だけどそんな事はなくて、俺が前を向けばちゃんと雪菜は笑ってくれる。


遅刻をしないのも大事だが、一之瀬に伝えなきゃいけない事も大切だ。俺がこれからどうしたいのか、俺の過去に何があったのか。


とりあえず今は学校に間に合う事を祈りながら、雪菜の手を引いていた。





あと十メートル、五メートル、一メートル……。


ガラガラッ!!


「……はぁ、はぁ、はぁ。ま、間に合ったか……?」


息を切らし、酸素が少なくなっている俺は無我夢中で教室の扉を開いていた。多分間に合っていると思う。多分……


「……小枝樹くん」


「ははは、あぶねー遅刻ギリギリだよ。おはよう、一之瀬」


息を整えながら、久し振りに会う一之瀬に挨拶をした。最後に見た一之瀬の泣き顔を思い出しながら。


「何が、あぶねー遅刻ギリギリだよ、だ」


おかしいぞ、俺の後ろには雪菜が居るはずなのに、雪菜ではないとても禍々しい気を放っている人間の声が聞こえた。


やだなぁ……、振り向きたくないなぁ……。何か変なフラグ立ってるような気がするしなぁ。だが待て、もしも俺が想像している人物が後ろに居るとすれば、俺は雪菜の生存確認をしなくてはならない。


俺は覚悟を決め、恐る恐る振り向いた。そして悲惨な現実を垣間見ることになる。俺が見た景色は


雪菜が魔王様に顔面を掴めれ待ち上げられており、雪菜は気を失ってしまっているかピクピクと少し痙攣をしていた。


「……ゆ、ゆきなああああああああっ!!」


「大丈夫だ、貴様も今からコレと同じになる」


掴んでいた雪菜を投げ捨てた魔王は、俺にゆっくりと近づいてくる。


「ま、待て。俺はその、や、病み上がりなんだぞ!?」


「黙れ。病み上がりだろうが遅刻ギリギリだろうが、私が来た時に席についていない者は私に対する反逆とみなす」


また病院にいく事になるのかな。だったら俺だって一矢報いてやる。辞世の句。


「美しき 美女にとられる 魂よ ホントはこいつ アラサー手前」


「ほう、良い句だ。安らかに死ね」


俺の意識はそこで途絶えました。




気がついた時にはもうアン子の姿はなく、朝のHRが終わった後だった。


気絶させられた俺と雪菜は強制的に席に運ばれ、意識を失ったままHRに居たらしい。


「小枝樹くんっ!!さっきの如月先生の攻撃大丈夫だった!?」


イケメン王子が俺のところまで来た。というか、心配だったらあの魔王から俺を助けてくれよ王子様。つかこんな時だけ王子様とか言う俺は卑怯ですかね。


「だ、大丈夫な訳ねぇだろ。一瞬で昏倒させられたわ」


「白林さんも大丈夫だった?」


俺の事はもうどうでも良いんですかねイケメン王子様あああああああああっ!!つかもっと心配してくれよっ!!こっちは病み上がりで魔王に襲われてるんだぞっ!?


「ア、アンちゃんは昔からあんな感じだから、もう慣れたよ……」


俺と同じくらいに意識を取り戻したであろう雪菜は、アン子の攻撃を受けダメージが残っている状態で神沢の問いに答えていた。


「大丈夫、小枝樹くん」


何でこのタイミングで俺は悪魔大元帥さんとエンカウントしてしまうのでしょう。まぁ同じクラスだからしょうがないか……。


「さっきも神沢に言ったが、大丈夫じゃない」


「そう、なら大丈夫ね」


この天才少女は本当に悪魔大元帥だよ。俺に対して冷徹極まりないよ。


「一之瀬さん、確かにこの間の事はもう大丈夫だけど、今さっきのアン子の攻撃はマジでやばかったから━━」


「はら、もう小枝樹くんは大丈夫みたいだから」


俺の話も聞かずに一之瀬は誰かに話しかける。そして一之瀬の後ろから小さい何かが気まずそうに出てきた。


「さ、さ、小枝樹くん……、ほ、本当に、だ、大丈夫……?」


なんだ、俺は小さな天使でも見ているのか……!?そのちんまりとした少女は俺の事を心底心配していてくれて、俺は本当に天使に見えていた。


「本当に大丈夫だよ、牧下」


そう、そんな天使少女の名前は牧下 優姫。とか言ってる場合じゃない。


「わ、わ、私のせいで、さ、小枝樹くんが、た、倒れたんだよね……?ほ、本当に、ご、ごめんね」


おいおい、泣かないでくださいよ天使牧下。そんなにたいした事じゃないんですから。


「牧下のせいとかじゃないよ。どちらかと言えば完全に俺のせいだから。だからもう泣くなよ」


俺はいつも雪菜をあやしている様に牧下の頭を撫でた。ポロポロと涙を零しながら牧下は俺を見た


「ほ、本当に……?」


「あぁ、本当だ」


牧下は俺の言葉を聞き、腕で目元をゴシゴシとしてから


「う、うん。わかった」


そう言い笑ってくれた。その笑顔が見れて、俺は頑張った甲斐があったと本当に思った。牧下が笑ってる事が、今の俺にとって最高のご褒美だ。


そんな牧下を見ている一之瀬も優しい笑顔を見せていた。やっと全部終わった。後は一之瀬に俺の事を話すだけ。


「白林さんも大丈夫かしら」


不意に天才さんは雪菜の心配した。そしてそのな一之瀬の声が聞こえていたのか


「あ、あたしなら大丈夫だよ一之瀬さん。気をつけな、アンちゃんは化物だから……」


俺は目を疑った。あの雪菜が一之瀬と話してる。あんなに嫌がっていた雪菜が。あいつも俺と同じように頑張ろうって思ってくれたんだ。


今の光景が本当に嬉しくて、俺はアン子に負わされた頭部の痛みを忘れていた。


「だけど女の子が最後に投げ飛ばされてるのよ。あれで大丈夫って、白林さんは頑丈ね」


「昔からアンちゃんには色々やられてるからね。そりゃ頑丈にもなるよ。てかもしかしてあんなアンちゃん見たの初めて?」


「私的に如月先生はもっと優しくてお淑やかな人だと思っていたわ」


なんだよ……。みんな笑ってられるじゃん。一之瀬と雪菜が仲良くなってくれれば俺は安心だ。そんな時


「おい小枝樹」


ははははは、久しぶりの登場だな友人Aよ。こいつに絡まれるとろくな事がない。だが今の俺にはエスケープするだけの体力は残っていないわけで


「なんだよ」


「朝から白林さんと仲良く登校なんて、やっぱりお前等付き合ってんのか?」


この発情期のサルがああああああああああっ!!お前と佐々路は本当に色恋沙汰が好きだな。つか本当に思春期真っ只中だよ。


というかこの感じって嫌なフラグを立てたような気がするぞ。


「なになにー、雪菜と小枝樹って付き合ってたのー?」


出ましたよ佐々路 楓さん。全部、全部、全部、友人Aお前のせいだからなっ!!!俺は病み上がりなんだからなあああああああっ!!


「なんで楓が食いついてくんだよ」


「別にいいでしょっ!!」


おいおい、こんな所で喧嘩しないでく、れ、よ?今、友人Aは佐々路の事を楓って呼んだよな。今、友人Aは佐々路の事をファーストネームで呼んだよな。


でも面倒くさいからどうでもいいや。


「お前等、俺は別に雪菜とは付き合ってない。だからさっさと失せろ」


これで少しは静かな時間を過ごせる。俺は体力の回復をしなくちゃいけないんだ。こいつらに構っている時間なんてない。


「じゃぁ何で朝から二人で遅刻ギリギリ登校なんだよー」


「そうよっ!小枝樹は雪菜と夏蓮のどっちをとるつもりなのっ!!」


お前ら仲良いな。息ピッタリだよ。本当にもう思春期真っ只中の高校生の相手をするのは大変だよ。まぁ俺も高校生なんだが……。


そんな時


キーンコーンッ カーンコーンッ


神が俺を助けてくれた。あー今の俺には神々しい光を放っている神様が見えるよ。長い白髪に長く白い髭。素晴らしい、俺は本当にあんたを尊敬してるよ。


そんなこんなで俺は友人Aと佐々路から解放された。





昼休み。


俺は面倒くさいクラスの奴等に絡まれるのを避けるため、翔悟のクラスへと足を運んでいた。だが他クラスへあまり来ない俺はどうして良いか分からなくなっていた。


「あれ?小枝樹せんぱい?」


俺の名前を呼ぶ一人のちんまりした後輩がいた。スポーティーな短い髪、ちんまりという言葉が似合う背格好、だがもうロリキャラは牧下さんが現れてしまったんだよ……。


「細川、良い所に来た」


「へ?」


俺は自分の近くに来た細川の腕を掴み、近くによって


「翔悟を、呼んでくれ」


細川はそんな俺の言葉を聞いて唖然としていた。そして持っていた昼食用だと思えるパンを一口食べ、目をぱちくりとさせた。そして口の中に入っているパンを飲み込んだ後


「もしかして小枝樹せんぱい、恥かしくて翔悟せんぱいを呼べないんですか?」


むふふと笑いながら細川は俺の核心を突いてくる。この後輩は先輩への敬う気持ちというものを全く待ち合わせていないみたいです。


というか『むふふ』ってなんだよっ!!もう少し先輩として扱って欲しいものですよ……。


「……もう、しょうがないですね。翔悟せんぱーい」


細川はクラスの中にいる翔悟を呼んだ。するとすぐさまいつもの木偶の坊は現れて


「おうキリカ、って拓真っ!?もう身体は大丈夫なのか?」


「今の俺は、身体よりも心が大丈夫じゃないよ……」


心配をしてくれる翔悟へ、俺は今の自分状況だけを言った。きっと翔悟には意味が伝わっていないだろう。俺は今日の出来事の全てを翔悟と細川に話した。


「それで昼飯を俺と食おうと思ったのか」


「もう大変だったんだよ。病み上がりなのに誰も心配してくれないし、あ、牧下は心配してくれたわ。でも、神沢なんか酷いんだぞ━━」


俺は朝の出来事を愚痴っていた。


「なら取り合えず、お昼ご飯にしましょうよ」


俺が話している最中、細川が俺と翔悟に提案する。そして


「だぶん中庭が空いてる思いますから、そこに行きましょう。というか小枝樹せんぱいが倒れたって初めて聞きましたから、それも詳しく教えてもらいますよ」


なんだろうね。こういう時の女子って凄く強いと思います。なんというか、変に冷静というか……。


俺と翔悟は細川に連れて行かれるまま、学校の中庭へと足を運んだ。



「それで、小枝樹せんぱいが倒れたってなんなんですか」


いつもの穏やかな細川ではなく、真剣な表情で俺に問う。だから俺も、細川にもちゃんと説明した。あの日の事を


牧下の事、俺が倒れた事、それで検査入院していた事。俺の過去の事には触れず、あの日あった事だけを細川に話した。


「何で直ぐに言ってくれなかったんですかっ!?というか翔悟せんぱいも同罪ですからねっ!!」


「お、俺もなのかっ!?」


「当たり前じゃないですかっ!!小枝樹せんぱいが倒れたって知ってたら、あたしだって凄く心配しました……」


俯く細川。本当に俺は、この短い時間の仲で大切な奴ら見つけられたんだな。こんなにも俺を本気で心配してくれる奴等がいる。それが何かこそばゆくて


「ごめんな細川……。隠してたつもりはないんだ。つか俺は今日まで学校に来ていなかった訳で、全ては翔悟が悪い奴なんだぞ」


「お、おま、拓真っ!!」


「助けて細川っ!!翔悟に襲われるっ!!」


「翔悟せんぱいっ!!!」


「な、何で怒りの矛先が俺に来るんだよっ!!!」


怒りながら翔悟を追い回す細川。俺はそんな二人を見て、罪悪感を感じていた。こんなに俺の事を考えてくれている奴に、俺は自分の事を何も言えない。


それが凄く辛くて。それでも今の俺には翔悟と細川に言う勇気がなくて。俺の気持ちが全て空回りしているような気がした。


だから一之瀬には言わなきゃいけない。あいつなら俺の事をちゃんと分かってくれるから、たとえ契約がなくなっても、あいつだけは俺を理解できる唯一の存在だから。


「お前ら、本当に仲良いな。もう付き合っちまえよ」


俺が言った冗談を本気で捉えてしまった翔悟と細川は、顔を赤く染めながら俺に激怒してきた。





そして放課後。


何だかんだで俺はみんなが本当に心配していてくれていたのだと知った。それは素直に嬉しい真実で、それと同時に俺の心を抉った。


二年になり新学期が始まって少しの時間しかたっていないのに、こんなにも素敵な友人が俺には出来た。


一年前には想像もしなかった現実。全てを諦めて自分の心を鎖した三年前。俺が親友を裏切った六年前。


あの時から少しは大人になった。だけど、今でも他人を信じるのは怖い。それだけ俺は今まで傷ついてこなかったって事だ。


他人を信じて、他人に信じられて、誰かを頼って、誰かに頼られて。心を鎖してからしてこなかった事を、一之瀬と出会ってからは強制的にやってきた。


初めは嫌だったし、俺は誰からも期待されたくなかった。このまま独りでもいいと思っていたのに。


一之瀬夏蓮という天才少女はそれをゆるさなかった。


この学校で俺以外の生徒が開ける事が出来なかったB棟三階右端の教室。だけどあの天才さんは簡単に開けてきた。


そう、俺の心の中に簡単に入って来たんだ。


今でも天才は嫌いだ。それだけは死ぬまで変わらないだろう。だけど一之瀬の事は、少し見方が変わった。


一之瀬財閥の次女。令嬢って言ってもいいのかな。それだけ凄い家系に生まれて、家からくるプレッシャーもあるのに、一之瀬は天才であり続けている。


そんな一之瀬が見せた、笑顔、涙。純粋に普通の女の子なんだと思った。金持ちとか力があるとか、そんなんじゃない普通の女の子。


今まで感じていた一之瀬のイメージとは全然違くて、どこにでもいる女の子。


そして、俺を理解してくれる唯一の存在。俺はそう思ったんだ。


A棟とB棟を繋ぐ渡り廊下を歩きながら俺はそんな事を考えていた。


校庭から聞こえる運動部員の声、音楽室から聞こえる吹奏楽部の音、校舎から聞こえる他愛もない生徒の笑い声。


ふと空を見れば、少し落ち始めている太陽。オレンジ色になりかけているそれは、俺の顔を強く照らした。


渡り廊下を過ぎ、B棟に入った俺はその静けさを感じていた。殆どの生徒と教師は放課後にこの校舎に立ち入ることはない。


だが部活に昇格されていない同好会の奴らや、暇つぶしに来ている奴等、そんな数少ない生徒を横目に見ながら俺は三階右端の教師を目指した。


階段を上っている自分の足音が「カツカツ」と廊下に響く。階を上がれば上がるほど、その足音は鮮明に聞こえるようになっていった。


足音が鮮明になればなるほど、俺の心臓の鼓動も早くなっていく。きっと心のどこかで一之瀬に真実を言うのが怖いからだ。


それを言えば、俺と一之瀬の関係にきっと意味は無くなる。そうすれば春の始まりからこの少しの時間で得た、楽しい空間を俺は失う事になる。


俺の足が止まった。


失いたくない……。もう失いたくない……。


俺の脳裏には皆で笑っていた時間が蘇っていた。だけど、最後に出てきたのは一之瀬の笑顔で


「はぁ……、逃げれねぇよな」


そして俺は重くなったその一歩を前に出した。これが今、俺が背負う苦しみだ。失うかもしれないけど、それでも俺は一之瀬に知ってもらいたい。


俺が倒れた時に涙を流した一之瀬に。


B棟三階右端の教室の前にたどり着く。俺はゆっくりその扉を開けた。そこには


美しく長い黒髪。スタイルは良くモデルか何かと勘違いしてしまう程の曲線美。窓を開けていたのかその美しい黒髪を風が靡かせた。


そんな、風で暴れる髪の毛を細く白い手で押さえた少女。オレンジ色に輝きだしている太陽が、その少女を更に美しく見せた。


扉の開く音に気がついたのか、その少女は俺の方へと振り向いた。そして


「遅かったじゃない小枝樹くん」


「俺も色々忙しいんだよ一之瀬」


あの日、この場所で、出会った時の様に、俺は一之瀬を見ていた。






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