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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第九部 冬休み 刻マレル証
129/134

43 前編 (雪菜)

 

 

 

 

 

 あたし達の当たり前の日常は何度壊れればいいのだろう。こんな結果なんか誰も求めてないのに、どうしていつもあたし達はこうなっちゃうんだろう。


 初詣の日あたしは拓真に言った。『依存してるのは拓真と夏蓮ちゃん』だと。確かにあたしも依存していたかもしれない。


 それは拓真が楽しそうに笑ってたから……。ううん、きっと今はそれだけじゃない。皆が楽しく笑ってるから。その中であたしも楽しく笑えたから。


 でもきっと拓真と夏蓮ちゃんはそれだけじゃない。何か特別な気持ちがB棟三階右端の教室にあって、本当は守りたいのに守れなくて……。


 一之瀬財閥からの資金援助だっておかしな話だ。あまりにも急すぎる。まるであたし達の願いが全て叶ったのを見計らっていたような感じだ。


 こんな子供じみた想像をしていたらいろんな人達に笑われちゃうよね。でもあたしは聞いたんだ。


 夏蓮ちゃん真実を聞いた夜。一之瀬財閥を敵にまわす恐ろしさを……。だからあの夜、拓真は一人でどうにかしようとしてくれた。あたし達は何も出来なかった。


 初詣の日だってあたしは拓真しか夏蓮ちゃんを救えないって言っちゃった。あたしじゃ救えないって決め付けちゃった。本当に救えないのかな……?


 あたし一人じゃ無理かもしれないけど、きっとみんなとなら……。


 何度も何度も繰り返し流れてくる叶わない幻想が本当にあたし達のすべてを壊してしまうのだと理解することが、今のあたしには困難でしかたなかった。


 冬の寒さはきっと人の思考すらも凍えさせる。こんなことを考えながら新年に部屋で蹲ってるあたしはバカな子なんだ。そんなとき


 ブーッブーッブーッ


 携帯がなる。とって画面を見ると『レイちゃん』と表示されていた。あたしは何も考えずに電話にでる。


「もしもし? どうしたのレイちゃん」


「た、助けてくれユキッ!!!! このままじゃ俺は殺されっあ、あ、あああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 ブツッ


 レイちゃんの叫び声が木霊したのち、電話が切れる。


 そしてあたしはしばし考える。


「ま、いっか」


「ま、いっかじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 どこからともなくレイちゃんのツッコミが聞こえてくる。でもレイちゃんはお亡くなりになっているのでこれは幻聴だろう。寝ぼけているわけではないので幻聴ということにしました。


「おいコラっ! ユキッ! 外だっ! 外だっ!!」


 物語のなかだったらこんなとき頭の中に直接声が響くんだろう。でも今はレイちゃんの幻聴が言っているように外から聞こえてくる。


 私は部屋のカーテンを開けて外を見た。そこには


 燃えるような真っ赤な髪に人のことを睨むことしか出来ないような切れながら瞳をした少年の姿。その少年は怒りを露にしながらも必死に私へと腕を振っている。まるで離島に流されてしまった人が遠くをいく船に手を振っているようだった。


 それは純粋な助けを求める行動。あたしの目には助けを求める少年の姿が見えたのだ。だから


 シャーッ


 カーテンを閉めました。


「おいコラッてめー!! なにカーテン閉めてんだっ!!」


 外が騒がしい。これは何かの事件なのか。それとも幻聴だけではなく幻覚まで見えはじめてしまっているのか。今のあたしがどれほど病んでいるのかは自分ではわからない。でもこれは限界がきていることを教えるための事象なのか。


 恐怖を抑えながらもあたしは再びカーテンを開き、窓を開ける。


「ねぇレイちゃん。うるさい」


 窓を開ければ冬の澄んだ空気があたしの部屋に入り込み、一瞬にしてあたしの肺を清浄する。冬の空気とは正反対な燃えるような真っ赤な髪を冷たい風で揺らしながらレイちゃんはあたしを睨んでこう言ったんだ。


「うるさかったのは謝るっ! だけど今はそれどころじゃねーんだっ! このままだと俺は本当に杏子に━━」


 異様な空気を感じたのかレイちゃんの言葉が止まる。その異様さは鈍感なあたしでも気が付けた。


 昔から何度も何度も感じている全てを飲み込んでしまうかのような重たい空気。きっとこれは本当に幻覚を見ているのだろう。空が暗くなり重たく濁った雲が空を覆いだす。


 そしてどこからともなく漂ってくる殺気。あたしの身体は硬直し息をすることも難しくなっている。その殺気を直で受けているレイちゃんは身体が動かないのはもちろんのこと、真冬の寒い時期なのに大量の汗を額から流し恐怖に支配されていた。


 刹那だった。重たい空気を切り裂き一人の女性がレイちゃんの後ろに立つ。この現状を作り上げた張本人。拓真ならきっとこう言うだろう。


 阿修羅と……。


「どうしたレイ。もう逃げるのはやめたのか? 昔みたいに鬼ごっこをしようじゃないか」


 不敵に笑う彼女の笑みは決して弱いものを狩っている狩猟者の笑みではなかった。それはまるでゴミを掃除してる人間のように、一方的な排除にすぎない。この存在が世界を憎めば確実に終焉を迎えるだろう。


 震えるレイちゃん。不敵に笑う女性。彼女はレイちゃんの肩に手を置き言葉を続けた。


「レイ。お前は私の逆鱗に触れたんだ。それが何かお前になら分かるだろう? そしてこれから何が起こるのかもお前には分かっているよな?」


 この惨劇を止める術をあたしは知らない。もうどうにもできないんだ。


「た、た、助けてくれ……、ユキ……」


 最後の力を振り絞り助けを求めるレイちゃんの声があたしの耳を痛める。悔しくて悔しくて……、どうしてあたしにはレイちゃんを助ける力がないの……? どうしてこんなにもあたしは弱いの……?


 終幕は突然のようで決められたかのように訪れる。


「もうお前には哀願する力すら残ってないか。それとも恐怖で何も出来ないのか? まぁ、そんなことはどうでもいい。死ね」


 一瞬だった。何が起こったのかすらあたしには分からなかった。ただ分かることは、レイちゃんの身体から力が抜けその場で昏倒する事実だけだった。


「レ、レ、レイちゃああああああああああああんっ!!!!」


 あたしの叫び声が木霊したのは、地面に真っ赤な華が咲き誇ったときだった……。





 現在、あたしはレイちゃんとアンちゃんの三人で駅前をブラブラしています。


 どうしてこんなことになっているのかというと、全ての発端はレイちゃんにあるのです。


 午前中にアンちゃんこと如月杏子きさらぎきょうこに連絡をしたレイちゃん。二人はそのまま出かけることになったのです。


 その道中、なんやかんやで色々な話しをしているとき、ふいにレイちゃんが口走りました。『そんなんだからいつまで経っても独り身なんだよ杏子は』これが阿修羅様の逆鱗に触れたのです。


 怒りで乱心した阿修羅様はレイちゃんを街中追い掛け回し、恐怖に耐え切れなくなったレイちゃんがあたしに連絡をしてきて、最後には殺害されるというデッドエンドを向かえることになったのです。


 でも、その後の適切な処置によりレイちゃんの蘇生が成功。そして今にいたるということです。


「もう、全部レイちゃんがいけないんじゃん。あたしの渾身の演技を返してよ」


「今完全に演技って言ったよね? 俺がやられたときのユキの叫びは演技だったって自分で今言っちゃったよねっ!?」


「はぁ……。アンちゃん、まだレイちゃん反省してないみたいだよ」


「ちょ、待てユキっ! 俺はもう反省してるからっ!」


 慌てながらあたしを説得しようとするレイちゃんの姿は本当に惨めなものだった。でも、そんなレイちゃんを見て少しだけ安心しているあたしがいる。


 昔と同じような時間が流れている現状が本当に安心する。拓真もずっとこれを探してたのかな。


 クリスマスの時だって初詣のときだって、結局拓真はなにも答えてくれなかった。拓真の本心が分からなくなっていくのが本当に怖い。


 あたしはフラれた側だけど、それでも拓真のことを一番に分かっていられる家族でありたい。この気持ちに嘘なんかどこにもないんだ。


 だからあたしは、あたしのできることをしよう。


「それで、どうしてレイちゃんはアンちゃんを買い物に誘ったの?」


「ば、ゆ、ユキっ! べ、別に他意はねーよ。暇だったし、杏子も暇かなーって思っただけだし……」


 はぁ……。本当にレイちゃんはわかりやすい。というかアンちゃんはレイちゃんの気持ちに気がついてないのかな? もしそうだとしたら本当に大人なのだろうか。


「わかったよー。レイちゃんは暇だったんだよねー。それで、アンちゃんはどうして誘いに乗ったの?」


「んー? 別に私も暇だったしな。それに成長したレイをからかうのも楽しいだろ?」


 本当に楽しそうな笑みを浮かべるアンちゃんが、やはりあたし達よりも大人な子供なのだと再認識しました。


「だったらあたし邪魔じゃない? ねぇ、レイちゃん」


「どうしてユキはそういうことを俺にフルのかなっ!? もしかして楽しんでるだろっ!」


「くぷぷ、そりゃ楽しいに決まってるよー。成長したレイちゃん」




 楽しい。楽しい。人の前に現れる道のりは簡単なことでグニャグニャに曲がってしまい、気がついたとき後ろを振り向くと真っ直ぐな道なんかどこにもなくなってる。移ろい忘れ、そして最後には綺麗で美しい過去へと変えてしまう。


 本当は真っ黒で汚らしい過去だったとしても、それを思いだすことすら困難になってしまう。


 でも、あたしはそれでもいい。綺麗な過去しか思いだせなくても、今ここでまたその綺麗に出会えてるから……。


 レイちゃんとアンちゃんの三人でいるのはとても楽しい。昔みたいに馬鹿なことやって、昔みたいにつまらないことで笑えて……。本当にこの二人に出会えて良かったって思う。


 レイちゃんをいじりながら買い物して、アンちゃんをバカにして追い掛け回される。いつになっても変わらない。


 何が目的でもないのに歩き回って、お腹が空いたらご飯を食べる。それでまた目的もなく歩き出して、日が沈むころには『また明日』が言える。


 なのにどうして、どうしてあたしだけが笑ってるんだろう。


 みんなはどこにいるの? 楽しかったあの場所はどこにいっちゃうの? ねぇ、あたしは嫌だよ……。あたしは


「ねぇ、アンちゃん」


 時間はあっという間に過ぎた。楽しい時間は一瞬で過ぎちゃうのに、どうして苦しい気持ちはこんなにもなくなってくれないの……?


 夕日が差しているわけではない。綺麗な青空があるわけでもない。青と白が混濁した、今のあたしの心のような空。


「どうして、B棟がなくなっちゃうの……?」


 あたしの気持ちは前を向いていない。あたしの言葉も真っ直ぐなんかじゃない。でも、それでも、あたしもレイちゃんみたいにちゃんと自分の気持ちを言いたい。


 たった一言で三人の空気が変わった。一番触れなきゃいけないところを見て見ぬフリをしつづけた三人の末路。それをあたしが壊す。


「クリスマスの日、アンちゃんが言ったことはきっとまだみんなの中でモヤモヤしてるって思う。大人になって全部認めなきゃいけない、でも自分達はまだ子供だからって言い訳を並べて怒鳴り散らしてしまいたい。どうにもならないもどかしさをグルグル頭の中を巡らして最後には忘れちゃったりするのかもしれない」


 アンちゃんの表情もレイちゃんの表情も暗くなっていく。


「でもあの日にレイちゃんが叫んでくれた。B棟を大切に思ってるみんなの気持ちを……。だからあたしは拓真に委ねた。拓真がいいならそれが一番なんだって思ったから……。でも、あたしの中のモヤモヤが全然消えてくれなくて、本当にみんなはそれでいいのって叫びたくなって……」


「ユキ……」


「だからアンちゃんに聞きたいっ! もう本当にあたし達には何もできないのかな……?」


 涙は流さない。でも本当は泣いてしまいたい。自分の気持ちを形にしてしまうのが一番楽だから。だけどあたしはアンちゃんを見る。強く強く、もう子供なんかじゃないあたしの瞳でアンちゃんを見る。


 少しのあいだアンちゃんは何も言わずにあたしの瞳に無言の視線を送っていた。だがそれも終り嘆息交じりにアンちゃんは口を開いた。


「はぁ……。レイから連絡が来たときはB棟のことを聞かれるって思ったけど、まさかレイじゃなくて雪菜から言われるとは思わなかったよ。だからこそハッキリ言わなきゃいけないよな。B棟の取り壊しを覆すことはもはや不可能だ」


 バツが悪そうにレイちゃんは視線を逸らす。あたしは自分にもアンちゃんにも負けないように懸命に真っ直ぐな瞳でアンちゃんを見続けた。


「だいたいな、今回の件は一之瀬財閥が関わっているんだ。下手になにかをすれば学校側にも迷惑がかかる。それでも私は最後の最後まで延期をして欲しいと言い続けた。だが結果はお前等の知っている通り惨敗。大人なんてものはな、こういうときには無力なんだ」


 アンちゃんは諦めてしまった大人の表情を浮かべ、視線を逸らしてしまっているレイちゃんの表情は見えない。


 冷たい冬の風は戦慄のようにあたしの身体を凍らせようとする。まだなにかある、まだなにかあると頭の中で渦巻く自身の子供じみた感情は答えに辿り着かずグルグルと回るだけ。


 初めからあたしに出来ることなんて何もなかったのであろうか。あたしはまたヒーローになれないのであろうか。


「だったらどうして拓真にあの場所を教えたの」


 自分の声があたしの耳を貫く。どうして自分がこんなことを言ってしまっているのかわからない。だが、取れてしまった箍の戻し方もあたしにはわからなかった。


「アンちゃんが拓真を思ってした行動だって分かってる。それがその時の最善だったってのも分かってる。でも、大人とか無力とか言って全部諦めちゃうなんておかしいよ」


「確かに……、おかしいのかもしれないな。私が無力なんてことはとうの昔から分かっていたことだった。だけど、罪悪感が拭えなかった。私が傍観していたせいで拓真とレイがバラバラになり、拓真は壊れ雪菜にも迷惑をかけたと思っている。雪菜が言っているようにあの時はそれが最善だと思ったんだ。だから、すまない……」


 深々と頭を下げるアンちゃん。


 そんな姿が見たくて言ってるんじゃない。こんなに弱々しいアンちゃんなんて見たくない。どうして、どうして分かってくれないの。


「頭なんて下げないでよ……」


「……すまない」


「下げないでって言ってるじゃんっ!!!!」


 怒号に似たあたしの叫び声が響き渡った。それは周囲を歩いている人達にも聞こえていて、足を止めて見てくる人や気にしないように努力している人と様々だった。


 だが、そんな状況になったとしてもあたしの気持ちはとめられなかった。


「そんなアンちゃん見たくないよっ! なんでよ、なんでアンちゃんが諦めちゃうのっ!? あたし達を見守ってくれるんじゃなかったのっ!? あたし達を助けてくれるんじゃなかったのっ!? いつからアンちゃんはそんな腑抜けになっちゃったんだよっ!!」


「……ユキ」


「昔みたいに助けてよっ!! 昔みたいに怒ってよっ!! 昔みたいに、笑ってよ……。無茶苦茶してる拓真とレイちゃん見て呆れたように笑ってよ……。怖がってるあたしの頭を優しく撫でてよ……。辛くて苦しいのはあたしでもレイちゃんでもアンちゃんでもないんだよ……? 拓真と、夏蓮ちゃんなんだよ……?」


「……ってる」


 アンちゃんが何かを言ったような気がした。でもそれはあたしの勘違いかもしれない。


「B棟がなくなってもあたしはどうにでもなるよ? きっと他のみんなだってどうにでもあるってあたしは思う。でも拓真と夏蓮ちゃんは違うっ! あたし達なんかよりもずっとずっと独りぼっちで苦しんできたっ! あの二人の拠り所はあの場所しかないんだよ……」


「……分かってる」


 気のせいなんかじゃなかった。アンちゃんは俯きながらも自分の言葉を精一杯絞り出していた。でも……


「何が分かってるのっ!? なにも分かってないじゃんっ!! そうやって分かったフリして、どうせまたアンちゃんは逃げ━━」


「分かってるって言ってんだろっ!!!!」


 アンちゃんの叫び声と同時に胸元に強い衝撃が奔る。あたしは強い力でアンちゃんに胸倉を掴まれていた。


「雪菜、お前が言っていることは正しいよ。本当に正しすぎて私はなにも反論できない。だけど、ならどうすればいいんだっ! 私は何をすればいいっ!? これ以上、私はいったい何をすればいいんだっ!! 教えてくれよ雪菜っ!!」


 あたしの知ってる強いアンちゃんなんてどこにもいなくて本当に子供のようだった。喚き泣き叫び教えを請うアンちゃんの姿なんて本当に見たくなかった。


 あたしだって分からないよ。あたしだって探してるよ。だからこうやって悩んで苦しんで誰かに頼って答えを教えて欲しいって思ってるのに、どうしてアンちゃんまで同じになっちゃうの……?


 アンちゃんも同じ。そうだよ。どうしてあたしはアンちゃんなら教えてくれるって思ったんだ。アンちゃんだってあたし達となにも変わらない。ただ少しだけ生きてきた年月が違うだけで、アンちゃんだって独りで悩んで苦しんでたんだ。


 なのに、あたしはあたしの気持ちだけをぶつけてアンちゃんのことなんて何も考えてなかった。


 言葉が途切れる。身体はアンちゃんに揺らされ続けて意識だけが身体から抜けていってしまうような感覚。自分が出来ることをやるなんて言葉は簡単に口からでてくるのに、それが全然行動に伴わなくて、いつもあたしは色々なことを滅茶苦茶に引っ掻き回す。


 目の前の現実だってあたしが余計なことをしてしまったから起こってしまった事柄だ。アンちゃんは自分の中だけに感情を押さえ込んで、最後には全部自分が悪いと責めようとしていた。それすらも気がつかないで身勝手に人の感情を曝け出させて、あたしは本当に最低だ。


「その辺にしとけ、ユキに杏子」


 近くから聞こえるレイちゃんの声はなんだかとても優しく聞こえる。自分の視野にレイちゃんを入れれば、真っ赤に燃える赤髪と切れ長な瞳が映りこむ。だが、その瞳はここに誰よりも大人な瞳をしていた。あたしなんかよりもアンちゃんなんかよりも、ずっとずっと大人な……。


「レイ……」


 レイちゃんを見るアンちゃんはいつ泣き出してもおかしくない辛そうな表情をしている。


「こんな所で言い合っても何も解決しないだろ? それに俺は数年間いなかったけど、その間にユキと杏子が拓真の為に頑張ってきたことだけは俺にも分かるから」


「だけど、私はっ━━」


「だーかーら、クリスマスのときにも言っただろ? いまここで泣くのはダメだけど、俺の前でならいくらでも泣いていいから。それにさ、俺は経験したことだから言えるんだけどよ。全部自分のせいにしたりしても何も解決しないんだよな。結局、バカな俺達はバカなりに考えて決めて突っ走って転んで……、そうやって自分達の真っ直ぐな思いを伝えることでしか何も解決できないんだよ」


 アンちゃんの頭を優しく撫でながら話すレイちゃんが本当に大人だと思えた。


「杏子もそうだろ? 本当はずっと泣きたくて甘えたくて縋りたくて……、それでも自分は年上だからって気張ってさ。杏子は自分の仕事をちゃんとしたんだぞ? 大人が出来る精一杯をしたんだぞ? だからさ、この先はガキの俺等しかできないことを俺等がすればいいってことなんだよ」


 言うと、泣き出してしまいそうな弱々しい女の子のアンちゃんを見てレイちゃんは大人な微笑を浮かべていた。


「まぁ、一之瀬財閥相手だ。何をして良いかなんて俺じゃなにも浮かばねーけどよ。こんな時、拓真ならどうするのかって考えたら、やっぱりアイツも阿呆みたいに突っ走るんだろうなって思った。ならよ、やれることじゃなくて、俺等のやりたいようにやればいーんじぇねーの? そうだろ、ユキ」


「レイちゃん……」


「てめーもてめーで頭悪いんだから無駄に考えてんじゃねーよ。どいつもこいつもバカの一つ覚えみたいに「全部自分のせいで……」とか本当に面倒くさいわっ! 俺等は拓真みたいに天才じゃない。だったら凡人の底力を見せてやろーじゃないの」


 諦めかけていたときに差し込む光明は何よりも輝いて見えて、そこに燦然とある真っ赤に燃える赤髪が今のあたしには道しるべに見えた。


 やっぱりレイちゃんも凄い人だ。こんなに簡単にまだ走れるって思わせてくれる。あたしの精一杯なんて本当に役に立たないかもしれないけど、まだ走れる。


「よし、これで翔悟よりも俺のほうが拓真の親友ポイントが高くなったぞ。うし、なんか気合入ってきたー! とかなんとか言ってる場合じゃねー。俺は今日、杏子に話したいことがあって誘ったんだよっ! まぁでもこの話しは全部が終わった後でもいいかもな」


 何がなんだか分かっていないアンちゃんはキョトンとレイちゃんの顔を見つめていた。だからあたしはレイちゃんに言ってやるのだ。


「ねぇレイちゃん、それって死亡フラグだよ?」


「うるせぇっ! 死亡フラグとか言うなっ!」


 その時だった。


「なんだか騒がしい奴等がいると思えば、君達はB棟の先住民ではないか」


 どこかで聞いたことのある女の子の声が耳に入る。振り向けば


 美しく長い銀髪。縁無しのインテリ眼鏡。スタイル抜群で出てる所はでてて引っ込む所は引っ込んでいる。女のあたしが言うのもなんだが純粋に美少女だと思う。


 そんな彼女は凛々しい表情のまま言葉を続けた。


「盗み聞きするつもりはなかったのだが、その声の大きさだ少しばかり話しが聞こえてしまったよ。それで、B棟が取り壊されるというのは本当のことなのか?」


 あたしにレイちゃんにアンちゃんは黙って少女の話しを聞く。


「私は質問しているのだが返答がないみたいだな。まぁいい、ここで話せる内容ではないのだろう。だが私もB棟には世話になった身、次は君達の力に私がなってやろう」


 少女はとても凛々しい。そして頼りになるような雰囲気の話し方をしている。だが、あたし達は三人で目を合わせる。そして数秒間ののちレイちゃんが代表で言うのであった。


「えっと、その、あの……。お前誰だっけ?」


「わ、わ、私のこと覚えてないの……?」


「すまんっ! 俺はそんなに記憶力の良いほうじゃないんだ。それでその、どちら様で?」


 レイちゃんの言葉を最後に少しの間、少女はその場で固まってしまっている。まったく動こうとしない少女。だが、よくよく見てみると少しだけ両肩が震えていた。そして、


「ぐすんっ……、ぐすんっ……。二学期の最後にあんなに頑張ったのにぃ……。一生懸命、冬祭りも盛り上げたのにぃ……、ぐすんっ……」


 なにやら独り言を言いながら泣いている。焦ってしまったレイちゃんは


「わ、悪かったって、何で泣いてるのか分からないけど、とりあえず泣き止めよ。そして名前だけでも良いから教えてくれ」


 レイちゃんの言葉で何かの糸が切れてしまったのか、少女は公衆の面前で大声で叫ぶのであった。


「わ、私は、し、下柳純伽しもやなぎとうかだ、バカあああああああああああああっ!!!!」








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