41 中編 (拓真)
冬休み初日は肌を刺すような寒さから始まった。だが、その寒さは人類に絶望を与えるような寒さではなく、瞳を焼き尽くすような銀世界という贈り物のために仕方なくなってしまったであろう事象。
学生の長期休みの最初の朝はとてもゆったりしている。強制的に起こされることもなく、自分の意思で起き怠惰な日常へと足を踏み入れていく。
それでも初日だ。昨日までの学校生活の流れに逆らうのはまだ難しく、普段より少し遅い時間に寝て、結局普段と同じ時間くらいに起きてしまう。
学生が怠惰を得る為には何をすべきなのであろう。勉強をしない、夜更かしばかりする。結果、学校をやめる。それは如何なものかと思ってしまう。
そんな妄想と今日の朝に起こってしまった現実の境目にいる俺は何故か買い物に来ています。
現在の時刻は昼過ぎ。駅前に買い物に来ているせいなのか、昼食を取ろうと店を選んでいる人が溢れているような気がした。それとカップルが多い。右を見ても左を見ても、男の腕にしがみついている女ばかりだ。
原因を知っている俺は嘆息し、自分が同じようなことを出来ていない憤りを感じています。
十二月二十四日。世間様はクリスマス・イブで大盛り上がり。羨ましいかぎりのイチャツキっぷりを見せ付けているカップルに罪はないが、サンタのプレゼントを信じなくなってしまったお前等の心は既に穢れているんだ。
卑しい気持ちを胸に秘めながらも体内に溜まってしまった息を吐く俺は本当に惨めなのかもしれない。
「なんだよ拓真。浮かない顔して」
現在、俺の隣を一緒に歩いている大男が俺の顔を覗き込みながら言った。
門倉翔悟。俺の親友だ。
身長は高校生男子の平均を大幅に超えてとても大きい。筋肉もしっかりしているので、体格を造語で表すのであれば単純にデカいだ。
普段から見慣れている制服姿ではなく紺色に近い濃い色のジーンズに茶色のセーター、その上からは薄くても温かくかつ軽いを売りにしている黒のダウンジャケットを羽織っていた。オマケにニット帽までかぶるお洒落さん気取りの木偶の坊だ。
気遣いもできて優しい。そのうえ爽やかスポーツマンという一定以上の女子のハートもってくのにはベストのジョブときた。親友である俺には本当に天才という付加要素しかないのだと実感させられてしまう。
脳内で嘆息し、一拍間をおいた俺は翔悟への返答をする。
「浮かない顔、か……。そりゃ雪菜の思い付きには慣れてるけど、昨日の今日でまたパーティーはさすがに疲れるだろ」
そう、何度も言うが今日は十二月二十四日のクリスマス・イブ。そして冬休み初日。だとすれば、俺等は散々昨日の夜にパーティーをしているのだ。二学期最後の冬祭りという一大イベントで……。
なのにもかかわらず、雪菜は今日もパーティーをしようと言いはじめる始末。俺の体力は朝の聖戦でかなりダメージを受けているのに、このパーティーは仕打ちと言っても過言ではないと俺は思う。
何を考えて雪菜が言いだしたのかは分からないが、現状はパーティーをするための買い物をしているというわけだ。
今の俺等は男子だけ。女子と男子に分かれて買い物をすると言いだしたのは佐々路だった。その理由は雪菜がパーティーをしようと言いだしたくらい俺には分かっていない。
だが、うるさい奴がいないということは少しくらい体力を回復できるかもしれない。
「だけど、二日連続で女子とパーティーなんて夢のようだよ小枝樹っ!!」
前言撤回をします。うるさい奴が一人いました。
クリーム色のパンツに深い赤色のインナー、その上からジッパー式の温かそうな厚手のパーカーを羽織っている。そんな男はとてもうるさい奴だったと俺が再認識するのには時間がかからない。
崎本隆治。これといって取り柄や特徴が無いのがコイツの自慢できるところだろう。これ以上ないってくらいの凡人さんだ。
凡人になりたいと本気で思っていたときは、崎本の才能に惚れこみそうになったこともあったっけな。うん、ないな。
「本当にありがとうなっ!! 俺と、友達に、なってくれて……、ぐすんっ、本当に、ありがとうな」
歩いていた俺の進行を邪魔するように、崎本は俺等の進行方向へと背中をむけ俺の前に立ち、まるで芸能人かなにかを見つけたオバちゃんが馴れ馴れしく挨拶をするように俺の両手を自身の両手で掴み感謝の気持ちを伝えてくる。
というか、なくほど嬉しいんですかね。まぁ佐々路は崎本の幼馴染だから崎本自身何を感じてはいないと思うが、それを抜きにしても文化祭ミスコンの上位三人がいるプライベートなパーティーは凡人な崎本くんにとって泣くほど喜ばしいイベントなのであろう。
そういうところには寛大なんですよ俺は。ちゃんと理解しています。うんうん。
面倒くさいと崎本に悟られないように、俺は微笑を浮かべしばし崎本の感謝に付き合う。すると次は背後から俺の覆いかぶさってくるバカ野郎がいました。
「もう小枝樹くんっ! どうして崎本くんとばかり楽しんでるの? 僕も小枝樹くんと楽しみたいよっ!!」
覆いかぶさってくるのはお馴染みメンバーの金髪イケメン王子だ。体重をかけられてはいるが、そんなに重さを感じない。それはきっとこの男の体重が軽いからだろう。
神沢司。うちの学校の二学年でトップのイケメンさんだ。そのイケメンさは文化祭のミスターコンテストで優勝を決めるくらいのイケメンさだ。
身長は平均男子の俺よりも少しだけ高い。だが、線の細い体躯をしているからなのか身長の高さをあまり感じさせない。目立っているのは金色の髪。サラサラとしているその髪は目にかかるかかからないくらいの前髪で、後ろも肩にはかからないくらいの長さを保っている。
そんなイケメンは王子というあだ名が似合うような格好をしていた。黒のパンツに白のシャツ、その上から白のストライプが映えるグレーのベストを来ていた。ジャケットはシックに濃いめの茶色、その上からアウターで真っ白な長めのコートを羽織っていた。
まさしく王子の休日。どの角度から見ても神沢という男はイケメンと言えるであろう。あ、一応言っておくけど、俺の格好は普通だからね。どこにでもいる一般的な男子高校生のような格好をしているからね。
別に未だに凡人に憧れてるとかそういうんじゃないんだからねっ!!
そして俺は覆いかぶさってくる神沢へと返答をする。
「お前が俺で楽しんでるのは日常茶飯事だろっ!! というか覆いかぶさるのをやめろ。つか、お前には牧下という大切な彼女がいるだろうがっ!!」
神沢司は彼女もちだ。しかも二学期の文化祭で盛大に大勢の前で告白までした強者だ。一応言っておくが俺にも可愛い彼女がいますからね。
そして神沢は俺の体から離れ、イケメン王子の微笑を浮かべながら言い放った。
「それはそれ、これはこれ」
このイケメン最低だよおおおおおおおおおっ!! 彼女をそれって言ったよっ!! というか、これって男もいける感じの人だったんですかあああああああっ!?
俺の脳内はパニックを起こしていた。すると神沢が続けて言葉を紡いだ。
「というかさ、ここで彼女がいないのは崎本くんだけだから、彼女の話とかをもちだすのはデリカシーがないよ小枝樹くん」
「「ちょっとまったあああああああああああああっ!!」」
今ここにいるメンバーは俺に翔悟、崎本にレイ、そして神沢だ。その中で、神沢以外の奴等が同時に大声で叫んだ。
ここでまず俺の言い分だけでいいから聞いてほしい。正直言って神沢の言った崎本以外彼女もち、という言葉にも多少なり引っ掛かりを覚えるが、まぁそれはいい。一番問題視しなきゃいけないことは、俺がデリカシーがないということだ。
確かに俺はデリカシーのない発言を多々してきてしまっている。だからこそデリカシーがないと言われてもしょうがないと思う。だが、そのデリカシーを向ける相手が崎本となると話は別だ。
どうして俺が崎本なんかに気を使って言葉を選びながら会話の話題を探さなきゃいけない。おかしいだろ、おかしいだろっ!!
ということで俺の「ちょっとまったあああああああああああああっ!!」の意味が分かったところで他の奴等の意見も聞いて見ましょう。
まずは門倉翔悟の意見。
「おい神沢っ!! 今の言い方だと俺にも彼女がいるみたいに聞こえるぞっ!?」
「だって門倉くんには細川さんっていう可愛い彼女がいるじゃない」
「ばっ、キ、キリカは別に彼女じゃないからっ!! つーかどうして俺とキリカが付き合ってることになってるんだっ!!」
そう言うと翔悟はその場で膝をつき頭を抱えた。朝から見ていた白銀の世界のマテリアルは駅前だということもあって俺の家の前ほど積もってはいない。それでもまばらに残っているマテリアルに濡らされてしまった舗装された綺麗な道は、翔悟の膝を濡らすのには適度なものだった。
そして門倉翔悟はもの数秒で撃沈する。
つぎに異論を立てたのはレイだった。
「翔悟の敵討ちとかじゃないけどな、自慢じゃないけど俺だって彼女なんかいないんだぞっ!!」
自信たっぷりに言い放つレイの右腕はなぜだか天を突き刺していた。腕を高く上げた反動と冬の冷たいそよ風が混ざり合い美しくも紅蓮の炎のように燃え盛る髪を靡かせた。だが、それは刹那の出来事。
少年よ大志を抱けと言った有名な偉人の銅像よりも天高く上がっていた右腕は、今じゃ左腕と共に堕天使ルシファーの如く地に落とされている。同時に膝をも地に着け、頭を抱えている翔悟の隣で四つん這いになっている。
言い回しが遠回りしすぎだと感じているそこのアナタにも分かりやすく説明してあげよう。レイは自分の言い放った言葉で自分の心を抉り、そのダメージが臨界点を突破してしまったことで神沢の反撃もなしに撃沈してしまった、ということだ。
愉快な仲間だと感じると同時に周囲の目が気になり、俺は知らない人のフリをするか迷ってしまっていた。だが、俺の答えが出るよりも先に神沢が四つん這いになって項垂れているレイの肩を叩きながら、そして優しい微笑を浮かべながら言う。
「大丈夫だよ城鐘くん。確か君は如月先生が好きだったんだよね。どんな女の子からも相手にされず、妄想ばかりしている崎本くんとは違って、きっと如月先生は城鐘くんのことを異性として見てくれているよ」
「ぐすんっ……。本当か……? 神沢……」
自爆したのにもかかわらず、既に泣きじゃくり鼻水まで垂らしているレイ。そんな姿を見て俺は素直に思ってしまったよ。
なんか、コイツめんどくせーな。というか、コイツ等めんどくせーな。
頭を抱える翔悟、項垂れるレイ、二人をからかいながら楽しむ神沢、そしてそんな皆の姿を見ていて苦笑にも似た温かな微笑を浮かべる俺。
それは神様が与えてくれた奇跡のように感じ、例年よりも早い銀世界は俺の気持ちを高揚させてくれているのかもしれないと思い、更に笑みが零れる。
こんな日常が続く事を願いながら雪菜のワガママに付き合うのも悪くはないと思ってしまう天凡な俺がいた。
「どうしてお前等は俺のことをすぐに忘れるんだああああああああああっ!!」
叫び声は街中に木霊した。辺りを歩いている者達すべてが叫び声の主を見ている。それは俺たちも同じだった。
頭を抱えていた翔悟の手は主を見ながら力なく垂れ下がり、手と膝をついて項垂れていたレイも顔を上げている。二人をからかっていたイケメン王子神沢は何が起こったのか分かっていないような表情をしていた。
そして俺も大きな声で叫び散らしている主を見た。
「何で俺がいじられてるのに俺の存在がなくなってんだよっ!! もうこの際、俺だけ彼女いないとか言う話はどうだっていいよっ!! それよりも俺だけのけ者にされるのが嫌なんだよおおおおおおっ!!」
声の主は崎本隆治。本物の凡人だ。それに加えて現在の自分のいじられポジションの改革が許せないと主張し始めた。嘆きはこれだけでは終わらない。
「いいよっ!! 分かってるよっ!! 俺がモテないのは分かってるよっ!! 小枝樹には一之瀬さん、神沢には牧下さん、門倉にはキリカちゃん、城鐘には如月先生……。俺には誰もいないよっ!! だけど、だからこそもっと男の友情ってものがあるだろっ!!」
身振りを加えながら崎本は俺等全員に訴えかける。その演説は今の俺等の心を動かした。膝をついていた翔悟とレイは立ち上がり、神沢も真剣に崎本のことを見ている。俺だって今の崎本の言葉を聞いて心打たれていないなんて言えない。
男の友情。そうだよな。俺は崎本にだって救われてきたんだ。修学旅行のとき大きな壁が目の前にそびえ立って、楽園を諦めそうになった俺に勇気をくれたのは他でもない崎本だった。
もしかしたら今の俺は一之瀬という最愛の彼女が出来たせいで、目の前の友情というものを見失ってしまっていたのではないのか? 本当に俺は崎本に優しく接してやれていたのか?
俺は翔悟にレイ、そして神沢へと目を向ける。その視線に気がついたのか、皆と目が合った。瞳と瞳が重なり合い俺は全員の意思が一つなのだと確信した。
ゆっくりと歩き嘆く崎本のほうへと俺は近づく。それは俺だけではない他の三人も同様だ。
今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべる崎本は俺が近づいてくるのを確認すると、まるで捨てられた子犬のようにこう言ったんだ。
「小枝樹……?」
それは綺麗な瞳で「くぅ~ん」っと訴えかける子犬と同じだった。そして俺は、いや俺等は崎本の目の前に立ち、そして俺が言う。
「よし崎本、買い物の続きするぞ。つか遅くなると雪菜がうるさいし、佐々路だって怒鳴り散らしそうだ。というか、いったいこの茶番はなんだったんだ?」
俺の言葉を聞いた崎本は真っ白な灰になっているように見えた。その一瞬だけ、崎本だけから色が抜けモノトーンになっているように見えた。
そんな崎本を置き去りに俺等は普通に歩き出す。そして少し離れた場所で囁いた崎本の言葉が俺には聞こえた。
「なんか……。もう、やだな……」
結局のところ買い物は無事に終わりました。俺等が買出しに行ったのは食料。スーパー行ったりケーキ屋行ったりしたがなんとか任務を遂行することが出来た。
俺の家に帰ってくるとすでに女子メンバーは帰宅していたらしくリビング内をこれでもかというくらい飾り付けしていました。
幼稚園、保育園、あるいは小学校でも使っていたよな色とりどりの折り紙を輪にしてつないだ飾りに、ティッシュペーパーを華に見立てた飾り、それに加えてお金を出して買ってきたモールを星の形にしたりハートの形にしたりしていた。
大きいものではないが小さなクリスマスツリーもあった。その横には小学生の図工の時間で作ったような松ぼっくりのツリーまである。きっと雪菜がどっかで拾ってきたんだろうな。
そんなリビングに入るなり神沢は上機嫌な歓喜を漏らし、女子達に混ざりながら一緒に作業をし始める。翔悟とレイは疲れたのか三人掛けのソファーに座り一休み。崎本は先程までの低いテンションが一転し神沢と一緒に盛り上がっている。
俺はそのまま買ってきた食材やら七面鳥やらを冷蔵庫へと入れるべくキッチンへと向かった。
キッチンに入るなり俺はヤカンに水を入れて火にかける。その間に買ってきた食材やらケーキやらを冷蔵庫に入れていた。すると
「おーい小枝樹。雑務ご苦労である」
俺の名前を呼び、嫌味を言いながらキッチンへと来たのは佐々路楓だった。
「雑務ご苦労って……。それでどうしてキッチンに来た? そっちの準備はもういいのか?」
声をかけられた俺は佐々路へと視線を移すが、すぐに冷蔵庫へと視線を戻し、食材をいれながら返答をした。
「あらかたコッチの準備は終わってるよ。神沢と隆治が手伝ってくれたから思ってたよりも早く終わりそう。だから、そろそろ食事の準備をしなきゃお腹を減らした門倉と城鐘がうるさそうだったから手伝いに来たってわけ」
「さいですか」
俺は苦笑した。だって、せっかく冷蔵庫へといれていた食材をもう一度取り出さなきゃいけない羽目になってしまったから……。
だが、佐々路が心配しているよりも食べ物は簡単に出来上がってしまう。殆どがスーパーに売っていた出来上がっているクリスマス用の食べ物ばかりだから。
思いながら俺は冷蔵庫から先程まで入れていた食べ物たちを取り出す。するとヤカンのお湯が沸ける音が聞こえた。既に出ている食べ物をキッチンの開いているスペースに置き、俺はお湯の火を止める。
「佐々路もお茶飲むか?」
「飲むー」
佐々路の返答を聞き、俺は二人分のカップを棚から取り出す。安物の紅茶のパックをカップに入れて湯を注ぐ。聞きなれたカップに注がれる湯の音と共に湯気が立ちのぼる。同時に感じている安物の紅茶でも鼻腔を刺激するのには申し分のない香りがするということ。
二人分の紅茶をいれて、俺はカップを佐々路に手渡した。「ありがと」と感謝の言葉を俺に言い佐々路は紅茶をすする。
入れたてで熱いせいか、少しだけ紅茶を喉に通した佐々路は一つ息を吐き、その口を開いた。
「ねぇ、小枝樹。夏蓮が来れなくて寂しい?」
「あっちっ!!」
佐々路の言葉で動揺してしまった俺は入れたての紅茶をおもいっきり口の中に入れてしまい熱さのあまり声をあげる。それと同時に舌が火傷してしまったという嫌な未来も想像した。
「なに焦ってんの? 小枝樹」
「べ、別に焦ってなんかねーよっ! お前こそ、いきなりどうしてそんなこと聞くんだよ」
「いや、あたしは普通に寂しいのかなって思っただけだよ?」
俺とは正反対に佐々路の態度はとても冷静だった。寧ろどうして俺が動揺してるのかさえ分からないといった表情を浮かべているような気もする。
不思議そうに俺をみる佐々路は再びカップを口元へと持っていき紅茶をすすった。そんな佐々路の姿を見ながら俺は手に持っていたカップを置き、一回深呼吸をして話し出す。
「まぁ、その、なんだ。確かに寂しいっちゃ寂しいけど、アイツもアイツで忙しいし無理をさせるのは嫌だしな。それに会いたいって俺と一之瀬が一緒に思えれば、きっといつだって会えるって思うんだよ」
とても言いことを言っているように自分で思えてしまうが、それ以上に恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言ってしまったことに、今更ながら恥ずかしさを感じてしまっている。
すると佐々路は大きな溜め息を吐き、嫌そうな顔つきで言う。
「アンタが夏蓮のことが大好きなのはよーくわかりました。本当にそんな恥ずかしいことよく言えるよね」
「その、なんだ……。ごめん、佐々路……」
佐々路の言葉に対して俺は謝罪の返答をする。それは自分が恥ずかしいことを言ってしまったことを謝りたかったんじゃない。
自惚れかもしれないが、きっと佐々路は今でも俺のことを好きでいてくれてる。そんな佐々路に今の俺は酷いことを口にしてしまったんじゃないかと後悔してる。それが謝罪へとつながっていった。
「どうして謝るの?」
「いや、だって……」
「あのね小枝樹。別にあたしは謝って欲しくなんかないんだけど。でも、なんか小枝樹が気にしてるみたいだからハッキリ言うけどさ。あたしは大好きな小枝樹と親友の夏蓮が幸せなのが嬉しいの。これは嘘なんかじゃないからね」
真剣な表情で言う佐々路。だで最後には小さな微笑みを浮かべる。それが佐々路の優しさで、嘘なんかじゃない本当の気持ちだってことが伝わってくる。
そして佐々路は冷めはじめた紅茶が入ったカップを持ちながら俺に近づいてきて耳元で囁くように言葉を紡ぐ。
「でも、もしも夏蓮が腑抜けたら、その時は夏蓮からあたしが小枝樹を奪っちゃうからね」
言うと俺の耳元から離れ近くで俺の目を見つめる佐々路。その顔はとても小悪魔的な表情で一瞬だが大人の女性の雰囲気を感じてしまった。
俺は何も言い返せなかった。その言葉が本気にしろ冗談にしろ、少しだけドキリとしてしまった事実を隠そうとするために。でもやっぱり俺は一之瀬が好きなんだと再認識もした。
そして俺も笑みを浮かべ
「わかったよ。というかそれは一之瀬に言ってくれ」
「無理無理無理無理、絶ッ対に無理ッ!! そんなこと夏蓮に言ったらあたしが一之瀬財閥の力で消されちゃうっ!!」
「確かにそうかもな」
一瞬、二人で究極に怒り狂った一之瀬を想像した。それはかの有名な悪魔大元帥様のお姿で、佐々路どころかこの世界まで破壊してしまう勢いだった。
そんな一之瀬を想像した俺等は
「「ぷっ、あはははははははははははははっ!!」」
腹を抱えて大笑いしたのであった。
クリスマス・イヴパーティーの準備も進み、後は料理を並べてパーティー開始を待つばかりであった。
普段から見慣れている家のリビングは華やかに彩られ、不思議な別世界へと迷い込んでしまったように思えた。
忙しく料理の準備をする女子。キッチンで料理をしているのは雪菜に牧下、それにあとから合流した斉藤一葉だ。
斉藤一葉は元神沢のストーカー。現在進行形で神沢大好き女だ。
彼女の体躯は目立つところはないが線が細いためスマートに見える。髪は学生らしい黒髪で、癖毛なのかはたまたパーマをかけているのか、ゆったりとウェーブがかかっている。だが、きちんと纏められているのでお洒落なパーマをかけているように見えてしまうのが不思議だ。
そんな斉藤は、牧下が料理をしていると聞き、俺の家に来るなり『牧下優姫め、抜け駆けは許さんぞっ!!』と息巻き、そそくさとキッチンへと向かっていった。
残されたメンバーは
俺、神沢、崎本、翔悟、レイ、佐々路、ルリ。
ん? ルリ……?
「おいルリ。どうしてお前がここにいる」
妹のルリは受験生である。受験生の十二月は勉強でとても忙しい。なのにもかかわらず、ルリは勉強もせずにレイと二人でテレビを見ながらケタケタと笑っていた。
「お、お、お兄ちゃん……」
俺の声に反応したルリはビクつきながら振り向いた。
「お前、勉強はどうした」
「や、やってるよぉ。大丈夫だよぉ。というかあたしの勉強を邪魔したのはレイくんだからねっ!!」
「ば、ルリっ!! お前なに嘘なんかついて━━」
「レイッ!!」
俺の怒鳴り声は目の前のレイとルリを萎縮させるのには十分の効果を発揮した。そして俺の説教タイムがはじまる。
「だいたいなぁ。普段から真面目に勉強してれば俺だってクリスマスくらい楽しんでもいいぞって言うんだぞ? だけどお前は雪菜みたいにだらけて、最終的には俺頼みだ。俺はルリが雪菜みたいになって欲しくないから強く言ってるんだぞ」
俺の話しを聞くルリはしょんぼりとしながら俯いている。そんなルリの姿を見て可愛そうになってしまったのか、親友の木偶の坊が割って入って来た。
「まぁいいじゃねーか拓真。勉強ばっかしてたらルリちゃんだってパンクしちまうよ。それに楽しいことは少しでも大勢でやるほうがいいだろ?」
爽やかな笑みを浮かべながら俺を説得する翔悟。だが俺は反論する。
「あのな翔悟。俺だって別に鬼じゃないんだ。パーティーが始まるまでルリがちゃんと部屋で勉強してたら呼びに行こうと思ってたんだよ。でも現実はこれだ。俺は兄としてしっかり妹を教育しなきゃいけないんだよ」
俺の言葉を聞いて爽やかな笑みを苦笑に変え「確かにそれも一理あるな」と翔悟は頷いた。だが翔悟とそんな話しをしていたら俺の怒りも幾分か落ち着き、最終的にはルリもパーティーに参加することを承認した。
嬉しがっているルリはレイと楽しく笑いだし、そこに神沢と崎本が加わりリビングがカオスになってしまった。
そんな楽しんでいる四人の姿をみて嘆息し、その後俺は思い出したかのように翔悟へと投げかけた。
「おい、翔悟。細川はこないのか?」
「あーキリカならたぶんもう少しで来ると思うんだけどな。もしかして道にでも迷ってるのか?」
適当なことを言いだす翔悟をみて再び俺は嘆息した。まぁでも細川なら道が分からなくなったら翔悟に連絡をするだろう。完全に安心しているわけではないが、きっと大丈夫なのだと根拠のない自信が湧いてくる。
そんな会話をしているとキッチンから良い匂いがリビングへと漂ってきた。その香りは空腹になった腹をこれでもかとばかりに刺激する。その匂いに気がついたのは俺だけではなかったようだ。
「おー良い匂いしてきたじゃん。まぁユキがいれば失敗はないと思うから安心だわな」
微笑を浮かべながら言うレイも俺と同様に腹が空いているのか、しきりにお腹を手でさすっていた。そんなレイの声に反応しくつろいでいたみんなが一斉に動き出す。
「あたしお皿とか用意するねー。小枝樹ーどのお皿使えば良い?」
「僕も佐々路さんの手伝いするね。小枝樹くん、僕とお皿どっちが好み?」
前者は純粋に食器を揃えようとしてくれていることは分かった。だが後者は完全にふざけてますよね。僕とお皿? 寧ろお前はお皿と同等な存在だと自分で思ってるんですか神沢さん。
「えっと食器は適当で大丈夫だ。あールリ、佐々路に食器を教えてやってくれ。あと神沢、お前はこれからお仕置きしてやるからそこに座れ」
俺の言葉を聞いたルリは素直に佐々路と食器棚のほうへと向かって行った、が神沢はというと俺の「お仕置き」と言う言葉に反応してしまったのか、なぜだか自分の身体を自分で抱きしめるように身体をクネクネと動かしていた。そして
「もう、小枝樹くんったら、お仕置きだなんて……。はぁ、はぁ、もう駄目だ。僕我慢できないよ、小枝樹くーんっ!!」
自問自答を繰り返した神沢は座れという命令を無視し、俺に抱きついてきた。
「やめろ神沢っ!! お願いだからやめてくれっ!!」
「もう小枝樹くん恥ずかしがらなくていいんだよ。大丈夫、一之瀬さんはいないし優姫さんも今はキッチンだから」
もうコイツが言ってることが冗談に聞こえないよおおおおおおおおおおっ!! 本当に怖いよこのイケメン。
耳元で神沢の荒くなった息遣いが聞こえてきて鳥肌が立った。そして俺は神へと願いを飛ばす。どうか今の天凡な俺をお救いください神様。そのとき
ピーンポーンッ
神は俺を見捨ててはいなかった。
家のインターフォンがなり、きっと細川が来たのだと俺は思った。マジで細川よくやった。お前は今日からゴッド細川と命名しよう。
俺は神沢を体から無理矢理はがし玄関へと向かう。リビングを出るとき神沢の「待ってよ小枝樹くんっ!! 僕を一人にしないでよっ!!」という嘆きが聞こえたが俺はなりふり構わず逃げ出した。
そして玄関。俺はサンダルを履き、玄関の扉を開く。きっと細川の第一声は「遅くなってごめんなさいっ!」とかだろうと意味のない予想を俺は立てていた。だが、扉を開けるとそこには細川の姿はなくかわりに、
「どうしたんだよアン子?」
玄関を開けるとアン子、如月杏子がそこにはいた。
普段学校で会っているのと変わらないスーツ姿で、しかもとても神妙な表情でアン子はそこにいた。
「拓真、今大丈夫か……? って誰か遊びにでも来ているのか?」
「あーそうそう。これからみんなでクリスマス・イヴパーティーをするんだよ。まぁ一之瀬は忙しくて来れないんだけどな。どうだアン子、良かったらお前も交ざらない━━」
「そうか。それは丁度よかったのかもしれないな」
俺の言葉を遮るアン子の表情は変わらない。その表情はとても辛そうで、そして何よりも大人で教師なのだと素直に思えてしまうような凛々しくもどこか迷いのある表情だった。
アン子が何を伝えたいのか分からない俺は、少しの不安を抱えながらもアン子を家へと入れたのだった。