41 前編 (拓真)
どうも、さかなです。今回から第九部となります。
こんなに長く書くとは思ってませんでした。でも、まだあと少しだけ書かせてください。
誤字脱字も多いと思いますが、そこは少しだけ許してくれると嬉しい限りです。
でわ、さかなでした。
目が覚めたとき素直に寒いと感じた。寝ぼけている頭を起こすにはまだ時間がかかりそうだ。カーテンの隙間から差し込むキラキラと輝く光は、いつもよりも少し早く目覚めてしまった俺を困惑させる。
時計を見る。七時前。まだハッキリとしない思考回路をおいてけぼりにし、ベッドからでた俺はカーテンを開けた。
さっきよりも強い光で目が焼かれそうになる感覚。一瞬目を閉じ、ゆっくりと開いたとき窓の外には現実なのかと疑ってしまうような景色が広がっていた。
住宅街に住んでいるからなのか車の通った跡は多くない。学生の休み時期になったからなのか足跡も少ない。完全なるものではないが、俺の目の前に飛び込んできたのは眩いばかりの銀世界。
目が覚めるのにはじゅうぶんな光景だった。
興奮を抑えきれず俺は窓を開ける。冷たく澄んだ外気が少しだけ誇りっぽい部屋の空気と混ざり合いながら俺の身体にまとわりついてくる。布団で温まりきった俺の身体が一瞬で凍えるのを感じた。
だが、その寒さは嫌いなものではない。どちらかといえば好きな部類なのかもしれない。
冬の始まりを告げる寒気は、どこか他人行儀な雰囲気だけど、この銀世界はまるで家族のように俺のことを冬という季節に色を与えてくれた。そのとき
ボフッ
顔に痛みが奔る。それは冷たさも混ざった殺傷能力の低い砲弾。軽い痛みは人の心を苛立たせるのには丁度いいもので、その苛立ちを抑えながら顔に張り付いた砲弾の残骸を手でどける。
視界が良好になる。再び瞳を焼きつかせる銀世界と俺の体温で溶け始めた砲弾の残骸が雫となり窓枠へと滴り落ちる光景を同時に見た。
そんな銀世界のなかで一人の少女が大笑いしながら俺ことを指差していた。甲高い笑い声はさらに俺の苛立ちを増幅させ、眉間に皺を寄せるのには十分すぎる。
俺を指していた指を下ろし自身のお腹を抱える少女。そして少女は笑いのあまりに流してしまった涙を銀世界の光に反射させながら、息を整えながら言葉を発する。
「はぁ、はぁ、本当に面白いよ拓真。子供みたいな顔して外見てたのに、あたしの雪球もろに顔に……。ぷっ、あははははははははははははっ!!」
台詞を言い終わる前に、数秒前のことを思い出したのか再び大笑いをはじめる少女。俺は怒りの沸点を超えそうになるが、そのまえに
腹を抱えながら大笑いしている少女。名前は白林雪菜。俺の幼馴染にあたる存在だ。
今の格好はジーンズに厚手の白いパーカー姿という、このクソ寒いのにもかかわらず軽装だ。白いパーカーのフードを被っている雪菜の頭には何故だか猫耳が生えている。そういう趣旨で作られたパーカーなのはわかるが、この時季の猫はコタツで丸くなるのが王道だろう。
どうしてこの猫は雪だまを作り砲撃するという趣味の悪い遊びをしているのでしょうかね。まぁそれはおいといて。
雪菜の身長は男子の平均身長くらいの俺よりも少しだけ低くく、女子の平均身長と同じだと思ってもらえればかまわない。髪の長さは肩に当たるか当たらないかの長さで、髪の毛が細いのかはたまた染めているのかはわからないが、雪菜の髪色は淡い茶色をしている。
制服姿ではない冬の格好をしているせいでわからないかもしれないが、雪菜の女子としての膨らみは良い感じだ。こんな事を言ってしまっている幼馴染の俺って本当に最低だと思う。はい。
くだらないやり取りをしていたせいで、気がついてみれば時計の針は七時を過ぎていた。そんな現状をみて思う。
どうして、この猫はこんなに朝早い時間帯に遊んでいるのでしょう。寒い冬の日に外で遊んでいる猫も不思議なのだが、朝早い時間帯に起きている雪菜のほうがもっと不思議です。
疑問を浮かべながら、俺は窓際から遠ざかりタンスに入っているタオルを取り出す。フカフカなタオルで濡れてしまった自身の顔を拭きながら再び窓際へと戻った。
そして頭の中に流れ続けている疑問を雪菜へとぶつける。
「おい雪菜。どうしてお前がこんなに朝早くに起きて━━」
ボフッ
再び奔る顔の痛み。その痛みは一度目と然程変わらず、軽く痛いという感覚であり、苛立たせるのには丁度いい塩梅。だが俺は少しだけ思考してみる。
もしかしたら、これは俺にタイムリープ能力が付与されているのではないのか。あからさまに同じようなことを繰り返している。だとすれば、今の俺はまだ目覚めたばかりで、綺麗な銀世界を眺めている無垢な天凡なのではないのか。
だがやはり、それは俺の妄想にすぎなかった。だって、手にタオル持ってるんだもん。
そんな現実を目の当たりにし俺の怒りが沸点を超える。溶けたわけでもない冷たく固まった雪を顔から勢いよく掃ける。勢いがよすぎたのか、雪球の残骸は窓枠にへばりついた。
「おい、雪菜……。いい加減にしろよっ!! こんな朝っぱらからお前はなに人の顔に砲撃してくれてんだっ!! もう完全に顔が霜焼けだよっ!! お前のせいで気持ちのいい朝が台無し━━」
ボフッ
おいおいおいおい。何故だ。何故俺は三度目の衝撃を顔に感じているんだ。これはもう夢であってほしいと願わずにはいられませんよ。もはや何度も砲撃を顔にくらっているせいで、一回のダメージは低いものの、その冷たさで本当に霜焼けになりそうだ。
あぁ神様。こんなにも醜い感情を抱いてしまっている僕を許してくれるでしょうか。怒りという感情の他に、今の僕は感情というものを知りません。なので神に願うのもやめます。
決意を胸にし、俺は三度目になる砲弾の残骸を顔からどける。それだけではない、手に持っているタオルで視界を完全なるへと戻した。そして
「ふふふふふ……。良い度胸だ雪菜。俺の怒りの沸点は完全に超えてしまったよ。だから俺は今すぐにお前の目の前にまで行き処刑を実行━━」
ボフッ、ボフッ、ボフッ
連続砲撃……、だと……!?
思考回路が停止しそうになる感覚。だが、俺は最後に残されたほんの一握りの考える力で現状を思案する。
三度くらっているから雪菜の制球精度は文句なしにピカイチだ。それにくわえ、雪球を作る精巧さ。重さが少しでも偏ってしまえば、こんなに正確に雪球を投げる事なんてできない。
俺が疑問に思っていることはそんなことじゃない。どうして雪菜が三連続で雪球を投げることができたのか、ということだ。
一度目の砲撃から二度目の砲撃には少しの時間があった。だが、その時間は雪菜が腹を抱えながら大笑いしていたからだと推測できる。その間の雪菜の行動は不能だと考えよう。そして二度目の砲撃から三度目の砲撃にかけての時間は殆どない。
だとすれば、三度目の砲撃から四度目の連続砲撃までの時間で雪球を三つも作るのは不可能だと推測する。
不可能を可能にする方法。今の俺はそれを思案しなければならない。考えられるのは二つだ。
まず、雪菜の雪球を作るスピードが人のそれを超えてしまっているという案。だがこれは三連続砲撃で止める意味がないということでボツになります。
そうするとあとは一つしか考えられないわけで……。
答えをはじき出し、俺は自室の窓を閉める。ついでにカーテンを閉めようとしたとき、外で不敵な笑みを浮かべている雪菜の顔が見えた。それを見たとき、俺の中に流れている疑問が解決する。
寝巻き姿のまま部屋からでて階段を下りる。リビングで朝食を作っている母さんの姿と、それを待っている父さんとルリの姿が見えた。リビング前の廊下を歩く俺の姿が見えたのかユリが、
「あれ? お兄ちゃんどこいくの?」
俺と同様に冬休みに入っているユリも寝巻き姿のままだった。というかルリは受験生なんだからもっと自分の現状を把握してもらいたい。
そんな思考が頭をよぎるが、俺はルリの問いかけに素直に答えた。
「いまから、戦場に行ってくる」
「お兄ちゃん……?」
不安げなルリの声が返ってきた。でも、今の俺はもう止まることを許されてはいない。玄関の扉がこんなにも大きく見えたのは初めてだ。
扉のノブに手を添える。この先が戦場だと知っていても俺は行かなきゃいけないんだ。玄関の扉を開ける。
銀世界が誘う眩い光が俺の目を焼き尽くそうと必死にその身を輝かせ続けていた。そして銀世界が反射する光に目が慣れたとき、俺の戦いが始まった。
「もうっ!! 拓真のせいで服が濡れちゃったじゃんっ!!」
「どうして俺のせいになるんだっ!! つか先に攻撃をしてきたのはお前だからな雪菜っ!! だからこれは正当防衛だっ!!」
「なにが正当防衛だよっ!! 玄関から出てきたと思ったら悪魔みたいな顔して……、くちゅんっ!!」
俺と雪菜が口論をしているのには訳がある。きっとその訳は誰もが知っていると思うので割愛させてもらう。なので現在の状況を説明しよう。
今、俺と雪菜は温まるために暖房マキシマムの俺の部屋にいる。雪菜がくしゃみをした理由は俺が雪で攻撃したからだ。雪菜は服が濡れたと言ってはいるが、さほど濡れてはいない。だが、寒いと感じてしまうくらいの雪を浴びた事実は変わりない。
震えながら猫のように睨む雪菜。そんな雪菜を同じように睨みながら身体を震わせている俺。寒さという同じ敵を目の前に俺と雪菜は休戦協定を結んだとも言えるだろう。睨んだり口撃をしたりもするが、それ以上のことはしなかった。
二人仲良く身体を震わせていると俺の部屋の扉が開く。そこには妹のルリが立っていて、手にはお盆が持たれていた。
ルリは俺の血の繋がらない妹で身長は雪菜よりも大きく、女子の平均を少しばかり超えているだろう。体躯は本当に中三なのか疑問に思ってしまうくらいスタイルが良い。一之瀬の妹の菊冬といい、最近の中学生は育ちがいいのかもしれない。
髪の毛は雪菜と同じくらいで肩まで伸びている。そして髪の毛が細いせいか光の反射で淡い茶色に見える。そんな妹ルリ様が俺の部屋まで何かを持ってきた。
「おーい。お兄ちゃんにユキちゃん大丈夫? ほーら、温かいココアを持ってきてやったぞー」
受験生なのに、いまだに寝巻き姿というのは許し難いが、せっかくルリがお兄ちゃんの為に温かいココアを持ってきてくれたんだ。そんな怒りは忘れて純粋に甘い世界へと誘われようではないか。優しいお兄ちゃん素敵。
「なに気持ち悪い顔でニヤニヤしてんのお兄ちゃん。本当に気持ち悪いよ」
「ぷぷぷっ、気持ち悪いとか言われてやんの拓真」
冷静な表情のルリ。それは能面だと言っても過言ではない。それくらいルリの表情には感情というものが欠落してしまっていた。それに引き換え雪菜嬢の無邪気な笑顔。それが他者をバカにしている笑顔じゃなかったら完璧なのに……。
現状をみて少しだけ俺は嘆息した。そしてルリから手渡されるココア入りのカップを受け取り、滑らかで甘いそれをすすった。
口の中に広がる甘さ。それと同時にカカオの風味が鼻腔を刺激し、喉を通りながら食道、そして胃を物理的に温かいと感じさせてくれる。冷え切った身体を最上級までに回復させてくれる魔法の飲み物。その名も
ポーションっ!!
違うか……。
俺は自問自答の中、くだらないボケやツッコミをし現実に戻る。だがしかし、本当に真冬のココアは温まる。隣で飲んでる雪菜も目を細めながら幸せそうにその温かさを感じているようだった。
暖房のおかげか、はたまたココアのおかげなのかだいぶ体が温まってきた。幸せそうに目を細める雪菜を横目に俺はつまらない質問をルリへと投げかけた。
「なぁルリ、父さんと母さんはどうしたんだ?」
「んー? もう二人とも仕事に行ったよ? 外でお兄ちゃんが聖戦を繰り広げてるあいだにね」
棘のある皮肉をこめた言葉で返答をするルリ。それに苦笑いで返すも、なんだか居た堪れない気持ちになってしまいます。
聖戦とは本当に言ったものだ。確かにあれは聖戦だと言っても過言ではないのかもしれない。だが、高校二年生の俺が聖戦を繰り広げていること自体がイタイ……。
ルリの言葉を聞いて項垂れる俺とはよそに、雪菜はいまだに幸せそうな顔でココアをすすっている。すると、おもむろに立ち上がったルリは、
「まぁ何でもいいけどね。それとお父さんとお母さん今日は遅くなるって」
「はぁ? なんでだよ」
「何でだよって……。年に数回しかないデートの日だよ今日は」
あ、そうか。確かに今日はそんな日だったような気がする。年に数回とルリは言っているが、そんな素振りを感じたことがないって俺は大丈夫か?
でも今日は二人で楽しんできてもらっても大丈夫だ。俺は昨日の冬祭りで疲れてるし、ゆっくり出来るのなら申し分ない。
だが、朝から疲れ果ててしまっているから、もう既に完全にゆっくり出来るとは言えないだよな……。
再び項垂れながら俺は部屋から出て行くルリの背中を視線で追った。最後にルリが「今日の晩御飯は期待してるぞっ」とか言っているのは右から左に流してやった。
部屋の扉が開かれる。すると、一瞬ルリが身体をビクつかせた。そしてルリの体が硬直した。
その理由を知るために、俺は少しだけ身体を伸ばし扉の外へと視線を動かした。そこには、
燃え盛るような真っ赤な髪。普段はつんつんと逆立っているが今はペタンとおとなしくなっている。それが何故なのかは視野に入れた瞬間にわかった。
髪が濡れている。しかもこのクソ寒い冬の日に上半身裸で首からバスタオルをかけていた。なるほど、髪が濡れているのはお風呂にでも入っていたからなのかもしれない。
上半身裸の人を見ていても俺が冷静でいられるのは、赤毛の人は男だからである。赤毛野郎の身長は男子平均の俺よりも高く、また上半身が露になっているおかげで質の良い筋肉があることもわかる。けして太くは無いが細マッチョという造語を使うのが正しいだろう。
そんな細マッチョ赤毛野郎を確認し、俺は再び自身の視点を部屋と戻す。
こんな状況になっているのには関わらず、いまだに雪菜はココアをすすりながら幸せそうな微笑みを浮かべている。さっきまでヘニャっていた猫耳も、今では元気が戻っていた。
すると、この俺が無視を決め込むと悟ったのか、細マッチョ赤毛野郎が口を開く。
「おい、なに俺の存在を完全になかったかのような振る舞いをしようとして━━」
「もうっ!! レイくん脅かさないでよっ!! あぁ……、本当にビックリした……。いるんだったらちゃんと言ってよね」
細マッチョ赤毛野郎……、もとい城鐘レイは、俺の妹であるルリに逆ギレされるのであった。ちゃんちゃん。
ここで話しを終りにできるのであれば俺は申し分ない。だが、細マッチョ赤毛野郎のレイくんは納得がいってないようだった。
「ルリ……。俺は最初からいるからねっ!? つか、お前もビショビショになった俺を見たじゃねぇかっ!!」
「はいはい。わかったよレイくん。ちゃんとレイくんの分のココア持ってきてあげるから、今はお兄ちゃんの部屋でおとなしくしててね」
レイの訴えも虚しく、ココアを入れるためにルリは呆れ顔で俺の部屋から退場していく。そして残されるレイ。なんだか、本当に可愛そうになってくるよ。
項垂れながらトボトボと俺の部屋に入ってくるレイは、部屋に入ると何も言わずに俺の部屋の扉を閉めた。そして全てを諦めてしまった若者の顔つきで、それはもう完全に灰になってしまった顔つきで力なく俺のベッドに座った。
どうしてレイがこんな事になっているのか。それはルリが口走った聖戦と関係している。そう、遡ること数十分前━━。
白銀の世界は、その美しい姿とは正反対に殺伐としていた。反射する太陽の光、綺麗に輝く真っ白な雪華。こんな綺麗な場所で今にもその白銀を深紅に染める戦いが起ころうとは夢にも思わないだろう。
だが、戦慄は誰も待ってはくれない。ヒシヒシと伝わってくる殺気。寒さで震えているのか、はたまた武者震いなのか俺の身体は微振動を繰り返す。
戦場へと赴くため俺は堅く閉ざされた重い扉を開いた。何度も言うようにそこには綺麗な銀世界が広がっていたんだ。でも、塀で見えなくなっている敵兵の殺気が今の俺を困惑させていた。
本当はこんな戦いしなくてもいいのではないのか? もっと平和に分かり合える道だってあったのではないのか?
そんな疑問を頭の中で繰り返しながら、それでも戦わなくてはいけないのだと決意を固める。
塀までの距離は三メートルといったところか。屋外に出る前に、俺は敵兵を確認している。敵は一人。
扉から出て見えるのは、敷地内から出るために綺麗に舗装された真っ直ぐな道と敷地内と敷地外を区分するために左右に立てられた塀。その塀はおよそ二メートル弱。今の俺の場所からでは敵を目視する事はできない。
すでに屋外に出たことは敵も分かっているだろう。俺ができるのは正面突破か少し離れた塀を登っての奇襲しかない。
後者にあげられた作戦を実行するとなると登っている途中の光景を目視される危険があり、そこを狙い撃ちされる。もしくは敵兵の特攻を許してしまう恐れがある。
だとすれば前者にあげた正面突破をするしかない。だが、今の俺は何も武装をしていない。敵は砲撃の名手だ。何も持たずに出ていけば蜂の巣にされるのが必至だろう。
そのとき、俺の目には瞳を焼き付けるくらいの眩い輝きが見えた。それは、俺の足元にある白銀のマテリアル。
だが、よもや敵兵が俺の足元に白銀のマテリアルが無いとは思うまい。足元以外にも目を向ければそこらじゅうにマテリアルはある。それに敵が使っている砲弾もマテリアルで生成している代物だ。
それに、このマテリアルの属性は氷。触れれば簡単に装備の薄い俺の手なんて焼き尽くされるであろう。だとするのならば、何も持たずに戦線へと特攻するのが一番だと思う。
俺の考えが正しければ、敵は必ず俺が攻撃をしてくると思っている。ならば攻撃を遠距離ではなく近距離にシフトすれば敵の虚をつけるかもしれない。
俺は足に力を込める。氷のマテリアルは滑りやすい。一瞬でも気を抜けば足元を崩され敵の連続砲撃の餌食になってしまうだろう。
ここまで時間を使ってしまったんだ。敵の連続砲撃は三では済まされないだろう。四……、いや五か……。その全てを浴びてしまえば俺の勝ち目は完全になくなってしまう。
頭を使え小枝樹 拓真。この状況を打破するのには、いや、勝利するのにはもっと大事な事を忘れているような気がする。思い出せ……、思い出せ……。
そうかっ……!
俺は、どうして敵兵が連続砲撃できていたのかを疑問に思っていた。そして俺の結論は━━。
道が見えた。これで俺の勝利は確定する。
再び足に力を込め、俺は不敵に笑みを浮かべた。そして全力ではないが走りながら戦線へとその身を投じる。すると
「走って出てくるのはわかってたんだよ拓真っ!! いざ喰らえっ!! 必殺のゴッドアローッ!!」
見える。飛んでくる球筋が全て。どうして俺が全力で走らなかったのか、それは出た瞬間にしゃがむという行動を取るためだ。なぜ避けるではなくしゃがむなのか。それは敵が一人ではないからだ。
「レイちゃんっ!!」
敵の叫び声は虚しく、俺の後方から襲い掛かってきていた敵兵へと五連続砲撃が命中する。そして、しゃがんだ俺はすぐさま後方の敵を無力化するために鞭のように自身の足を振りぬいた。
「必殺、足払いっ!!」
ボフッボフッボフッボフッボフッ……、バフンッ!!
連続砲撃を浴びてしまった敵兵は言葉を発することなく俺の足払いにより沈黙する。
無様にも、うつ伏せで氷のマテリアルに埋まる敵兵。その姿は雪華の上に咲く鮮血の薔薇のようだった。防護服は着こんでいるので霜焼けになる心配はないだろう。
鮮血の薔薇の沈黙を確認し、俺は主犯格である敵兵へと顔を向ける。
少し怯えているような表情を浮かべる敵兵。だが俺は容赦なく鋭い眼光で睨みつけた。
敵は両手に砲弾を持っている。俺は何も持ってはいない。今の俺に出来る最大の攻撃は殺気をとばすということだけ。その殺気にあてられたのか、敵は震えながらゆっくりと口を開いた。
「な、なんで……。あたし達の動きが読めたの……?」
「なんで? そんなの俺が天才だからに決まっているだろう」
俺の言葉を聞いた敵は完全に恐怖へと堕ちた。ゆっくりと手から力が抜けていき持っていた砲弾があるべき場所へと還っていく。
戦意を喪失してしまった敵に、俺は最後の止めをさす。
「お前の作戦は完璧だったよ。まさか伏兵いるなんて誰も思わなかっただろうな。でもな、俺が窓を閉めて外に出ようとしたとき、お前は最後、薄っすらと微笑んだんだよ」
「あたしが、微笑んだ……?」
「あぁ、そうだ。お前は最後に微笑んだ。勝ちを確信した笑みを浮かべたんだ。それを見て、何かしらのトラップを考えないほうがおかしいだろ。案の定、二手に分かれているこの戦場の地の利を使って、俺の背後に伏兵を配置させた。そして最後に、お前の敗因を教えてやろう」
ゆっくりと俺は敵に歩み寄る。そして目の前まで来て冷酷な瞳で言い放った。
「俺を軽視しすぎたことだ」
まるで人では到底敵わない化け物を目の前にしているかのような瞳で、敵は怯えながら俺を見続ける。身体も震えていた。それは寒さで震えているのではないとすぐにわかる。
後ずさる敵。それを追い詰める俺。このまま戦いが終わればこれ以上、誰も傷つかずに済む。それが一番だ。だが
「なにが、軽視しすぎただよ……。レイちゃんをやられて、こんな簡単に引き下がってたまるかああああああああっ!!」
後ずさりする前に右足を一歩後ろへと下げていた敵は、それを加速台にし一足飛びで俺の目の前にまで距離を詰める。その行動を読めていなかった俺は咄嗟の判断で左足を後ろに下げ、その勢いで身体を右へと仰け反らせる。
辛うじて敵兵の特攻を避けることは出来たが、俺はそのままバランスを崩し尻餅をつく。そしてそのまま飛んでいく敵兵は雪華に咲く鮮血の薔薇へとその身体を落とした。
「ギャフッ」
意味不明な擬音を口から吐く敵。そして無言のまま更にマテリアルへと身体を埋める鮮血の薔薇。
かくして俺の聖戦は幕を落とした。誰も傷つかないではなく、全てのものを傷つけて……。
そして今に至る。
結局、俺と雪菜があまり雪で濡れなかったのは外での戦闘が殆ど無かったからだ。寧ろ俺が濡れたのは部屋にいるとき雪菜からうけた砲撃と最後の尻餅で、雪菜が濡れた理由は何も考えずに特攻をかけ、それを俺に避けられ、最後にはレイの体の上にダイブし、周りにあった雪で濡れてしまった程度。
しかし鮮血の薔薇……、もといレイくんは違った。不意打ちを完全に俺に見透かされ、足払いをされて体全部が雪に埋もれてしまった。それだけではない雪菜にオーバーキルまでされる始末。
それは流石に俺でも風呂を貸しますよ。本当にビショビショだったもん。
それで今はレイに服を乾かしている間にレイは俺の服を着て、ルリが持ってきてくれたココアを静かにすすっています。一応言っておくが、雪菜はいまだにココアをすすって幸せそうに猫耳を立てています。
風呂から上がり身体を温め、ココアを飲み心を温め終わったレイが、ゆっくりとテーブルにココアの入ったカップを置き、そして怒りを爆発させる。
「ところでユキ。俺がどうしてこんな目に合わなきゃいけなかったのか説明をしてもらいたい」
「ん? だってレイちゃんだもん」
レイの質問にココアの入ったカップから少しだけ口を離した雪菜が返答をする。そして再びココアをすする。
「俺だからなんなんだよっ!! お前が「あたしの作戦どおりにすれば拓真をギャフンと言わせられるっ!!」とか言ってたから協力したのに、この結果はなんなんだっ!!」
「ズズズズズズッ」
「ココア飲んでんじゃねえええええええええっ!!」
燃えるような赤髪が揺れる。それと同時にレイの切れ長な瞳が眉間に皺を寄せながら俺の目に映った。本当に怒っているのだと思う。俺でもきっと怒るよ。
レイはそのまま雪菜の耳に念仏だということを理解せずにそのまま怒りをぶちまけ続けていた。そんな姿を見ていて居た堪れなくなってしまった俺は、立ち上がりレイの肩に手を置く。
「なんだよ拓真。今の俺はユキに色々と教えてやらなきゃいけないんだよ」
「いや、レイ。とりあえず、落ち着こう」
きっと今の俺は仏だろう。全ての存在を慈しみ、この世界の全てを愛する。そう、今の俺は仏なのだ。
「落ち着いてなんかいられるかよっ!! コイツのせいで俺がこんな目にあってるんだぞっ!?」
「違うよレイ。だから、とりあえず、落ち着こう」
「何がちがうんだよっ!!」
冷静さを失ってしまっているレイはいっこうに俺の言葉に耳を傾けようとはしない。ならば、仏の俺でも最終手段を使わなきゃいけないな。
「レイ。お前は落ち着かなきゃいけないんだ。だってお前は、六年間もコレを俺一人に押し付けたのだから」
俺は微笑んでいた。そしてレイは後悔の気持ちを抱いていた。
そのまま静かに俺のベッドへと腰を下ろすレイ。そんな姿を見て今の俺は何を感じているのだろう。責めるつもりは毛頭無い。ただ知ってほしい。これまで俺が一人で見続けてきた雪菜嬢のことを……。
「ごめんな、拓真……。こんな化け物を俺は拓真だけに押し付けちまったんだよな……」
後悔の念を言葉で具現化するレイ。その気持ちは痛いほど伝わってきて、自然とレイの肩に自分の手を置いていた。そして
「大丈夫だよ。これからはお前もいるから」
「拓真……」
今にも泣き出してしまいそうな顔で俺のことを見上げるレイは本当にすまなかったと声を出さずに言っているような気がした。
後悔を重ね、傷をつけあい、人は何かを得ていくものなのかもしれない。誰もが見ている綺麗な景色はきっと幻想で、自分達だけで見える景色が本物だ。それがたとえ汚い現実であったとしても、俺はソッチのほうが綺麗なんだって思う。
ずっとレイと俺の気持ちは離れていた。その時間は決して短くは無い。だからこそ、俺等はゆっくりでももう一度、互いの気持ちを近づけていかなきゃいけないんだ。
だが、放たれた化け物は感情を持つ人間に容赦しなかった。
ココアを飲み終えたのか、おもむろに立ち上がる雪菜。そして
「よし。今日はクリスマス・イヴパーティーをしようっ!!」
響いた雪菜の声を聞きながら、俺とレイは肩を落としたのであった。