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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第八部 二学期 何モナイ景色
121/134

40 後編3 (拓真)

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。


まだ終わりません……。

 

 

 

 

 

 体育館の中は風が入ってこないぶん温かかった。だがそれだけではない。すでに始まっていた冬祭りの熱気が寒さを忘れさせてくれていた。


 歓喜の声が聞こえる。楽しげな雰囲気が伝わってくる。どこを見ても笑っている人達しかいない空間は俺の求めていた答えのように思えた。


 ドレスコードを指定されているせいか、普段顔を合わせている生徒達が大人びて見えた。今までの鬱憤を晴らすかのようにテンションを上げている生徒もいれば、優雅に大人の感傷に浸っている生徒もいる。


 立食形式の冬祭り。所々に設けられているドリンクや軽食。ドリンクも軽食もドレスコードには似つかない紙製の物。だが、それがどこか大人に憧れる思春期のつまらない模倣に見えて笑みが零れた。


 体育館に入ってから皆は各々に散らばった。俺の隣にいるのは一之瀬だけ。周囲の熱から取り残されてしまっているのは俺だけではない。隣にいる一之瀬も盛大なパーティーに苦笑いを浮かべていた。


 互いに目を合わせ呆れた笑みを零す。そんな中でも俺と一之瀬の手は握られていた。体育館に入ってくる前から握っているその手の温もりは熱気に満ちた冬祭りの会場でも温かく感じている。


 そんな俺等を見つけたクラスの連中が「お熱いねー、お二人さん」とか「お似合いのカップルだよー」とか茶化しながらも俺等を祝福してくれる台詞を言ってくれていた。


 再び一之瀬と目を合わせては幸福な微笑みを浮かべ溶け込めない会場を見渡した。


 華やかな喧騒、煌びやかな照明。何もかもが特別な夜に相応しいと思えてしまう。これが高校生が作ったものなのだと言われれば驚きの声すらあがるだろう。


 楽しげな声が俺の耳を心地良くさせ、視覚はステージ上で繰り広げられるダンス部の軽快な踊りが支配する。ノリの良い背景音楽が高校生の心を掴み、会場との一体感を加速させる。


 適当に取った飲み物を片手に俺と一之瀬は会場を歩き回った。一通り見終わったとき、見知った奴に声をかけられる。


「拓真に一之瀬、楽しんでるのか?」


 赤髪に切れ長な目をした男子生徒が話しかけてくる。


「楽しんでるよレイ。つかお前はどうなんだよ?」


 社交辞令のような返答を俺はレイにする。この雰囲気からいくと「俺も楽しんでるよ」という台詞を思い浮かべてしまうが、その想像とは裏腹にレイの表情が曇っていった。


「いや、楽しいんだけどよ。そのさ、このあと……。いや、なんでもない。ただ俺が拓真に伝えられる事は、決して俺の意思ではない、ということだけだ」


 俺の肩に手を乗せ、項垂れながら意味深長な言葉を発したレイは俺の返答も待たずに無気力のようなヨタヨタという歩き方で去っていった。


 そんなレイの後姿を見つめている俺と一之瀬は何がなんだかわからないといった表情を浮かべる。だが、それも一瞬のことで、すぐさま二人で会場を歩き始めた。


 会場を歩いていて不思議に思うことが一つだけある。一緒に会場入りしたメンバーの中でレイとしか遭遇していないということだ。


 もしかしたら擦れ違いになっているのかもしれないが、けっしてこの学校の体育館は広くない。ハッキリ言って見渡せば誰がどこにいるのかすら見えると俺は思う。


 だが、遠くを見渡してもいつものメンバーの顔が見当たらない。これが今の俺が抱いている不思議というわけだ。


「ねぇ、小枝樹くん。さっきから誰とも会わないわね」


 一之瀬の言葉を聞いて俺は一之瀬の方へと顔を向ける。そして思う。一之瀬も俺と同じことを考えていたのだと。


 それくらい不思議に思ってしまう現状なのだ。俺がおかしいわけではない。いたって普通に抱いてしまう疑問だということを理解して欲しい。


「そうだな。確かにレイ以外には会ってないな。もしかしたら何か舞台でやるんじゃないのか?」


 そう言った俺の言葉を鵜呑みにしたのか、一之瀬は舞台のほうへと視線を動かす。俺の一之瀬に見習ってその一之瀬へと向いている視線を舞台のほうへと動かした。


 ダンス部の演目が終わったのか、今は軽音部が演奏をしている。その光景を目にして気がついたことは背景音楽が消え、軽音部の音楽が背景音楽へと摩り替わっていること。


 気にしなければどうということはないが、しっかりと計画されたことなのだと思い会長の凄さを感じた。だが今はそんな気持ちを芽生えさせている場合じゃない。


 正直に言えば一之瀬と二人でいたいという気持ちはあるのだが、周囲の視線は祝福の目だけではないのだ。


 確かに一之瀬のことは憧れの目や尊敬の目で見ている者ばかりだ。だが、そんな天才少女さんの隣にいるのが俺だということが大きな障害になる。


 クラスの連中は俺のことを理解し受け入れてくれた。だが、ほかの生徒にはただの最低な天才少年にしか映っていない。同学年には蔑みに視線を送られ、先輩には妬みの視線を送られ、後輩には畏怖の視線を送られている。


 高校生だからなのか、その隠すこともしない視線が本当に怖いんですよ。楽しいパーティーなんですから、そういうものは忘れましょうよ。って言っても原因は俺にあるので何も言えません。


 問題はそれだけではない。ここにいる連中、いやこの学校にいる人達みんなが知っている。俺と一之瀬が付き合っているということ。


 それも問題にあがってしまうのだから世の中怖い。


 文化祭以降、そういう目で俺を見る奴は少なくなったが、あくまでも表面上なのだろう。人の腹の中までは天才でも分からない。実際、俺がそういう風に被害妄想に駆られているだけなのかもしれない。


 だとすれば、ここで深読みして安易な思考を浮かべるのは得策ではない。というか、そんなつまらないことを無しにして、俺は純粋にこのパーティーを楽しみたい。


「どうしたの? 小枝樹くん」


 やばい。感情が楽しみたいと思ってしまったからなのか、握っていた一之瀬の手を少しだけ強く握ってしまった。


「いや、なんでもない。たださ、一之瀬の誕生日みたいに一之瀬を特別扱いする奴はいないからさ。今日はとことん楽しもうぜ」


 今までの思考を読まれないように適当に言ってしまったが、きっと今の俺の言葉は本心で本当に一之瀬に楽しんで欲しいと思った。


 笑みを浮かべ市ノ瀬を見つめる。その笑みに応えるかのように一之瀬は俺の手を強く握り返し、切れ長な瞳を細め笑みを返してくれた。その時だ。


 体育館内の照明が落ち真っ暗になる。生徒達のどよめきが耳を刺激する。期待に満ちた声も上がれば、不安がってる声も上がる。そんな中、俺はいたって普通だった。


 体育館のカーテンは閉められておらず、外からの人工的な光と自然の光が薄っすらと会場内を照らし出していた。そんな暗闇に目が慣れるのには然程時間は掛からない。


 光をたよりに見た一之瀬は辺りをキョロキョロと見回して入るが冷静さをなくしているわけではなさそうだった。


 まぁ何かのイベントが始まるのだろうという安易な想像を浮かべしばし時間を待つ。するとステージの明かりだけがつき、そこには二人の生徒が立っていた。


 何か特別な衣装でも用意したのか、片方のイケメンはその金髪に引けをとらない白に赤のスパンコールで施された衣装を着ていて、もう一人は赤髪とは正反対の白に青のスパンコールで出来た衣装を着ている。


 赤は楽しそうな笑みを浮かべているが、青は「どうして俺が」と言いたげな引き攣った笑みを作り上げていた。


 そして赤がマイクを持ち


「レディースエーンジェントルメーンッ!! みんなー、盛り上がってるかーいっ!!」


 一瞬、静寂が押し寄せる。それは現状を理解出来ている者が少ないという証にもなった。だが、そんなつまらない静寂は刹那であって


「「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」」


 怒号にも似た歓声が体育館に響き渡る。人の声だけで地響きが起こっているのかと勘違いしてしまうくらいの声量。確認はしていないが、きっと体育館の窓ガラスは小刻みに揺れてたに違いない。


 そんな歓声が体育館内を反響し、ゆっくりと霧散していく。そして再び訪れた静寂で赤が話し出す。


「申し遅れました。僕の名前は神沢かんざわつかさ。ここにいる女神様達の為に光臨した従順な天使。だけど僕には最愛の人がいる……。そんな僕は女神様達を裏切ってしまった堕天使……。だから今日はこんな真っ赤な衣装も着ていることだし、天使神沢じゃなくって、みんなの赤鬼神沢になっちゃうよぉぉぉっ!!」


「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」


 黄色い声援と呆れる男子の図。神沢のそれはもはやプロフェッショナルと言っても過言はない。


 呆れている俺の耳に離れたところから聞こえる黄色い声援とは全く違う欲望にまみれた声が聞こえてきた。


「司さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! つ、司様の吐息ぃぃぃぃぃぃ!!」


 斉藤……。お前本当に怖いよ……。熱狂的過ぎるよ……。つか普通に引いちゃうよ……。神沢にも呆れるが斉藤のアレにも呆れてしまう。


 俺が呆れていることに気がついたのか隣にいる一之瀬がクスクスと笑っていた。そんな一之瀬へと視線を動かそうとしたとき、赤ではなく青が動き出した。


「ホラホラー ミンナ モット モリアガレヨー!」


 レイよ。確かに恥ずかしいのは分かる。お前がやりたくもないのに強制的にやらされているのも重々承知だ。だがな、棒読みを超えて機械じみた話し方は良くないと俺は思うぞ。


「ちょっと城鐘くんっ! もっとしっかりやってよっ!」


「ふざけんなっ! 俺はこんなことやりたくてやってんじゃねぇんだよ」


 おいおいおいおい。マイクに声が入ってるぞ。君達のその行為がここにいる生徒達の上がりきってしまったテンションを徐々に下げていることをちゃんと理解しているのかね。


「いいから、いつも通りの城鐘くんで大丈夫だから」


「はぁ? いつもの俺? ……だったら」


 神沢に説得されたレイはマイクを右手で持ち、左手で頭を掻きながらそっぽを向き、


「その、なんだ。俺は神沢みたいに盛り上げられる事とかできねーけど、それでもお前等が楽しんでくれるなら、その……。すげーうれしい」


「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」


 なんだこの茶番はああああああああああああああああああっ!!


 レイ、お前はあれか? 天然のツンデレさんなのか? 計算ではなく純粋なツンデレさんとでも言いたいのか? というか女子の盛り上がり方がハンパないんですけど。


 呆れを通り越しもはや感動すら覚える俺。そんな二人のマイクパフォーマンスの後ろでなにやら沢山の楽器が並べられていく。


 その様子をみていて吹奏楽部が次に何かをするのだと察した。だとすれば、いったいこの二人は何がしたいんだ。


「女の子達、すこし落ち着いて。そして城鐘くんだけじゃなくて僕も見て」


 イケメン王子の発言は一年生から三年生まですべての女子の心を鷲掴みにしてた。このイケメンには後で説教だな。天使牧下という人がいるのにもかかわらず、このパフォーマンスはけしからん。


 でも待てよ。事前にやることを知っているということなのだとすれば、牧下が了承したことになる。もしもそれで俺が説教なんてしたら、俺が牧下に嫌われる。


 そんなのは絶対に嫌だっ!!


「ねぇ小枝樹くん。今の貴方には私がいるのよ? ほかの女子のことなんて考えていないわよね?」


 一之瀬さん……。アンタはエスパーですかっ!? 怒ってるよ、普通に怒ってるよおおおおおっ!!


「な、何言ってんだよ一之瀬。俺がそんな男に見えますかね?」


「……ふぅ。まぁ貴方がそう言うのなら信じるわ」


 なんか罪悪感が残ってしまった……。別にやましい事じゃないから言っても良いもいいのかもしれないけど、なんか怒られそうだし……。でもでも、俺の中で一番好きなのは一之瀬なんだ。その気持ちを隠すことじたい間違ってるだろ。


 俺は自問自答を繰り返した。そんななか、微かに聞こえてくるのはイケメン王子の声だけ。


「それじゃ準備も終わったところだし本題に入るね。えっと、今日の冬祭りは二学期最後のお祭りとしてこの学校の名物行事になっています。本来は二学期という時間を終えた生徒達へのささやかなねぎらいでした。その意味合いは今でも変わっていません。でも、今年の冬祭りでは少しだけ私情は挟みたいと生徒会長さんが言い出したのです」


 だけど俺にとって牧下は天使であって、その牧下の彼氏の神沢があんなことをしているのだから、俺が牧下のことを心配するのはやましい気持ちじゃない。単純に友人として見逃せないだけだ。ということは俺が牧下のことを考えていた事実を一之瀬に言っても怒られることはないんじゃないのか?


「そんな生徒会長さんの申し出を僕達は受け入れました。だから今、僕はこのステージに立ちマイクを持って話しをしているのです。そしてなんと、今回のサプライズの内容は、僕達の大切な友人を祝福するという話しなのです」


 よし言うぞ。大丈夫だ。大丈夫だ拓真。お前は天才だ。こんなことで怖気づかなくていい。大丈夫だ。大丈夫だ。


「あのさ一之瀬、さっき━━」


「その、祝福したい二人はこの人達ですっ!!」


 急激に明るくなる視界。真っ暗な体育館にいたせいでその明るさに目が慣れるのに時間がかかる。同時に思考停止のような感覚に陥り、現状で何が起こっているのか全く分からない。


 目が慣れて辺りを見渡すと、体育館内にいる全員が俺のことを見ている。そんな俺を照らしだしている明かりを辿るとスポットライトだと気がついた。


 そして照らし出されているのは俺だけではなく隣にいる一之瀬もだった。ライトの明かりにまだ目が慣れていないのか、一之瀬は目を細めライトを遮るように手を出していた。


「天才少女こと一之瀬 夏蓮さんと、最低最悪天才少年の小枝樹 拓真くんですっ! きっと噂にはなっていると思うけど、今の二人は恋人同士になったのですっ! そんな友人である二人をみんなで祝福したいと提案したのが、他の誰でもない生徒会長こと下柳 純伽さんですっ!!」


 神沢のマイクパフォーマンスが上手いのはこのさいどうでもいい。現状を把握するために情報を整理しなければ。


 そう思っていても停止しかけた思考をすぐさま動かすのは困難で、俺が理解できているのはステージ上からレイがいなくなり神沢と銀髪少女がいるということだけだった。


「ごほん。司くんに紹介された下柳 純伽だ。と言っても皆は知っているだろう。それに司くんが話してくれた内容が今回のサプライズの殆どだから割愛させてもらう。でだ、どうして私が一之瀬 夏蓮と拓真くんを祝福したいのか。それは私の恩人だからだ」


 ステージの照明が再びつき、銀色の髪を輝かせている下柳。マイクを持ち話している姿は凛々しくて、弱々しかった下柳などこの世界にはいなかったのではないかと思えてきてしまう。


 彼女の通る声はここにいる全ての者達を静寂へと導き、自然とその声を耳に入れたくなってしまうほど心地の良いものだった。


「もしかしたら君達の知る夏蓮くんと拓真くんとは違うかもしれない。夏蓮くんは、かの一之瀬財閥の次期当主であり天才少女。相反して拓真くんは最低な天才少年。だが私にとっては二人とも掛け替えのない生徒なのだ。拓真くんは君達が思っているほど最低な人間ではない。己がどんなに苦しいと理解していても私に手を差し伸ばしてくれた恩人だ」


 下柳の言葉に耳を傾ける生徒のなかで茶化したり騒いだりする者は一人もいなかった。そんな俺も静かに下柳の話しを聞いてしまっている。


「はっきり言って夏蓮くんには何もしてもらっていない。ただ私の恩人の恋人なのだ。祝福せずにはいられないだろう。だからどうか、今夜だけでもいい。この二人を特別扱いせずに君達、いや私同様に凡人扱いしてはくれないか」


 体育館に響き渡る下柳の声。その声は反響しゆっくりと消えていった。そして訪れる静寂。その静寂は下柳の言葉を否定するもので、だれも共感の意を示さないものだった。


 わかっている。俺が受け入れられないのは自分のせいだとわかっている。だけど、俺がいれば一之瀬も同じような目にあってしまうんじゃないのか……? 俺のせいでまた一之瀬が傷ついてしまんじゃないのか……?


 再び顔をだした恐怖。楽しいはずの冬祭りの会場で、一之瀬と手を繋いでいるのに、俺は独りなのかも知れない……。


「会長の言うとおりだー!!」


 静寂を切り裂く男子生徒の声。その声の主を瞳に入れると、それは同じクラスの男子生徒だった。両手を口元で拡張品のようにし大きな声をさらに響かせながら男子生徒は言った。


 すると、その言葉に反応した別の生徒の声が聞こえてきた。


「みんなが思ってるよりも小枝樹は天才なんかじゃないよっ!! バカだしアホだし、それに誰よりも優しい迷惑なやつだよっ!!」


 女子生徒の声。内容はいささか悪口も含まれているように聞こえたが、その言葉にはそれ以上の優しさを感じた。


「わ、私は文化祭の準備の時に小枝樹に助けてもらったっ!! 脚立から落ちた私の下敷きになって自分が怪我しながらも助けてくれたっ!!」


 優しさが溢れだしてくる。俺のことを考えてくれる奴等の気持ちが胸の中へと落ちてきて、堪らない気持ちになった。


 それから数分、いや数十秒の間、俺を庇護する言葉が飛び交い体育館の中を埋め尽くす。そして


「これで分かってもらえただろうっ!! あの最低な天才少年は他人の幸福を願うばかりに自分を傷つける選択ばかり選ぶ愚か者なのだっ! だから今日はそんな彼の羽を私達凡人が休ませてあげようではないか。そして今日という大切な、私達だけの聖なる夜を共に心に刻もうっ!!」


 再び会長の声が体育館内で反響し、そしてゆっくりとピアノの音が聞こえだした。


 俺の事を認めるとか受け入れるとか、そんな疑問はどこかにいってしまったように、ピアノの音が聴こえるほうへとみな視線を動かす。


 そこには赤毛で青い服を着たバカ野郎が華麗にピアノを演奏していた。


 初めはゆっくりな旋律。だが、会場の雰囲気が次第に明るくなっていくのと合わせながら、旋律のテンポが上がっていき音も軽やかなものへと姿を変える。それに合わせて吹奏楽部の演奏も始まり素敵なハーモニーで会場を包み込んだ。そして


「さぁ、天才少女と天才少年の祝福と共に、今夜はみなで踊り明かそうっ!!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 俺は奇跡を見ているような気がした。会長が言葉を発した刹那、地響きにもにた歓声が響き渡り、その空間を完全なる個へと変質させた。


 不思議と身体が動いてしまう音楽。それは音だけではなく、下柳の「踊り明かそう」という言葉が拍車をかけていると思った。


 楽しげな周囲の声。身体を動かすことを誘発する音。そのすべてが体育館内を支配し、身体を揺らし始める生徒達が増え始めた。


 それはダンスといえるようなものではなく、何も知らない素人が音楽に乗せて身体を動かしているにすぎない。だが、その雰囲気が高校生という枠から逸脱しない適度なものだからこそ、この場の雰囲気に最適なのかもしれない。


 そんな空気に呑まれてしまったのか、不意に俺は一之瀬に言う。


「なぁ、一之瀬。俺等も踊るか?」


 俺の言葉を聞いた一之瀬が不思議そうな瞳で俺を見る。その瞳に俺は答えるように


「一之瀬の誕生日のときには踊れなかっただろ? だから、そのリベンジがしたい」


「ふふふ。本当に小枝樹くんは面白いことを言うのね。わかったわ。だけど、貴方如きが私と対等に踊ることができるのかしら」


 悪戯な笑みを作り俺を小バカにする一之瀬はなんだか楽しそうに見えた。


 誕生日のときとは違い、本当の笑顔を見せてくれる一之瀬を見て、自分が間違っていなかったのだと認識する。そして


「おいおい、あんまり天凡なめんなよ?」


 そう言い俺は一之瀬の手を引っ張った。


「ちょ、さ、小枝樹くんっ!?」


 少し開いた空間。きっとここでは自由に踊れるように会長が作ったものだろう。それが俺等のあてつけだと今ならわかる。そう。ここで一番最初に踊るのは、きっと俺等だったのかもしれない。


 少し開いた空間の中心に俺と一之瀬が立つと周囲の動きが止まり、視線を俺等へと送る。それと同時に音楽さえも止まり、まるでここに居るのが俺と一之瀬だけのような気がした。


 俺は一之瀬の目の前で肩膝をつき、手を伸ばす。そして一之瀬の目を見てこう言うんだ。


「俺と踊ってくれますか? 天才少女さん」


 自分の思いと皮肉を混ぜて俺は言う。すると


「最低な天才少年さんと私が踊ると思っているの? でも一度だけ踊ってあげる。だからこの私を満足させてみなさい」


 俺の皮肉に皮肉で返答をする一之瀬は微笑んでいた。その微笑みに微笑みを返し、突き出された一之瀬の手の甲を掴みキスをした。


 そんな現状を見ている生徒達。その視線を感じながらも、もう俺と一之瀬は二人の世界へと誘われている。見詰め合う俺等の耳を再び流れ出した繊細な旋律が幕を開けろと急かしているようだった。

 

 

 

 

 

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