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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第一部 一学期 春ノ始マリ
12/134

5 前編 (拓真)

どうも、さかなです。


今日から第五章のスタートです。

今回の第五章は第一部の終わりの話なので少しシリアスな感じになってしまっています。


普段からギャグが少ないのにシリアスにしてすみません。。

それでも話の本編を出しているので、楽しめると思います。


頑張ってギャグの部分も書きますので今後ともよろしくお願いします。


では第五章をお楽しみ下さい。

平凡な日常、俺の毎日、のどかでゆっくりと流れる時間。昼過ぎののどかな時間帯、平日なのに俺は今自分の部屋のベッドに横たわっている。


外から聞こえる近所の奥様達の笑い声、窓を開ければ俺の体温を下げてくれる涼しい風。


真上に昇った太陽は一人ぼっちの俺を照らした。見上げれば、雲一つない春晴れ。そんな青すぎる空を眺めている俺が何で平日に家にいるのかというと……。






「小枝樹くんっ!!!しっかりしてっ!!!」


ここはどこだ。確か俺は今まで牧下と友達になろうよ作戦を実行していたはずだ。なのに俺の意識は不安定で、誰が俺に声をかけているのかも分からない。


それでも俺は自分で出来る精一杯の力で、その重たく閉じている瞳を数ミリ開く。


「小枝樹くんっ!!!小枝樹くんっ!!」


なんだ、一之瀬か。俺の大嫌いな天才少女さんが俺の名前を呼びながら泣いてるよ。ポタポタと俺の肌にその涙が落ちてくる感覚だけがはっきりと分かった。


これが俺が覚えていた最後の光景。その後気がついた時には病院のベッドの上だった。


目が覚めた時、病室には誰もいなかった。医者も看護師も友達も家族も、誰もいなかった。目覚めた時間帯が深夜だったのか辺りは真っ暗で、一瞬俺は本当にこの世界から消えてしまったんじゃないのかと錯覚した。


それでもそんな事が現実に起こる訳でもなく、俺が何で今病院にいるのかを理解するのに然程時間はかからなかった。


頭はとてもクリアなのに、思うように身体は動かなかった。それほど俺の肉体は限界にきていたのか、それとも精神的に今は動きたくないと思っているのか。


真っ暗で殺風景なこの風景が、俺の心を更に蝕んでいるような気がした。それでも俺が思った事は『またやったか』だった。


高校に入学してからはこんな事はなかった。成長期が覚える他者を拒絶するというニヒル的な考えのお陰で、俺の精神は保たれるようになったからだ。


なのにまた俺は病院さんのお世話になっている。それが意味する事は、俺がまた誰かを求めているという事の現れだ。


どんなに繕っていても凡人な俺には他者を拒絶しきれなかったって事ですね。そう、凡人な俺にはね……。


ベッドで横になったまま俺は真っ暗な部屋の天井を見ている。窓にはカーテンがかかっていて、外の景色を見る事も出来ないからだ。


だったらいっその事天井を見よう。俺はそんな下らない事を思っていた。そうしていると、俺は一之瀬にあの場所で出会ってから色々な事があったなと感傷に浸る。


初めは俺の憩いの場所の鍵を奪い、強制的に俺とエンカウントする計画を立てた一之瀬。何が何だか分からないまま『契約』なんていう意味不明な事を言い出して、俺は渋々了承する事になった。


だけどそんな一之瀬のお陰で俺の親友、門倉翔悟と出会えた。最初は細川キリカっていう一年生が会いに来たと思ったら『門倉せんぱいを助けて』なんてたいそうな事を言い出すからビックリした。


それでそのお願いを聞く羽目になり、そして翔悟に出会った。初めは何だかデカイ奴ですげー良い人ぶった奴だと思った。


だけど、翔悟は去年に親友を失ってそれでもバスケが続けたいって思ってて、翔悟が言った『勝ちたい』っていう言葉が今でも頭の中で鳴り響いてる。


まぁ結局試合は俺のせいで負けて、なのにアン子のお陰でバスケ部は二学期まで猶予を貰うことが出来たんだったな。


確かあの時も俺は一之瀬に助けられたんだったんだっけな。あの時は翔悟と細川を傷付けた自分が許せなくて、だけど自分の気持ちの逃げ場がなくて、結局一之瀬の前で泣いたんだよな。


何だかんだ言っても俺は一之瀬に恥ずかしい所を結構見られてる。だけど俺も一之瀬の意外な一面を見た。あれは神沢の件の時だったな。


神沢ストーカー事件。あの時に一之瀬は意味も無くノリノリになってホームズの格好をしてきたんだ。何で尾行をするに当たってホームズかな。本当に一之瀬はバカだ。


あの事件を解決して以来、神沢も何だか俺らに懐いてきてるし、一之瀬と俺の関係がばれない様に頑張ってる俺もいるし。まぁばれれば一之瀬財閥の力によって俺は消されるからな。


そしてつい数時間前まで牧下の件で俺は頑張ってたし。それでも最後は牧下も友達になれたし、それにちゃんと笑ってた。


牧下は『私なんか誰からも必要とされてない』なんて言ってたけど、そんな事は決してない。神沢と翔悟が言ったように、俺らはもう友達なんだ。


だからきっとこれからも上手くいく。こんな風に根拠もない自信なんて俺らしくないのかな。いや、きっとそんな事はない。


一之瀬に出会って、関わって、色々な事をやらされて、そんな今の自分が俺は嫌いじゃないんだ。このままずっと続けばいいって思えるくらいに。


なのに最後俺は倒れた。無理し過ぎたのかな……。日に日に昔の俺に戻っていく。そんな感覚を俺はおぼえていた。


「……はぁ。みんな俺の心配してるのかな」


誰もいない病室で俺は独り呟いた。暗い病室、その闇が俺の心を表しているようで一瞬、一人でいるのが怖くなった。


最近は誰かと一緒に時間を過ごす事が多かったから。孤独に耐えることの出来ない弱い俺に戻っている。それでも目を閉じればいつもの光景が広がって、俺の心を癒していく。


そんな日常に戻りたい。今の俺の日常に早く戻りたい。だから一之瀬にはちゃんと俺の事を話した方が良いのかもしれないな。


だけど、話せばきっと俺らの契約は終わる。そんな不安が俺の頭をよぎる。そしていつの間にか俺は眠っていた。






結局入院は一日で次の日の昼頃には退院出来た。まぁいつもの事だから大丈夫だったんだろう。


診断は心労。精神的に過度なストレスを与えた事によって倒れた。それが俺の数年前からある病気。


医者には精神科を薦められてはいるけど、俺はそんなに深く考えていない。昔にアン子や雪菜には行け行け言われたけどな。心の病気なんて自分でどうにでも出来る。俺はそう思うから行かない。


一年前の俺はそれを他者を拒絶することでどうにかしていた。だけどあの場所に行って、色々考えて、俺は凡人になる事を決めたんだ。


普通でいれば誰も傷付けないし誰も期待しない。そんな風に過ごそうとしていたのに、一之瀬に出会った事でまた倒れた。


「天才少女か……」


俺は平日の昼間、青くてキラキラしている春の空を自分の部屋で見ながら呟く。その時だった


「おーい、拓真」


俺の見知った人間が外から俺を呼ぶ。だがソイツが今の時間帯に外にいる事はおかしな事で


「何でアン子がここにいんだよ。仕事はどうした」


「あー、お前の看病をするって言って早退した。どうせ身体はもう大丈夫なんだろ、早くおりて来い」


如月杏子きさらぎきょうこ通称アン子。俺の昔からの知り合いで、つかもう幼馴染でいいか。そして今は俺の学校の教師をしている。ついでに俺の担任。


つかいちクラスの担任なのに早退とか出来るのか……?本当にアン子の能力は計り知れない。


「どうして行かなきゃいけない。俺は病み上がりだぞ。それにアン子といる所を誰かに見られたら要らぬ噂が立ちそうだ」


俺は自分の部屋の窓、家の二階からアン子を見下ろしながら言う。


「おい、拓真。あたしに逆らうなんていい度胸してるじゃないか。お前はそんなに偉くなったのか……」


はははは。何でだろう、俺は今日病み上がりなのに、一昨日まで病院にいたのに、おかしいなこの人は俺を武力で制圧しようとしているよ。


お願いだから拳を握らないで……!!マジで怖いから、マジで怖いから。


「……わかりました。支度して行きます……」


どうして俺はこんなにも弱い生き物なのでしょうか。何故こんなにも簡単に屈服してしまうのでしょうか。それはとても簡単に答えが出ます。アン子が怖いからです。


……はぁ。俺は深く溜息を吐き、出かけれる準備を始めた。





そして今俺はアン子と車でドライブをしています。何だか学校をサボって良い気分になれてはいるが、隣で車を運転しているのが自分の担任だと思うと不思議な感覚であった。


まぁ別にサボっているわけではない。本当に病み上がりで学校を休んでいるだけだ。それでも隣のアン子様は俺を理由に仕事を放りなげてきた訳だが。


だけど俺を心配しての事だ、俺がとやかく言える義理はない。


「あー拓真が倒れてくれたお陰で今日の仕事は楽だったよー」


前言撤回を要求します裁判長。そしてこのか弱い凡人に発言権を。


「……お前。本当に仕事放り出してきたんだな」


「何を言ってる。これも立派な仕事だ。大人はな色々大変なんだぞ」


一体全体このアン子はどの口からものを言っているのか。本当に反面教師だよ、教師だけに。とか思っている場合じゃない。


「つか何でドライブなんだよ」


「さっき拓真も言ってただろ?誰かに見られちゃ不味いからだ」


自信ありげに言わないで下さいよ……。つか俺の方を向いて親指を立ててないでいいから運転に集中してください。というか前を向きなさいっ!!


アン子は放していた片手をハンドルに戻し、再び普通に走行し始める。


「というか拓真宛に、一之瀬から伝言だ」


ふざけてたと思ったらいきなり真面目になる。こういう所があるから俺はアン子が理解出来ない。


「伝言?なんだよ」


それでも一之瀬からの伝言は気になる。あいつが俺に伝言……。死になさいとかじゃないよな……。


「『あまり私に心配させないで』だってさ。あの一之瀬が今にも泣きそうな顔で言ってたぞ」


……一之瀬。なんで最近アイツは俺に優しくするんだ。考えれば考えるほど一之瀬が分からない。


「それに他の奴も心配してたぞ。えーとっ、門倉に神沢、牧下に佐々路。」


みんな……。俺の心配をしてくれたのか。本当に一之瀬も含めてお節介なやつ等だよ。


俺はそんなみんなの心配が嬉しくて、少し頬が緩んだ。こんな俺の心配をしてくれるやつ等が今はいる。だから俺はあの場所に戻りたいって思ったんだ。そう、俺の今の日常に。


「後は一之瀬がそいつ等に気を利かせたのか、それともお前に気を利かせたのかは分からないが。今回、拓真が倒れた理由を心労じゃなくて過労って言ったみたいだぞ。確か一之瀬は病院までついて来てたんだよな?それにお前の診断結果も知ってるんだよな?」


アイツ、俺の過去の事を少し知ったから……。他の奴等に余計な事を考えさせないために、俺の診断結果を隠してくれたんだ……。


とくに牧下に知られるのは不味いからな。牧下の件で俺は倒れた、はっきり言ってしまえば牧下の『私なんか誰からも必要とされてない』この一言で発作が起きて俺は倒れたからな。


だから黙っててくれたのか。やっぱり俺はアイツに自分の事を話そう。どんな結果になっても、一之瀬には知る権利がもうある。


「なぁアン子……。俺、自分の事を一之瀬に━━」


「よし拓真。飯にしよう」


俺の言葉を遮ってアン子は飯だと言い出した。本当にこいつはタイミングが悪い奴だ。とうかいつの間にか見慣れない所まで来てたんだな。つか、ここどこだよおおおおおおっ!!


辺り一面が山だぞっ!?車の外に出れば鳥の囀りが聞こえて、家で見ていた時よりも空が綺麗な気がした。空気も澄んでいて春の涼しい風が俺の髪を揺らした。


「何やってんだ拓真。さっさと店に入るぞ」


そこにあったのは木出来た小奇麗な洋食屋。外には手書きで今日のオススメと書かれたホワイトボード。いかにも隠れた名店という感じの店だった。


俺はそそくさと店に入っていくアン子を追いかけるように小走りになった。




店の中は本当にお洒落だった。等間隔に置かれたテーブル、馴染みになった人を寄せ付けるカウンター、外見と同様に木目のデザインが施されている店内。


俺がよく行くファミレスとは違い落ち着いた雰囲気の空間だった。これが大人の嗜みなのか、いやたまたまアン子が見つけたけど一人じゃ入りづらいから俺を連れて来た感じだな。うん。


アン子と俺はテーブル席に座り、注文をして、頼んだ物が来るのを待っていた。


「それで、何で俺を連れ出したんだ」


俺はストレートにアン子に問う。


「なんでって、お前の気分転換だ。いや、私の気分転換だ」


この女は本当に素直なことで。つかもうアン子のこういう自分勝手な所は昔から慣れているから免疫がついてる。それでも俺は何か意図があると思い


「いやいや。アン子の気分転換はどうでもいい。てかアン子が俺に構う時は何かしらある時だから分かりやすいんだよ」


「私の言葉を否定した件は後に回そう。確かに今日はお前に聞きたい事があって誘った」


初めに言った言葉が引っかかるが、俺に聞きた事ってなんだ。


「私は、あの場所で一之瀬と拓真を会わせた事が間違いだと思ってる。結局私の余計な事でお前をまた苦しめた。だから今のお前の気持ちを聞きたい」


いつになく真剣な表情で言うアン子。だから俺もそれに答える。


「アン子がした事は間違いじゃない。確かにお節介だったかもしれないけど、俺は一之瀬と関われて良かったと思ってる。今回倒れたのも一之瀬のせいじゃない、俺のせいだ……」


そして俺は何故、今回倒れてしまったのかをアン子に説明した。


全ての事を聞きアン子は溜息をついていた。そして


「『必要じゃない』か。確かに今のお前にとってその言葉は地雷だな」


溜息をついていたと思ったら、次の瞬間には微笑を浮かべるアン子。だが少し笑ったその顔が俺には悲しい表情に見えた。


「だから一之瀬のせいじゃないよ。俺が弱かったから……。誰のせいでもない、全部俺の弱さのせいだ」


そんな話をしていると注文した物が届く。店員が丁寧に持っている物を俺とアン子の前に置き、一礼して去って行った。


その後、食事は静かにとった。アン子も俺も、何も話さないまま自分の空腹を満たした。見た目は凄く美味しそうなのに、味なんか何も分からなかった。


口の食べ物を運んでいながら、俺は一之瀬の事を考えていた。アイツが何で俺を心配したのか、そして何でみんなに嘘をついたのか。


その真実を俺は知りたいと思っていた。そして、俺の事をどう話すかを悩んでいたからだ。


アン子が心配してくれているのは分かってる。だけど、俺は一之瀬を拒絶できない。それだけ、この短い時間の中で俺は一之瀬を必要をしてしまったからだ。


結局、気分転換を兼ねた楽しい食事はなにも楽しくなく、俺とアン子は帰ることになった。


そんな帰りの車の中で


「雪菜が凄く怒ってたぞ」


アン子は唐突に言った。静かだった空間を切り裂くように、アン子の言葉は俺の耳に響いた。


「そりゃそうだろうな。俺が倒れて、雪菜が怒らないわけがない」


過去にも何度もあった事。俺が倒れる度に雪菜は俺に怒った。そして泣いた。どれだけ雪菜が心配してくれているのかは分かっているつもりだ。俺だって雪菜に心配はかけたくない。


「というか、私も本当に心配したんだぞ」


「……アン子」


アン子の意外な言葉。俺はアン子にも心配されていたのか……。嬉しい反面、凄く辛くなった。


「私だって拓真をガキの頃から知ってる。昔に何があったのかも、お前がそれでどれ程苦しんでいるのかも……。だけど私は大人だ。お前等のように本気で何かをする事は出来ない。だから私に出来る事は、少しでも拓真が救われる道を模索する事だ」


車のハンドルを握り、夕日で少し目を細めながらアン子は言った。遠くを見ているような瞳で、隣にいる俺の事を考えながら。


そんなアン子に俺は


「誰も傷付けたくないなんて、ただの逃げだったんだ。本当は自分が傷つかないように、誰からも期待されないように俺は自分を殺した。それでもさ……、一之瀬見てるとそんな自分が馬鹿みたいに思えたんだよ」


俺もアン子と同様に夕日の眩しさで目を細めた。


「アン子が心配してくれてるのが分かって、すげー嬉しかった。それと同時に、俺がまだまだガキなんだって思い知った。だからアン子もこれからは自分のしたい事をすれば良い。俺も自分のしたいようするから。どんなに苦しくても、もう大丈夫だから」


そう言い俺は笑った。本当の笑顔じゃなくても、今は笑いたいと思ったから。不安がないわけじゃない、きっとまた誰かに迷惑をかける。それでもあの時一之瀬と出会って、一之瀬のお陰で出会えたやつ等の気持ちを俺は裏切りたくない。


友達だって言って、俺の傍に居てくれる奴等を俺はもう裏切りたくない。


「……拓真。なら私はこれから先もずっとお前の救われる道を模索することになるんだな」


「だからそれは━━」


「何言ってんだ。これが私のしたい事だよ。弟分の分際で私に命令しようなんて百年早いわ」


アン子は笑った。その笑顔に嘘はなくて、俺の事を本当に考えたいと思っている。だけど、そんな嬉しい気持ちになれたのは一瞬で、俺はアン子に現実を突きつけられる。


「それで、私は良いが雪菜はどうする」


「……ちゃんと言うよ。だって俺の家族は雪菜とアン子だから」


俺は雪菜にもきっと心配をかけている。その事で雪菜をどれ程傷付けているのか、俺は全然分かっていない。だけど、雪菜は俺の家族だから……。俺の、大切な人だから……。


「きっとすげー怒られるんだろうな。本当に、雪菜には怒られっぱなしだよ」


「それはお前が悪いんだぞ拓真。雪菜はな、本当に優しい奴なんだよ。昔の事で拓真に恩を返そうとかはきっと思ってない。アイツは素直に拓真が好きなんだよ」


姉御肌というか何というか。本当にアン子は俺と雪菜の事をずっと見てくれてる。歳が離れててアン子と出会った時はもう、アン子は高校生だったからな。


今の俺らと同じくらいの歳のアン子。あれから凄い長い時間が流れたのに、本当にあっという間だった。


俺が雪菜を助けて、俺が親友を裏切って、俺がいらない存在になったあの時から、本当にあっという間だった。


楽しく過ごしていた事を忘れて、俺は自分中に閉じこもったんだ。それが今の自分を形成していて、こんなにアン子が心配してくれているなんて考えもしなくて。


雪菜も俺の事を考えてくれているんだ。だったら俺はそんな雪菜を裏切れない。だから


「もうこの辺でいいぞアン子」


俺は自分の家に近づきつつある時、アン子に言った。


「ここで良いのか?まだ少し距離があるぞ」


「大丈夫だよ。それに、雪菜と話がしたいからさ」


俺は今日まであった事を雪菜に話す決心がついた。もう雪菜に悲しい思いはしてほしくない。


「わかったよ」


アン子は車を止めて、ハザードをたく。停車した車の中、アン子はゆっくりと口を開いた。


「なぁ拓真。お前は変われたのか……?それとも、戻れたのか……?」


眉間に皺を寄せ、アン子は辛そうに俺に聞いた。そのアン子の言葉を聞いた俺は、車のドアを開け、ゆっくり外に出た所で


「どちらかと言えば戻ってるかもな……。でも、一之瀬にあの場所で会って、変わりたいとも思った。あと昔の自分を否定しきれなくなった……」


「だったら無理なんかしなくても━━」


「だから俺は雪菜に今の自分の気持ちを言って、一之瀬に俺の事を知ってもらいたいって思ったんだよ」


心配しているアン子をよそに、俺は笑って答えた。するとアン子は俯き


「……そっか。ならちゃんと最後までやれよ」


悲しみと苦しみが混ざった笑顔。アン子の心の悲愴が俺の身体の中に流れてくるようだった。


「あぁ。また飯でも食いに行こうぜ」


俺はそう言い、歩き出した。




少し歩けば静かな住宅街。俺の住んでるいつもの場所。夕日があんなに綺麗だったのに、今はもうその姿を消し星と月を輝かせていた。


何から話そう。俺は雪菜にどう伝えれば良い。気持ちと思想が相対し、俺の足を少しずつ重くした。


答えを出すのは簡単な事、だけどそれを認める事が難しい。天秤にかける物が重くなれば重くなるほど、決断をする事が苦しくなる。


そんな事を考えていても、もう雪菜には連絡をしてしまった訳で、俺は少し前に雪菜と喧嘩をした公園で一人ベンチに座りながら雪菜を待っていた。


まだ今なら間に合う。雪菜には適当な事を言って、そして明日からいつもの日常に戻れば良い。


いつもの様に学校に行って、いつもの様に学友と話して、いつもの様に授業を受けて、いつもの様に昼食を取る。


昼過ぎの眠気と戦いまた授業を受けて、そして放課後、あの場所に……。


『友達で居てくれるの……?』


牧下が言った言葉。そんなの当たり前なのに、牧下は泣きそうな顔で言ってたな。


『それでも小枝樹くんは僕の友達だから』


神沢が言った言葉。俺の間違いをちゃんと正してくれた後に言ってくれた。怖がりながら、それでも自分の気持ちを友達の俺に言ってくれた。


『これからも俺の友達でいてくれるか』


翔悟が言った言葉。アイツの大切な試合の最後のシュートを俺は外したのに、翔悟の気持ちを俺は裏切ったのに、こんな俺に言ってくれた翔悟の言葉。


『私は貴方、小枝樹 拓真が必要なのよ』


あの場所で出会って、わけも分からないまま契約を結んで……。だけど一之瀬は本当に俺は必要としてくれた。誰からも必要とされない俺を求めてくれたんだ。だから、今の俺がいるんだな……。


何であいつ等の言葉が流れるのかな……。こんな風に思い出したら、もう逃げれないじゃん。


もう逃げるのはやめよう。雪菜にも一之瀬にもちゃんと向き合おう。凡人だってたまには頑張っても良いよな。


春の夜風はまだ冷たくて、俺の身体を凍えさせる。だけど俺の気持ちは前を向いてて、冷たくなった手を温める事も忘れていた。


雲と雲の間から見える星達は、街灯の光で殆ど見えない。それでも大きく輝いてるその月は、丸くなくても輝くことをやめない。


そんな明りが眩しくて、街灯なんかないような気がして、今の世界には俺しか居ないような感覚になった。


後悔して、苦しんで、本当に辛くて、逃げて。それでも皆には笑ってもらいたくて、幸せであって欲しくて……。それが全部叶わなくて……。


それでも今の俺はもう独りじゃない。笑って待っててくれるやつ等がいる。それが今の俺の心を支えているんだ。


だから、もう迷わない。


そんな時少し強い春の冷たい風が吹いた。俺は靡く自分の髪を手で押さえ、風が止んだ時に公園の入り口を見た。


「おまたせ、拓真」


そこには雪菜が立っていた。









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