表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第八部 二学期 何モナイ景色
108/134

37 前編 (拓真)

 

 

 

 

 本日も至って平和な日常だ。


そんな風に思っていたのはいつの事だっただろう。夢を見ていた訳じゃない。だが、それを現実だと受け入れるにはあまりにも残酷だ。故に俺は宙に問う。


俺はいつから自分の意思で依頼を受けるようになったのですか。と。


心なしか普段見ている情景が全く別のものに感じる。それは肯定的思考からくる物ではなく、どちらかといれば否定的思考からだろう。


マイナスな考えで雁字搦めになっているわけではないし、現状が全ておかしなものだと思っているわけでもない。


ただ単純に、どうして今の自分は進んで面倒くさい事をしているのかという疑問を解決したいだけだ。


ヒーローに憧れている事は認めよう。それでも今の俺はもう高校生だ。誰がどう見たって一般的な男子高校生だ。その年齢と思考のアンバランスさがある事に否定的ではない。


だが、今回の依頼は果たしてヒーローもするのかという事だ。


考えてみれば今までの依頼だってヒーローには関係がないのかもしれない。それでも困っている人や、悲しんでいる人。それ以外にもどうしようもないと思っている人達が俺に依頼をしてきた。


初めは一之瀬にだったが、いつの間にか一之瀬だけではなく俺にも頼ってくれる人達が現れたんだ。それはそれで良いんだ。


でも、今回の依頼。下柳しもやなぎ純伽とうか生徒会長の依頼は別物だ。


確かに内容だけを見てみれば崎本さきもと隆治りゅうじが持ってきた依頼と然程変わりはしない。


結局の所、現状の立場をどう維持すれば最善で最適なのか。それはわかる。でも下柳には今までの依頼主にあった必死さが全く無い。寧ろ、この俺を欲していた事実を露見させて、完膚なきまでに俺にバカにされているんだ。


それに必死さを言うのであれば会長本人よりも副会長の綾瀬あやせ道久みちひさの方が鬼気迫るものがあった。それが何故なのかは現状では把握できない。


というか、副会長なら不出来な会長をどうにかしたいと思うのは至極当然なのかもしれない。


そのような不確かな予想を立てていても何も始まらず、そして何も終わらない。なので俺はとりあえず出来る事だけに集中しようと思った。



 流れる時間はとても短く感じ、気が付いてみれば昼休み。授業を聞いていなかったわけではないが、会長の依頼を気にしていなかったと言ったらそれも嘘になる。


まぁ昼休みだし、今は何も考えないで昼休みを満喫しよう。


そう思った今日の俺は何も昼飯を買ってきていない事に気が付く。周りの生徒達は既に昼食を取り始め、完全に俺が浮いてしまっている状態だ。


居た堪れなくなったわけではないが、俺は教室をそそくさと出て行く。そして俺は昼飯を確保する為に購買まで向かった。


足取りはいつもと変わらず普通。本当は急いだろうが良いのかも知れないが、どうせ今から急いでも人気商品は売り切れているだろう。食堂に行ってもいいが、結局込み合っていて座る席なんて無いだろう。


だったら無難に購買に赴き、残っているパンと飲み物を買って適当な場所で昼食を済ませるのが妥当だ。


だが俺は全ての状況を予想して行動しなくてはならない。


どんなに時間が経っていたとしても購買戦争は熾烈な戦いになる。らしい。


中国史で登場する呂布や日本史に登場する慶次のような勇ましい猛者共がわんさかいると聞いた事がある。時間がずれているいると言っても、そこには武力を備えた知将共が残り物を取り合っている可能性がある。


そんな未来を予想しながら俺は戦場へと辿り着いた。


そこは、閑古鳥が鳴いているという言葉が一番相応しいだろう。なにが戦場だ、何が武将だ。今俺の目の前にいるのは食を求めた武将ではなくふくよかなオバちゃんだけだ。


それだけではない。目の前に陳列されているパンは、フランスパンのみ。


どうしてなのかな。どうして高校の購買でフランスパン売ってるのか? もしかしてあれか? とりあえずフランスパン置いておけばお洒落に見えるとか、そういう陳腐なあれなのか?


はっきり言おう。全然お洒落じゃないからねえええええっ!! 寧ろフランスパンの変わりに焼きそばパンやコロッケパンにソーセージパンおけやっ!!


売れ残るって分かってたよねっ!? 京都のお土産の木刀じゃないんだよっ!? 人様を撲殺できるような品物置いちゃ駄目だよねっ!?


そんな無駄で無意味な事を脳内で突っ込みながらも、俺は渋々フランスパンを買う。これを買わなきゃ晩飯まで空腹でいなきゃいけないから……。


そして俺はトボトボと教室へと戻ろうとした。でも、教室で昼飯食ってる奴等になに言われるかな……。


「なになに小枝樹、今日のお昼フランスパンなのっ!?」とか「いやいやそれはネタ過ぎるだろ」のようにバカにされる事必至だ。


まぁでも諦めて戻るしかないな。


そう思ったとき、俺は飲み物を買うのを忘れていた事に気がつく。いちいち自販機まで行くのが面倒なので購買で買ってしまうと思った。そして俺は再び購買へと戻って絶句する。


だって、飲み物が青汁しか残っていないんですもの……。


どうして青汁なんだよ……。高校生の健康を気にしたのか……? なら言わせてもらうよ。


健康だよっ!!!!!


あぁっ!! もういいっ!! 青汁でも何でも飲んでやるよっ!!


俺は乱暴に紙パックの青汁を取り会計を済ませ教室に戻ろうとした。その時


「おー、拓真くんではないか」


聞き覚えのある女子生徒の声。だが、今の俺はすこぶる機嫌が悪い。だってフランスパンと青汁が昼飯なんですから。


俺は声の主の方へと振り向きながらとても低い声音で返答をする。


「はい、どうも天才の小枝樹拓真です。今の僕はとても機嫌が悪いので用がないなら目の前から消えてくれませんか」


言葉を紡ぎながら振り向いた先に俺は見てしまった。


綺麗で長い銀髪。身長も俺と然程変わらず女子の中では高い分類に属するであろう。そんな高い身長に抜群のスタイル。モデルのように華奢な部分と女性らしさが混ざり合う。


彼女はいきなりの攻撃的な俺の言葉に驚いてしまったのか、少し姿勢が良くなり背中を伸ばす。そのおかげで女性らしい母性の塊を前方にこれでもかと強調させた。


だが、あくまでも大人らしい、女性らしいというのはその外見だけで、この人の中身は子供そのもの。だからこそ俺は焦った。


やばい。このままじゃ絶対に泣く。


そう思って行動を開始しようとしたが、時既に遅し。


「……ぐすんっ。わ、私は拓真くんを怒らせるような事を何かしてしまったのか……? ぐすんっ……。ならば、謝らなくて……、う、うぅぅぅ」


すみません。本当にすみません。全力で謝るので泣かないでください。


「ま、待て下柳っ! 俺が悪かったっ! 俺が悪かったから泣かないでくれっ!」


慌てふためきながら俺は下柳をあやす。ぐずり続けている下柳は「ぐすんっぐすんっ」と声を鳴らす。だが次第に落ちついてきたのか、眉を八の字にしながらも俺の事を見ながら口を開いた。


「ほ、本当に私は何も悪くは無いのだな……?」


「あぁ、下柳には何の非もない。悪いのは全部俺だ」


ようやく掴んだチャンスを俺は決して取り逃したりはしない。つまらない怒りで下柳を泣かせてしまった事は本当に俺が悪いのだから。


「そうか……。見苦しい姿を見せて悪かった……」


自身の手で涙を拭う下柳。その姿はまさに守りたい女子ナンバーワンの称号を与えても良いんじゃないかと思ってしまうくらい愛くるしいものだった。


というか、下柳は普通に可愛い。なのにどうして文化祭の時、ミスコンに出場しなかったんだ? まぁ会長としての仕事もあるのだから仕方が無い事だと納得しよう。


俺は脳内で頷きながら泣き止んだ下柳に言う。


「じゃ、俺は教室戻るから。本当に驚かせてごめんな」


そう言い俺はこの場から立ち去ろうとする。だって早く教室に戻らなきゃ昼飯を食う時間がなくなる。せっかく妥協してフランスパンと青汁を買ったんだ。これを食わなきゃ何か自分の中で大切なモノを失うような気がする。


「あ、ちょっと待ってくれ拓真くん」


アンタはいったい何なんですかあああああああああああああああああああっ!!


俺は昼飯を食いたいんだよっ! もう、フランスパンを青汁で流し込みたい気分なんだよっ!! 頼むから、頼むから何も言わずに俺を行かせてくれ……。後生ですから、後生ですからああああああああっ!!


「君もこれから昼食なのか? もし良かったら一緒に生徒会室で食べないか?」


さっきまでの泣き虫生徒会長とは打って変わって、今は普段通りの誰もが知っている生徒会長の下柳純伽の姿だった。俺は下柳の言葉を聞いてキョトンとしてしまっている。


だってこのまま教室に戻って昼飯にしたら、あの馬鹿共は絶対に俺をからかう。その羞恥に耐えながらの昼飯は思春期真っ只中の男子高校生にはとても酷なものです。お母さんのメッセージ付きキャラ弁を食べるくらい酷なものなのです。


今まで脳内だったとしても不適切な対応をしてしまって誠に申し訳ありませんでした。マイマスター。


俺は冷静を装いながら下柳に返答する。


「え? 俺が生徒会室で飯食ってもいいのか?」


「勿論だ。私の一存でそのくらいの事は決められる。一緒に来るか?」


イエス、マム。


俺は下柳の言葉に頷き、生徒会室へと向かっていった。





 生徒会室には副会長の綾瀬もいた。それ以外の生徒会役員を見ないのは不思議だが、ただ単にこの二人の仲が良いのだろう。


何だが邪魔者が混ざってしまい申し訳ないという気持ちがあり、綾瀬には謝ったがフランスパンの姿を見るなり笑い出した。


分かっていた事だが、俺の笑顔は引き攣る。


会長は生徒会室の上座に、その右側に綾瀬が座り綾瀬の正面に俺が座る。この間、ここに訪れた時と同じ座席だ。


他愛も無い雑談をしながら楽しく昼食をする。そして全員が食べ終わった時、少しだけ話しの内容が変わった。


「それで拓真くん。この間の依頼はどうなっているのだ?」


会長は一つ息を深く吸い、脈絡もなく会話を捻じ曲げた。その言動に必然性は無く、偶発的に起こってしまった事象なのだと思いたいが、その言葉を聞いて俺は思った。


会長が俺を生徒会室に誘った事、それに購買で出会った事だ。


購買での件は偶然だと言われてしまえばそれまでだ。だが、俺が購買にいた時の時間は既に腹ペコの猛者共の姿は無かった。それは既に買い物を済ませ殆どの生徒が昼食を既に取っている時間だという事だ。


なのに会長は俺の目の前に現れた。その理由に会長としての仕事を言われてしまえばそれまでなのだが、あからさまに不自然だと思っていた。


そして今の脈絡の無い質問。この人は我慢ならず依頼の進行度を聞きたいがために俺を生徒会室に招き入れたんだ。


俺は嘆息しながら下柳へと言い返す。


「あのなぁ下柳。お前の依頼を受けてからまだ時間が全然経ってない。確かに俺は天才なのかもしれないが、時間がなければ何も見えてこない。それに今回の依頼は長い目で見て結論をつけなきゃいけないって俺は思ってる。まぁきっかけや、ヒントが目の前に現れれば簡単に答えを出せるのかもしれないけどな」


下柳がしたいと思っている事が俺に依頼の答えを聞くという事であるのなら、この返答に間違いはないだろう。それに俺が言っている事は真実であって偽りではない。


だからこそ、この先どんな事を言われたとしても俺は下柳を論破する自信がある。


すると下柳は負けを認めたくないのか、俺に食い下がってきた。


「拓真くん。私が聞いているのは結果の話ではない。現状がどうなっているのと聞きたいのだ」


下柳の言葉を聞いて俺は再び嘆息する。


「確かに下柳の言っている事は間違ってない。俺は安易に論点をずらした。だがな、お前の依頼は過程を知っても何もならない。完全に結果だけを有するものだ。どんなに良い経緯を言ったとしても結果が伴わなくては意味がない。つーか、どんな依頼でもそれが前提だろ」


当たり前と言ったら当たり前な事だ。


依頼というものは過程ではなく結果だ。どんなに最良の過程をしてきたとしても最悪な結果では意味がない。


だがきっとそこまで考えての質問だろう。流石に生徒会長である下柳はそんなにバカなはずがない。というか、誰でも分かるような事だと俺は思っている。


俺の言葉を聞いた下柳は少しだけ俯いた。だが、その行動は諦めからくるソレとは別物で、何かを考えている素振りに俺は思えた。


はっきりと下柳の表情は見えない。だからこそ俺は目の前にいる綾瀬に視線を移した。


冷静に現状を見ているような冷たい眼。その視線は会長へと送られていて、どこか不自然さを俺は感じた。だが、下柳会長さんの出来の悪さは俺も知ってる。だから俺は綾瀬の視線が無言のプレッシャーを会長にかけていると思った。そんな綾瀬は俺の視線に気が付いていないようだった。


そして数秒の後、会長は俯いたまま小さな声で言った。


「あ、あれ? この言い方すれば私の貫禄を見せれるんじゃないのか……? どうしてこうなる……? ど、ど、どうしよう……。これ以上なにも言い返せないよ……」


俺は無言のまま綾瀬を見た。それはもう分かりやすく睨んでやりましたよ。


「さ、小枝樹くんが言いたい事はよくわかります。ですが、ここは会長の努力を肯定してあげてもいいんじゃいないでしょうか……?」


不安げに苦笑を浮かべながら言う綾瀬。その表情を見た俺は再び嘆息し


「はぁ……。わかったよ。もう、わかったから下柳も変な本を読まなくていいぞ」


俺の言葉を聞いた下柳は慌てて顔を上げる。そして頬を赤く染めながら渋々、自分の読んでいた本を机の上に置いた。その本のタイトルは


『これで全ての人を論破できるっ! だからもう何も怖くない』


本当にこの会長さんは意味不明な本を読むのが好きだな……。というかどこの本屋に行けばこんなにも意味不明な本が集まるのであろうか……。


俺の溜め息は納まらない。既に諦めだけではなく哀れみさえ浮かんできてしまっているよ。


説教をするつもりは無いが少しだけ下柳とは話をしなきゃいけないと俺に思わせた。


「なぁ下柳。お前が頑張ってるのは分かるけど、少し方向性を見失ってないか?」


怒られている子供のように、シュンとした表情になる下柳。その様子を心配そうに綾瀬は見ていた。


「私は……」


ゆっくりと口を開き、下柳は自身の気持ちを吐露する。


「私は精一杯頑張っているつもりだ……。誰から見ても自慢できるような生徒会長になりたい。だが、私にはそのような能力がないのだ。勉学は努力だけでどうにかなるかもしれないが、人の上に立つには才能が必要なんだよ拓真くん」


才能。その言葉は何度も俺を苦しめたものだ。才能があるから誰かを傷つける。だから俺は凡人になりたいって思ったんだ。


だけど、それはどんなに願っても叶わない夢想で、俺は結局、もう一度天才に戻った。


それは悲観的な思考からくるものではない。俺は俺の意思で天才に戻ったんだ。いや、皆が居てくれたから俺は俺に戻れたんだ。


俺は下柳の言葉に耳を傾け続ける。


「だから私はこうして勉強しているのだ。どうすれば上に立てる存在になれるのか、どうすれば私は本物の生徒会長になれるのかと……」


愁えているわけではない。しかし今の下柳からはソレを思わせる哀愁が漂っている。


表情は曇っていて、今の俺には下柳の視点すらわからない。下を向いていると言えばそうなのかもしれないが、きっと今の下柳は自分の気持ちを見ているのだと思った。


そして少しの静寂が訪れる。そのしじまは心安らぐものではなく、とても重々しくこの教室にいる三人を縛りつけた。


そんな静寂を破ったのは綾瀬だった。


「その……。さっきも言いましたけど、もう少し会長の意見を尊重しても良いじゃないでしょうか……?」


尊重? 今の綾瀬が言っている事は確かに間違ってはいない。頑張っている下柳を見ていればソレが善だと誰もが思うだろう。だけどそれは尊重なんかじゃない。


ただの諦めだ。


諦めてきた側の俺には何も言えない。だが生憎、ここにいる連中は俺の過去を知らない。だとすれば尤も最善な作戦は今の下柳を一蹴することだ。


俺の中での結論が纏まる。そんな俺を未だに不安げに見ている綾瀬。そして感情的になり自ら冷静を保とうと理性的になっている下柳。


その二人を見て、俺は口を開いた。


「すまないが綾瀬。お前の言っている尊重って言うのはどういう意味だ?」


下柳へと送っていた視線を綾瀬へと変えて俺は問う。すると、少し焦っているような素振りの後、綾瀬は俺の質問に答える。


「尊重って言うのはそのままの意味です。確かに会長は不器用ですし未だに生徒前で話すことも凄く緊張している。だけど、それが少ずつ出来るようになってきているのは会長の努力の結果です。なので、何も見てきていない小枝樹くんが頭ごなしに否定する事は出来ないって思います」


「なら、頭ごなしじゃなきゃ分かってくれるんだな」


間髪いれずに俺は綾瀬へと言葉を繋ぐ。その言葉を聞いた綾瀬の表情は困惑に染まり、不信感と同化した不安に苛まれているようだった。


俺は一拍間をおいて、俺の言葉に綾瀬が何か言い返してこないかと時間を待った。だが、数秒待っても言の葉が紡がれる事は無く、俺は何食わぬ顔で話を続けた。


「まずは下柳が言った『頑張っているつもり』この言葉の意味を直訳するというのなら、自分は頑張っているが結果が伴わないだ。だが綾瀬は下柳の努力が結果として出ていると言っている。そこに発生する矛盾はいったいなんなんだ?」


綾瀬も、そして下柳すら一瞬だけ瞳を見開き、口篭る。


まぁ俺の言っている事の答えは簡単なんだ。ようは他人の評価は自己評価とは違う。今回の場合、下柳を綾瀬が庇護する形になってはいるが、基本的には逆だろう。


自分は頑張っている。自分はやるべき事をやっている。それでも誰も評価してくれないんだ。それは他人の見る目がおかしいんだ。


大体がこんな感じの自分大好き野郎の意見だ。だけど下柳は違った。


自分が努力しなきゃいけない所はとことん頑張る。それを親バカと言っていいのか、綾瀬のせいで台無しになっている感じがした。事あるごとに褒めて目先の結果だけを見ている。これじゃ努力が売りの下柳の才能を潰しているようなものだ。


だけど、この意見は今言うべきではないだろう。なんとなく、今の俺はそう思った。


俺は二人に反論が無いのを確信し再び口を開いた。


「つまり、お前等の見えているものは全く違うって事だ。信頼関係はあるのかもしれない。だけど、それだけじゃ互いの気持ちまで見えることは無い。どんなに長い時間を一緒にいたとしても、擦れ違うことだってあるからな」


自傷気味に俺は言葉を紡ぐ。その意味すら分からない二人にはきっとただの言葉としてしか受け取れないだろう。


それでも、今の俺はこの意味を知ってもらいたいって思っていた。


俺の言葉を聞いても未だに二人は何も話そうとはしない。ならば俺は更に続けるだけだ。


「努力なんてものはな、結果が伴わなければ意味がない。ここで二つ目だ。さっき綾瀬は会長が生徒の前で話す事が少しずつ出来るようになっているって言ったな」


「……はい」


「それは努力の結果ではなく、たんなる慣れだ」


睨んでいるわけではない。だが綾瀬はビクビクしながら俺の顔を見ている。そして言い終わった俺の言葉を聞いた綾瀬は眉間に皺を寄せ、諦めの表情を見せた。


もう既に論じる意味すら見失っているといった表情。これ以上話したとしても、綾瀬から出てくる言葉は感情論に過ぎないだろう。


現状は何も変わらない。ただただ昼休みを過ごす生徒の姿だ。生徒会室という一般生徒では足を踏み入れない場所だという事と俺の目の前にいるのが生徒会長と副会長という事を除けば、変哲のない普通の時間なんだ。


カチカチと時計の秒針が時を刻む。静まり返っている生徒会室にはこの空間の外で昼休みを楽しむ生徒達の笑い声。


それは今の俺等にとって異質なもので、だけど当たり前のように聞こえてくる声。それが不思議と現状の異質さを際立てているような気がした。


口を噤み俯く綾瀬。そんな綾瀬に追い討ちをかけるほど俺は悪者ではない。それでもこの場に居続けるのは迷惑になるだろう。


俺はゆっくりと立ち上がり生徒会室の扉へと体を向ける。


「待ってくれ拓真くん」


俺の背中へと言葉をぶつける下柳。俺は振り向く事もせずにその場で立ち止まった。


「君が言っている事は本当に尤もだ。今ここでの会話の中で君の言葉に無駄はない。それが悔しいのか苦しいのか、今の私は私を分かる事が出来ない。だからこそ、感情的になってしまう事を先に謝っておく。すまない」


意味深長な発言をする下柳。声音は淡々としていて、背中で聞いている俺には下柳が感情的になっているとは到底思えなかった。寧ろその逆で、とても冷たい印象を受ける声音。


今の俺にはそんな下柳の表情を想像する事すら出来なかった。だからこそ俺はゆっくりと下柳の方へと振り返る。


そこには、瞳に大きな雫を溜め込んでいる下柳の姿があった。その表情に驚いているのは俺だけではなく、綾瀬も俺同様に驚きを隠せてはいなかった。


立ち上がり目の前の机に手を置いて俺を睨んでいる下柳。その腕は少し震えていて本当に怒っているのだと分かる。


そんな下柳は俺を見ながら言った。誰もが思っている真実を。


「きっと、どんなに話し合ったとしても、どれ程仲を深めようとも、天才に憧れた者の気持ちを天才の君には理解できない……!!」


下柳の通る声が生徒会室内に響き渡る。反響を繰り返し、数秒後には静寂が訪れる。


そして思った。これが下柳純伽の本心なのだと……。


言っている事が間違っているというわけではない。だが、俺の意見を言わせてもらうならば間違っていないだけだ。正しいものだと言い切ることは不可能であって、またその逆に可能なのかもしれない。


天才に憧れている者を天才が理解できないのであるとすれば、凡人に憧れた者は……。


自分の中に出てくる邪で自分勝手な思考。それは単なるワガママで、この場において何も解決しないものであるのは明確だった。


だからこそ俺はその自分勝手な感情を押し殺して、下柳に答えてやら無くてはいけない。俺の答えを。


「それが、下柳の本心なんだな……? ずっと、そういう風に思ってたんだな……?」


「…………っ!?」


俺の言葉に無言を返す下柳。だがその表情を無言を貫けなかったらしく、言葉に出ていなくても後悔をしていて俺に謝罪したいという気持ちでいっぱいのように見えた。


だけど、下柳はこの事を言う前に謝っている。自分がとんでもない事を感情に押されて言ってしまうと理解はしていたんだ。予想できなかったのは俺の反応だけだろう。


言っても後悔しないと決意をして下柳は言っていると俺は思う。きっと俺が逆上でもするんだって思ってたんだろう。


自分でも思えるくらい、今の俺は少しキツイって思ってる。


それが表情に出てしまっているのは俺の落ち度だが、今更それをどうこうできるものでもない。


そして俺は言葉を続けた。


「下柳が何も答えないならそれで俺は構わない」


「ちょっ……!! 違うんだ拓真くんっ!! 私はただ、分かってもらいたいって思っていただけなんだ……!」


後悔をし俯く下柳。そんな下柳を案じる綾瀬。


泣きじゃくっているわけでない。だけど、涙を流しているのには変わらない。そんな下柳に俺は言う。


「そっか。分かってもらいたい、やっと下柳の本心が聞けたって事だな」


「……拓真くん」


顔を上げ不安げな表情を見せる下柳。俺はそんな下柳に少しだけ笑って見せた。


「だからちゃんと今の俺の気持ちも言わなきゃいけないよな」


そう言い俺は一瞬間をあけた。そして


「今回の依頼は無かった事にしておいてくれ」


言った俺はそのまま出口の生徒会室の扉へと体の向きを変えた。その一瞬に見えた光景は下柳の瞳が大きく見開かれ、絶望に近い表情だけだった。綾瀬の事までは見れなかったが、そんな事もう関わらないのだからどうでもいい。


俺は生徒会室の扉を開く。すると下柳が


「私が悪かったのだとしたら謝ろうっ!! だから頼むっ!! 依頼を、依頼だけは……」


悲痛な叫びだと俺でも理解できる。だけど、もう決めた事だから。


「悪いな下柳。クライアントに暴言を吐かれても依頼を真摯にこなせるほど、俺は出来た人間じゃないんだ」


自身の中から笑みは消えていた。


これが尤も最善な選択なのだと俺は本気で思っている。この依頼を受け続ける意味はない。そして下柳も綾瀬も自分の立場や存在の前に、もっと自分を知らなきゃいけないって俺は思う。


暴言を吐かれた腹いせも少しはあるのかもしれないが、今の俺はこの二人が本当に俺の事を必要としているのか疑問に思った。


だが、この疑問が間違っていて欲しいという気持ちも今の俺の片隅に存在している。


そして俺は静かに生徒会室の扉を閉めた。

 

 

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ