36 後編 (拓真)
俺の予想は的中していた。
案の定、次の日には下柳が去年の冬祭りの資料を持ってきてくれた。俺は放課後、B棟三階右端の教室でその資料を眺めていた。
今日、B棟三階右端の教室に来ているのは雪菜と佐々路、それに斉藤の三人だけだった。
他のメンバーは各々用事があるらしい。レイと翔悟と崎本は部活。牧下と神沢は放課後デート。そして暇人だけが今ここに集まっているというわけだ。
雪菜と佐々路は楽しそうに談笑をし、斉藤は正反対に机に突っ伏している。そんな光景を視野に入れながら俺は下柳会長が持ってきた去年の冬祭りの内容に目を通す。
そんな資料に目を通して思ったことは、はっきり言ってどうして会長が俺に依頼を持ってきたかという疑問だけだった。去年の冬祭りは実に単純なもので、高校生らしい普通のイベントだ。
体育館で行われる立食形式のパーティー。でてくる食べ物はクリスマスに合わせてフライドチキンやケーキ。それに簡易的なフィンガーフード。飲み物もいたって普通で、シャンパンを模倣した未成年でも飲めるジュース。きっとそれは大人の雰囲気を出すために考え出された安易で幼稚な作戦だろう。
だが、理にかなっているので文句を言うものも居ないだろう。
後は舞台を使ったステージショー。それは部活動の奴等に頼めば事済む話だ。ダンス部に吹奏楽部、軽音部とパーティーを盛り上げるに最適な部活は沢山ある。
これが去年の冬祭りの概要だ。これを見てこれ以上のお祭りにしたいと思うのは確かに不自然ではないが、これ以上にするのに然程思考を凝らす必要性もない為、俺は会長に疑問を抱いているのだ。
きっとこの内容が本当に去年の冬祭りだとするのであればここにいるバカ雪菜でも、アホ佐々路でも、王子様大好き斉藤でも簡単に案を出す事が出来るだろう。
だが、俺もバカではない。ここで安易な思考で全てを断定付けることなど決してしない。そこで俺は周囲の阿呆共に意見を聞く事にした。
「なぁ雪菜。去年の冬祭りをもっと楽しくさせるとするならどうすればいいと思う?」
「何言ってんの拓真……。去年のあたしは拓真のせいで冬祭り参加してないから分からないよ」
どんよりとした瞳で俺に言う雪菜。その言葉を聞いて俺は後悔した。だって本当に俺のせいで去年の雪菜は冬祭りに参加していないのだから……。
ここですぐさま空気を変えなくてはならないと思った俺は斉藤に話をふる。
「な、なら斉藤は、どう思う?」
「私か……? 私は今、司様と牧下優姫のデートがどんなものになっているのか想像している。想像すれば想像する程、憎悪と嫉妬が込み上げてきて、今にも吐血してしまいそうだよ。あーそれで冬祭りの話だったな。去年の冬祭りは司様の芳しい体臭を求めていたので他の事は覚えていない。ぐへへ」
この人本当にやばい人だよ。机に突っ伏しながら表情も変えないで淡々と変態だと自白しているよ。最後のぐへへは口だけ笑ってて本当にただの変態だよ。
というか斉藤は真面目な奴だと勘違いしていた俺がバカだったんだ。コイツは正真正銘の変態で、神沢の事しか考えてないサイコパスだよ。
俺は引き攣った笑みを見せ最後の砦に話しかける。
「そ、それで佐々路なら俺の話が通じるよな……?」
「ん? あーまぁ、あたしは去年の冬祭り参加してるしね」
これだよ。これを俺は待ち望んでいたんだっ!! これでようやく話を元に戻すことが出来る。嬉しすぎて涙が流れてくるよ。
「それで去年の冬祭りはどんな感じだったんだ?」
俺はウキウキする気持ちを抑えながら冷静に佐々路へと問いを投げかける。だが
「んー。それがさー。食べるだけ食べて帰っちゃったから全然分からないんだよね」
………………。
恥ずかしがりながら頭に片手を置き、舌を出しながら何をコイツは微笑んでいるのですかねっ!? バカなの? バカなのおおおおおおおおおおっ!!
脳内で激しくツッコミを入れながらも、現実の俺は斉藤同様に机に突っ伏している。本当に何も生み出さない無意味な会話をしてしまったと後悔すらしてしまうよ。
そんな何も言わなくなってしまった俺に雪菜が
「それで、拓真は何か良い案が思いついたの?」
雪菜の声に反応し、突っ伏している身体を再び俺は起こした。そして雪菜に視線を送りながら
「良い案が思いついたもねーよ。この資料を見れば雪菜だってどうすればいいのか分かるぞ?」
そう言い雪菜に資料を手渡した。そして少しばかり束になっている紙を眺めだす雪菜。その内容を確認するまでに時間は然程かからなかった。
全ての内容に目を通し終わった雪菜は資料から俺へと視線を動かした。見詰め合う事数秒。雪菜も俺と同様に苦笑を浮かべている。そんな雪菜に対して俺は言う。
「だろ? あまりにも去年の冬祭りのクオリティーが普通すぎてどう反応していいのか分からないんだ」
苦笑を浮かべる雪菜は俺の意見に賛同するように頷く。そんな雪菜の姿を見た佐々路、そして斉藤も去年の冬祭りの資料に目を通した。
見終わってみれば案の定、雪菜と俺同様に苦笑を浮かべ呆れているに近い溜め息を四人で吐いた。
ここにいる連中は阿呆だが、決して頭の回転が遅いボンクラではない。なのでこの内容は天才や凡人の垣根を越えて分かり合えるとても素晴らしい内容になっていると言うわけだ。
それに冬祭りは学生だけで行うイベント。その程度が中途半端なものになったとしても誰も文句は言わないだろう。思春期である我等高校生はイベントの内容よりもその場の雰囲気を大切にする生き物だ。
だからこそ、多少つまらない演出をしたとしてもその場の雰囲気で楽しいものに変わる可能性のほうが高い。それを理解できないほどうちの会長さんはバカなのか。はたまた何か依頼をする意図があるのか。
まぁどちらにせよ、俺は会長さんに真意を問わなきゃいけないのかもしれないな。
単純で簡単な依頼だと思っていたことが、たった一つの要因で反転してしまうのだから不思議で仕方が無い。
その事を踏まえて俺は会長のもとへと行かなきゃいけないと思った。そして俺は椅子から立ち上がり佐々路が持っている資料を奪い取る。
その資料を鞄の中に入れ俺はB棟三階右端の教室から出ようとした。その時、
「どこ行くの拓真?」
俺の背中に話しかける雪菜。その言葉はとても在り来たりなもので、普通に俺がどこに行くのか疑問に思っていたのだろう。俺は振り返り
「ん? あー会長さんの所に行ってくる。この件は単純そうに見えて、何か俺等の知らない意思やら思想が感じれる。もしもプロの請負人ならクライアントの私情を詮索したりしないだろう。でも俺等はプロじゃない。ただの高校生だ。だからそれを聞きに行く」
躊躇いはない。それが間違っていないとは言わないが、会長の真意を知る事は大切な事だ。それはあくまでも俺にとっての話しなんだが……。
ここでB棟三階右端の教室から素直に出られてる思っていたのに、次は斉藤が俺の言葉に言い返してきた。
「待て小枝樹拓真。お前の言っている事は間違ってはいないが、はたして下柳純伽が素直に真意を言うと思うか?」
斉藤の意見は尤もな事だ。確かに下柳会長が素直に真意を答える可能性は極めて低い。それを考慮出来ないほど俺はバカじゃない。勝算は少ないがやれる事はある。それに俺はそうじゃなきゃきっと動く事はしない。
俺は斉藤の言葉を聞いて少しだけ考えた。そして
「俺の予想は言わないと思う。だけど、下柳がここに来たという事はどんな意図にしろ天才という存在に頼らなくてはいけないと言う事実がある。だとすれば、依頼をしに来た斉藤ならわかるだろ?」
斉藤は口を噤み、少しだけ俯いた。
そう。ここに依頼に来ている生徒達は皆こう思っている。
最後の希望だと。
どんなに自分で努力してもどうにもならなかった。どんなに周囲に助けを求めても解決はしなかった。だからこそ天才がいるこの場所に最後の希望を寄せるんだ。
初めは一之瀬だったのかもしれない。でも今は天才だと露見してしまったこの俺。
だからこそ真意が見えない状況では何もできないし、ここに来たという事は何らかしらの希望を抱いている事になる。俺はそれを知らなくてはいけない。
「つーことだから、俺はもう行くぞ? あ、雪菜。俺はこのまま用事が終われば帰るから、アン子に鍵返しておいてくれ」
俺の言葉に頷く雪菜を見て、俺はB棟三階右端の教室から生徒会室に向かったのだった。
俺の歩幅は広くない。だが、決して狭いわけでもない。いたって普通の歩幅。
廊下を歩けば音が鳴る。それは自分の足音。コツコツ、コツコツとゴム製の上履きが奏でる鈍く低い音。その音は昼間の校内では響かないのに、誰も居なくなってしまった校内では簡単に響いてしまう。
反響する鈍い音を聞き、外から聞こえてくる運動部の掛け声が心地良く聞こえた。青春を謳歌している若者とはこのような溌剌としていなくてはいけない。と、それは俺の持論なだけで別にそうじゃなくてもまた雅。
脳内で繰り広げている自分の思考が普段と少し違うような気がした。それはきっとアレだろう。次元を超えた神やらに影響を受けているから致し方が無い。
そんな事を考えているうちに生徒会室にまで辿り着いてしまった。
生徒会室はA棟にある。普段、俺は放課後になるとそそくさと帰宅するかB棟三階右端の教室にいくかのどちらかだ。たまに自分の教室に残る事もあるが、滅多な事が無い限りその選択は選ばない。
なので用もないのに生徒会室に来ることなんてないと言いたいのだ。だが、今の俺は生徒会室に来ている。
俺は生徒会室の扉の前で一つ軽く息を吐く。そして躊躇いもなくその扉を開いた。
決して特別な場所じゃない。広さはB棟三階右端の教室と然程変わらず、だが綺麗に整理されたこの教室は少し広く思えた。戸棚には本や資料が綺麗に並んであり、中央には長方形の机が見える。数人が使えるであろう長方形の机。その上座に銀髪の少女はいた。
縁のないメガネに光が反射し、この距離からでも目を通している資料が映りこんだ。そんな少女は俺の存在に気がついたのか視線を資料から俺へと移し
「やっと来てくれたか。小枝樹拓真くん」
微笑を浮かべる下柳会長。先程メガネに反射した光が綺麗な銀髪を色鮮やかにさせる。その輝きに一瞬、俺は見せられた。だがそれと同時に疑問が浮かんだ。
やっと来てくれたか。とはどういう意味なんだ。確かに依頼をしにきているから、資料を見た俺の答えが気になっているのは分かる。
だが、焦っている様子も無ければ、言葉と表情が噛み合っているようにも見えない。やっぱり、この依頼には何かしらの意図が潜んでいる。
俺は会長の言葉に無言を返しながら入室し、生徒会室の扉を閉めた。その瞬間に訪れる日常に似た別の何か。空気が一段階重くなる感覚になってはいるが、それに気がつく人の方が少ないと思う。
俺が知っている連中の中から名前をあげるとするのなら、勘が鋭い雪菜か天才少女の一之瀬くらいだろう。この違和感が何なのか確かめなくてはならない。
「やっと来てくれたかって、そんなに待たせてもいないでしょう。今日の今日でここに来ているんだから、優秀だと思ってもらいたい」
皮肉を混ぜた俺の言葉を聞き会長は笑みを零す。その雰囲気はB棟三階右端の教室に依頼を持ってきた下柳純伽のそれとは違い、落ちついていて尚且つ他者を見下しているような、しいて言うのなら女王様みたいな感じだ。
だが俺はどこかでこの感覚を味わった事がある。いったいそれはどこだ……?
そんな疑問を考える暇は無く、会長は言葉を紡ぐ。
「確かにそのようだな。やはり君は天才なだけあって優秀だよ。本当に優秀だ」
同じ言葉を重ね、意味深長に頷く会長。その姿は生徒会長らしい振る舞いで、B棟三階右端の教室に依頼を持ってきた時の人物と同じには見えない。佇まいから言葉の選択。何をとっても同じではない。ならどうしてあの時、会長はふざけた態度を取っていたんだ。
俺は会長の言葉に返答を返す。
「別に優秀じゃありまんよ。今の俺は依頼を完遂させるためにここに来たわけじゃありませんから。去年の冬祭りの資料を見て疑問を抱いたから来ているんです」
椅子に座したままの会長を見ながら俺は言う。すると会長はおもむろに立ち上がり一瞬ずれた視線を俺に戻して再び話し始める。
「疑問を抱いたね……。やはり君のような天才には気がつかれてしまうか。まぁ良い。それで君はどんな疑問を抱いたのだ?」
拭えない違和感。恐怖とまではいかないが、それと同等の何かしこりの様なものを感じる。
探るには関係性が浅すぎて、少しでもこの場にそぐわない質問をすれば俺の意図に気が付かれてしまう恐れがある。それを避けながら俺はどこまで出来るのであろうか。
「そうですね。はっきりと言います」
俺は会長の質問に答えるべく言葉を発する。そして一瞬の間をおいてから短く息を吸い
「去年の冬祭りの資料を見て、どうして依頼までしに来たのかという疑問です。もしもその理由に天才の力を借りたいと言うのであれば、依頼理由から逸脱してしまいます。なのでちゃんとした説明を求めます」
内容が内容なだけあって天才に頼りたいは信頼性を欠く。生徒会長という役職についているのに、こんな簡単なものすら己で解決できないようではその肩書きにすら疑問を思う。
もしも本当にそれでも会長になれるのであれば、それは単なる人気があっただけで個の能力には何も関係していない。
だが、この学校はあくまでも進学校だ。そんな中途半端な会長を許すほど教員達もバカではないであろう。だとすれば、この会長には何らかの意図がありB棟三階右端の教室に来た事になる。
そしてその理由が、天才様にご教授願いたいが嘘という事だ。
視線は動かさない。一瞬たりともその視線を会長から動かしてしまえば、全てを見通されてしまうような気がした。
張り詰めた空気。互いに視線を動かそうともしない。だが、その糸を緩めたのは会長だった。
「……そうか」
ぶつかり合っていた視線を壊し、ゆっくりと反転する会長。今の俺には会長の背中しか見えていない。そして会長は窓の外の景色を見つめる。それは静寂の訪れを意味していた。
会長の背からは哀愁を感じさせる程の切なさが見える。それは放課後の薄暗さが演出しているのかもしれない。この静寂に何かの意味があるとするのなら、俺は会話の間だと思う。
会話に重視されるのは何も言葉や単語だけではない。その時々の抑揚や間が一番重視される。誰かの心に何かを言葉で届けるとするのなら、小難しい単語を並べるよりも簡易的な単語の羅刹にいかに感情を込められるかだ。
その感情に感情は無い。だが、目の前で聞いている人間が感情があるという状況を作り出せれば良いだけの話なんだ。それに必要なのが抑揚と間だ。
そして今の俺はその術中にはまってしまっているのかもしれない。だってそうだろう? 今の会長の背中からは哀愁しか感じられないんだ。
銀髪美少女で肩書きは生徒会長。そんな美しいの中に突如現れた弱さを、人間の雄が放っておけるのであろうか。否、きっと誰しもがこの子の力になりたいと思ってしまうだろう。
だが、その考えは一瞬で終わってしまう。
「拓真くん私はな。会長として全ての生徒にこの学校を好きであってもらいたいのだよ」
話し出す会長は未だに俺へと背中を見せ付けている。
「本当はもっと素直に言えていれば良かったのかもしれないがな……。確かに天才にご教授願いたいというのは嘘だ。私がどうして君の所に行ったのかと言うと━━」
俺は柄にも無く生唾を飲み込んだ。会長が自らこんなにも簡単に真意を言ってくれる瞬間だったから。
「私は、小枝樹拓真くん。君が欲しいんだ」
窓の外を見ていた会長は振り向きながら言葉を発する。そして今の俺の目を強く見つめていた。
暖房が効いているおかげで寒くは無い。だが廊下側の扉の前に立っている俺は冬の寒さも感じている。窓から見える無くなりそうな太陽の光、少し雲がかかっているのか青暗い空と灰色と白のグラデーションの雲が窓の外に見える。
静寂は必然だった。突然の会長の言葉に驚いた部分も確かにある。だが、それ以外にも沢山の事を俺は考えていたんだ。きっと勘ぐりすぎてしまったのが俺の敗因だろう。
そして俺は、俺を見つめる会長に返答をする。
「……はっ!?」
会長さんの言葉が理解できなかった。それは俺が阿呆だったのかもしれない。だが、それ以前に会長さんの台詞には脈絡がない。それを理解しようとする事が自体が間違ってる。
なので、俺の反応はごく一般的なものであり、おかしな言動をしているわけではないのだとここに断言しよう。
すると会長さんは、俺の反応が思っていたものと違っていたのだろう。少し慌てながら再度、
「え、え? だ、だから私は小枝樹拓真くん、き、君が欲しいんだよっ!」
何度言われても意味不明だ。というか、慌てている今の会長さんの姿は紛れもなくB棟三階右端の教室に依頼をしにきたそれと同じだった。
動揺し過ぎて目が泳いでしまっている。アタフタとしている姿はもう生徒会長の威厳を完全になくしてしまうものだった。それりゃそうだろう。台本以外のイレギュラーが起こってしまってアドリブが出来ないんだから……。
そんな会長を見て俺は深く溜め息を吐いた。呆れていると言って良いのだろうか。だが、未だに会長の真意は分かっていない。
すると会長さんは慌てながら本棚に手をかける。
「あ、あれ? な、な、なんでっ!? だってこれには、こうすれば大丈夫って書いてあったのに……」
そう言い会長さんは本棚から数冊の本を出す。だがそれがお目当ても物ではないらしく、更にその裏に隠されていた一冊の本を取り出した。その表紙に書かれている言葉は
『入門~人心を掌握する為にはどうすれば良いのか~』
かなり物騒な事が表紙に書いてある事は今はおいておこう。というか、人心掌握入門って……。そんな簡単に人心を掌握されて堪りますか。
こんな訳の分からない本を読んで、今の現状に会長は至っていると言うわけですね。はい。何か少しイラつきます。
俺はオドオドしながらペラペラと本を捲る会長の背後に忍び寄り、隙だらけの会長から本を取り上げる。
「ちょ、返してくれっ!!」
身長の差は無いに等しい。それが俺と会長の背丈の差。だが俺の方が少しだけ腕が長かったみたいで、俺は真っ直ぐと腕を伸ばしながら本を読む。
「フムフム、なるほど。人心を掌握するには最高のシチュエーションと最高の決め台詞ですか」
「や、やめろっ!! 音読をするなっ!!」
「それでそれで、尤も適切なシチュエーションは夕方で二人きり。状況的には深刻な雰囲気を醸し出す。そして最後の決め台詞には『私には君が必要だ』これで貴方は人を駒のように扱える。なるほど、実に興味深い内容だ」
淡々と本の内容を俺は読み上げる。その間も会長は俺から本を奪取する為に手を伸ばすが届かない。そのせいで体が密着している事に今の俺は気がついた。
この感覚は何度か味わった事がある。確か佐々路に……。って俺は何を思い出しているんだ。でもこれは佐々路のよりも当たっている面積が大きいような……、弾力が素晴らしいような……。って俺は本気で何を考えているんですかねっ!?
一生懸命に本を取り返そうとしている会長さんに邪な気持ちを一瞬でも抱いてしまった俺は最低な男子です。だけど、会長さんも俺を騙して何かをしようとしていたんだ。このくらいならまぁ許されるかな。
などと考えていると、会長さんの体が俺から離れた。それは現状が悪化する前触れであったのだ。
「ぐすんっ……。返してって言ってるのに……、何で返してくれないの……? ぐすんっ、拓真くんは意地悪な人なんだな……。う、うぅぅ」
やばい。この会長さん今にも泣き出しそうだ。確かに俺が意地悪したことは認めるよ。でもこれって完全に俺が悪ってわけじゃないよね? ここで第三者に見られたら俺が完全に悪になってしまうけど、でも今なら大丈夫だよね?
ガラガラッ
教室内に響き渡り、俺の鼓膜を刺激する音は終りの鐘のように聞こえ、鎮魂歌とはまさにこの事を言うのであろうと実感した。時間が止まったかのように感じるその一瞬は走馬灯を流すのには十分な時間。
俺は頭の中で沢山の思い出を見ながら静かに目を閉じた。そして
「会長が迷惑かけて本当にすみません。あの、僕がこれからちゃんと説明しますので会長を許してもらい無いでしょうか……?」
今の生徒会室には三人いる。俺に会長に謎の少年だ。
上座に会長が座りその右側に俺、そいてその対面に謎の少年が座っている形になる。
静かな生徒会室内で俺は思う。走馬灯まで見たのにこの結果はいったいなんなのだと。まぁ種を明かしてしまうのだとすれば謎の少年は副会長らしい。
名前を綾瀬道久。
平凡な高校生と言ってしまえばそれで終わってしまうが、貫禄のある名前とは裏腹に神沢並みの優男。身長も優男に相応しく会長よりも小さい。それに加えて綺麗で真っ直ぐな黒髪は短く切り揃えられていて、化粧をすればショートカットの女の子と間違えてしまうくらいだ。
美男子というわけではないが、中性的な顔立ちと言っていいだろう。
そんな彼が生徒会室に入って来たときは人生の終りだと思った。だが、副会長と聞いて安心もしたし、それに綾瀬くんは会長の奇行の説明までしてくれた。
要するに、もともと会長はあまり誰かの上に立つような人柄ではなかったらしい。だが学力では学年三位。それは誰が見ても頭の良い生徒だ。その理由を突きつけられて生徒会選挙に半ば強引に立候補されたらしい。
するとトントン拍子に会長になってしまった。それはきっと学年三位の学力を持っている為にテスト結果の時に名前を見られていたのだろう。それが悪い作用をしてしまったのだ。
何も知らないのに名前を知っているというだけで票を入れた者も少なくない。それで会長になってしまった。それを理由に俺の所まで来た。
噂に流れた天才の小枝樹拓真。彼に頼れば自分の現状を変えられると思ったらしい。現状と言っても人見知りをどうにかしたいとか、会長としての威厳をどうのこうのと。
初めからそう言ってもらえればこんな面倒な事をしなくて済んだのにと思うが、会長からしてみればこれが最善の策だったのだろう。今更それを咎めるつもりは俺にない。だからこそ騙すという形をとったのだと副会長の綾瀬くんは言う。
その内容を頭で整理した俺は静寂を切り裂く。
「もしも、その理由が本当なら俺の事をバカにしたって事になるよな?」
俺は綾瀬くんを少し睨みながら言う。どうしてここで元凶の会長を睨まないのかと言うと、ここで会長を睨めば確実に泣いてしまうからだ。
綾瀬くんもその意図に気がついているのだろう。少しばかり会長を気にする素振りを見せるが、すぐさま綾瀬くんは俺へと弁明する。
「確かに結果的にはそう思われてもしょうがない事をしたと思ってます。ですが、もうどうしようもないと言う事実だけは変えられなかった……。だから僕達は貴方を頼ったんですっ!」
「その理由がまかり通るなら、どうしようも無い時には他人を騙しても良いって事になるぞ?」
「それは……」
そう言い口を紡ぐ綾瀬くん。その間にも会長はバツが悪そうに俯いている。
それもそうだろう。自分がしてしまった愚行で他人が責められている現状を目の当たりにしているのだから。もしもその態度が出来ないのであれば、それは本当のボンクラだ。それに会長は俺の事を騙したが、根まで腐っている人間には思えない。
そして目の前で会長を庇うように必死で言葉を紡いでいる綾瀬くんも悪い奴ではない。だから俺は
「はぁ……。もう分かったよ。とりあえず依頼は無かった事で良いんだよね?」
「はい……」
俯く綾瀬くん。だが俺は間髪いれずに言葉を続けた。
「それで新しい依頼は生徒会長の下柳純伽の会長らしいあり方を見つけるで良いんだな?」
「「え……?」」
会長と綾瀬くんの声が重なった。きっとそれは必然だったって思う。
それ二人が予想しなかった言葉を俺が言ったから。だから驚くのは当たり前で何も不自然ではない。
すると会長は椅子から立ち上がり、机に手を付きながら身体を前のめりにし、その瞳を大きく見開きながら
「ほ、本当に拓真くんは依頼を受けてくれるのだなっ!? こんな下らない、見栄でしかなし依頼を拓真くんは受けてくれるのだなっ!?」
「そうですよ。初めからちゃんと言ってくれればこんなに面倒じゃなかったのに……。それともう一つ聞きたい事があります」
俺は会長の言葉に肯定しながら、最後の疑問を口にする。
「初めの依頼の冬祭りの件なんですけど、あれって本当に大丈夫なんですよね?」
はっきり言おう。会長が学はあるが阿呆だ。それを踏まえると、最初の依頼もあながち間違ってはいないのかもしれないと思ってしまった。これがつまらない勘違いで終わってもらいたい。
だが、俺の言葉を聞いた二人は再びバツが悪そうに俯く。それが答えだと分かっているが、聞かなきゃ何も解決はしない。
「とりあえず会長じゃなく副会長の綾瀬くんに聞きます。冬祭りはどうしようと思っていますか?」
「あの、その……」
言いづらそうに言葉を発するのを躊躇う綾瀬くん。だが、待ちきれないと表情に出していた俺の顔を見てその口が動いた。
「考えていないわけではないんですけど、過去の資料を見ても基本的に毎年何も変わってなくて……。ただ、その時の生徒会は最高の結果を出したという自己評価が残っているだけなんですよ……。だから過去の冬祭りが参考にならなくて……」
言い訳を並べていると思うのが全く関係のない他人だろう。俺もその一人であってそれが悪い事ではないと思っている。だが、去年の資料しか見ていない俺でも一個変えるだけでどうにかなる案が浮かんでいる。
俺は綾瀬くんの言葉を聞いて嘆息した。そして
「わかった。簡単な答えを教えてやろう。今年の冬祭りにはドレスコードを使え」
ドレスコード。それは、とある場所に参加する場合の『服装ルール』あるいは『服装の格の指定』の事で 冠婚葬祭やパーティー、公式行事などその場にふさわしい服装の基準、服装のマナーの事をいう。
ドレスコードは会場の雰囲気を損なわない為に、場所や時間帯に応じた服装が出来るようにとの配慮から生まれたものだ。
だが、ここまで堅苦しい意味を持たさなくても良いんだ。
はっきり言って冬祭りとは、高校生が高校生による高校生の為のパーティー。それは何ら変わらない普通のパーティーでも盛り上がる事必至。
だがそこに少しだけスパイスを与えればどうなる? その盛り上がりは過去にみせなほどの最高潮までに達する。
ようは何か特別な。を意識させればそれで良いんだ。
だが俺の提案に綾瀬くんが意見を言う。
「待ってください。ドレスコードは不可能です。進学校とはいえども、各家庭には事情がある。もしもその中にドレスコードを満たせない生徒がいれば、それは差別になってしまう」
確かに綾瀬くんの言っている事は尤もだ。だが
「いやいや。これはあくまでも金持ちや貴族がやるパーティーじゃないんだぞ? ドレスコードっていうのは建前で、いつもよりもお洒落して来なさいよっていう暗号だ。普段着じゃなく特別な格好。それは確かに人それぞれその格好は違うだろう。でも、それをクリアして足を踏み入れたパーティーは絶対に特別になるだろう?」
「確かにそうかもしれませんが……」
これだけじゃ綾瀬くんを納得させられないか……。まぁ冬祭りは参加自由だから暴挙に出られると言ってもいいのだけれど……。
すると、ずっと黙っていた会長が口を開いた。
「道久くん……。拓真くんの案に乗ってみないか?」
「会長っ!?」
「拓真くんの言っている事は理にかなっている。それに今年の冬祭りを特別なものにしたいという気持ちは君も一緒であろう?」
まぁ理にはかなってないけど、会長が言うのなら綾瀬くんは引けないだろう。それにあまり会長と接点の無い俺ですら、今の会長の瞳は真っ直ぐでキラキラとした輝きを放っている。それを純粋という言葉で片付けてしまってもいいのか分からないが、俺には今の会長が純粋な人に見えた。
ウキウキ、ワクワク。その気持ちを持っている銀髪少女はこの学校の生徒全てを考えている立派な会長さんだ。
その後、俺は少し経ってから生徒会室を後にした。それはずっと下柳会長と綾瀬副会長が言い合っていたからだ。
俺の依頼はあくまでも冬祭りのことではない。なのでそそくさと帰る事にしたのだ。
だが、もう少しで二学期も終わろうとしているのに、また新しい知人と出会ってしまった。その出会いに意味があるのか今の俺には分からない。それにもっと考えなきゃいけない事だって俺にはある。
答えが出ているから忘れようと努力をしてきたが、今の自分を変えたいと願った下柳を見て、少しだけまだ自分に出来る事があるのではないかと希望が見えた。
そんな天才で凡人な俺は、今日も誰かの為に思考を巡らせるのであった。