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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第八部 二学期 何モナイ景色
106/134

36 中編 (拓真)

 

 

 

 

 

 B棟三階右端の教室はとても静かだった。静寂と言っても過言ではない現状は、騒がしかった全ての者を凍りつかせた。


それは俺等にとって日常なのかもしれないが、視線を釘付けにするには最良なエンターテインメント。ここぞとばかりに存在感のある少女は俺等を見渡しながら同じ言葉を繰り返す。


「ここが、何でも依頼を引き受けるゴロツキの集まりか。ならば私の願いを聞き届けるが良いっ!!」


とても通る声だという印象を受ける。それは静寂になる前のこの教室で、自身の声を響かせたからだと俺は思う。ただ単に声がでかいと言うわけではない。一瞬にして民衆を注目させる事のできる一種のカリスマ性すら感じさせた。


そんな少女は綺麗な銀髪を自分の手で靡かせる。あたかも決め台詞を言った主人公のように。きっとそれが一般性となら魅了されていただろう。それくらい銀髪の少女は美しいと俺は思う。


でも、ここに居るのは変わり者の偏屈野郎どもであって……。


「だから本当にごめんって言ってるじゃん拓真ー」


雪菜嬢の言葉を皮切りに


「わ、私は駄目だって、お、思ってたんだよ。つ、司くんっ!!」


「ごめんなさい優姫さん……。でも僕にだってやらなきゃいけないって思う時くらいあるんだよっ!」


牧下と神沢の痴話喧嘩。それに


「ねぇ城鐘ー。もうこれ以上言っても小枝樹の怒りは収まらないからゆっくりしてようよ」


「はぁ……。そうだな佐々路。俺もめんどくさいと思ってたところだ」


俺の怒りを抑えようとしていたレイに対して佐々路が言う。それに答えるレイも呆れた表情で椅子に座った。いつもならこれで終わる事なのだが、新メンバーを加えた事によって阿呆さが増す。


「おい、牧下優姫っ!! それ以上、司様を怒るのはよさないか。確かに話しだけを聞けば司様にも非はある。だが、それを愛で包む事も牧下優姫の務めではないのか」


「もう、いい加減、斉藤さんは神沢を諦めるべきだよ。そしてこの崎本隆治の魅力に気が付くべきだ」


「すまない。私は司様以外愛せない体質なんだ」


牧下を攻め立てる斉藤。それをどうにか治めようとしている崎本であったがカウンターを食らって撃沈。今は床に突っ伏している状態だ。


そんな状況を冷静に見ている俺は、さっきまでの怒りがどこかに飛んでってしまったようだ。というかなんか完全に無視してて銀髪少女が哀れにさえ思えてしまう。


気になった俺は銀髪少女へと視線を移した。すると、銀髪少女はオドオドとしながら


「お、おい。お前達っ! わ、私の話を聞かないかっ!」


あーなんだろう。本当に可愛そうな事をしている気分になってきました。別に俺は何も悪い事をしているわけではないのです。それに他の連中だって悪気があるわけではない。ならどうして無視するのかと言うと、ここの連中は自己中心的に願いを押し付けられるのが嫌いなだけなんです。


でも、あの牧下まで無視するとは思わなかった。誰彼構わずという性格なわけではないんだな。うん。


なので俺等が相手をしないのは至極当然な事なんだ。すると銀髪少女に変化が訪れる。


「お、お前達……! ぐすんっ。わ、私の話を、ぐすんっ。き、き、聞いてくれなきゃヤダ、ヤダ、ヤダああああああああああああっ!!」


銀髪少女の大声で、むしろ泣き声で再びB棟三階右端の教室に静寂が広がる。その静寂はただただ驚いているの一点に尽きるが、それ以上に面倒くさい奴が来てしまったと皆が認識しているだろう。


それにしても、大人っぽい見た目とは裏腹にとても子供じみた駄々をこねるものだ。見た目だけでのアンケートを実施したら、間違いなく銀髪少女よりも牧下の方が子供だと誰しもが言うだろう。


だが現状では、見た目が子供な牧下が悪い事をした神沢を叱っており、そして見た目が大人な銀髪少女が泣き暴れている。本当に現実というものは摩訶不思議でならない。


ともかく、この泣き続けている銀髪少女をどうにかしなければならない。それはどうすればいいのか。そんなもの、検討も付きませんよ。


だがしかし、この銀髪少女は求めている事を自らの口で言っている。ならば、それを叶えてあげれば泣き止むと言うのが尤もらしい答えだろう。


静まり返ったB棟三階右端の教室で、誰も動こうともしなかった中、俺は一歩前に進みながら言葉を紡ぐ。


「そ、そのなんだ。コイツ等も悪気があってこんな事をしてるんじゃないんだ。きっと、登場シーンが強烈だったから何となく無視した方がいいんじゃない? みたいな感じになってしまっただけだ。だから、その、とりあえず話しだけは聞こう」


牙を剥き威嚇をしている肉食獣、はたまた冷静さを失ってしまった凶悪犯を宥める様に、ゆっくりとかつじっくりと俺は銀髪少女へと近づいた。


そんな俺の様子を見ている他の連中は息を呑む。そして銀髪少女の目の前まで来た俺は、彼女の返答を待った。


「ぐすんっ、本当に話し聞いてくれる……?」


鼻を啜りながら流している己の涙を腕で拭い、眉を八の字にしながら銀髪少女は俺に問う。そんな彼女の姿を見て素直に可愛いと思ってしまう俺は正常なのでしょうか。


そして俺は銀髪少女の問いに答える。


「とりあえず話しだけは聞く。でも内容によっては何もしない。それで良いなら話してくれ」


銀髪少女は俺の言葉を聞いて一つ頷いた。そしてB棟三階右端の教室の中へと入って来たのであった。





 一応、依頼をしに来たと言うのであればお客様という事になる。無償でやっているのでお客様扱いするのはどうかと思うのだが、それでも最後の頼りでここまで来た可能性だって否めない。


だからこそ丁重におもてなしするのが日本人の美徳。まぁ別にお茶を出したりするわけではなく、ただ単に上座に座ってもらっているだけなのだけれども……。


状況を説明するのであれば、窓際の席に座っているのは銀髪少女。そこから時計回りに牧下、神沢、斉藤、レイ、俺、雪菜、佐々路、翔悟、崎本だ。


円卓会議というものを見た事はないが、きっとこんな雰囲気で行われるのだろう。結局俺はいつものポジションで銀髪少女と向き合っている形になる。


すると俺の横に雪菜が耳元で言う。


「ねぇ拓真。どうしてこんな事になったの?」


「別に俺だって好き好んでやってるわけじゃない。でもあの場を収拾するのにはこれが一番妥当だって思ったんだ」


雪菜の質問に俺は答える。そう、あんだけ泣きじゃくられたら話を聞かずに追い出すことはできない。だってこれ以上、天才、小枝樹拓真の嫌な噂が流れるのも嫌だから。それに聞くだけはなら何の問題もない。面倒だと思ったら依頼を受ける事はないのだから。


「だけどさ拓真、この子━━」


「それで何を俺等にして欲しいんだ?」


俺は雪菜の言葉を遮り銀髪少女へと質問を投げかける。雪菜の言葉を遮った理由は、ここで雪菜と問答をしていた所で現状を解決できるわけではないと思ったからだ。そこで現状を解決するのに当たって尤も近道は、銀髪少女に話しの内容を聞くこと。それを聞いてさっさと終わらせたい。


つまらない思考と銀髪少女へと質問をする現状を同時に行い、俺は銀髪少女の返答を待った。そして


「先ずは取り乱してしまった事を詫びたい。本当にすまなかった」


椅子に座りながらも深く頭を下げる銀髪少女。その頭は目の前にある机に着いてしまうんじゃないかと心配してしまうほど、丁寧に謝罪意が込められていた。


そして謝罪も終り本題に入ろうとしている銀髪少女は、下げていた頭を上げ真っ直ぐと俺を見ながら言葉を紡いだ。


「単刀直入に言う。冬祭りの手伝いを願いたい」


銀髪少女の言葉を聞いた皆の表情は変わらない。だが、レイだけ少し疑問を描いているような表情を見せていた。その疑問は俺でも解決できてしまう。なんせレイは今年の二学期にこの学校へと転校してきたのだから、冬祭りというものを知らなくてもおかしくはない。


冬祭り。それはうちの学校で行われる二学期最後のイベントだ。最後と言うのは言葉の通りで二学期の終業式が終わった後の夜に開催される。


うちの学校の終業式は12月23日。最近の一般人が言うクリスマスイヴイヴという事だ。イヴならまだしもイヴイヴと言い始めたらキリが無い。そういう無意味な日もイベント事にしてしまいたいのが日本人の性なのかもしれない。


それで話は戻るが、冬祭りは正式に学校側が限定された敷地を提供し学生の意思で行われる行事。まぁ行事という堅苦しいものではなく本当にイベントに近いのだが。


参加は自由。生徒は二学期という束縛された環境から抜け出せる日なので参加する者も多いらしい。それに教師達も人間だ。普通に参加していると聞いた。


どうして俺の説明が曖昧なものなのかと言うと、それは去年冬祭りには参加していないからだ。


去年の二学期終りはまだ、レイを傷つけた過去と俺を裏切った家族の問題が山積みになっていて、B棟参加右端の教室に入り浸り考えを纏めている途中だった。そのせいで雪菜にも迷惑をかけていたと思う。


でも待てよ。俺の知っている冬祭りの内容は雪菜から聞いたものだ。でも去年、雪菜は冬祭りには参加していない。まぁ雪菜は友達が多いからきっと誰かから聞いた話を言っているのだろう。


そう思っていると、冬祭りという単語に疑問を浮かべているレイに雪菜が説明をしている。聞こえてきたのは簡易な説明だがレイは納得し銀髪少女へと再び視線を戻した。


そんな説明フェイズを終了した俺は銀髪少女に返答をする。


「それは無理な話しだ」


短い言葉だったせいか抑揚もなくとても冷たい台詞に聞こえただろう。その証拠に、俺が言い放った瞬間に数人が俺の方へと視線を向けてきた。


だが、そんな現状を気にもしないで銀髪少女は俺に意見する。


「なぜだっ! 手伝いの内容を聞く前からどうして無理だと言い切れるのだっ!」


銀髪少女の疑問は尤もな事だ。同じような疑問を抱いたからこそ数人が俺の方へと視線を向けただろう。だけど、コッチにだって正当な理由がある。


「言い切るも何も、俺は同じような注文で面倒事に巻き込まれた事がある。先に答えを言うのであれば文化祭実行委員だ」


レイの一言で始まった、小枝樹拓真天才事件。ここまで大げさな言い回しにしなくてもいいのだが、ここは敢えてこれで行こう。


その、小枝樹拓真天才事件のせいで俺は半ば強制的に文化祭実行委員という役職を押し付けられた。まぁそれで終わるのならば良かったものの、実行委員内でも天才という理由で多くの仕事を押し付けられたんだ。


その経験から察するに冬祭りを手伝うという形に話しが落ちついてしまえば同じ悪夢を見る羽目になる。あくまでもここまでの考えは仮説の域を超えない。だが、可能性はゼロではない。


実行委員の時の俺の扱いを知っている者は銀髪少女から目を逸らした。それが普通の光景で、何も知らないと言う事がどこまでも幸せな現実なのだと再認識させてくれる。


だが、銀髪少女は引かなかった。


「文化祭の時、君の扱いが最低だった事は知っている。だが、それでも君の力が私には必要なんだっ! 天才の、君の力が……」


やっぱりそうでしたか。俺が天才だって言う理由でここに来たわけですね。生憎だが俺は斉藤の依頼で思い知っているんだ。できない事を感情任せに動いても、出来ないものは出来ない。


無闇に依頼を引き受ければ、俺はまた斉藤のような依頼主を作ってしまうかもしれない。


だが、おかしい。どうして彼女は俺が文化祭実行委員だったことを知っているんだ? 確かに俺は人の顔も名前も覚える能力が乏しい。それでも銀髪少女が実行委員に居たとするのならば曖昧な記憶でも微かに残っていておかしくない。


なのにも関わらず、俺にはこの銀髪少女と出会った記憶はない。そんな疑問が過ぎり、俺は話しの内容を少し変えた。


「天才の俺を必要としているのは分かった。だが、文化祭実行委員の話しを聞いて不可解な点が出た。それで聞きたい、君の名前はなんだ?」


銀髪少女の名前を聞いた所で解決する可能性は皆無。それでも素性を調べるのにはもってこいだ。ここにいる連中の中で名前を聞けば分かる奴もいるかもしれない。


俺の質問を聞いた銀髪少女は目を丸くして俺を見つめる。そして周囲にいる他の連中ですら驚いた表情をしているのだから不思議だ。だが、そんな事今はどうでもういい。俺は銀髪少女の返答を待つ。


目を丸くしていた銀髪少女は刹那の時間で我に返り、俺の質問に答える。


「私の名前は下柳しもやなぎ 純伽とうかだ」


下柳 純伽……? どこかで聞いたような。いや、見たことがある。確か期末テストの順位表で見たな。あ、一之瀬と俺に次ぐ第三位の人物だ。


でも待て。そんな頭の良い人物がどうして俺に依頼を持ってくる? それに頭が良いという事だけで解決できない事がある。冬祭りの件にしても文化祭実行委員の事についてもだ。


名前を聞いてその人物がどんなに人間なのかを知ってなお、俺は何も分からない。自分でも本当に天才なのかと疑問に思ってしまうくらいだ。


そんな時、嘆息し呆れた表情で俺も見ながら雪菜が口を開く。


「はぁ……。だからさっき言おうとしたじゃん拓真」


「なにをだ?」


純粋な疑問。俺は雪菜が何を言いたいのかさっぱり分かっていない。それどころか、呆れているのが雪菜だけじゃない事に俺は驚いている。すると雪菜同様に呆れている翔悟が次いで喋る。


「お前は本当に天才なのか? その記憶力の無さは凡人以下だぞ。まぁ今はそんな事どうでもいいか。あのな拓真よく聞けよ。ここにいる依頼主さんは、うちの学校の生徒会長さんだ」


呆れながら言う翔悟の言葉を聞いて俺の中での時間が止まった。そして刹那の間に多くの思考が頭を巡る。


今、俺の目の前にいる銀髪少女の名前は下柳 純伽。彼女の見た目はその綺麗な銀髪から始まるだろう。そして身長は高く、一之瀬のようにモデルと間違えてしまいそうなくらいスタイルが良い。だが、一之瀬と違う部分をあげるのであれば、胸の大きさだ。


その細いルックスとは裏腹にこれでもかと言わんばかりに強調されている。脂肪の塊だと言ってしまえば終わってしまうが、健全な男子高校生ならば誰しもが埋もれてみたいと思ってしまうような大きさ。


俺の回りにはきっと女子は少なくは無い。だが、ここまで兵器じみた胸を持っている者もいないのだ。この説明を脳内でしている俺はきっと阿呆だろう。


ここで話を戻す。翔悟の言った生徒会長という言葉。それが下柳 純伽を差す呼称であるのならば、俺が下柳 純伽を知らないという事実で周囲の存在が驚いた目で俺を見ていた理由が分かる。


たった、たったそれだけの事で今までの疑問が解決されてしまうのだから世の中何があるか分からない。文化祭実行委員での俺の扱いを知っているのも、冬祭りの依頼を持ってきた事も頷ける。


そして俺の止まってしまった刹那な時間が解放される。


「生徒会長おおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


驚きのあまり俺は目の前の机に両手をつき、身を乗り出すようにして下柳を見る。声は大きかったのか、狭いB棟三階右端の教室内で反響し数秒の間、木霊した。


その音は周囲の存在の行動を止めるのに申し分ない働きをしたが、それも数秒の出来事。反響した俺の声が聞こえなくなった時、佐々路が口を開いた。


「どうして小枝樹は誰でも知ってる事を知らないの? 多分だけど、ここにいた皆は会長だってすぐに分かってたよ?」


今の俺は説教をされているみたいな感覚になっている。それも佐々路に……。いやそれだけではない。ここに居る皆が気が付いていたのだというのであれば、俺は馬鹿な神沢にも崎本にも呆れられているという事になってしまう。


本当に惨めだ。自分が惨め過ぎてもう何も言い返せないよ……。このまま闇の魔王とかが世界を征服して、この現状が無かった事にならないかな……。ならないか。


「か、楓ちゃん。そ、それ以上、さ、小枝樹くんを責めてもしょうがないよ。さ、小枝樹くんが人の顔と名前を覚えるのが苦手なの、し、知ってるし」


佐々路の言葉に牧下が繋げた。その言葉は俺を庇護するような言葉で、本当に牧下は俺のエンジェルさんだ。


「そ、それに、さ、小枝樹くんは、は、初めて会ったわけじゃないのに、わ、私の事覚えてなかったし」


前言撤回を要求します裁判長っ!! 確かに牧下は俺のエンジェルでしたが、ここにいるデビルズに毒され堕天してしまっていますっ!! ここにいる牧下 優姫の発言の取り下げを要求しますっ!!


牧下の言葉を聞いて既に俺を項垂れている。というか完全に精神的ダメージが大きすぎて立ち直る事が出来ません。そんな俺を見かねたのか、はたまた馬鹿にしたのかレイが話し始めた。


「まぁ、佐々路も牧下も落ち着け。拓真が馬鹿なのは今に始まったわけじゃない。それにこれ以上こんなつまらない話を続けると会長さんがまた泣き出すぞ」


レイの言葉を聞いた皆が一斉に下柳の方へと視線を動かす。そこには


「ぐすんっ……。わ、私の話し聞いてくれるって言ってたのに、ぐすんっ……」


既に涙を瞳に溜め込み、子供のような台詞とブツブツと言っている。これ以上、この会長を独りぼっちにしていたら再び最悪のケースに陥る事になってしまう。


俺だって泣きたい気分だけど、ここは堪えて話を元に戻そう。


「ごほんっ。すまなかった会長さん。それで、冬祭りの手伝いとは具体的になんなんだ?」


俺は再度仕切りなおし、下柳 純伽へと問いを投げかける。すると下柳は涙で濡らした瞳を腕で拭い、真面目な表情で俺の質問に答える。


「手伝いと言うのは少し語弊が生じてしまったかもしれない。私は単純に去年の冬祭りよりも盛大なものにしたいと考えているのだ。だが、いかんせん我が生徒会では妙案が思いつかない。そこで出たのが天才、小枝樹拓真の名前だった。そこで天才様にご教授を願いに来たのだ」


下柳の話しを聞いて言葉をなくす。そして俺は一言。


「それだけか?」


「そ、それだけ……?」


俺の言葉に疑問符をつけて同じように繰り返す下柳。俺の疑問は俺が天才だからという理由なだけじゃないだろう。はっきり言って今まで請け負ってきた依頼の方が何倍も難しいものだった。


なのに、下柳の依頼が去年の冬祭りよりも面白くしたいときた。そんなもの予算内に去年と違う方向性で祭りを作り上げればいいだけの話だ。


だが、待てよ。こんな簡単に事が運ぶわけが無い。これは何か裏がある。というかそうじゃなきゃなんかもう嫌だ。


俺は再び下柳に聞きなおした。


「本当にそれだけなのか?」


「あ、あぁ。それだけだ」


そんなもん自分達でどうにかしてくれませんかねえええええええええええええええええっ!! 何でわざわざここまで来たのっ!? どうしてそれに天才が必要なのっ!? そんな事、ここにいる奴等でも解決で来てしまうくらい簡単な問題だよっ!!


というか、きょとんとした表情になるのやめてもらえませんかねええええええええええええっ!?


「はぁ……」


俺は一つ溜め息を吐く。内容がくだらないというだけではない。本当にこんな奴が生徒会長でいいのかと疑問に思ってしまったからですよ。


そんな俺の溜め息を見て不安な表情を見せる下柳。でも、こんな簡単に依頼を断る道理はない。俺は下柳の目を見て、


「分かった。その依頼引き受ける。というか、多分今のここで解決できる」


今の俺の言葉には呆れが混ざっているだろう。そしてその雰囲気を下柳以外の奴等は気がついている。


まぁ去年よりも楽しくしたいという理念は嫌いじゃない。だからこうして依頼を受けているのかもしれない。そして俺の言葉を聞いた下柳は嬉しそうに笑っている。それと同時にこの場で解決するという俺の台詞を聞き、驚きも見せていた。


そんな下柳に俺は、


「悪いが俺は去年の冬祭りに参加していない。だから去年の冬祭りの資料を持ってきてもらえるとありがたいんだが」


ここにいるメンバーで去年の冬祭りに参加していないにのは、俺と雪菜とレイだ。あくまでもこれは俺が知っている中での話。その他の連中が参加したかしていないかは不明だ。


だからこそ去年の記録や資料は必須になってくる。それを見ない事には話しにならないし、解決案も出すことが出来ない。


その話し合いをして、後日去年の冬祭りの資料を持ってきてくれると下柳は言った。後日と言っても明日には資料を持ってきてくれると思うのだが、もしかしたらすぐに出すことの出来ない資料なのかもしれない。それならば下柳が後日というふうに言ってもおかしくはないな。


そしてそのまま下柳はB棟三階右端の教室から出て行った。もう遅くなってしまっていたので、俺等もこのまま解散する事になった。





 帰り道。


俺は雪菜と二人で帰っている。なに? レイがいないって? 今のアイツの家は昔と違う場所にあるから途中で別れているのですよ。まぁ殆ど変わっては居ないんですけどね。


そんなこんなで俺は雪菜と二人きりなわけです。


普段通り肉まんを頬張っている雪菜。そんは見慣れているから当たり前になっているが、一年通して見ているとなると不自然極まりない光景ですよね。


俺の横をハムハムしながら歩く雪菜。そんな雪菜を見ていると視線を俺へと向けずに雪菜が言った。


「ねぇ、拓真。どうして会長の依頼を受けたの?」


その質問は俺にとって不意だった。既に俺が依頼を受ける側の人間だと雪菜は理解しているはずだった。どんな事柄でもヒーローの拓真なら絶対に助けるよね。とか言って俺の事を肯定してくれる奴だから。


だからこそ俺は雪菜の質問に虚を衝かれた。だが、あいにく雪菜は俺の顔を見ていない。


そんな風に思った俺は声音を普段通りに偽り、


「あの依頼は単純なものだ。何日も掛けて解決するようなものじゃない。寧ろ資料さえ集まれば本当に今日中にでも終わっていた事柄だ。だからこそ断る理由が無いって言ったほうが正しいのかもな」


突発的な返答にしてはなかなか上出来なものだ。質問の意図も捉えているし、今日の出来事を纏められているしっかりとした返答だ。


だが、雪菜は俺の返答を聞いても「ふーん」と言って興味が無いような仕草を見せた。そして次は肉まんから口を放して俺の目を見つめながら雪菜は言ったんだ。


「ならどうして、初めに無理だって断ったの?」


雪菜の瞳は俺の心までも見ているように感じた。その瞳は深くどこまで行っても底を見せてはくれない。そんな雪菜に俺は恐怖すら覚えた。そして気がつく。


雪菜が俺に聞きたかった事は始めからこの事だったという事に。


俺は雪菜の目を見ているが質問に答える事ができない。だってソレは本当に文化祭の時の事を思い出していたかだ。その理由はあの時言った。でも雪菜はそれが事実ではないと思いこの言葉を俺に突きつけてきた。


それは俺の本心を見抜いているようで、俺の知らない何かを知っているようで本当に怖いと思ってしまった。


だからこそ俺にはあの時と同じ言葉を繰り返す事しか出来ない。


「な、何言ってんだよ雪菜。さっきも言っただろ? 文化祭実行委員の時みたいになるのが嫌だっただけだよ」


「それはきっと違うよ」


間髪いれずに返答をする雪菜。それは俺の言葉を否定するもので、俺には何も理解できなかった。


「だってさ、拓真が依頼を拒否する時って昔の自分に戻りたくなかったからでしょ……? でも今は違う。昔の拓真に戻った。だから夏蓮ちゃんがやらないって言っても斉藤さんの依頼を拓真は受けた」


気がつけば岐路に向かっている足は止まっている。そして雪菜の重力に逆らう事をやめた右手には冷め切った肉まんがあった。


「なのに、今回の依頼は何も聞く前から受けようとしなかった、。ねぇ拓真、どうしたの……? 何がそんなに、怖いの……?」


眉間を八の字にして、不安そうに言う雪菜。そして考える。


俺は何かを怖がっているのか? 雪菜の言うとおり、俺はどうして下柳の依頼を何も聞かずに拒否したんだ? 俺は、どうして……。


「あたしはどんなになっても拓真の味方でいるよ? きっとレイちゃんだってそう思ってる。だから言わせてもらうね」


俺の事を見ながら言っていた雪菜は一瞬だけ俯いた。そして顔をあげると、


「こんなのあたしの憶測に過ぎないけど……。拓真は全部分かってるんだよっ!? 拓真は全部知ってるんだよっ!? 今の自分が何をしなきゃいけないのか、今の自分がどうしたいのか……。だから今の拓真は、拓真なんかじゃない」


感情が出ている表情とはお世辞にも言えない。本当に無表情で俺に何かを訴えかけてきてる雪菜。昔の雪菜だったら今頃ポロポロ涙を零しているのに、それを我慢してまで俺に何かを伝えたいって思ってる。だけど、今の俺にはそれだけしか分からない……。


俺の思考に気がついたのか、雪菜は俺から視線を逸らし


「ごめんね。多分、今は何を言っても拓真は分かってくれなそうだから。じゃ、あたし帰るね」


苦笑を浮かべた雪菜は言った。きっと雪菜には俺の無意識が分かっているのかもしれない。俺には何も理解できないが、雪菜には本当の俺が分かっているんだ。はやく気がつきたいと思っている自分も確かにここに居るが、気がつかなくても良いんだよって言ってくれる優しい俺も居た。


既に冬の気候に迫っている夕方はとても寒くて、この時間に空を見上げれば星すら煌いている。肌を刺すような冷たい風を感じながら今の俺は考えている。


きっと分かってる。それを認識したくないだけだ。それは俺の弱さで、何も変わらない凡人だという事。


でも今の俺は天才に戻った。何でも出来るし何でも分かる。だがソレは決められた物事の性質だけであって、他者の気持ちもその思いも何も俺には分からない。天才という存在なのか凡人という存在なのか。どっちなのか分からない。


天凡な俺……。









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