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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第八部 二学期 何モナイ景色
105/134

36 前編 (拓真)

 

 

 

 

 ここの所、過ごしている日々はとても穏やかなものだ。それは精神的にも肉体的にも、ましてや視覚で感じる事すらできる。


二学期、期末テストを終えたからだ。全ての生徒達の表情が安堵しているのがわかる。きっと俺の事も皆そう思っているだろう。


まぁテストが終わって安堵しているわけではなく、緊張の糸が解れた皆の姿を見て安堵しているのだ。テストの事なんて始めから俺は気にしてなどいない。


どうして俺がテストを気にしないのか。きっとテストという単語を耳にすれば、学生達は嫌な顔をするだろう。確かにテストをするのが好きな変わり者も中には居る。だがそれは例外だ。どんな分野にしても物事にしても例外は存在する。


そんな例外とは何なのかと突き詰めていると時間が掛かってしまうので今回は割愛しよう。それで俺が何故テストは気にしないかと言う話だったな。


誰もが嫌ってやまないテスト。でも俺はそれを気にもしない。そう、だって俺は


天才だから。


この単語を自分で言ってしまうのは少し恥ずかしいと思っている。だって他人が付ける評価の中に存在する天才というワードを自己評価の中で発言してしまったら、それは単なる過大評価もしくは自分大好き野郎またはただの阿呆だ。


まぁなんにせよ自分が阿呆だという事を他者に露見しなければいい話しなだけだ。


テストが終了しても安堵を感じれない者達も中にはいる。それはうちの学校特有の例のあれのせいだ。


俺はその例のあれの目の前に今はいる。群集が押し寄せ異様な熱気をそこは発していた。そんな群集を掻き分け俺は原因の中心へと向かう。全ての群集を掻き分けると廊下の壁に差し当たる。


そこには大きな紙が張り出されていて生徒の名前、期末テストの順位が記載されている。


そう、例のあれとはテスト後に張り出される学年順位表。赤点を取らなければ補習はないが、順位を公にするという時点で補習がなくても気になる者達の方が多いだろう。


俺もその一人。と、言いたい所だがこの学年順位表にすら俺は興味がない。なら何故、ここに出向いているのかと言うと、ただの茶化しだ。


レイが転校してきてから未だに残っている小枝樹拓真の天才疑惑。それを知っている生徒達は俺を疎んだりもしている。その事実がヒシヒシと生活の中で感じられるからだ。


きっと卒業まで完全には消えないだろう。嫉妬されるのも疎まれるのも慣れてると言えば慣れている。あまり良い気分になるものではないが、それでも我慢できるくらいのものでもある。


それは俺の事を理解してくれる奴が少なからずいるからだ。今になってはB棟三階右端の教室で集まるメンバー以外にも、俺のクラスの奴等がこんな俺を認めてくれている。


一人ではどうしようもなかった憤りが、くだらない馬鹿共のおかげでなくなっているのだから幸いだ。


そして話を戻そう。俺はここに茶化しに来ていると言った。その行動で俺の事を疎んでいる奴等にするのであれば問題にもなる。だが、俺は火に油を捧ぐようなマネはしない。危ないからね。


ならば俺が茶化すのは誰か。そんなのクラスの連中に決まっているでしょう。


目の前に張り出されている紙を見ながら俺は呟く。


「おー、やっぱり俺も一位だな」


順位表の名前を上から読み上げれば


一位 一之瀬 夏蓮


一位 小枝樹 拓真


三位 下柳しもやなぎ 純伽とうか 


その名前の順番を見て、俺は優越感に浸ることはない。俺が一位を取るのは当たり前な事なんだ。寧ろテスト簡単だし。というか真面目に授業を受けていれば満点なんて簡単に取れる。それがこの学校のシステムだ。


まぁでも数問は卑しい問題が含まれているので易々と満天を取らせる気はないのだという教師達の意思も見える。


そんな感傷に浸っていると俺の隣にいる馬鹿が話しかけてきた。


「何が、やっぱり俺も一位だ。お前は俺等生徒全員を敵に回したいのか拓真」


城鐘しろがね レイ。


レイは俺の幼馴染で、この秋に転校してきた厄介者だ。転校してくるやいなや俺の天才という情報を漏らし、うちのクラスだけではなく全校生徒に迷惑をかけた張本人なのだ。


まぁあの時は俺も暴走気味で全てがレイのせいだというわけではないが……。


レイは俺の方へと顔を向け言う。少し首を振れば目立つ赤髪の毛先が揺れる。身長は俺よりも高くて170半ばといった所か。睨んでいるわけではないそのツリ目は他人を脅かすのには丁度いい目をしている。


レイに睨まれた拓真。というコトワザがあっても良いような気すらしてきてしまう。これを自分で発信する事は簡単だ。だが、蛙は己の現状を発信はしない。なので俺もしない。


数秒の間、俺はレイの顔を見てたが何か言って欲しそうなので俺は言う。


「敵に回したいわけではないが、今更俺が天才だという事を隠す方が周りを刺激するだろ。というか、学年の真ん中の順位を取るよりも満点を取る方が遥かに簡単なんだ。そこの所は理解してもらいたい」


そう。狙って学年順位真ん中を取るのは本当に労力を使う。一年の一学期、真ん中の順位を取れたのは奇跡に等しいが、それから全てのテストで学年順位の真ん中を俺は取り続けた。


それは自分のクラスだけではなく、他クラスの成績というものも把握していなければ不可能だ。だが、一学期のテストの結果を俺は知っている。そこから推測し、教師の問題傾向、俺以外の生徒の勉学という分野に対する熱意。これらを観察し始めて学年順位真ん中という奇跡を故意的に成し遂げる事が出来るのだ。


考えればとても阿呆な事をしていたと思う。いくら凡人になりたいと思っていても連続で学年順位真ん中を取る必要性はなかったのだ。今更自分が馬鹿行動をしていたのだと反省するよ。


それで話は戻るが、ようするに学年順位真ん中を取るよりも、普通にテストを受けて満点を取り学年一位になる方が俺にとって遥かに簡単な事だ。それを知ってもらいたい。切実に。


だが、周囲の反応は俺を罵倒する声が大半だ。それはレイが俺に声を掛けてくる前から聞こえている。正確に言えば、俺が順位表が張り出せれている廊下に近づいている時から俺にはその声が聞こえてきていた。


今更気にする必要性はない。本当の俺を見てくれて、認めてくれている連中が沢山いる。きっとレイも俺の事を気に掛けて声を掛けてくれたんだと思う。それは本当に有り難い事で、レイが親友で良かったと実感できる。


するとレイは嘆息し呆れているようだった。


「本当にお前は馬鹿なのか天才なのかわからない。馬鹿と天才は紙一重って言うけど、本当だったんだな」


苦々しいと表現するには優しすぎる。でもどこか心配しているという気持ちが混ざった笑みを浮かべるレイ。そこにはきっと小さな意味で馬鹿にしていたり、茶化しているといった意味も含まれているだろう。


言葉の端々に優しさを感じれる雰囲気を纏わせてくれている。


「俺は天才だ。まぁ、それをここで論じても意味がない。そろそろクラスに戻ろうぜレイ」


俺は言葉の最中にレイから視線を動かし学年順位表に背を向ける。振り向いた先に立っている生徒は俺と目が合うと視線を逸らし身体を横へと動かす。その生徒の動きが連鎖していき人が通れるだけのスペースが開く。


まるで不良でにでもなった気分だ。だが俺は天高く言おう。俺は不良ではない天才だっ!!


さっきも言ったらが、きっとこの感じは俺が卒業するまでなくならないだろう。そして卒業後には伝説のように持て囃されて語られる。時間が経てばその伝説は本物の伝説へと変わり、本当に小枝樹 拓真という天才がこの学校に居たのかさえ危うい、七不思議のようなオカルトへと遂げるだろう。


天才はその才を周囲に認められなければ、ぞんざいに扱われ疎まれ、排除されるように独りへと追い込まれる。理解できないものに恐怖を覚える人間らしい行動だ。


人が割れた道を俺は歩く。何も感じないように普段通りに。でも歩いている最中でも視線を感じる。興味があるのか、あるいは単純な奇怪なものを見る目。


だが、それすら一瞬の出来事で本物の不良、レイくんのおかげで視線は感じなくなる。そして俺とレイは教室へと向かった。





 教室はとても騒がしかった。元気な高校生が集まっているのだから当たり前だろう。と言われてしまえば終わってしまう話なのだが、こればっかりは終りにしたくはない。


俺とレイは登校時に教室へと向かう前に学年順位表を見に行っていた。その順位は朝のHRに担任教師からプリントで配られるものなのだが、気になっている生徒は先に張り出されている順位表を見に行く。


だから俺とレイは今日始めて教室に来たという事になる。それで何が騒がしいのかと言うと、俺に関係のない事ならば何も言いませんよ。だけど


「また夏蓮と一緒でテスト順位一位だったって本当っ!? 小枝樹っ!?」


一人の女子生徒が騒がしいのが原因だと言いたいが、それだけで終わってくれるのならば本当に楽だった。


「佐々路、少し声のボリュームを落としてくれ。朝から騒がしいんだよ」


駆け寄ってきた女子。佐々ささみち かえでに俺は注意を促す。だが俺の言葉はスルーされ、佐々路はもともと外側に跳ねている髪の毛を自身で揺らし、俺との距離を詰めた。


「何言ってんのよ。クラスの子から話し聞いたけど、小枝樹って本当に天才だったんだねっ!」


おいおいおいおい。ちょっと待て。今の台詞は聞き捨てなりませんよ。だって佐々路はこの学校で初めて自分が天才だと吐露した存在だ。そして佐々路は小枝樹を信じるまで言っている。


なのにも関わらず、どうして今の言葉が出てくるんですかねっ!? おかしいよね、おかしいよねっ!?


それでも今の俺は天才だ。ここで慌てふためくのは天才にあらず。


冷静に佐々路の言葉を聞き、俺は無言を返す。そして何事もなかったかのように自身の席へと向かった。


席に着いて俺は鞄を机の上に置く。そして椅子を引き着席。ここまでは学生ならば誰しも行う普通の行動。だが俺には気になる事がある。自分の席の隣、一之瀬 夏蓮の存在だ。


未だに騒がしい教室の中、その天才少女だけは毅然としてきてとても凛々しく見えた。頬杖を付きながらクラス全体を見渡しているようにも見えるし、端から見れば何にも興味がないというのを表情で語っているようだ。


つまらなさうにしていると言ってしまう事もできるが、それを決め付けるのは良くない事だ。


黒くて綺麗な髪は風が吹いていないおかげで重力の支配下にあり、その美しさは光の加護を受けているようで輝きを放っている。大きく切れ長な瞳はこの世界の全てを見通しているように開き、彼女の存在はあまりにも大きなものだった。


騒がしい教室内でも静かでいる事が不自然ではない。それが天才少女、一之瀬 夏蓮の存在価値を高めているのだろう。


俺は横目で一之瀬を見る。そして思い出す少し前の出来事。


一之瀬に言われた言葉。それは俺の心を抉るような言葉で、自分の精神力がここまで弱かったのかと再認識してしまうほどの衝撃を与えた。だが、風邪で寝込んで考えて、一之瀬の事を思い出して。


そして俺の中でもしっかりと答えが纏まったんだ。それは元の関係に戻る事。


今年の春。俺は一之瀬に無理矢理に、契約、というものを結ばれた。それはとても迷惑なもので俺にとってはどうでも良い事だった。


だが、次第に一之瀬の事を知っていって、俺がどうにかしたいと思うようになった。それは一之瀬の事なんか何も考えていない。俺のワガママ。


それを胸に刻みながら生活をしていき、沢山の事件が起こった。その事件を解決したり乗り越えたりしてくうちに一之瀬を救いたいという思いも強くなった。だけど、その契約は終りを迎えた。


苦しくて苦しくて、どうしたらいいのか分からなくなって……。でもその言葉を一之瀬が口にした時、どんな思いを浮かべていたのだろう。


それはきっと、決意だ。


俺には一之瀬が決めた決意を裏切る事なんて出来ない。だって、俺の大好きな人だから……。


だから俺はその現実を受け入れる事にしたんだ。元の関係に戻る。それは春にB棟三階右端の教室で一之瀬と出会う前の関係。接点がなくなったとは言わない。俺等は同じ学校に通い、同じクラスになり、偶然にも隣の席。そして何より、同じ天才であるという事。


その事実は変わらないし、なくなりもしない。俺はそれだけでいいんだ。そして俺は


「おはよう、一之瀬」


今はまだ全てなかったようには出来ない。それでも一之瀬は決意をして前に進もうとしている。だったら俺も前に進まなきゃいけない。例えそれが一之瀬と居られなくなる未来であっても。


俺の声に反応した一之瀬は頬杖をしたまま俺の方へと顔を傾ける。視線が合い一瞬の間が開く。


「おはよう、小枝樹くん」


笑みはない。だがいつもと何も変わらない挨拶。それだけで俺は嬉しくて頬が吊りあがってしまいそうだった。でもその気持ちを抑えながら俺は一之瀬に話し続ける。


「それにしても今回のテストも簡単だったですな一之瀬さん。でも、名前順だっていう理由で一之瀬が一番上にいるのが俺は納得がいかない」


他愛もない会話。普段ならきっと一之瀬の暴言が飛び出し、それに便乗したほかの奴等にもみくしゃにされている。だがやっぱり前には戻れないんだな。


「そうね。そういうシステムなのだから諦めた方がいいわ。それに今は名前の順番よりも自分の身をどう守るかを考えた方が良いわ」


淡々と言葉を紡ぐ一之瀬。その言葉に違和感はない。違和感がないのがとても不自然に思えたんだ。だが俺は数秒前の一之瀬の言葉を思い出す。自分の身を守る事を考えろ。


それがいったい何なのか俺には検討も付かない。だがそれの答えは一之瀬からクラスに視線を戻せば分かる事だった。


視線を戻した俺の瞳に映る光景は、クラスの連中が皆で俺を睨んでいるという物騒な光景だった。その重々しい空気はヒシヒシと伝わってきて、何かまずい事をしてしまったのかと自分の中で答えを探し始める。その時だった。


「皆の衆、気持ちが一つなのだとあたしは信じている。否っ!! そうでなくてはならないっ!!」


クラスの連中の真ん中で腕を組み高らかに声を上げる一人の女子生徒。俺はその女子を見て溜め息を吐かずにはいられない。それに視野に入っているレイは既に呆れている状態だった。


そう声を上げたのは白林しらばやし 雪菜ゆきな。俺とレイの幼馴染だ。


肩まで伸びた薄い茶色の髪。身長は俺よりも低くて女子の平均といったところか。特別スタイルが言い訳ではないが平均的な女子高生の魅力を兼ねそろえている。それに雪菜は学校でもかなりの人気がある。


文化祭でのミスコンは三位。その結果が馬鹿雪菜がモテているのだと認識せざるおえない事実。だが、どう見ても今の雪菜は馬鹿そのものだ。


それにクラスを見渡せば成績上位者は俺を睨んではいない。レイが呆れている姿を見せているのが証拠だろう。すなわち俺を睨んでいる奴等は自然と成績が芳しくなかった者だと言える。


俺は事の成り行きを見守る事にした。


「今、我々の眼前にいるのは我々の能力を軽視し、我々の尊厳、我々の清く正しい学校生活を脅かす悪魔の子だっ!! 天才という選ばれた能力を行使し、我々の心を冒す冷徹なサイボーグなのだっ!!」


声を大にし演説のようなものを始める雪菜。その内容は悪魔と機械が織り成すファンタジーへと化している。それに演説と言うには規模も小さい。きっと雪菜の周りにいる戦闘員、もといクラスメイトを鼓舞させるために言っているのだろう。


勿論、雪菜側が正義だとするのであれば悪は俺だろう。それにこのタイミングで尊厳やら天才やらと言葉を並べているという事は間違いなく期末テストの結果を言っているんだ。


きっと俺が何も言わなくても、態度がふてぶてしいだの、天才だからって調子乗るなだの適当な理由を並べて今の状況を作っていたはずだ。というか、こんな三文芝居のお遊びに俺を巻き込むのは勘弁願いたい。


つか、メンバーには崎本と神沢までいるよ……。本当に馬鹿が考える事は分からない。


「己の能力を万人に与える事もせず、その玉座に座り続ける卑しい暴君なのだああああああっ!! お前達もその姿を見てきただろう。その行いを瞳に焼き付けてきただろうっ!! ならば立ち上がるのだ。これは反逆ではない。民が笑って暮らせる世界を創る為の革命なのだああああああああああああっ!!」


「「うをおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」


完全にレジスタンスが国相手に戦争おっぱじめようとしてるよね。なんで俺が国側なんですかね。それに暴君まで出てきたら物語の設定がめちゃくちゃじゃないか。


だけど、俺もこのお遊びに付き合わなきゃいけないんだろ? だって、このまま雪菜にすき放題させとくと始業の鐘がなる。そして一限目は数学。アン子の授業だ。この状況が続けば間違いなく阿修羅様の怒りに触れる。それだけは避けなくてはいけに。


俺は席から立ち上がりレジスタンスを睨む。まぁ雰囲気を出す為に悪魔だのサイボーグだの暴君を演じながら。


「決起しているところ悪いが、お前達には過ちがある。もしもその事実から目を逸らすと言うのなら、大した正義だと嘲笑ってやろう」


きっとレジスタンスには俺が不敵な笑みを浮かべているように見えるだろう。こんな茶番をするのはとても恥ずかしいのだが、まぁたまにはいいのかもしれない。


「あたし達に過ちがある……? そんなものはないっ!! あたし達は清く正しく今の今まで生きて━━」


「何が清く正しくだ」


俺は雪菜の言葉を遮った。前のめりになりながら訴えようとしている雪菜は、俺の言葉を聞いて状態を戻した。そして不思議と不安げな表情を見せる。


「お前達の清く正しくと言うのは、勉学もせずに怠惰な日常を送ることなのか?」


「そ、それは……!!」


「確かにテストの順位を公にされ辱めを受けているのはわかる。でもそれは入学前から知っているこの学校の正当なシステムだ。それにお前達は二学年。一年間その状況で学校生活を送ってきているのにも関わらず、今更天才が現れただけで吠え散らかすのか?」


なんだろう。俺はヒーローになりたいと願っているのに、この悪役の高揚感。馬鹿共を教育するのには悪役になるもの悪くはないのかもしれない。


「あたし達はっ!!」


「まだ聞けよリーダーさん。なにも俺は全てが悪いなんて言ってない。ただお前達の掲げている正義が、曖昧かつ利己的だと言いたいんだよ。俺はお前達リーダーの私生活を知っている」


俺の言葉で動揺を見せる雪菜。だが動揺しているのは他の戦闘員も同じだった。


「お前達を指揮しているリーダーはな、とても怠惰な女なんだ。テストという言葉が周囲で流れる前から何もしない」


「やめて……」


「それにあろう事か、天才である俺に勉強を教えてもらうという体たらく」


「やめてよ……」


「お前達が支持し、崇めているソレは年がら年中肉まんを頬張っている阿呆な女だと言うことだっ!!」


「もう、やめてえええええええええええっ!!」


三文芝居。いや、もしかしたら三文にも満たないだろう。俺の即興悪役もそうだが、どうにかこうにか感動なシーンを作ろうとしている監督の卑しさが手に取るように分かる。


というか、どうしてこんなにも雪菜嬢は迫真の演技が出来るのでしょうか。まぁ肉まん頬張ってるは言い過ぎたのかもしれないけど、その前からこの結果になる事を予想していたみたいだ。


馬鹿なのにこういうところの勘はいい。つか、勘じゃなくて俺が乗ってくれたって気が付いただけだと思うんだけどな。


そして雪菜は膝から崩れ落ちる。きっと涙までは流してないとは思うが、顔を掌で覆い隠しながら嘆きの言葉を口にした。


「なんで、どうしてよ……。どうして拓真はそんなに酷い事ができるの……? あたし達は自由になりたかっただけなのに……。どうして、拓真は何も分かってくれないのっ!!」


顔を覆い隠していた手を解き、雪菜は涙を滲ませながら俺へと強く訴えかける。


とういうか、お前の演技力マジですごくないっ!? 迫真というか、もう映画だよっ!! なになに、もしかしてこれってなんかの撮影?


雪菜の叫びを聞いたと同時に雪菜の横から一人の男子生徒が飛び出す。その男子生徒は間違いなく俺の方へと向かってきていて、俺は雪菜の演技力に驚いているせいか不覚にもその男子生徒に背後を取られてしまった。そして


ガシッ


男子生徒は後ろから俺の脇下へとその腕を滑り込ませて、この俺を羽交い絞めにした。


「大丈夫だよ雪菜ちゃん。雪菜ちゃんの夢は絶対に叶う。だから俺ごと小枝樹をやるんだっ!!」


「さ、崎本くん……?」


現状に気が付いた雪菜は立ち上がり、驚きの表情を見せながら男子生徒の名前を言う。


崎本さきもと 隆治りゅうじ。俺のクラスメイトで友人だ。まぁこの男の紹介は前からそうだけど、特に何もない凡人です。はい、コイツの説明はここで終わりにして話しに戻りましょうね。


「そんなの駄目だよっ!! あたしは崎本くんを犠牲にしてまで自由なんかいらないっ!! 皆で幸せにならなきゃ駄目なのっ!! そうじゃなきゃ誰も救われないっ!!」


いやー、羽交い絞めにされるのは良いんですけど、今の俺って放置されてない? ヒーローの変身を待ってる悪役みたいになってない? このまま崎本を倒しても俺は全然良いんだよ? だけど、なんつーか、それって本気で空気読めてない奴になっちゃうよね……。よし、待とう。


「雪菜ちゃんの夢はその程度だったのかよ……。俺は違うね。自分がどうなったって皆の自由を実現させたいっ!! だから、雪菜ちゃんっ!!」


俺はここで少し暴れたほうがいいのかな。崎本の腕が解けない程度に抵抗をする。その間少しだけ「放せ」とか「やめろ」とかそれっぽい台詞をばら撒きながら。


そして崎本の言葉を聞いた雪菜は少しの間何かを考えるように崎本の事を見つめ眉間に皺を寄せる。だが、自分の思考が纏まった時、雪菜の眉間は凛々しいものに変わり自身の涙を腕で拭った。


「分かったよ崎本くん。君の事は絶対に、忘れないから……!!」


あー、やっとこの遊びが終わるよ。アン子が来るまであと数分。これならアン子にシバかれる事はないかな。


俺は少し安堵しながらこの物語の終結を待った。


「皆聞いて、崎本くんが命を掛けてあたし達に最後のチャンスをくれたっ!! こんな悲しい戦いはこれでおしまい。だから皆全力で攻撃開始っ!!」


雪菜はそう言うと天高く上げていた腕を前へと下ろした。その瞬間、レジスタンス総勢十数人が俺の方へと突撃を開始する。雪菜と崎本のつまらない芝居に当てられているのか、レジスタンスの戦闘員の目は悲しみと怒りに満ちている。まるで、この戦いが最後の聖戦といわんばかりに。


一人一人が勇敢なる戦士であり、副団長クラスだったと思われる崎本の最後の願いを叶えるべく自らを鬼とし、その剣を振るう。それは全て夢を描いた雪菜と言う団長の為に……。


その勇猛さ俺の事を圧倒した。つか、この人数やばくないですか? これってあれだよね? ニュースとかで祭りの混雑で人が倒れて数人意識不明の重体っていう状況だよね? このまま行けば本当に俺と崎本は死んでしまうぞ?


その時、微かに崎本の声が俺だけに聞こえた。


「そう、それで良いんだ雪菜ちゃん。皆の自由を、頼んだよ」


そうそう。こういう台詞って在り来たりだけど心にくるんだよね。


………………。


って良くねええええええええええええええええっ!!!!





 放課後。


俺は不貞腐れながらB棟三階右端の教室にいます。不貞腐れる理由はきっと皆が知っていると思うので割愛しますが、本当は叫び散らしたいくらいですよ。


「もう、本当にごめんってばー拓真」


両手の掌を合わせながら平謝りしてくる雪菜。そう俺は雪菜に怒っているんです。そというか崎本もその怒りの元凶なんですけどね。


「あれはやりすぎだ。俺も乗った事は悪いと自分でも思っているけど、お前等のノリはいき過ぎだっ! つか最後の方は完全に崎本の弔い合戦になってただろっ!!」


俺の怒りは収まらない。そんな俺に雪菜も崎本も謝ってくる。その様子を面白がって見ている連中。俺は皆に意識が行かずにずっと二人に怒鳴っていた。そんな時


「まぁ拓真。ユキも崎本も謝ってんだから許してやれよ」


「レイ。お前はあの状況を見ていて俺に許せって言うんだな」


「だから、これ以上お前が怒ってても何も変わらないって言いたいんだよ。やり過ぎたのは分かるけどよ。ほらさっきから神沢も牧下にどやされてるだろ?」


レイの言葉を聞いて俺はその方向へと視線を送る。それは神沢が牧下に怒られている様子だった。あのレジスタンスに神沢も参加していたからな。同じクラスの牧下が見ればそりゃ怒るわ。


俺は牧下の怒っている姿を垣間見て、少しだけ冷静になる事ができた。そして雪菜と崎本にしっかりと説教をしてこの場を治めた。だが


ガラガラ


騒がしいB棟三階右端の教室の扉が開かれる。そこには


銀色の髪の毛を揺らし、縁のないメガネを掛けた美少女が立っている。その姿は凛々しく、一之瀬を彷彿させる雰囲気。スタイルも良く慎重も少しばかり高い。


そんな彼女は自身ありげに立ち尽くし教室内を見渡す。そして


「ここが、何でも依頼を引き受けるゴロツキの集まりか。ならば私の願いを聞き届けるが良いっ!!」


その叫び声が響き、B棟三階右端の教室には静寂が訪れた。






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