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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第七部 二学期 想イノ果テニ
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35 前編 (拓真)

 

 

 

 

 

 修学旅行も終え、今はテスト期間に入る前だ。


テスト勉強に励んでいる生徒を横目で見ながら俺は修学旅行の時の事を思い出している。


まぁ簡潔に言うと三日目の事なんか殆ど覚えていないという事だ。どうして俺が三日目の事を殆ど覚えていないのかと言うと、それは二日目の夜に遡る。


神沢と牧下と斉藤のやり取りの最中、俺はその場にいるのが辛くなってしまって後の事を佐々路に任せてしまった。


本当ならば俺は最後まで見届けなくてはいけなかったのに、俺はそれすら放棄して逃げ出してしまったのだ。それだけで終わればよかったものの、その後に起こった出来事が三日目の記憶を失わせる原因になった。


そう、俺が逃げ出して一人になった時の話。





 どうして俺はあの場から逃げ出したくなってしまったのだろう。


斉藤が泣き始めて神沢が動揺し、そんな神沢を嫌いと言った牧下。その現実がもう取り返しのつかない所まで来てしまったのだと俺は思ったんだ。


もっと平和的に解決できる未来もあったはずなのに、無責任な俺のせいで苦しまなくて良い奴も苦しんでしまった。その結果を予測できてしまった瞬間に俺は逃げ出した。


少しだけ肌寒い風を感じながら、今の俺は海辺を歩いている。もう少しでホテルに戻らなきゃいけない時間なのは分かっている。でも、少しだけでいいからこのまま海の風を感じていたい。


潮の香りが鼻を刺激し、波の音が俺の心をざわつかせる。その時だった。


「小枝樹くん?」


潮の混ざる風を受けてその長く綺麗な黒髪を押さえる少女の姿。白のワンピースを着た少女はその美しく滑らかな肌を隠す事もせず、ただただ儚い表情を俺の方へと向けていた。


「一之瀬……」


今は会いたくなかった。こんな惨めな俺を一之瀬に見られたくなかった。でも、まだ間に合う。何もなかったように普段の俺を演じれば良いんだ。


「そんな薄着で寒くないのか? 沖縄って言っても十一月だぞ? この時間は少し冷える」


「このくらいなら問題ないわ。それにしても、どうして貴方がここにいるの?」


普段通りの俺を演じられているのか分からない。でも一之瀬は普段のように話しかけてくれる。そのおかげで、少しだけ心が軽くなったような気がした。


俺は一之瀬の言葉を聞いて少し微笑み返答をする。


「なんだよそれ。俺がここにいちゃいけないのか? 俺だってこんな風に散歩をしたい時だってあるんだよ」


「そう。でも今の貴方はどこか苦しそうだわ。どうせ、一人でいるのは辛いのでしょ?」


俺の心を見透かしているような言葉。そして、そんな一之瀬の優しさが何度も俺を苦しめて癒していく。


「そうだな。少しだけ一緒にいてもらってもいいか……?」


「それが、今の貴方の望みなら」


高校生の男女の会話では決してないのだと理解する。でも、俺と一之瀬は天才と天才だ。そこに違和感を感じる人たちは多いかもしれないけど、俺等にとっては何の事もない普通の会話。


そのまま二人で浜辺まで下りていき座り込んだ。


波の音が大きくなる。それは海に近づいたからだと思いたい。でも、その音は耳の中を駆け巡ってそのまま波の中へと呑みこまれてしまいそうになる。


隣にいるのは天才少女。そして俺の好きな女の子。何を見ているのかは分からないが海のほうをじっと見つめる一之瀬夏蓮。


その横顔は儚げで俺の心を魅了していく。触れたいと思う自身の感情は弱さを表し、それが出来ない現実ですら自分の弱さを顕現している。


全てを打ち明けて俺の弱さを知ってもらって、俺が駄目な人間で、俺には誰も守れなくて、俺はいらない存在で、俺は……。


「それで、何があったの小枝樹くん」


自身の感情に呑み込まれそうになった時、一之瀬の声が俺を現実へと引き戻してくれた。そんな一之瀬は俺の方なんか見向きもしないで、儚げな表情を無へと還して言った。


「いや、別に何もないよ」


「本当に貴方は嘘が付くのが下手ね。言わないのなら私が当ててあげるわ。どうせ、斉藤一葉の依頼を完遂する事ができなかったって所でしょ? だから私は言ったのよ。他人の感情に関与するのは良くないって」


「ははは……。本当に一之瀬の言うとおりだ……」


俺は間違っていた。何も出来ない自分が嫌で、一之瀬に出来る自分を見せたくて、そのせいで斉藤も神沢も牧下も傷つけて……。何が皆を助けたいだよ……。


結局俺は自分のくだらない見栄で皆を巻き込んで苦しめただけじゃないか……。天才だと言われて、凡人になって、もう一度天才に戻っても、俺は何も出来ない凡人以下だ……。


「ねぇ、本当に何があったの……? 今の小枝樹くん、とても苦しそうだわ……」


一之瀬の言葉を聞いた俺は一之瀬の顔を見た。その表情は儚げな天才少女ではなく、目の前にいる凡人以下の男を心配している表情。


俺は好きな女の子にもこんな顔をさせてしまうような、駄目な奴だったのか……。


「本当に、何もないよ……」


「どうしてそこまで嘘を付くのっ!? 苦しいなら言えば良いじゃないっ!! 私じゃ何も出来ないかもしれないけど、捌け口くらいにならなれるわ……」


一之瀬の声が響いた。それは一瞬で消えてしまうくらいもので、大きな海と空には響かなかったのかもしれない。でも今の俺には


「再認識したんだ……」


「小枝樹くん……?」


不安げな一之瀬の声が聞こえているのに、俺はそのまま話しだす。


「俺は天才で誰よりも優れている。それは変えられない事実で自分で逃げても変えられなかった……。だから俺は斉藤の依頼を受けたんだ。苦しんでいる奴の力になりたい、俺だったら皆を救える。そんな風に思った俺は凡人以下のクズ野郎だった……。結局、誰も俺には救えなかった……」


修学旅行に来る前に戻れるのなら、いや斉藤の依頼を受ける前にまで戻れるのなら、俺はこんな無謀な選択はしない。自分を過大評価だってしない。


でも、俺はどうして斉藤の依頼を受けたんだ……? いつもと違う感情がそこにはあったはずなんだ。それって確か……。


「俺だって散歩をしたい時だってあるんだよ。そんなのはただの強がりで、俺は現実から逃げたんだ……!! 俺は誰も救えなかった。斉藤も牧下も神沢もっ!! だから一之瀬の言うとおりだったんだよ……。初めから依頼なんて受けなければ良かったんだ」


はっきり言って後悔している。自分の無力さを何度も理解しておきながら、俺は再び自分を過大評価して己の能力を見誤った。


「なぁ一之瀬。今の俺ってすげー無様だろ? 笑ってくれていいんだぜ? しょせん天才なんてこんなものかって笑ってくれよ……」


自暴自棄になりかけていた。もう全てがどうでも良くて、この先の未来がどうなろうと俺には関係ないとさえ思ってしまっていた。でも


「それが今の貴方なのね。ならそのままでいればいいわ。私は貴方がどんな人間になってしまったとしてもどうでもいいと思っている。でもね、だからこそ聞かせて━━」


俺は話す一之瀬の顔を再び見た。そして


「貴方はどうして斉藤一葉の依頼を受けたの? 私が拒んだのにも関わらず、どうして小枝樹くんは依頼を受けたの……?」


やめてくれよ。どうして一之瀬がそんなに辛そうな顔をすんだよ……。


「俺はただ、一之瀬に分かってもらいたかったんだ……!!」


「私に分かってもらいたかった……?」


俺の言葉を理解できない一之瀬は不安げな表情になる。


「そうだよ……。俺は一之瀬がいなくても依頼を成功できる。今の俺はまた一人で何でもできる天才に戻ったんだって分かってもらいたかった……。でも結果は最悪で、何も出来ない証明になっちまった……。それで気が付いたよ、俺には一之瀬が必要なんだって……」


もう一之瀬の顔を見ることすら出来なかった。本当に自分が情けなくて格好悪くて、悔しい思いがいっぱいになってどうしようもなくなっていた。


一日目の夜にも一之瀬に甘えて、それで前に進もうって思ったのに……。また俺は一之瀬に甘えている。


「私が、必要……? あの時、小枝樹くんは私を必要ないって言ったじゃない……!!」


疑問が浮かぶ。俺はそんな事一言も言ってはいない。ならどうして一之瀬はこんなに反応しているんだ? 思い出せ、それに似た事を俺は言っているはずだ。


『もう一之瀬は皆にとって特別じゃないんだ』


思い出した俺は後悔した。まったく違う意味で言っていたとしても、一之瀬には必要ないという解釈になってしまう言葉。だからあの時の一之瀬は俺に帰れって怒鳴ったんだ。


「違う一之瀬っ!! 俺は一之瀬が必要じゃないなんて言ってないっ!!」


「ならどうして私が皆にとって特別じゃないなんていう言葉が言えるのよっ!!」


やっぱりそうだった。あの時の俺の言葉が一之瀬を苦しめていたんだ……。どうして俺はそれに気が付かなかった。自分の事ばかり考えていたから好きな女の子の事すら考えられなくなっちまうんだ。


「一之瀬は特別なんかじゃないだろっ!! 俺等と何も変わらない普通の高校生だっ!! 天才とかそういうのがもう無いんだって俺は伝えたかったんだ……」


今度はちゃんと伝わっているはずだ。


「だから全部、一之瀬の勘違いなんだよ……」


「私の勘違い……?」


少しだけ一之瀬の瞳が潤んで見えた。


「俺の言葉が足りなかったのも原因の一つだ。それは本当に悪いと思ってる。それに一之瀬はまだ勘違いしている事があるんだよ」


これが一番俺にとって重要な事なんだ。


一之瀬は不安な表情になり、俺の唇が動く事を恐れているようだった。自分の勘違いで俺に当たってしまった事を後悔しているようだ。


「斉藤がB棟に来る前に話してた事覚えてるか?」


「えぇ……。確かあの時は雪菜さんの気持ちを受け入れなかった貴方の話をしていたわ……」


やはり怖いのだろう。少しだけ声が震えている一之瀬。眉間に皺を寄せながら普段の強気な一之瀬と真逆の態度。そんな一之瀬だから俺は守ってやりたいって思うんだ。


「そう、どうして俺が雪菜を選ばなかったのか。一之瀬は凄く怒ってたよな。でも、俺は一之瀬に自分の本当の気持ちを教えてもらったんだ……。何も考えずに雪菜の気持ちを受け入れなかったんじゃない。俺は━━」


何でだろう。どうしてこのタイミングで俺は言ってしまうんだ。本当は自分の不甲斐なさをどうにかしたいって思っていた。でも、一之瀬の顔を見たら自分の気持ちが抑えられなくなった。


時間の流れがゆっくりに感じ、自分の頭の中の思考がとても鮮明になる。手を少し伸ばせば触れられる事の出来る場所に俺の好きな人がいて、自分の感情が自分の唇で気持ちを伝えようとしている。


「俺は、一之瀬の事が好きなんだ」


今の俺はどんな顔をしているだろう。間抜けなのか、不安なのか、格好をつけているのか。自分で確認する術はない。でも、一之瀬の顔だけははっきりと月明かりが照らし出してくれていた。


切れ長なその瞳はいつもよりも開かれていて、誰が見ても驚いているのだと分かってしまう。一瞬制止したよな感覚に陥るが、一之瀬の表情が驚きから悲しみを含んだ表情になり、今の時間が止まっていないのだと理解する。


「どうして、私なの……?」


俯いた一之瀬は一言そう言った。


「どうしてって、俺にもよくわからないんだよ……。俺は天才が大嫌いだった。勿論天才少女の一之瀬の事も嫌いだった……。でも、二年になって一之瀬と関わるようになって、きっと少しずつ気持ちが生まれてきたんだと思う。その気持ちに気が付かせてくれたのは一之瀬だ。本当の俺の気持ちに……」


自分の気持ちを一之瀬に伝えれば楽になれるとどこかで思っていた。でも今の俺は苦しいとさえ感じている。好きだという気持ちが溢れてきて、それが俺の心を支配していくんだ。


「雪菜に言われたんだよ。俺が一之瀬を守りたいって思う気持ちはヒーローになりたいからなのかって……。でも俺はヒーローじゃない。小枝樹拓真として一之瀬を守りたい」


「守、りたい……?」


一之瀬の体は震えていた。どうしてこんなにも震えているのか分からない。先程よりも何かに怯えているような表情。俺はまた何か間違った事を言ってしまったのか……?


「ごめんなさい。少し身体が冷えてきたから、私はもうホテルに戻るわ」


脈絡もない言葉。そして俺の有無を聞かずに一之瀬はこの場から立ち去ろうとした。だけど、今の俺は感情に身を任せてしまっている。俺の話しの返事だってまだ聞いてない。だから俺は


「待ってくれよ一之瀬」


そう言いながら一之瀬の腕を掴む。そして


「私に触らないでっ!!!!」


一之瀬の大きな声。驚いた俺はそのまま掴んだ手を放してしまう。すると一之瀬は一瞬だけ振り向き俺の顔を見た。その瞳に大粒の涙を溜め込んで……。


その後、何も言わずに走って一之瀬はいなくなってしまった。





 そして今に至る。


結局、修学旅行が終わってから殆ど一之瀬とは話していない。隣の席にいるのに、凄く遠くに行ってしまったような感覚だ。


告白をしてしまった事はもう取り返しが付かない事実。でも、こんなにも言う前と後で距離が開いてしまうなんて思ってなかった。


斉藤の依頼も失敗して一之瀬にもふられる。本当に最悪な修学旅行だったよ……。


まぁでも、後に佐々路から聞いた話では牧下と神沢はなんやかんやで上手くいったみたいだ。あの時の牧下はすげー神沢に怒ったみたいだったけど、自分が悪い事をしてしまったと理解した神沢は牧下に言われるがまま斉藤に謝り続けたらしい。


神沢の無様な姿を目の当たりにした佐々路は笑い話のように俺に伝えてくれた。だが、その話を笑って聞けるほど俺の神経は図太くなかったみたいだ。


そんな俺の異変に気が付いたのか佐々路はすぐにその話を終わらせ足早に俺の前から去っていった。


結局、修学旅行が終わると学校中で神沢と牧下が付き合っているという噂が流れ始め、ここぞとばかりに女子生徒、しいては男子生徒までも噂の真相を確かめにうちのクラスに足を運ぶ。


くだらないと横目で見ながらも、神沢ファンクラブの反牧下勢力が俺は気になった。いつどのタイミングで仕掛けてくるかは分からない。


あくまでも神沢がいない所で実行するはずだ。用心するのに越した事はない。だが、一度俺がキレてしまっているからなのか、それを知っている反牧下勢力は俺の顔を見るだけで怯えながら逃げていく。


俺が嫌われて抑止力になるのならそれはそれで構わない。


どうしてだろう。全てを拒絶した頃の自分のようにとても冷静に現状を判断できる。自分がやるべき事、自分がどこまでやれるのかの可能性、そしてそこに他者を介入した時の全ての動きの予測。それが映像で見えるように明確に答えが出てくる。


そんな俺は今になって雪菜の言っていた言葉の意味が理解できる。雪菜はずっと言っていた。『拓真以外いらない』その時の俺はこの言葉の意味を理解する事が出来なかった。でも今は違う。


一之瀬に告白してしまって、拒絶されて、苦しそうな一之瀬の顔を見て本心から思える。


俺には一之瀬以外いらない。


駄目だ。何を考えているんだ小枝樹拓真っ!! 俺の事を救ってくれた人は他にもいるだろう。俺が俺である為に、俺のワガママを受け入れてくれた人達が沢山いるだろう……。


自身の思考の矛盾で己の考えすらまとまらない愚かな凡人な俺。授業の内容なんか頭に入ってくるはずも無く、ただ無駄に時間だけが流れていく。


そして気がついた時には昼休みになっていた。


その事実を知ったのは生徒たちの声が明るくなったという極めて単純なもの。だが、俺自身は何も変わらず、一人で昼食を取ろうと席を立ち上がったときだった。


「すまないが小枝樹拓真はいるか?」


教室の入り口から聞こえる俺の名前を呼ぶ女子の声。俺はその方向へと自然に視線を向けていた。そこには斉藤一葉の姿があった。


修学旅行以来、彼女とは会っていない。依頼の事を言われるのが嫌だと思っていた俺が無意識に避けていたのだ。だが、もう逃げられない。


「俺ならここにいるぞ」


活力も無く、死んだ魚のような瞳で俺は斉藤を見ながら言う。そんな俺の声に気が付き俺の顔を見た斉藤は普段と何も変わらずに


「小枝樹拓真、すまないが少しだけ時間を私にくれないか。昼休みが終わるまでにはどうにかする。少しだけ話したいんだ」


もう好きにしてくれ。という気持ちが芽生えているが、自分の中でこの先の答えなんか見えている。


依頼の事を責められ、天才だという事も罵られるだろう。それくらい俺は惨めな姿を斉藤に見せてしまったんだ。だからもう覚悟を決めなきゃいけないな。


「分かった。人があまりいない所に行こう」


そう言った俺は死人のように歩き出す。牛歩まではいかないがゆったりと力なく教室から出て行った。





 B棟。人があまりいない場所を選択すれば自ずとこの場所へと足を向けることになる。それは斉藤も分かっていたみたいで、黙って後ろを歩いている。


用事があるのは斉藤の方なのに俺が前を歩いているという不思議な状況。でも俺にとっても不思議でも何でもない。


ただ、依頼人に合わせる顔が無いという事だ。この後話させる内容なんて概ねわかっている。


そして入る事が出来ないB棟三階右端の教室前にまで辿り着いた。歩みを止めた俺は小さく息を吸い込み斉藤の方へと振り返る。


「それで、話したい事ってなんだ?」


「お前なら分かっているだろ。依頼の話しだ」


真っ直ぐな瞳で俺の事を見る斉藤は、俺の予想していた言葉を口にする。一瞬だけ緊張がはしり、生唾を飲み込みたくなったが、その行為をしてしまったら俺の緊張が斉藤に露呈してしまう。


それを避ける理由は無いが、俺にもまだつまらないプライドと言うものがあったらしい。


「やっぱりその話か」


「あぁ。まぁ端的に話させてもらえば、今回の依頼、成功なのか失敗なのか私には分からないんだ」


その言葉は俺の予想とは半分違っていた。だって今回の依頼は完全に失敗している。結果だけを見てしまえば斉藤の言いたい事は分かるが、あくまでも俺という存在に依頼を持ってきたという事は、依頼の成功には俺が関与していなくてはならない。


それが表立った行動じゃなくてもいい。だけど今回の件に関しては俺は本当に何も出来なかった。自分の理想を神沢に押し付けて、最終的には依頼者の斉藤に全て丸投げしたんだ。だから


「何言ってんだよ。依頼は失敗だ」


「どうしてそんな簡単に失敗だと言い切れるんだ? 確かに最後に解決へと導いたのは各々の意思なのかもしれない。そこに小枝樹拓真の意思はなにも関わってはいないのかもしれない。だが、少なくとも私はお前と言う阿呆のおかげで司様に自分の罪を告白する事が出来たんだぞ」


俺のおかげ……?


「反牧下勢力の女子に絡まれた時お前は言ってくれた。私の事を友達だと。私には友達と言うものの定義は分からない。どこまでが知人でどこからが友人なのか。だがお前は迷わず言ってくれた。それで分かったのだ……。私が依頼した内容はお前を苦しめる要因でしかないのだと……」


真っ直ぐな瞳から一変、斉藤の表情は暗いものへと変わってしまった。だが、それすら俺のせいじゃないか。


今回の依頼が俺を苦しめる要因? 違う。結果的に俺が何も出来なかったのがいけないんだ。それを斉藤が気に病むことじゃない。全ては以来を受けた俺の責任。


「斉藤は何も悪くは無い。それに依頼が俺を苦しめる要因になるんだったら、俺は初めから依頼なんて受けない」


「今の私なら分かる。この結果が見えていたとしても、お前は私の依頼を請けていた筈だ」


眉間に皺を寄せ、少しの怒りを露にしながら斉藤は俺に言い聞かすように話す。


「自分で言っていても不思議に思ってしまうよ。お前と関わるようになって時間なんて殆ど経っていないのに……。だから、今から私が言う事は勘違いかもしれないが聞いて欲しい」


斉藤は一瞬の間を空ける。そして


「きっと私が思っているのだから、お前の回りも思っているかもしれないが……。お前は優しすぎる」


俺が優しすぎる……?


「そんな事はない……。現に俺は自分のやりたい事だけをやってる。他人の事なんて何も考えてない凡人だっ!! そして、自分の事を過大評価した愚かな天才だ……」


優しくなんてない。俺は自分勝手で、出来ると信じ込み、結果的に誰かを傷つけてしまう……。助けたいと願えば願うほど、俺には誰も助けられない……。


「何が天才だ。何が凡人だっ!!」


斉藤……?


「お前はつまらない自己評価で己の信念を見失ってしまう程の愚か者だというのかっ!!」


自分の信念……。


「お前の優しさは本物だ。阿呆みたいに他人の事ばかり考えて自分の事なんて考えてない。どんなに自分が悪くない結果になったとしても、自分が関わってしまっただけでお前は自分のせいにするっ!! だからこそ、はっきり言ってやろう。私は今回の修学旅行で深く傷ついた」


睨む斉藤。尻込みそうになる俺。


怖かった。目の前にいる同い年の少女が怖いと感じてしまっていた。そして俺は震える声で言う。


「や、やっぱりそうだったんじゃないか……。斉藤を傷つけたのは俺じゃないか……」


「あまり調子に乗るなよ天才風情がっ!!!!」


怒号。それは恐怖に支配されるの口実に簡単になってしまう。だが、その叫び声で俺の体中を巡っていた恐怖が解放される。


何故なのかは分からない。でも、俺は自分が天才である事を真っ直ぐな言葉で否定されたかったのかもしれない。


「お前は自分が天才だという事を理由に他人の幸福感や苦しみ、挙句の果てにはその歩みまで正しかったか間違っていたのかを判断しているっ!! それはお前の驕りだっ!! 確かに私は今回の修学旅行で傷ついた。司様に言われたくない言葉も言われた……。だが、それは誰もが通らなくてはならない道なんだっ!!」


激しく言葉を言い続ける斉藤。そしてその言葉の意味をきっと俺は知っていた。


「天才の小枝樹拓真なら分かっているのだろっ!? 人一人の力だけで他者を幸せに出来る事な無いのだとっ!! だが、凡人の小枝樹拓真も分かっているだろう……? 些細な言動が他人を救う事を……!!」


分かっていた。いや、分からないフリをしていたのかもしれない。自分の中に芽生えてしまった天才と凡人の答えが違っていたから、理解しないようにしていたのかもしれない。


誰もが抱える悩みを他人が解決する事は不可能だ。だがその他人に何かをする事は出来る。言葉でも行動でも何でもいい。その悩んでいる本人が前に進めるように何かをするだけでいいんだ。


でも俺はそれ以上を求めていた。どこかで、俺が救ったという証明が欲しかったのかもしれない。それが傲慢な答えとも知らずに……。


それを斉藤は俺に伝えようとしてくれているんだ。何度も何度も悩み答えを導きながらも、未だに何も解決できていないこの俺に……。


「私をお前に救われたと言っているだろうっ!! それは紛れもない事実なんだっ!! その経緯の中、私が傷ついた事もあっただろう。でもお前がいなきゃ私は傷つく事すら出来なかった事をお前は理解するべきなんだっ!!」


何を言ってるんだ。斉藤は傷つかなくても……。


「私の幸福も苦しみも私が決めるんだっ!! お前のような天才に決められてたまるかっ!!」


今の斉藤の言葉を肯定してしまったら、今までも俺はどこにいってしまうんだ……?


「私はな、小枝樹」


今までの感情を抑えた斉藤は静かに言葉を紡ぎだした。


「自分の犯してしまった罪を誰かに解消しえもらいたいって思っていた……。でも、それは私がどうにかしなきゃいけない事だって分かっていた。そして気が付いたんだ。私の幸せは誰かに委ねて得るものじゃないんだって……。だから聞かせてくれ」


再び訪れる緊張感。その張り詰めた空気に俺は耐えられるのか……?


「小枝樹拓真。お前は誰かの幸せを望んでいるのか……? それとも、自分が幸せだと感じれる事を望んでいるのか……!?」


斉藤の疑問は俺の心に突き刺さった。それはきっと、ずっと俺が考えないようにしてきた事柄で、答えを出してしまったら俺の意思の根底が壊れてしまいそうで怖くて考えられていなかった。


だが、今ここで斉藤に問いただされているというのが俺の進む道を選択する切っ掛けだとするのならば、俺は何を選択すればいい……!!


「斉藤……。お前が何を感じてどういう事を俺に伝えたいのか、きっとちゃんとはわかっていないと思う。でも、俺の答えは━━」


キーンコーンカーンコーンッ


響き渡る昼休みを終える鐘の音。その音が互いの耳を刺激するのに然程の時間はかからない。


そして斉藤は俺の真意を聞かないまま、その場から立ち去っていった。その行動を俺が止める事は出来ない。だってそうだろう? こんなくだらない会話をするよりも、俺等学生の本分は勉学なんだから……。


残された俺も斉藤の気配が消えてから歩みを始める。今日はこれ以上何も起こらないことを願いながら……。






 

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