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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第七部 二学期 想イノ果テニ
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34 中編 (楓)

 

 

 

 

 

 斉藤一葉さいとうかずはとどこかに行ってしまった小枝樹は、戻ってくると人形のような表情で俯いていた。


何があったのかを聞いても答えてはくれず、隣で歩く抜け殻な小枝樹をあたしはただ見つめる事しか出来なかった。


皆と一緒にいる修学旅行は楽しい。神沢とマッキーの事有りきにしても普通に楽しいってあたしは思える。こんなにも大切な友達と笑い合っていた時間があたしにはないから……。


何をするのも嬉しくて、つまらない言い合いが心地よくて……。そんな風に皆で笑っていても神沢とマッキーは笑ってくれない。


なんとなく分かってるんだ。二人が両想いだって……。だって、こんな状況なのにマッキーは神沢の行動を見てるし、神沢だってマッキーの仕草を気にしてる。


そんなの見せ付けられたら誰だって両思いだって気が付いちゃうよ。あたしみたいな馬鹿ですら分かっちゃうんだから……。


だからこそ悔しい。神沢とマッキーは一緒にいられるのに、互いの気持ちを一つに出来るのに……。どうして素直にならないんだろう……。


あたしなんか、あたしなんか……。


嫉妬があたしの心を支配しようとする。自分達の気持ちを前に向けるだけで最大の幸せを得る事の出来る存在があたしは羨ましい。どんなに前を向いたって報われない人だっているのに……。


こんな汚い感情を浮かべながら、どうやって修学旅行を楽しめばいいって言うの……? 小枝樹のあんな抜け殻な表情を見せられたら、何も出来なくても何かしたいって本気で思っちゃうじゃん……。


なら誰が悪いの……? 小枝樹にあんな顔させたのは誰……? 斉藤一葉? 神沢司? ううん、違う。


牧下優姫だ。


マッキーが神沢の気持ちを受け入れていればこんな事にはならなかった。斉藤の依頼も、小枝樹が苦しむ事もなかったんだ。


神沢の気持ちを受け入れなかったとしても、マッキーはちゃんと自分の気持ちを神沢に言わなきゃいけない。そうしなきゃ神沢だって報われないよ……。


あたしは知っている。好きな人に自分の気持ちを伝える怖さを……。その恐怖を押さえて神沢はマッキーに気持ちを伝えたんだ。あたしとは違う。大勢の前で……。


別に神沢はあたしに何かしてくれたわけでもない。ただ、友人の中に入っている一人の人間でしかない。でも、そんな神沢だってあたしにとっては大切な友達なんだ。


マッキーが嫌いな訳じゃない。ううん、前はマッキーの事嫌いだったな。でも今はマッキーだってあたしの大切な友達。


それだけじゃない。マッキーはあたしの気持ちを、あたしの心を救ってくれた大切な親友だ。


だからこそ、あたしはマッキーに言わなきゃいけないんだ。だってあたしは、マッキーの事が大好きだから……。


結局、小枝樹が戻ってきてからの事をあたしは殆ど覚えていない。気が付いた時にはホテルへと戻らなきゃいけない時間になっていた。


あたし以外のメンバーも小枝樹に何があったか聞こうとしない。気を使っているのか、はたまた今の小枝樹には何も聞けないのか……。あたしには皆の気持ちまで考える余裕がなかった。


そして夜。


ホテルに戻ってきた時、他の生徒達はとても楽しそうだった。高校生での大きなイベントの修学旅行を堪能しているといった雰囲気。その中できっと今のあたし達は浮いているだろう。それくらい今のあたし達と他の生徒には温度差がある。


夕食を終え、お風呂も入りあたしはホテルの部屋にいる。


少し長く入ると言って雪菜はお風呂に残り、夏蓮は夜風を浴びに行くと言って外へと散歩に出かけた。マッキーはどこに居るのか分からない。


お風呂から一番初めに上がったマッキー。だけどあたしがお風呂から上がって部屋に戻ってきた時にはいなかった。だから今のあたしは一人きり。


このまま部屋に一人でいたら色々な事を考えてしまいそうで怖くなった。そう思い、あたしも外の風を浴びに部屋を出る。


ホテルの廊下を歩いていても楽しそうな生徒の笑い声が聞こえて羨ましいって思っちゃった……。少しだけ歩く速度を上げて、あたしは外の世界へと逃げる。


この時期の沖縄の夜はとても涼しくて過ごしやすい。適度な気温に適度な湿気、潮の香りと優しい風。星がまばらに輝いていて、このまま幻想的なこの場所で何も考えたくなくなってしまう。


きっと皆、ただ楽しいを求めてるだけなのに……。どうしてこんなに上手くいかないのかな……。ってあたしは小枝樹に沢山迷惑掛けてるから、そんなこと言えないのにね。


あたしはどうして小枝樹に気持ちを伝えられたんだろう。一度は何も無かった事にして元通りの関係に戻ろうとした。自分の気持ちを伝えるよりも小枝樹を失ってしまうほうが怖かったから……。


でもあたしは気持ちを伝えた。あの時は雪菜があたしの背中を押してくれたんだよね……。


あたしの事なんて嫌いなくせに、小枝樹があまりにも鈍感だから雪菜が怒ってくれたんだよね……。こんなあたしを雪菜は友達だって思ってくれたんだよね……。


ならきっと、あたしだってマッキーに何かできる。それが無意味な事だと誰かに言われても、あたしはあたしの出切る事をやらなきゃ気がすまない。


もしもそれでマッキーに嫌われたとしても、あたしはあたしでいなきゃ意味なんてないんだよ。


きっと修学旅行っていう熱に当てられてるのかもしれない。でもこの気持ちは本物で、あたしの中で間違ってないって叫んでる。だから……。


このまま夜風を浴びていたらどこまで楽になれたのだろう。小枝樹に出会ってあたしも苦難な道を選ぶようになってる。


自分が苦しいだけならいいのに、誰かが苦しいなんて絶対に嫌だ。だからあたしは戻らなきゃいけない。


マッキーと話をする為に。





 ホテルの廊下。いまだに騒いでいる他の生徒を横にあたしは自分達の部屋へと戻る。部屋の扉を開き入ってみるが電気がついていない。


きっとまだ誰も戻ってきていないのだろう。雪菜にいたっては長風呂過ぎる。もしかしたら、既にお風呂からは上がっているがどこかに行ってしまっているのかも知れない。


そんな事を考えながらあたしは部屋の中へと入っていく。だが、部屋に入った瞬間、あたしが思っていた現実とは違った現状が目に入って来た。


「あ、おかえり。か、楓ちゃん」


電気も点けずに暗い部屋でマッキーが一人でいる。窓越しの椅子に座っていて、その横顔はとても儚く見えてしまった。


そんなマッキーに、あたしは


「ただいま。どうして電気つけないの?」


ありふれた質問。誰もが当たり前のように感じてしまう疑問をあたしはマッキーに投げかける。すると


「う、うん。な、なんか今は、く、暗い部屋の方が落ち着くから」


「どうして?」


マッキーの返答にすぐさま疑問をあたしは返した。


「ど、どうしてだろうね……。わ、私にも、わ、分からないや……」


困ったように苦笑を浮かべ返事をするマッキー。そんなマッキーの姿が弱々しく見えて、あたしは強く拳を握り締めていた。そして


「きっとマッキーは全部分かってるはずだよ。今の自分がどうして苦しいのか」


「……か、楓ちゃん?」


不安そうな顔であたしを見るマッキー。あたしはそんなマッキーに近づいていく。そしてマッキーの腕を掴み


「もう気が付いてるんでしょっ!? 皆がマッキーと神沢の事で動いてる事にっ!! どうしてマッキーは目を背けるのっ!?」


もう止まれなかった。さっきあたしは決めたから。今のマッキーの悪い所を全部本人に言おうって決めたから……。


「皆が頑張ってる。皆がどうにかしようって足掻いてるっ!! それなのに何で当人の神沢とマッキーが諦めちゃうのっ!? どうして自分達の気持ちに素直にならないのっ!? ねぇ、どうしてよ……。答えてよ……」


マッキーの腕を掴んでいるあたしの手は震えている。それは素直に恐怖というものがあったからだ。その恐怖はマッキーに嫌わせてしまうかもしれないという事。


嫌いな人に強く言う事なんて誰でもできる。それは何も失ったりしないから。でも大好きな人に同じ事をすれば嫌わせてしまうかもしれないという恐怖に苛まれる。


だけど好きだから、このままでいて欲しくないから……。お節介かもしれないけど、あたしはこういう人間だから……。


「や、やっぱり。み、皆は、わ、私達の為に色々してくれてたんだね……」


掴まれている腕から力が抜けていくのがわかる。そして俯くマッキー。そんなマッキーからあたしは手を放す。するとマッキーはゆっくりと話し始めた。


「き、気が付いてなかったわけじゃないの……。た、ただ怖かった……。わ、私が神沢くんのファンクラブの人に、い、苛められてるってバレた時から、す、凄く怖かったの……」


マッキーの声は震えていた。そして今マッキーが言った苛めがバレる。それは放課後に遭遇した数人の男女がマッキーを囲んでいた事だ。


あの時は小枝樹と門倉と城鐘が来てくれたからどうにかなったけど、もしもあたし一人だけだったらどうにもならなかったかもしれない……。


「か、楓ちゃんは、わ、私を庇おうとしてくれた。で、でも、あ、あのまま皆が来てくれなかったら、か、楓ちゃんが傷ついてた……。ぜ、全部、わ、私のせいなのに……」


そう言ったマッキーが小さく拳を握り締めているのをあたしは見逃さなかった。それほど悔しいと思い、それほどあたしを心配してくれていたという事なのだろう。


「だ、だから私は、み、皆から離れようって思ったの。そ、それが一番、だ、誰も傷つけないから……。そ、それに、か、神沢くんに返事を言わないのも、こ、これ以上ファンクラブの人達に迷惑掛けたくないから……」


本当にどこまでも優しい子なんだろう。あたし達だけではなく自分を傷つけようとした奴等の事も心配してるなんて……。


でも、それがムカつく。


「一番傷つけない……? どうしてマッキーそんな事できるの」


あたしはマッキーを睨んでいた。弱々しく俯いていたマッキーも今はあたしを見ていて、眉間を八の字にして不安を露にしている。


「だ、だって、そ、それが皆が一番傷つけない方法で、こ、これ以上、い、良い方法なんてなくて……」


「そうじゃない。どうしてマッキーは二学期の初めに小枝樹がやっと事と同じ事するのかって聞いてるの」


「………………っ!!」


あたしの言葉を聞いたマッキーの瞳は大きく見開く。それは自分がやって欲しくなかった事を、今の自分がやってしまっているという事に気が付いてしまったからだ。


あの時のあたし達はとても苦しかった。皆が一番傷つかない方法をとって小枝樹が一人になろうとしていたから……。


だからそれは一番良い方法なんかじゃない。皆傷つくんだよ。皆苦しむんだよ。でも、だから友達なんだよ……。


「あたし達はあの時知ったはずだよねっ!? 自分を犠牲にするだけじゃ何も解決しないって分かった筈だよねっ!?」


自然と声が大きくなってしまう。もしかしたら外の人達にも聞こえてしまっているかもしれない。でも今はそんなの関係ない。


「どうして同じ事をするの? それで一番傷ついてるのが誰だか分かる? 小枝樹なんだよ……?」


そう。きっと一番傷ついてるのは小枝樹だ。自分でも同じ事をしてしまったから強く言う事も出来ず、それでも頼まれた依頼も、友達のマッキーと神沢の事もどうにかしたいって思ってる。それが今の小枝樹を追い詰めてる。


「分かってるよ……」


小さな声でマッキーは言った。その言葉に対してあたしは


「マッキーは何も分かってないよっ!! 分かってないから一番誰も傷つかないって言う一番皆が傷つく方法を使ったんだっ!!」


「何も分かってないのは楓ちゃんのほうだよっ!!」


両手の拳を強く握り締めながら立ち上がるマッキー。そして


「私だって沢山考えたよっ? 私だってどうしたらいいのか悩んだんだよっ? 神沢くんに答えを言えばファンの子達はもっと私を追い詰める。それを言わなかったとしても私は苛められる。だったら私が皆からも神沢くんからも離れるのが一番正しい事なんだよっ!!」


感情を露にするマッキー。勢いよく言い放った言葉のせいで息を荒げている。そしてマッキーはそんな荒々しい感情とは逆に悲しげな声音で再び話し始める。


「私は友達がいなかった……。初めて出来た友達が皆だった……。そんな友達を守ろうとしちゃいけないの……? 私はそんなに間違った事をしてるの……?」


今にも泣き出しそうだった。唇を噛み締め、眉間に皺を寄せ、悲しげな表情でマッキーはあたしに訴えかけるように言う。だけど


バチンッ


あたしはマッキーの頬を叩いた。そして


「何も失った事も無いのに分かったような事を言わないでっ!!!!」


マッキーの頬を叩いた手はとても痛くて、自分の体が震えているのに気が付く。何度も何度も大声を出したせいで喉も痛くて、辛そうなマッキーの顔を見た時あたしの心も痛くなった。


頭の中はとても冷静なのに、どうしてだろう。今のあたしは冷静にはなれなかった。


「いったいマッキーが何を失ったの? 何も得た事のないマッキーが何かを失うなんていう恐怖を感じた事なんてないよねっ!? あたし達の気持ちなんて何も分からないよねっ!!」


「……わ、私は」


今にも泣き出してしまうそうな表情であたしを見るマッキー。そんな表情を見ていて辛いのに……。あたしは本当に魔女だ……。


「今のマッキーは悲劇のヒロイン気取りで自分が一番辛いって思ってる。それに皆の事を考えてるようで自分の事しか考えてない。だからあたしがマッキーに教えてあげる」


あたしは一つ息を吸った。そして


「マッキーはまだ何も失わなくて良いんだよっ!? あたしみたいに、もう手の届かない人じゃないんだよ……? マッキーだって神沢が好きなんでしょ……?」


「で、でも、それじゃ……。み、皆が━━」


「あたしが守るからっ!!」


マッキーの言葉をあたしは遮った。


「マッキーも神沢も、あたしが守るから……!! 小枝樹だったら、絶対にそう言ってくれるから……」


今の自分はきっと小枝樹に甘えているのかもしれない。そして小枝樹が今までにおこなって来た数々の誰かを助けるという行為が、どれ程難しいもので、どれ程辛いものなのかやっと理解できた。


その全てが分かった瞬間、あたしの中の何かが繋がって、あたしの感情が溢れ出てきてしまった。


「きっとあたしは最低な事言ってるよ……? 最低な事をやってるよ……? マッキーに怒鳴って、マッキーを叩いて……。嫌われちゃうって分かってるのに……」


どうして涙が止まらないの……? 辛いのは小枝樹で、痛いのはマッキーなのに……。どうして、こんなにも涙が溢れてくるの……?


自分の涙を一生懸命拭ってみるけど、全然止まってくれなくて、それでも言いたい事は沢山あって……。


「それでもマッキーは幸せになれるって信じれる……!! 神沢とマッキーが笑ってる未来が見える……!! あたし……、やだよ……。マッキーが苦しいなんて嫌だよ……」


我慢をしそれでも泣きじゃくってしまう子供のようにあたしは泣く。止まらない、止められない。これがあたしの精一杯だから……。


何度も何度も自分の瞳から溢れ出てくる涙を拭う。それでも流れ続ける涙はもう、あたしの感情とは別なものなんじゃないかと思ってしまう。


止めなきゃいけない。あたしは泣いちゃいけない。なのに、なのに……。


「楓ちゃんっ!!」


あたしの名前を呼ぶマッキーの声が聞こえると同時に、あたしの体が温かく包まれる。それがマッキーの温もりなのだと気が付くのに然程時間は必要なかった。


「ごめんね楓ちゃん……!! 私が弱いから……、私が何も失った事なかったから……、楓ちゃんをこんなに苦しめちゃったんだね……!!」


違うよマッキー……。あたしはそんな事を言いたいんじゃないんだよ……。


「楓ちゃんが言ってくれなかったら、きっとこのまま私は逃げ続けてたかもしれない……。私の勇気はB棟三階右端の教室に行った時が最後だったから……」


何を言ってるの……? マッキーの勇気……? なにそれ、あたしはそんなの知らない……。


「友達が欲しかった……。でも勇気がなかった……。だけど小枝樹くんが話しかけてくれた。独りだった私に話しかけてくれた……!! 夏蓮ちゃんも、門倉くんも、キリカちゃんも、神沢くんも……、皆が私の為に頑張ってくれたの……!!」


あたしを抱きしめながら言うマッキー。その表情は見る事が叶わなくて、だけどマッキーが涙を流している事だけはなんとなく分かった。


「その時も私は皆を拒絶して、私のせいで皆が傷ついちゃうって思って……。でも喧嘩するのが友達だって門倉くんが言ってくれて……。だけど、そのせいで小枝樹くんが倒れちゃって……」


夏休みの旅行の時に話していた内容。あの時のあたしは自分の事で精一杯で考えようともしなかったけど、これはあたしの知らない真実なんだ。


「だから怖かったの……!! 私は一度、自分のせいで小枝樹くんを苦しめてるから……。私がワガママを言ったら、また小枝樹くんが苦しんじゃう……。それだけじゃない、皆だって傷ついちゃう……。楓ちゃんが言ったように私は何も得た事なんてなかったよ……? でも、私が信じてなかった私を信じてくれる人を私は苦しめたの……!!」


マッキーが何を言いたいのか分からない。でも、マッキーが苦しんでいるのだけは分かった。


「私は得た瞬間に苦しめたの……。だから神沢くんだって苦しんじゃう……」


声の大きさが弱くなっていき、マッキーのすすり泣く声が大きくなる。だけど


「好きだよ……。私だって神沢くんが好きだよ……。でも、その気持ちに応えたら、神沢くんが苦しんじゃうの……!!」


やっと分かった。マッキーが何を言いたかったのか。それは友達というものを得た瞬間に小枝樹が倒れてしまったのがトラウマになっているんだ。自分が心を許せば誰かが傷つき苦しむ。その現状を目の当たりにしてしまっているマッキーだから、こんな選択をしてしまったんだ。


その相手が前は小枝樹だったけど、今度は大好きな神沢。トラウマになってしまっているからこそ、マッキーは身動き取れない状況になってたんだ。


それを知らなかったからって、本当にあたしは感情に任せ過ぎなんだな……。少しだけ反省。


そう思ったあたしはマッキーの身体をあたしから離し、マッキーの両頬を両手で押さえつける。そして


「大丈夫だよマッキーっ!! さっきも言ったけど、あたしが、ううん、あたし達がマッキーと神沢を守るからっ!!」


互いに泣いてしまったせいで顔なんてグチャグチャだ。マッキーはいまだに涙を流して目も真っ赤。眉間に皺を寄せてる泣いてるマッキーは本当に不細工だ。


「どんな奴が二人を苦しめようとしたって、あたしがケチョンケチョンにしてやるんだからっ!!」


そう言ってあたしは笑った。そうしなきゃ二人とも泣き続けちゃうから。


「本当に小枝樹に影響されなきゃこんな事言わないよね」


今の自分の気持ちを作ってくれたのは小枝樹だ。あたしが小枝樹を好きにならなければ、きっと今も皆とは壁を作って適当に関係を持っていただろう。でも今のあたしは違う。


小枝樹を好きになったから、誰かを好きになる気持ちが凄いものなんだって分かるから。だからあたしはマッキーに言わなきゃいけない。


「だから最後に聞いてマッキー。あたしはね、マッキーが大嫌い」


あたしの言葉を涙を止めて真剣に聞いているマッキー。その瞳は真っ直ぐとあたしを見つめていた。


「こんなにも自分とは正反対な人間で、頑張らなくたって沢山のものを手に入れられる人で、可愛くて人気あって頭良くて……。あたしはそんなマッキーが大嫌いだった……。でもね、今は違うんだ。あたしと一緒で弱くって、いつもいつも心配事ばかりで、結局本当の自分の気持ちすら誰かに教えてもらって……」


あたしは雪菜に、マッキーはあたしに。そうやって沢山の気持ちってものは人から人へと繋がって、その先に大切な気持ちへを創り上げていくことができるんだ。


「そんなマッキーがあたしは大好きだよ」


その言葉を言い終わり刹那の時間が流れる。そしてマッキーは再び大粒の涙を流し始めた。そんなマッキーにあたしは


「だから神沢の所に行って気持ち伝えて来いっ!! なにがあったって大丈夫だから」


「か、楓ちゃん……。楓ちゃん……!!」


あたしの身体にしがみ付き、マッキーは大声で泣く。そんなマッキーを抱きしめる事もしないで、あたしはそのまま優しい笑みを浮かべる。


これが本当のあたしなんだ。きっと昔から誰かの為になる事をしたかった。それがきっと嘘をつくという湾曲した考えに至ってしまっただけなんだ。


だからあたしは小枝樹を好きになったんだな。あたしの理想を体現している小枝樹に憧れたんだ。


そして少し冷静さを取り戻したあたしはマッキーに言う。


「マッキーと神沢はまだまだこれからなんだよ。大好きな人と一緒に笑って、大好きな人と手を繋いで、大好きな人と未来を夢見る。きっとそれまでには苦しい気持ちや悲しい現実が襲ってくるのかもしれない。そこで駄目になっちゃう人だって沢山いると思う。それにあたしみたいに気持ちが繋がってない人だっている……」


自分で何が言いたいのか分からなくなってしまっている。でもこれだけは言いたい。


「その、なんだろう。えっと、何が言いたいのか分からなくなっちゃったけど、その、やっぱり恋って難しいね」


誰もが抱く悲しい気持ちなんかじゃない。生きているうちに誰も好きにならない人だっているだろう。でも大半の人が恋をして傷ついて苦しんで、喜んで笑顔になって……。


好きな人が出来ると楽しい気持ちになるし、その人が浮かない顔をしているだけで自分だって悲しい気持ちになってしまう。好きな人を見て一喜一憂。


くだらないって言われちゃったらそれまでかもしれないけど、あたし達はそうやって大人になっていくのかもしれない。


傷を負えば負うほどに怖くなって身動きが取れなくなって……。それでも誰かを求めてしまう気持ちはきっと弱さではない。でも、大人になったらあたしはこんなに純粋な恋ができるのかな……?


好きで好きでどうしようもなくなって、自分の立場も考えずに大好きだって言えるのかな……? わからないや……。


だから、恋は難しい。


あたしの言葉を聞いたマッキーはあたしの身体から離れてあたしの顔を見る。そんなマッキーにあたしは


「ほら、これから神沢の所に行くんだから涙を拭く。それに文化祭の時よりも情熱的にマッキーは神沢に気持ちを伝えなきゃ駄目なんだよー?」


マッキーの涙を手で拭きながらあたしは意地悪を言う。そんなあたしの言葉を聞きながら笑みを零すマッキー。そして


「あ、ありがとう楓ちゃん。わ、私の事、た、沢山考えてくれてて……。い、今の私は、か、楓ちゃんに勇気を貰いました。そ、それに、わ、私だって楓ちゃんが大好きだよ」


思いもよらない台詞に驚きを隠せないあたし。でも、この温かさをあたしはずっと求めていたのかもしれない。


そしてあたしは笑った。マッキーの微笑みと一緒に。


「そ、それじゃ私は神沢くんの所に行ってくるね」


「うん」


もう恐怖はなくなっているみたいだった。マッキーの表情は自信が溢れていて、強い女の子の表情をしていた。そんなマッキーの背中を見つめながら静かに閉まる扉を見続けた。


今のあたしは部屋に一人。そんなあたしはタオルで涙を拭いている。そして


「よしっ!! ここまであたしは頑張ったんだ。マッキーと神沢の恥ずかしい所を覗いたって誰にも文句は言われないよね」


そう。あたしは完全に影から二人を見ることにしている。まぁこういう性格なのがあたしだよね。


マッキーにばれない様に少し時間をおいて、あたしも部屋を出て行ったのだった。








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