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天才少女と凡人な俺。  作者: さかな
第一部 一学期 春ノ始マリ
10/134

4 中偏 (拓真)

今回は少し早いペースでアップしました。

毎回続くかは分かりませんけど、頑張ります。

 

 

 

 深く下げられた頭。響きわたるロリ少女の声。この場にいた俺達は唖然としてしまっていた。


 静寂に包まれる教室。その違和感に気がついたのかロリ少女は慌てながら


「あ、え、そ、その、私は、え、その……」


 何を伝えたいのか俺にはさっぱり分かりません。この少女は誰かと話すのが苦手なのかもしれない。そんな吃る少女に一之瀬が反応した。


「貴女は確か、牧下優姫まきしたゆうきさんだったわよね」


「え、は、はい。そうです……」


 牧下と呼ばれたロリ少女は一之瀬の言葉と同時に俯き、スカートの裾を強く握った。そんな会話がされても教室内は静寂に包まれてて、今の状況をはっきりと分かっていない俺と神沢がいた。


 だが一之瀬だけは今の状況を飲み込めていたみたいで


「今さっき言った事は牧下さんの本心から言っているものなの?」


「わ、私、と、友達いなくて、で、でも、今日のお昼休みに楽しそうにしてる小枝樹くんと一之瀬さんを見て、そ、それで……」


 自分が思っている事を頑張って伝えようとする牧下。それがどれだけ決心しておこなっている事なのか、俺にはよく分かった。だが


「なら、私は牧下さんの言った事を了承する事はできないわ」


「えっ……」


 一之瀬の言葉が意外だったのか、はたまた自分の思いが、願いが叶わなかったから、届かなかったからなのか、牧下は誰もがわかってしまうくらい瞳を大きく見開き、驚きと悲しみが入り交ざった表情を浮かべていた。


 そんな牧下を見ていたら俺は居てもたってもいられなくなって


「おい、一之瀬っ!!そんな言い方ねぇだろっ!!」


「……い、いいの。さ、小枝樹くん。わ、私が、い、いけない事をしたんだから……」


 一之瀬の方を向いていた俺は、悲しい声音で言った牧下の方を向いた。


 そこにはその瞳一杯に涙を溜めて、唇を噛み締めながら震えている少女がいた。自分なりに精一杯頑張った事を否定されて、それでも泣かないと頑張っているいたいけな少女。そんな儚げな少女が俺の目の前にいた。


「ほ、本当に、ご、ごめんなさい……」


 そう言うと牧下は走って逃げ出してしまった。


 その場に残った俺達の空気は重く、誰も何も話そうとはしなかった。だが俺には一之瀬に対しての怒りが沸々と込み上がってきて


「なんで……。何であんな風に牧下に言ったんだよ一之瀬」


 込み上げてくる怒りを抑えながら、自分の感情をコントロールし俺は一之瀬へと問う。


「彼女が言っている事は間違っているからよ。私達は人形じゃない」


「間違ってる……?人形じゃない……?意味わかんねぇ事言ってんじゃねぇよ。一之瀬の言葉で牧下は傷ついたんだぞっ!!」


 強く一之瀬を睨みながら、俺の怒りは爆発した。だが


「だったら小枝樹くんは『友達になってお願い』と哀願してくる人と本当に友達になれると思っているの!?もしそう思っているのなら、貴方の頭の中は虫が湧いているわ」


 俺の視線に負けないくらい一之瀬も俺を睨みながら言った。


 だけどそうじゃないんだよ。哀願なんて牧下はしてない。普通に友達が欲しかっただけだ。一之瀬がどう感じたかは知らないが、俺は純粋にそう思った。そして


「……天才さんはやっぱり違うな。俺とは全く住む世界が違う」


 心からの叫びだった。嫉妬している俺の汚い感情。言わない様にしてきたけど、今回ばかりは止められなかった。


パシンッ


 俺が言い終わった数秒後に俺の頬を痛みがはしる。一瞬何が起こったのか全然理解できなくて、俺はただただ頬にはしる痛みを感じる事しか出来なかった。


「貴方に……。何が分かるって言うの」


 今の状況を飲み込めたのは、震える声で涙を浮かべ痛みを伴ったその綺麗な手を強く自分で握った、一之瀬の声、姿を認識した時だった。


 あの気丈な一之瀬の瞳に浮かぶ涙。頬を伝わる事はなく、瞳に溜め込めれていた。そんな一之瀬を見るのは初めてで、俺は自分が言ってしまった愚か過ぎる嫉妬心を後悔していた。


「……わるい。帰るわ」


 居た堪れなくなった俺は逃げる様に教室から出て行った。






 帰り道、俺はふと昔の事を考えていた。


 牧下優姫。彼女はどこか昔の雪菜に似ていた。きっと皆が知ってる雪菜は元気で活発、分け隔てなく誰とでも仲良くできる。そんな評価をされているだろう。


 だけど昔から知ってる俺から見たら、雪菜はただの我侭で泣き虫で、いつも誰かに擦り寄ってて、一人でいるのを怖がる弱い女の子だ。


 そしてあの牧下優姫も、俺にはそんな風に見えて仕方なかった。彼女は他人を欲してる。誰かといる事を望んでる。だからこそ、一之瀬の言った事が気にくわない。


 最後に見せた一之瀬の涙を俺は未だに理解出来ない。確かに俺が悪い事を言ったのは認める。だけどなんで、あんな顔すんだよ……。


 日も落ち暗くなった帰り道を色々な思考を巡らせながら俺は歩いていた。時折吹く、春の冷たい風が今の自分を酷く締め付けるような感じを覚えながら。


 頭の中が悶々もしていて、自分でも何を考えて良いのか分からなくなっていて。色々な事が頭の中を巡っている今の状況で俺は苦しんでいた。何が正しくて何が間違っているのか。


 確かに一之瀬が言っていた事は尤もだと思う。それでも俺の感情がそこまで追いつかないんだ。一之瀬みたいに冷め切った考えになれない……。


 一年前の俺ならきっと今の一之瀬を簡単に肯定するのかもしれない。それでも今の俺に、こんなにも感情を前に出せる俺に戻したのは一之瀬だ。アイツと関わっていなければ、こんな事で悩まなくてすんだはずだ。


 俺はいったい何を迷ってるんだ……。


 結局何も考えは纏まらず、俺は家の前についてしまった。そんな俺の家の前に見知った奴が立っていた。


「何してんだよ雪菜」


 俺は自分の家の前にいる雪菜嬢に話しかけた。つか今日は春なのに今の時間帯結構寒いぞ。いつから雪菜は俺を待っていたんだ。


「……まん」


 小さい声で雪菜は何かを呟いた。だが俺はその声が殆ど聞こえず


「は?」


「だから、肉まん」


 肉まん。それは、刻んだ野菜などをまぜた挽肉を調味し、イーストを加えた小麦粉の生地で包んで蒸した饅頭。それが肉まんだ。


 一体全体なぜ雪菜は肉まんと言ったんだ。つか肉まんって……。本当にコイツはバカだな。


「なに笑ってんのよ」


「いや、肉まんっていきなり言われたら笑いたくもなるだろ。それで俺は肉まんを雪菜嬢に奢れば良いのか?」


「……それで今日の事は許してあげる」


 むくれながら言う雪菜。俺はその言葉で少し救われたような気がした。本当に、雪菜は昔と何も変わらない。


「はいはい。ならコンビニ行くぞ」


「ちょ、待ってよ拓真」


 俺は雪菜嬢の願いを叶えるべくコンビニへと歩きだした。そんな俺の後を追いかける雪菜。何だかそれが、今は特別なように感じた。





「ほらよ、肉まん」


「……ありがと」


 コンビニ着いて肉まんを買い、俺と雪菜は来た道を辿りながら歩いている。本当に今日は春なのに寒い。昼間は少し暑いくらいだったのに、夜になればまだ漂う冬の感覚。


 吐く息が白くなるわけじゃないが、こんなに肌寒く感じていれば息を吐きたくなるのも人間のさがだ。


 俺は何も無い場所へと息を吐いたが、白く自分の息が見えることはなかった。白い息とは違い簡単に見る事の出来る夜空。どうして良いか分からない俺の気持ちを、何故だか俺は綺麗な夜空へ聞きたくなった。


 だがそれが叶わない事なのは知っている。自分で決めて、自分でやらなきゃいけない。なのに今の俺はがらにもなく神頼みをしようとしていた。


「肉まん美味しい」


 ハフハフとしながら肉まんを嬉しそうに頬張る雪菜の姿を見ているとホッとした。


「何ジロジロ見てんの。見てても肉まんはあげないよ」


「別に欲しいわけじゃねーよ」


 これが俺の日常だったはずだ。雪菜が居てアン子が居て、俺はそれだけで満足してたはずなんだ。なのにあの場所で一之瀬と会ってから、俺はおかしくなった。


 もっと何かを欲するようになった。もっと誰かと関わりたくなった。もっと、もっと……。


 自分の中で渦巻く感情が今の俺をおかしくさせている。自分を戒めなきゃいけない。俺はもう誰も傷つけたくなし、誰にも傷ついて欲しくない。


 そんな傲慢な思考が俺を苦しめる。分かっている、そんな事が出来ないのもそれが全て無駄な事なのも……。それでも泣きながら去って行った牧下が今も気になっている。


「どうしたの拓真?」


 雪菜が不意に俺の顔を覗き込みながら聞いていた。


「なにがだよ」


「なんか今の拓真は無理してるっていうか、何か悩んでるような気がしてさ」


 肉まんをハムハムしながら俺の心配をしてくれる雪菜。


「……本当に、お前は何でも分かるんだな」


「当たり前でしょ。これでも拓真とは長いし、拓真の事はだいたいわかるよ」


 自信満々に言う雪菜を見て、俺は自分の中で膨張してしまっている気持ちを吐露した。


「なぁ雪菜。もし、自分の目の前に一人ぼっちの奴が居てさ、そいつは頑張って誰かと仲良くなろうとしてて、それでも拒否されてるとしたらお前ならどうする」


 回りくどい言い方で俺は牧下の事を聞いてみた。すると雪菜は少し小走りになり


「そんなの決まってんじゃん。あたしなら、その子に手を差し伸べるよ。あの時━━」


 雪菜は俺の数メートル前まで行った後振り向いて


「あの時、拓真があたしにしてくれたみたいに」


 そう言い雪菜は微笑んだ。月の光が雪菜を照らし俺の心を浄化していくように。


「あたしあの時決めたんだ。次はあたしの番だって。だから拓真の隣に居たいの、何も出来ないけどあたしは拓真のヒーローになりたいの。拓真がどんなに変わっても、あたしは拓真に手を差し伸べ続ける」


 肉まんが邪魔して良い言葉が台無しに思えた。だから俺は雪菜の傍まで行って頭に手を置いた。そして


「……ありがとな雪菜」


 俺は雪菜の頭を撫でながら言った。そんな雪菜は頬を少し赤く染め目を細めながら


「……拓真」


ハムッ


 俺は雪菜の一瞬の隙を見逃さなかった。雪菜の持っていた肉まんを奪うように残っていた半分くらいを口で持っていった。


 そして俺が次に取る行動だ逃げるだ。


「ちょ、拓真っ!!あたしの肉まん!!」


「これは俺の金で買ったものだから、俺にも食う権利がある」


「待ちなさいよー!!!」


 雪菜の叫び声が響く中、俺はそんな雪菜から逃げるために走っている。これもまた俺の日常なんだ。今の考えから逃げるのはよくない。


 俺は俺らしくちゃんと牧下に向き合おう。雪菜のおかげで俺は昔の自分に戻ってしまう恐怖を少しは拭えたのかもしれない。あの時、雪菜に手を差し伸べた俺に戻る事はきっと間違いじゃないんだ。


 昔の自分を少し肯定しながら、俺は雪菜と夜の追いかけっこ楽しんでいた。





 翌日。


 俺は前日に言われた雪菜の言葉を思い出していた。俺があの時の俺で良いのだと。そして俺は教室に入り、いつもの様に皆に挨拶を済ませた後、ある人物の所まで行き


「おはよう、牧下」


 今目の前にいるロリ少女に朝の挨拶をした。そんな俺の挨拶が珍しかったのか牧下は俺の顔を見上げながら驚いた表情をする。それでもそんな状況は数秒で解決し


「お、お、おはよう。さ、小枝樹くん」


 俺の顔を見ずに挨拶を交わした。だが俺はそれでも良い。牧下が挨拶を交わしてくれただけで良いんだ。


「なになにー。拓真、牧下さんと仲良くなったの?」


 俺と牧下の所に雪菜が来た。


「あ、え、そ、お、おはよう白林さん」


「おはよう牧下さん」


 ぎこちない牧下の挨拶。それでも雪菜の人柄で救われたのか、少しずつ笑顔を見せる牧下。


 昨日、一之瀬が言っていた事はやっぱり間違ってる。俺は俺のやり方で頑張れば良いんだ。雪菜が居てくれた事は本当に俺の救いになった。


 そんな時、いつもとは違う雰囲気で俺の近くへ寄ってくるイケメンが居た。


「ちょっと小枝樹くん、いいかな」


「なんだよ神沢。そんな険しい顔して」


 俺は神沢に言われるがまま教室を出て行った。





「本当になんなんだよ」


 俺は神沢の用事が全く分かっていなかった。まぁ呼ばれただけで用件が分かる奴なんかいないよな。


 そんな安易に考えていた俺に、神沢は少し強い口調で話し出す。


「小枝樹くん。今君がやってる事は間違っていると思うよ」


 いったい何なんだこのイケメンは。何に対して間違っているのかも言わないで、俺に理解を求めているのが意味不明だ。


「何が間違ってるんだ?」


「牧下さんへ対する君の態度だよ」


 牧下に対する俺の態度が間違ってる?こいつは何を言ってんだ。俺はただ牧下の友達になろうとしてるだけだ。それを間違っているって言われる筋合いはない。


「俺は俺のやり方で牧下と接する。昨日の一之瀬の言い分にあてられたのか知らないが、お前に言われる筋合いはない」


「確かに昨日の一之瀬のさんの言い方は少しきつ過ぎるって僕も思ったよ。でもね、今小枝樹くんがやっている事は牧下さんを救うのに一番近い道程かもしれないけど、それと同等に牧下さんを傷つけるのに一番近い道なんだよ」


 神沢はいったい何を言っているんだ。俺は誰も傷つかない道を選んだ。そうだ誰も傷つかない。どんなに一之瀬に言われても、どんなに神沢に言われても、俺は牧下が笑って過ごせていける道を選んだんだ。


「本当に一之瀬さんが言ったみたいだね」


「……な、なにがだよ」


「小枝樹くんは牧下さんに哀願され、哀れみを抱き、友達ごっこをしようとしているだけだ」


 なんなんだよ……。どいつもこいつも……。本当にうるせぇ、うるせぇ、うるせぇ、うるせぇ、うるせぇ、うるせぇ……。


「うるせぇんだよっ!!!!神沢に何がわかんだよっ!!見た目がよくて、ずっと他人からチヤホヤされ続けてた神沢なんかに牧下の何がわかんだよっ!!」


「なら小枝樹くんにも、外見だけで特別扱いされ続けた人の苦しみは分からないよ」


 神沢が見せた笑顔は、眉間に皺を寄せ悲しみで潰れてしまいそうな笑顔だった。そんな神沢の笑顔を見て俺は思った。


 あぁ。俺はまた人を傷付けてしまったのだと。


 どんなに後悔したって過去は戻ってこない。どんなに懺悔を繰り返しても罪は償えない。どんなに自分を嫌っても誰も幸せには出来ない。どんなに自分を傷付けても誰も癒せやしなんだ……。


ドクンッ


 何でこんな時に……。やべぇ、苦しい。過去を思い出せば、昔の自分に戻れば戻るほど、俺の心は俺を否定する。


「さ、小枝樹くんっ!?」


「だ、大丈夫だ……。はぁ、はぁ、持病の発作みたいなものだから……。す、少し経てば楽になる」


 神沢は苦しんでいる俺の肩を持ち、俺の傍に居てくれた。俺の『大丈夫』を信じて、俺の傍に居てくれた。


「本当はね。小枝樹くんにこんな事言うのが怖かったんだ」


 俺の身体を支えながら、神沢は独り言を呟くように俺へ言う。


「やっと本当の友達が出来たのに、こんな事言ったら嫌われちゃうんじゃないかって思った。でもね、それでも小枝樹くんは僕の友達だから、僕の気持ちをちゃんと言おうって思ったんだ」


「……神沢」


 誰かの本心を聞くのはシンドイ。だってこんなにも綺麗な言葉を聞いたら、俺が本当に嫌な奴になる。まぁでも本当に嫌な奴だからしょうがないか……。


「ありがとう神沢。もう大丈夫だから」


 ホッと胸を撫で下ろす神沢に俺は何もしてやれていなかった。どんなに頑張っても、今の俺はただの凡人なんだと再認識した。






 結局、あれから気分が優れることは無く放課後を迎えた。


 俺の心は空虚なままで、何も感じなかった一年前を思い出す。誰を助けたいなんて、俺みたいな凡人が考えちゃいけない事だったんだ。


 それでもまだ俺に何か出来るんじゃないかと、消えかけている俺の良心が語りかけていた。


 だから俺はある人物を校門前で待っている。それが正しいのか正しくないのかは俺にはもう分からない。それでも何かに縋りたい俺の弱さが今の行動をさせているのかもしれない。


 授業が終わってから二時間。目的の人物が現れた。


「待ってたぞ翔悟」


「拓真か?待ってたって俺をか?」


 俺が待っていたのは門倉 翔悟。俺の友達だ。


 こいつとはバスケ部存続をかけた試合以来、友達をして深く関わっている。それでも部員の勧誘に忙しい翔悟とこうやって二人で下校するのは始めての事だ。


 といっても翔悟が了承してくれなければ一緒に帰る事も出来ないのだが。何だか今の俺は少し卑屈になっている。それが駄目なのも分かっているのに。


「なんだよ。もしかして俺と一緒に帰りたいのか?」


 俺の事を気にかけたのか、はたまた本気で翔悟は言っているのか。それでも今の翔悟の言葉で少し救われた気持ちになった。


「そうだよ。俺は木偶の坊の翔悟を待ってたんだ」


 精一杯俺は笑った。翔悟に余計な心配を掛けたくなかった。そう思っているのに、俺は翔悟を頼ろうとしている。それが何故なのか俺には全く分からなかった。


「はいはい。んじゃまぁ帰りますか」


 俺等は少し遠回りをしながら変えることにした。




 無言なのまま歩き続ける俺と翔悟。色々な人とすれ違いながら俺は翔悟の後ろをついていく様に歩いている。


 翔悟は何も聞かなかった。俺が何かを言いたいのはきっと分かっていると思う。それでも翔悟何も聞かない。


 俺に気を使っているのか、それでもそれが翔悟の優しさだと俺は感じていた。だからやっぱり俺から言わなきゃいけないよな。


「なぁ翔悟」


「ん?なんだ?」


「……その。友達っていったいなんなんだろうな」


 俺がいえる精一杯の言葉。今の俺にはこれしか言えない。聞きたい事の本筋を言うしか出来ない。


「んー。友達か。それって俺等の事じゃね?」


歩みを止めながら振り向く翔悟はそう言った。


「……俺等の、こと……」


「そうそう。こうやって一緒に帰ったり、バカみたいな事して一緒に笑ったり。俺は拓真に救われたから感謝してる。だけどそれが理由で友達になったわけじゃない。俺は拓真がすげぇ奴だって知った。だから友達になりたいって思った。誰か言われたとか、拓真に頼まれたとか、そういうんじゃなくて俺は拓真の友達になりたいと思ったから友達になった」


 翔悟は言い終わると気恥ずかしそうに頭を掻いた。


「俺には今拓真が悩んでる事とか、辛いって思ってる事とか、全然わかんねーけどさ。それでも俺は拓真が本気で助けて欲しいなら助ける。なにもいらない、ただいつもみたいにバカな事して笑ってられれば」


 初めて翔悟の本当の気持ちを聞いたような気がした。こいつは俺の事をここまで考えていてくれてたんだ。だからこそ俺は翔悟に全てを話そうと決めた。


「あのな翔悟。ついこの間、友達になってくださいって言って来た女の子がいたんだ。だけどそんな女の子に一之瀬は、それは了承出来ないって言ったんだよ。その子は凄い頑張って俺等の所まで来て、凄い頑張ってやっと言った事なのに……」


 俺は強く拳を握っていた。あの時感じた悔しい気持ちが蘇って、俺の心はパンクしそうだった。だが翔悟も俺を肯定する言葉は言ってくれなくて


「確かにそれじゃ一之瀬も怒るかもな。俺は別に怒りはしないけど、それでも何だか嫌な気分にはなるかもしれないな」


 何で……。どうして……。誰も分かってくれないんだ……。


 翔悟の言葉を聞いた俺は項垂れ、何もかもが嫌になってしまった。自分の間違えに気がつけない事を、自分で責めていた。


「だってさ。友達ってお願いしてなるものじゃなくないか?」


 俺は翔悟の言葉を聞き唖然とした。だって翔悟が言ってる事は正しくて、俺が考えていた事が間違ってて……。なんで、なんで気がつかなかったんだ。一之瀬の本心に。


「一之瀬が言おうとしてた事はそういうんじゃないのか」


「……一之瀬が言おうとした事」


 俺はその時、一之瀬が牧下に言った言葉を思い出していた。その言葉が頭の中で流れ続けて、俺は気がついた。


「一之瀬は牧下さんと友達になりたくないわけじゃない……。ただ、お願いしてなるものじゃないから……。だから哀願なんて言葉を……」


 俺はそこでやっと気がついた。どれだけ俺が一之瀬を傷付けたことを。


「……翔悟」


 俺は俯きながら翔悟の名前を呼んだ。そんな俺を何も言わずに微笑みながら見てる翔悟。


「わりぃけど俺、学校に忘れ物したわ」


「さっさと取りに行けよ。そんでもう忘れんじゃねーぞ」


 俺は翔悟の言葉を聞いて走り出した。忘れ物を取りに、いや違う。ちゃんと一之瀬に謝るために。


 牧下にした事も俺は謝らなきゃいけない。何だか最近の俺は謝らなきゃいけない事だらけだ。それでも、こんな俺を励ましてくれる友達がいる。今の俺はもう独りじゃない。


 俺はいったいどれだけの人を傷付ければ気がすむのだろう。そんな事もうしたくないのに。それでも俺は誰かを傷付ける。だけど後悔してても何も変わらない。


 だから俺は一之瀬に謝りたいんだ。俺に気づかせてくれたから、俺に思い出させてくれたから。俺は、一之瀬を傷付けたくない。


「……頑張れよ拓真。俺だってもう、親友を失いたくないからな……」


 徐々に離れていく翔悟の声が、微かに聞こえたような気がした。








 走っている。何も考えたくないのに、俺は今一之瀬の事を考えながら走ってる。


 もう日が暮れそうだ。一之瀬はまだ居るのかな。何も言わないで俺は今日行かなかったから、もしかしたら一之瀬も居ないかもしれない。それでも行かなきゃ。


 一之瀬があの時、何で涙を浮かべたのか俺には分からない。だけど、俺が一之瀬を泣かせたのは事実なんだ。


 あいつは天才で俺は凡人だ。でもそんなの関係ない。あいつは、あいつは……。


 俺は全力で走り、やっとの思いでB棟三階右端の教室へと辿りついた。そして


「一之瀬っ!!!」


 その扉を開けた。開いたという事は一之瀬はこの教室にいるわけで、だけど俺は一之瀬に合わす顔がなくて。それでも今の自分の気持ちを伝えたくて……。


 俺は俯いていた顔を上げた。そこに居たのは


 長い綺麗な黒髪。窓を開けていたのかその綺麗な髪は風で靡いていた。そして肌理細やかな肌、もう少しで沈んでしまう夕日がその綺麗な肌をオレンジ色に染め上げていた。


 整った顔、大きく切れ長な瞳。モデルのように細い身体の曲線。誰もが目を奪われてしまう程に完成されえた美しさ。


 そして制服の上から羽織っている茶色と白のチェック柄のジャケット、それと同様にチェック柄の帽子に、玩具のパイプ……。


 そう、俺の目の前に居るのはどこかで会ったホームズさんで


「……さ、さ、小枝樹くん!?」


………………。


「俺のシリアスを返せえええええええええっ!!!」


 俺の声が響きわたるB棟三階右端の教室。そして俺は完全に後悔していました。


 そうそう。一之瀬夏蓮という天才少女はこんな感じだった。天才なのかバカなのか分からない曖昧な奴。俺がこの教室で出会ってからいつもこんな感じだ。


 なのにあの時、あんな顔するから……。俺がここまで頑張ってしまった。


「……俺のシリアスを返せってどういう意味なの!?」


 俺の言葉にも驚いているようだが、今一番一之瀬が慌てているのはホームズの格好を俺に見られてしまった事だ。


 だったら俺にも考えがある。


「つか何で一之瀬はホームズさんになっていらっしゃるのですか」


「……こ、これは、その。ワ、ワトソンくんっ!!こんな簡単な事も分からないのかね」


 こいつホームズに逃げやがった。つかどれだけ前回を引っ張っているんだこの天才は。本当にもう、こいつは天才過ぎてついていけないよ。


「あぁ分からないね。一之瀬がこんなコスプレマニアだとは想像もしていなかったよ」


「わ、私は別にマニアという訳ではないわっ!!」


「ならマニアというのは訂正しよう。それでも一之瀬がそんな恥ずかしい格好を一人でしてるとは誰も思わないだろう」


 ここぞとばかりに俺は一之瀬は攻め立てる。これを逃したらもう二度と俺が優位に立てる状況が訪れないと思っているからこそ俺は強気に出る。


「そ、それは……。そうかも知れないけど……」


 俺の言葉を肯定しながら、一之瀬は自分で羽織っているジャケットと被っている帽子、そして雰囲気を出すために咥えていたパイプを机の上へ置いた。


 その光景がなんともしおらしくて、なんだか微笑んでしまうような光景だった。


「そ、それで。どうしていきなり来たの。今日はもう来ないと思っていたわ」


 そうだ。俺がここに来たのは一之瀬に謝るためで、一之瀬を馬鹿にするためじゃない。まぁ馬鹿にしたのは一之瀬がホームズだったからで、俺のせいではない。


「いや、その。ごめん一之瀬っ!!」


 俺は一之瀬の質問を聞き、何も言わずに謝った。


 顔を上げると、何が何だか分からないと言わんばかりの表情を浮かべている一之瀬。だから俺は自分が何故謝ったのかを説明する。


「その……。俺は自分の事しか考えてなくて、一之瀬の事をちゃんと考えてなくて、だから俺は一之瀬を傷付ける事を言った。でも一之瀬が牧下に言いたかった事は今はちゃんと分かってて、俺が一之瀬を傷付けた事も分かてて……」


 やべぇ……。俺何が言いたかったんだ。何でこんなに言葉に詰まるんだ。俺はただ一之瀬に謝りたいだけなのに、それでもちゃんと自分の気持ちも言わなきゃいけなくて。


 自分の言葉の少なさに、自分の頭の悪さに腹が立つ。だが一之瀬は


「大丈夫よ。あんな風に言われるのは慣れているから」


 俺の言葉を聞いた一之瀬は少し悲しい表情を浮かべた。だけど、俺はそんな顔を一之瀬にして欲しくなかった。


 何で、何でそんな顔すんだよ。何でそんなに強がってんだよ。確かに一之瀬は天才だよ。だけど……。


「でもね。あの時なんで貴方に怒りをぶつけてしまったのか。それはきっと寂しかったからなの……」


 寂しかった……?


「私はね。何だか小枝樹くんなら私の事をちゃんと理解してくれていると思った。今まで私に面と向って『大嫌いだ』って言ったのは小枝樹くんが初めてだったから……。でも、それは私の勘違いだった。たんなる独り善がり……。いつもならそれで何も思わないのに、なんだかあの時は凄く、寂しかった……」


 悲しみを帯びた表情で俯く一之瀬。さっきまでふざけていた奴だと思えないくらい、その表情は本当なもので。俺は後悔することしかできない。でも


「……確かに俺は天才が大嫌いだ。だけどここ最近、一之瀬と関わるようになって思ったことがあるんだよ」


 不安げな表情で一之瀬は俺は見ていた。


「一之瀬は紛れもなく天才だ。どんな事も出来るし、なんでもこなす。だけどさ、一之瀬だってその辺にいる普通の女の子なんだって、俺は思ったんだ」


 今の言葉に嘘はない。少しの間しか見ていないが、一之瀬だって普通の女の子なんだ。だから俺は一之瀬が涙を見せた時に後悔した。


 こいつは天才だ。だけど、きっとこの世界に涙を流さない天才なんかいない。天才の一之瀬夏蓮を傷付けたんじゃなく、普通の女の子の一之瀬夏蓮を俺は傷付けた。だから


「本当にごめんな、一之瀬」


 あの時と同じように一之瀬はその大きな瞳に涙を溜め込んでいた。だけどその涙はあの時の涙とは違うと俺は信じることが出来た。


「だからさ。今度はちゃんと牧下の友達に俺はなりたいんだ。協力してくれるか天才さん」


 俺は笑って言った。そんな俺を見て一之瀬は瞳に溜め込んだ涙を自分の指で拭い


「それが小枝樹くんの依頼ね。わかったわ。私が協力してあげる」


 一之瀬も、その大きな瞳を赤く染めながら笑って言ってくれた。


「ねぇ小枝樹くん。今回の件が終わったら、私の事をちゃんと話すわ」


 涙で瞳を赤く染めている一之瀬は意味深長な事を言ってきた。


「一之瀬の事ってなんだよ」


 素直に気になった事を俺は聞く。だけど一之瀬は口を濁すように


「私が何で小枝樹くんと契約を結ぼうとした事と、私が何で才能が無いものを探しているのか。その事よ」


 俺との契約、一之瀬の才能が無いもの。俺は一之瀬のその言葉を聞いた時に思い出した一之瀬の言葉があった。それは


『私には時間がない』


 そんな事を思い出していても俺は一之瀬に何も聞けなくて。でも今回の件が終わったら聞こう。俺には聞く権利がある。


 今の俺はそんな事を考えながら、一之瀬と牧下と友達になる為の作戦会議をしていたのだった。




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