1 前編 (拓真)
えっと。久しぶりに小説を書き始めました。さかなです。
今回の作品は志向の転換をしましてラブコメちっくな物を書きたいと思い書きました。
まだまだ不慣れな所もあると思いますが、皆様に楽しくご愛読してもらえれば幸いです。
この世界には向き不向きという言葉がある。人にはそれぞれ生まれた時に与えられた才能がある。
でも人が描く夢とはその能力とは関係なしに見てしまう幻という名の病だ。
その結果、この世界に生きる何千、何万、何億もの人間が苦悩し、そして諦めていった。
神は人々に平等に才能を与えなかったのだ。それがどれだけの悲しみを作り、どれだけの人間が死んでいったか神には興味も無いものなのだろう。
だから俺は憎んだ。才能という悪魔を……。
◆
今の時間は昼休み。みんなが昼食を取り、友達と仲良く世間話をしている。俺もそんな当たり前な生徒と同様に、友達と会話を楽しんでいた。
「なぁ、昨日のあれ見た?」
俺の友人Aが友人B、C、そして俺に投げかけてきた。何故俺が友人の事をA、B、Cと言っているのかというと、まぁそれまでの関係性でしかないという事の表れである。決して仲が悪いわけではない、俺にとっての人間関係とはそのレベルという事だ。だがきっとここに居るA、B、Cは俺の事をちゃんとした友達だと認識しているだろう。だから俺も付かず離れずの丁度いい塩梅な距離を保っている。
「見た見た! かなり際どかったよな!」
昨日見たバラエティ番組の話で盛り上がり始めていた。
そんなA、B、Cの会話を聞きながら俺はクラス全体を眺めていた。そこには、一人で読書をする者、自分の机に伏せ昼寝をする者、あるいは俺と同様に友達との会話に花を咲かせている者、色々な人間がいる。
その中でも一際目立つ女子のグループがある。一見すれば女子が5、6人で中睦ましく会話をしている様にしか見えない光景。だがそこに居る一人の人物のおかげで俺は嫌悪感を抱きながら視野に入れなくてはならない。その名も
一之瀬夏蓮
見た目は俺よりも少し身長は低く、長い黒髪が特徴だ。大きい切れ長な瞳はその存在価値を更に高めている。整った顔立ちに負けないくらいのスタイルの良さ。少し控えめな胸と尻だが無い訳ではないので男子の目の保養には最適な基準だ。
ついでに言っておくが俺の身長は平均だ。
元気で活発な優等生。成績も良く、去年一年生だった時の試験は全て学年首位をキープ。それどころか家の関係で部活に所属してないのにも関わらず、その運動神経をかわれてピンチヒッターとして色々な部活にも貢献している。それも体育会系の部活だけではない。文科系の部活にさえも呼ばれるしまつだ。
彼女はこの学校でこう呼ばれている
天才少女
まさに才色兼備。それに加えて運動神経も良いなんてどこの完璧超人ですか。だからこそ俺は一之瀬 夏蓮を嫌っている。
きっとおモテになるのでしょう。嫌っている俺から見ても見た目は良いし、性格も良い、ましてや金持ちときた。そんな女子に対して想いを寄せない男子の方が少ないと言っても過言ではない。
家が金持ちというのはどれ程のものなのか、彼女はかの有名な一之瀬財閥の娘なのだ。一之瀬財閥とは世界的にも有名な財閥。今の日本で言うと、銀行や自動車や地所で有名な財閥とほぼ変わらないであろう財閥だ。それと備考だが上に姉下に妹がいるらしい。
そんなお嬢様が何故こんな普通の学校に来ているのか、今ではこの学校の七不思議に入るほどの怪奇だ。
俺が何故、一之瀬 夏蓮を嫌っているのか。それはとても簡単な理由だ。
彼女が天才だからだ。
才能がある者に憧れの感情を抱く者も居れば、その反対に忌み嫌う存在もいる。俺は後者に当たる。
何故俺が天才を嫌っているのか、それはとても簡単な理由。俺には何も才能が無いからだ。
何をやっても平凡止まり、吸収力は少しばかり早いのかもしれないが、能力はいたって平均だ。ミスター平均と呼んでも良いくらいだ。
というか、そもそも俺は一之瀬 夏蓮のようにヒロイン体質ではない。ギャルゲで例えるのならモブキャラに過ぎない。顔には目も描かれず立ち絵も無い、セリフはメインキャラの声優が適当に入れた感じの物になるだろう。
だけど俺はそれで良いと思えているのだ。友達は普通に居る。勉強も中の中。見た目は……それは他人の評価を聞かなきゃ分からないのだが、俺的自己評価は中の中だ。不細工ではない、だがモテる訳でもない。そんな曖昧な所だろう。
まぁ一貫して、俺は一之瀬 夏蓮が嫌いという事だ。
全てを持っている者はどんな気分なのだろうか。俺はいつもそんな事を考えながら彼女を眼中に入れていた。
「たーくまああああああ!!」
俺の名前を呼びながら不愉快極まりない表情で距離を詰めて来る一人の女子がいた。あまりにも滑稽すぎる彼女を見て俺は
「……はぁ」
深く溜息を付いてやった。
「あたしの顔を見るなり何溜息ついてんの!? 全然意味が分からないんですけど!!」
怒りの感情を露にし、彼女は俺の目の前で頬を膨らませながら怒っている。この女子が誰なのかというと、こいつは俺の幼馴染の
白林雪菜
身長は女子の平均位だろう、俺よりも10センチちょっと低い感じだ。だけど身体つきは幼い感じが無く高校二年生として普通に良い感じの体型だ。よく雪菜を紹介して欲しいという男子が俺に話しかけてくる。こいつはこいつでモテない訳じゃないのに、馬鹿だからそれに気がつかないんだろう。
見た目は普通のギャル? なのか、はたまたデビューする感じを間違えてしまったのか、俺には定かではない。でも男子は皆可愛いと言っているのでそれでいいだろう。
髪型は昔から少しスポーティーな感じで、長すぎず短すぎずだ。明るめの髪色は校則ギリギリでよく先生に怒られている。だが、元気な女の子というイメージは決して壊さない程度のものなので誰も気にしている様子はない。
そんな幼馴染、雪菜嬢に俺は
「とりあえず先に言わせてもらうが、ノートは見せないぞ」
俺の言葉を聞いた途端に雪菜が石化した。体が硬直したと言ってもいいくらいに雪菜は自身の身体の動きを止めてしまっている。
だが、雪菜の再生能力、というか復活するスピードは並の人間以上なのだ。動きを止めた身体はゆっくりとピクピクと動きだし、そして
「なんでよおおお。拓真あああ」
「どうして雪菜は俺に頼るんだっ! つか頼りすぎなんだよ。いい加減お前も俺離れしなさい」
これぞまさに正論。ここまで言えばどんなにバカな雪菜でも俺の言葉を理解……、
「……フフフフフフフッ。何を言っているのだい拓真君。あたし離れ出来ないのは君の方だよ!」
コイツはどこまで馬鹿なんですかああああああっ!! つか俺が今言った言葉を何も理解していませんよねっ!?
涙目になり子犬のように甘えていた雪菜がいきなり魔王になってしまうのだから、世の中何が起こるかわからないという事を実感できる。だからこそ俺は何かを諦めたかのように
「……わかったよ。これで良いんだろ」
そう言いながら俺は渋々鞄からノートを取り出し、それを雪菜へと手渡す。俺はこの勝負に負けたのだ。でも敗因が全く分からない。俺は完璧な攻撃をした。防御を貫通するくらいに。だけどこのチート馬鹿には効かなかった。
敗因は俺が雪菜の耐性値の高さを見誤った事だな。うん。
そんな事を考えながら、敗因が瞬時に理解出来てしまう俺の弱さに乾杯。
「わーい!拓真いつもありがとー」
喜んで頂けるのなら幸いですよ。それでもこいつは俺の幼馴染だ。俺の事をこの学校では一番理解してくれていて、俺の苦しみを分かってくれている。だからこそ俺は雪菜を甘やかしてしまうのかもしれない。
「さっさと写せよ」
「わかったー」
俺のノートを元気よく奪取し、素早く自分の席に戻る、そして雪菜は普段じゃ見せないほどの集中力を発揮し俺のノートを完全に丸写し始めた。だが雪菜よ、お前は完全に小動物だ。餌を貰い勢い良くそれを奪った小動物が小屋の端っこで頬袋に詰め込んでいる姿にしか見えない……。お兄ちゃんは悲しいよ……。
そんな俺と雪菜の一部始終を見ていた友人Aが
「小枝樹って本当に白林さんと仲良いよな」
「まぁ幼馴染だからな」
俺は簡単な返事を友人Aに返した。だがその返しでも何だか不服そうな友人Aは
「幼馴染ってこの歳まで仲良くいられもんなのか?なんだかギャルゲみたいだな」
ギャルゲみたい……だと……? ならギャルゲの幼馴染キャラのデフォを脳内で説明してやろう。いや俺の理想の幼馴染とかではないぞマジで。
幼馴染キャラとは━━
◆
ピピピ、ピピピ
朝のファンファーレの様でいてただの不協和音にしか聞こえない機械的な音で俺の睡眠という名の至福の時間は毎日のように邪魔される。だがこの不協和音は頭の天辺にある吹き出物を押す事により静かになるとてもシャイな奴なのだ。
俺はいつもの様に吹き出物を押し、もう一度完璧防御結界という名の布団に包まる。この温かさ、人の心を簡単に蹂躙するほどの破壊力は、もはや世界平和を成し遂げる為の抑止力に成り果てるであろう完全なる武力をも備わっている。
だが神は人間が作り上げた力をいとも容易く凌駕する。
バタンッ
俺の部屋の扉が開かれた。何故だ、今日は神が現れるのが早すぎではないか?
俺はそんな状況を完全防御結界布団の中で思考していた。
「学校遅れちゃうぞ! 早く起きるのだ!」
あろう事か神は、俺の体の上に乗り、ユサユサと俺の体を揺する。なんという強制的な神の力であろう。だが俺は神に抗えるものだと信じ無言の抵抗を続ける。
「もう布団剥ぐからね!」
神は光という崇高な存在で俺の堕落しきった邪悪な心を浄化しようと試みた。だが俺の欲はそんな簡単な事では決して屈したりはしない。俺は自分の欲求のまま生きていたのだ。人間という存在を作ってしまった神にも責任は有るだろう。俺はこの世界が完全に消滅するまで抗い続けてやる。だが
「……もう。起きないんだったら……。チューしちゃうからね……」
◆
これだあああああああああああ!!!! これが幼馴染だああああああああああ!!!!
あんな小動物馬鹿の雪菜と一緒にすんじゃねーよ友人A!!!!
という感情と脳内妄想を胸に秘め
「まあ雪菜は妹みたいな感じだからな。良くも悪くも家族みたいなもんだよ」
俺は友人Aに絶対に納得してもらえないであろうセリフで応答した。そうなのだ雪菜が俺の幼馴染なだけで皆「リアルギャルゲ」だの「リア充野朗」だの。決して俺はリア充ではない。その証拠に懐かしい言葉を言ってやろう。
リア充爆発しろ。
これで気が済んだか友人Aよ。俺の心の声が聞こえるのならきっと納得してくれる筈だ。俺はお前を信じるぞ友人A。
「それでも小枝樹と白林さんは仲良すぎだろ」
お前は俺のモノローグを無駄にする気ですかこの野朗。それなら俺にも考えがある。ここは南さんの所の三女の言葉を借りるとしよう。
この馬鹿野朗。
「なんだよ。お前はそんなに雪菜と仲良くなりたいのか?」
なんだかんだで俺の言っている事を信用しようとしていない友人Aに対してストレートな物言いを使ってみた。
「ばっ、そんなんじゃねぇよ」
思春期ですかこの野朗。何を恥ずかしがっているんですか、そんな羞恥は捨ててしまいなさい。そうしないと良いチャンスを取り逃がしてしまいますよ。
だけど俺は賢者だ。君の心の中が手に取るようにわかるよ。
「いいか。良く見てろよ」
その台詞を言った後、俺は鞄の中からお菓子を出した。そしてそのお菓子の箱を開け、箱の中に入っている銀色の袋を取り出しそれを
ビリッ
開ける。そして袋の中に入っているサラダ味で縞々模様になっている棒状の11月11日に崇拝される何かを取り出し
「おーい雪菜」
「なによー。今集中してるんだから邪魔しな━━」
俺の方へと振り向く雪菜の言葉を無視し、俺は棒状のそれをまるでトライアングルを叩く棒のようにフリフリと揺すっていた。
そんな俺の姿を認識したとたんに
ダダダッ
「ハムハムハムッ」
まさに光の如く。この俺ですら見えない速度で雪菜は俺のお菓子を食べていた。だが俺はお菓子を食べている雪菜を見て少し悲しい気持ちになってしまった。
おい雪菜嬢よ。その惨めな姿を見て、お兄ちゃんは心配になってきたよ。お前は美味しそうな食べ物で変な奴に攫われてしまうんじゃないのかと。
心配している素振を表に出さないように、俺は無表情のまま友人Aの方へと向き返り
「なっ」
「なっ。じゃねーよ。小枝樹はいったい俺に何を伝えたかったんだ!」
ん?何で友人Aは俺の行動理由を理解していないんだ?というか雪菜と仲良くなりたい雰囲気を醸し出していたのは友人A、君ではないか。
だが俺は自分の言葉が足りないのだと理解し、お菓子を貪っている雪菜をほおっておきながら
「いやだから、雪菜は餌を前に出して呼べばすぐに仲良くなれるぞ。」
俺は言い終わって気がついた。それじゃあ完全にペットではないか。
犬、猫、鳥類、今では色々な動物をペットにして飼える時代だ。飼育方法が難しい動物から簡単な動物まで色々な動物達がペットとして愛されている。だが人間をペットとして飼うのはどうなのか。それは勿論、倫理的に反しているし寧ろ完全に人権を無視している。
まて、俺は17年という人生の中で雪菜を調教してしまったのではないのか。いやそれは考えすぎだ。あくまで幼馴染として長い時間を共有してきただけで、そんな調教なんて……。
「何言ってんの拓真。あたしが何も考えずに食べ物貰うのは拓真だけだよ?昔拓真に、知らない人から食べ物貰うんじゃないって怒られた事あるし。ハムハムッ」
俺だけ……だと……!? なんのフラグですか。俺は今何のフラグを立てられてしまったんですか。幼馴染特有の過去の内容を話されたら、完全に何かのフラグが立ってしまうでしょ。このバカ雪菜。
だがこれで雪菜が変な人に攫われる心配がなくなったので一安心。ほっ。
「まぁそのお菓子はお前にやるから、早くノート写しちゃえよ」
俺は間接的にノートの返却を要求した。だが雪菜は俺の言葉の意図が分からなかったらしく
「うん。わかってるよー。お菓子ありがとね」
そう言いながら再び自分の席へと戻り、お菓子を咥えながら自分のノートに宿題を写していく。
その後も友人A、そしてそれに参戦してきた友人B、Cも俺と雪菜の関係を聞いてきた。
それはもう日常的なものからエロ要素の部分まで全て。本当に俺は君達の事をこう思うよ。思春期ですかバカ野朗。
そんな話をしているうちに昼休みが終わる鐘の音が響きわたった。
◆
放課後。
雪菜は無事、五時限目の数学の宿題をクリアし安堵の表情で授業を受けていた。だが宿題をしただけで満足したのか食後の睡魔に勝てず、数学教師の皮を被った鬼にこっ酷く叱られていた。
そんなこんなで今日という一日が終わり、俺は少し嫌な気分になっていた。普通なら
「なぁ小枝樹、この後どっか遊びにでもいかないか?」
友人Aが鞄に荷物を入れ、立ち上がった後自分の席を直しながら、俺へと言ってきた。
「いや、今日は遊びに行く気分じゃないからパスで」
「おっけー。わかった。じゃ、また明日な」
友人Aはそう言うと、その他の人たちと教室を楽しげに出ていった。
そう普通なら、放課後に友人達とゲーセンやらカラオケやら、遊びに行く場所は沢山ある。俺も普段から行かない訳ではない。こんなんでも結構社交的なんですよ。
でも今日の俺は友人と遊ぶよりも行きたい場所があった。
憩いの場
そう言ってしまったら大袈裟になるかもしれない。でもとにかく落ち着く場所だ。一人でいるのは嫌いではない。だからたまに、いや最近は結構頻繁にその場所へと足を運ぶ。
自分の荷物をまとめ、鞄を肩に背負い、俺は教室を出て職員室へと向かった。
何故職員室に向かうかって? それは俺の憩いの場へ入るのに使う秘密のアイテム入手するためですよ。
何故だか自然と足早になる。俺はそれだけあの場所に依存しているのかもしれない。放課後に俺が心を癒す場所。誰もいない閉塞的な空間。誰にも邪魔されない俺だけの逃げ場。
そんなこんなで俺は今、職員室の前に立っている。
コンコン
「失礼しまーす」
ガラガラ
俺ははやる気持ちを抑え、普段と変わらないであろうテンションで職員室の扉を開ける。
だがそこはいつも俺が見ている職員室ではなかった。
「あれ?何で誰もいないんだ?」
そうなのだ。職員室の中には誰もいなかった。まさかのミステリー展開か。はたまたホラー系の超常現象に出くわしてしまったのか。なんて馬鹿みたいな考えは置いといて、きっとこの後に起こるイベントに備えたご都合展開でしょ。
はぁ。時空と次元を超えた世界の干渉が一番めんどくさいのだと分かっていても逆らえない領域か……。ならいっその事思い切っていきましょうか。
「誰もいないんですかー?如月先生ー?おーい、アン子ー」
俺は何かを強く決意して、今の流れに身を投じた。この後起こる悪夢は、まぁなんとなく想像してたかな。
「おい。私をアン子呼ばわりする不届き者は誰だ」
この展開、昔から何度も味わっているのに何故だか毎回怖がってしまうチワワな僕がいます。何故でしょう、声が聞こえた背後を僕は見ることが出来ません。だってそうでしょう。素人でも分かり易い位の殺気を出されてしまったらもう蛇に睨まれた蛙ですよ。僕はこのまま動く事も出来ずにただただワンキルされるのを待つだけなんです。
だが俺は負けない。このラスボスを倒して絶対にエデンに行くんだ。
そう。俺だけの楽園に!!
俺は恐怖を完全に拭いきれないまま、恐怖の大魔王へと体の向きを変えた。だがそこいたのは決してRPGのラスボス魔王ではなかった。
「拓真。お前この後どうなるかわかってるよな」
はい。この世界に普通に顕現している空想でも幻でも夢物語でもない。
うん。鬼です。
「ま、待てアン子。俺が悪かった。マジで謝る。だから勘弁してくれ……」
俺は最終奥義『泣き寝入り』を発動させた。だが
「拓真。いや小枝樹君。何度も何度も注意をしたのを覚えていないのかな━━」
鬼は怒りの表情からまるで菩薩様の如く優しい微笑みを浮かべていた。でもね、菩薩様は拳をパキパキと鳴らしたりはしないのですよアン子お姉様。
「━━学校でアン子って呼ぶなって言ってんだろがあああああ!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさいいいいいいいいい」
決して平謝りではない。本気で謝らないとマジでワンキルされるから。
本気で謝らないとマジでワンキルされるから。
大事な事なので二回言っておきました。
◆
そして俺は今、職員室内に入り、如月杏子先生にお説教をされています。それはもう素晴らしいくらいのお説教の図ですよ。はい。
先生が自分の席に座り、俺がその御前で両手を後ろに組みまるでヤンキーが先輩に呼び出されている状況と全く変わらない感じである。
いや、如月先生はあくまで教師としての業務をこなしているだけですよ。別に先生がヤンキーとか不良とか何か危ない存在とか微塵も思ってないですからね。これ大事。
そんな現実逃避的な考えをしていても説教は終わらないわけで……。
「拓真。お前は何度言ったらわかるんだ。確かに私はお前の幼馴染のような関係だが、歳も離れているし今じゃお前の担任でもある。他の生徒にも他の先生方にも示しがつかない事はお前でもわかるだろう」
はい、その通りです。この女性『如月杏子』は俺の幼馴染みたいな存在で、今は俺の通っている高校の先生でもあります。俺が如月先生をアン子と呼ぶのは昔の付き合いがあるからです。
ではアン子……、もとい如月先生の説明をしていきましょうか。
身長は俺とさほど変わらず体重は知らない。だがその豊満な胸は存在感があり、胸から下にいくラインのクビレは素晴らしい。そして胸と同様にこれまでかと言わんばかりに強調された尻。もう何て言葉で言ったらわからないですよ。はい、ナイスバディです。
簡単な事だったみたいですね。
髪はエレガントに巻いてある美しい茶髪。栗色の淡いその色は男子の心を鷲掴みする事間違いなし。いやヒイキにしている訳ではないですよ。別にアン子……、如月先生が怖いとか言っている訳ではないですからね。
だから俺は俺を疑っている奴等に勇姿を見せてしんぜよう。ここからは俺個人のアン子の解説である。
まず種族は悪魔、属性は闇、ステータス説明を入れるのであれば攻撃∞、防御∞、俊敏性∞、知性57。こんな感じであろう。何で知性が∞じゃないかって?そんなの本人を見てたら━━
ガバッ
俺は何者かに頭を鷲掴みにされていた。簡易的に説明しよう。これは俗に言うアイアンクローである。
「拓真……。私が有難い説法をしているのにもかかわらず、脳内でなんていう下品で侮辱的な私の事を考えているんだ」
何故だ……!! 何故この人は俺のモノローグが見えるんだ。いや待て冷静になるんだ俺。頭部にはしる痛みなんかこの際忘れてしまえ。
「いだだだだだだだだだだだだだっ!!」
忘れられるわけがなかった。凄い痛いです。頭部が……頭蓋が陥没してしまいます。お、お姉様もうやめて………。
お姉様、俺はテレポートとか出来ないから。淑女風変態中学生じゃないから。よく分からない警備組織に属していないから。つーか俺、超能力者じゃないからああああ!!
ドサッ
「この痛みでお前がどれだけ悪い事をしたか理解したか?」
俺は万力のような拷問具から放され、膝を着いて項垂れていた。ここまで人は進化してしまうのか。寧ろ蛇使い座か何かを、大蛇か何かをその右腕に宿したのではないのかと疑問に思ってしまうくらいだ。蛇使い座こえー
危なく肉体ごと魂を持っていかれる所だった。だが俺はまだ死ねない。俺はエデンに……、俺だけの楽園に行かなくてはならないんだ。こんな26歳アラサー女に負けてたまるか。
ガバッ
「お前、また何か良からぬ事を考えただろう。お前はあれか、そんなに私に虐められるのが好きなのか。そうかそうか、ならいっその事お前の頭を卵の様に潰してやろう」
「いだだだだだだだだだだだだっ!! な、何にも考えてませんから!! 俺の身は潔白だからっ!マジでアン子……、如月先生許してくださいいいいいい」
ドサッ
俺の純粋までに清らかな謝罪により、魔王……いや、如月先生のアイアンクローから解放された。
つか二回目は完全に俺の体が宙に浮いてたからね。アイアンクローで人を浮かすとか漫画でしか見たこと無かったよ。人間技じゃないよマジで。
「というか先生。ふざけた事を言ったり、ふざけた事を考えたのはいけない事だと思ってますけど。そろそろ本題に入って良いですか?」
俺は大ダメージを喰らいながらも、少しずつ自然治癒で体力を回復させやっとの思いで本題に入ることが出来た。
だが俺の思いは簡単には伝わらなかったみたいです。
「お前……。やっぱりふざけた事を考えていたんだな。なら私裁判でお前は死刑だ」
「ま、待って待って!! これ以上このくだりやってたらキリないから!!」
俺は必死の抵抗をみせた。こんな事でアン子が許してくれるとは思わないけどね……。
「まぁいい。今日の所はこれ以上言及しないでやろう」
あれ? 許してもらえた? 奇跡が起きた、今俺の頭の中では天使達がファンファーレを奏でている。神への祈りがようやく届いたみたいだ。あぁ涙が流れてくるよ。
ではなくて
「それで本題なんだけど。いつもの場所の鍵を貸してもらいに来ました」
本題の内容を、確実かつ簡易的に俺は説明した。寧ろ俺が放課後に職員室に来た時点でアン子は俺が何を求めて来たのか分かっていた筈だ。
次の瞬間、俺はアン子の言葉の意味を直ぐには理解できないのであった。
「あーそれなんだが。もう違う奴に貸した」
………。………。………。………。………。………。
フリーズしています。しばらくお待ち下さい。
………。………。………。………。………。………。
「はぁ!?」
硬直が解けた瞬間に俺は大声を出していた。だが俺の反応は間違っていない。だってアン子は
「なんでだよ。俺以外の奴にあの場所の鍵は貸すつもり無いって前に言ってたじゃんか!」
俺は声を荒げながらアン子に抗議する。今も言った通り、一年前俺があの場所の鍵を貸してもらった時にアン子が━━
◆
一年前 放課後
「おい拓真。学校には慣れたか?」
担任で数学教師、それでいて俺の幼馴染みたいな関係の女が話しかけてきた。この頃の俺は少しやさぐれている感があった。
何もかもが無意味に思えていて、何もかもが俺には関係ないと思っていた。まぁ所謂、ニヒル絶頂期ですよ。今も何だかんだニヒル的思考は残っているが、この時の俺よりかは幾分マシにはなっていると思う。
「いや、慣れたかって言われても。まだ入学して一ヶ月しか経ってないし。」
無気力な表情のまま俺はアン子に答えていた。するとアン子がニヤニヤと笑いながら
「拓真。お前は相変わらずませてるな。お前の考え方は一つの方向に偏り過ぎだ。もっと静かな場所で冷静に考えてみろ」
そう言うとアン子はスカートのポケットの中から何かを取り出し俺に手渡してきた。俺はそれを何も考えず手に取った。
「なんだこれ?鍵?」
「そうだ鍵だ」
自信満々に言うアン子。俺はアン子が何を考えていて、何を俺に伝えたいのか全くもって分からないでいた。
「この鍵がなんだ?」
俺は今自分の頭の中に出てきた疑問をそのままアン子に伝える。すると俺の質問はすぐさま返答される事になる。
「ん?その鍵か?それはこの学校のB棟の三階、右奥の今は使われていない教室の鍵だ」
「なんでアン子がそんな場所の鍵を持ってんだよ」
当たり前の疑問だ。使われていない教室の鍵なんて職員室か校長か誰かに管理させておけば良い。アン子が持っている意味が分からん。
「んー。皆で管理してるとたまに誰かが掃除とかしなきゃだろ? だから個人に管理してもらった方が先生達も都合が良いわけ。そしてクジでそれを決めたら私がなってしまったわけよ。だからあの教室は今や私の私物だ」
私物なのかどうかは疑問が残るが、ようは面倒な仕事を押し付けられたのか。今の説明で俺は少し納得した。それでもアン子が俺にその教室の鍵を渡してくるのは分からない。
「何でアン子がその教室の鍵を持っているのかは分かった。でも俺に鍵を渡す意図が分からない」
俺は自分の手の中にあるその鍵を見つめながらアン子に問いかけた。シリアスな感じに話している俺に対して、それとは相反する表情でにこやかに微笑みながらアン子は
「だから、あんたはそこに行って少し考えてみなさい。誰もいない閉塞的な空間で考えてみなさい。自分の事とか他人の事、これからの事、昔の事、全部もう一回考えてそれで変わらなかったらそれでもいい。でも私的には少しくらい変わると思うんだけどね。拓真は雪菜みたいに馬鹿じゃないからね」
そう言ってアン子は更に笑ってみせた。この時の俺はアン子の言葉の意味を完全には理解していなかったんだと思う。
アン子の言葉を信じたわけではない。でも少し期待している俺がいるのも確かだった。だから
「わかった。今から少し行ってみる事にするよ」
「そうこなくちゃね」
無邪気に笑っているアン子が羨ましく思えた。俺にもそんな時があったのに。でも今はこの鍵の教室に行くのが先決だ。
俺はそう思いながら最後にアン子に質問を投げかける。
「なぁアン子。この鍵って他の人とかに貸したりするのか?」
「え? いや今の所あんた以外に貸すつもりはないわよ。幼馴染プライス。それじゃーねー」
そう言いながらアン子は職員室へと戻っていった。そんなアン子の後ろ姿を見ながら俺は
「考えが変わる……ね……」
そう一言呟き、B棟三階右端の空き教室へと足を運ばせた。