死の巣
首に、鋭い痛みが走る。それが何を意味しているのか、王子はすぐには理解できなかった。
「っ何を……」
気付いた時には、もう遅かった。姫を振り払おうとしても、腕に力がはいらないのだ。それどころか、全身の感覚が麻痺し始めていた。
「何……をして……」
ひどくかすれた、か細い声で、彼は問うた。自分の首筋に白い歯を突き立てている、美しい彼女に。血を啜っているのだ。自らの瞳と同じ、真っ赤な液体を。
「ご気分はどうです?」
楽しげな声音で、彼女が問う。
「………」
もう、話すこともままならない王子を前に、姫はクスクスと笑った。
「貴方は、私の毒が完全に回って、じきに動けなくなります……」
「……っ!!」
「そうしたら、私は貴方の血を吸い続ける……仕舞いには肉も……ですから、つまり……貴方は死にます」
王子が、何か言いたげに必死に口を動かす。だが、渇いた唇からは、虚しくも微かな掠れ声がこぼれ出ただけであった。
「ふふふ。死ぬ前に、全て教えて差し上げましょう。良い冥土の土産になるでしょうから」
姫は深紅の瞳を細め、そっと王子の頬を撫でた。その顔は、愛しい我が子を慈しむ聖母にも似ていた。
「……私は、蛛。この白く高い『巣』に住まう蛛です。餌となるのは、そう、貴方様のようにここに迷いこんできた者。その血を啜り、肉を喰らい、生きる糧としています。私が人を喰らえば喰らうほど、この塔は高くなる……」
「カランカランカラカラン……」
あの音が鳴った。王子をこの場所に導いた、今となっては忌まわしいあの音が。
「あら、丁度良い時に。この音は、前に私が食べた者たちの音。この塔の最上階で鳴っています。最上階にあるのは……骨です。まだ使い物にならないので、干しているのです。その骨たちが乾ききったら、それを臼で挽いて、粉にする。そして、特別な土と、骨の粉と、私の糸とを混ぜる。そうすると、ちょうど真っ白な粘土のようになるのです。……そうして、何をすると思いますか?」
彼女は、暗闇の中でもほのかに光を放つ、無機質な白い壁に触れた。
「……そう、その粘土で、この塔を造ります。魔法の力も借りて、少しずつ積み上げていきます。ですから、私が人を喰らうほど、この『巣』は高くなるのです。この塔は、今まで食べてきた者たちの命の結晶。骸を積み上げて造った、『死の塔』です。―――そこに迷い込んだ以上、貴方もこの『死の塔』の一部になっていただきます……」
そう言うと姫は、ただ恐怖に震えることしかできない王子の首筋に、紅い唇を付けた、と思われたが、ふと思い出したように口を開いた。
「……私は、血が大好きなのです。味も、見た目も。血の赤は、どんな赤いバラよりも美しいわ。だから、この布団の刺繍も、魔法で色が落ちないようにした鮮血で、私の糸を染めて縫い付けたものなのです、他の赤い模様も、全て…………ね、とっても奇麗でしょう?」
彼女はあどけなく笑う。月が雲に隠れたらしく、部屋の中には、影をかき集めたような、濃く黒い闇が満ちた。