白い塔
王子は、森へ散歩に来ていた。空は青く澄み、爽やかな風が吹いている。絶好の散歩日和である。彼はあごまである亜麻色の髪を風になびかせ、愛馬のクレロデンドルムに乗り、森を駆け回っていた。
「カランカランカラカラン…」
王子が森の奥のほうまで来たとき、何か音がした。堅くて軽い石か何かが、お互いにぶつかり合っているような音である。王子は好奇心をそそられ、音のするほうへ馬を走らせた。
三十メートルほどもある巨大なブナの間を駆けて行くと、ぽっかりと広場のようになっている空間に着いた。彼はそこで馬を止めた。――塔があったのである。二十メートルもあろうか。白い、レンガ造りであった。日の光を反射し、まぶしいほどに輝いている。
「カランカランカラカラン…」
また、音が鳴った。その、白い塔からである。どうやら、風が吹くとその塔のどこからか、あの乾いた音が響いてくるようであった。
王子は、塔に近付いていった。髪長姫を思い出していた。昔聞いた噂では、その姫は高い塔の上に魔女に閉じ込められており、いつも美しい声で歌を歌っているとのことだ。そして魔女が声をかけると、編んだ、長く美しい髪を垂らし、それに魔女をつかまらせて塔の上に引き上げるという。もしかしたら、そんな姫がこの塔の上にもいるのかもしれない。彼は胸に期待を抱き、塔を見上げた。誰かがいる様子はない。歌も聞こえないし、もちろん髪も垂れてこない。王子は少しがっかりしながらも、塔に向かって叫んでみた。
「誰か、いるのですか」
何も返事は無い。
「カランカランカラカラン…」
また、音が鳴る。聞けば聞くほど、寂しげな音だった。王子は、もしかすると風のせいではなく、誰かが鳴らしているのかもしれないと思い、もう一度、叫んだ。
「誰か、いるのですか」
王子のよく通る声が、虚しく辺りに響く。
「…………」
何かが聞こえた。高く、小さなか細い音。鳥のさえずりかもしれなかった。だが、王子は何故だか自分がよばれている気がしてならなかった。
「カランカランカラカラン…」
寂しげにあの音が響く。彼はクレロデンドルムから降り、塔の周りを回ってみた。すると塔の裏に、木でつくられた扉がある。
王子は、その扉の取っ手にそっと手をかけた。
「キイィー…」
軋んだ音をたてて、扉が開いた。