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剣と、魔法と、そして明日と  作者:
第1章「幼少編」
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第5話

 【(8年前) カーナ村 外れの森 ノリムネとクラサの家】


「……雨か。」

 ベッドでクッションに身を預けながら休んでいたクラサは窓の外に広がる曇天からパラパラと落ち始めた雨粒に気が付いた。

 明るく美しい栗色の長い髪は病気の悪化と共に色は薄くなってきた。

 しかし雪の様に白く透き通る肌、ぱっちりとした黒い瞳は相変わらずで美しさを保っている。


「(洗濯物取り込まなきゃいけないわね。)」

 パタンと読んでいた魔術書を閉じてそのまま枕元に放り投げ、そのまま立ちあがった。

 が、フッと目の前が暗くなり、膝をついてしまう。その際、触れてしまった花瓶が床に落ちてしまい音を立てて割れてしまった。

「(あらま。お気に入りだったのに。)」


 ドタドタドタッ!


 音を聞きつけたノリムネは血相を変えて部屋に飛び込んで来た。

「クラサ!大丈夫か!?クラサっ!」

「大丈夫よ、ノーちゃん。ちょっとクラっときただけよ。それよ」

「しかし花瓶がっ!怪我は?!怪我とか!?怪我とかっ!?」

「だから大丈夫よ。それよりあ」

「いや待て俺が確認する!ちょっと見せてみろ!」

「いやだから、雨が」

「クラサ!クラサっ!!」


 クラサは少し呆れながら手の平で軽くノリムネの頬へ触れた。


 パキパキッ!


 空気中の水分が氷結し、ノリムネの頬を凍らせる。

「つつつ冷たい!ク、クラサ何するんだ!?」

「人の話を聞きなさい。雨よ。」

 窓の外をビシッと指差しながらノリムネを諭す。 


 長年連れ添ったこの美しい彼女は口数が少なく、ぶっきら棒だ。

 だがずっと一緒に居たノリムネはクラサが何を考え、何を思い、そして想うのかが表情や雰囲気を見るだけで解る様になった。なぜかこれを彼女に指摘すると怒るのだが。


「洗濯物か?いやそんな事より今はクラサの」

「しっかり凍らせないと解らないの?」


 ノリムネはビシッと直立する。行ってきます!と言ってそそくさと外へ出て行った。


 クラサはそんな彼の後姿を見送る。

 彼女は彼の事を呆れながらも嬉しく、愛おしく、感謝をしていた。


「(戦いの時は冷静沈着で部下の信頼も厚くて、場合によっては冷徹冷酷とも言える判断も辞さなかった雷鬼(いかずちのおに)はなんで私の事になると駄目な人になっちゃうのかしらね?……やっぱり愛されてるって事かしら。うふふっ。)」


 頬を凍らされたにも係わらず、洗濯物を取り込みながら滲み出る冷や汗。

「ま、また怒られてしまった。そりゃ氷雪姫(ひょうせつき)なんて呼ばれる訳だわ。恐すぎる。……まぁ俺は他人が知らない彼女の可愛い所を知っているがな。ふっ。」


 50歳を過ぎても仲睦まじい夫婦だった。



 ―――1年前の世界大戦。それは人と人との戦いでなく、人と魔物との終わりの見えない戦いだった。

 空間が歪み、其処(そこ)から出現する魔物達は大変な脅威だった。

 魔物達の中には邪竜と呼ばれる街を一瞬で消し飛ばせれる様な力を有したモノも数体確認され、本当に地図から消えた街や国も少なくなかった。

 各地域、各国が自国の戦力で協力対抗したが、無尽蔵で無秩序に湧く魔物に人々はジリ貧を強いられた。

 しかし開戦宣言から半年が過ぎた辺りから、魔物の発生が減少し、(つい)には歪み現象は無くなった。


 終わりを迎えた()の世界大戦は不安を残す結果となった。


 開戦時には既に退役して第二の人生を歩もうとしていたノリムネとクラサ夫婦だったが、己達の身を守る為にと参戦を決意し多大な戦果を挙げた。

 それは結果としてクラサの病を悪化させ、寿命を削る結果となってしまったのは言うまでも無い。



 今日の夕飯はクラサのシチューだった。

「うん!美味い!俺の嫁はやはり天才だな。」

「うふふ、ありがとう。」


 昼に降り始めた雨は今や本降りへと変わっていた。

 屋根に強く打ちつける雨の音は絶える事が無い。


 夕食後のお茶をしていた二人は何かの違和感を感じていた。

「ノーちゃん。」

「……クラサが察したのなら間違いないか。」

 窓の外へ鋭い眼光を向ける。

「ええ、強い魔力、そして波動を感じるわ。」

何処(どこ)からだ?敵か?」

 ノリムネは既に愛刀を身に寄せていた。


 今の時代、強い魔力を発する魔術士は少ない。

 それは魔耀石の活用も原因にあるが、魔法を教授できる環境が無く、さらに魔法はセンスと魔力量に左右される為、良い魔術士が育ちにくいのだ。


 なので強い魔力を発するとなると、自分達の命を狙う者か魔物のどちらかである。

 しかし、クラサは首を振る。

「敵意は無いわ。……こっちを視ている?……ついて来いという事?」


 クラサの最高レベルに近いと言われる魔術士としての感覚が研ぎ澄まされ、見えない誰かの真意を汲み取る。


「俺が行こう。」

 立ちあがると外へ出る為の扉に向かう。

「あたしも行くわ。」

 ノリムネはクラサの瞳を見る。

 意思の強さを感じさせるこの瞳の時は、何を言っても無駄だと理解している。


 コクリと頷くと、二人は雨天用の外套(がいとう)を着てから外へと出た。

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