第3話
【バルゴ魔耀研究所 アウスト私室】
「貴様ら何をしているっ!魔力を抑えないか!実験用の魔計器に影響が出るぞ!」
ノックもせず乱暴に部屋へと入ってきたシアン・ランエーズ所長は怒鳴り声を上げた。
壮年のこの男はバルゴ魔耀研究所の最高責任者であり、魔術士としてもそれなりに実力を持つ。
ちなみに外部者の前では知的で冷静な風を装っているが、本質は気性の激しい男である。
そんなシアンの顔を見てショウは吹き出しそうになるを我慢するのにいつも必死だった。
だって、かお赤すぎるでしょこのおっさん。ぷぷっ。
ショウの顔を見て何を考えているか察したシアンは余計に顔を赤くしたが、無視をしてアウストに近寄った。
アウストは微笑んだままだ。
小さく舌打ちをしてから、グッとそんな優男を睨んだ。
「壱号、貴様に陸号の教育を任せたのは私だが、それは判断を誤ったようだな。失敗作が成功作にものを教えるなど所詮は無理な話だったか。」
は!?なんだとこの赤ダコ!
「アウストのわる口をいうな!」
「生意気だぞ小僧!お前がこの世に居られるのは誰のお陰だと思っている!」
ショウの反論に間髪入れず怒鳴るシアン。
アウストは車椅子に乗りながら深く頭を下げた。
「申し訳ありません所長。全て私に責任があるのは確かです。後でショウにはよく聞かせておきますので御怒りを治めて頂けませんか。」
同時にショウの頭を自らの手で強引に下げさせる。
ふんっ!と鼻息を吹きながらも遜った言い回しに満足したようだ。
「まぁいいだろう。私は貴様らと仲良くお喋りをする為に態々足を運んだ訳ではない。」
ぜんぜんなかよくなんかないわ!ばーか!
「壱号、貴様は明日から耀鉱山ノーヴェで魔物の調査活動に参加したのち、そのまま王都に向かい直接報告を行え。これは本国からの命令であり、決定事項だ。」
詳しくは後で使いを寄こすと言い、ショウに一瞥もくれずに部屋を出て行った。
無能で単純な男。これがアウストのシアンに対する評価である。
「う~ん、ただ嫌味を言いに来ただけでは無いとは思いましたが、どうも面倒事に巻き込まれたようですね。」
ショウに向き直りながら溜息をついた。
「アウスト~。いっちゃうの~?」
「本国からの命令ですから仕方がありませんね。ふふっ、そんな情けない顔をしないで下さい。」
「でも、いきなりなんなんだろうね。きゅうにおしごとがきまるなんてあんまりないよね。」
「そうですね。でも内容はなんとなく判りますよ。私に白羽の矢が立ったのは妥当でしょう。」
流石はアウストだと思った。
新鮮で正確な情報を得るのは事を有利に運ぶ為には絶対的に必須だ。それは彼がこの少年に口煩く言い聞かせた事のひとつでもある。
彼は独自の情報網が有るらしく、常に最新情報を持っている。
ただしショウはその入手経路を知らない。というかアウストは教えてくれなかった。
「でもあまり研究所内で喋って良い内容で無いんですよ。部屋の外には監視役の騎士が居ますしね。……なので外でご飯でも食べながらというのはどうでしょう?」
声を顰めながらアウストは今日一番の笑みで提案した。
最初は何を言われたか解らなかった。
その内容を理解した時にはアウストに身体を抱えられていた。
二人を乗せた車椅子を中心に淡い光の魔法陣が展開する。
瞬間、世界が歪んだ。
―――ぽいっ。
地面に抛られた。
痛みは無い。
天然の寝床が優しく自分を包み込む。
生まれて初めて触れた。
聴いた。
感じた。
青く茂る草原で彼は天を仰ぐ。
そこにはどこまでもつづく空がひろがっていた。