第10話
【カーナ村 広場】
ヒナミはベンチに座ったまま呆然と北を見つめた。
ありえない。ううん、ありえないこともないけど、やっぱありえないって。
彼女には煌々と輝いたその光の正体を感じ取っていた。
集まっていた[ミネラル・クラウン]のメンバーもその光を見ただけでそれが何なのか判断は出来たが、彼女の様に感じ取れた者は副隊長のひとりであるAgの名を冠するアリス・ニコレルを含めて僅かに2名だった。
ヒナミがありえないと思ったのも当然である。
現在、所謂魔術士と呼ばれる者達は減少の一途を辿っている。
魔耀石の普及、教育環境、宗教なども原因であるが、一番の問題はセンスや魔力量という個人の能力に左右される点である。
金、労力、時間などを使って一人の魔術士を育成するよりも、魔耀石という媒体を使用して魔法を駆使する方が遥かに効率的で経済的なのである。
現実、魔術士が火を出して料理をするのと、火耀石を魔耀制御器で介し、焜炉として料理をするのとでは雲泥の差が生じる。この焜炉は現在、一般的な家庭でも使用されている。
しかし魔術士のメリットも有る。それは威力と調節力と応用力である。
それにより国によっては魔術士の育成に力を入れる所も存在するが、やはり一般兵士が魔法を使えるというメリットにより、魔耀石が魔法というシェアを占めている。
ヒナミ達が見た光はまさしく魔法。
そして魔耀石と魔耀制御器では出せない威力と濃度。
厳密にはこの規模の魔法を行使できる魔耀石と魔耀制御器は存在するが、希少なモノか国宝級の兵器である。おいそれと出せるモノでは無い。
そして感じ取るという感覚。
魔法を感じ取る事が出来る者。それはセンス、血筋。魔術士に成り得る事の出来る条件でもある。
カーナ村に居る者ではヒナミそして副隊長アリスと獣人族の隊員の3名のみしか感じる事が出来なかった。
しかし3名は魔法を使う事は出来ない。現状では魔法を使えるかもしれないという程度でしかない。
魔術士になるとはそれだけ難しい事なのだ。
ありえないこともないけど、やっぱありえない。
北に輝く魔法光を呆然と見つめていたのは[ミネラル・クラウン]のメンバーも一緒だった。
各々が我に返ると場が騒ぎ始めた。
今回、行方不明者の捜索は戦闘や護衛などの実践経験の浅いメンバーが大半を占める状態で行わざるを得ない状況だった。
研修として安全な採掘護衛を行う予定だった為である。
すると動揺を隠せないルーキー達の前に、背筋を伸ばしながら颯爽と女性が現れた。
纏めた長い金髪を靡かせ、アリスは自分の身の丈近くもある細身で両刃の長剣を鞘のまま片手で地面へと突き刺した。
ドッ!
瞬間、喧騒が静まり、彼女へ視線が集中する。
蒼いドレスローブに胸当てや脛当てなどの軽めの鎧で動きやすさに重点をおいた装備。凛々しい顔つきに碧眼の彼女は美しく、そして意志の強さを感じさせる。
アリス・ニコレル。[ミネラル・クラウン]幹部の証であるAgの名を冠する24歳。最年少幹部である。
「落ち着いたか?今後ギルドの仕事をしていると色々な事が起こる。私にも、君達にも、誰にも予測出来ない事態だって出てくると思う。だからといってバタバタと落ち着きも無くしていたらダメだ。私達の動揺は護衛対象にも伝染する。何事も冷静でいなさい。これは私の恩師からの言葉でもある。」
アリスはルーキー達を諭しながら内心溜息を吐いていた。
「(まったく、次から次へと……厄日が続くわね。でもさっきの魔法に嫌な感じが無かっただけまだマシかしら。)」
「アクリア、斥候……とまではいかなくて良いから光源地の確認をして来てくれ。油断せず、様子見だけで直ぐに帰ってきて。」
「了解ですニャ。多分ですけど魔法を行使した人は悪い人じゃない気がするニャ。」
「確定はできないから深追いは禁物。行って。」
獣人族の猫科であるアクリアの容姿は二足歩行で装備を整えているという以外はほぼ猫である。
アリスからの指示を聞き、飛び出した途端に四足歩行に変わり、90cmほどの小さな身体を撓らせながら風の様に村を出て行った。
「ラヴィー、ちょっと予定を変更しなければいけない。採掘事務所にまだ村長が居るはず。此処までご足労願ってくれってちょっと君ッ!今は村から出るんじゃない!ラヴィー止めろ!」
「何を言ってるんですか!こんな面白そうな事見逃せる筈無いですよ!」
ギルドが魔法に面を喰らっている最中にユウリは村の出入り口に向かって駆け出していた。
「ち、ちょっとユウリ君!ダメだってば!戻って!」
それに気付いていたヒナミもユウリを追う。
「ヒナミさん!?駄目ですよ!戻って下さい!危険です!」
ユウリは追って来ている事に気付かなかったのか驚いた様に振り返り、走りながらヒナミに注意を促した。
「はぁっ、はぁっ!ユウリ君だって危ないじゃんか!研究所に戻ろうよ!」
「私は大丈夫です!ヒナミさんにこれを借りてますし!」
ユウリは膂耀石をポケットから取り出してヒナミに翳した。
「ちょ、ドロボウ!ていうか子供がそんなの使ったら身体が持たないって!はぁっ!はぁっ!」
ユウリとヒナミの距離は直ぐそこまで迫っていた。
息が切れそうになりながらユウリは走り続けた。
あと数メートルで村の外で出るという所で急にユウリは宙に浮きあがった。
足が空を蹴る。
「危ないのは君達二人よ。」
先ほどアリスからラヴィーと呼ばれた獣人族の女性がユウリを抱き上げ、ヒナミの服を掴んでいた。
「え!?あんなに距離あったのに!?」
ヒナミは驚きのあまり目が丸くなっていた。
ユウリは自分を抱き上げている女性の顔を見ながら苦虫を噛み潰した様な顔をしている。
ラヴィーは獣人族の猫科で、先ほどのアクリアと違い人族に近い容姿をしている。
背には大きな弓を背負い、豹をイメージさせる色香漂う長身の女性である。
「(大人は相手が子供というだけで過保護し過ぎです。しかし、こんな細い腕なのに力強さを感じますね。流石は獣人族。……こんな事面と向かって言っては怒られるでしょうけど。)」
「今は村を出るは危険よ。安全を確保出来るまでちょっと待ってね。」
ラヴィーはそユウリを抱いたまま、ヒナミに村内に戻る様に促す。
3人は門の目の前まえで来ていた。
「この人の言う通りだよユウリ君。戻ろうよ。ね?」
「そんな事言いながらもう戻り始めているじゃないですか……。あれは魔法光ですよ。あんな大きな規模の魔法を見る機会なんて殆ど無いじゃないですか。いいんですか?ヒナミさんはそれでも研究者ですか?」
「え~、私は耀石関係しか興味無いもん。ユウリ君はもう少し子供らしい事に興味持った方がいいよ~。」
会話を聞いていたラヴィーは2人の容姿を見た。
「あら、もしかしてあなた達って研究所の関係者かしら?場合にもよるけどさすがに単独で外に……何!?」
急にラヴィーは空いている方の腕でヒナミを担ぎ上げると、グッと地面を蹴って村の中側へ跳んだ。
空中で身体を門の方へ切り替え、着地と同時に2人を放り出し、弓矢を構えた。
「痛っ!ちょっと何するんですか急に~!?」
「ヒナミさんじゃないですが、何なんですか?急に。」
ユウリも頭を抱えながらラヴィーに抗議の目線を送る。
「二人とも下がってなさい!何か、何かが来る!……血?死体の臭い?嫌な臭いがする!アリスッ!!」
見た目では出さなそうなラヴィーの大声と尋常では無い動揺ぶりに放り出された2人も緊張が高まる。
ラヴィーが呼ぶ前に既に異常を察知したアリスが後方から駆けて来る。更に遅れて数人の足音も聞こえてくる。
ヒナミはユウリの汚れた白衣の裾をギュッと握り締めた。
ユウリは目を凝らす。
村へと続く街道をフラフラと向かって歩く人影をユウリは誰よりも早く肉眼で捉えた。
誰よりも己の頭脳を回転させながら。