第9話
【カーナ村 広場】
「2日前に村を出た採掘チームが戻らない?」
ユウリとヒナミはカーナ村の出入り口近くにある広場に居た。
ベンチに座る二人は所々に泥が付いているが二人共あまり気にしていない様だ。
「そうらしいよ。ていうかユウリ君体力無さすぎ~。ちょっと走ったくらいで息切れるとかほんとに子供まっ最中なの?私のほうがまだ体力あるよ。」
呆れた顔をしながら整った少年を見る。
困った顔をしながら元気なお姉さんを見上げる。
「体を動かす機会なんて殆どありませんでしたからね。引き籠っている方が性に合っているんですよ。……いや、そんな事よりもその話聞かせて下さい。」
「私が体力があるって話だっけ?あのね、それは十数年前にさかのぼるんだけどさ~。」
「そうですね。はい。よし、じゃあその話は終わりで続いてその前の話をお願いします。」
「むぅ~。意地悪だな~。……いや~私も聞いた話なんだけどさ」
口を尖らせながらではあるが渋々話を始めた。
2日前の早朝。未だ開発されていない洞窟へと採掘チームが向かった。
未開発の洞窟周辺や洞窟内には魔物が住み着いている事が多い為、今回は地質や入り口周辺の様子見などの簡易的な調査をメインに行う予定でいた。
メンバーには採掘者2名と支部研究者1名、そして護衛には採掘護衛専門ギルド[ミネラル・クラウン]から7名が参加した。護衛に人数を割いたのはどの程度の魔物が出てくるか不明だった為だ。
因みにギルドへの報酬の大部分は国から支払われる。魔耀石の採掘自体が国家先導で行われるからである。
余裕を持って日が暮れる前には村へと帰る予定でいた。危険ではあるが簡単な仕事だった。
だが、その日。彼等は村へ帰る事は無かった。
異変を察したカーナ村の採掘事務所ではその日の内に捜索チームを別件で駐村して居た[ミネラル・クラウン]から結成。日の出を待って捜索に村を出た。
目的の洞窟までは徒歩で2時間程度。木々が鬱蒼と生え、舗装も儘ならない獣道を北東へと進んで行く。当然、魔耀石運搬用の線路も無く、大自然と魔物達が道を塞ぐ。
漸く辿り着いた洞窟。
森を抜けた其処は拓けており、今後開拓をする上では好条件と言えるだろう場所であった。
しかし其処は地獄。
乾いた血の海に広がる死体。
その死体を喰おうと群がる魔物。魔鳥。
異臭が周囲を包む。
異様が周囲を支配する。
異物が周囲を闊歩する。
捜索チームは魔物達を退けた後、周囲を確認した。遺体は全部で7体。残りの3名である採掘者1名と護衛2名はその場に居らず生死は不明。
その場に留まるのは危険と判断した捜索チームは遺体の簡易な供養を済ませ、足早に村へと帰還した。
―――「聞いた話にしては詳しいですね。もしかして採掘チームの研究者はカーナ支部の人間だったんですか?」
ユウリは顎に手を当て、考え込んだ顔をしている。
「そうよ~。でも規模が小さいカーナ支部の中でもまったく関わらない人だったな。まぁ特研に所属してたしね。ただ研究所ではその話題で持ち切りだったよ。あ、特研っていうのは」
「特殊魔耀石研究科ですね。研究内容は秘匿だとか。……と言いますか、余りそういう内部事情を他人に話さない方が良いですよ?ヒナミさん。」
ビシッと人差し指を立てながら年上の女性を叱責する。その姿は二人が出会った時と重なる。
「大人を完全に馬鹿にしてるわね~。さすがに私も君の事気付いてるわよ。まぁそれもわかってて言ってるんだろーけど、ねっ!」
「あ痛っ!」
細やかな5本の指が揃ってユウリの額に突き刺さった。
「ふふ。遅いわね!私にはユウリ君が止まって見えるわ!神童、恐れるに足らずよ!」
「何を言ってるんですかこの人は。座っているんですから、そりゃ止まっていますよ。」
額を両手で押さえながらジロっと睨む。ヒナミは笑ったままだ。
それを見たユウリも笑った。
「(……この人は私を特別扱いしないんですね。)」
ざわざわ
喧騒が広場の向こう側でする。
「あら、何かしら?」
ヒナミが騒がしくなった場所を見てみると、各々装備を整えた人達が村の出入り口の前に集まり出していた。中には獣人族の姿も見受けられる。
村と言えど周囲は森で囲まれており、夜になれば近くに魔物も出没する。その為、高くそして堅固な塀が村を守る様に囲い、更には魔耀石を活用した結界を張っている。
ただし、他の村では結界など無く、塀すら無い事の方が多い。
耀鉱山の近くにあるカーナ村は特別な例である。それはバルゴ研究所、そして国家という強力な後ろ盾があってこそである。
採掘者やその護衛、そして製錬工場で働く製錬士達の活気で溢れる。そんなカーナ村の出入り口はひとつだけ。堂々とした門構えが人々を迎え、そして帰りを待ち、守っている。
ユウリは屈強な戦士達の姿を目に留めた。
「タイミングや装備を見る限り、生死不明な採掘メンバーの捜索だと思います。しかしこの迅速な対応……既に王家に連絡がいっている?いや、現場判断ですかね。あの盾に付いているエンブレムは[ミネラル・クラウン]の物ですし。だとしたら良い判断をするリーダーが居るのかもしれないって何ですかヒナミさん?」
隣には溜息をつきながらがっくりと項垂れたヒナミの姿。
「ほんとに君は8歳児なの?それとも私は今まで小さなオッサンと話してたのかしら……。」
「失礼ですね。私は間違い無く8歳ですよ。」
「間違いなく子供らしくはないわね。はぁあ~、努力って何なのかしらね~、はぁあ~。いまユウリ君が言った通りミネクラの副隊長が別件で村に居たらしいわ。ただの変な子供かと思ったけどやっぱ天才っているのね~。まぁミネクラはかなり大きいギルドだから副隊長って言っても数人居るらしいけどね。」
「さらっと失礼な事を挿みまし」
カァーッ!!
「な!?」
「きゃっ?!」
突然。
強力な光が村の北側にある森から放たれた。
其れと遅れる様に地響きが伝う。
目を見開きながらユウリは立ち上がる。
私は。
私は、この世の中は少しオカシイと思っている。
何かが違うし、何かが拗曲がっている。
そんな事を思う私がオカシイのか?
そうかもしれないし、違うかもしれない。
でも。
でも、この世の中は。
美しいと想う。