『真実の愛』なんて、殿下の妄言だったわね
「どうか、私を、村に帰してください」
王太子の愛人が、王太子妃である私に頭を下げた。
私よりも高価なドレスに身を包んだ彼女は、汚れることもいとわず迷いがなかった。
夜の闇に解けてしまいそうな、か弱い声だった。
この結婚が、幸福ではないことを知っていた。
私こと、イザベル・クリエールは王太子妃として王家に入った。
夫になる予定のアウラート王太子と同じ年齢であった。
公爵令嬢である私とアウラートの爵位が釣り合う。
それだけだった。
政略だから、恋といった甘い感情にはなれない。
それでも、家族として、王と王妃として支え合うことを話した。
ただ、アウラートは違ったよう。
彼は、私が公務や政務にいそしむのを嫌がった。
『君は僕より後ろに下がっているんだ! 僕が馬鹿に見えるじゃないか!』
(実際、そうでしょう)といわなかった私を褒めて欲しい。
独裁をする勇気も、傀儡になる覚悟もない。
ただ、権力を享受するだけの人。
父は目を逸らしながら『一つだけでも、良いところがあるはずだ』と言われたけど、アウラートに対しては何も思えない。
顔を合わせれば口うるさく罵り、どこかへ遊びに行く。
私が公務や政務をしなければ、サボっているのかと激怒して遊びに行く。
(自分のことは棚に上げるのね)
愚かなアウラート。
ただ最初に生まれただけで王太子になれただけの、凡才。
最初はこういった態度でも、軟化していけばいいと思っていた。
(まぁ、無意味だったけれどもね)
最初よりも頑なに私を目の敵にするアウラート。
私の周りにいる侍女たちは、彼に対して厳しい目線を向けている。
なんなら、大臣や宰相も私の味方となって動いてくれる。
王太子妃として求められることをこなしながら過ごしていた日々。
ある日、その日々が突然変わった。
決められたことを嫌がったアウラートは、目の前の彼女を突然連れてきた。
(名前は……確か……リーナ。だったかしら)
脳の片隅の、さらに奥にあった記憶を引っ張り出す。
平民には珍しいピンクブロンドの髪に、ピンクの目をした少女。
周りの侍女や騎士からは、そう聞いている。
聞けば、アウラートがある村で見かけて連れてきたそうだ。
ボロ布を被ったような少女を抱えながら、私を見上げるアウラート。
彼は私に意気揚々と告げた。
『彼女は、僕の真実の愛だ! リーナに何かしようものなら、すぐにでも婚約破棄してやる!』
リーナを抱きしめながら、堂々と胸を張って宣言するアウラート。
半ば呆れてしまったけれど、文句を意味が無いため適当にあしらって終わりにした。
別に愛人くらい作っても文句はない。
ただ、結婚する前から愛人を作る宣言をし、あまつさえ婚約破棄を盾に取るなんて。
(やり方が……意味の無いというか……)
私は婚約を破棄されてもかまわない。
婚姻を結ぶ際に不安に思った父が提案したのだ。
『もし、アウラート殿下がイザベル以外に妻をとした場合にはどうするおつもりで』
父からしてみれば、アウラートはいずれ不貞をしでかすと睨んでいたのだろう。
両陛下もそれをわかっていた。だからこそ、一言入れたのだ。
『不貞や王家側の都合での破棄は、解消または白紙とする。慰謝料については、イザベル・クリエールの思うがままに与えるものとする』
(これが通るなんて……よっぽど自信があるのね。と思ったけど、結局そのままになったわね)
婚約破棄ではなく解消、もしくは白紙。しかも、慰謝料については私の言い値でいい。貴族令嬢として破格の待遇ね。
だから、私はあまり困っていない。まぁ、婚約を白紙にしたところで王家筋との婚約を進められるのだろうけど。
聞いていたはずのアウラートは、このざま。私は婚約がなくなったところで、何も困らないのに。
もしかしたら、彼の中では私がアウラートを愛している設定なのかもしれない。
そして、今日、私は久しぶりに彼に呼び出されこう宣言された。
『僕はリーナを王妃にする。君には側妃として、僕らに仕えて欲しい! こうすれば、君も満足だろう?』
得意げな顔で意味の分からないことを言う物だから、言葉が出なかった。
アウラートは私の絶句する様子を見て、嬉しそうにした。大方、ショックを受けたと思っているんでしょうね。
隣にいるリーナという方の顔を見ようにも、アウラートに阻止された。
曰く『リーナの美しさに、君が嫉妬して何かしたら困る』らしい。
『君は黒い髪に赤い目だ。怖くてたまらない。……あぁ、リーナ。震えないで。僕が必ず守るから』
茶番劇に付き合わされているのが嫌。せめて、お金を払って欲しいわ。
(物珍しいってだけなのにねぇ……)
わざわざリーナの顔をベールで隠して、私に見せないようにしていた。
よほど美しさに自信があるらしい。
顔のみで、王太子を籠絡できるほど。
リーナって子は、かなりの野心家なのかもしれない。
その代わり、ベールで見えない部分を観察した。
(まぁ、抱き心地がよいのでしょうねぇ……)
豊満な身体に、胸が大きく開いたドレス。
よほどの床上手なのかしら。それはそれとして困るけれど。
侍女にそれとなく話し、彼女の食事に避妊薬を混ぜた。
今、子が出来ると困るからだ。庶子にするのか、私生児にするのか。
(宰相の胃薬が、また増えるでしょうねぇ……)
アウラートからの寵愛を享受するリーナが、夜半に王太子妃の居室へ訪ねてきた。
侍女もつけず、一人で。
最初は、護衛の騎士に送り届けるよう話した。
伝えると、リーナはその場に座り込んでしまったという。
青ざめた顔をして『どうしても……』とか細い声で話した。
で、会って開口一番言われたのだ。
「私を村に帰して……ってことだけれど。被害者面しないで」
私の発言にビクッと身体が震えるリーナ。
「そもそも、この居室には私から指名された人以外は入れないの。貴方をここに入れたのは、顔を見たかっただけ。顔を上げたら、早くアウラートの元に帰りなさい」
アウラートに見られたら、何を言われるか分からない。
話の通じない人と話しても、面倒なだけだ。
何もしないリーナを見て、私はため息をついて侍女に声をかける。
「アン。彼女を起こして。悪いけど、アウラートの元へ」
「かしこまりました、イザベル様」
「ま、待ってください!」
ばっと勢いよく顔を上げるリーナ。
(確かに……美しいというよりかは、かわいらしわね……)
左右対称の顔に、丸い瞳。
目には髪と同じピンクのきらめく瞳。
唇は何も塗っていないにもかかわらず、つややかだ。
化粧をしていないはずなのに、真っ白の肌は触り心地が良いのでしょう。
胸元には、彼女の瞳と同じピンクダイヤのネックレスが添えられている。
「その……」
勢いよく話した割には、私の姿を見ておどおどしている。
ため息をついて、私は向かいにある椅子を指す。
「とにかく、座ってちょうだい。この姿をアウラートに見られたら、大変だから」
「あ、ありがとうございます」
慣れないドレスに引っかかりながらも、なんとか椅子に座る。
出されたお茶を、警戒せずに飲む姿を見て拍子抜けしてしまった。
(堕胎薬が入っているのに、わからないのかしら……)
飲んだ人曰く、妙な苦みがあって飲みづらいという感想だった。
飲めばすぐに危ないものと分かるはずなのに、リーナは躊躇なくカップを傾けた。
警戒をしながら、私はリーナに質問を投げかけた。
「それで、あなた。なんで、村に帰りたいの」
「わ、私は、王太子殿下を愛してはいないんです……!」
泣きながら話すリーナを見て、首をかしげた。
「愛していない? ならなんで、ついてきたの」
彼女は、ぐすぐすと鼻をならしつつなんとか話を始めた。
「私は……リーナと申します。村で酒場で働いていました。……そこに、お忍びでいらしていた……グスッ王太子殿下が現れて……!」
泣くリーナをなだめながら、話を聞きだす。
彼女は村の酒場で働いていた。リーナの家族で経営していたそうで、村では繁盛していた。
お忍びでアウラート達が来たが、接客を受けた彼がリーナに一目惚れ。
酒場が終わった時を見計らい、リーナを攫う形で連れ帰った。
ズキズキする頭を抑えながら、リーナの話を聞く。
「……それで、なんで言わないの」
「い、言いました……たくさん。私には、将来を共に過ごす人もいると……。でも、王太子殿下はきいてくれなく……! 夜……寝室に入ってきたこともありました……! その場は、なんとか……かわせましたが……次は、次は……!」
そこで、リーナは涙を抑えきれずわっと声を上げて泣いてしまった。
アンに目配せをして、タオルを持ってこさせる。
(立派な誘拐じゃない……)
合意の上で、連れてきたのかと思った。
合意もなく、アウラートの独断で連れてきていたことが判明。
リーナの話が本当なら、これは由々しき事態となる。
(下手すれば、金銭で黙らされてる可能性もあるわ……)
それと似たような事件があったか、記憶の中から探すも見つからない。
アウラートは変に悪知恵が働くし、周りの侍従はアウラートに逆らわない。
「わっ、私はっ! 確かに、心躍りましたっ! 王太子殿下が、近くにいることに……! でも、でも! それだけです! 父が、私の帰りを待っています! 母は、体が少し弱くて給仕として立つには少しい難しいです! 弟は小さくて、仕事をすることが難しいです! それに、それに! 私には、愛した人がいます! 結婚を誓ったんです!」
野心がある人なんだろうと思った。
けれど、目の前にいる彼女を見てそんな考えは崩れた。
(とはいっても、裏を取る必要はあるわね……)
そう考えて、私は彼女の元に歩み寄る。
「リーナさん、だったかしら」
「お、覚えて戴いて……光栄です……!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔ですら、愛らしい。
確かに私とは違うタイプね。
アンに指示をして、タオルを彼女に渡す。
顔をぬぐうリーナにできるだけ、優しく話す。
「一度、私の方で話を整理させて欲しいの。そうね……。もう一度、同じ時間にここに来てちょうだい」
「い、いいのでしょうか?」
「えぇ。その代わり、貴方が言っていたことが嘘だったら、わかるわよね?」
さーっと顔を青ざめるリーナ。
首をぶんぶんと振って否定の仕草を見せる。
「う、嘘を言っても意味がありません! 私は、帰りたいだけです!」
「そう。なら、今日は帰ってちょうだい」
「は、はい。失礼します!」
アンに話し、彼女をアウラートが住まう本宮へと返す。
その間に私についている王家の影に話しかける。
「あの子の話が本当か。裏を取って私に教えてちょうだい」
「かしこまりました」
これが嘘であれば、罰することが出来る。
ただ。
「あの必死さが嘘だったなら、女優が出来るわ……」
次の日、朝の支度をしているときにアンが神妙な面持ちで耳打ちをしてきた。
「お耳に入れたいことがございまして……」
「わかったわ。アン、メイクをお願い。他は、休憩してちょうだい」
「かしこまりました、王太子妃」
昨日何かあったのね、と直感で分かった。
アンは、私の実家から連れてきた侍女。他の侍女は、王太子妃に任命された際についた子達だ。
(筒抜けになったら、たまらないものね)
幸い、アンは他の侍女からも信頼を勝ち得ていた。
ドレスは着終わって、後はメイクだけだからアンだけでできる。
信頼をされていたからこそ、他の侍女は頭を下げて部屋を出て行った。
「どうしたの、アン」
「昨日、リーナを送ったのですが……」
頬に下地を塗り、軽く粉をはたきながらアンは話し始めた。
曰く、アウラートと鉢合わせてしまったらしい。
どう話そうと思っていたところ、リーナが前に出た。
『イ、王太子妃にマナーを教えていただきました! 私が楽しくて、ついこの時間まで付き合わせてしまったんです! あ……。……貴方の隣に立つために』
苦虫を潰したような顔をしつつ、アウラートにそう話したのだという。
「殿下は、一瞬だけ嫌そうな顔をしていましたが。……リーナの隣に立つために、で機嫌を直されたようで」
「そう……」
その後は、アウラートが送ると言って強引にリーナのエスコートをしたらしい。
触れられる瞬間、リーナはビクッと肩をふるわせて怯えた顔をしたとのこと。
「……やっぱり、本当なのね」
「本当、とは?」
「裏を取ってみたの。そしたら、これよ」
私は引き出しから書類を数枚取り出し、アンに渡す。
彼女は、私の口に紅を塗った後に書類をパラパラと見始めた。
「これは……」
目を丸くして私を見つめるアン。
私は静かに頷く。
「あの子の話、本当だったわ。それとなく聞いたら、騒ぎになっていたの」
「……憲兵は」
「金銭。それと、脅し。あまりにわかりやすすぎて、呆れちゃうわ」
やり方という物がある。
心通わせ、合意の上であれば良かった。
私との間に跡継ぎを作る。
それまでは愛人に薬を飲ませ、子を作れないようにする。
愛人との子を認知しない。
王宮に呼ばず、村で囲っておく。
それすらせず、自分だけが良ければいいアウラート。
「自分以外にも、感情があるって気づかないのかしら」
ずいぶん前から思ってはいたけれど、不安になってきた。
このまま、彼を王位につけていいのかしら。
(表立った事は出来ないし……)
だからこそ、リーナが来たことはチャンスかもしれない。
彼女が王妃の座を狙っているのなら、覚悟を確認しようと思った。
けれど、彼女は涙を流して言った。帰りたい、と。
「……いったん、宰相と確認ね」
また胃を痛めさせてしまう。
しばらく休暇を取らせたいけれど、今のままじゃ無理ね。
私の考えを察したのか、アンが静かに笑う。
「他の大臣とも、連絡を取らなければなりませんね」
「……全員に特別休暇ね」
「いらっしゃい、座って」
「は、はい!」
公務も全て終わり、深夜。
約束通り、リーナが居室へと訪れた。
昨日とはまた違うドレスだけど、胸元が大きく開いているのは変わらない。
「……ハーブティーよ。気分が落ち着くわ」
「あ、ありがとうございます。その……王太子妃様」
「イザベルでいいわ」
リーナが茶器を傾ける。緊張のためか、カチャカチャと鳴り響くがそれもまた愛嬌なのかも。
今回は堕胎薬を入れていない。
裏もとれたし、意味がないから。
その代わり、クッキーやマドレーヌといったお茶菓子を出しておく。
「……リーナさん、といったわね。貴方のことを、調査させていただきました」
「は、はい……」
好きに食べて頂戴といったが、次々と口に入れるリーナ。
その姿にふふと笑いつつ、調査の結果を伝える。
「結果から伝えるわ。貴方の話を信じます」
「え!?」
顔を勢いよく上げて私を見つめるリーナさん。
ピンクの瞳には困惑が浮かんでいる。
「ほ、本当ですか!?」
「えぇ。裏が取れたもの。希望通り、帰してあげるわ。それと、迷惑料も渡しておくわね」
アンが銀の盆を持って、リーナに近づく。
彼女は恐る恐る紙を取り、内容を確認する。
もともと丸い目が、さらに見開かれ顔を急いであげた。
「こ、こんなに……!? で、ですが、私、こういったドレスや宝石もいただいて……!」
「えぇ。『惚れたから』などと身勝手な内容で、人ひとりに迷惑をかけたんだもの。それも、持ち帰ってもらって結構よ。持っていくことが難しいなら、こちらで同額を用意させていただくわね」
「も、申し訳ございません。ありがとうございます……! これで、家が楽になります……! で、ですが、本当によろしいのでしょうか?」
リーナが美しいピンクの瞳から、大粒の涙を流す。
伺うように私の顔を見上げるリーナは、とても美しかった。
「あ、あまりにも待遇が良すぎます……! な、なぜ私なんかに……」
(この子のほうが、わかってるなんてねぇ)
自分がタダでは帰れないのを、知っているからこその疑問。当然ね。
「そうね。何もなしに帰れるわけではないでしょう」
私は立ち上がり、リーナの美しく長いピンクの髪を手に取る。
最高級の香油を塗り込まれ、手からサラサラと落ちていく髪を指で遊ぶ。
リーナは私の顔を見上げ、不安そうに瞳を揺らした。
「そ、それは……わかっています。わ、私にできることがあれば、なんでもします!」
アンに目配せをして、合図を送る。
彼女は一瞬だけ不安そうな顔をしたが、すぐに表情を引き締めた。
「なんでも?」
「は、はい! その……私ができることであれば……」
尻すぼみになる言葉。
私は思わず笑った。
(こんなにすぐ信じるなんて、大丈夫かしら)
「リーナさん」
「い、イザベル様……?」
声が震えている。
私は、優しく彼女を見つめる。
アンから受け取ったあるものを、彼女の髪にあてる。
「あなた、一回、死んでちょうだいな」
教会の鐘が鳴る。
悲しく、少しすがすがしい音だ。
私は、棺に縋りつく男を面倒そうに見た。
「あぁ……あぁ……リーナ! ……どうして、こんな」
アウラートの愛人であるリーナが行方不明になった。
ざんばらに切られたピンクの髪だけが、見つかった。
リーナは、アウラート個人所有の東にある別荘に向かう途中だったという。
彼女が乗った馬車と御者が見つかり、青い顔で説明を始めた。
『や、夜盗が襲ってきて……。リーナ様は、髪を切られたのですが、逃げて……そのまま……川に……』
この国屈指の激流に落ちたのだ。彼女はもう助からないだろう。
アウラート以外はそう結論付け、髪のみを棺に入れた。
だが、アウラートは諦めたくなかったようだ。
「僕の命令だ! リーナを探し出せ! 彼女は絶対に生きている!」
「アウラート。そんなことに、貴重な騎士を使わないでくださらない? あの激流よ? もう生きていないわ」
「うるさい! リーナは、きっと一人で怯えている。僕が来るのを待っているんだ……! リーナ!」
国の頂点なのに、自ら捜索に加わった。
川を中心に、周辺の森や海にまで探しに行った。
けれど、リーナはどこにもいなかった。
「王太子妃がいらっしゃって、助かりました」
「貴方には、いつも迷惑をかけるわねぇ」
宰相がお腹をさすり少し青い顔を浮かべ、そう話してくれる。
他の大臣も同じだった。
『イザベル様が、いらっしゃってよかった』
『王太子妃が、クリエール公爵令嬢でよかった』
『アウラート殿下は、どうしてああなって……』
あれから、アウラートは自室に閉じこもってしまった。
棺に入れたはずのリーナの髪の毛を手に、ずっと彼女の名を呼び続けている。
ある日、陛下に呼び出しをされた。
部屋には陛下と王妃が座っていた。
二人に促され、私は対面のソファに座る。
「お呼びでしょうか。我が国の太陽、並びに我が国の月の方」
「あー、かしこまった態度はなしだ。貴殿は私の娘になるのだから。……アウラートを廃太子とする」
やっぱりそうなるのね。
すでに公務は半年ほど、放棄している。
リーナを連れてくる前も、公務をしない時のほうが多かった。
私は頭を下げる。
「かしこまりました。次代はどなたに?」
「私の弟だ。だが、その……。イザベル。貴殿よりも10も上だ。……それでもよいか?」
王命なのだから、確認しなくてもよいのに。
私は王妃陛下に向き直る。
「よろしいのでしょうか?」
「えぇ。まさか、あれほど腑抜けた子になるなんて思わなかった。……イザベル。あなたは、今回の婚約を断っていいのよ。契約書にも、そう書いたのだから。陛下も、変なことをおっしゃるもの」
私はふっと笑い、彼女を真正面から見やる。
(思ったよりも、まともな選択ね)
普通の貴族だったら、ここで首を縦に振るのでしょう。
でも、それはできない。しない。やりたくない。
私は背筋を伸ばす。
「すでに王妃教育を終えた身です。そんな私を、王家以外に嫁いでもよろしいのでしょうか」
私はにこやかに、二人に笑いかける。
(王家のことを知った娘なんて、使い道が限られているでしょうに)
生半可に気持ちを傾けないで頂戴、と込めて笑みを浮かべる。
二人は、はっとした表情を作り私に頭を下げた。
「……イザベルの言うとおりだな」
「ごめんなさいね」
「こちらこそ、生意気なことを言いました」
「いいんだ。アウラートの尻ぬぐいもしてもらった。……褒美とは言わないが、何かしたいことはあるか?」
陛下が私に提案をしてくる。
それならと私は笑顔で提案をした。
「西の統治権を、私に下さらない?」
両陛下は拍子抜けし、首を縦に振った。
その後すぐ、私は王妃の座へと座った。
アウラートの件については表向き「治療ができない病気となり、王太子として続けることが不可能」と説明がされた。
新たに夫となった人は年上だけど、私を侮ることなく尊重してくれる。
アウラートは、リーナが行くはずだった東の別荘に幽閉となった。
もう二度と、表舞台には出てこれないだろう。
「王妃陛下、お手紙でございます。それと、こちらも置いておきますね」
深夜、ゆっくりとしているとアンが手紙を持ってきた。
さらに、ワインとグラスをサイドテーブルに置く。
私は少し笑いながら、手紙を受け取る。
「名前でいいわ。例の人でしょう」
「わかりました、イザベル様」
「ありがとう。もう下がっていいわ」
アンは、頭を下げて部屋を出て行った。
手紙を受け取り、宛名を読む。
『リンナ・ウィンスター』
「ようやく、書き直ししなくてもよくなったのね」
手紙には、西の地の状況とリンナの状況が書いてあった。
『ようやくリンナという名に慣れたところです。イザベル様には、感謝してもしきれません。名前を捨てるのは大変でしたが、王宮での日々を比べたら平気です』
あの日、リーナは死んだはずだった。
それは嘘。
本当は、髪を切って彼女を故郷へと帰した。
それだけだと、アウラートは戻ってしまう。
ちょうど、西の地ではブドウが大量に生産されていた。
私は、リーナの家族を呼び出しこう宣言した。
『あなたたちは、これからワインを作りなさい。それを、王家に卸してちょうだい』
家名としてウィンスターを送り、ワインにも同じ名をつけさせた。
そして、彼らを男爵としリーナの名前を『リンナ・ウィンスター』とした。
念のため、リンナは他国にワインを売り出すという名目で、出国していた。
アウラートが別荘に閉じこもり、表舞台に出てこなくなったのを機に手紙を送った。
そして帰ってきたというわけ。
「あら、結婚したのね」
将来を共にした人と結婚をしたと書かれている。
子供は、来年の春に生まれる予定とのこと。
もし、アウラートが表舞台に出てきたとしても、だれにも邪魔できない。
『ウィンスターワイン』は、我が国の名産になっている。
王妃である私が気に入っているのだから、簡単に取り潰すこともできない。
貴族の婚姻に口を出すなんて、王家としても到底できない。
ワインを開け、グラスに注ぐ。
ふわりとブドウの豊かな香りが、部屋に広がる。
「ベル、何を飲んでいるんだい……。あぁ、ウィンスターワインか」
夫が顔をのぞかせ、ワインと私の顔を交互に見た。
「えぇ。飲む?」
「いや、朝早いんだ。明日の夜に、二人でゆっくり飲もう」
「えぇ、そうしましょう」
にっこりと笑う私につられ、口角を緩く上げる夫。
夫は、私の手を指さす。
「それ……」
「あぁ、これ?」
「取っておくのかい?」
「いいえ。怖いもの、見つかったら」
「浮気じゃないよね?」
夫がじとっとした目で私を見てくる。
その顔が面白くて、つい吹き出してしまう。
「笑うことなんて……」
「ふふ、ごめんなさい。……そろそろ寝るわ」
「わかった。……そういえば、君はなんでウィンスターワインが好きなんだ? お酒は飲むけど、一人で飲むときは必ずそれだよね」
私は暖炉に手紙を投げ入れる。
振り返って夫に笑いかける。
「勝利の美酒、だからじゃない?」
こういった話を書くのは初めてで、楽しかったです
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