第17話 後編「赦されざる者たち」
黒幕たちの内面の核心に触れた上で、あまりにも重ねすぎた罪は赦されることなく最も救われない結末を迎える、その一方で健やかな愛を育んだ者たちが幸せになる、最終決戦の決着に相応しいエピソードになったと思います。
実は、ボタンが一度でもソウタを愛していたらこの結末にはしなかったんですが、ボクの頭の中のボタンはずっとクロウしか見ていなかったので、こういう結末にしかできませんでした。
【ボタン視点】
拳が、顎に深く入った。
景色が一気に反転し、天井と地面がぐるぐると回る。
思わずよろめき、隣に倒れ込んだのは――クロウの胸だった。
「……ああ、あなた……」
かつて、あの夜。
貧しさも、絶望も、怒りも、全てを飲み込んだ自分が――
路地裏で偶然出会った、まだ青年だったクロウを犯したあの夜。
自分の罪を、忘れたことはなかった。
ほんの気まぐれだった。
ただ誰かに自分の価値を見せつけたかった。
そんな、身勝手な支配欲。
震えて泣き叫ぶ彼の顔は、今も夢に見る。
(謝らなきゃ、ってずっと思ってた。償わなきゃ、って)
けれど、あの青年は――後日、ボタンのもとを訪ねてきた。
謝罪をする暇すら与えず、彼は、告白してきた。
「君に心を奪われた」と。
(……あの瞬間、私は逃げたんだ。罪と向き合うことから)
“この愛を受け入れれば、あの罪も帳消しになるかもしれない”
甘かった。自分でも気づかないほど、浅ましかった。
それは、罪の上に築かれた偽りの楽園。
“あれは愛だった”
“あの夜は、お互いに求め合っていた”
そんな嘘を、繰り返し重ね続けるうちに、やがて本気でそう思い込むようになった。
けれどその小さな“誤魔化し”が、膨れ上がっていった。
地下リングも、自分の醜い欲の産物だった。
“女が男を蹂躙するショー”
“凌辱を快楽に塗り替える茶番”
――あれは全部、自分の罪を正当化するための自慰だった。
“女が男を犯す”という構図が、ショーとして流通するなら、
自分の罪は“時代の先取り”くらいに薄められると思った。
でも――それは、罪を上塗りしていただけ。
マヤの拳が、それを暴き出してくれた。
そして今、全ての嘘を剥がされ、最後に残ったのは、ただの加害者としての自分。
(こんな私が、愛されてよかったはずがない)
いまやっと――心から、夫に向き合える。
「ごめんなさい、あなた……あの夜、私があなたを……」
目を見て、はっきりと告げようとした。
けれどその瞬間。
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【クロウ視点】
耳元で、何かが壊れる音がした。
愛してやまなかった女神が、倒れてきた。
この世で唯一、自分を肯定してくれた存在。
その口から、信じたくもない言葉がこぼれる。
『ごめんなさい、あなた』
『あの夜、私があなたを……』
言葉が、耳の奥に爪を立てて入り込んでくる。
――あの夜?
――私があなたを?
いや、やめてくれ。
お願いだ、言わないで。
そんなもの、初恋じゃなかったと――言わないでくれ。
「やめろ、やめてくれぇぇええええええええッ!!!!!」
絶叫が喉を突き破った。
頭を抱え、蹲り、床を転げ回る。
砂上の楼閣のように、ただただ壊れていく。
“ボタンに愛された”という幻想だけが、
自分のすべてを支えていた。
だって、あれは――“運命の出会い”だったはずだ。
支配じゃない、凌辱じゃない、“愛”だったはずだ。
そうじゃなきゃ、僕の人生そのものが、悪夢だったことになる。
「僕は……っ、愛されてたんじゃ……なかったのか……?」
自分の声なのかも分からない呻きが漏れる。
僕の中で、全てが崩壊した。
憧れも、愛も、崇拝も、
全部、全部――嘘だった。
「うわああああああああああああああああああああ!!!!」
絶叫とともに、僕の意識は闇に沈んでいった。
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【ボタン視点】
クロウの錯乱に気づいた瞬間、胸の奥に冷たいものが広がった。
「あ……あぁ……私……あなたに、取り返しのつかないことを……!」
自分の謝罪が、彼を壊してしまったのだ。
赦してほしかったわけじゃない。
ただ、償いたかった。
けれどその一言が、彼にとっては――現実の破滅だった。
(こんな形でしか、終われなかったの?)
崩れたクロウを抱きしめる。
もう、彼は何も見ていない。
焦点の合わない瞳で、何かを見つめ続けている。
その先には、もう誰もいない。
「あなた……ごめんなさい……私、やり直したいの……!」
彼の髪を撫でながら、何度も何度も謝る。
彼が再び返事をくれることは、もうないと分かっていても。
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崩れた“黒幕”の夫婦の傍ら、
静かに、誰かの足音が近づく。
血まみれの拳を下ろし、マヤが立っていた。
その隣に、ソウタが歩み寄る。
二人の視線が交わる。
言葉など、もういらない。
互いに傷だらけの身体を支え合いながら、
そっと、唇を重ねた。
健やかなる愛を貫いた者たちだけが、
この物語の最後に、微笑みを許された。
――最終決戦、決着。




