結婚しますの? 私以外の女と?
私、アライラ・スカーレット侯爵令嬢は、非の打ち所のない、完璧な淑女でございました。
文武両道、才色兼備。美しく艶のある赤髪と深い海色の瞳は社交界の華と謳われておりました。
なのに、その私と、婚約破棄すると言い出すなんて考えもしませんでした。
「私は真実の愛を見つけたんだ……」
学園の中庭に呼び出して何かと思えば、なんですか、この茶番。
殿下ときたら、意中の男爵令嬢を背中に隠すようにしてますし。その意中の男爵令嬢は殿下の服の裾を掴んでいますし。
「それで? もう深い関係に?」
まあ一番大事なことからお聞きしましょう。
王太子殿下ということを忘れて獣に成り下がっていないかどうか。
別に気持ちがどこへ向こうが自由ですけれども、子などできてしまえば大問題なので。
「アライラ様……決して、まだ何も……」
殿下に聞いていたのですが……貴女が答えますか。まあ別にいいでしょう。
流石に破棄する前にくんずほぐれつするほどではなかったようで何よりです。信用なりませんが。
「左様でございますか。では、ごきげんよう」
「は?」
あとはどうでもいいです。好きにしてくださいませ。
「まだ話は終わってないんだが」
「婚約破棄でしょう? 私共個人の話ではありませんし、正式な手続きを踏んでくださいまし」
ポカンと馬鹿面をなさっている殿下。そういうところが、この対応しかされない理由ですわよ。これ以上長いお話がしたかったのなら、私を惚れさせるくらいしてください。
「き、君はいいのか?」
くどい。
思わずため息をつきたくなりましたが、やめておきました。ため息をつく価値すらございません。
「では殿下にお聞きしますが、私と婚約破棄してよろしいので?」
いい機会です。立場を見誤っているようですので、教えて差し上げましょう。
「私との婚約を破棄すれば、王位を継承するのは弟君となることでしょう。今は侯爵家の長女たる私が婚約者として後ろ盾になっているがゆえの継承権第一位ですが、男爵家の令嬢と婚約なんて、貴方に残るのは第一子である事実しかありません。よろしいので?」
「……よ、よろしくないです」
ええ、そう言うしかありませんよね?
しかし、私はこう返します。
「ですが、私“が”あなたとの婚約を破棄します」
真実の愛、どうぞご勝手に。人の恋路を邪魔するほど野暮じゃありませんの。
最初こそ、正妃様の子である殿下を支持していた我が家ではありますが、陛下に似て優秀であられ、中等部でのご活躍……実績のある弟君を支持しようかという話も出ておりますし。
「ア、アライラはこれからどうするんだ……!?」
「私は隣国の王太子殿下……ダミアン様の元へ嫁ぐことにします」
恋は落ちるものと言いますし、壁があるほど燃えるとも聞きます。別に怒ってはいませんよ。貴族の子女とはいえ、若者らしく恋を楽しみたいのもわかります。実際、殿下は年相応な振る舞いしかできないお方ですし。自分で痛い目を見て学ぶ方が成長になっていいでしょう。
……ただ、ええ、逆を返せば私にもその権利があるわけでございます。
「えっ」
なんですの、二人揃ってその馬鹿面。ある意味お似合いですよ。もしかして、私が怒るとか泣くとかするとでも思っていたのでしょうか?
「う、浮気か……?」
「貴方が言いますの? それ」
ダミアン様は、素晴らしい才で、末子でありながら継承権第一位になられたお方。それゆえに敵も多く、婚約者も簡単には決められず。情勢が落ち着くまで、とお忍びで我が国に留学しに来ていたところに、お知り合いになったのでございました。
「一緒にしないでくださいまし。私も別の方と恋に落ちました、が立場をわきまえておりましたのでお断りしました」
あの時は心苦しかった。ダミアン様が私の立場をご存知なかったとは……。
私はまだ婚約者の身だったのもあって、基本国外の場には出席していなかったのでした。
「しかし、貴方様が恋に溺れるのなら、私に枷はありません。同盟国との結びつきは強くなり、国としても願ったり叶ったりの婚姻ですから」
帰ったらすぐに準備をいたしましょう。聡明な国王陛下は私を王族に引き入れたかったようですが、より良い国益となるのはこちらですし、まさか通らないはずもございません。
「ではさようなら、ごきげんよう」
*
「君はなんでも一人でやってしまうなぁ」
数日後、いつもの図書館にて、無事に婚約を破棄できた私の元にダミアン様がひょっこり現れました。絹糸のようなお髪、優しい紫水の瞳。エキゾチックな褐色の肌。いつ見ても美しい人だわ。
「なんのことです?」
「君なら、あの場で男爵令嬢と王太子を引き裂くことも可能だったろう……でも、しなかった」
ニヤリと笑うダミアン様。ふふ。
「あら、したら困るのはダミアン様でしょう?」
別に恋をするように仕向けたわけじゃありませんし、放置していたことの何が悪いのでしょう。もちろん邪魔もしていませんし、婚約破棄もこちらからして差し上げました。
全て、彼らが勝手に盛り上がっただけです。
「君を好きになって良かった」
「私も、その意地悪なところ、嫌いじゃありませんわよ」
別に、不幸になって欲しいとか思っているわけではありませんよ。ただただ、彼らは正しい方法を取れなかった阿呆というだけ。
どこに惹かれるかは、人それぞれですからね。
お蔵入り作品の供養です。
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