09:この世とあの世
「次は『あの世』の内容を詳しく聴かせてもらおうか」
「必要かな? この案の肝は人体の不死化やマインドアップロードに間に合わない人たちがタイムマシンによる時空の超越によって救われるというところで、マインドアップロードの後の話はなんでもありだし例を挙げだしたらキリがないよ。
各々の思う理想の世界でいいんじゃないかな」
「いや、お前が言ったように楽園のネガキャンは長年行われてきた。
理想的な世界というのを想像することすら困難な人も珍しくないと思うぜ。
死んだ後にも世界があるってだけでもタナトフォビアにはかなり救いになるが、厭世的なニヒリストにはその場所が楽園だとプレゼンしなきゃ十分じゃない。
俺もその先入観にだいぶやられてきたからお前の前向きな意見が聴きたいんだが」
「う~ん、長くなるし今は欠陥が無いかの確認ぐらいに留めておいてくれないかな」
「了解。では穴を探す前に、ここまでなんとなくで話を聴いてきたから『あの世』がどういうものか改めて教えて欲しい。
まず『あの世』は意識のアップロード先……つまりデジタルな世界なんだよな?」
「まぁ、そうかな。誤解を恐れずにわかりやすさを優先するなら仮想現実の世界と一旦想像してもらおう。
そこに物理的制約は存在しない。
現行のメタバースが想像の邪魔になるかもしれないけど、五感もなにもかも現実と見分けがつかない、平たく言えばリアルな世界も再現できる。もちろんアニメとかCGっぽい見た目や設定の世界にもできる、というかそっちのほうが簡単だろうね」
「好きな世界をいくらでも作れると。
しかしスマホの通信制限みたいなもんも無いのか?
あと定員とか」
「マインドアップロードの研究黎明期の試験的『あの世』にはしばらく制限が存在するだろうね。
でもタイムトラベルを可能とする段階まで技術が進歩していればほぼ制限はないと考えてもいいんじゃないかな。
あったとしても人間の分解能からしてそれは意図的に無駄遣いしようとしなければ到達できないレベルだろう」
「なるほど。物質世界への執着を持つ人には抵抗がありそうだが」
「これも人間の分解能で、『あの世』が物質世界ではないと見破れる人類は存在しないと断言してもいいだろう。
そもそも僕たちは物質世界を本当の意味で目にしたことがないよね」
「現象界ってやつだな。
要するに俺たちの認識している世界は外から得た限られた間接的情報を基に脳内で妄想したものであり、真実の姿ではない。
その間接的情報ですら眼で物を見るってのは反射光を見てるだけだし、視覚を含めた五感すべて電気信号に変換されている。
俺たちの認識している世界がそもそも仮想現実と言えるな」
「となると、もう言えることはないんじゃないかな」
「そうだな。もしそういった人を引き込みたいなら執着を凌駕するくらいの魅力を『あの世』に感じてもらうしかないか。
頭ごなしな否定もブーメラン効果を生むだけだし」