07:ロシア宇宙主義との比較
「ところでこれって既にある案なのか?
俺の知る中で最も近いのは『ロシア宇宙主義』だが……うろ覚えなのでちょっとスマホでカンニングさせてもらうわ」
「さすがよく知ってるね。僕も似たようなものが無いか調べていて見付けたけど、肝心なところに齟齬があって残念に思ったよ」
「ふむふむ……なるほど。ロシア正教のスラブ派にあるロシアメシアニズムが根底にある思想か。
要は西欧の資本主義と個別主義に対抗し、神と共に宇宙を統べるのがロシアの使命であると。
それでこの共通事業を通してソボールノスチという個が個を超えての統一が行われるという全体主義的な思想でもあると。
なるほど、これは同一視されるわけにはいかんな」
「背景はそう。だけど」
・人類の宇宙進出は必然的な運命である。
・科学技術によって死を克服し、過去の死者を復活させることができる。
・地球上の資源の限界を克服するため、人類は宇宙に進出すべきである。
・人類全体が協力して、これらの目標に向かって進むべきである。
「とまぁ、先進的で現代の宇宙開発やトランスヒューマニズムに影響を与えた偉大な思想であることは間違いない。
宇宙空間に散らばった原子を集めることで過去の人々を物理的に再構築できるというオカルティックな部分が悪目立ちしてるけど、未来への前向きな展望にはリスペクトを覚えるし、君に話した案を思い付いた後にロシア宇宙主義を知ったとはいえ、ロシア宇宙主義が築いた構造はきっと僕の思い付いた案に影響をもたらしてる」
「なるほど、確かに俺も奇抜な思想という先入観は改めよう。
ただロシア宇宙主義とお前の案は全く方向性が異なることは確信した。
念のためにふたつの思想の相違点をまとめたいな。
そうすることでお前の話した案……この思想の名前は?」
「無いよ。僕名付けとか苦手を通り越して嫌いだし。こういう考え方があるってだけじゃだめかな?」
「それは困る。そういうふわっとした感じで浸透するのはものすごく拡散させられた場合に限るだろう。
既にほとんど同じ思想があったにせよその細部の比較をする時に名前があったほうが便利だし、後にもっと優れた思想に吸収されるにしてもそうだ。
さすがに名前とか象徴する何かが無いと検索性が低すぎるしタグ付けとかできないぞ」
「そうだね。『あの世』とか『楽園』とかの宗教由来の言葉も解り易いんだけど使わないようにしたほうがいいだろうね」
「話しながらでも考えといてくれ」
「努力するけど君も考えといて。ロシア宇宙主義の話が終わるまでは、ロシア宇宙主義を甲、僕の話した案を乙として、話をしよう」
「了解。甲と乙の違いを列挙することで乙の思想の方向性を改めて明確に掴めると思うんだが、どうだ?」
「わかった。では重要だと思う部分を厳選して……ただ甲については僕もにわかなので鵜呑みにはしないように」
・甲はロシア正教。乙は不可知論。
・甲は自然哲学を基にした思想であり、宗教的な世界を地盤にしている。
乙は現代の物理学に則った世界を地盤にしている。
・甲はソボールノスチという個を捨て全となることに価値を見出す全体主義。
乙はエピクロス主義のような個人の幸福を重視した考え方で、それを個別主義に寄り過ぎないように発展させたもの。
・甲も乙も死は人類が克服すべきものとしているが、甲は死の自由について扱っていない。
乙は生を強制せず、死んでもいいし死ななくてもいい。
・甲がすべての死者を復活させようとするのは宗教的な意義のために行う。
乙は一部の権力者や恵まれた未来に生まれた人、一括りで言えば選民にのみ許されることになる不老不死を、持たざる者である自分が手にするために皆で手を組もうという打算的提案。
これは選民を除け者にするわけではない。
・甲のトランスヒューマニズムによる不死は主に肉体を伴う不死身を目指し、物質世界を重視する。
乙のトランスヒューマニズムは主に精神のみのマインドアップロードが主題で、デジタル世界を重視する。
「ざっとこんなところだね」
「ああ、深堀するとキリがないのでこれで十分だろう。とにかくこのふたつの思想は共同事業という手段に共通する点はあるが始点と終点に明確な違いがあるということだな」
「その解釈で十分だと思う」
「うむ、おかげで理解が深まった」