06:タイムトラベル談義
「そうそう、あと感心したのがこの計画はタイムトラベルのハードルを下げる四つの工夫があることだ。
一つ目はタイムトラベルが人類全体で行うひとつの事業にだけ絞られるからパラドクスの危険性が最小限に抑えられる、なるほどホーキング博士のパーティーには参加できないな。
二つ目は歴史の改変を行わないこと。
三つ目はタイムトラベルが片道でいいこと。
四つ目は保存されている意思はタイムトラベルしていないこと。
あと加えるなら物質の転送ができなくても過去の物質の操作だけできれば可能ってのもか?
技術的なことはどうなるかわからんが、想像し易くするための努力が垣間見られていいぜ」
「褒めてもらえるのは嬉しいね。
自己一貫性の原理とはパラドクスの回避法として喧嘩してるので人によっては受け入れ難いのが個人的には気になるところだ。
もっとクオリティの高い案があれば入れ替えたり増やしたりして欲しいね。僕にはこれが限界だった」
「しかしこれはマインドアップロードを拒否したい人も強制的にされるのか?
いや、そもそも『未来』の選択はすでにわかってるわけだから、希望する人だけに処置すればいいのか、問題ないな。
いやぁ、実におもしろい。そういえばSFでよくあるんだが、過去を変えたら世界線が分岐してそもそも別の世界になるって設定のやつ。
つまり過去に『意識の保管場所作成キット』を送っても、送ったのがα世界線となり、送った先はβ世界線と分岐してしまって、結局α世界線の過去は変わらないみたいなケースはどう考えてるんだ?」
「う~ん、君の言うようにα世界線は僕の考えではどうにもできない。
ただこれは考慮すべきほどの問題でもない」
「どういうことだ?」
「えっと、まず後出し情報になってすまないけど、意識の保管場所にはステルス機能が付いているんだ。
人類がキットを過去に送った瞬間に、現在の意識の保管場所のステルスを解除するよう設定してある。
β世界線の人はα世界線とまったく同じように行動し、キットを送るところまで到達する。
キットを送るとα世界線によって送られてきた意識の保管場所が、β世界線の人類がキットを送った瞬間にステルスを解除して突然出現する。
β世界線の人から見ればタイムトラベルは成功してるよね」
「ああ、α世界線から送られてきたキットがステルス機能を使いながらβ世界線で何億年もかけて意識の保管場所を建築して、β世界線がキットを送る時にステルスを解除したと……あれ?」
「気付いたみたいだね。
ではβ世界線の人が送ったキットはどこに行くのか?
仮にγ世界線だとして、その世界線では何が起こる?」
「そっか、無限ループしてるわ。
β以降は同一の世界線が無限に増え続けるってことか」
「それならば僕たちが存在する世界線がαである確率は限りなくゼロに近付く。
ゼロに近い確率の徒労を懸念してなにもしないというのは非効率すぎるし、その選択ができるのはα世界だけだ。
たぶん多くのSF作品じゃこういう展開では作劇上問題なのでバタフライエフェクトみたいなのがどうにかこうにかしてループを破るんだろうけど、タイムマシンを実現する技術レベルで行われるステルスはその可能性を打ち消すのに十分だと思う」
「なるほどなぁ、αだったら不幸だが、それは配慮できないほどの可能性だな。
いやすまん、SFの話に付き合わせて話が逸れてしまったか」
「ううん、むしろすごくよかったよ。
タイムトラベルの先入観は大半の人が創作物から培ってきてるだろうから、それを発展させた例は主旨に合ってる」
「主旨というと、タイムトラベルのポジティブキャンペーンだな」
「そうだね。タイムトラベルは自分には関係ない技術かつ可能になったところで百害あって一利なしみたいな先入観は払拭したい。
理想は、『今タイムマシンができるかどうか考えてもしょうがない。できることに期待して生きる』と割り切れる風潮まで持っていければ最高だね。
もちろん学者が時間について研究するのは有意義だよ!」
「そこは重要だよな。ということでタイムトラベルについての話はこの辺にしておくか」