02:マインドアップロード
「もしかして一つ目は精神転送か?
有名なのだと『マトリックス』の仮想空間みたいな」
「話が早いね。トランスヒューマニズムについてはどれくらい知ってる?」
「科学の力で人間の能力を拡張させる思想だよな。
期待してる分野だが、俺が生きているうちに抗老化薬や遺伝子編纂による寿命の延長ができたとして、それはほんのささやかなものに留まるだろう。
俺が死んだ後に不老不死の新人類が旧人類に取って代わり幸福な生を謳歌すると思うと正直業腹だな。
そしてマインドアップロード……つまり自分の意識を機械の中に転送して生き永らえるという技術はトランスヒューマニズムの中でも最も高度なもので、俺が生きてる間には間に合わない方法だ」
「うん、その通りだね」
「ならば俺はすべてを否定する!
永遠なんてくだらない!
限りある命だから美しいんだ!
という思想の創作物を山ほど創ってネガキャンしてやる!
俺は狐だ!」
「狐? ああ、イソップの『酸っぱい葡萄』か。
手の届かない葡萄をどうせ酸っぱくて不味いと貶すことで手に入れられなかった自分を慰める話だよね。
まぁ葡萄に手が届かないかは話を聴き終わってから判断してくれ」
「ああ、取り乱してすまん。嫌な思い出がフラッシュバックしてな。
えっと、マインドアップロードの話だったな」
「うん。生きてる間には不可能でも、時間をかければ技術的に可能だとは思える?」
「今のところ人間と哲学的ゾンビの見分け方がないぐらいだからどれくらいかかるか予想もつかないが、まぁ千年ぐらいかければいけるかもな」
「有名な思考実験だね。
見た目も行動もまったく同じ二人の人間がいる。
一人は僕たちと同じように、色を見たり、痛みを感じたり、幸せを感じたりする『主観的経験』を持っている人間。
もう一人は、外からは同じように見えるのに、実は何も感じないアンドロイドで、痛みを感じているように見えても、実際には「痛い」という感覚がなく、そう反応するようにプログラムされているだけの物体、これを哲学的ゾンビと呼ぶ。
僕たちにこれを見分けることはできない。物理主義だけでは意識を考えるのには不十分ではないかって内容だよね」
「そうそう。んでマインドアップロードは今のとこどれくらいまで技術が進んでるんだ?」
「まだ方法が考察されている段階だね。
一応話そうか?
聴くとしても話半分で聴き流してくれ」
「ああ、頼む」
「僕が知ってるものの中で一番それっぽいのが分離脳を使って半分ずつ意識を人工脳に移しつつ時間をかけて移行させるというものだね。
もちろん、わざわざ脳を分割したりせず人工脳と脳幹部分でリンクできるようになるのが理想で、もっと言えば生まれた時から脳幹に通信装置を付けるなどして人工脳とリンクし続けて、常に二重の脳を持つように生きていれば、生身の脳が死んでも人工脳に自分の意識が残っていると言える。
脳幹と人工脳の通信には量子もつれが使えそう。
量子テレポーテーションに使われているやつだね」
「ほほう、まぁ俺が活用できるとは思えないがこう聴くと実現不可能な技術とも言えない感じはするな」
「そう、思えるってのが大事なんだ。とりあえずはね」