11:死なない思想
「僕からは以上だけど」
「ああ、俺もひとまず訊きたいことは聴けた。
んで、お前のほうで布教活動は進んでるのか?」
「いや、君に話したのが初めて。
メンタルヘルスについて素人の僕がこういう話をしていいのかと迷っていたところに君のほうから話を振ってきてくれたから話せたんだ」
「少なくとも俺とお前で絶大な効果があった。
この思想を知ることで数人でも俺たちと同じくらいの効果が出るのなら、それだけで拡散させる意義はある。
んで、俺なりにどうやってタナトフォビアやニヒリストにこの思想を届けようかと考えたんだが……Web小説投稿サイトに俺たちのここまでの会話を書き起こしたものを投稿しようと思う」
「えっ? なんでそうなったの?」
「さっき異世界転生の話が出ただろ。
あれで思い至ったんだが、異世界転生というジャンルの読者は、この思想との相性が非常に良いんだ。
もちろん例外はあるだろうが、宗教に頓着は無いのに死後の世界には興味があるという読者がほとんどだろう。
その興味の理由は人それぞれだろうが、タナトフォビアやニヒリストが自身のケアのために利用しているのも含まれていると思う」
「言われてみればそうかも」
「んで、タイトルを付けるとしたら、こんなのはどうだ?」
『異世界転生の仕方』
「かなりキャッチーだね」
「ああ、本当は」
『異世界転生の仕方 ~技術的特異点を経て生まれた人工超知能はタイムマシンを造り全時間の全人類を対象に出来るマインドアップロードを可能にした。死の恐怖を克服した私は永遠の時間と無限の可能性を手に入れたので、まずは異世界転生をしてみることにした~』
「と長いサブタイトルを付けたかったんだが」
「そっか、ああいったサイトの作品はアブストラクトをサブタイトルにするよね。
作品名だけ目にしてもらえれば言いたいことは最低限伝わるってことだね」
「ああ、この分野の知識があればこれだけでも十分だろう。
シンプルな思想の強みだな」
「じゃあなんでそうしなかったの?」
「どうも最近はこういった長いタイトルの作品が読者に避けられているらしくてな」
「良い案だと思ったのに残念。しかし異世界転生の仕方とは、パンチがありすぎじゃない?
概要も最後の部分が詐欺になってるような」
「俺がマインドアップロードした後に異世界転生するってことにしておけば、ギリギリ詐欺にはならないだろう。
タイトルに釣られて来てくれた人にも異世界転生などのジャンルへの没入感を高められる副読本として、損はさせない」
「だといいんだけど。しかしこうもパンチがあるとこの思想の名前がそのタイトル名になっちゃいそう」
「異世界転生の仕方とか異世界転生思想か、う~ん、転生というのが良くないな、宗教由来の用語なうえに一度死んでるし、これは死なないという思想だからな。
で、思想の名前は思い付いたか?」
「うう、どうしても付けなきゃダメ?
僕以外にも似たようなことを思い付いた人がもういるかもしれないのに?」
「わかっているとは思うが、似たような思想があったとしても細部では異なっているだろう。
事実ロシア宇宙主義との比較時は名前があればもっとスムーズだった。
後の議論の妨げになるなら、むしろ名付けないほうが傲慢だろ」
「じゃあ『時空超越精神転送思想』とか?」
「厳つすぎるな。それにめちゃくちゃオカルティックな印象だ」
「正式なのは無理。開発コードみたいなのじゃだめ?」
「いいんじゃないか?」
「じゃあ君がさっき言った死なないという思想から、『死なない思想』でどう?」
「シンプルだしキャッチーではあるな。
しかし死という文字は昨今いろんな場所で忌避されてほとんど伏字にさせられてるから思想名としてはちょっと」
「では『シナナイ思想』とカタカナにするか、もう数字で『471』でどう?」
「もはや極秘プロジェクトの開発コードだな。まぁ、いいんじゃないか?
識別ができて検索性があってタグ付けに困らなければ俺から文句はない」
「もちろん便利に使うために決めただけだから、無理に使う必要はないよ」