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10:異世界転生の仕方 ~あの世は楽園たりうるか~

「では『あの世』が本当に限りない自由と無限大の可能性に満ちた『楽園』であるか確認していこう。

 まず誰もがなんでもできるならそこが矛盾する。

 例えば誰かが誰かの死を望み、相手がそれを望まなければどちらかの願いは達成されない。

 そもそも殺せたら不死じゃないしな」


「当然あの世にアップロードされた者を殺すことはできない。

 でもそれに等しい体験はできる。

 自分だけの世界を作り、そこに存在する殺したい相手を模した哲学的ゾンビを殺せばいい。

 自分以外の人間がすべて哲学的ゾンビであれば、どんなことをしても誰にも迷惑は掛からない」


「ん~、ここは詰める必要があるな。

『あの世』ってのはアップロードされた人同士の交流はできないのか?

 だとしたら恐らく過半数の人間が抵抗ある設定だ。

 まず死後も一緒にいたい人がいるとか、死別してしまった人に逢いたいといった人には魅力が削がれる」


「いや、そういった人は自分のいる世界に招待すればいい。

 世界毎に設定やルールを作って、公開するか非公開にするか選べる。

 たぶんデフォルトで全人類と交流できるようにしている『ロビーサーバー』みたいな場所が作られてるだろうね」


「なるほど、いわゆるタマシイのある他人を求めるものは公開世界に集まり、特定の誰かとほぼなんでもありの世界を楽しみたいなら非公開世界に招待を使い集まり、一切の制約なしで好きにできるのがひとりで非公開世界ってことか」


「それなら『異世界転生』できるね」


「それは売りになりそうだな。

 しかし殺人が目的ではなく手段、つまり特定の共有世界には居たいけどそこに一緒にいたくない相手がいる場合はどうだ?」


「社会も必要なくなった世界では想像し辛いケースだけど、解決策はいくらでも考えられるよ。

 一番シンプルなのはミュートにすればいい。

 もちろん音声だけではなく」


「ああ、存在をミュートするってことだな。

 見えもしないし物理的干渉もなくなるってことか。

 なるほど完成された仮想現実というのはそういうことさえ可能になるのか。

 対象をミュートにして起こる不都合も、世界があらゆる辻褄を合わせて補正してくれる……やはり想像を超えてるな。

 こうなると残された問題は自分で設定した世界に没入できるのかということと、やはり哲学的ゾンビへの抵抗感か」


「自分で設定するのが没入感を阻害するなら『ランプの精』に任せてもいい。

 卓上ゲームで言うならゲームマスターで、異世界転生もので言うなら最初に出てくる神様かな。

 哲学的ゾンビのほうは……僕は抵抗ないけど。

 そもそも自分以外の人間が全て哲学的ゾンビでも気付けないって話だったと思うけど」


「なので俺も哲学的ゾンビの世界で暮らすことに抵抗はない。

 だがここに穴があるぞ。

 『あの世』で自分で作った非公開世界の人間が哲学的ゾンビだと自分は知ってしまっているんだから現実世界とは前提条件が異なる。

 これでも俺は抵抗ないが、ここで抵抗が出てくる人間は相当いると思う」


「なら記憶を調整すればなんとでもなりそうだけど」


「おい、余計抵抗がデカいことを言い出すな。

 記憶は自己を規定する超重要要素だろ」


「人間に意思が生まれたのはエピソード記憶をするためだという説もあるしね。

 だが考えてもみてくれ、生まれてから今までの事をすべて憶えているわけでもないし、忘れていた記憶もふとした瞬間に思い出せたりするだろう?

 何かに没頭している時は、自分が自分であることすら忘れていることだってある」


「記憶を消すわけではなく、一時的に思い出せなくするだけってことか」


「そう、読書やゲームに没頭している間の感情移入や自己投影と同じだよ。

 記憶の調整を言い換えれば、その世界で生きることに集中させるとも言える」


「そう言われれば確かに抵抗は少ないか、記憶の操作は任意なんだろ?」


「もちろん、ある記憶を一時的に思い出せないようにするだけか完全に消すかも自由にできる。

 忘れたくないものをずっと忘れないようにするのも忘れたいことを忘れられるようにするかも自由だ」


「PTSDなんかもあるしな。

 それに自分を変えたいという人もいるか……なんならすべての記憶を消して新しい自分として生き直したい、生まれ変わりたいという望みもこれなら叶えられるわけだ」


「そうだね。もちろん記憶の調整は僕がパッと思い付いただけの簡単なもので、想像できることはなんでも、想像できないことでも可能しないと楽園とは呼べないだろうね」


「ふむ、では逆から攻めるか。

 楽園批判の常套句で

『痛みのない生などくだらない。辛いことがあるから人生は素晴らしい。なんでもかんでも上手く行ったらつまらないだろ?』

 みたいなのはどうだ?」

「一理はあるけど反論のほうが大きいね。

 例えばゲームに出てくる敵キャラや障害物はあらかじめ乗り越えられるように配慮されているやられ役で、それらのお陰でクリアした時に達成感を得られて気持ちよくなれる。

 人生でも運良くゲームみたいに乗り越えられる試練だけをクリアしてきたならそういう台詞も言えるけど、そうでない者……たとえば生まれ持った宿痾に苦しめられ幼くして生涯を終えた人やその親からこの台詞は出てこないし、僕は絶対その人たちにこの台詞は言えないよ」


「なるほど、上手く行った者による生存者バイアスのかかった台詞ってことか」


「なので乗り越えられない不幸を僕は肯定しない」


「んで、楽園なら誰もが幸運になれるってわけだ」


「さっき出たランプの精、このケースなら卓上ゲームにおけるゲームマスターみたいな進行役を用意すればいいからね。

 これなら現世(いま)を幸運に生きる人も変わらず幸運(しれん)を永遠に享受できる」


「ふむ、俺が思い付く大きな穴はこれぐらいか。

 これならかなりの人が楽園に魅力を感じてくれるはずだ」

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