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夜間飛行  作者: 千花夕夏
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滑走路灯(1)

BLとして読んでもらっても、主人公は実は女の子と思って読んでもらっても、どちらでも通じるように書いてます。

 地上に春雷が轟き、濁流がアスファルトを覆う夜。それでも雲の上の空には、いつも澄みきった晴天が広がり、深海のように静かに星と月がたたえられているはずだ。


 空港内ホテルの窓からは、濡れた飛行機が滑走路にならんでいるのが見える。地平線までぽつぽつとつらなる滑走路灯。その光と光のあいだを埋める闇の中を、地面を揺るがせながら大きな黒い鳥が飛びたっていく。

 そのたびに窓は、轟音に震えていた。大きな鳥の羽ばたきが、世界を壊してしまいそうだった。



 夜が深まるにつれて、十数台の携帯電話の音と光は大人しくなっていった。ゆっくりと部屋ごと、電波のとどかない水底に沈んでいくようだ。俺は、壁にかけられたシシイの制服に顔をうずめてみる。


 これからずっと、シシイが帰還しなかったら、どうしよう。

 まだ、言いたいことを何も伝えられていない。口にしたら、疲れさせそうだと、悲しませそうだと思っていた。そのせいで、自分の立場も危うくなる気がしていた。

 でも、こんどこそ俺は、絶対に伝える。たとえ、百人いるシシイの恋人たちが、同じ言葉を繰り返しているのだとしても、同じことを一番大きな声で、何度でも言ってやるんだ。

 “ずっと一緒にいて。俺だけをみて”



   ***



 春の嵐のせいで、今日の午前の便は全てキャンセルになった。 三週間ぶりのオフを手に入れたシシイは、明け方にパイロットの制服を脱いで出ていった。

 軽い春のコートを着て、すっきりとした後ろ姿が、ひらりと出ていくのを眠い目のはしでとらえた気がする。

 それを黙って見送った俺は、誰よりもシシイの近くにいるのに、誰よりも遠い。もう、しばらく雲の上にも下にも顔をだしていない。ずっと雲の中を手さぐりでゆく日々が続いている気がする。


 寝起きのぼんやりした頭のまま、俺は、ソファに脱ぎ捨てられたシシイの制服を壁にかけた。腕に三本、帽子に二本の線が、襟に三個のバッジがついている。遮光カーテンのすきまから差し込むかぼそい朝の光が、きらきらとそれらを照らした。ご立派な機長だことで。

 でも、長いつきあいになる俺は知ってる。シシイの頭の中は、百人以上に数が膨れあがった恋人たちのことでいっぱいだということ。

 そして、難関の飛行士に就いたのは、けして夢みたわけではなくて、追いかけてくる恋人たちから時間的にも地理的にも距離をとるために、しかたなかったからだということ。まったく、不真面目な男だ。


 その恋人たちの情報とシシイのスケジュールを管理する秘書みたいな役を務めているのが俺だ。このまえ十三歳になった。

 もう大人だし、誰よりもシシイの近くにいると思うのに、シシイはまだキスもしてくれない。

 空港に棄てられていた九歳の孤児だった俺を拾った時と全く変わらず、今でも俺を子どもあつかいするシシイには、言いたいことがたくさんある。


 ブラックジャックを読むと泣けるのは、ピノコに感情移入しちゃうからだっつーの、あっちょんぶりけ。



 日が昇るにつれて、鏡台におかれた十数台の携帯電話が目覚めていった。薄暗い部屋の中で、着陸前に眼下にあらわれる町のネオンみたいに光るそれらを眺めながら、俺は少しずつ仕事モードに入る。


 まずは、羽毛を集めたハタキを取り出し、慣れた手つきで、夜のあいだに携帯電話についた塵を払っていく。

 まるで、山頂から羊たちを見守る羊飼いみたいに、まじめな顔をして。

 けれど、鏡に映るもう一人の自分は、肩にふれる黒髪をゆらして、大きすぎる黒い瞳で俺をのぞきこみ、言った。

 「ミテキ、家来を見下ろす王女様みたいに、傲慢になればいいのに」俺は、頭をふって、すぐにその声を追い出す。


 それぞれの携帯には、十人ずつ連絡先が登録されていて、メールはすべて俺が確認して返信し、必要なものだけシシイの携帯に転送している。

 電話がかかってきた時には、基本的に留守電対応だけど、メールやりとりの文脈から必要だと判断した場合は、シシイに転送。このへんの読みはプロ級になってきた。

 シシイは、サイマルの送信メアド選択サービスを利用して、俺を通さずに返信することもできるけど、ほとんどしない。恋人を増やす一方で、直接の関わりは反比例して減っているのだ。


 本末転倒、という言葉が頭を駆け巡って、俺はシシイを問いただしたことがある。限界だろう、せめて数を絞れよ、と。


 「でも、最後には誰も残らない可能性もあるだろう。だから、もっと増やさないと」


 これが、シシイの答えだ。そんなことしたって、と俺が言いかけると、シシイは、長くて柔らかいまつげのせいでいつも少し悲しげにみえる顔で、うつむいて言った。


 「孤独になるだけなのはわかってる。僕の葬式には誰もこないだろうな。というか、きてほしくない。嘘がばれて失望させるくらいなら、空から灰を撒いてほしい」


 必ずその最後の一人になって、シシイをみとる、風化風葬してあげる。だからもう、…俺はそう言おうとして、



 「you can fly! you can fly! you can fly!」



 今みたいに、着信メロデイーに邪魔されたのだった。斜光カーテンを開けながら、はい、シシイからの電話に出た。


 『ミテキ?あのね、これから柏木に会うけど、僕って俺だっけ?』


 シシイは、相手の好みに合わせて一人称を変えている。が、恋人の数が五十人を突破した頃から、その使い分けを覚えきれていない。


 「“僕”で大丈夫。あとで柏木ミハルの基本データ送るね」

 それから、と少し迷ったけれど、俺は続けた。

 「今日は、電話をつないだままにしてて。何か面倒なことが起こる気がするんだ」

 わかった、といってシシイはいったん電話を切った。


 シシイは俺との通信に使う電話にだけ名前をつけている。「MD87」、自分が初めて乗った飛行機と同じ名だそうだ。サンダーバードみたいに、ブリッジを使わずに飛行機の腹から乗り込むタイプでかっこよかったそうな。

 俺は、よく知らないけれど、シシイの命を預かるホットラインだと思ってもらえているようで少し嬉しい。


 

 というわけで、常に軽く痴呆気味シシイのサポートシステム本格起動。柏木とシシイは、カフェに入ったようだ。おしゃれで静かな音楽とともに、店員の声が電話の向こうから聴こえてくる。俺は、聞き洩らすことがないように、イアフォンを耳に押し込んだ。

   

 『コーヒーとミルクティーお持ちしました』


 『ミルクティーは、マユミに。』


 『わーお砂糖かわいい』

 いきなり、名前間違えているけど、気づかれていないのは、人徳?


 『僕とデートするの、おとといぶりだよね』


 『うん、おととしぶりだね。』

 かみ合わないのに大丈夫なのは、恋の力?


 『今日はずっとずっと一緒にいられるよね?』


 『天候次第だな、この雨なら大丈夫だと俺は思うけど』


 がるあがるあがるあがるあー


 うわっ、背後で響く音に驚いて振り返った。この着信音は、あの女に決まっている、どうしよう。鏡台の前で不吉な赤い光を放つ携帯電話をとりあげた。

 赤と黒のガラス鋲にびっしりみっちり埋め尽くされたデコ電は、握るだけで手が痛くなってくる。メールを開封すると、画面いっぱいに詰まっている文字、文字、文字が現れた。赤い太字で何度も「わたしだけをみて」と書いてある。

 悪い予感が的中しそうだ。俺は、ざっくり読んだあと、冒頭に要訳をそえて、原文のままシシイに転送した。



<toシシイ fromミテキ 今、あの小夜子からメールきました。すぐに会えないなら死ぬって。いつものことだけど。>


読んでいただき、ありがとうございます。次で(滑走路灯編)完結です。

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