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交際開始から3時間後、蛙化現象を発症した恋人が別れを切り出してきた

「青井君、ごめんなさい。あたしと別れてください」


 高校2年の冬。僕は恋人に振られた。

 人生初の恋人だった。告白してくれたのは、彼女の方からだった。

 今だから言えるけど、彼女が告白してくれた時、僕は内心、この告白が何かのドッキリだと思った。


 彼女……響詩は、モデルのようなスタイルをしていて、艶のある黒髪を靡かせて、まつげは長くて、目は大きくて……性格は品行方正。クラスの枠を飛び越えて、学校中の人気者だった。

 反面、僕はイケメンには程遠く、性格は根暗。


 そんな僕達は、恋人になるにはまったく釣り合いが取れていない。

 だから、彼女に好きです、だなんて言われても、その言葉をそのまま受け取ることなど、僕には到底出来なかった。


 ただ、そんな疑念がありながらもあの告白を受け入れたのは……目の前で目尻に涙を蓄え、僕の返事を待つ彼女の姿を見て、嘘告白でからかわれるよりも、彼女を泣かせるほうが嫌だと思ったからだった。

 告白を受け入れて、デートをして、コミュニケーション能力は低いながらも、彼女を笑わせることとかも出来て……品行方正で知られる彼女に、意外と抜けた一面があることも知れて。


 きっとこれから、恋人同士となれた彼女のことを、もっと知れていけるんだ、と思っていたそんな矢先の破局宣言。


 まさかこんな形で彼女との交際が終わりを迎えることになろうとは。


 脳裏を過ったのは、いくつかの疑問だった。

 どうして別れたいと思ったのか?

 まだこれから、もっと関係を深められる可能性もあるのではないか?


 もしかして、僕を弄んだのか……?

 

 色々な疑問が過った結果。


「そっか。わかった」


 僕は、交際関係の終焉を受け入れた。

 

 脳裏を過った質問をすることは、なんとなく女々しいと思ったのだ。これでも僕も男である以上、恰好悪い姿を見せたくなかった。


 でも……それ以上に、素直に彼女の言葉を受け入れた理由がある。


「ありがとう。付き合えて楽しかったよ」

「……あたしもです」

「それなら良かった」


 僕は乾いた笑みを浮かべた。


「交際期間、三時間だけだけど……」


 交際期間三時間。

 ぶっちゃけ彼女のこと、何もわからんかったし……別に終わってもいいか。

 それが、僕が彼女との破局を選んだ一番の理由だった。


   *   *   *


 翌朝、目覚めはいつもより良かった。

 家を出て学校へ着くと、僕と響さんの昨日の出来事など知る由もない教室は、騒がしかった。

 普通の学生であれば、楽しそうに雑談を繰り広げるクラスメイトの輪に混ざりそうなものだが、僕はクラスメイトと一緒に騒ぐことなどはせず、そそくさと自分の席に腰を落とした。


「ふう……」


 ここで僕がクラスメイトの輪に交じって、空気を壊す可能性を加味しての行動だ。

 僕のおかげで、クラスメイトの雑談の平和は今日も守られた。いやはやまったく、少しくらい、お礼をしてくれてもいいのではないか?


 始業のチャイムが鳴るまでの間、僕はスマホでネットサーフィンをすることで暇を潰した。


「えー、そうなんですかー?」


 遠くから、響さんの声が聞こえてくる。

 彼女の声色は、昨日の出来事など、まるで初めからなかったかのようにいつも通りに明るい。


 ……まあ、三時間程度の出来事だし、本当になかったものとして扱っているのかもしれない。

 三時間で破局した時点で弄ばれたことは確定的なわけだが……こうしてなかったものとして扱われると、一周回って何だかどうでもよくなってくるな。

 だってそれ、最早弄ばれたとも言えないわけだから。


 チャイムが鳴って、クラスメイト達は自席に戻っていく。


「あれ、青井。来てたんか」

「おはよう。平田君」


 僕の後ろの席から、僕に声をかけてきたのは、平田君。軽く彼のことを紹介するなら、彼はイケメンだ。以上。


「たまには会話に交じれよー。クラスで浮いちゃうぞ?」

「いや、既に浮いてるよ。どざえもん状態」

「あはは。相変わらず、青井は面白いなあ」


 陰キャの戯言を笑ってくれるだなんて、本当、彼はなんてイケメンなんだ。


「そういえばさ、青井。昨日は放課後何してたんだ?」

「え?」

「いや、サッカー部の練習中、駐輪場の方に行くお前が見えたから」

「それが?」

「お前、電車通学だっただろ」


 ……イケメンって、視界が広いんだなぁ。

 僕なんて、他人の通学方法を気に留めたことなんて一切ないよ。


「……ちょっとね」

「なんだー? 仄めかして。誰かに告白でもされたんか?」

「……」

「え、図星? マジ?」

「……違うよ」

「うわー、マジかよ。誰誰?」

 

 否定しているのに、否定していると思われていない……!

 この男、察しがよすぎるだろ。


「このクラスの子か?」

「……黙秘」

「窓側列の席の子?」

「……黙秘だって」

「じゃあ、窓側列の前三人の誰か?」

「なんで黙秘してるのに、どんどん範囲絞っていけるん?」


 しかも、合っているし。

 響さんの席は、窓側列の一番前だった。


「まあ、じゃあこれ以上は聞かないでおくよ。とりあえずおめでとう」

「……おめでとうは不要だよ」

「なんだ、照れるなよ。別に高校生にもなれば、男女の交際なんて普通だろ」

「いや、そうじゃなくて……振られたから」

「……え?」

「付き合って、デートして……その帰り道に振られたんだ」

「……」

「交際期間、脅威の三時間」

「……あー」

「起立」


 丁度先生が教室に入ってきて、学級委員長が声を上げた。

 僕達は会話を中断して立ち上がり、それからしばらく、ショートホームルームが始まった。


「所謂、蛙化現象か」


 背後から、平田君の落胆する声が聞こえた。


 蛙化現象。

 聞いたことがある。

 確か……恋愛感情を抱いた異性の嫌な面を見て幻滅することで、昨今、若者の間で流行しているとかなんとか。


 ……それだー。

 ヤケに見切りが早いと思ったんだよ。

 だって、たった三時間だよ?

 ちょっと会話して、クレープ食べて、散歩しただけだよ?


 明確な名称がある現象じゃないと、説明がつかないくらいの短期判断だと思ったんだよ。

 あー、よかった。

 明確な名称がある現象のせいで。


 いや、ちっともよくない。

 僕が響さんに振られたという事実は、変えようのない事実過ぎてウケる。


「青井。……あんまり落ち込むなよ?」


 一人で狼狽えていると、背後の平田君が言った。


「……三時間で相手を振る女なんて、薄情な奴に決まってるんだ。だから、そんな女に振られたくらいで気に病むな。むしろ、地雷を避けられてよかった、くらいに思っておけよ」


 中々に達観したアドバイス。

 僕は、平田君のアドバイスにうんともすんとも、言うことはなかった。


 ……彼の言っていることは、合っていると思った。

 実際問題、今更気に病んでも仕方がない話ではあるのだ。

 何故なら、響さんが僕を交際からたった三時間で振った事実は変わらないし、薄情な選択をした行為も覆らないし……。


 僕達は、もう恋人同士ではないのだから。


 弁明ではないが、僕は別に、響さんとの交際終了を憂いたことは一度もない。

 そりゃあ確かに、最初、彼女に告白された時は舞い上がった。こんなに可愛い人に告白されるだなんて、僕もまだまだ捨てたもんじゃないなとか思っていた。


 でも……それと同時に思ったんだ。

 破局当時も思った。デート中だって……何度も何度も、思ったのだ。


 僕と響さんでは、まったく釣り合いが取れないな、と。

 だから、響さんとの別れも渋ることなく、あっさりと受け入れられたんだ。


 ……ただ、憂うことはなくとも、疑問はやはり残ったまま。


「それで……今日、若松さんがお休みなんですが。誰かプリントを届けに行ってくれませんか?」

「先生。それならあたしが行きます」

 

 手を挙げたのは、響さん。


「え……。でも響さん、若松さんの家、響さんの家とは真逆じゃない?」

「大丈夫です。若松さんが心配なので」


 ……僕が彼女と釣り合わないと思ったのは、顔立ちだけに限った話ではない。

 彼女は綺麗だ。

 学校内で知らない人はいないくらい有名人になれる程、綺麗な人だ。


 でも……端から見て、彼女の一番の美しいところは、その性格だと思う。

 相手の気持ちを慮って、相手の身に寄り添って……自己犠牲すら厭わないその姿は、人間の鏡だと言わざるを得ない。


「相変わらず、響さんは優しいねぇ」

「少し心配になるくらいだよ……」

「あたしの方が、わかっちゃんの家に近いから持っていこうか?」

「いいえ、大丈夫です」


 そんな響さんに向けて、陰口を叩くような奴はこのクラスにはいない。

 最初は存在したが……彼女の献身的な姿に何度も助けられ、最終的に皆、彼女を慕うようになったのだ。


 ……そんな彼女が。


『青井君、ごめんなさい。あたしと別れてください』


 どうして僕にだけ……あんな薄情な行為に及んだのだろう。

 少し気になりはしたが……尋ねてみよう、とまでは思わなかった。

 もう終わってしまったことを、今更掘り返すこともどうかと思ったのだ。


「それじゃあ最後に……今日の日直は青井と響の二人だ。よろしく頼むぞ」

「えぇっ!?」


 狼狽えたのは、響さん。

 教室中にこだまする彼女の声を聞きながら、何もそこまで狼狽えなくても……と僕は思った。


 一瞬、教室は変な空気に包まれたものの、その後は何事もなく授業は進んでいった。

 そして、放課後。


「あの、青井君……」


 帰りのショートホームルームが終わった後、僕に気まずそうに声をかけてきたのは、響さん。

 手には学級日誌を持っていた。


「ああ、そっか。今日、日直だった」


 正直、日直に選ばれたとて、仕事の量はたかが知れている。

 故に、この時間まですっかり今日、自分が日直だったことなど忘れていた。


「ん」


 僕は手を差し出した。


「……ん?」


 可愛らしく、響さんは小首を傾げた。目を丸くしている様子から、僕の意図は伝わっていないらしい。


「日誌、書いておくよ」

「え、でも……」

「響さん、今日、この後、若松さんにプリントを届けに行くんでしょ?」


 今朝のショートホームルームでの出来事を思い出しながら僕は言った。響さんの家が若松さんの家からどの程度離れているかは知らないが……この後予定がある響さんに対して、僕はフリー。だったら、日誌を書くことくらい、僕が適当に済ませておくべきだろう。


「……ね? 早く行ってきなよ」

「……」

「……響さん?」

「ダメです」

「え」

「だってあたしは、日直の仕事をサボりたいから、若松さんにプリントを届ける仕事を買って出たわけではないんですもの」

「……真面目だな」

「当然のことです」


 ご立腹そうに頬を膨らませる響さんに、僕は乾いた笑みを浮かべた。

 彼女は本当に……真面目な子だな。

 

「それに、自分のせいで青井君に負担を強いたとなっては、若松さんもゆっくり休めなくなるかもしれません」


 それでいて、友達思い……。

 

「引き受けた仕事を投げ出すことは、あたしに仕事を与えてくれた先生やクラスの皆を裏切る行為でもあります」


 責任感も強くて……。


 ……本当。


「本当、三時間で恋人を振る人とは、とても思えない」


 ……しまった。

 顔が冷たくなっていくのがわかった。

 それと同時に、みるみる響さんの顔が曇っていくのもわかった。


「あ、その……嫌味っぽくなってしまったんだけど、そういう意味で言ったわけではないんだ」


 捲し立てて言いながら思った。


「ただ……お恥ずかしい話ながら、人生初めての恋人だったから、その恋人との破局をあんな短時間で迎えることになるとは思っていなくて」


 これ、弁明になっているのだろうか……?


「だから……っ。と、とにかく、一生忘れられない思い出になったよっ! あはは!」

「……うぅ」


 やっぱり!

 泣かせてしまった……!


 慌てふためく僕だったが……まもなく落ち着いた。


 だってこの状況……響さんの自業自得では? と思ってしまったから。

 告白して、たった三時間で相手を振っていては……いくら振った現場では円満らしく破局を迎えることが出来ても、こういう発言をされることもしょうがないことではないだろうか。


 それくらい……昨日、彼女が僕にした行為は、最低な行いなのだ。

 人の気持ちを弄ぶ行いなのだ。


「……響さん、泣き止んだ後で良いんだけどさ。教えてくれない?」


 僕は尋ねた。


「どうして、僕と別れようと思ったの?」


 やっぱり……どうしても、日頃の品行方正な響さんと、昨日の彼女の行いが繋がらないのだ。

 数か月、同じクラスで勉学を共にして……少々の信頼関係を築いていた部分もあるのかもしれない。


 昨日、彼女が僕に最低な行いをしたことは事実だけど……それでも、響さんがそんなことするはずがない、と信じたい気持ちもあったのかもしれない。


「最初は……舞い上がりました」


 しばらくして、泣き止んだ響さんが語りだした。


「青井君に好意を抱いて……告白をして受け入れてもらえて、このままずっとあなたといたいとさえ思いました」

「お、おう……」

「でも、少しして気付いたんです」

「何に?」


「あたし達、全然……釣り合っていないなって」


「……まあ、ね」


 それは昨日、デートをしている最中も……響さんに告白された時も、思ったことだ。


「君の言う通りだよ」

「……青井君?」

「僕も思っていた。僕達はまったく釣り合いが取れていないって」

「そ、そうなんです!」


 ……凄い自信。

 響さん、いつも謙虚な姿勢を示していたけど、実は結構自己評価高かったんだ。


「他人がやりたがらないことをよくやってくれますし、皆からすごい信頼されていますし……っ」

「あはは……」

「ジョークも結構好きですし、テスト勉強を億劫に思っている割に赤点は絶対回避しますし……」

「ん?」


 響さん、日頃からそんなにジョークを言っていたっけ? 勉強だって、いつも学年でも上位だったような……?


「それにそれにっ! 運動は少し苦手かもだけど、イベント事ではいつも精一杯頑張っていられますし!」


 ……あれ?


「今だって、昨日あんなに酷いことをしたあたしの負担を考えて、日誌の仕事を請け負ってくれようとした」


 ……これ、もしかして。


「本当に、青井君は素晴らしい人なんですっ!」


 僕の話だったー!

 いやいや、ちょっと待ってくれ。

 確かに僕達は恋人関係となるには、釣り合わない関係だ。


 でもそれは、彼女の方が格上。僕が格下というパワーバランスでの関係であって、その真逆はありえない。

 冷静に考えろ?


 君、陽キャ。

 僕、陰キャ。


 陰キャが陽キャに勝っているのは言い訳のボキャブラリーだけなんだよ……!


 ……と、いうか。


「だから……あたし、冷静になったんです。あたしが青井君と付き合うだなんて、烏滸がましいって……」


 響さん、僕のこと詳しすぎじゃない? 

 何なら僕より詳しい。

 いやあ、僕って僕のこと知らなさすぎ!

 僕へ、もっと僕を知れよな!


「だから、付き合うのではなく、良い人に巡り合えるように陰ながら応援しようって……」


 茶化すのも程々に……この詳しさ。

 もしかして響さん、常日頃から僕のこと監視してたのかな?


「……だから、青井君! 安心してください! これからは24時間体制で青井君を監視しますので」

「うん。何も安心出来ないよ?」


 とりあえず、ここから逃げたいと思った。

供養です

連載化させたかったが、なんか2話以降が上手くまとまらなかった


もしよかったら評価、ブクマしてくれると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
これだけ思ってくれるなら、むしろ捕まえに行った方がよいと思う。
こわいなぁー、戸締りしとこ
ひょっとしてまだ 彼女から逃げられると本気で思ってるんじゃないかねぇ
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