魔王に転生したのにADHDは治らないようです。
はじめまして。
初投稿・処女作です。
知って欲しい内容を転生物として書き上げてみました。
気楽に楽しんでもらえれば嬉しいです。
「マーシェリー・ルドラン!貴様のような悪女を国妃にすることなどできぬ!婚約破棄だ!」
そんな言葉を聞いた俺は意識が遠くなる感覚を覚えた。ありえる話とはいえ、まさか転生後にそんなテンプレ台詞を聞くことになるとは思わなかった。
最初に自己紹介をしておこうか。オレの名前はマテウス・ルシファー、この国の貴族子息……などでは無い。この茶番を偶然みる羽目になった悪魔である。お気づきだろうが、俺は転生者だ。詳しく話していこうか…
転生先は傲慢の悪魔ルシファーの長男だった。七つの大罪を冠する悪魔族は魔王種と呼ばれ、大陸の西半分を分割した領土を治めていた。だが、俺はそんなことが気にならない程重大な問題に直面していた。俺は前世でADHDとアスペルガーを発症していたが、どうやらそれはこの体に転生しても変わらないようだった。また人間関係で苦労する生き地獄を味わう羽目になるのかと、絶望感に打ちのめされていた。だが、思いの外そんなことにはならなかっのである。
アスペルガーの特徴の一つである「会話の行間や感情の機微などが分からず、他人に対して酷い態度を取ってしまう。」ということに前世では悩んでいたが、今世では傲慢の魔王の息子ということから、納得の態度だと思われているらしい。しかも、ADHDに見られる欲求が満たされなかったり思い通りにいかない時にイライラする、という態度も傲慢らしいと一部の配下から拍手が起きるほどだった。
(何故だ……ルシファーの傲慢らしさを考えれば確かに「らしい」性格ではあるだろうが、それでも褒められるような体質ではないだろう。)
他にもわかったことがある。ルシファー一族はその身に剣を宿しており、常にその武器を呼び出して戦うというものであった。これは忘れ物が多いという欠点を最低限抑えるのには有効であった。また、この世界の魔王を含む国王はスケジューリングを部下に任せて、自分はそれに従うだけという事がほとんどであったので、帝王学などは学ぶものの基本的に書類との睨めっこという一つの作業に没入することは、多動性という難点はあるが向いているとも言えた。
そんな俺だが、今年ついに20歳を迎えて正式にルシファーの名を冠することになった。昨年の誕生日には妹が傲慢らしく、嫁入り相手の強欲の次男と共に生命を狙ってきたが、返り討ちにしてやった。二人は欲望を抑えられた状態で島流しの刑を受けた。
欲望を抑えるとは、傲慢と強欲それぞれの権能(魔王種のみに遺伝する特殊な力)を封印して、別の悪魔の欲望を強くするというものだった。今回は色欲のアスモデウスが担当だったので、今頃二人でよろしくヤッているだろう。最終的に甥姪の数がどれほどになるのやら…
その時の賠償金代わりに、強欲のマモンから収納魔法の秘技を伝授してもらった。もちろん俺一人だけという条件付きだったが、これで忘れ物などにも困らないと安心したのは記憶に新しい。
話は戻って名を冠することだが、一つ条件があった。実は悪魔と人間の寿命には大した差は無い。生後半年で生えてくる異形の角と膨大な魔力、魔王種はそれに加えて大罪の権能を持っているのが悪魔族の特徴と言える。しかし、悪魔族同士では血が濃くなりすぎる事がある。そのため、政略で結ばれた正室以外に人間界から側室を受け入れることが魔王となる条件だった。(実は俺は正妃腹で妹は側妃腹だったので、魔力量的にヤツに勝ち目などなかったのだが…)そんなわけで側室を迎えることになったのだが、なるべくうるさく無いのがいいと俺は思った。正室予定の婚約者は怠惰のベルフェゴールの長女なので、惰眠を邪魔されるとそれは恐ろしいのである。(尻に敷かれてるとか言うな)
まぁ、彼女の権能のおかげで突発的にイライラするのを抑えられているので助かっているのだが…
そう思って人間界を色々覗き込んでいると、先程のテンプレな婚約破棄宣言が聞こえてきたのだ。
「失礼ながら王太子殿下、私との婚約は王命によってなされたものですわ。それに、婚約破棄の理由も悪女と仰ることも分からないままでは話も進みませんし、大勢の耳目の集まる場より離れて互いの保護者を交えた上で話し合いをしませんこと?」
「黙れ!またそうやって煙に撒こうとしているのだろう。もうお前の指図など受けんぞ!大人しく婚約破棄を受ければ外交官としてこき使ってやるくらい認めてやったものを、もう我慢ならん!国外追放だ!貴族籍を剥奪した上で魔の森へ身一つで送ってやる!そこで野垂れ死ぬといい!」
いや、彼女の言い分は至極真っ当だし、普通王太子とはいえ国外追放や貴族籍剥奪なんて命令できる立場ではない。彼女個人に不満があるのなら父王に事情を説明した上で円満に白紙撤回ということも可能だろうに、なぜこんな馬鹿げたことをするのか疑問でしかなかった。
ちなみに、魔の森とは魔王国と人間国の境界線となってる森のことで、腕に覚えのある者でないと生命の危機に晒される場所である。
「これは何の騒ぎだ!」
「ち、父上!?何故ここに?外遊中ではなかったのですか!?」
「暗部からお前が怪しい動きをしていると報告が上がって切り上げてきたのだ。お前が雇ったゴロツキも捕縛してある。言いがかりで公爵令嬢に冤罪を着せようとしたことも調べがついておるわ!衛兵、王太子を捕縛せよ!」
こんな形で、断罪劇は終わりを告げた。パーティは解散となり、王太子は再教育の上で王位継承権降格、公爵令嬢には婚約の白紙撤回と慰謝料が支払われた。
後日、彼女のことを調べてみると、性格は温厚で平和的、学力は上の中、王太子妃としての仕事ぶりは応用力に長けており、トラブルの仲裁役をかって出ることが多い。欠点としてはストレス発散でダンジョンに潜る時、人が変わったように魔物を切り付けることから切り裂き魔女と呼ばれていること。…めっちゃお宝物件じゃね?
温和なら基本的に静かだから惰眠が邪魔される事はないし、ルーティンワークのような同じことをやるしかできない俺と違って応用力があるのもいい。そして、聞く限りでは溜め込みやすい体質の彼女だからこそ、ストレス発散方法を自分で見つけてるのもポイントが高い。トラブルの仲裁役をかって出ると言うのも、断罪劇の言動から見るに間違いないのだろう。
ただ一つの問題は、彼女がスレンダー体型で正妃のマリアが豊満ボディであることだな。それによって双方がどのような反応をするのかが全く読めない。
よし!ここは一つアタックしてみるか!まずは国王と公爵家、うちの親父に婚約の話を打診してみて、いい返事をもらえるように努力するところからだな。
ここで知っておいて欲しいのは、ADHDやアスペルガーの人は常識知らずでも相手を不快にさせたいのでもないということだ。ADHDは話しかけられても気づかなかったり、気が散りやすくて話が長続きしないことが多い。アスペルガーは場の空気や心の機微を読むのが苦手なので顰蹙を買うことが多い。この二つが併発していると、人の話を聞かず、デリカシーの無い発言をする嫌な奴という認識となるのである。
手紙のやり取りなら側近などの第三者に確認してもらえれば、そんな言動の言葉遣いは無くなるので安心だ。しかし、対人での会話となると先程の欠点が浮き彫りになってしまうのと、アスペルガーは自分の興味を際限なく喋り倒すことがあるので、それを無意識に抑えようとすると基本的に無口になりがちなのである。
そのことを、現在目の前にいるマーシェリー・ルドラン嬢に明け透けに伝えてみた。もちろんこの世界にADHDなどの概念などない。だから生まれつきこんな性格なんだというハンデとして説明する他なかったのだが…それを聞いたマーシェリーは少し考え込む仕草をしたと思うと、何かを決意した様に話し始めた。
「私はヨハン殿下との婚約に不満など無かったのです。しかし、あの人は自分の思い通りにいかないとイライラをぶつける事が多く、相手の感情の機微に疎いところがありました。王太子というのは応用力を求められる事の多い立場であったのですが、そういう事態の度に慌てており、私が助言することが多くなっていたのです。それを恨み言の様に言われるとは思いもしませんでしたが。」
そこまで言われて気づいた
「もしかして、王太子は…」
「はい。あなたと同じハンデを負っていたのではないかと思います。」
そうだったのか…そういえば、ルシファーは元々天使だったのが罪を犯して悪魔に堕ちた堕天使であると聞いたことがある。もしかして、初代ルシファーもADHDなどを発症していて人間関係が上手くいかずに罪を犯したのではないだろうか?だとしたら、
「なぁ、確か今の王家って何代か前にルシファー家の末妹が嫁いで無かったか?」
「ええ、確かに五代程前に我が公爵家が独立した直後に降嫁されたと聞いております。…!まさか!」
「あぁ。ルシファー家の血族にその様な者が現れるのだとしたら辻褄が合う。」
もしこの仮説が正しいのだとしたら、俺のやるべきことは対処法を確立してそれを後世に伝えることだろう。ADHDとアスペルガー、この二つで苦しむ者が今後現れないという確証は無い。そのためにも、俺はお見合いを早々に切り上げて執務室にいる父を訪ねた。
「親父、教えてくれ。俺や王太子に出たこの体質のことを。」
「…実は魔王種には権能の他に業と呼ばれる呪いがある。それは党首にのみ話すことを許されることなのだが、これが他国にまで及ぶのであるのなら関係者を集めて話した方がいいだろう。その前に七族議会で許可を貰わなければな。」
親父はそう言って、手紙を書き始める。
後日、七族議会の許可を得て王国で王太子の処分内容に対する意義申し立てという名目で関係者が集まった。
参加者は王太子とその父である国王、調停役の宰相、被害者のマーシェリー嬢とその父の公爵、そして俺と親父の計7名だった。
「さて、今回はルシファー家より意義申し立てが挙がり、公爵家が承認した事でこの席が設けられました。此度の元王太子殿下の処分に不服があるとのことですが、どういうことでしょうか?」
「それを説明するために、一つ話しておくべき事がある。実は、我々魔王種には業と呼ばれる呪いの一種が宿っていてな、血族にその呪いが遺伝することが稀にあるのだ。」
「呪い、ですか?それはどのような?」
そう問われて、親父はその呪いの具体的な症状を挙げていった。以前俺がマーシェリー嬢に伝えたことの他に、話が一方的になりやすいことなど全てがADHDとアスペルガーに該当する症状であった。そして、俺にもその症状が現れていることも伝えられる。
「なるほど。元王太子殿下の言動はその呪いによるものであると…しかし、聞いている限りでは生命の危機などの差し障りは無い様に思われるのですが…」
「あぁ。本来なら生命には関わらない。ルシファー家の悪魔族ならな。その血が入っている人間である事が問題なのだ。」
「どういう意味ですか?」
ルドラン公爵が訊ねる。
「悪魔族の中には症状が顕著に現れていた初代様を敬う派閥があり、今回同じように顕著に現れた息子を次代に押し上げたのもそいつらだ。だが、奴らはその呪いが人間族に現れることは許されないと抹殺してくるやもしれぬ。」
「そんな…」
親父の言葉に顔を青くさせる元王太子。
「そこで、私から提案があるのです。王太子殿下を憤怒のサタンの次女に婿入りさせてはいかがでしょう?」
「私が婿入りだと!?」
その態度に俺は眉をひそめる。
「サタンは怒りのエキスパート。イライラも怒りへの準備と考えるならば、それをコントロールする方法を熟知している人物と言えます。婿入りして、その教えを体得できたら王太子殿下にとって良い結果が得られるでしょう。」
「だが、今のままではそれは不可能でしょう。」
「何だと!」
突然口出しした俺に王太子は噛み付く。
「それだ。そんな態度では人から教わったとしても身につくものなど何一つない。周りの人間が静観してるのをいいことに助長した結果だな。いいか?親父が言ってたように俺もあんたと同じ呪いを背負っている。それでも、付き合ってくれる友人はいるし、婚約を申し出ている人からも色良い返事を頂いている。」
チラリとマーシェリー嬢を盗み見ると顔を赤くしていた。
「それはひとえに、それを抱えていて尚自分を自制し、相手と仲良くする努力をしてきた結果なんだ。お前は真剣に考えた事があるか?相手が嫌がらない行動や配慮の仕方を。そしてその相手とどんな関係性になりたいかを。」
それを聞いて俯く元王太子。
「要はお前がどうなりたいか。そして、そうなるためにどうすべきかを考えることだ。それがわからないでいては、お前は一生ひとりぼっちのままだ。俺からは以上です。」
「では、改めて殿下の処分内容を協議致しましょう。」
数年後、再教育を終えた元王太子殿下は充分な反省が見られたということから、サタンの次女に婿入りする事が決まった。時々夫婦喧嘩はするそうだが、それでも穏やかで仲のいい夫婦になってるという。
俺はと言うと、そんな報告を聞きながら呪いについての対処法をまとめていた。今では他の悪魔族の呪いについてもまとめてくれと頼まれる始末だ。またいつか、俺たちの様な者が現れてもなるべく苦労しない環境をできる限り整えていきたいと、そう思った。
ちなみに、正妃・側妃問題についてだが、
「妹が欲しかった。グッジョブ」
「私、マリアさんみたいなお姉ちゃんに抱きしめて欲しかったんです!ありがとうございます♪」
想像してたのと違うが…まぁ仲良くなれるのならそれはそれで良しとしよう。




