奇妙な魔女――3
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由兎に買ってもらったコーラを口に含んで喉の渇きを癒す。よくよく考えればかれこれ四時間は何も口にしていなかった気がする。その本人はというと鼻歌交じりでご機嫌に歩いていた。ついさっきの事。
「うわーお。すかすかじゃない」
驚きと言うよりは喜びに近い声をあげて電光掲示板を見つめる由兎。
「何がすかすかなのさ」
「対戦カードよ。詰まっていたら予約しなきゃとか心配してたから良かったわあ。折角来たんだから見るだけじゃなくて殺りたいもんねっ」
今絶対に”殺りたい”と変換した気がする……。
そんなこともあって、一階にある受付ロビーに僕達は向かっていた。
「春空君も参加する?」
振り向いて、後ろ歩きをする器用な魔女。
「いや、今日は観戦だけに留めておくよ」
「あら、怯えちゃったのかなあ?」
「そんなんじゃないさ」
「まあ、懸命ね。いくら春空君が元々こちら側の人間だとしても、いきなり平和な世界から来て生き残れる可能性は決して低くない。けれど、痛い目は見てしまいそうだもんね」
と、魔女は寛容に許容した。正直な話、僕は少し臆していた。確かに僕は人を殺めたことがあるが、命のやりとりを経験したことはない。
受付で参加を申請しようする由兎の姿は買い物で可愛い服を見つけた女子高生そのものだった。これが全国の八位とは、なんだか拍子抜けしてしまいそうな話である。
あと少しで受付の人に申請できる。すると、明らかに割り込むようにして二人の大男が由兎にぶつかった。象と馬のような体格差に由兎は簡単に弾かれてしまい、直ぐに声をあげて二人を制止した。
「何割りこんでんのよ」
割り込む、と言っても列があるわけではない。由兎だけが参加申請をしていたのだ。つまりこれは割り込みというより、由兎個人に喧嘩をふっかけているように見える。
「わりいな姉ちゃん。小さすぎて見えなかったぜ!」
「当たった時に胸の感触がしなかったなあ。小さいのは身長だけじゃないみたいだな!?」
がはは、と。卑しく下品な豪快な笑い声のステレオ。
明らかな侮蔑だ。明らかな侮辱だ。明らかな宣言だ。こいつら由兎が誰だか知っていながらやっている。確信犯だ。となるとこいつら何が目的だ?何が――目的なんかいくらでもあるか。由兎がいつから八位の座に着いているかは知らないが、階段を駆け上る為に沢山の遮壁を粉々に砕いてきただろう。その恨みだとしても。自分の力に過信した者が狙いやすそうな獲物を見つけて来たのだとしても。
由兎とこいつらが闘うには不利な気がする。相手は由兎の戦術を知ってるのだろう。だが、由兎は何も知らない。情報の有無は戦闘に置いて必要不可欠だ。それは、僕もよく知っている。
「上等な下種じゃないの……汗ばっかりかいて明らかに女との生活が無縁そうな貴方たちに私からの死という最も崇高なプレゼントを与えてあげるわ!参加申請の対戦相手希望の欄に私の名前を書きなさい!この、相羽由兎の名前を一字一句間違えずにね!」
止める隙が欠片も無かった。男達は予定通りと言わんばかりの小賢しい笑みを浮かべ、参加申請に名前を書き込んでいる。
「俺達は二人だ。姉ちゃんもなんなら一人仲間を呼んでいいんだぜ?いたらの話だがな!」
がはは、と。全く何から何まで苛々させてくれる奴らだ。由兎が引越ししてきたばかりで誰も仲間がいないことまで調べて二対一を最初から予定してやがる。
「一人で充分よ!あんた達なんか――」
そっと由兎の口を抑えて黙らせた。確かに用意周到だ。それは戦術として立派に機能している。だけど、あまりにも僕を苛立たせた。
「僕が一緒に闘うよ、由兎」
僕の言葉は予定になかったからだろう。一瞬、二人の大男が怯んだ。だが、すぐに豪快な笑いを撒き散らす。
「こんなひょろひょろの坊やに何が出来るってんだ?ん?」
がはは、と。笑う。意気地なしが虚勢をはって強がっているだけのように見えた。
「私は大丈夫よ春空君。こんな奴らに手こずる私じゃあないわ」
由兎でさえ僕を心配してくれているようだった。それさえも今は煩わしい。
「おい、糞デブ」
「がはは、……あ?」
「息が臭いんだよ糞デブが。豚の間違いじゃねえなら黙って参加表明書いてさっさと殺し合おうぜ?」
「……」
「……」
「行こう」
由兎の手を引っ張ってその場を離れた。二人の大男は呆然と立ち尽くしていた。それは、由兎も同じ反応をみしていた。
なにせ僕自身驚いていた。あんなにも誰かに感情をぶつけたのはどれぐらいぶりのことだろうか?
暫く歩いて二階のショットバーの前まで戻った。ふう、と。落ち着く意味を込めて一つ息を吐く。
きょとんと僕を見つめる疑いの眼差しが問いかけてきた。
「……二重人格設定?」
「そんな設定はない。というか設定とかわけのわからないことを言わないでくれ」
「へえー、へえー、へえー。意外だなあ。春空君もあんな風に怒ったりするんだね」
うりうり、と。肘でわき腹の辺りを突いてきてまるで酔っ払いのようだ。
「自分でも驚いたよ。あんな声が出せるんだ、ってね。しかし、どうしようか……僕も出る、と言ったけれど、どんな作戦を立てたらいいのやら」
「作戦?いらないわよそんなの」
いいながら、カードを提示して由兎はジュースを受取っていた。いちごみるく。そういえばさっきもいちごみるくだった気がする。
「私がいつも通りにやれば圧勝よ!」
満面の笑みでピースサインをする魔女。無邪気なのか捻くれているのかよくわからない娘だ。
というか、意外に魔女は短絡思考というべきなのかポジティブ精神豊富というべきなのか、後先を考えたりする性格ではないらしい。
「春空君はセコンドのように見守ってくれればいいの、よ」
片目を閉じてウインクする由兎を見ると、本当になにごともなく終わる気がして、僕はこの不思議な魔女に一切合切任せてしまおうかと、まるでウイルスのように伝染したポジティブさでそう考えていた。
読んでくださりありがとうございます。
何か感じましたら感想頂けるととても嬉しいです。
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後書き的な、にいつも書いていた裏話的な内容は違う場所で書きます。というか元々そういう場所があったんですね、知らなかったです(苦笑)
ではでは宜しければまた次話にて