奇妙な魔女――2
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登録手続き、というのがどうやらあるらしく、僕と由兎はカウンターに並んで座った。仮にも国営だからだろうか?それにしても、十五歳の僕が書く契約書に親は同意しなくてもいいのだろうか?などを考えていると、マスターが一枚の紙を渡してきた。
「これを書けば登録は完了いたします。帰りにIDカードを渡しますので、その事をお忘れにならないよう、お願いします」
なんだ、一枚の紙でいいのか。こりゃ楽だ。
そう思い気楽に紙を見て驚いた。
内容は至ってシンプルで五項目の記入欄があるだけだ。名前、生年月日、年齢、性別。そして――
「”命の権利の放棄”!?由兎、なんだよこれ」
蒼白、とまではいかなかった。由兎に世界の話を聞かされ大体の想像はしていたから。だけど、契約書にこうも堂々と書かれては流石に度肝を抜かれた。
由兎はくすっと一つ含んだ笑いを零す。
「直ぐに死ねってわけじゃないわ。だけど、いつ死んでも文句はないか?ってこと。もう引き返せはしないけど、これから逝く所はそういう所よ」
成る程。正しく地獄であり逝く所だ。殺戮願望と自殺願望は等価値かもしれないと考えたことがある。自分にせよ他者にせよ、命を奪うという権利は誰にもない。逆に、生きる権利を両者共に剥奪するのだ。その点に置いて等しいといえる。だが、等価値であっても同一ではない。別に僕は死にたいわけではない。
けれど、迷いは無かった。迷わずYESに丸をつけた。この瞬間、僕は誰に殺されても文句が言えない存在となったのだろう。謝らなければいけない相手がいるとするならやはり母親だろう。僕を産んでくれた、造ってくれた創造主。
――母さん、ごめんね
悪気もなく謝っておく。これも社交辞令の一貫だ。吐き気がする。
「では、そちらの扉へどうぞ。存分に楽園を堪能下さい」
マスターの言葉に由兎が席を立つ。続いて僕も立ち上がった。重量感のある鉄の扉を由兎が開ける。瞬間、視界一杯に眩しい光が飛び込んできて目が眩んだ。けれどそれも徐々に慣れていき、意識が開けていくのと同時に大歓声が全身を纏ったのが解った。
閉められた鉄の扉の向こうの小さなバーからはとてもじゃないが想像もつかないレベルのホールだった。あまりにも大きなホールな為、ただ大きいと形容するにはあまりにも不十分である。
入り口に立っている僕はホールの中では三階に位置するようで、眼下には数万人はいるだろう人が見える。顔を上げれば大きな照明は意外にも近い。考えてみればそれは必然で、僕達は地下一階にいたのだ。十分間歩き続けていた道がなだらかな知覚できない下り坂であったとしても、それは地下二階や地下三階程度にしか繋がらないのではないか。だとすれば、あの天井の圧迫感は理解出来る。
「久しぶりだわ、この空気」
すうっと室内の篭った空気を肺にゆっくりと満たしていく由兎は、とても清々しそうに目を開き、歩き始めた。
それに着いていく内に、由兎がただの有名人でないことを知った。有名人は有名人みたいだが、このホールですれ違う人の全てが由兎を見て固まっている。その美貌にではない。もっと知識として記憶した、恐怖から来る体の竦みだ。
「ねえ、由兎って……何者?」
「ん?」
素っ頓狂な声を上げて振り向く由兎は些か間抜け面だった。ぷっと吹き出しそうになる。
「私は純情可憐なかわい子ちゃんよ?」
と惚けたことを言うものだからそれ以上詮索する気にはなれなかった。
二階に下りるとすぐ横にドリンクを売っている出店のショットバーのような場所があり、由兎はカードを提示してジュースを貰っていた。
「へえ、フリードリンク?」
「いやいや世の中どこでもギブアンドテイクよ。カードにポイントが貯まっていて、このホールで売られている物は全てそのポイントと交換なの。このポイントがこの世界のお金ってところね」
そういう制度なのか。これだけの人数。そして東もあるらしいから加えれば相当な人数がこの国の影にいる。ちょっとした独立国家として成り立ちそうだ。
「あ、これこれ」
「ん?」
由兎が指差した方向を見ると電光掲示板があった。タッチパネル式であるようで、由兎が馴れた手つきで操作していく。そして、ランキングを押して全国というカテゴリを選択した。
十位からゆっくりと上位が表示されていき、八位の欄になった時、それは最早驚愕だった。
由兎から詳しくこの世界がどういう世界で何をする世界なのかを聞いていない。だが、ある程度の予測はつく。
今は誰もいないが中心にはリングがある。そして、それを囲むように観客席がある。由兎の言った殺戮の世界という言葉。契約書に書かれてあった命の権利の放棄。おのずと答えは見えてきた。
「ここは、バトルコロシアムだと考えていいのかな?」
問うと、由兎は嬉しそうに無邪気な顔で「ごめいとー」と答えた。
やはり驚愕だ。驚きの一言に尽きる。
僕の隣にいる華奢で中世的な美貌を持ち合わせた少女は、全国ランキングで堂々の八位だったのだ。
呆然と見ていると、僕は更に眼を見開いた。
「二位……天童、泪……?」
泪が有名なことも予測はしていた。それはあのマスターの言葉が切欠なのだが……まさか二位だなんて。
「東の魔女、西の王様。私と彼が有名になったのは何も中学生だからじゃないわ。そんな理由なら小学生の頃からこの世界に入っている人だっているもの。私達はね、春空君」
恐怖したのは間違いじゃなかった。今目の前にいる女は、間違いなく化け物だ。
「とぉっても、残酷なのよ」
にやりと笑った魔女の顔を、僕は生涯忘れられないような気がしていた。
よろしければ感想下さい。
今回は後書き的なのは無しで。
では宜しければページを捲ってくださったらなあなんて思います。