表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/30

第二章・奇妙な魔女と世界の扉

PAGE6

 夕方過ぎの繁華街は学生にそぐわないかと言えばそうでもない。十時にならなければ補導対象にならない為、意気揚々と堂々と、学生達は遊びに精を出している。

 僕と由兎は恋人でもなければ友達でもない。だけれど端から見れば恋人同士に見えるのだろうか?もしそうだとしたら厄介だ。なにせこの繁華街には近隣の学生たちの遊び場である。有名な進学塾も様々な習い事を教える場所もある。同じ学校の同じ学年の人間がいたってなんらおかしくはない。そういう事情も含めて、僕達は贅沢にもタクシーで目的地へと向かった。


「ねえ、春空君。貴方は平和な世界を信じてる?」


 暇つぶしだったのだろう。魔女は窓をぼんやりと見つめながら問いかけた。運転手の動向などお構いなしに。


「信じるもなにも、平和な世界は在るだろう。君の話した定義を用いるなら、だけどさ」


 群集が世界となる。その定義に基づくならば平和な世界は確かに存在するだろう。なにせ、その定義に基づけば世界は分類される。統一されてなくてもよいということだ。片隅に小さな平和が存在しなければならない。


「そう、そうよね。でも、平和な世界ほど脆く崩れやすい物はないわ。だって、唯一他者からの介入を許してしまうのは、平和な世界だけだもの」


 それは仕方がないことのように思える。元々権力の世界と暴力の世界は癒着している。暴力の世界や権力の世界に平和の人間が紛れ込めば、どういう形であれ排除されるだろう。野心にエコロジストは邪魔なだけだ。

 だが逆に、平和な世界は力を持たない。そして、平和な世界は侵入を許す。それは何故か。危険物質と知りながら介入を阻止しようとさえしないのは何故か。答えは一つ。平和だからだ。平和の人間は危険物質と知っていても刺される痛みを識らない。爆弾の恐怖を識らない。実質の所で危険を識りはしない。


「どうして急に?」


 それを聞くことは社交辞令のようなものだ。僕が嫌いな低俗に分類される予定調和。どうせ暇つぶしの戯言に過ぎない。


「いえ、只の答え合わせよ」


 遠回りな言い方に釈然としないが、やはり暇潰しと認識してよさそうだった。



 到着した場所は繁華街のきらびやかなメインストリートを一本外れた路地にあった。ビルに挟まれた細い路地の壁伝いに幾つかの妖しい光を放つ店が見える。昼に来たときは寂れた場所に思えたが、夜になれば考えは百八十度変わり、水を得た魚のように通りは活性化していた。

 ”Best Diary”と表記された看板がその店のものだと解る。こういう場所に来るのは初めてだ。完璧に臆した僕を見て魔女はせせら笑った。


「まだマシな方よ、この県の入り口は。前の入り口は高級ソープ店にあったわ。私みたいな女の子が入るのはあまりにも問題がありすぎて、いつまでも慣れなかった」


 魔女は肩を竦めて苦笑する。

 唐突に脳内に妄想劇場が放映される。どれだけ捻くれ捻じ曲がっていようが健全な男子中学生に今のキーワードは十八禁映像を想像させるには充分すぎた。シーツのような服は透き通って相羽さんの真っ白な体を露出させている。しかも、きっちり相羽さんとして想像している辺り臨機応変だ。余程魔女に異性を感じないようになっているらしい。


「鼻の下伸ばして何考えてるのかしら?」


 意識を現実に戻すと目前まで顔を近づけた由兎が訝しげに下から覗き込んでいた。


「な、何もっ!」


 慌てて取り繕うが身も蓋もなく疑惑を助長させただけのようだ。ああ、恥晒し。と、顔が一気に湯げ立つのが分かった。


「ふうん」


 遠ざかり、僕より身長が十センチは低いくせに精一杯見下してくる。あ、穴があったら入りたい……。


「まあいいわ。もう春空君とは手を繋がないことにする」


 由兎は背を向けて思いっきり軽蔑の眼差しを向けてくる。泣きそうである。


「じょーだんよ」


 振り向いて無邪気に笑う由兎。いや、魔女。


「行こう?」


 そう言って差し出された本日三回目の華奢な手。丸っきり子ども扱いで弄ばれていて、器量の違いというものが明確にされているようだ。男として情けないばかりだが、百戦錬磨の女たらしでも魔女にかかれば赤子同然な気がする。

 僕はその手を取らずに先々と半ば逃げるように店内に向かった。店内への入り口は地下に続く先のようだ。


「もう、恥ずかしがり屋ね」


 後ろから聞こえるわざとらしい言葉を無視して僕は歩いていく。



 長い。異様に長い。これから起こる何かに対して緊張し、時が長く感じるのは理解できる。だけど僕は歩数にして五十歩以上歩いている。普通じゃない。


「中々着かないわねえ」


 ちかちかと点滅する古ぼけた灯りに照らされる道を黙々と歩いた。途中、単純に恐くなって後ろを振り返るとどこでも妖しく美しい魔女の姿が見える。その後ろは闇のようだ。僕は魔女の姿を確認して安堵の息を漏らしてしまった。妙な敗北感だ。


「かあいいねー」


 完璧に馬鹿にされている。いつか目に物を見せてやる。


 それからまた三分程歩いた。変わらない景色に会話はなく、けれどもそれは沈黙ではなく静寂であり、魔女も少し緊張しているのかな?と思いちらりと見る。……欠伸していた。魔女は夜型ではないらしい。


 合計して十分は歩いただろうか。同じ道を歩き続けて感覚が些か麻痺してしまったように思える。歩く最中は一種の魔法に思えた。ぐるぐると歩き続ける無限回廊。だけど、それもようやく終結だ。終わりは始まりであると聞くが、これほど嬉しいことはない。帰りにまた同じ道を通らなければならないことを思うと溜息を吐かざるえなかったけれど。


「私が開けるわ。念のため」


 なにに対しての念を払っているか定かではないが、魔女は勢いよく扉を開いた。


 店内は小さなバーだった。確か泪はビリヤードバーと言っていたけれど、ビリヤード台は一つも見当たらない。七席のカウンターと二つのテーブル席があり、こんな辺鄙な場所にあることを踏まえれば客らしき人間が五人いるのは多いように思えた。

 カウンターの向こう側には店主らしき髭を生やした紳士が丁寧にコップの曇りを拭いている。これは想像通りの怪しい店だ。きな臭い匂いがぷんぷんしている。

 客たちが僕と由兎を見て驚いていたようにも思える。それは仕方がない。こんな場所に中学の制服を着た人間が来たら誰でも驚くだろう。だけど、それは違った。客は僕を見てはいなかった。客が見ていたのは相羽由兎だけだ。


「まじかよ……」


 一人の大学生らしき青年は俯き落ち込んでいた。


「うわっ!本物!?本物よね!?」


 一人の女性は喜び交えた声で付き添いの男に声をかけた。


「本物だろうよ間違いねえよ!あんな女一人しかいねえ!」


 付き添いの男はそう答え、女と顔を合わせて喜んでいた。「面白くなるぜえ!」と加えて。


「やった!やった!叶った!叶ったんだ!僕の黒魔術理論は完璧だったんだ!あはは、あははははははは!」


 やけに太った男は異常な喜びを表わしている。これでは歓喜ではなく狂喜だ。その後も狂ったように笑い続けていた。


「うるせえぞ!くそでぶが!」


 太った男を怒鳴りつけたのは体つきの良い自衛隊員を彷彿とさせる男だ。片手にウイスキーの瓶を持ってふらふらしている様はどう見ても自衛隊員ではないが、迷彩パンツに白のタンクトップ。それにアーミーブーツを見ればそう想像してしまう。筋肉質な男が無駄に伸びきった髪の毛の間からじろりと僕を見る。舐めるかの如く視線に明らかな不快が僕を襲う。翻るように由兎を見て、男は舌を嗜める。


「間近で見るとただの小便臭えガキじゃねえか」


 ぺっと唾を吐き捨てて店の奥へと戻っていく。僕には簡単に殺意が沸いてしまった。本来殺意とは愛情と掛け離れてなければならない。だから、こんな下種にこそ殺意はふさわしい。

 制するわけでもなく由兎が口を開く。


「あら、私のファンの方かしら?でなければ負け犬の遠吠えに。いや、それでは負け犬に失礼かしらね」


 安い挑発だ。使い古された安い種。だが、それで簡単に男は釣れた。


「上等じゃねえかクソガキー――」


 男は制止する。それはカチャリという金属音が鳴った瞬間だった。

 男の目は見開かれて、その視線の先には紳士の店主がいた。


「此処では私が法律ですよ、岳虎(たけとら)さん。用があるなら、店の奥(・・・)でやってください」


 まるで現実ではない旋律に戦慄した僕は硬直する。


「お久しぶりね、西のマスター」


「貴方様に覚えてくださっていて光栄です、相羽様。相羽様の手続きは済んでおりますが、隣のお連れ様は……?」


 拳銃を閉まったマスターの視線が僕に向けられる。拳銃はもうないのに、冷ややかな圧迫感に思わず背筋が凍った。騒いでいた男はというとすんなりと収まり自棄酒(やけざけ)をしていうようだった。


「彼はルーキーよ。王様に見初められた超新星、ってところね」


 店内がざわめきに満ちる。マスターも僕を見て驚いているようだった。


「いやはや、それが事実なら凄い話だ。西の王様に見初められ、東の魔女に連れられるなんて。いやあ、面白い」


 由兎はどうやら僕以外にも魔女と呼称されているらしかった。そして、西の王様と言われた人物が、泪であると僕は容易に解っていた。





宜しければ感想下さい。励みに成りますなにより嬉しいのです。


・後書きっぽいの

二章入りました。合間に番外を挟んでますが(あれはあれで物語に関係しているので深くは掘り下げませんが)ともあれ第二章!

最初に書いた通り何も考えていないのでなんだか凄いことになってきました。当初は泪もこの話には無関係だった気がするし(裏話)

第一章の”異常なアイツ”と来て

第二章の”奇妙な魔女”と来ました。

第三章はどんな名前なのか何気僕は楽しみなのです。まじで。

ではでは宜しければまだまだお付き合いください。

本当に本当に読んでくださり本当に本当にほんとおおおおおおおおおおおに感謝感激雨霰なのです(^ω^)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ